第七十八話 本日、狸中
気がついたのは夜中だった。
「んっ・・・・?」
冷たい感覚が、心地よい。
目を開けて、二・三度瞬きをする。
(・・・・ここは?)
私の部屋だ。
高級宦官として、割り当てられた一人部屋。
枕元にろうそくがついていた。
朧な光がゆらゆらと揺れている。
「なにしてたんだっけ・・・・?」
ひどく体が重く、頭もズキズキする。
まるで、風邪を引いた時のようだった。
ふと、耳に届いた呼吸。
「空飛・・・?」
椅子に腰をかけ、自分の隣で眠り込んでいる友がいた。
(なにしてるんだ?)
ゆっくりと体を起こせば、額からぬれた布が落ちた。
「あ。」
その瞬間、すべてを思い出した。
「そうだ、私は―――――――!」
平陽公主との押し問答を経て、無事帰還した星影。
再び顔を合わせた友と三人で、果物飲み物を飲んでいたのだが―――――
(毒の味がして吐き出したんだ。)
最初、杯に口付けて飲んだ時は、なんともなかった。
ところが、二度目に口をつけた時、ハッキリと毒物の味がした。
それに気づいた星影は、慌てて二人に飲むのをやめるように叫んだ。
しかしその時すでに、彼女の体には毒が回っていた。
しゃべることもままならず、とった行動は毒を体から出すこと。
一番いい方法は水などを飲んで、吐き出すこと。
だが、そのための水を運んでもらう間に、自分は死んでしまう。
苦肉の策として星影がとったのは、部屋にある水を使うこと。
どうせ吐いてしまうのなら、きれいな水でなくていい。
だから、花を生けていた花瓶の水を飲んだ。
草花独特のにおいがした。
毎日水を取り替えているといっても、多少の汚れは浮いている。
普通なら、あまり飲みたくない水。
飲めば、すぐに戻してしまう。
でも、そうなることが望みだった。
吐き気がすればするほどいいのだ。
本当はぬるま湯状態の方がいいのだが、贅沢は言っていられない。
我慢して飲めば、気持ちが悪くなって戻した。
それでも足りないと思ったので、手を口に、喉に突っ込んで吐いた。
そうすればいいと教えられていたから。
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「わしの経験から言えば、どんな毒でも、とりあえず吐いてみろ。その時は、大量の水を飲んで腹を膨らませろ!一番いいのはぬるま湯だ。とにかく、手を突っ込んででも吐け!腹を蹴ってもらってでも吐け!その上で、急いで解毒剤を飲めよ。」
昔々・・・・星影を含めた弟子達を前に、厳師匠が教えてくれた。
「吐くんですか?」
「吐いてみろ。なんとかなる!」
「そんな、投げやりな・・・。」
「投げやりでいいんだ、林山!毒を飲んだすなわち、一度死んだということだ。問題は、どこまでしぶとくこの世に残れるかだ。」
「では、最後まであきらめずにあがけということですか?」
「わかってるじゃないか、星影!そういうわけで、早速、毒を少し食してみよう。」
「「えぇええ!!?」」
「ほれ。これが本物の毒だ。舌で軽くなめる程度なら死なん。」
「死なないって厳師匠!?」
「弟子に毒を食べさせる師匠がどこにいますか!?」
「ここに。」
「そういう問題じゃないでしょう!?死んだらどうするんですか!?」
「そうですよ!万が一何かあったらどうしてくれるんですか!?」
「なんのためにこんなことを!?」
星影・林山以外の弟子も、猛烈に反発する。
これに対して、風変わりな武人は答えた。
「簡単だ。己の命を守るためだ。毒をなめさせるのは、毒の味を覚え、万が一のときはそれを回避させるためだ。」
真顔で答える師匠に、星影は思わず噴出した。
「なにがおかしい、星影?」
「いいえ・・・。そうですね、命を狙われるくらい、武名で高名をあげるのが私の目標。是非、毒の味見をさせてください、厳師匠。」
「星影!?」
「さすが、豪傑・女傑と評される娘だ!」
星影の言葉に、満足そうに笑う男。
「で、他の者はどうする?」
「星影だけ、というわけにはいきませんよ。」
「その通りだ!」
「そうだな・・・!」
のん気に言う星影に、親友の林山が同調する。それに、他の門下生も従ったが―――――
「どうかしてるぜ!?」
「付き合えるか!」
「頭がおかしいんじゃねぇの!?」
「まったくだ!」
そんな厳師匠の教育方針についていけず、この修行を機に、彼の元を去るものが多発した。
「なんで、やめるかなぁ~?」
「そうでうよね~解毒剤もあるっていうのに・・・?」
「・・・・どうかしてるよ、お二人さん。」
不思議そうに首をかしげる師弟に、常識人・安林山は呆れ返るばかりだった。
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・
・
わからないな・・・。
(解毒剤もあったのに、なんで他の連中は厳師匠の元を去ったのだろう。)
昔のことを思い出しながら、しみじみとする星影。
林山がいれば、「違うだろう!?毒飲まされた状況で、疑問視するのはそっちじゃないだろう!?」と言いかねないが。
「うぅん・・・」
そんな星影の横で、ムニャムニャと、何か言いながら身じろぎをする空飛。
(部屋にいるのは空飛だけか・・・?)
注意深く周囲の気配を探るが、部屋にあるのは自分と空飛のものだけ。
琥珀の姿は見当たらなかった。
(どこへ行ったんだ?)
床から抜け、寝ている空飛に布団をかける。
(あ!?そういえば―――――)
そこではじめて、自分の体を気にする星影。
そして、手探りで体をまさぐったが、服は部屋に帰った時のまま。
乱れることもなく、胸のさらしをとかれた形跡もない。
(身体を見られていない・・・のか?)
では、どうして毒が消えているのんだ?
その疑問に、星影は思い当たることが一つあった。
“大丈夫だよ。これを飲ませれば――――”
気を失う直前、星影に薬らしいものを飲ませようとした琥珀。
(そういえば琥珀は、医術の心得があったな・・・。)
では、琥珀が処方した解毒剤で助かったのか?
疑問はそれだけではなかった。
(どうして私だけ、毒を口にしたんだろう・・・?)
果実の飲み物自体に毒が入っていれば、飲んだ全員に症状がでるはず。
しかし、琥珀と空飛は無事だった。
(どこで毒が混入したんだ?)
飲み物を入れたのは空飛だが、私を毒殺する理由がない。
(考える限り、ないと思うが・・・)
他に怪しい者がいるとすれば、
(琥珀か・・・?)
『伯燕』という別名を持つ怪しい男。
今は友として付き合っているが、完全に心を許しているわけではない。
(琥珀が入れたのか?)
可能性はあった。
もし、琥珀が自分に毒を盛ったのなら、解毒剤を持っていてもおかしくない。
それを自分に飲ませて助ける。
そう考えたが、
(それじゃあ、つじつまが合わないんだよな・・・。)
助けるつもりなら、毒を飲ませる必要はない。
(それとも、恩に着せようとしたのか?)
それはそれで、やはりおかしい。
ある程度琥珀と付き合ってわかったが、彼は非常に知的で学識がある。
自分が武官に向いているなら、琥珀は間違いなく文官的である。
(そんな賢い頭で考えて、こんなお粗末な茶番をするだろうか?)
そうなると、犯人は琥珀でもない。
「・・・・馬鹿だな、私は。」
(仮にも友だと言った相手に対して、疑いを持つなんて。)
己の浅はかな考えに自己嫌悪する星影。
ふいに、部屋に近づく何かの気配を察する。
(誰か来た!?)
このまま出迎えようと思ったが、すぐにそれをやめる星影。
そして、できるだけ自然を装いながら、ふとんをかけた空飛の上に折り重なるようにしてうつ伏せになった。
「う~ん・・・林山・・・・。」
星影の体重をかけられたことで、再びムニャムニャと寝言を唱える空飛。幸い彼が起きることはなく、星影も安心して彼の側で狸寝入りを決め込んだ。
(私の寝たふりは、厳師匠も絶賛するほどの腕前!さぁ~て・・・誰が来たのかな・・・?)
小さな寝息を立てながら、様子を伺う星影。
程なくして、部屋の戸は開かれ、三人の男が入ってきた。
「それで?安林山殿は無事なのですか?」
「ええ。幸い、解毒剤を持ち合わせていましたので、それを飲んで一命は取り留めましたが・・・・。」
「むごい。一体誰が、彼を殺そうとしたのだ・・・・?」
聞き覚えのある声が3つした。
なかでも、最後に聞こえた声に星影の心臓は強く高鳴った。
(この声は―――――衛青将軍!?)
最後につむがれた言葉は、まぎれもなく、憧れる衛青大将軍の声だった。
(え!?ええ!?何で衛青将軍が私の部屋に!?)
おまけがいるのは気になったが、衛青大将軍の訪問に胸躍らせる星影。
必死で、高鳴る鼓動を抑えながら平静を保った。
程なくして、3つの足音が星影達のもとまでやってきた。
「これは・・・。」
苦笑いするようにつぶやいたのはおまけ①の琥珀だった。
「なんという寝相だこと・・・・!」
その後から、呆れ返るような声でおまけ②の黄藩がつぶやいた。
「こちらの気も知らないで、のん気に折り重なって寝るなど・・・!」
「申し訳ございません。のびのびとしているところが、林山の、安殿の良いところですから。」
「のびのびしすぎです!!こんな!こんな格好で・・・!」
「はい。その通りでございます。」
「そうでしょう!?」
「風邪をひいてはいけませんので、布団をかけておきますね。」
「そっちですか!?」
黄藩にさわやかに笑いかけると、星影の寝ていた足元から新しい布団を引っ張り出す琥珀。
それをかけながら再度、すみません、と陳謝した。
「毒でやられている上に、風邪まで引くとますます大変ですので。」
「そうかもしれませんが、何か違うでしょう!?まったく、心配して損をしましたわ!」
「・・・そう、怒らないで下さい。」
まったく!と連呼する元上司に、この部屋唯一の武官が低い地声でなだめた。
「良いではありませんか、黄藩殿。指一本動かせぬというより、はるかにマシなこと・・・。むしろ私は、安心しましたよ。」
「大将軍!」
「それに・・・・王琥珀。君の話では、安林山殿に解毒を施して以降、この子は一度も目覚めていないと言っていたね?」
「はい。」
「それがご覧。張空飛の体には布団がかけてある・・・。これは安林山殿が目を覚まし、自分の傍らで転寝をしている友を気遣ってかけたものだとは思わないかい?」
「はい・・・確かに。」
「ええ・・・かけてやり、起きるのを待っているうちに眠ってしまったようですしね・・・」
(そう解釈してくれなきゃ困るよ。そのために、ふとんをかけた空飛の上で、狸寝入りをしてるんだから!)
黄藩の言葉で得意げになる星影。しかし、彼女のそんな気持ちは元上司の次の言葉で台無しにされた。
「ですが・・・解せませんね・・・。」
「なにがでございますか?」
「いえ、ね・・・。安林山は、毒物を飲んだのでしょう?いくら毒を吐き出したとはいえ、通常、こんなに早く意識を取り戻すかと思いまして・・・。」
(ゲッ!?)
台無しというよりも、危機に陥ってしまう。
「・・安林山殿が毒物を飲んで倒れたのはいつ頃だ?王琥珀。」
「半日は経過しております、衛青大将軍。」
「夕方に飲み、真夜中に目が覚めるなど・・・・通常では考えられませんね!」
「そう言われますと―――・・・確かに回復が早いですね、黄藩様。」
「でしょう?こんなに早く、目を覚ますなんておかしいと思うでしょう?」
(なんであんたは、余計に鋭いんだ!!)
黄藩の言葉に、内心ひやひやする星影。
「衛青大将軍もそう思いませんか?」
(ジジィ!!)
そんな星影の前で、一番話を振ってほしくない相手に話を振る高級宦官。
(ヤバイなぁ・・・・!衛青将軍は、私の瞳の大きさで真偽を見抜くほどのお人だ・・・。)
陛下には色仕掛けで身元の検索をしないように頼めたが、この人には絶対そんなものは通じない!
怪しいと思えば絶対に調べてしまう!!
(そうなれば、ごまかす事なんて絶対できない・・・!!)
はやる心を沈めながら、問題の人物の答えを待つ一同。
寡黙な大将軍は、宦官の質問に対して穏やかな口調で言った。
「・・・単に、軽い毒だっただけではないか?」
(い、命拾いしたぁぁぁぁ!!)
鋭いとされる男は、至極単純な答えを宦官に返したのある。
「毒が軽かった・・・ですか?」
「そうでなければ、間違いなくこの子は死んでいた・・・。」
そう言った声は、ひどく悲しい音を持っていた。
「宮中で使われる毒の大半は、即効性ではなく、遅効性が主流だ。仮に、安林山殿を確実に殺そうと思えば、誰にも気づかれることなく、公になることもなく、殺す方が理想的なはず・・・。」
尊敬する相手の言葉に、嫌な汗が流れるのを感じる。
「即効性ならば、すぐに殺せるという利点がある分、失敗した時の危険が大きい。誰が盛ったかすぐにわかりやすいからだ。しかしそれは、成功した場合にも言えること・・・ゆえに、宮中で即効性の毒が使われることは稀だが・・・」
一呼吸置く男の声は、星影の頭上から降り注がれた。
「・・・遅効性は、時間をかけてする分、誰が盛っているのかわかりにくい。わずかな少量を食事や飲み物に混ぜれば、少しずつ、確実に標的を死へと導くことができる。上手くいけば、病死という形で表面上は、片付けることができる・・・!」
衛青の語尾の言葉に合わせ、暖かいものが星影に触れる。
(――――――!?こ、これって~~~~~~!!)
ごつごつとした感触と、暖かいぬくもりを持って、動くもの。
(え、ええええ衛青将軍の手ぇぇぇぇ!!?)
漢帝国きっての大将軍の手が、星影の頭の上に鎮座していたのである。
数々の戦場を知るであろうその指は、とても優しく星影の頭をなで始めた。
(うっ――――きゃぁぁああ!!ど、どうしよう!どうしよう!?どうしたら・・・!!)
これにはさすがの星影も、完全に動きを止めて固まるしかなかった。
(どうしよう・・・!すごく幸せ・・・・!!)
嬉しい心中の中で。
のん気に喜ぶ星影をよそに、話の内容は深刻なものへと変わっていった。
「それらの点を考慮すれば、毒を持った相手は、本気で殺すつもりはなかったのだろう・・・」
「と、申しますと・・・!?」
「早い話が、脅しでしょうな・・・。安林山殿をよく思っていない気持ちはあるが、完全に息の根を留めるというところまでは思っていない。しかし、陛下の寵愛を受け、宮中の人々の心を掴んでいる宦官をひがんでいる。それゆえに、何事においても目立ってしまう安林山殿に対して、『調子に乗ると痛い目にあうぞ。』という意味も込めて行ったのだろう。」
「なっ!?つまり脅迫目的だと!?」
「・・・そうでなければ、痛みを与え、苦痛を与える程度の助かる確率のある毒を用いたりしないでしょう・・・。」
「・・・そうかもしれません。」
衛青の言葉をおまけ①が強く肯定した。
「衛大将軍が仰る通り、林・・・いえ、安殿は、見せしめでこのような目に良い意味でも悪い意味でも目立っております。どなたとは言いませんが、安殿に敵意を持っている方もおりますから・・・。」
(ああ・・・。平陽公主に李延年か。)
琥珀の言葉に心当たりはあった。
思い浮かんだ二人は、自分を間違いなく嫌っているだろう。
「ええ、ええ!そうでしょうね!悪い面の方が際立ちますから・・・!!しかし・・・」
悪態をついた後で、少しだけ声を潜めながら言った。
「・・・そのような目立つ者に対して毒を使うなど、やはり~・・・少々お粗末ではございませんか?いくら脅し目的だったかもしれないとしても、安林山は陛下の寵愛を受ける者ですよ?」
「恐れながら、私もそれは同感でございます。現に、陛下のお耳に―――」
「・・・・まだ、入ってはいない。しかし、明日の朝には伝わるだろう・・・。」
「そうなりますと、陛下のお怒りは計り知れませんわね・・・!」
「はい。仮にも、陛下の寵愛を受ける安殿一大事ですから・・・。即効性・遅効性にかかわらず、毒殺しようとしたとなれば、全力で陛下は犯人探しをなさるはずです。」
「・・・犯人探しはしないだろう。」
「え!?」
「陛下は恐らく・・・今回の件で、犯人を探すようなことはしないだろう。」
(なにそれ!?)
意外すぎる衛青の言葉に、宦官二人はもちろん、毒を盛られた星影は軽い衝撃を受ける。
その言葉で星影の幸せな気持ちは吹き飛ぶ。
(いくら、衛青将軍でもそれはないよ!?)
犯人が言うように(!?)自分が調子に乗っているわけではないが、ある程度、自分は陛下に気に入られている。皇帝のあの性格を考えれば、『朕の林山を毒殺しようとするものなど、見つけ出して斬首じゃ!!』ぐらいのことは言うだろう。あの男でさえ、それぐらいの心配はしてくれるはず。
なのに衛青将軍は・・・
(私を殺そうとした犯人を捜すまでもないと・・・そう仰るのですか・・・?)
そう思うと、急に寂しくなってきた。それが、どういう寂しさかはわからなかったが、妹や親友、家族に会えない寂しさとは違った。胸に穴をあけられるような恐怖を伴った悲しさだった。
心細く、泣きたくなりそうな気持ち。
そんな思いになったことなど――――
“助けて・・・!妹を、私を・・・!”
――――――――ヤメロ!!
(私は、劉星影だっ!!)
頭をよぎった黒い思い出に星影は、軽く身震いする。
「・・・。」
その動きに反応し、衛青の手の動きが止まった。
しかし彼女はそれに気づくことなく、自分を強くしかりつけた。
(私は劉、星影だ・・・!誰にも支配されず、誰にもこびず、自分の力だけで自分を守るんだ・・!他人に犯人捜しを頼るなんて、情けないことを言うな!自分の落とし前ぐらい、自分でつけろっ!!そうだろう!?)
思い出したくない記憶を消すように自分に言い聞かせる。
(毒殺がなんだ!殺せるものなら殺してみろ!私は妹を助けるまでは、絶対に死ぬものか!!郭勇武に『怨返し』をするまではあの世にいけるかっ!!)
言い聞かせ続けた。
(衛青将軍の言葉が何だ!?見方を変えれば、彼の言っていることは『たかが1宦官のために陛下が犯人捜しをするべきではない』というすごく当たり前な意見じゃないか!?そうさ!一国の王が、ただ一人の宮廷召使のために、大騒ぎする必要はない!災いを呼ぶだけだというのに――――――あの男は!!)
言い聞かせた後で、いない相手に八つ当たりする星影。
(そもそもあの皇帝が悪い!陛下は、何でもかんでも大げさにする傾向がある!きっと私が毒を盛られたことを知れば間違いなく大問題にする。そんなことされたら、ますます大事になって、私は今以上に自由に星蓮を探すことができなくなる!まぁ・・・今回ばかりは衛青大将軍の口添えも期待できそうだから、大丈夫だと私が陛下にお願いすれば―――――・・・・!?)
そこまで考えて気づく。
他の2人よりも早く、衛青将軍の言葉の真意に。
(・・・・もしかして。)
たどり着いた答えを、自分の体に触れている男がつむぎだした。
「きっと、安林山殿が『大げさにしないでほしい』と、陛下に願いするでしょうから・・・・。」
――――――――――やっぱりそうだ。
「安林山殿の性格を考えれば、必ず、そう陛下に嘆願すると・・・・」
(私の性格を考えれば、この件を不問にしてくれと陛下に頼むと。)
「それを理解した上で、このような目立つ見せしめをしたのでしょう・・・・!」
(だから、『陛下は犯人捜しをしない』と、衛青将軍はおっしゃられたのか・・・・!)
私の性格を理解した上で。
「・・・・それを思えば、この犯人は、大変性質の悪い輩だと言える。自分が調べられることも、疑われることもないと確信した上で、安林山殿に毒を盛ったのだ・・・!」
「では・・・安殿の性格をよく知る者の犯行であるということですか?」
「それだと、犯人候補は星の数ほどいることになりますぞ、王琥珀!安林山の性格は、宮中では知らぬ者がいないほど知れ渡っているのですから!」
「どちらにせよ、安林山殿が助かったことを喜ぶべきだ。下手をすれば死んでいたかもしれない・・・。あるいはそこまで考えていない輩だったかもしれないが・・・」
「そんな・・・それはまるで、安林山殿の命をもてあそぶような行為ではありませんか・・・!?」
「だから『脅し』なのだ。脅しで使った毒でこの子が死んでしまえば、それはそれでよいという考えを持っていたのだろう・・・!」
(・・・そうかもしれない。)
衛青の解釈は、他の宦官2人だけでなく、星影を十分納得させるだけの説得力を持っていた。
(もし、私を本気で殺そうと思えば、もっと違う方法なり、毒の使い方をしたはずだ・・・!少なくとも、大将軍などの耳に入るような馬鹿な真似はしない・・・。)
脅迫してきたと考えれば納得できた。
(私が生き残れたのも、犯人のあいまいさで救われたに過ぎない・・・!)
毒物への対処を知っていたから生き残れたのではない。
犯人が、自分を確実に殺す意思がなかったから命拾いしたまでである。
(これはやっかいなことになったな・・・!)
こんなことが何度も続けば、星蓮探しの邪魔にしかならない。
何よりも、
(相手がこちらを常に見張っている可能性が高いからな・・・!)
一度あることは二度あると言う。
陛下に気に入られている以上、まだ何時、違う方歩で攻撃されるかわからない。
一方的な敵意から逃げるつもりはないが、自分にはしなければならないことがある。
それを思えば、言いようのない苛立ちが星影の心を支配した。
(腹だたしい!これじゃあ、ますます動けないじゃないか!?)
今すぐにでも、口にしたい不満と怒り。
しかしそれを口にしたのは、星影ではなかった。
「まぁ・・・命を狙われて当然でしょう、この子は。」
不快感を露にそう言ったのは、星影の元・上司兼現・同僚の黄藩だった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・!!
ようやく主人公・星影が意識を取り戻しました。