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第九話 宦官生活と妹探しは、前途多難

張空飛の案内の元、ほどなくして目的の書庫までたどり着いた。


「じゃあ、はじめましょうか。」


そう言って、空飛を先頭に書庫の中へ入る。


「琥珀、あなたはこの竹簡をあそこの棚に右から順に閉まってください。林山、あなたはこの書を上から順にここの棚に閉まってください。」

「わかった。」

「まかせて。」


空飛に言われるがまま、作業を始める星影達。その後、空飛手際よく二人に指示をした。


(空飛を下級宦官のままにしておくなんて・・・上の連中はなんて馬鹿なんだろう。)


そんな空飛の手際の良さを見ながら星影は思った。見る限り、仕事熱心だし、真面目であり、人間的にも優れている。それなのに何故、いつまでも下っ端の仕事をさせられているのか。


(きっと妨害者がいるんだろうが・・・。)


星影の脳裏に、例の二人組の姿が浮ぶ。

空飛にしても、琥珀にしても、なんで宦官なんかになったんだか・・・。

黙々と仕事をこなす二人の姿に、星影の中で疑問がよぎる。

確かに宦官は嫌な奴が多いけど、この二人は別だ。そこ辺の男より、よっぽどしっかりしている。見た目だっていいし。それが何故宦官に?

そんなことを考えながら、作業をしている時だった。


「それにしても・・・あなたには正直びっくりしましたよ、林山。」

「え?何が?」


空飛が遠慮がちに声をかけてきたのだ。驚く星影に、空飛は笑いながら言う。


「だって・・・私は後宮に来てもう七年ぐらいになりますが、あそこまで暴れまわった宦官の方は始めてみました。以前は、なにか武芸をなさっていたのですか?」

「ああ・・・えーと、三年ほど師に仕えたからね。」

「三年であんなに強くなれるのですか?すごいですね!」


目を輝かせながら興奮気味に話す空飛に対して、一方の琥珀は冷静な意見を述べた。


「なるほど、道理で強いわけだ。しかし何故、宦官になられたのだ?そのまま続けていればもっと強くなれたはずだったのではないか?宦官でなくても、武官としての道もあったのでは?」


不思議そうに尋ねる琥珀。それを聞いて、そうですよね、何故ですか?と、疑問符をちらつかせる空飛。そんな二人に向けて、星影はあいまいに笑みを向ける。彼らの問いに内心彼女は困ってしまう。


(まさか“妹を奪回するために来ました!しかも女性で〜すぅ!”などとも、言えないし・・・。)


「ハハハ、人生いろいろあるのだよ・・・。」


できるだけ平静を装いながら、とりあえず誤魔化してみる。

空飛が星影に話しかけてきた。不思議そうに首をかしげる星影に


「いや、気を悪くしないでほしい。立ち入ったことを聞いてしまって。」

「そうですよ。あなたもご苦労なさっているのですね。」


すまなそうに言う琥珀と、しみじみと言う空飛。これ以上質問されたらボロが出るかも知れない。なんとか話題をそらさない。


「そういう琥珀と空飛は、どうして宦官になったの?」


先ほど自分が疑問に思ったことを、二人にぶつけてみる。突然の質問に二人は、手を止めると星影の方へと視線を移す。


「どうって・・・決まっているじゃないか?」


苦笑いする琥珀と空飛。

やっぱり林山が言うように、富と名声がほしいからかな。意外だなぁ・・・。

たが、彼らからの返事はまったくと言っていいほど星英の予想と違っていた。



「家が貧しくてね。早い話が口減(くちべ)らしさ。」

「ええ・・それで家族が食べていけるなら。」

「家族!?」



予想と反する答えに、星影は思わず体ごと二人の方に向き直る。


「はい。私の家はとても貧しくて・・・。そんな時に役人に言われたのです。『子供を宦官にすれば生活が楽になる』とね。それで手術をしてもらったのですよ。八歳になる前の時にしました。丁度・・・父さんが死んだ時でした。」


(八歳で宦官に・・・!?待てよ、と言う事は―――――!!)


「ちょっと待った!もしかして空飛の歳って・・・・。」

「年ですか?十五になりますが、なにか。」


(私より年下!?こんなに大人びているのに。)


改めて星影は彼の方を見る。確かに背は私よりも低い。それに、顔にもまだ幼さが残っている。


(何故今まで気がつかなかったんだろう・・・。)


星影の視線に気づき空飛は笑って答える。


「驚きましたか?私が貴方より年下なのが。十七歳の安林山殿。」

「私の年を知っているのか?」

「ええ、事前に聞いてましたから。ちなみに琥珀殿は十九歳でしたよね。」

「ご名答。よくご存知で。」


(十九・・・・やっぱり琥珀は年上だったか。)


背の高い彼を見ながら驚きを隠せない。


(しかし、待てよ・・・!ここまでの情報を知ってるとなると、宦官証書が見られたということ!?では他の宦官達にも!?)


そう思った星影だったが、


「あ!別に盗み見をしたわけじゃないですよ!上の方々がそう話しているのを聞いただけで・・・誤解しないでください!!」


首と手を振りながら必死に弁解する空飛。そんな彼の様子に内心ホッとする。


(なんだ、見られていたわけじゃなかったのか。)


「わかってますよ。そんなに慌てると言う事は・・・もしかして常習犯かな?」

「違いますよ!!」


からかう琥珀に、空飛は顔を真っ赤にして怒る。


「気にするな、空飛。琥珀も冗談はほどほどにしなよ。空飛は真面目だから本気にしやすいんだから。」

「林山!」

「ああ、悪かった。先輩相手に申し訳ないことを言ってしまったな。」

「でも、年下なのに先輩なんて変な話ですよね。」


一見何事もないように言った空飛の一言。それに星影は疑問を感じる。


「空飛は、宦官がどういうものか知らなかったの?」

「知っていましたよ。後宮で働くための特別な人間という事は。」


(・・・信じられない。)


表情を崩さずに言う空飛に、ますます不振感を積もらせる星影。


「そんな・・・知っていて宦官になったの?それも貴方の意思じゃないでしょう?そんなことしたら、家族にも会えないじゃないか。」


彼の両親は、自分がお腹を痛めて産んだ子を、どうして宦官などにさせたのだろう。こんな良い子を宦官にするなんてひどい親だ。子供が可愛くなかったの?


「そんな贅沢(ぜいたく)言っていられませんよ。食い扶ちが減ったうえに、お金まで入るのですからね。両親もその事は理解していますし・・・仕方ありません。」


どこか(あきら)めたように言う空飛に星影は戸惑(とまど)う。何故そんなに諦められるのか。


「・・・後悔してないの?」


星影の問いにそれまでにこやかにしていた空飛の顔が強張った。


「・・なんでそんなことを聞くのですか?」

「だってそうじゃないか!?理由は分かるけど、子供にだって選べる権利ぐらい・・・」


そう言いかけた星影だったが、なにげなく空飛の顔を見た瞬間、言葉が詰まる。


「そんな・・・・選べるわけ・・・・ないじゃ・・ない・・ですか。」


そこには目に涙を溜めた空飛の姿があった。今にも泣きそうな表情だった。いや、無言で泣いていたと言ったほうが良い。


「空飛、あの・・・!?」


嗚咽する空飛に戸惑う星影。彼をなだめようと慌てて側に行く。そんな彼の肩を抱き寄せ、なだめたのは星影ではなく琥珀だった。背中をさすりながら、ただひたすらに彼を落ち着かせると、星影に向かって静かに言った。


「・・・・・空飛と同じとまではいかないが、私も似たような理由だよ。ただ違っているのは、私の体には半分異系血が流れていることだ。」

「異系・・・・もしかして混血か?」


黙ったまま頷く琥珀。母が匈奴のなんだ、と付加えていった。


「異系であるゆえに、まともな職につけなかったんだよ。私が働かないと、小さい弟や妹、年老いた両親が食べていけなくてね。」

「だからって、男を捨てることはないじゃないのか!?」


納得がいかない様子の星影を、冷ややかな眼で琥珀は見つめる。



「・・・『漢民族』の君にはわからないだろうね。異系だという理由だけで差別されるつらさを。」



今までとは違う、琥珀の突き刺さるような視線に思わず悪寒を覚える。そんな星影を見ながら、琥珀は少し冷めたような口調で言った。


「宦官は、皇帝の妻達の世話をするためだけに作られた人間ではない。戦利品を、有効活用するために出来たものだといっていい。」

「戦利品・・・?」

「宦官が生まれたのは、異民族の捕虜が始まりなんだよ。捕らえた異民族を宮刑(きゅうけい)という刑罰に処し、後宮の奴隷として働かせ始めたのが始まりだ。」

「その名残が・・・宦官なんだよね?」

「なんだ、林山。そういう(がく)について、(まな)んでいるんじゃないのかい?」

「いや、習うには習ったが―――」


琥珀の言葉に、星影は視線をそらす。歴史について学ぶ機会はなかったが、父親が大商人であったので多少の事は聞いていた。漢帝国が、匈奴(きょうど)山越族(さんえつぞく)といった異民族達とは、長い歴史の中で何度も争ってきたのは知っていた。高祖(漢王朝初代皇帝・劉邦)の時代から彼らとの戦は耐えなかったが、今の皇帝は、ことのほか異民族に対して厳しいらしい。現皇帝の祖父・曽祖父のころは、匈奴との間で条約を結び、定期的な交易場があったので民間交易も盛んだった。しかし、こうした匈奴との関係を断ち切ったのが現皇帝・(りゅう)(てつ)である。皇帝がこのような行動に出たのには、『匈奴に対する屈辱的(くつじょくてき)な外交政策を終わらせる』という意味があったらしい。詳しいことはわからないが、漢が匈奴を優遇し続けたのにもかかわらず、匈奴が漢の領地を侵略し続けたことが原因だと、以前父親が言っていた。以来、漢と匈奴は不穏(ふおん)な仲となってしまった。


「まぁ・・・宦官のことまで、詳しく教える師もいないだろう。」


ため息交じりに琥珀は言った。


「他の異系ほどひどくはないが、どこに行っても冷遇されるね。私達の働ける場所はどこかわかるかい?重労働や死体処理、挙句は花街さ。そこでしか生活していけない。」


琥珀の言葉に、国内に無数の異民族が存在することを星影は思い出した。皇帝が漢民族以外を冷遇する政策を取ったことで、その影響は自然と異民族に現れていた。


「もちろん宦官もそうだけどね。この職業が、一番多いだろう。私達が出来る仕事は、漢人が嫌がる仕事しかないからね。」


(知らなかった・・・。)


琥珀の言葉に星影は黙り込む。確かに、宦官、奴隷、異民族が結びついているなど、星影には想像がつかなかった。皇帝の異民族に対する徹底した政策は、結果的に琥珀のような職の得られないものを生む結果となっていたのだ。


(私は、宦官に対して、偏見的にしか見ていなかった。)


自分の心の狭さを知り、星影は急に恥ずかしくなった。しかし琥珀は、そんな星影を気にもとめず、話を続けた。


「今の漢帝国の皇帝には、我々と一方的に和平を断ち、攻め滅ぼせるだけの力があったからね。皇帝陛下様にとって、異民族を皆殺しにすることは簡単だったんだよ。」


「琥珀!なんてことを・・・!それは明らかに今上(きんじょう)(皇帝)に対する侮辱(ぶじょく)です!そんなことを言わないでください。このことが誰かの耳に入って今上のお耳に入ることでもあれば・・・殺されてしましますよ!?」


小声で注意する空飛の意見をものともせずに彼は言った。


「空飛、これはあくまで、仮定の匈奴の話であって、陛下には直接関係はないことだ。」


それでもなお、なにか言おうとする彼を制す琥珀。彼の言う通り現皇帝から、匈奴との関係を断ち切ったのは事実だ。でも、だからと言って琥珀の言っていることがすべて正しいとは星影には思えなかった。そう思ったからこそ、今度は星影から口を開いた。


「琥珀、あなたの言っていることは正しいと思う。」

「林山!?貴方までなんてことを!!」

「空飛、最後まで聞いて。漢がそうするのにはそれなりの『わけ』があったんじゃないの?」

「『わけ』・・・?一体どういう『わけ』かな?」


わずかに眉間を寄せる琥珀。その様子を気に止めるでもなく星影は言った。


「漢が一方的に関係を断ったのは事実だし、多くの匈奴の民を殺めたのも事実。でもそれは、貴方たち異民族が漢の国の領土を脅かすから仕方なく・・・・。」


言った瞬間、琥珀の目がかっと見開く。


「なにが脅かすんだ!?君は知らないだろう?漢民族が無抵抗の女子供になにをしているか。自分達が一番だと自負し、威張(いば)りくさっている連中のことを!」


いきなり怒鳴りつけられ驚く星影。普通ならここで黙り込むところだが彼女は違った。ひるむことなく言い返した。


「それは一部の馬鹿がしていることだ。そんな連中と一緒にするな!漢民族すべてがそうじゃない!種族で考えるな、問題は個人だろう!?」

「ならば、我々もそうだ!勝手に危険だと決め付けたのは誰だ!?」


琥珀の言葉に星影は言葉を失う。答えはわかっていた、だからこそ返事に困った。



「ことあるごとに『異民族』は、『野蛮人』は、と、(さげす)み、我らのすべてが悪であるかのように言ってきたのは誰だ?」



そう・・・彼らを危険だと、野蛮だと決め付けたのは漢民族だったから。


「人を国や人種単位で考えるな?いい迷惑だ?よくそんなことがいえたものだな?悪だと言って生きる場所を奪ってきたではないか。」


琥珀の言っている事は、道理が通っていた。


「・・・確かに、琥珀の言っている事は正しい。しかし、あなたが今言っている事は陛下に対する非難だ。」

「私は陛下を非難しているわけではない。」

「だが、知らない奴らが聞けば陛下への非難と勘違いされる。」

「それは君のように無神経な者が、勘違いするだけじゃないのか。」

「どういう意味だ!?」


はき捨てるように言い放った言葉は、明らかに星影個人に対するものだった。


「君は何故宦官になった?金や名声を得るためか。」

「なに馬鹿なことを言っている!?私はそんなつもりはない。」

「では、どんな理由で?」


これには彼女は黙り込むしかなかった。なんと答えていいのかわからなかった。陛下の側で働きたいとでも言って誤魔化せばよかったかもしれない。ところが、彼の気迫に押され嘘をつくことはできなかった。


「空飛は、家族のことを思い宦官になったのだ。純粋に家族の生活を思ってこそ、己を犠牲にしたのだ。」

「それは・・・私が悪かった。だが・・・。」

「そんなことも、彼の気持ちもわからないような君に非難される覚えはない。」


その言葉に星影は、傷ついたと言うよりも頭にきたと言っていい。いくら自分が悪かったと言っても、今の琥珀の言い方は、彼女の許容範囲を超えるものだったからだ。少し大きめの声で言った。


「そんなつもりで言ったんじゃない!喧嘩を売っているのか!?」

「君はやはり漢民族だ。なんでも力で解決しょうとするところが特にね。」

「貴様!」


琥珀の言葉に、持っていた書物をおくとすかさず彼の胸倉を掴む。それに合わせて琥珀も自分を掴んできた星影の腕を掴む。一触即発かのように思えたが。



「やめてください、二人共!!どうして喧嘩をするのですか!?私は気にしていませんからやめてください。」



それを止めたのは空飛だった。二人の間に割って入りながら言った。


「私達はさっき友の誓いをしたばかりではないですか!?」

「く、空飛。」

「漢民族も、他の民族も、仲良くしていけば良いじゃないですか。今上にはそれをなしえるだけの度量(どりょう)をお持ちです!時間はいくらでもあります。」


落ち着きを取り戻した空飛は控えめに言った。そして、二人の服の袖を持つと言った。



「争いはもうたくさんです。」



その言葉に二人は離れる。


「・・・すまない。なにも君を責めるつもりはなかったんだ。私はただ・・・。」

「いいや。謝るのは私の方だ。本当に・・・・二人に申し訳ないことをした。」


(・・・・悪いことをした。)


空飛のおかげで冷静さを取り戻したものの星影の心は晴れなかった。いくら知らなかったとは言え、彼らを傷つけた事は間違いなかった。しかも短気を起こして殴りかかろうとまでした。空飛に止められなかったら、あるいは彼がその場にいなかったら間違いなく、前回と同じ失敗をしていただろう。あの時は先輩である宦官が絡んできたことが原因だったが今回はわけが違う。民族間の根強い問題だ。なによりも、二人に話を聞くまでは一般の貧しい人々のことや異民族達のことについてなにも知らなかった。もし、星蓮がさらわれず、宦官に成りすまして後宮に入っていなかったら、大商家という裕福な家で育った星影は、彼らの話を聞くことも知ることもなかっただろう。



「私は知らないことが多すぎた・・・・。」



足元に置いた書簡を拾いながら呟く。沈み込む星影を見て、逆に琥珀と空飛は困ってしまった。


「・・・・あまり気にしないでほしい、林山。ちょっと言い過ぎたよ。」

「そうですよ。あなたは宦官になったばかりなのですから。これからは後宮の暮らしについてしっかり学ばないといけませんからね。わからないことや、聞きたい事があったらなんでも聞いてください。」


そんな二人の気遣いに、星影はますます落ち込んでしまった。

こんなに親切な人間が貧しさや、差別のために宦官になるしかなかったなんて・・・・。わからないことがあったらか・・・どうせ星連を見つければ、こんなところはおさらばなんだからな。


(待てよ。わからないこと・・・!?)


空飛が言った一言は星影の思考を活性化させるのに十分だった。

空飛は後宮に来て七年になると言っていたよな。もしかしたら星連についての情報を何か知っているかもしれない。今の状況なら、聞いたところでそんなに二人も不信がらないだろう。



(――――聞き出すとしたら今だ!)



決心した星影は思い切って話を切り出した。


「実は、二人に聴きたいことがあるのだけど・・・。」

「聞きたいこと?」

「なんですか?私にわかる範囲(はんい)でしたらお答えしますが?」


にこやかに言う二人に、多少の罪の意識を感じつつも尋ねた。


「最近ここに、藍田から陛下の妻として後宮に入った女性がいるだろう?彼女がどこにいるか知らないか?」

「・・・藍田から?」

「後宮に入った女性?」


そう言うと、不思議そうに星影を見る二人は。



「たのむ!今どこにいるか教えてくれないか!?」



真顔で必死に尋ねる星影に、二人はお互いに顔を見合わせながら話はじめる。


「・・多分いると思うが・・ちなみにその女性の家柄は?名前と年はわかるのか?」

「藍田では名の知れた大商人の娘だ。名は劉星蓮、今年で十六になる。」


星影の言葉に、二人は再度顔を見合わせる。


「なるほど・・商家の出ですか。でしたら、美人ぐらいですかね。」

「ああ、そうなの!!ものすごい美人なのだが!」

「林山、容姿(ようし)のことではない。役職(やくしょく)のことだ。」

「役職?なにそれ?」


すっとぼけた声を出す星影に、二人は笑いなが答えた。


「つまり、皇帝の奥方の位ですよ。商家の出で、地元で有名な美人だったなら・・・今の時期、おそらく『美人』の位でしょう。」

「商家の出ならって・・・もしかして身分によって位とかも決まるの!?だったら美人の位は高いの!?それとも低いの!?」

「落ち着け。わかりやすいように説明するから」


琥珀は笑いをこらえつつ言った。


「後宮には、陛下の制裁である皇后様を筆頭に妻妾(さいしょう)階級は十一段階に分かれているのだよ。超級が『皇后』様で等級は皇帝陛下に相当する。その次が第一級の『婕(しょう)(よう)』様で等級は宰相の位に相当、第二級が『きょう()』様で等級は上卿の位に相当、第三級が『容華』様で等級は中二千石の副丞相の位に相当、第四級が『充衣』様で等級は真二千石の部長の位に相当、第五級が『美人』様で等級は二千石の郡守の位に相当、第六級が『良子』様で等級は千石の郡級守の位に相当、第七級が『八子』様で等級は千石の郡級守の位に相当、第八級が『七子』様で等級は八百石の副郡級守の位に相当、第九級が『長使』様で等級は八百石の副郡級守の位に相当、第十級が『少使』様で等級は六百石の県長の位に相当する。」


「・・・そんなにいるの?」

「ああ、今は三千人しかいないけどな。」

「三ぜ・・・!?」


あまりの多さに眩暈(めまい)を覚える星影。後宮に美女が多いと言うのは聞いていたが、そこまでいるとは知らなかった。驚く星影に琥珀は話を続ける。


「昔は八段階しかなかったのだが、陛下が即位なされてから十一階級に増えたのだよ。いくつか呼び名の変わったものもあるからな。」


(そういえば・・・今の皇帝は無類の美女好きだって、前に厳師匠が言っていたよな。)


思わず眉間にしわがよる星影。


「それに、先の(やまい)の流行で奥方様達の数がめっきりへってしまいましたからね。本来ならもう少し位が下のところですが、今はそんなことを言っている場合じゃないですし。それに今上は、教養・器量・家柄のどれかがよければ、多少の事は目を(つむ)っていますから。」


しみじみと言う琥珀に空飛が付け足した。


(なるほど・・・それで星蓮は上から五番目か。)


「じゃあ、美人の位の人達がいるところに、星蓮がいるってことか!?」


細かいことをさらに尋ねてみる。しかし二人は、さっきとは打って変わって困った表情をする。


(質問の内容がまずかったかな?)


そんな二人に焦る星影だったが、二人の答えはまた違ったものだった。


「どうかな・・・。私達は宮女担当の宦官じゃないからね。」

「第一、今月だけでも二百人ほど集めたらしいですから。まあ、これでも少ない方なのでけど・・・。さすがにその中から探すとなると―――――・・・・」

「つまり・・・わからないと?」


同時に頷く琥珀と空飛。


嘘でしょう!?確かに二百人・・・五千人いる女性の中から星連を探すとなると・・・・。

星蓮を見つけるのは、かなりの苦労じゃないか!?とても脱出のまでに、いたるかどうか。それともいっそ、皇帝陛下に頼んでみようか。


「じゃあさ、陛下に会うにはどうすればいいかな?」


なんの気なしに言った言葉。星影として、軽い気持ちで聞いたことだったが、次の瞬間二人の顔が引きつる。そしてものすごい勢いでしゃべりだした。


「無理ですよ、そんなこと!今上にお会いできる宦官は、高級宦官に限られているのですよ!私たち下級宦官には夢のまた夢、お会いすることはできません。」

「空飛の言う通りだ!高級宦官の方でもお会いできるかどうかなのに・・・・・。少し勉強不足だぞ!」


興奮気味に言う空飛と、説教気味に言う琥珀。二人がかりで説教されてはかなわない。まずいことを聞いてしまったと思いながら、なんとか話題を変え星影。


「わかった、わかったから!冗談だって!・・・しかし、奥方達が三千人となると彼女達の部屋はさぞかし狭いだろうな。」


なんせ三千人もいるのだから、そんなに広い部屋はもらえないだろう?と、笑いながら言ってみる。しかし、星影の茶化した笑いは、琥珀の一言によってあっさりとやんだ。


「まさか。陛下は奥方様達のために毎年新しい宮殿を建てているのだよ。それも豪華で、彼女達の好みに合わせた建物を。」

「毎年!?」


そう叫んで星影は固まった。

毎年豪華な宮殿を建てるなんて・・・さすがというべきか、呆れるべきか、そんな事をしていてこの国の財政は大丈夫なのだろうか。


「で、でも、新しい宮殿ができたらそれまで住んでいたものはどうなるのだ?そこも使うのか?」

「いいえ、そのままにしておきます。新しく完成した宮殿しか使わないですよ。」

「そんなに毎年建てて、場所の方は空きがあるのか?」

「古くなった建物から壊していくので問題はない。」


真顔で言う琥珀に星影は目が点になった。

問題ないって・・・。一年しか使ってないのに?なんてもったいないんだ!なんだか金銭感覚が狂いそう・・・。


「そ、そう。それなら場所は問題ないね・・・。それで―――奥方様達が今いらっしゃる宮殿はどこにあるのだ?」

「確か・・・『宝仙宮(ほうせんきゅう)』のはずです。はっきりした事はわかりませんよ。なんせ私達は、奥方様達担当の宦官じゃないですからね。」

「もっとも、下級宦官はそこの担当にはなれないよ。なれるのは同じ宦官でも身分の高い高級宦官のみだから。」


そんな二人を交互に見て星影は思う。


(後宮って、思っていたより身分に厳しいのね。)


「それで・・・?その『劉星蓮』殿という方と、君の関係は?」


そんな星影を見て、琥珀はやや低めの声で尋ねる。


「か、関係って・・・。」


その顔はいつもの優しいものではなく、正直言って怖い表情だった。


「宮中に入られた女性は、すべて皇帝の物・・・!不埒(ふらち)なマネを、考えてはいないだろうね・・・!?」


自分の心臓が丈夫でよかった。早くなる鼓動(こどう)を静めるように胸に手を当てる。できるだけ平素を装いながら二人を見る。ここはなんとか乗り切らねば。


「いやだな。そんなたいした関係じゃないよ。その・・・俺の父上の、弟の妻の、その妹の旦那の、その旦那の兄の娘の、その娘の友達の、その友達の祖父の、その祖父のいとこの親戚の、その親戚の叔母の娘さん!!そう、つまり遠縁の、遠縁の、遠縁に当たる人なのだ!!!・・・・・ハハハ!!!」


口からでまかせを言う星影。やばいな・・・こんな話信じるわけがないだろうし・・・そう思っていたのだが。明らかに誰でも疑いそうな内容だったが。


「それは・・・珍しいな。」

「へー遠縁ですか?すごいですね。」


・・・納得したらしい。あくまでも、空飛の方だけ。琥珀の方はしばらく訝しそうに星影を見ていたが、なにも言わずに竹簡をしまう作業を開始した。おそらく、人の事情をとやかく言うつもりがないのだろう。琥珀に同調するように空飛も、私達も仕事を再開しましょうか?と、星影に声をかけると自分達の本来の仕事を始める。作業をしながら星影は思った。

星蓮についての手がかりはつかめた。『宝仙宮』というところに、妹がいるかもしれないという情報。確かめるなら今夜しかない。皆が寝静まった頃に宝仙宮へ行こう。

そう決心すると同時に、気がかりなことができた。王琥珀の存在。



(この男は・・・・油断できない。)




横目だけで彼の方を見るが、そこには自分の仕事に専念する琥珀の姿があるだけだった。



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