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第八十一話  困難必然の恋人捜索

※竜門弥生は、「東京都青少年健全育成条例改正問題」に断固反対いたします。※


上記法案に賛成される方は、 該当する漫画・小説は一切見ないと決めている方だと思っております。

なので、賛成しているのに該当する作品を見ているのはおかしいのではないでしょうか・・・?


コツコツと、確かめるように壁を叩いている。

すると、それに答えるようにコッコッと、少し調子の違う音が耳に届いた。

その音に侠客の表情は変わった。


コツ、コツコツ、コッコッ。

コツコツ、コッ、コッ。


会話でもしているかのような音がしばらく続いた後で、


ガッ!!


「!?」


な、なんだ!?


それまで鳴っていた音とは一変して、拳を叩きつけたような音がした。


「ふ~ん・・・どうやら、大丈夫みたいだな?」


それを受けて、壁を叩いていた男・凌義烈はニヤリと笑った。


「それじゃあ、行こうか?星影・・・?」


いたずらが成功した子供のような顔で、驚いた表情の林山を手招きした。





月がかげり、再び闇へと戻った廊下を義烈について進んだ林山。

先頭を進む侠客は、よく見知った自分の縄張りのごとく宮殿の中を進む。

抜き足、差し足、忍び足。

駆け足、小走り、つま先歩き・・・と。

それらの動きを繰り返した後、二人はある場所へとたどり着いていた。

そこは宮殿の中心部で、義烈が言うには、



「ここに、オメーの妹らしいのがいるそうだぜ?」



ということだった。

確かに、大勢の人の気配はした。

鼻には、女性特有の上品な香の臭いもした。

耳を澄ませば、吐息のような寝息が聞こえた。


つまりは----




「ついに・・・・星蓮のところまで来たということか・・・!?」




(やっと・・・・・・やっと彼女に会えるのか!?)




高ぶる気持ちを抑えながら、美しい細工が施された入り口に足を踏み入れようとしたのだがー



「無用心だぜ。」



肩をつかまれ、後ろへと下げられた。


「義烈!?」

「だから声がでけぇーよ!・・・安全確認しなきゃ駄目だろう?」


そう言うと、入り口の壁に駆け寄り、その身をピッタリとくっつけた。

確かめるように、肩耳を押し付け、中の様子を伺っていた。

闇に慣れた林山の目から、相手の険しい表情が見て取れた。


(そうだよ・・・なにやってるんだ、俺は。)


ここは宮中なのだ。

皇帝以外の男が忍び込めば、速攻で殺されるぐらい危険な場所なのだ。

存在を悟られるだけでも命取りになるというのに、先ほどの自分はなんの警戒もせずに浮かれ足でのん気に入り込もうとしていた。


(まだまだ修練が足りないな・・・。)


もうすぐ愛する女性と再会できるからといって、油断しすぎだっただろう。


そう自己反省しながら侠客の大親分を見れば、彼は利き手で拳を作ってそっと壁にあてていた。




コツン。





静かなこの場所では、ひどくその音は目立った。



(何のまねだ?)



壁を叩くことに、なんの意味があるというのだ?

よく、瓜などの質を確かめる時に叩くことはある。

それと似たような動きで叩いたのだ。

なにかを確かめているのだろうか?


(だとしたら、なにを?)


コツコツ。


この男がすることだから、何か意味があってのことだろうが----


(そんな音を出し続けたら、誰かに気づかれないか?)


義烈が壁を叩く度に、林山は不安にかられた。

耳は壁を叩く義烈に向けつつも、目は周囲へと向けていた。

この音を聞きつけ、人がやってこないか。

誰にも見られていないかと警戒しながら。

そして何度目かになる音を立てた時だった。



コツコツ、コツン。



・・・・カツン。



「!?」



(なに!?)



明らかに、義烈が立てたものではない音が響いた。

心臓が嫌な動きをする。

背筋に悪寒が走るの感じながら、戦闘体勢に入る林山。



「よせ。」



それを義烈が小声で制した。



「心配すんな、星影。・・・味方の音だよ。」


「み、味方?」


「ああ。だから殺気を抑えな。」



こちらを見ることなく、あっさりとした口調で言い捨てた。


(・・・とんでもない奴だ。)


義烈という男が只者でないのはわかりきっていたが、そう思った理由は一言では言えない。

宮中内部を知っているだけではなく、その宮中に彼の仲間がいたということ。

殺気立つ自分の様子を見ることもなく、気配ひとつで察したこと。

普通ならば、後宮に忍び込むと聞いただけでも肝をつぶすのに、この男はそんな場所の中心で平気な顔で壁を叩き続けていた。


「・・・・とんでもない奴だな。」


思わず、口をついて出た言葉。そこでようやく、問題の男はこちらを見た。


「お前こそ、とんでもない奴だろう?妹のためとはいえ・・・恐れ入るぜ。」


感心したとばかりに言う義烈の口調に、林山は恥ずかしくなった。

それと同時に複雑な気分になった。


(俺は、嘘をついているのに。)


本当の星影は宦官として宮中にいるわけで。

どちらかといえば自分は、安全な場所から婚約者探しをしていただけで。


「・・・俺以上に、とんでもない奴が他にいるけどね。」

「そりゃいい。今度紹介してくれよ。」


からかうような口調で言うと、こっちへこいと手招きする。

呼ばれるがまま、義烈の側まで行くと相手は林山の腕をつかむ。


「ぎ!?」


義烈と、名を呼ぶ前に、闇が広がる部屋の中へと引きずり込まれた。

中は予想以上に広かった。

辺りを見渡せば、そこにいたのは-----




「しょ、少女・・・・?」




年端も行かぬ幼子達だった。

それもすべて女子ばかり。


「なんだ、ここは?」

「奥様方の部屋さ。」


呆然とする林山に、義烈は少女達の正体を伝えた。



「ここにいるのは、全員、皇帝の妻だ。」

「・・・え?」


妻って・・・あの妻?

女房・奥方・連れ合いの意味の・・・妻だよな?

妻?


そう思って、一番近くにいた女の子を見る。


「・・・。」

「どうした?」

「いや、これ・・・。」

「これじゃねぇーだろう?無礼だな。陛下の側室だぜ?」

「いや、そうだけど・・・」


これはどう見てもーーーー




「まだ、五・六歳ぐらいじゃないか・・・・!?」




そこにいたのは、まさに正真正銘の幼女。




「全員子供じゃないかぁ----!?」




その部屋には幼女しかいなかった。


「まぁな~この部屋にいるのは大体七歳未満の妻達だ。さすがに一人で寝かせるのにはちょっとなぁ~てことでよぉ!」

「そっか~それで~・・・てっ!!-----なんでだよ!!?なんで、こんな子供が妻候補なんだ!?」

「声でけぇよ!候補じゃなくて、妻だよ。」

「いや、でも早いだろう!?」


当時の中国では、十歳前に結婚することも多く、現に武帝・劉徹が最初の妻と婚約したのも七歳である。

時代によって、結婚事情や風習は変化したが、早いうちから結婚・婚約するというのは古代中国ではごく当たり前のことであった。

だから、妻が幼いということは別におかしいことではない。

ないのだが・・・・


(今の皇帝は、うちの師匠よりも余裕で年上だぞ!?それがこんな幼女達を妻に迎えるのはー・・・!!)


前漢の時代では、これがどのように思われたか知らないが、現代でいえば犯罪になるだろう。


(俺から星蓮を奪っておいて、それでもまだ足りないからとこんな子供まで妻にするとはーーーー許せない!!)


当時の風習ではおかしいことではなかったが、林山からすれば十分失礼なことに感じられたのであった。



「驚くのも無理ないか・・・。本来なら、国許で成長を待ってから宮中に上がるのが普通だからな~」

「そうじゃないだろう!?あ・・・・悪い。」


思わず大声を出したことを詫びながら口元を押さえれば、困った表情で義烈は答えた。


「気にすんな。どうせこの幼な妻達は、朝まで起きやしねぇよ!薬がたっぷり染み込んだ飯を食ってるからな?」

「なんだ、よかった・・・!それなら、絶対に起きな・・・・-----てっ!?」


一瞬納得するが、すぐに相手のおかしな発言に気付いてそれを問いただした。


「何食わせてんだよ!?てか、え!?薬って!?え?え!?ええ!!?」

「ぐっすり眠れるようにだよ。起きてもらっちゃ困るからな?」

「そうじゃねぇよ!な、なんで食事に薬なんて・・・どうやって・・・!?」

「内緒だ。」


唇に人差し指を一本当てながら、口の端を上げて言う男。


内緒って・・・!



(本当に何なんだこいつは!?)



ここまでくれば、何が起きても驚かないつもりであったが、さすがにこれは限度を超えている。


(宮中の人間の食事にまで細工をできるほどの力があるということは---やはり・・・!)


そんな思いで、相手の顔を見れば、同じように自分を見ていた。

そしてニヤリと笑うと、掴んだままの林山の腕を引っ張る。


「あ!?」

「いくぞ~」


こうして、引きずられる形で歩き出す林山。

放せと言うものの、相手は鼻歌交じりでろくに返事などしない。

先ほど、吐息ひとつにも文句を言っていたのに、今はのん気に花街で聴いた音楽を口ずさんでいる。

誰も起きてこないと知った上でのことだろうが・・・


(なんて協調性のない奴だ・・・)


怒りとも呆れとも思えるような思いを抱けば、男は眠る子供達を覗き込みながら不意に口を開く。


「それでどうだ?林山」


足を止めることなく、少女達が眠る部屋を進みながら義烈が問いかける。


「・・・・どうとは?」

「この中に妹はいるか?」

「・・・・星蓮は、今年で十六なんだが?」

「ワハハハ!知ってるさ。冗談だ!」


この野郎・・・!


楽しそうに笑う相手に、それまでのイライラもあり、腸が煮えくり返る林山。

無言でにらめば、ここでようやく侠客の親分は振り返った。


「そういう面するなよ。ほれ、次の部屋からは少し成長してるぜ。」

「成長・・・・?」


言葉の意味がわからず、そのまま引きずられながらついていけばー



「これは!」



新たな部屋で目にした光景。


(なるほど・・・これが、成長の意味か・・・!)


「この部屋が、七~八歳の妻の部屋だよ。」


先ほどの部屋にいた子供達同様、無垢な表情で眠る子供達がいた。


「・・・この子達も・・・皇帝の妻なのか?」

「そうなるな。」


驚く林山の様子を楽しみながら、グイグイと腕を引っ張る。


「なぁ・・・いい加減、腕はなしてくれないか?」


可愛い顔で眠る子供達の中を通り過ぎながら、林山は自分の利き腕をつかんでいる男に言う。


「だめだめ!ただでさえお前、この奥様方に同情してるだろう?そんな奴を放してみろ、たちまち石造のように動かなくなる。」

「石造って・・・!?」

「同情するのはかまわねぇが、そこで足を止められちゃかなわねぇよ。オメーがいくら哀悼の意で幼な妻達を見つめても、こいつらの現状は変わらないんだからな?」

「え?」

「皇帝の妻っていう現実はよ?」

「ー・・・!」


その言葉で何も言えなくなった。

言えなくなったと言うよりも、返す言葉が見つからなかった。

彼の言う通り自分は、幼いこの子達に同情していた。

きっと、自分の意思で皇帝の妻にと望んだわけではない。

親や周囲の勧めで、そうなっただけ。

そうならざる得なかっただけだろう。

だから、穏やかな顔で眠るこの子達が哀れで仕方なかった。


「ほれ、次の部屋が見えてきたぞ~今度は、九~十歳の部屋だ。」

「あ、ああ・・・。」


入り口をくぐれば、先ほどの部屋より少し狭くなっていた。

その分、人数も減ってはいたが・・・


「ここからは、部屋数が十九になる。」

「は?」

「今までは、ひとつの部屋に全員が納まっていたが、今度は十数人単位で十九部屋ある。まぁ・・・目的の部屋じゃないから素通りすりゃいいんだが・・・一応な?」


片目を閉じながら言うと、今まで通り部屋の真ん中を堂々と歩いた。

程なくして部屋から廊下に出た。

今度は部屋の中を通ることなく、廊下を一直線に奥へと進んでいく。


(どうやら、さっきの部屋は通り道として通っただけみたいだな。)


その証拠に、それに面した部屋へは見向きもしなかった。

腕を引かれながら、それらの部屋数を数える。


五、六、七、八・・・・・・十六、十七、十八、十九。


(最初に通った部屋を入れれば、十九だ・・・・!)


数え終わったところで、次の部屋の入り口に差し掛かった。


「・・・今度は、十一~十二歳の娘達の部屋か?」

「ご名答。わかってるじゃねぇか?」


振り返ることなく義烈は言う。


「次も、通り道以外は素通りだ。部屋数は二十三あるけどな。」

「年を重ねるごとに増えてるのか・・・?」

「まぁな。十三歳は二十五部屋、十四際の部屋は二十九部屋、十五の部屋は三十二部屋ある。」

「十三からは同じ年の娘達ばかりになるのか?」

「ああ。ガキが産める年になるからな。」


当たり前のように言われた言葉に、胸が痛むのを感じた。

十三から女扱いになるのはおかしいことではないが、ここでの女扱いというのはどうしても下世話な想像しか出来ない。

悶々とした気持ちのまま、眠る娘達の中を進んでいった。

このあたりから林山はあることに気がつく。


「・・・みな、優れた容姿のものばかりだな・・・。」

「たりまぇだろう~?最高の女しか入れない後宮なんだからよ!」


幼子達の部屋ではわからなかったが、年齢が上がるにつれ、娘達の容貌が整っているものばかりになっていた。

すでに美女といえる容姿のものもいれば、将来有望というもの。

愛らしい者、上品な者と・・・綺麗な娘達しかいなかったのある。

時折、並みの容姿の者もいたがー


「あれは、父親の身分が高いんだよ。あっちは、代々続く名士だ。」


と・・・なんらかの優れた点があるのだった。


(なんだろう・・・この気分・・・。)


上手く説明できないが、なにか腑に落ちないものを林山は感じていた。

後宮という場所は、人や物共に、美しく、すばらしく、優れたものしか存在しない。

皇帝がいるので、それはそれで当然のことだがー




(気持ちが悪い・・・・!!)




なぜこうも、完ぺきなものしかないのだ?

何一つとして、異質で、粗悪なものはない。

普通のものすら存在しない世界。




(綺麗過ぎて、気持ちが悪い・・・・!)




そう思うのは生まれて初めてだった。

綺麗で気持ち悪いなど、矛盾している。




「胸糞悪いだろう?」

「義烈?」



その言葉に足を止めれば、相手も動きを止めた。

こちらに背を向けたまま、男は林山の腕を離した。


「ここは最高の場所だけどよ、どうにもこうにも胸糞悪くていけねぇ・・・」

「・・・義烈もそう思うのか?」

「やっぱりお前もか?」


林山の問いかけに、侠客は振り返る。


「やっぱりなぁ~道理で、おめぇーとは気が合うと思ったんだよ。」


歯を見せて笑うと、止めていた歩みを進め始める。

それを追いかけながら、林山は再度問いかけた。


「義烈!俺はー・・・ここが高貴な場所だとは思う。特別な場所だとは思うんだが・・・なぜ、気持ちが悪いなどと思ってしまったのかがー・・・!」

「本能だろう、きっと。」

「本能?」

「ここはな、清浄過ぎるんだよ。目立った悪がない分、ささやかな普通がない分、物事の引用の調和がとれてねぇ。」

「悪がない・・・?」

「表向きの悪がない。けど、裏に回れば表と相反して禍々しいまでの貪欲な隠れた悪がある。」

「貪欲な隠れた悪・・・?」

「本当は薄汚い悪があるくせに、それがまったくないような態度をとっている。よくわからねぇ根拠と自信で、自分達は悪くないとほざきやがる。テメーらのすることは正しいと断言しやがる。その身勝手なやり方の犠牲者のうちの一人が、お前の妹だ。」

「あ・・・!」

「それが後宮だ。俺はそんな白々しい態度が、気に入らねぇんだよ・・・!」



義烈の言葉で、林山は自分の中の気持ちがわかった。

嫌悪感だったのだろう。

美しいものしか、優れたものしか認めない世界。

自分達こそが正しいとして、それ以外の者はどうなろうとかまわない。

無碍に扱われて当たり前だ、当然だという態度。

そういった者が星蓮を奪ったという事実。

それが林山の無意識の中でつながり、不快な気持ちへと導いていたのである。


「まぁいいさ。こうして、ここと関わるのはそんなに多いことじゃねぇ。どちらかといえば、一期一会の付き合いだからよ。」


あざ笑うように言うと、声を潜めながら言った。



「さぁ~てと・・・ずいぶん待たせちまったが星影。」



ポキポキと拳を鳴らしながら義烈は告げる。




「こっから先が本番だぜ。」




周囲をうかがいながら発せられた言葉。


薄い色の枝垂れのようなものが入り口にかかっていた。



「見ろ。目当ての場所だ。」



目で合図しながら笑う義烈。


「こっからは、十六歳からの奥様の部屋になる。」

「ここに星蓮が・・・!?」

「情報が正しければいるはずだ。先に言っておくが、これから先は今までと違うぜ?それまでは集団で雑魚寝みてぇに、みんなで寝てたがそうじゃねぇ。一部屋あたり、六人で寝てる。だから部屋も今までのもんより小さいだろう?」

「確かに・・・そうみたいだが・・・。」


入り口を見る限り、こじんまりとしている。

少人数用の部屋だとはわかったがー





「それで・・・・どれなんだ・・・・?」





収容人数はわかったが、どこに星蓮がいるかわからない。

というよりかは、






「一体どの部屋なんだ・・・・・!?」






端から端まで、廊下に沿って順序良くついている入り口。

壁から生えた、それぞれの入り口ごとに1つずつつけられている明かりは、適度な間隔をあけた状態でさらに奥まで続いていた。

明らかに、今までの部屋数とは桁が違う。

ざっと見る限り、四十以上は肉眼で確認できたが・・・。



「・・・・何部屋あるんだ?」



見えた倍以上はあるな、と思いながら聞けば、



「え~・・・・三百室ぐらいかな?」

「三百っ!?」

「ああ。一応、今月入った女は二百って聞いてたんだが、あれから追加で百ほど増えてたみたいでな。」

「だからって増えすぎだろう!?どうして二桁から三桁に変わるんだよ!?陛下は十六才好きか!?」

「十六が好みかどうかは、本人に聞いたことねぇからわからねぇけど、単に適齢期だからだろう。後宮に召出すための教養や何やらをつけさせて、それが実を結ぶ年頃ってのが。」

「だからって!」

「それによ、今までは十~二十数人が一つの部屋にいたわけだぜ?それが一部屋六人になったから三桁になっただけだ。つまり、大部屋にいた幼な妻達を六人ずつの部屋に割り振りしたら、同じ数ぐらいにはなるだろう?」

「あ・・・それはー」


(そうかもしれない・・・。)


彼の言い分はもっともだった。

義烈の言葉納得した林山だったが、


「いやいやいや!待てよ!お前、星蓮候補は八十九人だって・・・!?」

「ハハハ!やっぱり女の世界にも先輩後輩があってなぁ~」

「は?」

「新入りの面倒は先輩が教えるってことで、各部屋に振り分けちまったらしいんだよ。」

「はぁ!?」

「ほら、同じ十六でもよぉ~七歳から入廷して後宮にいるのと、十二で入廷して後宮に来たのとじゃ、そういう差ができるだろう?それを補うっていう理由も兼ねての部屋割らしい。」

「はぁあああ~~~~~!?」



な、なんて余計なことを・・・!!



「ご親切なことしてくれるだろう?入った順でへに割り振りしてくれりゃあいいのによぉ~古い奴は古い奴、新しい奴は新しい奴ばっかでかめてといてくれりゃあ、こっちも探す手間省けたんだけどな?」



まさしくそうだ!


おそらく、宮中に早く慣れるためという目的も含んだ上でのことなのだろが、こちらからすれば迷惑極まりない。


「とんでもない手間じゃないか・・・!」


苛立つ林山に、侠客はさらに気持ちを荒げる発言をした。


「それによぉ・・・お前の妹が妻候補として入ってるっている確証がねぇからな・・・」

「確証って・・・郭勇武絡みで入ってるのは間違いないんだぞ!?」

「それがな、玉蘭にそのこと話したらよ、別の可能性もあるって言われてなぁ~」

「別の可能性?」

「お前の妹、音楽とか歌とかできたんだろう?だったら、舞も舞えるよな?」

「え?ああ・・・地元じゃ、『花の化身』、『舞う花弁』とも呼ばれていたから。」

「だったら、しとらしい妻や奥ゆかしいお嬢様じゃなくて、妓女として陛下の御前に出される可能性があるってよ。」

「妓女っ!?」

「おうよ。なんせ妓女から、陛下の妻になった奴もいるからさ。今の皇后様も家妓出身だろう?」

「だからって、どうして妓女に!?」

「陛下のお情けを待つ、高貴なお家のお嬢様はわんさかいるんだぜ?同じ紹介するなら、気軽に顔出しができる宴会とかが好機だろう?あれだけ悪知恵の働く男なら、そういうひねった考えもありだろうからな~・・・」

「だからって、妓女なんて・・・!」


俺の愛した星蓮が妓女として皇帝の前に?


いや、この場合だと----



「宮中で、皇帝の前で出すなら『宮妓』になるだろうな。」

「『宮妓』だと・・・・!?」

「まぁ、民間から献上されたとなれば、『宮妓』とも言えるだろう。献上じゃなきゃ、違う方法で入ったかもしれ・・・・」

「ふざけるなっ!!」



義烈の言葉を遮るように怒鳴った林山。その表情は怒りに染まっていた。


当時、妓女と言えば『宮妓』・『家妓』・『営妓』・『官妓』・『民妓』と大まかに分けられていた。

その中でも一番高貴な人物に近い妓女といえば、皇帝の後宮にいる『宮妓』であった。

本来『妓女』とは、歌や舞などのさまざまな技芸で、人々をもてなし喜ばせることを仕事としている。

そのため、そこ内容は幅広く複雑であり、間違っても『妓女』=『娼婦』と考えるのは誤解である。

つまり、妓女のすべてが体を売っているわけではない。

なによりも、己が得意とする歌・舞・演劇などの芸能、それに加えて肉体を使って接待するのであるからなくてはならない仕事であろう。

よく、古今東西・古今に関わらず、体を売る者に対して多くの者がその者達を軽視・差別する場合がある。身を売り、春を売る者のみを非難して攻め立てるが、その行動が矛盾していることに気づいてない者が多いのもその特徴である。

体を売るのは、その体を求めているものがいるからこそ、売っているのである。

需要と供給があるからこそ、成り立つ職業であるので、彼女達だけを悪とみなすのは間違っている。

もっとも、その道で最高の位と名声を得た者の多くが自分の仕事に誇りを持っているので卑屈になることもなかったようである。


話がそれてしまったが、つまり林山は怒っていたのだ。

自分の愛する婚約者が、高官・貴族・豪商の家にいる個人所有の『家妓』でなく。

武人を主とした将軍や兵士達など、軍隊を慰める軍営の管轄下の『営妓』ではなく。

文官を主とした中央政府のや州や郡で、官僚のもてなした『官妓』ではなく。

一般の民間人なら誰でも通え、人身売買によってその労働力を得ていた売春を主な商売とした民営の『民妓』ではなく。



(皇帝の後宮にいる『宮妓』だと・・・!?)



『宮妓』になる者には、皇帝への敬意を表し、民間から技芸に優れているとして献上されてなった者達。

異国との戦いを通じ、勝利の証・戦利品として連れ帰られた者達。

同盟・服従の印として贈られた者達。

いずれにも該当せず、『宮妓』にならざえるをえない者------




(郭勇武!!星蓮を籍没せきぼつ扱いする気かっ!?)




”籍没”とされた者達がいた。

籍没とは、なんらかの罪を犯し、罪人としてあるいは罪人の一族として身分を剥奪され、官の所有物とされる法律の提供を受けた者達のことである。


彼の怒りの源は、そこからきていた。

皇帝の側で、罪人が働くというのも変な話だが、これは後世まで続く風習となった。

一番分かりやすいものでは、これよりも後、後漢末期の三国時代。

呉の孫権の息子の1人で、後に皇帝となる孫亮の生母などはそれに近い者であった。彼女は父親が犯した罪に連座し、宮中で機織の仕事をしているところを孫権に見初められて妻となったのである。

ちなみに、同時代の魏の曹操の二番目の正妻・卞氏も妓女出身であった。


(玉蘭さんの言い分はわかる。)


力ある者達の前に簡単に姿を見せて、楽しませることができるという点では玉蘭の推測は正しいといえた。正しいが、この場合どういう名目で妓女として自分の恋人が召し上げられたのか。

当然、人間として差し出されたのではないと彼はわかっていた。

妓女は献上品。

『宮妓』になる者の中には、本人が罪を犯したり、家族や一族などの身内の罪のとばっちりで妓女へとなる者がいたのである。

それがわかっていたから許せなかった。



(俺の星蓮を妓女などと・・・許せない!!)




林山が怒っているのは、義烈から見てもよくわかるほどであった。

しかし、ここで誤解しないでほしいのは彼が妓女と言う職業を差別しているわけではないということだ。

確かに、昔から体を売る仕事というのは、周囲から倦厭けんえんされがちである。

嫌われる職業だといえる。

だが、今の林山が怒っている理由はそこではない。


自分が心から愛する女性を。

自分との生涯を約束した女性を。

自分のだけが独り占めして良い女性を、皇帝の目にとまりやすり『宮妓』にしているかもしれないというのだ。



両思いの相思相愛で愛しあっている女性を、自分以外の男が確実に物してしまうかもしれない可能性。



それが『営妓』や『官妓』でなくて、よりによって『宮妓』なのだ。

『宮妓』を好き勝手にできる一番の権力者は皇帝である。

それを思えば---



「ふざけやがって・・・・!」



腹立たしいこと、この上なかったのだ。



「悪かった。」



ひどく落ち着いた口調に、思わず顔を上げる。目の前に義烈の顔があったことにも驚いたが、その表情に林山は驚いた。



「そんなつもりなかったんだ。ちと、気を紛らわせようとしたんだけどよ。」



悪かったという表情と言葉を自分に向けている侠客の大親分。


「あ・・・いや。」


怒りが発動したのは”献上じゃなきゃ、違う方法で入ったかも”という相手の言葉がきっかけだったが、義烈自身への怒りの気持ちなどはなかった。


「あなたに怒ってるわけじゃー」

「けど、怒らせたのは俺だろう?」


そう言うと、ごめんな、と言いながら肩を叩かれた。


「最後まで責任持つから、勘弁してくれよ?」

「あ・・・いや・・・うん・・・。」


どう答えていいかわからず、了承の答えを出せば相手はにっこりと笑う。


「よ~し!それじゃあ、お前の妹を探そうぜ。その・・・玉蘭の話も無視できねぇから、一応妓女のいる場所もあたってみる予定だからよ。ただな・・・」

「どうした?」

「ああ・・・妓女の宮妓のいる場所は、こことはまた別の場所なんだよな。」

「え!?それじゃあ、また移動するのか!?」

「いいや。今夜宮妓のところへ行くのは無理だろう。つーか、日が昇る前までにここから出ないといけねぇからな~今夜中に宝仙宮にいるオメーの妹候補の顔の確認、できるかどうかも怪しいからな・・・。」

「なっ!?大丈夫なのか・・・!?」

「心配するな。見ろ!入り口垂れ下がってる薄布。その右下を見てみな。」

「右下・・・?」


言われるがまま、薄布に近づいてみる。すると、月の光を受けて銀色何かが光った。


「これは・・・?」

「針だ。」


刺さっているものを引き抜きながら義烈が笑う。


「お前の妹候補がいるかもしんねぇ部屋の薄布の右下に、刺しておいてもらったんだよ。」

「刺しておいてもらったって・・・・!?」

「これなら、持ち運びも便利で怪しまれないだろう?」

「・・・宮中でのお前の協力者って、絶対に女だろう・・・?」

「クックックッ」


林山の問いに答えず、肩を震わせながら笑う男。



「三百ある部屋の、いくつかにこいつを埋め込んでくれてるそうだ。」

「いくつかって・・・八十九本だろう?」

「八十九人全員が、一人ずつ一つの部屋に割り振られてるとは限らないだろう?」

「じゃあ、必ず八十九人だとは断言できないのか!?」

「多くて、八十九部屋だとは断言してやるよ。」


計画性があるようで、計画性がないような義烈の話。


「どちらにせよ、数の目途めどがつくだけマシだろう?」

「そうかもしれないが・・・」


多少の不安はあったが、ここまでくれば悩んでいる暇はない。


(この男を信じると決めたんだから、信じるしかないだろう。)


「さぁ、おしゃべりは終わりだ。さっさと引き抜いて、面確かめようぜ?」

「・・・わかったよ、義烈。」

「お前が待ち望んだ妹とのご対面だぜ。辛気臭せぇ面はしめぇーにしようや、星影?」




大胆素敵のふてぶてしい男の姿が、いつになく頼もしく見えた。


最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!



サブタイトルをつけるのに、時間がかかり、アップが遅くて申し訳ないです・・・!!

本編では、ようやく林山が星蓮に近づいてきました。

話の中で登場した「妓女」ですが、少し説明不足だったのでここで少し語らせてください・・・!!


「妓女」は、日本だと「遊女」と同じカテゴリー扱いになります。

もし、日本の遊女と違う点があるとすれば、技芸を深く学んでいたものが多かったこと、学べる環境が充実していたことです。

身請けの基準にしても、若さや美貌で選ばれるのではなく、心なごませる話術、風流で情熱的な詩作、相手を楽しませる酒令といった優れた才知や教養面が重視されていました。

なので、体のみの芸妓ばかりを言うのは誤解です。それも一つの才能としてあるのであって、身を売らない妓女もいましたので。

そのため、文化人などの開いた模様しものに招待されれ、踊りや音楽、対等に詩作などをともに行ったり、議論を競ったりもしていました。

また、同年代の女性よりも自由が許されていたのだが、その分身分は低いままで、仮に身請けされても正妻になることはまれで、良くて側室や妾などでした。しかも夫が死ねば、召使に降格されたり、わずかな手切れ金で追い出されたりと、その家の正妻次第で哀れな人生の終焉を送ることとなっていたのです。ただし、多くの場合が「この家は合わない。」と思えば、再び妓女の世界に戻ることもできました。手に職がある分、それで食べていけたからです。

また、彼女達は時代の流行に敏感だったので、彼女によって流行ったものは庶民にも受け入れられたようです。








※小説を読んでいて、誤字・脱字・文章のつなげ方がおかしいよ、という箇所を見つけられた方!

こっそり教えてくださると、嬉しいデス。。。

本当にヘタレで、すみません。。。




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