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第八十三話 小さな香蛾の恩返し

※竜門弥生は、「東京都青少年健全育成条例改正問題」に断固反対いたします。※




人の出会いとは、本当に不思議なものだと思いました。



“どうか私の武運をお祈りください―――――――私の小さな香蛾。”



あの時、ひどく穏やかで優しく、自信に満ちた言葉で告げられた。

あの方から、私への言霊。

私はその言葉に口で答えられなかったけれど、ずっと祈り続けていた。



「安様・・・。」



あの方のお命が助かるようにと、心の中で何度も何度も願い続けたのです。



「素敵よね、安様!」

「ああ、霍将軍の生まれ変わりの!」


部屋に花を飾っている時でした。

初めてあの方のお名前を耳にしたのは。

先輩である女官のお姉様方が、頬を染めながらお話しされていたのです。


「宦官らしからぬ武術の腕前で、賊を撃退したのよね!?」

「しかも、目を見張るような美男子でぇ~!」

「遠くから見たんだけど、本当に美しかったわ!」

「ええ!男のような女のような中世的なお姿がたまらない・・・!」

「そうそう。陛下が林山様を気に入り、ご自分の愛妾にされたお気持ちがわかるわ。」

「この分だと、李延年様はどうなるのかしら?」

「あら。あの方は、陛下の愛する宦官の中で一番の愛妾でしょう?」

「でも、嫌な奴じゃない?陛下のご寵愛をいいことに威張ってるし。」

「その点、安様はとてもお優しいそうよ。なによりも、延年様よりお若いし。」

「そうなると、陛下の一番のお気に入りになるのも時間の問題よね~」


とても職務中にする話とは思えない、色のあるお話。

ふいに、そのうちのお一人、朱姐さんと目があいました。


(どうしよう・・・)


その顔を見て、私は焦りました。だって私を見る姐さんの顔、何かをたくらむように楽しそうにしていたのですから。


「あなたはどう思うの?玲春。」

「ど、どうとは?」

「安林山様のことよ!」


私の想像通り、朱姐さんは手招きしながら言いました。


「きれいに飾れたじゃない、お花。それで終わりでしょう?こっちへ来なさいよ。」

「は、はい。」


先輩ですから逆らえません。


恐る恐る姐さん達のところへ行けば、


「それで、あんたはどう思うの?」


みなさん私に意見を求めてきたのです。



「安林山様のこと!」



今や『時の人』となられた、高級宦官の安林山様のことを。


「どうと言われましても・・・私は、姐さん達ほど、安林山様を知りませんし・・・。

「ヤダ嘘!冗談でしょう!?」

「あの安林山様を、あなた知らないとか!どれだけ遅れてるの!?」

「す、すみません・・・」


信じられないと大騒ぎする周囲の反応に、恥ずかしくて謝りました。

そんな私をかばうように、朱姐さんは言ってくれたのです。


「まぁまぁ!玲春は平陽公主様が目をつけていらっしゃる子なんだから。そういう情報を遮断されてても仕方ないわよ。」

「あ、それもそうね・・・。」

「それじゃあ、知らなくても仕方ないけど・・」

「可哀想な玲春!」


私の無知を、姐さん達は許してくれましたが、相変わらず気の毒にこちらを見る視線だけは変わりませんでした。むしろ、そこへ憐れみも加わったようです。


それにしても・・・・


「朱姐さん・・・」

「平陽公主様が目をつけていらっしゃる子だから、知っている方がおかしいのよ。ねぇ、玲春?」

「・・・はい、すみません。」


朱姐さん達が言う、『平陽公主様が目をつけていらっしゃる子』とは、どういう意味なのかしら・・・?

良い意味の目をかけるという言葉ならわかるけど、目をつけるって・・・。

ことあるごとにそう言われ、聞かされ、不安を覚えます。

何度も聞こうとしたのですが、


「あの、朱姐さん・・・!姐さんの言う、」

「わかってる。せっかくだし、玲春にも安様のこと教えてあげるわ!」

「え!?あ、はい。ありがとうございます・・・」


いつも、間が合わなくて、会話の持って生き方が悪くて聞けません。

そして今日も、そのことを聞けそうにないです。

いつものことなので、諦めますが・・・。

そう思い、曖昧に笑えば、そんな私の顔を見ながら朱姐さんが言いました。


「それで?あんたは、どこまで安様のことをご存じなの?」

「え?あの・・・陛下を賊からお救いしたところまでしか・・・」


夜、庭を散策されていた陛下を賊が襲撃し、それを厠帰りの安様が聞きつけ、陛下をお助けした。

それが安林山という名の宦官であった。


「そう。それじゃあ安様の人となりは?」

「わかりません。」


私はそれしか知らないし、それ以外はわからない。

わからないけれど・・・


「あの、朱姐さん。」

「何?」

「そんなに安様はすごい方なのですか・・・?」



(一人で賊を蹴散らしたことだけでもすごいのに。)



それなのに――――



「姐さん達が褒めぬくほど、安様は魅力のある方なのですか?」



(まだあるというのかしら?安様の武勇伝。)




「「「「「当たり前じゃない!」」」」」




私の質問にその場にいた姐さん達員が声を合わせた。同時にそう言った後で、まるで打ち合わせをしていたかのように、口々に安林山様の良い点を話し始めました。


「安林山様は、陛下が今は亡き『霍去病将軍の再来』と認められたお方!生まれ変わりともいわれる御仁なのよ!」

「かも、命をお救いしてわずか数日で下級宦官から高級宦官になったほどの人物!人は皆彼のことを『武烈宦官』と呼んでいるのよ!」

「霍去病将軍の再来に、武烈宦官・・・?」

「武を極めた宦官武人!というだけではなく、香蛾のような美しさを持ち、文学にも優れた智者!文武に優れすぐれたお方でもあるの!」

「では、文武両道ですか?」

「当然でしょう?なんせ、古今東西の数万の書物から学んだそうだから!」

「その上、素手で虎を倒すほどの力の持ち主で、まさに豪傑ともいえるお方なのよ!!」

「それは、すごいですね・・・・!」


目を輝かせながら姐さん達が語る安林山様の人となり。

聞いている私は、ただ感嘆するしかありませんでした。

それと同時に、疑問も生まれました。




「・・・どうしてそんなすごい方が、武官文官ではなく、宦官になられたのですか・・・?」




それだけ優れた方なら、ご自分の性別を捨てる必要はないのに。



「それがね・・・ここだけの話だけど、安様はとあるお屋敷の妾腹の子供で、その才能を妬んだ正室にあそこを切りをとされて仕方なく・・・」

「えっ!?」

「なんでも、母親を人質にとられて切られたらしいわよ。」

「え!?私は、毒を盛られたと聞いたけど・・・?」

「そんな!どちらにしてもひどいじゃないですか!?」

「でしょう?だから陛下が、安様の代わりにその正室達を密かに処分されたらしいけど・・・」

「安様お優しいから、過ぎたことなのでおやめくださいと、最後までじょたんされたらしいわよ。」

「本当に、お姿だけでなく、お心もお優しいのね~」



話の主体は物騒でしたが、それは私が、安林山様がお優しい方なのだと印象付けるのに十分な内容でした。

でも、平和で慌ただしい宮中の中で、私がそのことだけを気に留めて生きるだけの暇もなく、程なくして忘れてしまっていたのです。




「私の名前は安林山。最近、高級宦官になった者です。」




あの時までは―――――――







部屋を照らす油にともした日は、部屋に入る月明かりに比べると弱いもので。

まるで私自身のように頼りない光でした。

私が、油に灯る火ならば、あの方は天空に浮かぶ月なのでしょうか?




「安、林山様・・・!」




そうつぶやく少女の手には、彼女が愛用するお香の入った子袋あった。

淡紫色の花からできる甘い香りが特徴の香草で作ったお香。

量は半分に減って香りは半減しているが、代わりにあの出来事が現実であったと証明する何よりの証拠品でもあった。




(昼間のことは、夢ではないのね・・・。)




そんなことを考えながら物思いにふけるのは、徐玲春。

よわい十四の少女にして、現皇帝・劉徹の実姉・平陽公主に使える女官だった。

彼女は昼間、自分の仕える女主人の命で、平陽公主が最近手に入れた西域の茶器を運んでいた。

お気に入りの器でおいしいものを飲みたいという元・皇女の望みを叶えるためだけに、宮殿の廊下を慎重に急いで歩いていた。

いつもと変わらぬ、慌ただしくも平和な日々。

雲一つない蒼天の空に、今日は良い日になりそうだと、穏やかな気持ちで廊下の曲がり角をまがった時だった。



「うわ!」


「きゃあ!!」



なにかと、自分より背の高い誰かとぶつかった。

その衝撃で、大事に抱えていた茶器は床へと落ちたのである。

それが、すべての始まりを告げる合図であったと、思い返しながら玲春はため息をつく。



彼女は本日、宮中に来て初めて失敗を犯した。

それも、自分仕える女主人のお気に入りの高価な茶器を割るという粗相をしでかしたのであった。

長年仕えてきた女主人は、優しい方ではあったが、時として激しく怒ることがあった。

それは、自分の大切な何かをダメにした時。

玲春が仕えた間もない頃、同じことがあった。

手を滑らせて茶器を割った先輩の女官がいた。

自分達の主は、それを聞くなり、泣き叫び許しを請う女官をみんなの前で拷問にかけた。

時間をかけてじわりじわりといたぶった挙句、最後は最大限の恐怖を与えながら殺してしまった。

普段は太陽のように温かい目が、真冬の氷よりも冷たかった。

忘れることのできない怖い記憶。

茶器が割れたのだと理解した瞬間、その時の思い出が鮮明に玲春の中に蘇ったのである。

同時に、自分の人生はここで終わるのだと分かった。



いやだ!

どうしよう、どうしよう!

怖いよ!

死にたくないよ!

殺されちゃうよ!

怖いよ、怖いよ!

助けて!

誰か助けて!



パニックで泣きじゃくる自分に、その人物は言った。



「絶対に君を死なせないから。いざとなれば、私が罪をかぶる。」



そう告げたのは私とぶつかった相手。

私は悪くない、自分に責任があると断言した。

普通ならば、私のような女官など放って逃げるのに。


「何故、私をそこまで庇って下さるんですか・・・・?」


戸惑う私にあの方は逃げずに言った。



「だって君は、悪くないじゃないか。」

「え?」

「殺されるような悪事なんかしていない。それに、」

「それに・・・?」

「君は優しい子だよ。私のとばっちりで、ひどい目にあわせたくない。」



断言してくれた。

私の命を守ると、宦官の衣をまとった彼の人は言う。


それが――――




(高級宦官・安林山様――――――――――!)



まさかこんな私が、宮中で『時の人』ともてはやされるお方とお会いすることになるなんて。

それどころか、



「平陽公主様が大事にされている茶器を割ったのは、玲春さんではなく、私です!廊下を走っていた私が、玲春さんにぶつかって割れたんです!」



怒り狂う平陽公主様の前で私をかばってくださり、



「あなたの笑顔を見るためなら、卑しい私どんなことでもしましょう。」



私に優しく語りかけ、



「あなたが笑ってくれるなら、私はどんなことでもしますよ。例え、あなたに嫌われるような破廉恥なことをしてもね。もし、涙が止まらないというなら―――――」

「え?」



鼓動が早くなるような言葉を発せられ、



「このどうしようもない口で、あなたの雫を吸うしかありません。雫と一緒に、憂いをおびた気持ちも、あなたの中から吸い取ってしまいましょう。」

「あ、あああ・・・安さ、様・・・・!?」

「泣き止みなさい、泣き虫さん。」



壊れ物で扱うかのように頬を触れて下さった。



その上・・・・



「・・・玲春。」


「玲春さん!」


「・・・玲春さん!」


「玲春さん・・・。」


「玲春さん。」



私の名前を何度も呼んで下さった――――




「安様・・・・」



最後に見たあの方は、まるで私の身を案じるかのような視線を注いで下さっていた。



(私はそれに対して、その場で言える精一杯のお礼と、深く頭を下げることしかできなかった・・・。)



そこまで思い出してから、玲春は大きくため息をついた。



本当に・・・あのような殿方、生まれて初めてでした。

誠実でありながら、「これのどこが高価だぁぁぁ――――――――――――――!!!?」と怒りながら割れた茶器をもう一度叩き割ってみたり・・・。

破壊した後で偽物だということを理路整然と述べ、宮中の陶工の方にもそれを認めさせてしまうなんて。

そうかと思えば、虎を猫だといって、お香を鼻にたたきつけてみたり、その背にまたがってみたり。

馬に乗るように虎に乗って、大人しくさせたうえで、きちんとその首にはめられていた首輪をとってきたり・・・。


(かっこよかった・・・安様)


女性に決して真似できないことをやってのける。

あれが、男の方というものなのね。



(やはり、女性と男性では、ものの考えた方や行動が違うのだわ・・・!)



・・・・などということを考えながら、世間を知らない少女は感嘆の息を漏らす。




「いやいやいやお嬢さんっ!!いろいろ違ってますから!!一般的な男性は、そこまで無茶しませんから!!なによりもそいつ、男じゃないですから!!――――あ!?いや、男でないというのではなく、男のものがないので男でないというだけであって、深い意味は~~~・・・アハハハ!」




この場に本物安林山がいれば、ツッコミどころ満載の解釈を指摘するだろう。

加えて、うっかりかり発言もしかねないが。

もっとも、そのことを玲春本人は知る由もない。


それはさて置き、割り当てられた部屋の寝台の上で、横になることなく彼女は座り込んだままずっと考えていた。



(安林山様・・・。)



宮中で初めて・・・・いや、人生で初めて接した異性(!?)安林山のことばかりを頭に思い浮かべていたのである。

彼女の頭の中では、昼間の出来事が何度も脳裏によみがえっていた。

目をつぶれば、さらに鮮明に思い出してしまい、眠ろうにも眠れない。

そのため先ほどから、体を横たえることをやめて、寝台の上で座った姿勢でいるのである。



「・・・安様」



再度名を呟いて息を吐く。

短い言葉ではあるが、重みのある声。

それは本人には届かなかったがー



「恋煩い?」

「え!?」



別の人間の耳には届いていた。

真横から響いた突然の声に、体を大きく震わせると振り返る玲春。

そこにいたのは、先輩女官である朱だった。



「朱姐さん・・・!」

「眠りもしないで寝台で座り込んでいると思ったら、安様のことを考えていたの?」



玲春の隣に腰掛けながら訪ねてきた。


「違います、そんな・・・」


それに首を横に振りながら答える玲春。そんな後輩の態度に、苦笑しながら彼女は言った。


「嘘つき。それなら、どうして安様の名を口走ったの?」

「それは・・・」

「別にいいけどね。あなたや安様のおかげで、私達はしばらくお休みを頂けたし。だから、気を付けた方がいいわよ。」

「なにがです・・・?」

「あなた、安様にずいぶん優しくされていたじゃない?宮中には星の数ほど女がいるの。その中のほんの一握りといえば、少なく聞こえるかもしれないけど、武烈宦官・安林山様を狙っている女官は多いのよ。」

「朱姐さん・・・?」

「今回のことで、あんたを憎い恋敵と思っている女官がいるってこと。・・・平陽公主様に仕える、私達仲間の中にもそういう子がいるってこともね?」

「え?」

「油断していると、このお休みを機会に、あなたいじめられるかもしれないわよ~?」

「ええ!?」


先輩宦官の言葉に、言い知れぬ痛みを感じる。痛みというよりも、戸惑いに近い恐怖だった。


「誤解です、そんな!私、安様とそんな関係では――――!」

「今更、そんな弁解通じないわよ。まぁ、大人しくしておくことね。忠告はしたから用心はしなさいよ。」

「朱姐さん!」


後輩の言葉に、彼女は眼だけで彼女を見ながら言った。


「・・・大丈夫よ。平陽公主様も、安様には怒っているけど、あなたには怒ってないわ。利害問題を抜きにしても、あなたのことを気に入っているのは確かだから。」

「姐さん・・・」


彼女の言う通り、自分の腕を引っ張ってまで連れ帰った主は、玲春を怒ることはなかった。

他の女官達に接するのと同じように接してくれた。

それでも申し訳なく顔色をうかがう彼女に平陽公主は――――



「お前はわらわが一番目をかけている。あんな宦官のこと、小石につまずいたのだと心得るように!」



それだけ言われた。

許してもらえたのだ。

呆然とする玲春に、周囲も安堵の息を漏らす。

ただしそれは、自分達がまきこまれなかったことへの喜びからくるもの。

結果的には、茶器を割ったことへの不始末に巻き込んでしまったこともあり、朱以外は、ロクに口をきいてくれなかった。

玲春自身への言葉はなかったが――――――



「どうなのよ、玲春!?」

「ど、どうとおっしゃいますと?」

「馬鹿ね~安林山様のことよ!」

「あんた本当に、安様と何もなかったの!?」

「平陽公主様は、お前と安様が恋人同士じゃないかと疑っていたけど―――!」

「本当に抜け駆けしたんじゃないでしょうね!?」

「どうなの!?正直におっしゃい、玲春!!」


「~~~~だから誤解ですっ!!」



彼人かのひとと自分の仲を疑う質問ばかり。

それは、女官頭の「早くおやすみなさい!」というお叱りの声を受けるまで続き、ようやく先ほど解放されたのであった。



(そんなのじゃないのに・・・!)



いくら自分が、安林山様と初対面だと言っても誰も信じてくれない。

みんな、私達が以前からの知り合いだったと思っているらしい。

相手は仮にも、皇帝陛下の愛妾。

それが、私のような下っ端女官と恋仲だという噂が流れでもしたらー



(安様に、どれだけご迷惑がかかることか・・・!!)



事と次第によっては、自分が原因で陛下からの寵愛がなくなってしまう可能性もある。

そんなことになったら、愛し合うお二人を引き裂くことになってしまうかもしれない・・・!!



(それだけは避けなくては!!)




「つーか、なに気色悪い誤解してくれてるの玲春さん!?誰があんな好色変態と愛し合ってるって!?!それ嘘だから!真っ赤っ赤な嘘だからね!!むしろ引き裂いてほしいんですけど、私は!!」



・・・と、この場に当の噂の人物である高級宦官・安林山がいれば、ツッコミどころ満載の解釈を指摘するだろう。

もっとも、そのことを玲春本人は知る由もない。


そんな玲春の考えをどこまで理解しているのかわからないが、彼女の先輩は少しだけ茶化すように言った。


「安様の心配もいいけど、まずは自分のことだけ考えなさい。あんたが心配しなくても安様は、陛下の庇護があるんだからね。まっ、怪我をしてるから、当分は夜のお相手はできないと思うけど・・・・。」

「・・・そんなに安様のお怪我はひどいのですか?」

「え?どうかしら・・・ひどいんじゃないの?なんせ、十数人の賊相手に一人で戦ったわけだし。さっき聞いた話じゃ、傷が化膿して熱を出して部屋で休まれているらしいから。」

「え!?」



(安様が熱を!?やっぱり、紅嘉と戦ったのが原因で・・・!?)



「だから、そんな顔するんじゃないの!いい子だからもう寝なさい。」

「で、でも!私のせいで安様が――――」

「何度も言うけど、あなたは悪くないのよ?安様の傷も、十日ほどでよくなるそうだから。」

「でも・・・。」

「大丈夫だから、安心して休みなさい。あなただって、今日は疲れてるでしょう?ね?」

「・・・はい。」



不安げに表情を曇らせる妹分に笑いかける朱。

そして、無理やり寝台に寝かせるとその場から立ち去った。


「何も考えないで目を閉じるのよ。おやすみ、玲春。」


眠りの言葉を呟きながら。


「はい・・・おやすみなさい、朱姐さん。」


こうして、一人きりになった玲春。

言われた通り、なにも考えないようにしながら目を閉じたのだったが――――





(そんなこと言われても、眠れるわけないわっ!!)





彼女の心には相変わらず、安林山という名の宦官が闊歩していた。



(安様、大丈夫かしら・・・)



いくら、背の高い彼が背の低い自分にぶつかってきたからと言って、茶器を割ってしまった責任が自分にないというわけがない。

それなのに、徐春は悪くないと断言した宦官。

死罪の危険があるというのに、一人でその罪をかぶろうとした宦官。

罪を許してもらう条件として、人食い虎と戦って勝った宦官。

ただ、戦って勝つというだけでなく、人食い虎も、女官も兵士も虎使いも・・・挙句の果てには、自分を殺そうとした平陽公主様にまで情けと優しさを見せた宦官。

異端といってもいいぐらい珍しい善良な宦官・安林山。




(私はなにをしているのだろう・・・)




安様に助けて頂いたのに、曖昧なお礼しか言えなかった。

曖昧というよりも、まるでもう二度と会えないようなセリフを告げた。

あれでは、安様が不安げにお声をかけてこられても仕方がない。

あの方が化膿した傷で苦しんでいらっしゃる時に、自分はのうのうと睡眠をとろうとしている。



なんて薄情なの、玲春?




(何か私にできることはないのかしら・・・・。)




そんな考えをめぐらせながら寝返りを打つ。

それを数回繰り返したところで、彼女はあることを思い出す。




「そうだわ・・・!」




思い出し、身を起こして自分の衣類などが入っている行李の側へと行く。

その中の一つ、片手で持てるほどのこぶりの行李を手にとって中を開けた。



「よかった。まだ残っていたわ。」




そこにあったのは

以前、平陽公主様のお供で医術の先生の所へ行った際に頂いた―――




「化膿による発熱を下げる薬草・・・!」




もらってからかなりの日数は経っていた。

しかし、乾燥して使うものなので、効能に問題はないはず。

保存状態も、言われた通りにしておいたので貰った時のままの状態であった。



(怪我による発熱の際に使う、解毒用のお薬・・・!)



この薬は、平陽公主様が信頼を寄せていらっしゃる先生から頂いたもの。

薬草の良しあしはわからないけれど、良いものであるのは間違いなかった。

何故なら、



「我が夫も使っている。傷が化膿して発熱で苦しんでいる部下に与えている。玲春、お前が将来武人を夫に迎えるかどうかはさておき、持つだけ持っていて困ることはないであろう。世の中、なにがああるかわからないからのぅ。」



カラカラと笑いながら、今より小さかった玲春の手に握らせたのはいつのことだった。


あの時は、お守り程度で受け取ったけど、頂いて本当に良かった。



(ありがとうございます、平陽公主様!感謝いたします。)



当時のことを思い出し、心の底からお礼を言う玲春。

もっとも、当の本人がその使い道を知れば、少女に薬草を挙げたことを後悔するのは間違いなかったが。




(これを安様に飲んで頂けば、きっと早く良くなるはずだわ!)




そう考えた玲春は、小さく微笑むと、取り出した薬草を行李へとしまう。

音をたてないように、そっと寝台から降りると服を着替え始めた。


(安様がいらっしゃるのお部屋は、高級宦官専用の宮殿・・・。)


そこの一室に、お一人でいらっしゃると姐さん達が言っていた。

細かい場所も、姐さん達がしゃべっていたのを聞いたのでわかる。



(私一人でも行ける。)



仕事着に着替えたところで、紺色の布を肩から羽織った。

本当ならば、女官が夜中に外を出歩くのはいけないこと。

見つかったら、場合によっては殺される可能性もある。

それでも―――




(安様にお会いしたい。)



会って、きちんとお礼を言いたい。

どれだけ感謝しているかお伝えしたい。

私はもう大丈夫だから、もうご心配なさらなくていいとあの方に―――!



はやる気持ちを抑えながら、薬草の入った行李を抱えて部屋から出る。

見つからないように、見られないように、周囲を気にしながら部屋から、宮殿から抜け出した。




「綺麗な月・・・」




宮中に来て初めて真夜中に、部屋の外へと踏み出した。

昼間は、人が行きかう廊下も、夜はひどく静かで廊下を照らす明かりだけがその存在を強く主張していた。



(起床の時間までには帰らないと・・・!)



いくらお休みを頂いたといっても、規則正しい生活をしなくていいというほど、

後宮は甘い場所ではない。

ましてや、未だに腹の虫が収まらないでいる女主人の前でそんなだらしないことはできない。



(急いで安様のお部屋に行って、お礼を申し上げて、薬草をお渡しして帰ってこよう。)



それだけ決めると、玲春は小走りに走り始めた。











最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・!!



最近、更新が遅くて申し訳ありません・・・!!


今回は、徐玲春のお話となっております。

彼女が出会った安林山こと劉星影に対する印象を書いてみました。

自分を助けてくれた宦官が心配な少女は、こっそり部屋から抜け出します。

この後彼女はどうなるかは・・・後々のお楽しみということで(笑)

気長な方、それまでお付き合いいただけるようでしたら、今後とも読んでやってください!

よろしくお願いします・・・・!!







※誤字・脱字・漢字の間違いがありましたら、こっそり教えていただけると、ありがたいです・・・!!

ヘタレですみません!!


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