第九十三話 心乱れる中で
※この度、東北地方太平洋沖地震で、被害にあわれた皆様のご冥福と、早期のご回復を心から願っております。同時に、原発作業に尽力を尽くしてくださっている【東京電力の作業員】皆様の無事を切に願っております。
竜門弥生は、公平さに欠けた法案「東京都青少年健全育成条例」 http://mitb.bufsiz.jp/ に断固反対いたします。※
異変に気付いたのは、二人同時であった。
「こ、琥珀!?」
「ああ―――――!」
静かな虫の声しかしない宮中で、その声は異質でしかなかった。
「わ、私は聞いたことがいのですが・・・読んだ書物によると、犬よりも大きく、オオカミより怖い声を―――!」
「・・・そう、間違いないね。あれは、虎の鳴き声だよ。」
慌てる空飛に琥珀は鋭い表情で答える。
真夜中の訪問者・魏忠の頼みで、林山(星影)の服を部屋から持ち出した二人。
上手く、魏忠を誤魔化し、誰か見ているかもしれないことを想定して芝居までしながら歩いている時だった。
「今が、虎の・・・紅嘉の鳴き声・・・・!?」
待ち人の元へと向かう道中で、唸るような鳴き声が二人の耳に届いた。
空飛にとっては初めて聞く、猛獣の唸る声だった。
「琥珀!」
「・・・どういうことだろう・・・」
険しい表情で言いながら、歩みを早める琥珀。
「ま、待ってください!」
「空飛、君はここにいた方がいい。」
「え!?」
「私が様子を見てくる。半刻待っても、戻らないようなら黄殿を呼んで―――――」
「いやですっ!!」
「空飛?」
「友達だけを、危険な場所に行かせるなんてできません!!」
「友達だからこそ―――」
「危険な目に会わせたくないというのでしょう!?それは私も同じですよ!」
そう言うと、琥珀を追い越して走り出す空飛。
「私も行きます!」
「あ!?待つんだ空飛!!」
自分の忠告を無視して逃走する親友。それを琥珀も急いで追いかけた。
(こっちの方から声がしてるような・・・!?)
虎の声は、断片的ではあるが続いていた。
それを頼りに周囲を見渡す。
(あれ?この方向って――――!?)
「待つんだ!!」
「わっ!?」
肩を掴まれ、急停止させられた。
「こ、琥珀!」
「頼むから・・・一人で先へ行かないでくれ。何かあっては大変だろう?」
「す、すみません。それよりも琥珀!この声・・・庭の方からしています!そっちは確か―――――」
「ああ・・・魏忠殿と待ち合わせた場所だね。」
唸り声が発せられているのは、自分達を待つ虎の世話係と小虎がいる場所。
「静かに待っていると魏忠殿は言っていましたが・・・なにあったのでしょうか?」
「・・・紅嘉をなだめるための櫛を無くした・・・・という程度ではなさそうだね・・・。」
そう告げて、ゆっくりとした歩みで動き出す琥珀。
「足音は立ててはいけないよ・・・静かに歩くんだ・・・」
「は、はい!」
そんな琥珀に空飛もゆっくりついて行く。
いつもは何とも思わない廊下も、ひどく長く感じた。
(なんでしょう・・・なにがあったというのですか・・・!?)
魏忠殿の性格を思えば、紅嘉がうるさく騒ぎ始めれば、絶対に大人しくさせるはずだ。
それが・・・怒ったような大声で鳴くようなことはさせない。
つまり―――――
(・・・それほどのことが起こっているというのでしょうか・・・・?)
震える両肩を抑えながら琥珀について行く。
ゆっくりではあったが、忍び足で進めば、目的の場所が見えてきた。
庭へと降りる入口。
そこまで来た時、急に琥珀が止まる。
何事かと相手を見れば、庭をにらんだまま小さく言った。
「ここで待っていてほしい・・・」
「琥珀!?」
「様子を見てくる・・・。安全だったら、君の名を呼ぶ。もし、危ない様だったら叫び声だけ上げる。そうしたら君は、急いで衛兵のところに行くんだ。」
「でも!」
「二人ともやられたら、意味がないだろう?」
優しくいうと、あっという間に庭へ行ってしまった。
「こ、琥珀・・・!」
残された空飛はやきもきしながら待つしかない。
親友が叫び声を出さないことを願いながら。
その結果は、すぐにわかった。
「空飛!!」
名前を呼ばれた。
(よかった!!)
「無事だったのですね!?」
喜び勇んで庭へ駆け下りれば―――――――
「無事じゃない!!手を貸してくれっ!!」
「え!?」
焦る声で頼む親友。よくよく見れば、庭の一部に座り込んでいた。その腕には、見覚えのある姿。
「あ、あなたは魏忠殿!?」
あの虎の世話係の姿。
しかしそれは、最後に見た拝み倒す彼ではなかった。
「なっなっなっ!?なんですかその血は―――――――!?」
血まみれで、ぐったりとしている姿だった。
「空飛、布を持っていたら貸してくれ!止血をする。」
「え!?あ、は、は、はい!」
急いで懐から布を出しながら駆け寄る。
「ぬ、布です!?大丈夫ですか!?」
「ぐぅ・・・!」
「肩からバッサリいかれている・・・。刀で斬られたのだろう。」
「ひどい!だれがそんなことを・・・!?」
苦悶の表情で、相手の傷口に布を当てる。
(あれ?)
よく見れば、赤く染まってはいたが、すでに別の布で止血を施されていた
(魏忠殿がしたのかな・・・?)
「魏忠殿、魏忠殿!しっかりなさいませ!」
「うぅ・・・お、王様?それに張様も・・・?」
「あ、気づかれました!?大丈夫ですか!?お気を確かに!!」
「わ、私は平気です!私はいいですから、どうか玲春をっ!!」
「れいしゅん・・・?」
「!?彼女がどうしたのですか!?」
その名前に首をかしげる空飛に対し、琥珀は素早く反応した。
「べ、紅嘉と・・・」
「紅嘉殿とどうされたのです!?」
「あ!そういえば琥珀・・・・小虎の、紅嘉殿姿が見えませんよ!?」
相手の言葉で、気づいたかのよう周囲を見渡す空飛。琥珀も同じように見回したが、二人を呼び寄せた声の主はどこにもいなかった。
「魏忠殿、紅嘉殿はどこです!?玲春にも、なにがあったというのですか!?」
「ぞ、賊に・・・」
「賊!?」
「ぞっ・・・賊に、突然切りつけられ・・・!」
「ええ!?」
「玲春殿がですか!?」
「や、やられたのは私だけです・・・そこへ玲春が来たのですが・・・賊が逃げた方向へと、紅嘉と共に・・・!」
「なんと!?女官の身で、なんという無茶を――――・・・・!?」
「あ!?もしかして玲春というのは、昼間林山が助けた女官ですか!?」
「そ、そうです・・・!」
「それも、平陽公主様お気に入りの女官だよ・・・!」
「ええ!?それって――――――まずくないですか!?」
「不味過ぎるね。空飛、悪いが魏忠殿を頼む。」
「琥珀!? 」
「私は人を呼んで来てくる!」
「ま、待ってください!怪我ならば、医術の心得があるあなたの方が―――――!」
「幸い魏忠殿の傷は致命傷ではない!傷口を布で抑えておいてくれ。」
そう言うと、懐から布を出して空飛へと投げた。
「大丈夫、すぐに応援を呼んで駆けつけるから!そうだ・・・ここでは目立つから、あそこへ移動しよう・・・!」
素早く魏忠を起こすと、その体を支えながら室内へ続く廊下へと腰を下ろさせた。
「琥珀・・・!」
「ここで、大人しく待っているんだよ。心配しなくていい。すぐに戻るから・・・!」
「わ、私は大丈夫です!それよりあなたが・・・!もし、賊にでも遭遇したら、殺されてしまいますよ!?」
「では、私が殺されないように祈っていてくれ。そうすれば、大丈夫だよ。」
「本当ですか!?」
「本当だとも。じゃあ・・・頼んだよ。」
空飛の頭を撫でながら言うと、あっという間に立ち去ってしまった。
「琥珀・・・!」
怪我人と共に残された空飛。
「ぐぅ・・・」
「魏忠殿!?」
しかし、不安に駆られている暇などない。
側には傷ついた者がいる。
傷口を抑えながら、自分に出来る範囲の手当てをする空飛。
「痛みますか・・・?」
「いえ・・・おかげさまで、先ほどよりはましになりました・・・」
「それはよかったです。しかし・・・どうして賊が、入り込んだのでしょう・・・?」
親友が陛下を賊から守った一件以来、宮中の警備は厳しくなっていた。
それにもかかわらず、自分の目の前の男は賊に襲われたという。
(紅嘉殿が襲ったのかとも思ったけど・・・・)
改めてみた相手は、袖の部分が引き裂かれていた。
それはまるで、食いちぎられたかのようなもの。
しかし、服を裂かれただけで、皮膚などに外傷は全くなかった。
なによりも、心血が流れている部分は、どう見ても何かで斬られたようなものであった。
「私にも、わかりません・・・。それ以上に、あいつの行動が・・・」
「あいつ?」
「紅嘉です・・・」
「そう言えば・・・先ほど、玲春という女官と一緒に、賊を追いかけて行ったと・・・」
「お願いです張様!!玲春にお口添えをしてください!!」
「く、口添え!?」
「あの子は、宮中では珍しい純粋な子です!それゆえ、平陽公主様も、可愛がっていらっしゃいました!優しい子ゆえに、安様のことが気になって、こんなところまで来てしまっただけなのです!!」
「どういうことです?」
「あの子は・・・・玲春は、安様の元へ行く途中だったのですよ。」
「林山の元へ!?」
「はい・・・それが、何を察したのか、賊にやられた私を助けてくれ・・・それなのに・・・!」
「魏忠殿・・・玲春殿という女官は、昼間林山が助けた女官ですよね?」
「ええ・・・そうらしいのですが・・・・」
ばつの悪そうな表情をする相手に、物事に疎い空飛も何かを察した。
「あの・・・女官は普通、夜で歩いてはいけないというのは知っていると思うのですよ。それを・・・真夜中に宦官の元へ来るというのは・・・」
「・・・はい。私も詳しいことは知らないのですが、皆が言うには、」
「え・・・?」
“霍去病将軍の再来である高級宦官・安林山は、平陽公主様付の女官で、平陽公主様お気に入りの女官・除玲春と恋に落ちた。”
聞いた噂が脳裏によみがえる。
それを否定しようと頭をふる前に男は口にした。
「玲春と安様は・・・・結婚を約束した深い仲のようなのです・・・・!」
空飛が認めたくなかったことを。
――――――――――結婚を約束した深い仲――――――――――
「ば・・・馬鹿言わないでください!!林山は、誰とも付き合っていないのですよ!?」
「しかし、陛下の寵愛を受けていらっしゃるではないですか?」
「そ、それは――――・・・・私のような下々が口にできることではないです!それはあなただってそうでしょう、魏忠殿!?」
「口にはできませんが、この目で見ております。昼間、安様をいたわる陛下のお姿、あれはまさに愛にあふれていました。」
「あ、あああ愛にあふれていた――――――!?」
ズクンと胸が痛んだ。
それが、どういう痛みかうまく表現できない。
ただ、気分の良いものでないことは確かだった。
「ええ。ですから・・・口にするまでもないと・・・・」
「嘘ですっ!!」
「へ!?」
「そんなの――――――――――嘘だ!!」
林山は言った。
自分は皇帝の恋人ではないと!
玲春という少女とも結婚しないって言ったんだ!
“私は誰とも結婚しない!”
誰の物にもならないと。
そう言って完全否定したんだ!!
“あの子と結婚するくらいなら、私は空飛と結婚する!!”
そう言ってくれたんだ・・・・!!
(だから私は信じない・・・!)
林山が誰かと深い仲であるとか、結婚するとかなんて、
(そんなまやかし、誰が信じるものか―――――――!!)
歯がゆいような怒りにこぶしを握り締める。
驚いたままでいる魏忠をにらみつける大音量で言った。
「それで!?小虎を引っ張っていった女官殿はどっちへ行ったのですか!?」
「誤解です!引っ張っていったのは紅嘉―――――あ・・・・!」
「『引っ張っていったのは紅嘉』・・・・ですと?」
「あ!?いえ!その!」
「・・・つまり、玲春殿が小虎を引きつれていったのではなく、小虎が紅嘉殿を無理やり連れて行ったのですか・・・?」
「そ、その・・・・」
「魏忠殿!あなた狩りにも紅嘉殿の養い親でしょう!?世話係でしょう!?なぜ止めないのですか!?」
「止めましたよ!しかし―――――――言うことを聞いてくれず!」
「聞いてくれなかった?」
「ああ、もう!あんなことは初めてですよ!おまけに私にまで逆らって!」
「!?もしや・・・・食いちぎられたようなその袖、紅嘉殿が・・・・?」
「あ!いや!こ、これは、賊から逃げる時に自分で~・・・・!」
(紅嘉殿にやられたのですか・・・)
下手な嘘をつく相手に、空飛はその心がわかった。
失敗が許されないのが宮中というところ。
人が人を陥れる場所。
隙を見せればけり落とされる。
彼のような地位を、宮中内での動物の世話をして生計を立てたいと思うものは数多くいる。
猛獣を従わせてこその職なのに、その猛獣を手名づけることができないと知れれば、この男は今の地位を失うだろう。
それゆえの、苦し紛れのごまかしの嘘だった。
「そうでしょうね・・・本来ならば、命を奪われておかしくないのですから。着ているものが引き裂かれようとどうしようと、必死で逃げるものですよね。」
「ちょ、張様・・・。」
「お話は分かりましたら、とにかく待ちましょう。すぐに琥珀が、お医者様と衛兵を連れてきてくれますから。」
「張様。」
「紅嘉殿も玲春殿も大丈夫ですよ。紅嘉殿は、自分の育ての親を守るために、追い払うために賊を追いかけて行ったのです。玲春殿はそれが心配でついて行ったのですから、危なくなれば逃げますよ。」
「張様・・・・!!」
「大丈夫ですよ・・・ね?」
頑張って笑いかければ、相手は安心した表情で頭を下げた。
「ありがとうございます・・・!まさに、安様のごときお優しさ・・・!」
「え?」
林山と同じ?
その言葉で、急に毒に犯された親友のことが心配になった。
(賊が侵入してるって言っていたけど・・・・)
まさか、林山を狙って!?
「あ、あの!」
「はい?」
「ぞ、賊は何者ですか!?誰か狙っているのですか!?」
もし、標的がこの人でなく別にいるなら、それが親友である可能性は高かった。
彼を探して、命を狙ってやってきたのではないだろうか?
この場所から、林山の自室は近い。今はここより離れた自分の部屋にかくまっているので、命を奪われる心配はないが・・・。
(林山を狙ってきたのなら、つじつまが合うし!)
「そ、そうおっしゃられましても・・・相手は、黒ずくめの覆面でしたし・・・。」
「男でした女でした!?」
「わ、わかりませんよ!顔は見れなかったのですから!」
「じゃあ、人数は!?何人いました!?」
「どうしてそのようなことを聞かれるのですか?」
「どうしてって・・・!」
「賊に心当たりでもあるのですか・・・?賊に狙われるようなお知り合いでも?」
「そういうわけではありませんが―――――ほら!林山が、一度賊を撃退してるでしょう?もしかしたら、復讐に来たのかと思いまして。」
「あの時の賊は、すべて死んだと聞きましたが?」
「あの場にいなかった他の仲間が、復讐に来たと考えられるでしょう!?」
「あ・・・なるほど!」
納得したようにうなずく男だったが、その表情はすぐに深刻なものへと変わる。
「ちょっと待ってくださいよ!そうなると、安様が危なくないですか・・・!?」
「通常の場合でしたら、そうかもしれません。ですが、大丈夫です。林山は今、別の場所に――――」
「知っています!ですが、そんなのわかりませんよ!陛下の場所でさえ、突き止めた不届き者達でしょう!?王様のお部屋の場所ぐらいわかるはずです。」
「ええ!?そ・・・そう言われて見れば・・・!」
(そうかもしれない・・・!)
その言葉で、今度は空飛の表情が変わった。
宮中に侵入するような賊が、何の下見もせずにやってくるだろうか?
いいや、きっとちゃんと調べてくるはずだ。
そうなると―――
「林山っ!!」
林山が危ないっ!!
叫んだと同時に立ち上がる空飛。そして、驚いた顔で自分を見る怪我人に言い礼すると早口で言った。
「こうしてはいられません!すみませんが魏忠殿!私、林山のところへ行ってきます!あとはお願いします!!」
「えぇ!?」
そう告げると回れを右をする宦官。これに呆気にとられつつも、即座に反応する虎の世話係。
「ちょ、待ってくださいよ!私はどうなるのです!?」
「すみませんが、頑張ってください!」
後は勝手にしてくれと言わんばかりの言い方に、慌てて空飛の腰にしがみつく魏忠。
「頑張るって・・・どう頑張れと言うのですか!?待ってくださいよ!!」
「宦官の情けです!林山を助けないと!」
「私も助けてください!大丈夫ですよ!安様は!!」
「その安易な大丈夫が命取りになるのですっ!!」
「それでしたら、助けが来てからにしてくださいよ!!」
「それじゃあ間に合いませんよ!離してください!」
「見捨てないでください!」
行かせまいと引き留める男と、押しのけて進もうとする元男と。
そんなやり取りを数回繰り返したところで宦官は叫んだ。
「しつこいです!うるさいです!こんな真夜中にそんな大声出したら、周りの部屋の人が起きるじゃ――――――!?」
あれ?
そう言いかけて空飛は気づく。
「起きるはず・・・・ですねよ?」
「へ!?」
「・・・・魏忠殿。私達が来るまで、どなたかに助けを呼びましたか?」
「え!?もちろん呼びましたが・・・」
「大声でですか?」
「大声です。」
「紅嘉の吠える声よりもですか?」
「そこまで大きな声は出ませんが・・・叫びましたよ?」
「なのに、誰も来なかったのですか・・・?」
「え?」
向けていた視線を男から外すと、周囲に目をやりながら空飛は告げる。
「・・・なんか変じゃないですか?」
「変とはなにがです?」
「私達・・・これだけの声で騒いでるのに、どうして誰も起きてこないのですか・・・?」
「あ!そういう言われてみれば・・・そうですね・・・。」
少し離れているとはいえ、それなりに部屋が点在していた。
顔見知り程度ではあるが、同僚である高級宦官達が使う部屋。
(わからないほど、疲れて熟睡してるわけじゃないでしょうし・・・?)
自分達と違って、多くの高級宦官は面倒な仕事はすべて下級宦官にさせている。
そして、自分達は好きなことをして半分は遊んでいるのである。
先ほどの紅嘉の唸り声も含めて考えれば、庭に近い部屋の者達が起きてこないわけがない。
(まさか・・・・!)
背筋に冷たいものが流れた。
考えたくない、あり得ることのないある想像が頭に浮かんだ。
「そんなはずは・・・」
口に出して呟いたが、不安はぬぐえない。だから彼は動いた。
「ここから動かないでください!」
「張様!?」
それを確かめるために。
魏忠から離れると、廊下の壁へと手を伸ばす。
一定間隔で配置され、灯されている光。
(宮中の備品を、勝手に取ると怒られるんですけど――――!)
そんなこと、言っている場合じゃないです!
種火を取ると、一番近くの部屋へと駆け込んだ。
その部屋は、袁という色の白い高級宦官の部屋。
神経質で、いつもツンとした目で自分達をにらむ同僚だった
「夜分に失礼致します!袁様、起きていらっしゃいますか!?張空飛でございます!」
部屋の中は静まり返っており、返事はなかった。
「袁様!起きてください!張空飛です!いらっしゃらないのですか!?」
(おかしい・・・!)
普段は、少しだけ声が大きくなっただけで「安林山様のおまけは声まで分相応に声も大きい。」と怒りながら嫌みを言う。
今の声の大きさなら、それこそ罵詈雑言で怒鳴りつけられてもおかしくない。
それなのに―――――
(これだけ騒いでも何も言わない・・・)
「袁様っ!!」
再度呼びかける。暗闇の中、わずかな明かりを頼りに部屋の中を進む。はじめて入る親友達以外の部屋。豪華な装飾品がある立派な部屋で、きちんと綺麗に片付いていた。
「袁様、どこですか?」
人の気配を探すように、火種を部屋の中でかざす。
物音一つしなかったが、問題人物は寝台の上にいた。
「袁様!」
手を投げ出して横たわる姿。顔は首ごと、こちらをそむけていたがわかった。それが同僚の袁であることに。
「袁様・・・。」
目的の相手を見つけ、ホッとしながら近づいた。
「袁様!起きてください!外に賊が出て大変なのです!」
そう言いながら寝ている相手の肩をゆする。
「賊が闊歩しており、怪我人も出ています。どうか、袁様も私と共に避難を――――」
空飛の言葉がそこで止まる。
「え・・・?」
肩をゆすったことで、袁がこちらを向いた。
「うっ―――――――わぁああああああああああああ!!」
空飛の悲鳴が上がる。
「ちょ、張様!どうされたのです!?」
その声を聞きつけ、壁伝いに部屋へと入ってくる魏忠。
そして同じように小さく叫んだ。
「袁様ぁ・・・・!」
震える声で訴える空飛の視線の先には、かんざしでのどを一突きされ、絶命している同僚の亡きがら。更衣は乱れることなく、普段通りの状態で死んでいた。
口から流れる血が、彼の白い肌をさらに白く見せていた。
「袁様が、袁様がぁ!!」
持っていた火が、空飛の手から落ちた。それは床に落ちると、ジュッと音を立てて消えてしまった。同時に、なにかにつまずいて転んだ。見れば、水が入っていたらしい入れ物が中身をぶちまけた状態で転がっていた。
「あ、ああ・・・ああ・・・!」
「張様!」
「ぎ――――――魏忠殿!魏忠殿ぉ!袁様が!袁様がぁ―――――!」
そのまま床を這いながら男の元へと戻る空飛。それに男は、よろけながらも同じように床に床を這いながら近づくと、泣きながら震える宦官を抱きしめた。
「か、肩に触れた時、冷たいとは思ったです!でも、まさか・・・・!」
「・・・おいたわしや・・・!なんてことでしょう・・・」
「し、死んでるのでしょうか・・・!?」
「・・・生きてるように見えますか・・・?」
作り笑いをしながら言う相手に、空飛は全力で首を横に振る。
「ハハハ・・・!そうでしょうね・・・死んでいるなら、外の騒ぎに反応するはずないですよね・・・!」
体を震わせながら言う男だったが、急に何かに気づいたように小さく叫ぶ。
「まさか・・・!?」
「魏忠殿!?」
「お、お待ちください!確かめてきます!」
そう言い残すと、床を這いながら部屋から出る。
わけがわからず、呆然とした医のいる部屋へと残される空飛。
(何を確かめると・・・?)
そんな空飛の耳に、残酷な言葉を叫ぶ虎の世話係の声が届く。
「た、大変です!大変でございます!!張様!」
「魏忠殿!?
「み・・・みんなっ!みんな死んでおります!!」
「え!?」
「に、庭に面した部屋のすべての人達が、死んでいます!!殺されて・・・!!」
「う・・・そ、でしょう・・・・?」
信じられない現実に、男の声がする部屋の外を見つめながらつぶやく空飛。
(何かとんでもないことが、起きているというのですか・・・?)
そんな思いが彼の脳裏によぎる。
皮肉なことに現実は、空飛の予想通りの展開へと進んでいたのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・(土下座)!!
今回のお話は、琥珀&空飛が魏忠と合流したところを書いてみました。
何事にも冷静な琥珀と、情が深い分、感情的になりやすい空飛を目指してみました。
特に空飛に関しては、林山(星影)のことが心配でたまらないとのことでしたが・・・
今後どうなるか、よろしければ読んでやってくださいね。
続きの方、頑張って仕上げますので(大汗)
※誤字・脱字がありましたら、こっそりでいいので教えてください(平伏)
私自身も、なくせるように精進いたします・・・!!