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一筋の涙

作者: 柴 次郎

 電車の発車ベルが鳴り響く。

 いくら暖房が効いている車内とはいえ、開いた扉から入ってくる冷たい風は身に染みる。カイロを握りしめ、暖をとる。

 「扉が閉まります。閉まる扉にご注意ください」

 機械音がそう告げると、続けてスピーカー越しの人の声が聞こえる。

 「駆け込み乗車はお止め下さい。危ないですよ」

 様式日だ。電車と駆け込み乗車をする乗客は切っても切れない関係なんだろう。そこに電車が止まっていれば、その電車に乗る乗客は必ずいるのだから。

 電車の外で勃発している駅員と乗客のいざこざを窓越しで眺めていると、ようやく電車が動き出す。気が付くと体が暖気に包まれおり、握りしめていたカイロをコートのポケットに放り込む。

 電車が停車駅に停車するたびに緊張が高まる。家を出るときは、家族に緊張していないと豪語していたのが、嘘のようだ。

 残り停車駅は4駅。各駅停車の電車に乗っているので、まだ4駅も残っているのだが、快速電車に乗っていたらもう降車駅に到着している。

 残り3駅。残り2駅。

 残り停車駅が少なくなるたびに緊張のせいなのか体が火照り、軽く汗ばむ。汗ばんだ体には、停車駅ごとに吹き込んでくる冷たい風は先ほどは違い重宝している。

 ふと辺りを見渡すと、自分と同じような人がたくさんいることに気が付く。本来なら気が楽になる場面ではあるのだろうが、自分には全員が全員ライバルにしか見ることができない。

 それだけ悲惨で残酷なイベントがこれから待ち受けているのだから。

 天国か地獄。確率は50%だろう。結果がわかるのは一瞬だ。歓喜の雄叫びを上げるのか、悔し涙を流すのか。人生で唯一ではないだろうか。これから数十分後に自分が喜怒哀楽のどの状況になっているのか待ったく予想することができないのは。

 降車駅に着いた。周りの人々と同じく席を立ち、会場に向かって歩き始める。

 行く手を阻むように容赦なく冷たい風が吹き付ける。しかし、極度の緊張のせいなのか風に反応を示すことなくただ黙々と前に前にと歩き続ける。

 頭の片隅ではわかっている。今回もし地獄を見てしまっても、再び天国を目指すことは可能だと。ただ、頭ではそう思っていても体がついてこれるのか、確証はない。だからこそ、今回で決着をつけたい。つけなければならないのである。

 目の前に大きな建物が見えてきた。以前来たときよりも何倍も、何倍にも大きく見える。これも緊張のせいなのだろうか。

 建物と建物の間の広場に大きな人だかりができている。そこから歓喜の声や、悲痛な叫びが上がっている。自分もいまからそこの人だかりの中に入ると思うと、足がすくむ。

 勇気を出して敷地内に足を踏み入れる。

 闘え。己自身と。

 結果は目の前の掲示板に張り出されているだから。いまさら逃げ出すことも、すぐ先の未来の結果を替えることもできない。残された選択肢は目の前の掲示板を確認することだけだ。

 受験番号が書かれた手のひらを見つめる。

 「1204」

 掲示板を見る。1104、1109、1110、1111。もうすこしだ。

 覚悟を決める。

 「1199、1201、1202・・・」

 走馬灯のように受験期の辛かった思い出が頭をよぎる。



 「あっ」



 結果は彼にしかわからない。

 ただひとつ言えるのは、彼の頬を一筋の涙がこぼれ落ちていたということだ。この涙が嬉し涙であることを願って。

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