第七十四話 怒られて、怒りました。
「本当にもう!すごくびっくりしましたよっ!!」
興奮気味に言う空飛に、星影は苦笑いをしつつも頷いた。
(これで何十回、言われたことか・・・。)
平陽公主との勝負(!?)を終えて、無事部屋に帰宅した安林山こと劉星影。
晴天に起こった事件は、茜色の空になってから解決した。
このまま部屋に来ないかという陛下をなんとか振り切り、気疲れ状態で自分のねぐらに戻った星影。
そんな彼女を待っていたのは、怒りに震えた親友の張空飛だった。
「聞きましたよ!!今度は、陛下の姉君と揉め事を起こされたんですってね!?」
泣いているのか怒っているのかわからない顔で詰め寄る張空飛。
「ご、誤解だよ〜空飛!」
「そうだよ。林山は揉め事を起こしたのではなく、大きくしただけだよ。」
「琥珀っ!!」
そう付け足したのは、一緒に戻ってきた悪友の王琥珀だった。
「お前また、空飛が心配するようなこと言って〜!」
「本当じゃないか?女官をかばったまではよかったが、虎と戦うなんてどうかしてるよ。」
「女官!?虎!?」
「おい、琥珀!」
「それではやはり・・・・噂は本当だったんですね・・・・!?」
ああ・・・と、ふらつきながら弱々しい声で嘆く空飛。青ざめた表情で自分を見る相手に、不吉な予感を覚える星影。
「噂って・・・?」
(今度はなに!?)
そう聞き返せば、沈痛な面持ちで彼は口を開いた。
「・・・・・・するんですか?」
「は?」
「林山あなたは、除玲春という女官と―――――結婚するんですか?」
「・・・・・・・・・・はい?」
けっこん?
「・・・・空飛、私も彼女も、怪我はしてないし、血の痕なんか・・・」
「それは『血痕』です。」
「血の巡りは悪くないし。」
「それは『血行』です。」
「いや、その・・・私は今の身分には十分すぎるくらい満足してるよ。これ以上のことは望んでいないから。」
「それは『結構』です。」
「え〜・・・平陽公主様との戦いは、圧倒的に私がフリな悪条件だった。それでも私は諦めずに実行したよ!」
「・・・・・・それは『決行』で――――――――すっ!!私が言いたいのは!あなたが平陽公主様お気に入りの女官と夫婦になろうとして、その怒りに触れて、今回の事件が起こったと聞いたのですよ!!」
なっ!?
「なにぃぃぃぃぃ!!?」
結婚!?
夫婦!!?
「私が玲春さんと!?」
(つーか、私本当は女だし――――――――――!!)
「そんなことできるかっ!?私は女―――――・・・・と、は!!・・・・結婚できない体だ!」
「だから、肉体の構造は関係ないと言ってるじゃないか?」
絶叫否定する星影に、側にいた冷静な宦官が答えた。
「男の機能が体になくても、それを代用できる道具がある。」
「さらっと、卑猥なことを言ってんじゃねぇ!なに、平陽公主様と似たようなこと言ってんだよ!?」
「え!?で、では・・・・平陽公主様と――――結婚についての話をしたんですか・・・!?」
「してないからっ!あのね〜空飛!どんな噂を聞いたか知らないけど、私と玲春さん・・・『徐玲春』という女官は今日初めて会ったんだ!そんな相手といきなり結婚なんてするわけないだろう?」
「一目惚れということもあります・・・」
「だからなんでそうなるの!?空飛は私に結婚してほしいのか!?」
「そんな!そんなことありません!!誤解ですよっ!!」
星影の言葉に、ひどく狼狽しながら大きく首を横に振る空飛。
「やめてください!結婚なんて―――――・・・しないでくださいっ!!」
「ちょ、ちょっと空飛?」
「そんなんじゃないんです!そんなんじゃ・・・!ただ、林山が突然結婚するなんて聞いたから私・・・・!」
そう言うと、メソメソと泣き始める親友。
「空飛・・・?」
「ごめんなさい・・・!気に障ったなら謝ります!だから、嫌いにならないでください・・・!」
「ちょ、ちょっと!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、林山!嫌いにならないで!私を嫌いにならないでください・・・!!」
泣きながら懇願する友に、星影の怒りは吹き飛んだ。
「馬鹿だね・・・私が空飛を嫌いになるわけないじゃないか?」
「林山・・・?」
優しく語り掛けると、自分より小柄な相手を抱きしめた。
「林山!?」
(胸はしっかり押さえてるから、バレることはないだろう。)
驚く友の声を気にすることなく、彼女は諭すように告げた。
「大丈夫だよ、空飛。私は誰とも結婚なんかしない。無論、除玲春さんともだよ。」
「ほ、本当に――――本当にしないのですか!?」
「しないよ!どんな噂を聞いたか知らないけど、私は結婚はしない。その意思は海よりも深く、山よりも高い。そう誓ってるんだ。」
「林山・・・。」
「そんな誓い以上に、空飛・・・・私は、君を大事な友だと決めてる。絶対に空飛を嫌いになんかならない。」
「・・・林山・・・!」
「私や琥珀のことを真剣に心配してくれる優しい空飛を、どうして嫌いになれる?」
「優しいなんて――――そんな!私は、林山が思っているほどきれいな人間ではありません!いつも・・・卑しいことばかり考える最低の人間ですよ・・・!」
「もしそうなら、何故怒りながら私達を出迎えた?卑しい者なら、相手の機嫌を伺いながら、媚びるような手段をとるはずだ。なのに空飛は、ご機嫌伺いをすることなく、素直に怒ったじゃないか?」
「林山・・・!」
「そんなに自分を貶めるな。自信を持っていいんだよ、空飛。あなたは、私の自慢の友だからさ?」
「りっ・・・・りんざ―――――ん!!」
星影の言葉に、ワッと声を上げながらその胸にすがりつく空飛。
「わ、わかってるんです!私、わかってるんです・・・!」
「ほらほら。そうやってまた泣くんだから・・・・。」
「林山は、今上の大事な人だと、わかってるんです・・・!」
「わかってねぇよ!?私にその気はないって言ってるだろう!?」
「でも、今上はあなたを―――」
「李延年の代わりだよ!あるいは、焼きもちを焼かせたいがための相手に過ぎない!」
「だけど噂では――――!」
「そのことだが。」
それまで、二人の様子を静観していた琥珀が口を開く。
「具体的に・・・どのような噂を聞いたんだい?今、宮中に広まっているという安林山と平陽公主様が揉めた話の真相とやらは?」
「それが・・・」
「言いにくいことなのかい?」
「・・・いえ。」
琥珀の問いに言い渋る空飛。
「話してよ。」
「林山。」
「遠慮することはないよ、空飛。私に関する噂話を?」
それを後押しするように優しく星影は尋ねた。
「空飛のことだから、私に気を遣っているだけなんだろう?皇族と一宦官なら、宦官がボロクソに言われるのは当たり前じゃないか?それぐらい、私もわかっているよ。」
「いえ!そんな――――――」
「遠慮せずに話しなって。別に、空飛が言い始めたことじゃないし。それに、悪く言われるのは慣れてるから。」
「そんな!悪いようなことは何も―――――」
「しかし、君が言い渋るということは、林山にとっては不利益な話があるということじゃないか?」
「琥珀!」
「違うのかい?空飛が心配するようなことはあったのでは?」
「・・・ええ、まぁ・・・。」
琥珀の言葉に、星影から視線を話しながら答える空飛。
(そりゃあ、そうだろうな・・・。)
皇帝の実の姉相手を『あんた』呼ばわりしたり、タメ口を叩いたりしたんだ。
いくら相手に非があったとしても、身分というものがある以上、自分が悪く言われるのは当然である。
(ホント、誰が身分なんてものを作ったんだか・・・。)
面倒なだけじゃない。
そこまで考えると、目の前で挙動不審な動きをする友に声をかけた。
「大丈夫だから話してごらん、空飛。私が頑丈なのは知ってるだろう?」
「・・・でも。」
「もし、あなたが話した内容で私が傷ついたら、その時は空飛が慰めてよ。」
「な、慰めるって!?」
「ねぇいいでしょう?慰めてくれるよね、く・う・ひ?」
「は・・・・はい・・・。」
星影に促され、赤面しながら頷く空飛。そして噂話の内容を、詳しく細かく説明し始めた。
「『霍去病将軍の再来である高級宦官・安林山は、平陽公主様付の女官で、平陽公主様お気に入りの女官・除玲春と恋に落ちた。二人は平陽公主様の許しを得て結婚をしようとしたが、二人を結婚させたくない平陽公主様は、除玲春にご自身が大事にしていた茶器を割った罪を着せ、それをかばった安林山をその罪で殺そうとした。ところが、割った器が偽物であったと、安林山に教えられ、それを偽物だと知らずに使っていた平陽公主様は大恥をかかされてしまう。怒った平陽公主様は、言いがかりと無理難題を安林山に押し付けて事故に見せかけて殺そうとする。その方法としてご自身が可愛がる子虎をけしかけたが、彼は子虎を篭絡して平陽公主様から奪ってしまう。これには、以前、賊から陛下を守った際に負った傷が完治していなかった安林山にとって不利なことだった。しかし、恋人の命までかかっている以上、愛しい娘を守るために獰猛な虎と戦うことにした安林山。お守りとして徐玲春から渡されていた香を使ってなんとか子虎を倒す。その際、子虎は暴走し、周囲にいた兵や女官達はもちろん、飼い主であるいう平陽公主様まで襲い始めた。それを目にした安林山は、兵や女官達は元より、自分を殺そうとした平陽公主様まで、虎の脅威から守るために奮闘。危険も顧みずに、虎にまたがりその動きを抑えると同時に彼らを守ったのである。そして騒ぎを聞きつけて陛下がご仲裁に入り、安林山は助かるが、自分の悪事が露見することを恐れた平陽公主様は、証拠隠滅のために可愛がっていた子虎を殺そうとする。そんな子虎を気の毒に思った安林山は、陛下に願い出て子虎の助命を訴える。安林山の優しさに感心した陛下は温情をかけ、子虎を安林山に与えるとした上で、安林山と除玲春に一切危害を加えないと平陽公主様に約束させた。こうして、一命を取り留めた二人は、互いの思いを確かめた後、落ち着いてから結婚しようという誓いを立てたのだった。』・・・というのが、私が聞いた『安林山と平陽公主様の話』なのですが・・・・。」
「毎回思うんだけど、誰がそんな適当な話を広めてるんだっ!!?」
「しかも長いね。」
長い長い空飛の話を聞き終わり、額を押さえながらツッコミを入れる星影と呆れながら感想を言う琥珀。
「おまけに、最後は『続く』がつきそうな話の終わり方じゃないか!?」
「どうやらみんな、続きを期待してるみたいだね?」
「あってたまるか!命がいくつあっても足りないだろう!?」
(そもそも、時間の無駄だし・・・!!)
こんなことが繰り返し起これば、いつまで経っても妹探しは終わらない。
「それじゃあ――――・・・・今話した内容は、間違いなんですか!?」
「ところどころで違う!!つーか、出だしから違う!そもそも、茶器が割れたのは、私と玲春さんが、廊下でぶつかったからだ!根本的に恋などに落ちていない!!」
「えええ!!?」
「『えええ!?』じゃない!その場には琥珀もいたんだ!そうだよな!?」
「ああ・・・『茶器が割れたのは、自分が悪い』と双方が言い合ってね・・・。お互いにそのことを譲らずにいたら、平陽公主様の女官頭がいらして、二人まとめて平陽公主様の御前まで連れて行かれたんだよ。」
「そうなんだよ!」
「ただし、その後のことは知らないよ。結婚しようとしたかどうかは―――どうなんだい、林山?」
真顔で尋ねる悪友に、星影は気炎を発する。
「なにが『どうなんだい?』だ!?するわけないだろう!!」
「それにしちゃあ、ずいぶん君は、あの少女を気にかけていたね?」
「琥珀!」
「・・・そんなに、綺麗な女性だったのですか?」
「『綺麗』というより『可愛い』の方が、印象にあっていたよ。ただし、数年後には美女になるだろうけどね。」
「ちょっと琥珀!?」
「さすが、平陽公主様がお目をかけていらっしゃるだけある。あれならば、どんな男性からも引く手あまたさ。」
「お前、よくそんなところまで観察してたな!?つーか、お前があの子に気があるんじゃないか!?」
「あいにく私は、無骨な宦官。林山と違って、色濃いとは縁のない無能ものなので。」
「どういう意味だよ!?」
「そ、そうですか・・・そんなに綺麗なんですか・・・。」
「おいぃぃ!琥珀の言うことを信じるな、空飛!」
「でも、美人になるぐらいの可愛い子でしょう!?」
「そうだけど、結婚したいほど好きにならないよ私は!」
「わ、わかりませんよ・・・!年月というのは、人の気持ちを変え―――――!」
「変えないから!!もお〜私は彼女のこと、妹程度にしか思ってないよ!」
「妹って・・・林山、君・・・。」
「でも可愛いのでしょう!?」
「そうだけど、とにかく違うよ!大体、可愛さなら空飛だってそうじゃないか!?」
「わ、私ですか!?」
「そうだよ!あの子と結婚するくらいなら、私は空飛と結婚する!!」
「っ!!!?」
「なっ・・・・!?」
苛立ち紛れにいった星影の言葉に、空飛は目を見開き、琥珀の目は点になる。
「とにかく、それで終わり!わかったね!?」
「・・・!!」
「わかったね、空飛!?」
「・・・!!」
「聞いてるの!?く・う・ひ!?」
「え!?え、ええええ――――――ええ!!?」
「この話は、玲春さんの話はお〜わ〜り!・・・・いいね?」
「はっ、はい!?」
「私は誰とも結婚しない!いいね!?」
「はっ、はい!!」
「琥珀も、余計なこと言うなよ!」
「・・・・・・・・・・そうするよ。」
有無を言わさぬ友に、空飛と琥珀は首を縦に振った。
「まったく!そろいもそろって嘘ばっかりじゃないか!」
愚痴りながら空飛から体を離すと、机の前にある椅子に腰掛ける星影。
自分から離れた相手に、空飛はオズオズと話しかけた。
「嘘・・・だったんですね。私の伝えた話は・・・?」
「ああ!誤報もいいところだよ・・・!」
「それでは・・・・失業しかけた兵を復職させたり、傷ついた女官達のために、傷を癒す時間を与えるように陛下に進言したというのも誤解ですか?」
「・・・え?」
「それは――――・・・・事実だね。」
星影の代わりに琥珀が答える。
「『自分の手当てより、巻き込んだ他の者の手当てを。』と陛下に懇願したのは事実だよ。おかげで、虎の世話係り共々、兵や女官達も林山の信者さ。」
「信者って・・・。」
「好感を持たれたのは間違いないと思うよ?そうじゃなくても、『宦官』という存在を見直してくれた。君が来て以来、宦官の評判は上がる一方さ。」
「そ、そうなのか?」
「ああ。その反面、武官達の評判は急降下してるけどね。・・・あまり、『恨み』を買わないようにしなよ。」
「恨みって!?私は、武官には何もしていないよ?」
「早い話が『妬み』だよ。武功をあげることが、武官の務めだからね。それを宦官に奪われたとあれば、彼らは面白くないだろう。」
「馬鹿馬鹿しい・・・!それなら自分達も、手柄を上げればいいじゃないか?宦官と違って、戦場に出れる機会があるんだから。」
「それとこれとじゃ話は別だよ。君は、『陛下を守った』という名誉が与えられたんだから。」
「・・・それで愛妾にされちゃかなわないんだけど?」
「なに言ってるんだい?伽だってまだしてないじゃないか?」
「してたまるか!?私はここに、性的な肉体奉仕に来たんじゃない!?普通の奉仕活動に来ただけだ!」
「本当に欲がないね。」
クスクスと笑う相手に、さらなる頭痛を覚える星影。
(もう、絶対に星蓮の手がかりをつかもう!)
怒りに肩を震わせながら、何度目かの決意をする姉。
「それじゃあ・・・陛下に兵や女官の皆さんの庇護を訴えた話は本当だったのですね?」
「え?あ、うん・・・。そうだよ。」
「なんだよかったぁ〜!じゃあ、そのあたりの話は本当なんですね!?」
「そのあたりとは――――」
「どのあたり?」
まだあるのかと問う琥珀と星影に、無邪気な笑みで空飛は返事をする。
「はい!大怪我を負った弓兵を率いる張隊長に、医術の心得がある林山が、応急処置をして、九死に一生を得たという話です!」
「・・・それ、私じゃなくて琥珀なんだけど・・・・。」
生き生きと話す空飛に、遠目状態で答える星影。
「ええ!?林山じゃなくて、琥珀だったんですか!?」
「悪いね、林山じゃなくて。」
夢を壊しちゃったかな?と、笑う琥珀に、空飛は大きく首を振りながら言った。
「そ!そんなことないです!そうですか―――――じゃあ、やはり大半の噂が大げさなものばかりということで、間違いないんですね・・・。」
「うん、大げさすぎるよ。」
(作り話もあるし。)
どうして、私と玲春さんの恋物語などが生まれたのだろう?
「すみません、林山・・・。」
「なんで空飛が謝るんだい?悪いのは、早とちりで人の噂が好きなせっかちな宮中の人々だよ。」
再度、諭すようにその頭をなでてから、大きなため息をつく星影。
顔からは、精神的な疲労がうかがえた。
「・・・とても、疲れているのですね。」
「いや!大丈夫だよ、ハハハ!」
「・・・古傷は大丈夫ですか?」
「そんなことまで噂になってるのか!?」
「当然じゃないか?陛下も知るところとなった話なのだから。」
そう言いながら、星影の向かい側に腰をかける琥珀。
「悪いことは言わない、林山。きちんと医者に見てもらったほうがいいよ。」
「だ、大丈夫だよ!もう塞がったんだから・・・。」
(医者なんかに見せたら、女だとバレるし・・・。)
「・・・どうも君は、医者の類が嫌いみたいだね?まじないで病気や怪我を治す性質かい?」
「そうじゃないが・・・ちょっとね。」
「信用できないと?」
「う・・・!」
射抜くような目で見られ、一瞬言葉に詰まる星影。
「そ、そうだよ!信用してないんだ・・・・!」
そっぽを向きながらはき捨てるように答えた。
「とにかく、私は大丈夫だ!琥珀も・・・あまり根掘り葉掘り聞くな!そうしてると、いい加減な噂を流して楽しんでいる一部の宮中の人間みたいだぞ!?」
「宮中に一部も何もないよ。まぁ・・・具合が悪くなったら私に言ってくれ。医術の心得はある。」
「・・・ああ、悪くなったらな。」
診てもらう気などなかったがそう答えた。
そうでも言わなければ、この話が終わらないと思ったからだ。
(ただでさえ、こいつは油断ならないからな・・・!)
「まぁまぁ二人とも!その話はここまでにしましょう?」
なだめるような声にあわせて、きれいな高音が耳に響く。
声の主を見れば、彼は飲み物を運んでいた。
「空飛!それ・・・・!?」
空飛の持つお盆の上には、瑠璃で出来た大小の器が光っていた。
酒ビンの形をした大きな瑠璃の中では、赤紫色の液体がゆれていた。
「ずいぶん洒落た入れ物に入っているね・・・。お酒なの?」
「はい!これは、『ぶどう酒』というものです。」
「『ぶどう酒』・・・?」
「もしや、西域のお酒かい?」
首をかしげる星影のそばで、興味深そうに琥珀が問う。
「よくご存知ですね!?そうです、これは西域のお酒なんです。」
(―――――――思い出した!)
少し前、父上が話していた。
西域には、ぶどうという果実を使って作ったぶどう酒というものがあるという話を。
そして――――
「・・・・とても高価なお酒じゃないのか?」
『異国の酒』ということもあり、庶民には手が出せない酒だと話していた。
中国における酒の歴史は古く、紀元前7000年頃には米・果実・蜂蜜を原料とした醸造酒があったとされている。
また、『戦国策』という中国酒に関する最古の記録書によれば、『夏王朝(紀元前21〜16世紀)開祖・禹王に、儀狄が酒を造って献上した。』という記述が残っている。
『ぶどう酒』が中国の歴史上で最初に登場したのは、前漢武帝の時代。
前120年に、武帝の配下である張騫がぶどうを異国から持ち帰り、ぶどう酒の生産が始まったとされている。
ぶどう酒が中国人に与えた衝撃は大きく、それは単に、異国の酒と位置づける程度のものではなかった。
この頃の中国国内の酒は、味が薄くてアルコール度が低かった。
どちらかというと水に近い酒が多かった。ゆえに、酸敗しやすく長持ちしない。
それに対して、このぶどう酒は、味が濃厚な上に何年立っても美味しく長持ちする。
だから、超がつくほど高級品なのである。
ただ、ぶどう酒の製造が始まった時期には諸説あり、大まかに見ても紀元1世紀〜7世紀頃とされている。
なので、前漢時代は輸入が主流であったかのように思われる。
本編とは関係ないが、もっとも盛んにぶどう酒が飲まれるようになったのが、西域の文化が流行した唐の時代である。かの有名な李白も、ぶどう酒のことを詩に歌っている。ちなみに唐時代は、ぶどう酒ことワインは、赤ワインよりも白ワインの方が上等であった。
「それをなんで、空飛が・・・?」
「いえ、私ではなく、今上が。」
「陛下が!?」
「はい。今上からのお使いの方が、『本日災難にあった安林山殿を癒すため』にお持ちくださったものです。」
「そっか・・・陛下が。」
(ということは・・・今夜は、あの親父の相手をしなければならないと・・・?)
昼間の会話を思い出し、軽い胸焼けを起こす星影。
(そうでなければ、こんな超高級品を、私に届けるわけがない・・・・!!)
部屋を照らす光により、ぶどう酒の入った酒びんが怪しく光る。
大商家の娘とはいえ、実物を見るのは初めて。
限られた場所でしか流通していない酒を、思わず凝視してしまった。
「すごいね、初めて見たよ。」
星影の心の声に合わせるように琥珀がつぶやく。
「ぶどう酒を口にできるのは、皇族の中でも限られている。」
「そうだろうね・・・。」
「それだけ今上は、あなたを労わりたいのですよ、林山!」
「そうだね・・・。」
(その見返りを体で返せというのか・・・!あの好色めっ!)
相手からの贈り物の意味を推理し、うんざりする星影。
「なんでもこのぶどう酒というお酒は、味がとても甘くて、飲んでも次の日まで残らないといいます。わが国のお酒のように二日酔いにはならないそうですよ!」
「へぇ〜そうなんだ・・・。」
「さぁ、干した果物も用意しましたから、肴にして飲んでください。疲れた時は、甘いものがいいですからね。」
そう言うと、ぶどう酒と一緒に干した杏子やヤマモモ、ナツメなどを星影の前に置く。
「琥珀もどうぞ。」
「ありがとう。それはそうと・・・君は飲まないのかい?」
「いえ、私はいいですよ。二人ほど疲れていませんから。」
「しかし、私達だけもらうのは悪いよ。」
「そうだよ!空飛も飲もう!!」
(こうなれば、ヤケ酒だ!)
そんな思いで友を誘えば、相手は首を横に振りながら答えた。
「いいですよ。これは、林山と琥珀を癒すために今上が贈られた品です。私はもらえません。」
「なに言ってるんだ?遠慮することないよ!」
「いいんですよ。」
「私のことはいいですよ、林山。そんなことをしたら、二人の分が減っちゃいます。」
「え?」
(二人の分が減っちゃうって・・・!?)
「だから、二人だけで飲んでください。」
そう言って笑うと、そそくさと部屋から出て行こうとする空飛。
「ちょっと待ったぁぁぁ!!」
それを星影が引きとめた。
「ちょっと待った、空飛!」
「り、林山!?」
「何言ってるんだ、空飛!?そんなことできるわけないだろう!?」
そう言って立ち上がると、空飛の前に立ちはだかる星影。
「なんで、空飛を差し置いて、私と琥珀だけで杯を交わさねばならない!?」
「そんな林山、私は――――――」
「空飛。君は今、私に飲み物と干した果物を運んでくれた。この肴も、陛下からの贈り物なの?」
「い、いえ。それは私が勝手に―――」
「――――――ということは!私が疲れているからと気遣って用意してくれたからだろう?」
「え?は、はい・・・。」
「だったら、気を利かせて君も飲むべきだ!杯とは、気心の知れたもの同士で交わすもの!私達は友達なんだから、何事も共有しないと!」
「でも―――――」
「そんなところで遠慮するな!空飛は私のこと、親友と思ってないのか!?」
「そんな!そんなことは―――!」
「じゃあ、決まりだね。」
星影の代わりに琥珀が答える。
「三人で乾杯しよう。今日一日、無事に終わったことを。」
そう言うと、新たに持ってきた杯に空飛が用意したものと同じものを注ぐ。
それを空飛に差し出す琥珀。
「私達は友だ。違うかい?」
「琥珀・・・。」
「ほら空飛!乾杯だ!」
星影に肩をたたかれ、涙を浮かべながら杯を受け取る空飛。
「『友』なら遠慮はしない?そうだろう!」
「は、はい・・・!」
大胆不敵な宦官の言葉に、心優しい宦官は何度もうなずく。
「では、話がまとまったところで乾杯といこうか?」
「よし!任せろ!」
「はい、お願いします・・・!」
机を囲んで立つと、杯を中央へと掲げる三人。
そして―――――――――
「では、かんぱ〜い!」
お騒がせ宦官の言葉を合図に、杯を中央で鳴らしたのだった。
※最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・・!!
星影、宮中の噂話に頭を悩ませています。
陛下からの誘いに頭を悩ませています。
ぶどう酒をもらい、ヤケ酒を決めました。
次回も、この三人で続きます。
※誤字・脱字がありましたら、お知らせください・・・!!ヘタレですみません・・・(土下座)