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第七十七話 純情な目撃者

※一部、性的な表現がございますので、ダメな方はご遠慮ください(土下座)

先に部屋を出たのは義烈だった。

彼は用心深く周囲を見渡し、安全を確認してから林山に手招きをする。

それに従い、林山も辺りを気にしながら部屋を出た。

廊下には人の姿はなかったが、遠くでかすかに七弦琴が聞こえた。


(星蓮も、七弦琴が上手かったな。)


近くに愛しい人がいるというだけで、林山の集中力は研ぎ澄まされた。


「こっちだ。」


そう告げる、廊下から降りる義烈。そしてその身を、廊下の影になっている部分へ沈めたのである。この侠客の行動に林山も続いた。

夜なので、廊下を歩いてもよさそうだがそれはできなかった。

なぜなら、暗い道を照らすため、一定間隔で明かりが廊下に配置されていた。

いくら人目に気をつけていても、自分達は黒ずくめの格好をしているわけで。

光のない場所ならともかく、光がある場所では遠くからでもわかってしまう。

なによりもここは、絶大な権力を持つ武帝の後宮である。

中国の各王朝において、宮中に女官や宦官が多いことは、それだけ皇帝に力があるということ。

宮中の人の多さは、当時の皇帝の力の有り無しを明確に示したものと言える。

漢王朝において、武帝・劉徹の頃の後宮は救助や妻の数が多かった。

依然述べたように、妻の官位の種類を増やしたのも武帝が即位してからである。

しかも、官位の数だけではなく、それを与えられる妻の数も増えていった。

現に、夜であるにもかかわらず廊下を行きかう女官や宦官が目に入った。


(一晩に数人相手にしたとしても、すべての妻と閨を過ごすことなど出来るはずがない。それほどいても、まだ新しい妻を求めるのか?)


事実、前漢に限らず、すべての王朝において、夫である皇帝と夜を共にすることはおろか、顔すら見ることなく一生を終えた美女達が何万といたといわれている。


(欲張りやがって!星蓮は返してもらうからな!昆主めっ!)


腹から湧き起こる怒りを抑えながら、義烈と共に廊下伝いを歩いていく林山。

呼吸をすることさえ気遣う林山をよそに、案内役の侠客は時折小声で話しかけてきた。


「お!あの三人いるうちの右端・・・・俺の好みだ。」

「こんなところに来て、何言ってるんだよ!?」


小声でしょうもないことを言う相手に、林山は呆れるばかりだった。


(こんな場所で、よくのん気なことが言えるものだ・・・。それほど、来馴れているという事だろうか?)


そうでなければ、危機感がかけているとしか言えない。

元々、こういう性格かもしれないが、それでも心配になった。


(まぁ・・・一番の心配は義烈じゃないんだけどな。)


気がかりなのは、星蓮や星影もそうだが、違った意味で気になる奴がいた。


(郭、勇武―――!)


自分から花嫁を奪った相手であり、返さなければいけない借りのある相手。


(俺は面が割れているからな。万が一遭遇でもしたら――――)


星影にまで危害が及ぶのは間違いなかった。


「ああ、そういや言い忘れてたけど。」


考え込む林山に、何度目かになる駆る愚痴をたたく義烈。


「なんだ?」


それを小さく聞き返す青年。


「郭勇武は今夜、俺らがいた花街の妓楼で大宴会してるから、宮中にはいないぜ。」

「なに!?」


のほほんと言う義烈に、思わず林山は相手を見た。


「い、いないって!?宮中に今いないのか!?」

「声がでけーよ。落ち着きな。」


新たな新情報に、聞き逃さまいとくらいつく林山。顔色を変える彼を楽しそうに見ながら侠客は答えた。


「近々、あいつの身内の娘が陛下の妻として入廷するらしい。それの前祝らしいぜ。」

「身内が?」

「ああ、えらく美人で上品らしい。奴とは似ても似つかねぇほどのな。」

「そうなのか・・・。」

「だから、今夜は野郎を気にせず派手にできるぜ?」

「あ、ああ・・・。」


義烈の言葉に胸をなでおろす林山。


(そうか、娘のために宴会か。それなら、宮中にはいないよな。)


これで、郭勇武と遭遇が回避できたからだ。


(どんなクズでも、身内は可愛いというからな。そうかそうか。それほどの愛娘が―――・・・)


「・・・ん?」


ちょっと待て!


(あいつ、愛娘がいたのか!?)


しかし、安堵したのはつかの間。今度は怒りが芽生えた。


(まてよオイ!!そんな自慢の娘がいるなら、星蓮を奪う必要は無かったんじゃないか!?)


普通の親ならば、自分の娘の幸せの妨げになるようなことはしない。

いくら仕事とはいえあんな性格ならば、星蓮ほどの並ならぬ器量の美女を見つけても知らん顔するはずだ。

自慢の娘の恋敵(?)が増えれば、皇帝の寵愛を得るのは難しい。

少しでも、障害を取り除こうとするのが親心だ。

それを―――――


(無理やり連れて行くのはおかしくないか・・・?)


林山から見れば、郭勇武の行動は不可解極まりなかったのだが――――――


「囮みてぇなもんだよ。」


その答えを、侠客の大親分が口にした。

押し黙る林山に、彼の心中を察した義烈がある説を唱えたのである。


「おとり?」

「ああ。お前の妹は、奴の身内の娘のための小魚として使われたのさ。」

「小魚?」

「自分の血族を皇帝に売り込むための餌だよ、餌!餌がよければ、皇帝って言う魚は食いつく。餌が『良い』と薦めるもんなら、食べてみようかっていう気になるだろう?」


(それはつまり―――)


「お前の妹に仲人をさせるってことだ。仲人の美人が自分より良いと薦めれば、美人だと思うのは男として当然だろう?むしろ、それより美人だと考えるのが普通だろう?」

「なんだと・・・・!?」

「まっ、そう熱くなるな。場所考えろよ。」

「無茶言うな!そんな話を聞いて、落ち着いてられるかよ・・・!?」

「わりぃわりぃ。正直な話をした俺もわりぃが、ムキになるオメーもよくねぇぞ。」

「お前、謝ってるのか喧嘩売ってるのかわからないじゃないか!?」

「要は、体使った仲人をさせられる前に、お前の妹を救い出せばいいんだろうが?」

「それはそうだが・・・。」

「心配しなくても、一応の目星はついてる。」


そう言って笑うと、手招きする義烈。


(郭勇武のことは許せないが、今は目の前のことに集中しよう。)


「落ち着いてよく聞けよ。これから、『宝仙宮』っていう所に行く。」

「『宝仙宮』?」

「新しい妻候補達がいる場所だ。お前の言う、条件に合う娘は八十九人ほどいる。」

「八十九も!?」

「これでもかなり絞ったんだぜ?安心しろ。全員ぐっすり眠ってて、ちょっとのことじゃ起きねぇよ。」

「起きないって・・・何したんだよ!?」


「へぇ~知りたいのかい・・・?」


瞳孔を開きながら問う侠客の大親分。


「・・・・・いや、聞かなかったことにしてくれ。」







―――――――――――――余計なことに首を突っ込むな。







相手の顔がそう訴えていたから。


(決して、脅されたからというわけじゃないぞ・・・!)


そう自分に言い聞かせながら、闇から闇へと身を隠しながら進む二人。

こうして、人に会うことなく、宝仙宮を守る入り口に到着した林山と義烈。


「・・・・美しい。」


宮中には、漢全土最高の技術が集まっていると聞いていた。

肯定の妻となる女性達がいるとされる場所は、天界の香蛾が住む場所ではないかと錯覚させるほどすばらしい建築技術だった。


(装飾にしても最高だ!)


美術品を取ってつけたような飾りや細工に、思わず商人本来の何かを揺さぶられた林山。


「この中に星蓮が・・・。」


一年という寿命しか持たない宮殿には、自分の大事な女性がとらわれている。

それを思えば、高まっていた高揚感も影を潜めた。


(早く助けに行かないと。)


周囲の安全を確認すれば、同じような動作をしていた義烈と目が合った。


「気が合うな?」

「・・・常識的な行動をしたまでだろう?」


テレのような気持ちを抑え、そっけなく答えた時だった。


(・・・おかしいぞ?)


そこで林山は、ある異変に気付く。


(なんでいないんだ?)


「義烈、おかしいぞ。」

「なにがだ?」

「・・・・なんで、兵がいないんだ?」


宝仙宮に来るまで、ところどこの入り口に、兵士が立っていた。

義烈に聞けば、宮中の中といえども、いつ何時怪しい奴が出るかわからないので、入り口という入り口には必ず兵士がいると教えられた。

不審者の侵入を防ぐというだけでなく、宮中内で何かが起きてもすぐに鎮圧できるようにという備えによるものだという。

だから、皇帝の妻がいる宝仙宮の入り口にも、兵がいると思っていたのだが―――――



(一人もいないなんて・・・・!)



何度見渡しても、兵士はおろか、女官や宦官でさえいないのである。

いくら、皇帝の妻候補がいるといえども、今までの道のりを思えば、おかしな現象であった。


「兵だぁ~?」


この林山の問いかけに、義烈は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの返事をする。


「いなけりゃいないでいいだろう?ついてるじゃねぇーか。邪魔が入らねーなら。」

「そういう問題じゃないだろう?義烈はおかしいと思わないのか?」

「お前はどうおかしいって言うんだよ?」

「だって、そうだろう?漢全土から集めた美女達がいるなら、これまで通ってきた入り口よりも、多くの兵が守りを固めていて当然だろう?」

「ほほぉ~そういう見解をするのか・・・。」

「見解って。」

「まぁ・・・普通はそうかもな。」


ニィ~と笑うと、肩を震わせる侠客。


「でもな、星影・・・・兵だって男なんだぜ?」

「それがどうしたんだ?」

「美女の側にいながら、手を出せないって言うと、いろいろ溜まっちまうんだよな~」

「はぁ・・・?」


そう言うと、相変わらず肩を震わせながら歩く義烈。その動きを、とっさに林山は引き止めた。


「待て!危ないだろう!?」

「なにがだ?」

「『なにがだ?』じゃない!これは・・・罠かもしれないだろう?」


いくら義烈が、都の裏社会では名の知れた侠客とは言え、宮中でもハバが利くとは限らない。宮中の警備は漢一と言われほど強固。

侠客の小細工が、バレない方がおかしいだろう。


「もしかしたら、俺達の侵入に気付いて様子を伺っているのかもしれないぞ。」

「お前用心深いね。いいぜ、そういうところ・・・!」


嬉しそうに言う義烈に、呆れつつも林山は注意する。


「だから、少し様子を見よう。少しでも怪しい動きがあれば、今日のところは引き上げよう。」

「つーか、お前のいう怪しい動きなら、もう始まってるぜ?」

「へっ!?」


驚く林山の目の前で、あっちと言いながら、茂みを指差す義烈。

何事かとそちらへ視線を向けると、草花が高々と生える場所だった。

そこがかすかに揺れていたのだ。


(あそこに隠れているのか!?)


真剣な表情で一点を見つめる林山。その姿を、ニヤニヤしながら見る義烈。


「見てみるかい?」

「・・・ああ、ここにいてくれ。」


そっと、忍び足で近づく。揺れる草花の側に、大きな木々があった。その影に身を潜めるようにして同化する。


(敵は何人だ?どんな得物を持っている?)


緊迫と緊張の中、気配を消しながら問題の場所を覗き込んだ。



「あん・・・ぁぁ・・ん!」

「くっ・・・!いいな。」

「ああ、久しぶりだ・・・!」

「いい!あっ・・・そこ・・・!」

「おぅ!で、でる・・・!」

「締め付けが――――いぃ・・・!」



え?



そこにいたのは、数人の兵士。

多くが、円をかくようにして座り込んでいた。

円の中心には、見覚えのある姿。




(・・・・・・・玉蘭さん・・・・!?)



生まれたままの姿で、半裸の兵三人と絡みあっていた。



え?なにこれ?

え?え?これって、え?

つまりその・・・子供を作る作業中?

いやいやそれよりも――――――



「あっ、はっ、あぁ――――――!」

「くぅ!」

「おお・・・!!」

「いいっ・・・!」


絶頂を迎える美女と、それに従う三人の男。


「た、たまらん!」

「あの顔!よほど感じてるみたいだな?」

「ああ、なかなか良さそうだ・・・!」


その行為を見ながら、生唾を飲む無数の男達。


「おい、早くしろよ!お前らばかり楽しむな。」

「そうだ!さっさとしろよ!焦らすな!」

「うるさい!今いいところなんだ!」

「数ヶ月ぶりの女なんだぞ!?」

「俺達だってそうだ!」

「お前達ばかりずるいぞ!」

「なにを!!」


(しかも内輪もめしてるし!?)


今にも殴り合いになりそうな空気。しかし、彼らの仲間割れはあっさりと終結する。




「-----喧嘩はダメよ。」




話の渦中、鳳玉蘭によって。


「皆様お仲間じゃないですの?だったら、仲良くしましょうよ・・・?」


白濁だらけの体を横たえながら、舌なめずりをしながら諭す。その姿に、男達は釘付けになった。


「こう見えても私・・・こういうこと大好きだから、強いのですよ・・・?」

「ぎょ、玉山!」

「ほら。ぼ~としてないで、早く私を慰めてくださいませ。」


怪しく微笑むと、順番待ちをしていたらしい兵の一人を手招きする。


「ま、待て!まだ俺達がー」

「意地悪な方。」

「うっ!?」


言ったと同時に、その男のまたぐらにぶら下がっているものをつかむ玉蘭。


「私、一通り楽しみたいの。」

「よ、よせ!あっ、あっ!」

「あなたがどういうことをされるのが好きか、よ~くわかったから・・・。」

「やっめ・・やっ!うっ、くぅ・・・くぅう・・・!」

「今度は、他の方の好みを知りたいの。」

「わ、わかった!わかったから----!!」


やめないでくれ、と男が声を漏らした瞬間、闇夜に白いものが吹き上がった。


「ぅっ・・!あっ・・・ぁうあ・・ぅう・・・!」

「ご心配なさらずとも・・・また後で、たっぷりと可愛がって差し上げますからね・・・?」

「はっ・・・はぃ・・・!」


大の男が、自分よりも華奢な女の言いなりになっていた。

それを見せ付けられた他の兵士達は、羨望と期待に目を輝かせたが、


(・・・・・・・・・これは夢?)


林山は混乱の二文字のもと、固まってしまったのだ。

目を見開き、硬直する林山と満足げに微笑む玉蘭。


「さぁ、お待たせした皆様。ここは風も吹き付けて、寒くて----!?」


ふいに、そんな二人の視線が交わったのだ。


(ど、どうしよう!?こういうと起動すればいいんだ!?)


動かないからだの変わりに、口をパクパクさせれば、美女は目だけで彼に笑いかける。

そして、自分に欲情する男達を見渡しながら言った。


「すごく寒くてたまりませんの。早く皆様の熱い矛で慰めてくださいませ・・・!」


誘いながら流し目をすれば、我先にと兵達が群がった。


「お、俺が先だ!」

「俺だ!」

「ふっふっ・・・焦らないで。坊や達・・・。」

「お高く留まりやがって!本当は男がほしいんだろう!?」

「ほれ!たっぷり可愛がってやろう・・・!」

「あぁ!ダメぇ・・・あぁん・・・!」


男達に覆いかぶさられた玉蘭は、あっという間に林山の視界から消えた。

後には、男女の悶える声とも鳴き声ともわからない声と、荒い息遣いばかりが聞こえるだけだった。

それらの行為を見せ付けられた林山は、






(なにしてんのっ!?玉蘭さぁぁぁぁん――――――――!!?)






いかがわしい気持ちよりも、かつてない衝撃を心に受けていた。



「・・・!!」



林山の中の警戒心と緊張感が、フッと消える。

無の状態になった彼は、音もなくその場から立ち去った。

影から影へ移動しながら、ニヤケ顔で待つ侠客の元へと帰還する。


「よっ!どうだった?」


陽気に声をかける男の首に、問答無用で肘を引っ掛ける。


「ぐぇ!」


その動き、後の世では『ラリーアット』と呼ばれる技で相手を捕まえる。

あまりにもすばやい林山の動きに、義烈はよけることができずに捕まる。


「お、おい・・・!?」


非難の声を上げる侠客を無視し、その場所から少し離れた草むらの影に移動する林山。

林山に腕を引っ掛けられた義烈は、後ろ向きにずるずると引きづられた。


「お~い、なんだよ星影?」


草むらに到着したところで、無表情で問う林山。


「・・・なんだあれ?」


無表情で問う林山に侠客は答える。


「なにって、犯ってるんだろう?良い事の最中だよ。見てわかんねぇのー?」

「・・・・わからないから~!き・い・て・る・ん・じゃ・な・い・よっ・・・!」

「ぐえぇぇぇ・・・!」


額に青筋を浮かべながら、義烈の胸倉をつかむ林山。

油断していた義烈を、これでもかというぐらい締め上げた


「じょ、ごらごら!味方を絞め殺す気か・・・!?」

「何が味方だよ、あんたっ!玉蘭さんのあれ、なんなんだよ!?」

「だから、男と伽をー」

「そうじゃない!あんた、玉蘭さんにあんなことさせてんのかよ!?」

「つーか、声がでけぇ!」


自分の呼吸を止めている手を振り払う義烈。その上で、林山の口を塞ぎならが侠客は言った。


「あのな~溜まった野郎を引き付けるには、美女が必要だろう?」

「意味がわかんねぇよ!?あれにどういう意味があるんだ?」

「意味あるからしてんだよ。あれで、あそこの兵は攻略できたんだからさ。」

「馬鹿言うなよ・・・!あんなことしたら、他の兵にもばれるだろう?」

「他の兵もグルだからバレねぇよ。」

「だからって、怪しまれないのか?いや、それよりも、玉蘭さんは、書生という役だろう?男に手を出す兵士って、大丈夫なのか?」

「あの兵共は、玉蘭が妓女だって知って抱いてるんだ。」

「へ・・・?」


どういうこと??


呆気にとられる林山に義烈は裏側を話した。


「宮中に、外部からの人間が入り込むのは簡単だ。特に妓女なんざ、楽勝だ。」

「はぁ!?」

「お前・・・皇帝の妻を手配するのは、宦官の仕事でもあることは知ってるよな?」

「あ、ああ。」

「宦官ってのは、ちんぽこ切られた中間人間だ。性行のモノが無くても、性欲なんてなくならねぇ。だから、ないもんはないもんなりに工夫するんだ。」

「工夫?」

「性の達人とも言える名妓を使うんだよ。」

「なに!?」

「その様子じゃ、宦官が妓女を妻に迎えるって習慣も知らないようだな?」

「宦官が妻を娶る!?」


(娶れるのか!?)


「娶れるぜ。」


林山の心の叫びに答えるように、義烈が不適に笑う。


「宦官の中には、女官を妻にする奴もいる。」

「女官まで!?」

「まぁ、女官を妻にする奴の大半は、性技を教え込んで、金や身分のある奴に妾や側室として紹介するって魂胆があるんだけどな。」

「最悪じゃねぇか!?」

「とにかく、玉蘭は宦官のなじみの女って言うことで、兵共の相手してんだよ。」

「そうなのか?」

「そうだぜ~?あいつらの相手が済めば、物欲の大宦官様の相手をする予定だからな。」

「物欲の大宦官って、鐘竹民のことか?」

「他にいるか~?あいつ、女の好みにうるさいんだよ。おかげで夜の商人大繁盛だぜ。」

「夜の商人――・・・・?」


“私達は、宮中御用達の『夜の大商人・温烈様一行』という肩書きを使って、正面から堂々と入ることができるのだから。”

“まぁ、意味は後々わかるさ。”

“妓女で遊びたい殿方や元・殿方が、私達を男の姿にして連れ込んでいるのよ・・・!”

“もちろん。兵達を引き付ける役でしょう?”


(まさか――――――!?)


“こう見えても私、結構上手いのよ・・・?”

“おやめくださいませ、竹民様。私の主人の前で、そのような―――・・・・”

“そういうお前こそ、わしを字で呼んでいるではないかぁ~?”

“ご心配なく、鐘様。ちゃんとのちほど・・・! ”


林山の中で、それらの記憶がよみがえり、一つにつながった。


「そういうことだったのか・・・!?」


玉蘭さんは、俺や義烈のように武術で相手の足止めをするんじゃない。

自らの体を使って囮をするという役立ったのか!?


「その顔じゃ、大体のことは理解できたみたいだな?」

「義烈・・・。」

「ああ、そうだぜ。玉蘭は宦官からの差し入れってことで、あいつらは楽しんでるんだよ。変な遺恨ができねぇように、兵達の上官様もご存知のことさ。なんせ、その宦官様は自分が味見してよかった女を自分の味方になりそうな武官に紹介してご機嫌をとってるんだからな。」

「嘘だろう・・・?」

「本当さ、ボウヤ。持ちつ持たれつってのが、この世の中の現実だぜ?」

「しかし!」

「野暮だぜ?それに宦官からの紹介なら、兵士どもも安心して内緒で楽しめる。結構、隠れてで妓女達を連れ込んでる輩が多いからな?ここの男子供は。」

「く、」


腐ってる・・・!


(不潔だ、宮中は・・・!)


「いや!それよりも!」


(-----問題は他にあるじゃないか!)


「玉蘭さんを止めないと!」

「はぁ?」

「『はぁ?』じゃないだろう!?あんた、彼女にあんなことさせて平気なのか?」

「あれが、今夜のあいつの仕事だ。」

「ふざけるな。」


声を荒げることなく、静かに怒る林山。


「彼女は物じゃないんだぞ?しかも、複数の男供にかわるがわる犯されるなんて・・・。」

「あいつは、ちゃんとそういうことを心得てる。心配いらねぇ。」

「心配とかそういう問題じゃないだろう?とにかく、すぐに止めさせよう。」

「馬鹿言え。それじゃあ、お前の妹に会えないぜ。」

「それでいい。」

「なに!?」


林山の言葉に、思わず聞き返す義烈。


「玉蘭さんに身売りをしてもらってまで、助けたくない。」

「ふざけんなよ。お前正気か?」

「あんたこそ、ふざけんなよ。」


いくら、星蓮を助けるためとは言え、体を売ってもらってまで助けたくない。

上手くいえないが、ひどく悲しくなった。

でも、一つだけハッキリしていた。

そんな方法で助け出されても、


「きっと悲しむ・・・・。」

「あ?」

「星蓮は・・・彼女は悲しむ。」

「なんでぇ?助けてもらえるのに、悲しむって言うのは。」

「自分のために、しなくていいことをさんにさせたんだ。彼女が知れば、悲しむ。」

「馬鹿だな~黙ってればいいだろう?」

「見破られるさ。星蓮は・・・そういう嘘には敏感なんだ。」


いつだってそうだった。

男相手に喧嘩をしては、怪我をしていた昔の星影。

武術を極めてから、「お前の妹も野蛮だ」と、心無い者に言われるたびに、正面切って叩きのめしていた。

揉め事を起こし、相手の家の者が乗り込んでくるたびに、彼女は嘘をついていた。


『星影姉さま!何が原因なの?』

『私に決まってるだろう?この私を馬鹿にしたから、叩きのめしてやったんだ!』

『星影姉さま・・・』

『お前は部外者だ!奥に引っ込んでなさい。』


姉である星影が、彼女を傷つけないためにいつも嘘をついていたから。

妹に心配かけまいとつく嘘。

俺はそれを優しい嘘だと思わない。

でも、ちっぽけな優しさがつかせる嘘だと知っていた。

だから、いつも俺に語っていた。


『星影姉さまって、馬鹿よね。姉さまが、自分から喧嘩を売らないこと、私は知ってるのに。』

『星蓮。』

『私が姉さまと同じだといわれたことに腹を立てて、姉さまが喧嘩してることぐらい、私はわかってるんだから。』

『星蓮、それは・・・』

『わかってる・・・知らないフリはするわ。でもね、林山・・・あなただけはわかって。私は、星影姉さまを理解し、姉さま以上に姉妹を大事に思っていることを。』


今思えば、困ったように微笑む星蓮に俺は会話そっちのけで見惚れるばかりだが。

姉知らぬところで気遣いをするそんな妹を、星蓮を見ているだけに、自分を助けるために一人の女性が複数の男に体を提供したという事実がバレれば、どんなに傷つくか。

人の気持ちに敏感な恋人を傷つけたくなくて、林山は義烈にそう告げたんだが、


「・・・・困った坊ちゃんだ。」


しばらく林山を見つめてから、呆れるように言う義烈。


「今日しか、ねぇんだぞ。」

「宮中に忍び込める日がか?」

「そうじゃねぇ。助っ人が来てくれるのがだよ。おまけにあちらさんは、一足先に『宝仙宮』で俺達が来るのを待ってるんだぜ。」

「なに!?」

「だから、声がでかいんだよ。・・・ある方法で、先に中に入ってもらった。けど、出る時は俺らと出る手はずになってるんだ。」

「そうなのか?」

「ああ。もし、俺らが行かねぇとなると、そいつを置き去りにすることになっちまう。そうなりゃ、俺は仲間を見捨てたことになる。」

「それじゃあ・・・」


行くしかない?


「心配すんな。お前に強制はさせねぇ。俺が先に入って、あいつを連れ出せばいい。その代わり――――」


一呼吸置いた後、義烈はキッパリと言い切った。



「お前の妹は探せねぇぜ。」


「なんだと!?」


その言葉で相手を見れば、表情のない顔で自分を見ていた。


「ここまできて、玉蘭のこと気にして中に入れないなんじゃ、金の無駄遣いもいいところだな?」

「なっ!?」

「いや、金じゃなくて、人生の無駄遣いだ。そんなんだからお前は、妹を奪われたんだ。」

「ふざけるな!?取り消せ!」


無意識に出した手は、払われることなく義烈をつかんだ。

あまりにも簡単に胸倉を掴めたことに、林山は少し戸惑った。そんなわずかな青年の気持を感じ取り、侠客は無表情のまま言葉をつむいだ。


「人生だけじゃねぇ。お前の言い分は、玉蘭の努力まで無駄にすることだ。」

「努力?」

「いくら妓女だといってもな、平気でしてるわけじゃねぇぞ?体を売るのに慣れるまで、随分テメーを傷つけちまうもんだ。個人差はあるからな。」

「それは―――」

「テメーに値段をつけて、値段をつけられて、テメーの身一つで生きるんだ。嫌な客相手でも、愛想振り向かなきゃならねぇ。悪い噂でも立てば客はつかなくなる。そうなると、死活問題だからな。」


そう言うと、自分を掴む腕を掴む義烈。


「あいつだってな、軽口たたいちゃいるが大変なんだぜ?前と後から男のナニをぶち込まれちまった日には、翌日がつらくてたまらねぇんだぞ。」

「っ!?あんた、なに言っ―――――!?」

「前はともかく、後ろは出口専用の穴だからな。切れるわなんやで痛てぇらしい。」

「そんな情報いらねぇよ!なに言い出すんだよ!?」

「本心じゃあ、したくもねぇ兵の相手をしてまで引き止めたのに、収穫なしで引き上げられちゃ、面子丸つぶれもいいところだろう?しかも複数で、強姦まがいの真似しながらよ・・・!」


林山を掴む腕はいつもと変わらなかった。しかし、その表情は容赦なく厳しいものだった。

相手の顔を見た瞬間、自分は胸倉を掴んだのではなく、つかまされたのだと理解した。


「オメーのその生半可な優しさが、ここ一番って時期を見逃しちまってんだよ。」

「・・・義烈。」

「どうする?そうやって今夜の機会も無駄にするのか・・・・!?」


脅しでもなく、怒るでもなく、語るともかけ離れた声で問う百面夜叉の異名を持つ男。


「・・・お前が決めろ。」


凄みを利かせた後で、林山から手を放しながら義烈は言った。


「俺は言いてぇことは言わせてもらった。あとは、お前が判断して決めな。」

「・・・・俺は、」


(・・・言われてみればそうかもしれない。昔から、相手の気持ばかりを考えて、自分の意思をしっかりと示してこなかった気がする。)


星蓮のことにしても、もっと早く自分が言っていれば違ったかもしれない。

星影と星蓮が服装を入れ替えてまで、俺と桂連のことを探ろうとしたことだって―――


(俺のしょうもない優しさが原因だったんだ・・・!)


改めてそのことを自覚させられ、力なく義烈から手を放し、視線を下げる林山。

そんな青年に、義烈はいつもの声で告げた。


「人生って言ったのは、大げさすぎたな。半生って言った方が正しいか。」

「・・・え?」

「さっきまでのオメーは、生半可な優しさで物事を決断する男だった。・・・今はどうだ?」


そう問われ、視線を義烈に向ければ、いつも表情の義烈がいた。


「今夜のことをどうするか。お前が決めろ、星影。」


ニッと口の端を上げながら、特有の笑みを作りながら言った。


「気乗りしねぇなら仕方ねぇ。ダメなら、また段取り組んでやんよ。時間かかるけどな?」

「義烈・・・!」

「だから、あんま情けねぇツラすんじゃねぇよ!星影?」



星影。



義烈の呼ぶ名前。

自分ではない、大事な友の名前。


(あいつならこんな時、どう判断する・・・・?)


頭の中に浮かんだ親友は、不敵な笑みを浮かべていた。

危険さえも楽しむような、困難さえも面白がるような屈強な心。

それでいて、ひどく美しい姿。


「義烈・・・・。」

「ん?」


それを思えば、林山が出す答えは決まっていた。




「宝仙宮に案内してくれ。俺のために命をかけてくれている、玉蘭さんやお前に報いるために。」

「・・・今までの依頼人の中で、最短記録の成長だぞ。星影?」




自分が口にした判断に後悔はない。

林山の決断に義烈は、呆れながらも満足そうに微笑んだ。


※最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・・!!


性的表現を書いて失礼しました(土下座)

林山の優しさを、義烈が少しだけ修正する形でまとめてみました。

玉蘭を気遣う気持ちは正しいのですが、「今はそれどころじゃねぇだろう!?」という義烈の意見で、少しだけ変化を見せるというものでした。


そして、話の冒頭で出た「七弦琴」とは「古琴」という中国最古の楽器の一種です。「七弦琴」は前漢のお墓から出土され、その存在が確認された楽器です。

その前の時代の戦国時代のお墓からは「十弦琴」という楽器が出土されております。

古琴という「半箱式」という楽器で、幅が狭く短いのが特徴です。この古琴には指で弦を押える場所を示す丸い点「徽」なるものがないそうです。ちなみ古琴の創設者とされる人物ですが、あまりに昔からあるので、さまざまな諸説があり、はっきりと断言することはできないそうです(大汗)あやふやみたいですよ(苦笑)




※誤字・脱字がありましたら、お知らせください・・・!!ヘタレですみません・・・(土下座)

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