第八十話 義姉弟そろって、考えてることは同じ?
※竜門弥生は、「東京都青少年健全育成条例改正問題」に断固反対いたします。※
漫画・小説の作者に責任を押し付ける法案はおかしいですよ・・・(涙)
忌々しそうに舌打ちをする男。
相手が悪態をついた理由がわかったので思わず口を開いた。
「・・・月が出たな。」
「ああ。せっかく曇ってたっていうのによ・・・!面倒くせぇー・・・」
先につむいだ俺の言葉に、無骨な男が忌々しそうに舌打ちをしながら答えた。
俺の名は安林山。
藍田出目(出身)の大商家の一人息子。
劉星蓮という可愛い婚約者がおり、本当ならば婚礼を済ませ、今頃甘い新婚生活を堪能していたはずなのだが・・・
「月が隠れるまで、動けないな・・・。」
何の因果か、ガラの悪い男と二人で物陰に身を潜めていた。
俺の隣で忌々しそうな表情をしているのが『百面夜叉』の異名を持つ凌義烈という男。
都の裏側では恐れられる大侠客の親分である。
大侠客の親分と、大商家の一人息子が何をしているのかというと・・・ご存知の通り、俺の婚約者である女性を奪い返すために、こうしてコソコソしている。
そう、漢帝国最高の女性達が集っていると言われる『後宮』のど真ん中で---!
「しばらく待つぞ。」
「・・・わかった。」
不機嫌な声で言う義烈に、林山も険しい表情でうなずいた。
いろいろ回り道はしたが、ようやく二人は、星蓮がいるとされる宮殿『宝仙宮』にきていた。
門番は、玉蘭さんがひきつけているので簡単に通過できた。
『宝仙宮』の中は漢帝国の皇帝が好みそうな豪華な内装が施された場所だった。
廊下を照らすための炎が揺らめいており、その演出の仕方も惚れ惚れするぐらい美しい。
光を覆う、金細工が明かりに照らし出されて陰影を作り、床に夜しか見ることのできない模様を描いていた。
(・・・美しい。)
何度そう思い、心震わされたことか。
皇帝のために作られた最高級の装飾。
この国唯一の王のために用意された品々。
その品の中に、自分の愛する女性も含まれているのかと思うと悲しくなった。
(星蓮・・・)
物悲しい異様な、切ないような感情に思わず天を仰ぐ。
その目に映ったのは、暖かな優しい光を放つ球体。
今、自分達の動きを封じている大きな光は、すべてを包み込むような光で満ちていた。
(月を眺めるのは久しぶりだな・・・。)
最後に見たのはいつだったか。
いつだったか思い出せないぐらい昔だがー
(その時、傍には君がいたね・・・星蓮。)
美しい満月を口実に、二人で逢引したあの夜。
俺は、月を見るふりをして君を見ていた。
君が感嘆の声を漏らすたびに、俺もひそかに息を漏らした。
月明かりに照らされる愛する君の愛らしさに。
月にも負けぬ、優しい笑みに。
「・・・有り。」
「あん?」
息を潜めている最中で、聞こえてきた言葉。
それに反応し、声のする方を見る義烈。
横を見れば、自分が連れてきた依頼人が月を見上げながら『うたい』始めていた。
「南に喬木有り。」
南に背の高い木がある。
「休息す可からず。」
でも高すぎて休息することができぬ。
「漢に游女有り・・・求思す可からず。」
漢水のほとりに遊ぶ乙女がいる。でも河が隔てて妻に求めることができぬ
「漢の廣きこと、泳思す可からず。江の永きこと、方思す可からず。」
漢水の広大なことは、泳ぎきることもできぬほどだ。
長江の長大なことは、想像もできぬほどだ。
「翹翹たる錯薪、言其の楚を刈る。之の子 于に歸がば、言其 の馬に秣かはん。」
欝然と茂る木のかなから、楚の木を刈り取って薪にしよう。
かの乙女が嫁にきてくれたなら、その馬に秣を くれてやろう。
「漢の廣きこと、泳思す可からず、江の永きこと、方思す可からず」
漢水の広大なことは、泳ぎきることもできぬほどだ、長江の長大なことは、想像もできぬほどだ
「翹翹たる錯薪、言其の婁を刈る。之の子于に歸がば、言其 駒に秣かはん」
欝然と茂る木のかなから、婁の木を刈り取って薪にしよう。
かの乙女が嫁にきてくれたなら、その子馬に馬草をくれてやろう。
「漢の廣きこと、泳思す可からず。」
漢水の広大なことは、泳ぎきることもできぬほどだ。
「江の永きこと、方思す可からず・・・!」
長江の長大なことは、想像もできぬほどだ・・・!
「・・・・なんでぃ、その詩は?」
謡い終わったのを見計らって、冷やかすような口調で聞く義烈。
「『詩経国風』の1つだよ。」
それに相手は淡々と答えた。
「ああ。『周詩』のことかい?」
「・・・まぁな。」
『詩経国風』とは、中国最古の詩篇のことである。
いつごろ確立したものかはっきりしていないが、周の時代からあったものなので別名『周詩』とも呼ばれている。なので、この詩は、林山が言う『詩経国風』と義烈の言う『周詩』は同じものを指す。構成になってからは『詩経』と短縮されて呼ばれることが一般である。
『詩経』は、儒教においては基本的な経典とされており、当初は三千近くの詩があった。それを儒教の教祖である孔子が、良いものだけ選んで編成しなおしたと言われているが断言はできない。
「『周詩』っていやあ、学のある博士様が開くお勉強会でしか習えないもんなんじゃないか?」
「私塾と言ってくれ。まぁ・・・そうだが。」
「すごいね~お金持ちのお坊ちゃまは?月眺めてたかと思えば、小難しい詩を口になさるからよ。まぁ、儒教で使う教材らしい詩らしいと言えば詩だけどよ。」
「どういう意味だよ!?」
「声でけぇよ。辛気くせーとまでは言わねぇが、派手な宮廷詩人らしくねぇ詩じゃねぇか?」
「そりゃあ、そうだよ。俺が口にしたのは『国風』なんだから。」
孔子が編集したとされる詩経は、重複するものを除けば三〇六篇、約三〇〇あまりある。それは大きく三つに分けられる。
内容は、貴族や朝廷の公事・宴席などで用いられた音楽の歌詞などをまとめた「雅」、 朝廷の祭祀に用いた廟歌の歌詞をまとめた「頌」、 各地の民謡、主に周南・召南・邶・鄘・衛・王・鄭・斉・魏・唐・秦・陳・檜・曹・豳の15カ国の地域の小唄を集めた「風」となっている。林山の 語った「国風」とは「風」のことであった。
「国風・・・?あぁ、俺達一般人が謡ったってやつかよ?」
「あなたが一般人かどうかは怪しいが、庶民が謡った詩さ。名のある宮廷詩人が謡ったものよりは箔がないが、自由で素直に人間の心を謡っている。・・・だから好きなんだよ。」
「雅」・「頌」・「風」 の内容は、どれも優れた詩として孔子に選ばれ、現代にも残っている。もし、違いがあるとすれば作者に関してだろう。
「雅」・「頌」と比べて『国風』は、誰がどれを作ったかわかっていない、『無名の人々』によって作られた詩とされている。孔子の生きた 時代やそれ以前から伝わる各地域の民謡というだけでなく、男女について謡った詩が多いと言うのが特徴がある。
林山が口にした詩は、『国風』に収められている『周南』という国の民謡で『漢廣』と言う『求愛の歌』の詩。
そう、男が女に求愛する詩であった。
「失礼な奴だな~俺は一般人だぜ?しかし・・・お前にしては素朴な詩だな?さりげなく愛を謡ってるしよ。」
「知ってるのか?今の詩を・・・?」
「いいや。ただよ・・・切ない男の心情みたいのはわかったからな。」
「そうか・・・。」
切ない、という言葉が心にのしかかった。
義烈が言った通り、この詩は、男の切ない心境を謡ったものである。
見初めた女を妻にできぬあせり。
見初めた女を妻にすることができたなら、何でも彼女の望みどおりのことをしてやろうという男心。
そんな男の切なさを歌ったものだ。
漢は漢水、江は長江をさし、いづれも大河である。
この詩を謡った男は、その大河の彼岸に女を見初めてこの嘆きを歌ったと言われている。
楚や婁というのも、その際側に生えていた木の名前。
簡単に訳せば、そういう意味の詩なのだ。
「なんでまた切ない恋の詩なんぞ謡ったんだ?恋人にでも会いたくなったかぁ?」
「そうだな・・・。」
なぜこの詩が口をついて出たのか。
その理由を林山は痛いほどわかっていた。
「星蓮の・・・妹の婚約者の心境を謡ってみただけだ。」
初恋の相手を、心から愛した女性を、妻にしたくてもできないあせり。
彼女を取り戻し、妻に迎えることができたら、なんでも彼女の望み通りにしてやろう。
彼女のために尽くしたいのに、漢水・長江という大河のごとき、強大な権力者が邪魔をする。
その壁に阻まれ、会うことすら、声をかけることするできない恋人への思い。
どこか、自分達と重なるようなところに哀愁を覚えた。
それゆえに、昔読んだ詩を思い出させたのだろう。
「そりゃ、お優しいな。」
そう言った相手の顔は、軽い口調に反してひどく真面目なものだった。
「まぁ・・・俺もできる限りのことをしてやるよ。お前ら兄弟にも、可愛い妹の婚約者にもな・・・。」
「え?」
(やけに親身な事を言うな?)
いつもならガキくさいだのなんだのと言いそうなものである。
「義烈・・・」
もしかして、気を遣ってくれているのだろうか?
「月がいい具合に晴れそうだ。」
そう思い、問いかけようとした矢先だった。問題の侠客は、ぶっきらぼうにそういうと先に動いた。
「ぎ・・・!」
「ほら、いくぞ。」
周囲に人がいないのを確認すると、林山を誘導するように音を立てずに廊下を走り抜ける。
「あ、待ってくれ!」
聞きたいことも聞けず、取り残される林山。
待てと小声で言いながら、義烈の後を追いかけた。
二人がいなくなった廊下では、その名残を伝えるかのようにロウソクの炎が、しばし左右に揺れ続けた。
・
・
・
・
・
耳に響く靴音。
鼻をくすぐる香の匂い。
(どうしよう・・・)
温かい腕に抱かれ、星影は頬が火照るのを感じていた。
半日前に何者蚊の毒でやられるも、何とか回復したのだが、今度は違うものにやられかけていた。
(衛青将軍・・・)
何の因果か、自分は今憧れの衛青大将軍の腕の中。
それもお姫様抱っこの上体で運ばれていたのだ。
時折聞こえる虫の音と、体に感じる穏やかな光で外が夜であることは把握していた。
(どうしよう・・・!)
心が落ち着かない。
憧れの将軍に会えただけでも、嬉しいのに、その人の体に触れ、こうして運んでもらっている。
今まで感じたことのない、不思議な心躍る感情に星影は戸惑っていた。
(本当にどうしたんだろう、私・・・!?)
どういうわけか、衛青将軍のまでは、変に緊張してしまう自分。
最初は、『大将軍』という地位に気おされていたのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
”お前・・・・衛青将軍のことが、異性として好きなんじゃないか?”
さっきから、林山の言葉が頭を回っている。
”星影は衛青将軍を、恋愛対象として見てるんじゃないか?そして、惹かれたんじゃないのか?衛青将軍の中にある、男の優しさって奴に・・・・。”
”『大人の男の優しさに、惚れこんでいる女』のように・・・。”
(そうなのか・・・・・?)
確かに衛青将軍は、藍田にはいなかった種類の人間だ。
頼もしいし、優しい、包容力はあるし、見た目もいいし・・・。
”男が女に、女が男に惹かれるのは自然なこ とだ。むしろ、それを拒むことはないだろう?”
(だからって恋愛なんて~!)
”武人としての『憧れ』が、『愛』に変わってもいいんじゃないか?相手が、衛青将軍ほどの御仁ならば・・・・?”
(恋なんて・・・!!)
胸の奥が痛くなった。
泣きたくなるような、悔しくて歯がゆい気持ちに駆られた。
(恋愛なんて・・・!)
初めて好きなった男がいた。
顔はおろか、会うことさえなかったが、文字を通して知る人柄に強く惹かれた。
心と心で愛をはぐくんだ。
仮に、相手が醜悪な顔であっても構わないくらい好きになった。
本気で好きなったのに---!!
(・・・その恋は、叶わなかった。)
失恋と引き換えに、私は武名を得た。
武術に打ち込み、その才能はすぐに開花した。
初めて数年で、十年近く武術をしていた親友よりも強くなった。
素質があったのだと師は言う。
そういう因果だったのかと両親は嘆く。
そんな自分を認め、支えてくれた妹と未来の義弟。
恋愛とは自分を変えるものだと、あの時思い知らされたが----
(どうしてまた・・・似たような気持ちになるのだろう・・・?)
色恋とは一種の病気だ。
体温を上げたり、心の臓の動きを乱すと言うならば厄介なことこの上ない。
自分がこの年上の武人を好きなのかどうか確かめることはできない。
そんなことをすれば、なにかが狂う気がしたから。
(とにかく、落ち着かないと・・・!!)
これ以上、顔が赤くなったり、呼吸のしかたがおかしかったら百戦錬磨の武人に私が起きているとばれてしまう。
そんなことになったら恥ずかしいし、厄介だ!
そう考えながら、なんとか平常心を取り戻そうとする星影。
だから、それに気をとられて気づくのが遅れた。
自分達以外の存在の接近に。
「・・・・・・そこにいるのは誰だ?」
低い声にあわせて、自分を抱えている人物の動きが止まった。
(なに!?)
危うく反応しかけた体の動きを抑えながら、星影も警戒態勢に入る。
「誰だ?出て来なさい・・・・!」
変わらぬ口調で衛青将軍は言った。言葉に変化はなかったが、その体の動きは戦闘体制へと変わっていくのを星影は抱きしめられながら感じていた。
武人の警告でその場に緊張が走ったが、程なくしてそれは解かれた。
「驚かせてすみません・・・。」
若い男の声だった。
男と言うよりも、少年といった方がいいかもしれない。
まだ声変わりもしていない男の声色。
「これはっ!?」
途端に、星影の体がカクンと下へ下がった。
(な、なんなんだ!?)
わけがわからず、耳を研ぎ澄ませば、顔の半分を武人の胸へと押し付けられた。
(ほ、本当に何事だぁぁぁぁ!!?)
嬉しさと戸惑いとが混ざり合うなか、胸に押し付けられた顔の方の目を薄っすらと開ける。
細めた視界に飛び込んできたのは、高貴な身なりをした凛々しい少年だった。
年のころは十三~十四といった位。
自分はおろか、空飛よりも年若いのは確かだった。
声や表情からは、穏やかさがにじみ出ている健常な男の子だった。
(誰?)
星影の疑問に答えるように、大将軍は相手の正体を口にした。
「大変失礼いたしました!!皇太子殿下・・・・!!」
こうたいしでんか?
後退し出んか?
こうたいしでんか・・・?
皇太子殿下?
(こ、皇太子殿下、かぁぁぁぁぁ!?)
薄目を凝らしてみれば、少年は笑みを浮かべながら近づいてきた。
「そんなに畏まらないでください、叔父上。驚かせたのは私なんですから。」
叔父上って言ったぁぁぁぁ!!!
ま、間違いない!!
それじゃあ、この子は------
(あの昏主の息子をっ!!?)
しかも皇太子ってことは、跡継ぎ!?
歴代皇帝には、たくさんの子供がいる。
皇后を頂点とし、千単位で妻がいるので、男女問わずにその数は多い。
その中でも、皇太子と呼ばれるのはたった一人だけ。
たった一人の男児だけである。
(衛青将軍の姉君は、皇帝の皇后!順番で言えば、次の皇帝は皇后との間の子供!)
今間近にいる少年は、大将軍を『叔父』と呼び、大将軍もまた、少年を『皇太子』と呼んでいる。
(間違いなく、衛青将軍の姉君のお子!なおかつ、将来の皇帝じゃない!?)
動揺を抑えつつ、バレないように視線を向ければ、少年は自分達の手前で歩みを止めた。
「ほら、顔と体を起こしてくさい、叔父上。それでは安林山が苦しそうですよ?」
(え!?)
相手の言葉に心臓をわしづかみされた気分になった。
(皇太子は、私のことを知っているのか!?)
「拠皇太子殿下、この者をご存知で?」
「ああ、伯母上からね・・・。」
『拠』と呼ばれた少年は歯切れ悪く答えた。その意味を察して大将軍はさらに頭を下げた。
「これは・・・妻からお聞きになりましたか?」
「うん、ずいぶん機嫌が悪かったよ。母も臥せっているし、なだめるのが大変だった。」
彼らの会話で、星影も伯母上が誰か知る。
(そうか!平陽公主から聞いたのか・・・・!)
そう理解した上で、絶望の二文字が頭に浮かんだ。
(あの女から私の事を聞いたと言うことは、きっと私に対してロクな印象を持ってないだろうな~皇太子殿下は。)
予想はついたが、せっかく起きているのだ。
二人の会話を聞いておかない手はないと、星影は耳を傾けた。
「そのことですが、拠皇太子殿下。安林山はー」
「わかっているよ。心根の良い者なんだろう?」
意外なくらい、あっけらかんと述べる少年。
これには、星影だけでなく、衛青も虚をつれる形となった。
「皇太子殿下・・・!?」
「みなが、いろいろ噂しているからね。集めてまとめて、自分なりに審議してみたよ。今どき、純朴な者ではないか?」
「拠皇太子殿下・・・!」
皇太子は少年らしく元気に笑うと、自分の叔父の腕の中にいる宦官を覗き込んだ。
(ヤバイ!!)
慌てて目を閉じて呼吸を整え、寝ているふりをする星影。
そんな相手の芝居に気づいていない皇太子は、息がかかるぐらいまで有名な宦官を見ながら言った。
「う~ん・・・聞いていた話通りだけど、少し違うな。」
「と、申しますと・・・?」
「とても美しい美貌だと言うのは本当だが、去病叔父上にはまったく似ていない。」
(はぁ!?)
「去病似の美形だと聞いていたのだが・・・」
だぁーれ!?そういういい加減な噂流したのっ!?
ムカムカする半面で、
(そうか・・・この子からすれば、霍去病も『叔父』になるのね・・・。)
もしかしてこの子・・・霍将軍と仲がよかったのかな?
だからそんなことを言うのかな?
(つーか、こんな夜中に、未来の皇帝が一人歩きとか危ないんじゃない?)
「・・・恐れながら拠皇太子殿下、お一人でここまで来られたのですか?」
「そうですよ。」
周囲の気配からして、少年の言葉は本当のようだった。
「私一人だが?」
不思議そうに言う皇太子に、星影は思わずツッコミそうになった。
(おいおい、なんて危ないの・・・?)
少し前に、陛下が襲撃されたんだぞ?
一人でウロウロするのはよくないでしょう?
いくら、住み慣れた家と言っても最近は危ないんだよ?
そう思ったのは星影だけではなかった。
「共もつけないでお一人とは、危のうございますぞ!」
けしからんとまではいかなかったが、さもいけないことだと言う口調で衛青将軍が叱った。
「最近の宮中は何かと物騒なのですぞ?宮中に住まうあなた様が、それをご存じないはずがないでしょう?」
必死でそう説く叔父をよそに、甥っ子は気にとめることなく言葉を続けた。
「伯母上の話では、素手で紅嘉をねじ伏せ、懐かせたと言っていたが・・・腕も細い。」
「拠皇太子殿下っ!?」
(ちょ、なんですか!?)
自分の話を聞かない子供。
その態度もそうだが、彼のとった行動に武人の声が上ずった。
だらんと力なく投げ出していた星影の体に手を伸ばしたのである。
「こ、皇太子殿下!なにを!?」
自分の近くにある宦官の手を掴む少年。
最初は慎重に、恐る恐る触れ、感触を確かめるように触れてきた。
こちらが動かないことがわかると、触っている手を上へ下へと移動させながら星影の腕の上を行き来する。
それはまるで、初めて見る動物に触るような手つきだった。
「こんな細腕で、父上を襲った族や紅嘉をねじ伏せたのか・・・!?叔父上達武人のように筋肉がついているわけでもないし、肉が厚いわけでもないのに・・・。」
確かめるように関節や指の先に触れられる皇太子。
「あ!でも、指の肉刺はすごい!ここだけ、叔父上達みたいですよ!」
「皇太子殿下!?」
「すごいな、私でもここまで鍛錬できないのに!本当に宦官らしくないのですね~!?」
(く、くすぐったい・・・!!)
楽しそうに、あれやこれと触ってくる少年。
怒るのを我慢していた星影は、今度は笑うのを我慢する羽目となった。
「・・・安林山の吟味はそれぐらいになさいませ。」
一通り、星影の腕を皇太子が触り終えたところで、厳しい口調で衛青は言った。
「夜も遅いというのに、共一人つけないで歩かれるのは危険なことです。私がお部屋までお送りいたしますから帰りましょう、拠皇太子殿下。」
「・・・ありがとう。では、一緒にこの者を部屋まで運ぼうか?」
「拠皇太子殿下!?」
「そうであろう?この者が私の部屋に来るのは、周囲のことを考えればよくない。しかし、叔父上は私を送らなければいけない。ならば、私が叔父上についてい くしかないではないか?」
「・・・人を呼びますので、お待ちください。」
「私を送り届けさせるため者か?それとも、安林山を運ぶための者か?」
「拠皇太子殿下?」
「黄藩の手前、安林山を運ぶと言っておいて他人にその仕事を押し付けるのか?あるいは、私を部屋まで送ると言っておきながら、他の者に私を任せるのか?」
「拠様・・・!」
「やっとそう呼んでくれたね。」
他人行儀な発音が、親しい者への音色へと変わった。
その口調と呼び方に、少年は満足そうに告げる。
「皇太子になってからは、皇太子殿下、殿下と・・・叔父上は堅苦しくなってしまわれた。私はそれが寂しかった。」
「・・・わがままをおっしゃらないでください。仮にもあなた様は、皇太子と言う立場であるのですよ?」
「わがままなど言っていないよ。高級宦官の部屋を見てみたいだけだ。日々、関わっている者達の生活を見てみたいだけだよ。」
「ですが、拠様。」
「すぐ近くにいる側仕えの者達のことを知らぬのに、この国の人々のことを知ることができるかい?」
「拠様・・・。」
「将来に向けての準備だよ。なによりも・・・・せっかく戻ってきた叔父上と、ゆっくり話がしたいんだ。」
そう告げた表情からは、ハッキリと『寂しい』という感情が出ていた。
(衛青大将軍に会えなくて、心細かったのかな・・・?)
初対面である星影でさえそう思うほどだった。
そうなると、叔父である武人がそんな甥っ子を無視することもできず---
「・・・もしお叱りを受けましたら、衛青が連れまわしたとおっしゃってくださいね?」
「言葉の意味のわからない三つ、四つの幼子ならまだしも、私はもう十三だぞ?自己責任という言葉を知っていますか、大将軍?」
「自己責任を問われることになる前に、早急に安林山を部屋に運びます。・・・参りましょうか、拠様?」
「うん!」
叔父の言葉に嬉しそうに答えると、相手の服の袖を持つ皇太子。
これに対して衛青は、
「ご無礼を・・・。」
小さく詫びると甥っ子の手を取って、自分の服から引き離した。
「叔父上?」
驚いた少年の手と自分の手とをつなぐと、そままの状態でその手を星影の背へと回す。
(え!?ちょ、ちょっと!?)
「安林山は、動けぬ上に起きぬ状態ゆえ、お許しを・・・!」
「いいですよ。でもよかった!嫌われたかと思いました・・・。」
「ご冗談を。」
甥の言葉に、優しい口調で答えると星影を抱えなおす大将軍。
それまでと変わらぬお姫様抱っこで、再び廊下を歩き始めた。
先ほどと違う点があるとすれば、抱きかかえる星影の背中に回された手。
衛青の手と星影の背中に挟む形でつながれた形で、拠皇太子の手があることだった。
「無理に、手をつながなくてもいいんだよ?」
「なにかあっていかませんから。それよりも・・・手は痛くないですか?腕は大丈夫ですか?」
「ハハハ!大丈夫だよ!手をつなぐのは何年ぶりだろう!?なんだか楽しいなぁ~!」
「ご冗談を・・・。」
笑いながら言う甥っ子に、叔父は困ったように微笑む。
ようやく二人に、身内らしい穏やかな空気が流れたのだが・・・
(いやいや!本当に、ご冗談キツイですよ・・・!)
漢帝国きっての高貴な二人挟まれた星影は、とても穏やかな気持ちにはなれなかった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!
詩経などについて書いてみました。
詳しいほうではないので、おかしい点があるかもしれません・・・。
その際は、ご一報いただけると嬉しいです(大汗)
ヘタレで、すみません。。。
※小説を読んでいて、誤字・脱字・文章のつなげ方がおかしいなどありましたら、お許しください・・・!!