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第九十二話 追いかけっこは続く

※本日、4月11日午後15時46分、東北地方太平洋沖地震発生から一か月たちました。改めまして、被害にあわれた皆様のご冥福と、早期のご回復を心からお祈り申し上げます。地震・津波に加え、原発被害・風評被害で苦しむ方々、戦う方々に、心からエールを送りたいです。※




突然唸り始めた紅嘉。

何かいるのかと思いそちらを見る玲春。

その心中は穏やかではなかった。



(もしかしたら、先ほどの人達がもどってきたのでは・・・!?)



不安な気持ちでいっぱいだった。

開いていた眼を閉じながら振り返る。

そして、ゆっくりと目を開けた。

固唾を飲んで紅嘉が見つめる方向を見た。













「・・・あら?」











予想に反し、人影はおろか誰かが来る様子さえない。


「なにもいませんけど・・・」


気が抜けたということもあり、息を吐くのに合わせて声を発する玲春。


「一体、どうしたの?」


首をかしげながら小虎を見れば、よろよろしながらも起き上がった。


「紅嘉殿・・・!?」

「グル・・・!」


返事をするように鳴くと、一点を見つめたまま歩き始めた。


「待て紅嘉!どこに行くんだ!?」


親代わりの男の言葉を無視して、よろめきながら歩く子虎。

そのまま、速度を上げて進みだす。


「待って!紅嘉殿!」

「行くじゃない玲春!」


つられて追いかけようとした女官を男が引き止める。


「危ないからここにいるんだ!動くんじゃない!」

「でも紅嘉殿が!」

「だめだ!私を襲ってきた賊がまだいるかもしれないんだぞ!?」

「賊!?」

「そうだ!男女数人の賊だった。」

「そんな!さきの陛下襲撃を受け、衛青第将軍が全力を持って警備をあたっているのですよ!?賊が入り込めるわけなど―――」


「だから安全だと思って、真夜中にこんなところに一人で来たのか?」


「!?」


相手の言葉に玲春の心臓は大きく鳴った。

真夜中に女官が出歩くことは、危険ということで禁止されていた。

しかし、自分の主人の夫である武人が守っている以上、危険はないと心のどこかで思っていた。

陛下が賊に襲われたと聞いていたが、それを受けてこれまで以上に厳重に警備しているということもあって・・・安心して出てきたという気持ちがあったのも事実。

その核心を突かれ、なにも言うことができなかった。


「その様子だと・・・図星のようだな?」

「そ、そんな!私は別に―――」

「ここで君の意見を聞いても、君が宮殿を抜け出してきたという事実に変わりはない。だが、私が賊に襲われた以上、君を不用意にここから動き回らせるわけにはいかない!」

「魏忠殿・・・・」

「賊がいるのは間違いないんだ。それにもうすぐ、ここに知り合いが来てくれる。助けが来るとわかっていて、わざわざ動く必要はないだろう?違うか?」

「・・・いえ。」


相手の言葉に、うつむきながら答える少女。


「いい子だ。さぁ、そんなところで立っていても仕方がない。こちらへ来て、横に座り―――――――」


そう言いながら、玲春を引き寄せた時だった。



「ガァアアア!!」


「うっわあああああああああ!?」


「きゃっ!?」



突然の大音量と共に、自分の腕をつかむ手が離れた。

獣と男の叫びに、玲春も驚きの声を上げる。

それがやんだ時、尻餅をつく形で地面に座り込む魏忠がいた。


「ぎ、魏忠殿!?」


その姿に、慌てて駆け寄ろうとしたのが、


「グガァアアア!!」


雄叫びが響く。反射的に声のする方を見た。




「紅嘉殿!?」



林山を慕う小虎だった。

唸りながら口を開けたり閉めたりしていた。


「紅嘉殿・・・・!?」


二人を引き裂いたのは紅嘉だった。

玲春と魏忠の間に割って入るようにして引き離すと、おもむろに少女に駆け寄る。

そして頭で彼女の体を押しながら、強引に立たせる。


「紅嘉!?」

「グゥウウ~!」

「おい、紅嘉!?何の真似だ!?」

「ガァア!!」

「なっ!?」


自分を養ってくれている相手に向かって吠える。

そのまま、魏忠を見据えると、低い声で唸り始めた。




「ガウゥ~ウ・・!!」



―――――邪魔をするな―――――



まるで、そう言っているかのような態度。

玲春の前に歩み寄ると、一番長い付き合いであるはずの相手を威嚇する。



「紅嘉っ!!」



これには、さすがの魏忠も怒った声で叱ったのだが、



「ガァルアア!!」



大きく口を開けて、養い親に飛びかかった。



「ひぃい!?」


じゃれ合いでもなんでもない、敵意ある声。

遊びではない、立派な攻撃ともとれる動きに男は悲鳴を上げた。




「ぎゃああ―――――!!」




そのまま肉を引き裂くがごとく、育ての親に噛みついたのだ。




「きゃあ――――!?」



その光景に、側にいた玲春は悲鳴を上げる。



(そんな!魏忠殿に噛みついた!?)



思考が認識する前に、豪快に布が引き裂かれる音がした。




「い、痛てぇ――――――!!


「い、いやぁ――――!!」




痛みに悲鳴を上げる男。

想像できる最悪の状況に、目を閉じて顔を覆う少女。


「痛っ、ひっ!ひぃい―――!!」

「だ、誰か!誰か来てください!!魏忠殿が紅嘉に食べられますー!!」


助けを呼ぶ少女の側で、魏忠の悲鳴は続く。

彼の体は、小虎の強靭な牙にやられた。













・・・かのように見えたのだが・・・・・






「痛い!痛い!痛―――・・・・!?・・・あ・・・あれ・・・?」

「・・・・ぎ、魏忠殿・・・・?」


急に、声の高さが低くなったことに違和感を覚える玲春。

すると、程なくその耳に届いた声。



「・・・・・・・・・・・痛く、ない・・・・・・・・・?」

「え!?」



呆気にとられるような声に、顔を覆っていた手をどける。

問題の男と虎を見る。



「あ・・・!?」



虎の養い親は生きていた。

生きているのはもちろんだが、出血はおろか、怪我すらしていない。



「べ、紅嘉殿!?」



それで玲春は、なにが起きたのかわかった

紅嘉は魏忠の体にかみつかなかった。

その着物の裾を引き裂いただけだったのだ。



「よかった・・・!」



知り合いが生きていたことへの安堵の言葉。



「――――――よくない!!なにが、いいものか・・・・!?」



ところが、助かった本人はふざけるなと言わんばかりに悪態をついた。

確かに、体を食いちぎられなかったのはよかっただろう。

これが普通の者ならそれでいい。

しかし彼は、自分を攻撃してきた虎の育ての親である。

猛獣を育てることにかけては宮中一の実力を持っている。

だからこそ、宮中でお抱えの飼育係として仕えることができているのだ。

決して飼いならすことができない生き物を懐かせることこそ、自分に価値が出てくるのだ。

間違っても、手塩にかけて育てた猛獣が反抗することなどない。

それなのに自分の子供同然だった子虎は、自分に襲いかかってきた。

明らかな反逆行為。

あってはならない、養い親への反抗だった。



「なんのつもりだ、紅嘉!!私を怒らせるのかっ!!」



怒鳴りつけると、懐から棒のようなものを取り出す。

一振りすれば、尺度が長くなる。

現代で言う警棒のようなものだった。



「二度と逆らえぬようにしてくれる!!」



はむかえば、二度とそんなことができないように叱るだけ。

いつもなら、これをだしたところ紅嘉は大人しくなる。

ところが、



「グオッ!!」



一吠えすると、大口を開けて突進してきた。



「なに!?」



まさかの行動に魏忠の動きが一瞬遅れる。

それが、勝敗を分けた。



「うわぁああ!?」

「ぎ、魏忠殿!?」



しつけ棒を持つ手に襲いかかると、それを自慢の牙で噛み砕いた。



「なっ!?」

「ガゥ!!」



真っ二つに砕き壊すと、魏忠の上へと身を沈めた。



「ぎゃっ!!」



まだ子供とは言え、紅嘉は【シベリアトラ】と呼ばれる種類の中国産の虎である。

通常の【シベリアトラ】の成人体重、160〜300kg以下であるとは言え、それが飛び乗ってくれば、かなり苦しい。


「うっ!ぐぅう・・・!」


押しのけようともがくが、びくともしない。

それどおろか、自然界で捕まえた獲物を追い詰めるた肉食獣のように体重をかけてきた。


「ぐっ!べ・・・紅嘉・・・!」


魏忠の声に、低く唸るだけでどく気配はない。

こうなってしまえば、もうどうすることもできない。

紅嘉は自分の養い親を見下ろしながら、舌を出しながら大口を開ける。



「ガァア・・・・!」

「や、やめろ紅嘉ぁ!!私がわからないのか!?どうし―――――!?」



疑問の声さえ遮るように大きく吠える。


「ひっ・・・ひぃ・・・!」

「グルゥ・・・!」



最後に、念を押すように吠えると、相手の上から降りた。


「ガァルゥウ・・・・!」


体からどいたものの、相変わらず魏忠をにらみ続けていた。

そしてその体勢のまま、後ろ向きの姿勢で下がり始める。

敵を警戒するような動きに、二人の人間は困惑した。



「紅嘉殿・・・!?」

「・・・・なんで・・・・どうしたというのだ・・・!?」



呆然とした状態で、目だけでその動きを見つめる魏忠。

程なくして、後退していた紅嘉の体は玲春の体に触れるところまでくる。

それがわかるやいなや、再び少女の体に頭をくっつけた。


「えっ!?」


早く早くと急かすように、玲春の体を押す。

自分が見詰めていた方向へと、彼女を行かせようとするのだ。


「私に・・・一緒に来てくれと言うのですか・・・?」

「な、何を言ってるんだ!?ただの偶然だ!動いてはいけない!」

「・・・・魏忠殿は、動かないでください。」

「玲春!?」

「紅嘉殿は・・・きっとなにかを察して、私に同行を頼んでいるのですよ・・・!」

「馬鹿を言うんじゃない!あなたになにかあったら、平陽公主様がどれほどお怒りに――――」

「すでに、真夜中に出歩いたというと罪を犯しています。昼間の件も含めまして・・・覚悟はできております。」

「馬鹿者!早まるな!」

「大丈夫です。紅嘉殿も一緒ですから。」

「小虎に何ができる!?なにがわかる!?偶然だ!」

「いいえ。この子は、あなたが怪我をしているとわかるからこそ、私をお供に選んだのです!だから大丈夫です・・・どうか、ここでお待ちください。」


微笑んで言うと、紅嘉が嬉しそうに鳴いた。

自分の意見が受け入れられたのだと理解したかどうかわからないが、小虎は少女の袖を引っ張って問題の方角へと歩き出した。


「紅嘉!?玲春、もどるんだ!」

「どうかお静かにして、こちらへいらっしゃるという方をお待ちください!先ほどの怪しい方々が、戻ってくるかもしれませんから!」


首だけで後ろを向き、そう叫びながら歩く。

視界を前に戻し、歩く速度を上げた。

少女を引っ張りながら、庭から廊下へと移動する紅嘉。

小虎が導く先は、自分が着た方向とは全く逆の方角。


(安様の部屋とは違う方向だけど――――!)


胸騒ぎがした。

行かなければいけないという気持ちになった。


「玲春!止まれ紅嘉!」


制止の声をかけられたが、聞くつもりはなかった。


「やめるんだ!行くんじゃない!」


背中ら自分を引き留める声は何度もかかったが、玲春はそれを無視した。

玲春が走り出したことで、紅嘉も速度を上げて進み始める。

ついてきてくれると判断したかどうかはわからないが、銜えていた服の袖を離した。

彼女がついてくるように、誘導するかのように前を走り始める。



(この先に何があるというの?紅嘉殿―――――――――――!?)



不安と期待を真面目ながら、少女は宮殿の廊下を走った。






「おい。」

「ああ・・・!」


その様子を見ていた二つの影。



「ここからじゃ聞き取れなかったが・・・」

「向こうで何かあったのは間違いないな、星影?」



そんな会話を交わしながら姿を現したのは二人の若者。

本物の安林山と凌義烈だった。


「すごいお嬢ちゃんだな!?虎を手なずけるとはよ!」

「宮中の女性はおしとやかだと聞いていたが・・・・初めて見たよ。虎に誘導される人間というのを・・・。」

「おう。聞くと見るとじゃあ、大違いって奴か?」

「ああ・・・。」


うちの星影も、なかなかの強者つわものだが・・・




(上には上がいるということか・・・)




なかなかお目にかからない光景を目にし、しみじみと世間の広さを痛感する本物の林山。



だが彼は知らない。

この少女が、玲春が虎に慣れてしまった原因が親友にあるということを。

その事実を知らない林山だが、やはり猛獣と行動する少女の安否は気になった。



「なんにせよ、あの子を追った方がいいんじゃないか?義烈。」

「そうだな。いくら平気そうでも、相手は人間じゃねぇからなぁ~それに・・・」

「それに・・・なんだ?」

「ど~も、嫌な予感がする。さっきの連中が絡んでるかもしれねぇー」

「あの黒装束のことか?」

「それ以外あるか?」



部屋から急いで立ち去る少女を追って庭までやってきた時、彼女以外の気配を感じて身を隠した。

その時目にしたのが、義烈と林山が言う黒装束をまとった数人の連中だった。

少女と入れ替わりに庭から出てきたのだ。

幸い、少女の存在が気付かれることはなかったが、連中は建物の中へと消えて行った。



「月が陰ったおかげで見つからなかったみてぇだが・・・ありゃあ、素人じゃねぇな。」

「あなたのような達人か、義烈?」

「ご冗談を!あんなんと同類にしないでくれ!つーか、問題はそこじゃないだろう?」

「ああ、問題視する点は別にある・・・!」



二人が危惧すること。



「今彼女が向かった方角は、その黒装束が向かった方角でもあるということだ・・・!」



そう・・・今まで自分達が尾行していた少女は、よりによって、一番危なそうな方向へと向かっていたのだ。

それも、虎付きでだ。



(放っておけるはずがあるか!)



「義烈!」

「わ~てる!」



ポキポキと拳を鳴らしながら答える。



「放っとくわけにはいかねぇからな。」

「同感だ。あ!その前に、あの人を助けた方が―――・・・」


言葉を濁した林山の目は庭に一人残された男に注がれていた。

遠目からでも、怪我をしているのはわかった。

離れている分、怪我の程度はわからないが、早く助けないと命に係わるかもしれない。

そんな林山の気持ちを察した義烈は、こちらを見ることなく答える。


「ほっとけ。」

「そうだな。早く手当をし――――――ええ!?」


しっかりとその意見を切り捨てた。

今なんて!?と聞き返せば、変わらぬ口調で再度言った。


「こっから見た動きじゃ、命に別状はねぇ。ほっとけ。」

「放置する気か!?」

「聞き取れなかったが、なんだかんだ叫んだりしてたろう?声が出るなら助けも呼べる。さっきまであれだけわめいてたなら、そのうち誰か来るだろう?俺達が助けるまでもない。」

「しかし――!」

「あいつの声に誘われてきた連中に見つかってみろ!俺らだけじゃなくて玉蘭さえも危なくなるだろう?つーか、単純に考えりゃ、お嬢ちゃんの方が危険だろうが?」

「そ、それはそうだが・・・」

「みんな救うなんて出来っこねぇんだよ!俺達ゃ、そういうことが目的でここにいるんじゃねぇだろうが?」

「これ以上の寄り道を俺達はできない。わかるな?」

「・・・・ああ。」


確かに、これ以上は無理だろう。

玉蘭さんだって待っている。

今夜は、これ以上星蓮のことはわからないだろう。

今日はもう、調べようがないが――――





(次にかけるためにも、ここから生きて帰らないと――――!)





限られた時間で、何を優先するべきか。



“やるなら、徹底的にやれ!逃げ場所は作っといてやる!!”



わかっています、厳師匠!



「ほら行くぞ!」



沈黙の了解をとった侠客は、そう告げると走り出す。

林山も、反対するつもりもなかったので後に続いた。

納得して、その場から離れたのだが・・・





「だ、誰か~!助けてくださーい!!」





遠ざかりつつある場所から、助けを求める男の声。

痛みをこらえているような、泣きそうな情けない叫びだった。

本当は助けてあげたいが、優先順位を考えれば彼は後回しである。




(すまない!名も知らぬ人っ!!)




罪悪感を覚えつつも、全力で廊下を疾走した。

少女と虎が消えた方向へと向かって。


最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・!!



小説の解説前に一言だけ。

本日で、東北地方太平洋沖地震からひと月が経過しました。

地震津波のみにならず、原発や風評により、日本と言う国自体に大きな打撃がきています。

被害にあわれた方々のご冥福と、早期のご回復はもちろん、一日も早く、日本と言う国がちな折れるように、私たち一人一人にできることをしていきたいです。





今回の小説の内容ですが、玲春&魏忠+紅嘉と林山&義烈の話となっております。

養い親である義烈に逆らってまで、紅嘉が玲春を連れ出したわけは?

林山&義烈が尾行していた少女は、実は玲春であったがその後どうなるのか?

さらに、一人残された魏忠の運命は?


映画の予告風な解説になりましたが、詳しくは次回に続きます。

興味のある方は読んでやってください(^^;)





※ないとは思いますが、誤字・脱字・変換ミスがありましたら、ご一報いただけるとありがたいです。ヘタレですみません!!!※



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