第七十三話 華麗なる花
★★★★★★★★お詫びとご報告★★★★★★★★
大変お騒がせいたしましたが、『m様』と連絡がつきました。
私用乱用および、m様への羞恥プレイ、失礼いたしました。
皇帝の姉がいなくなったところで、大将軍は声をかけた。
「大事無いですか、安殿?」
(え・・・・・?)
その言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
「あ・・・・安殿ぉ!?」
衛青将軍が?
衛青将軍が!?
衛青将軍が!!?
(わ、わわわ私のことを『安殿』って――――――――――!?)
「どうかしましたか?」
「い、いや、だって!大将軍ともあろうお方が、私を『殿』呼びするなんて、恐れ多いですよ!?」
「何を言う。高級宦官ならば、そう呼ばれるのは普通じゃ。」
そう言ったのは、星影の近くにいた皇帝・劉徹だった。
「まったく!心配したぞ、林山!お前が姉上の侍女を庇って、瞭華に連れて行かれたと聞いた時!お前の命は終わったと・・・!」
「終わった・・・?」
「ああ。姉上は気が強いからな・・・。気に入りの器を壊したとなれば、ただではすまんと思ったのだが―――――」
そこで言葉をきったかと思うと、力いっぱい星影を抱きしめる皇帝。
「林山・・・・!」
「ちょ、陛下!?」
「怖かったであろう!?身包みをはがされ、虎に食われそうになるなど!!」
(いや、服を脱いだのは自分だし。)
「知らせを聞いた時、本当に生きた心地がしなかったぞ!?」
(知らせ・・・。)
その皇帝の言葉で、星影の中に疑問が生まれる。
「あの・・・誰が陛下に、私のことをお知らせしたのですか?」
陛下は、自分が危ないという知らせを聞いてここまできてくれ。
もし、そのことが陛下の耳に入らなかったら、私は今頃殺されていた。
陛下がお出ましくださったことで、命をつなげることができた。
(陛下に知らせてくれた者のおかげで。)
「誰が・・・私のことを?」
「王殿だよ。」
星影の問いに、心地の良い声が返ってくる。
「衛青将軍!?」
「君の同僚の王琥珀殿が、私に知らせてきてね。その知らせを受け、すぐに陛下にお伝えしたんだ。」
「琥珀が衛青将軍に!?」
問題の男を見れば、怪我を負った兵達の手当てをしていた。
「琥珀!」
呼べば、こちらを見て笑うだけ。
「ちょっと陛下、すみません!」
「あ!林山!?」
強引に抱きしめる相手から強引に抜け出すと、琥珀の元へと駆け寄る星影。
「琥珀!聞い―――――」
「聞いたよ、林山。賊にやられた怪我が治っていないんだってね?」
星影が問うよりも先に口を開く友。そして、兵を診ながら琥珀は口を動かす。
「だめじゃないか、林山?君の体は、君一人の物じゃないんだから。」
「私だけの物だよ。」
「陛下も敬われてるじゃないか。」
「琥珀っ!」
相手の言おうとすることを察し、怒鳴る星影。相手は微笑しながら言った。
「ハハハ!失敬。陛下はもちろん、紅嘉殿もでしたね?」
「え?」
途端に、側にいた兵達から悲鳴が上がる。見れば、自分の後ろに子虎が控えていたのだ。
「紅嘉殿。」
「ガァウ。」
呼べば、嬉しそうに尻尾を振りながらよってきた。
「すっかり懐かれたね?」
「・・・かな?」
友の言葉を受け、その体を撫でてやれば嬉しそうに喉を鳴らした。
「この子・・・どうしよう。」
「君が飼うんだろう?」
「そうだけど・・・虎の世話なんてしたことないから。どうすればいいかな、琥珀。」
「ご心配には及びませんよ。」
「あなたは・・・!」
「紅嘉の世話をしております、魏忠と申します。」
自分の名前を名乗ると、遠慮がちに近づく虎の世話係り。
そして深々と、星影に向かって頭を下げながら言った。
「安林山様!この度は、紅嘉のお命をお救いくださり、まことにありがとうございました!」
「あ、安林山『様』・・・?」
「おかげさまで、私はこの子を手にかけずにすみました。なんとお礼を申して言いか・・・!」
「そんな!お礼は陛下におっしゃってください!私こそ、あなたがいつくしんで育ててくださった紅嘉殿に、痛い思いをさせてしまったんです。お詫びするのは私の方で・・・。」
「いいえ。本当に、感謝しております。あなたの口ぞえがあったからこそ、陛下もお情けを下さったのですから!」
「とにかく、お顔をお上げください!紅嘉殿だって、心配してますから。」
育ての親の姿に、心配そうな目をしていた子虎。星影の言葉で顔を上げ、紅嘉と、呼んで頭をなでる。そこで、ようやく子虎の目の色が変わった。
「グゥル。」
「おいおい、そんなに舐めるな!」
「よかったぁ・・・!やっと紅嘉も元気になったようです。」
じゃれる紅嘉の姿を見ながら安堵する星影と魏忠。
そんな宦官を見ながら、彼女の友は口を開いた。
「紅嘉殿も元気になったことだし、今度は君も元気にならないとね。」
「私はいつも元気だぞ、琥珀?」
「怪我を放置したままの者を元気だとは言えないね。とにかく、後で君の怪我を診よう。これでも、医術の心得はあるからね。」
「え!?そうなの?」
(だから、怪我をした兵を見ているのか。)
そう思った時、星影は重要なことを思い出す。
「張願様は!?」
「え?」
「紅嘉殿に、いや!紅嘉殿に乗った私が、体当たりしてしまったんだよ!」
「先ほど、張願様の兵がお医者様の元へ連れて行かれたよ。」
「そうなのか?」
「おそらく、この中で一番重症だと思うよ。骨が折れているみたいだったから。」
深刻そうに言う共に、星影は罪悪感が増す。
(あの時、私が余計なことをしなければ・・・。)
平陽公主を、懲らしめようと思わなければ。
あの時、気を抜いたりしなければ。
自分が油断しなければ。
(私が・・・・油断したから。)
「私のせいだ。」
「林山?」
「私のせいだ!私のせいで、張願様は怪我をした!ここにいる兵の皆さんだって、怪我をした!」
「林山、それは・・・」
「それだけじゃない!平陽公主様に逆らってしまったんだぞ!私のせいで!おかげで、全員失業さ!」
「失業しませんよ。」
「え!?」
「落ち着いてください。張願以下千二百名は、失業などしません。今まで通り、弓兵として勤めてもらいます。」
「衛青大将軍・・・。」
いつの間にか、後ろまで来ていた武人。彼は星影に向かって意外な真実を告げる。
「張願やここにいるみなは、私の部下です。そのようなことはしませんよ。」
「部下!?衛青大将軍の!?」
「そうです。だから、心配しなくていいですよ。」
そう言うと、自分のつけていたマントを外す衛青。
それを、星影の肩にかけ、体を隠すように覆わせた。
「え、衛青大将軍・・・!」
「いつまでも、その格好でいるのは良くない。」
顔が熱くなった。
「す、すみません!」
自分の今の姿を考えて、恥ずかしくなった。
いくら、男装しているとは言え、下着姿でいるのはまずかったかもしれない。
「見苦しい姿をさらしてしまい、申し訳ないです・・・!!」
相手の言葉に赤面する星影。わびれば、笑い声が起こった。
「珍しいのぅ!林山もそんな顔が出来るのか!?」
衛青の後ろから、皇帝が顔をのぞかせながら言った。
「青はもちろん、朕がお前についておる。姉上がいくら文句を言おうが、林山のことは朕が守ってやる。心配するな!」
「陛下・・・。」
「それより林山!そなた、怪我をしておるそうじゃな?」
急に真剣な表情になる皇帝。
「なぜ、朕に隠していた?」
「え?」
「怪我をしていると一言言えば、朕はすぐに治療したぞ?」
「いえ、それは〜」
(まずい!誤魔化そう!)
すぐさま彼女は、恒例となる行動に出た。
「怪我は・・・したのですが、傷は治っています。紅嘉殿の上で、ふさがった傷がうずいてしまっただけです!」
「つまり・・・傷跡が痛むと?」
「雨の日や湿った日に、古傷が痛むことがあるじゃないですか?それと同じです!」
「そうか。しかし、用心に越したことはない。これから医者に――――」
「私ではなく、ここにいる兵の皆さんを見てください!」
「林山!?」
「そうでしょう!?私の傷はふさがったからいいんです!でも彼らは、凶暴な虎と戦って怪我をしたんです!武器である弓矢を壊されつつも、戦ったんですよ!?」
「それはそうじゃが・・・」
「お願いします!私は、彼らに迷惑をかけたのです!だから、どうか・・・!」
そう言って、その場に座り込む星影。
「陛下、どうかこの通りでございます!私は結構ですので、張願様とその配下の方々の治療を優先してください!!」
「なんじゃと?」
「私は大丈夫ですので、どうか・・・!!」
兵達に怪我をさせたこと、自分をかばった弓兵隊長のこと。
彼らを思って頭を下げた。
人のため、他人を思ってのことだった。
それが理由の半分。
では、残り半分は?
(医者なんかに見せられたら、女だってバレる―――――――――――!!)
自分のために頭を下げた。
可愛い妹と親友の未来のため。
半分とは言ったが、実際は半分以上がそういう気持ちで動いていた。
(すべては可愛い星蓮のためっ!!)
体を地につけ、頭を下げて頼む宦官に周りは騒然とする。
「林山・・・!」
「おい、あいつ・・・。」
「俺達のために陛下に・・・。」
「宦官らしくないよな・・・。」
「人間だよ、あれは・・・。」
「非人間的だと言われる宦官中で、唯一の人間だよ・・・。」
彼女の本心を知らない彼らは、星影の行動に心打たれていた。
土下座する星影の側に、紅嘉も駆け寄る。そして、その隣悲しそうな声で泣き出した。
「ガァル、ガァール・・・!」
不安げにその身を星影にすり寄せた。
「こ、紅嘉・・・。」
「紅嘉殿・・・。」
紅嘉を気遣う虎の世話係りの声。
それで星影も、子虎の存在に気づき、声はかけるも体を起こすことはなかった。
「どうか、お聞き届けください・・・!」
再びそう言うと、懇願する星影。
宦官のけなげな姿に、皇帝や大将軍は顔を見合わせながら言った。
「・・・わかった。この者達の治療と、新しい武器の支給をしよう。」
「皇帝陛下!!」
「林山の頼みじゃからな?聞かぬわけには行かぬ。」
ニコニコ言う皇帝・劉徹に感謝する星影。
(参ったな。なんだかんだ言っても、弱者の味方か。)
いいとこあるじゃん!と、思ったのだが・・・。
「その代わり・・・今夜は頼むぞ。」
不意に顔を近づけ、耳元でささやいた。
「え!?」
それが何を意味するのか。
自分の尻に回された手で、気づいた。
「っ〜!?」
「本当に可愛いのぉ・・・林山。」
(前言撤回!!)
とりあえず今夜、陛下から逃げる準備をしよう。
そう心に決意する一方で、反省もしていた。
(まぁ〜た!・・・林山に報告することが増えたよ・・・!)
内緒にしててもバレるからなぁ・・・。
きっとまた、『なにやってんだ!?』て、責められるだろうな。
(怒るだろうねぇ・・・。)
周りにわからないように小さくため息をつくと、そっと天を仰ぐ星影だった。
・
・
・
・
・
・
・
俺・・・星影のこと言えないかも。
「旦那ぁ〜もっと飲んでぇ〜」
「ワハハ!任せとけ!」
自分の前で、女性と戯れる協力者を見ながら切にそう思う。
ここは、昼間から酒を飲める店。
それどころか、綺麗な女性とも仲良くできる店。
早い話が――――――――――
「どうした!星影!?妓楼に来て、不景気な面して飲む奴がいるかよ〜!?」
そう・・・・わたくし安林山は、ただ今、花街にいます。
(すまん、星蓮・・・・!!)
俺はお前という女性がいながら、人間の色の町・花街で真昼間から、おなご達をはべらせて酒を飲んでいます。
星影が、皇帝の姉との問題を解決した頃。
劉星影の名を使っていた本物の安林山は、花街の中でも指折りの妓楼『采風雅』に来ていた。
先ほどまで、故郷に似た場所で、のんびりしていた林山。
そんな彼が、花街で酒を飲むことになったのは、間違いなく一緒にいる男が原因だった。
「義烈こそ、よく昼間から飲めるな・・・。」
『百面夜叉』の異名をとる凌義烈だった。
今のところ、林山が信じて、星蓮奪回の協力を仰いだ人物だった。
その義烈から、『今夜宮中に行く!』と聞かされたのが、半刻前。
そして、『作戦会議をするため』という理由で、妓楼に連れてこられたのだった。
「お前さ〜女っ気なさそうだから、こういうところでハメはずすのも良いじゃねぇか?なぁ?」
「・・・今夜は、大事な仕事の前だろう?」
「堅い堅い!石ころみてぇ〜に、固い!」
「あなたは、豆腐のように柔らかいな・・・!」
「まぁ、夜になりゃ、ビンビンに堅くなるけどな〜」
そう言うと、横にいた女性の胸を指でつっつく侠客。
「きゃ!?」
「お?昼間なのに、もうおっ立っててるのかぁ〜?」
「やだぁ〜!凌の旦那ったら〜もぉ!」
「反対側はどうだぁ?」
「もぉ!すけべぇ〜」
そのまま、キャッキャッと戯れ始めた。
そんな姿に、軽く静かな殺意を覚える林山。
(この男は・・・!)
人の気持ちを理解していない。
俺が命がけでいることなど、まったくわかっていないかのような振る舞い。
怒りも覚えたが、反面情けなくなる林山。
(本当に、この男を信じてよかったのか。つーか、これじゃあ俺も星影のこと言えないよなぁ・・・。あいつに散々、『俺の名で馬鹿するな』って言ったけど、この状況を星影が見たら―――――――)
「テメェ―――――――――!!婚約者のいぬまに浮気かコノヤロウォオォ!!?人が宮中で苦労してる隙に骨休みか浮気者ぉぉぉ!!星蓮にバラすぞコラァ!!?」
(怒るだろうな・・・。)
いや、怒られて当然だ。
(下手すれば、俺はあいつ以上に馬鹿をしてるようなのだからな・・・・。)
「星蓮にバラすぞコノヤロォォ!!?」
「ひどい・・・・林山・・・!!」
林山の妄想の中で激昂する姉と、涙ぐむ妹。
姉はともかく、悲しむ妹の姿が痛々しかった。
(星蓮・・・・!)
これが星蓮に知れれば、嫌われるかもしれない。
嫌われないにしても、自分への評価が下がるのは目に見えていた。
なによりも、彼女を傷つけてしまうことが目に見えていた。
(俺は嘘をつくのが下手だからな・・・。)
そもそも、自分が原因で星蓮は郭勇武に連れ攫われてしまった。
その原因となったことを星影にも聞かれたが、今は真相を語るときではない。
ちゃんと星蓮本人と再会してから、正直に話さなければならない。
桂連と浮気していたと誤解されたままでは、死んでも死にきれない。
(・・・・ホント、馬鹿だな俺・・・。)
そんなことを思いながらため息をついた時だった。
なんともいえぬよい香りが鼻につく。
「あの・・・つまらない顔しないで、楽しく飲みましょう?」
声に続き、匂いが強くなる。
そう言われたかと思えば、半分まで入っている杯に酒が注がれた。
「え!?あ・・・」
「『昼間から』なんて、ここに来てからそんな野暮はおっしゃらないで?」
見れば、自分と変わらぬ年の女性だった。
サラサラとした髪が、林山の頬に触れる。
驚いて、少し離れれば、ウサギの形をしたかんざしが目に付いた。
「こんにちは、劉様。私は、花雪児と申します。」
顔を見れば、純情そうな愛らしい娘だった。
「あ、ど、どうも・・・。」
(・・・星蓮の方が、肌が白いな・・・。)
他の女性にドキドキしながらも、本命の彼女を考えて惚気るところが林山のいいところだろう。そんな連れの反応に、義烈はつまらなそうに言った。
「おいおい!他に反応はねぇのかぁ!?可愛い雪児が、酌してくれたのによぉ?」
「おやめください、凌の旦那様。お酌は、妓女として当然の仕事ですから。」
「妓女!?」
この清らかそうな女性が!?
「馬〜鹿。妓楼に妓女がいるのは当然だろう?それとも、ウサギにでも見えたか?」
「何でウサギなんだよ!?俺はただ、こんな初心な子がいるのは――――――」
「うぶぅ〜!?」
途端に笑いが起きる。
「なにがおかしい!?」
「ダハハ!いやいや・・・お前という人間がわかったよ、劉星影!もうお前を、妓楼には連れてこねぇ!」
「はぁ!?」
「お前、女にだまされて失敗する口だなぁ?」
そう言うと、酒を一気にあおる義烈。
「な、なんであんたに、そんなことがわかるんだよ!?」
「いいか、雪児の代金は、他の妓女の二倍だ!そんな女にはまれば、身を滅ぼすぞ〜」
「まぁ・・・ひどいですわ、凌の旦那様。」
「そういうわけだから、お前らもう下がって良いぞ!」
クックッと笑いをかみ締めながら、懐に手を突っ込む義烈。
そして取り出した銀を、妓女達一人一人手渡した。
女達は嬉しそうに受け取ると、義烈の口や頬などに口付けを落としながら部屋を後にしていく。
「おい、なにしてる雪児!オメーも出て行くんだよ!」
「はい・・・。」
部屋から出るのを渋るようにしていた彼女に、義烈が声をかける。雪児の視線は林山に向けられていた。
「劉様、またいらしてくださいね。」
「え?いや・・・」
「私・・・嬉しいです。心から、そうおっしゃってくださったのはあなた様が初めてですわ。」
「え・・・?」
「雪児!」
「は、はい・・・失礼いたします。凌の旦那様。・・・・劉星影様・・・。」
最後の方は、名残惜しそうにそう呟くと渋々部屋から出て行ってしまった。
綺麗な花達がいなくなった部屋で、最初に声を発したのは義烈だった。
「お前・・・あだ花に惚れられたね〜?」
「あだ花?」
「雪児のことだ。」
「彼女が?」
不思議そうに首をかしげる林山に、義烈はあきれ気味にいう。
「そうだよ!あいつは確かにいい女だ!可愛いし、歌も躍りも楽器もできる。それでいて床上手!しかも、感度も良いときてる!」
「床っ・・・!?あんた寝たのか!?」
「男だからな。けど・・・・あいつはやめときな。可愛い分、性質が悪い。性格良いのに性質が悪いんだよ・・・。」
「心配しなくても、俺には心に決めた人がいる!」
大きなお世話だとばかりに酒をあおる林山。
確かに花雪児という女性は綺麗だった。
しかし残念ながら、俺の中の宝石には劣る。
(星蓮が一番可愛い!!)
そう確信する林山に、ゲラゲラ笑いながら義烈は言った。
「女買ってたくせに、よく言えるよな〜?」
「ブハ!」
相手のその言葉で酒を噴出す。
(そういや、そういう設定にしてたっけ!?)
本物の星影が来た夜、調子に乗って大喧嘩をしてしまった。
誤解が重なり、「女を買って、激しい夜をすごした」と言うことにしたのだが・・・。
「うるさい!とにかく、俺は命を懸けて愛してる人がいるんだよ!!」
「うるせぇな〜わかっってるよ!性欲はしょんべんと同じ自然現象だってことを。」
「例えが違うだろう、それ!?」
「俺的にはそんなもんだ。とにかく・・・雪児と関わんなよ!面倒だからな。」
「心配しなくても、あんたのお気に入りの女に手は出さないよ!」
「ギャハハハハ!お気に入り〜!?」
そう言うと、二度目の大爆笑をする義烈。
「痛い誤解だね〜雪児とは、二、三度お相手しただけだよ。あいつを俺の女にするなんて、御免こうむるね!」
「ひどい言い方するな?」
「知ってるから言ってんだぜ。だからお前も、あいつと寝るなよ・・・?」
「寝たりしないさ!それこそ、御免こうむるね!」
吐き捨てるように言いながら、杯を机に置く林山。
「しかし・・・お前に、惚れた女がいるというのは初耳だな?」
「いちいち報告することでもないだろう?」
「お兄さんとしては、報告してほしかったね〜?で!?どんな女だよ!?」
「・・・妹と無事に再会できたら紹介するよ。」
「言ったなぁ〜!絶対だぜ!?約束したからな!?」
満足そうにうなずく男に、林山も口元を緩めてうなずく。
星蓮をこの腕に抱けたら、紹介ぐらいしても良いだろう。
『本当は、妹ではなく婚約者でした。』と、一言言うだけ。
一言、二言会話するぐらいの時間はあるだろう。それぐらいは許されるだろう。
(あとは・・・・言ったと同時に星蓮を連れて逃げよう。)
誰も自分達を知らない土地で、一般家庭の夫婦として暮らせばいい。
幸い、学は修めていたので子供達を教えたりすることができる。
星蓮も裁縫が得意だから何とかなる。
畑仕事も、厳師匠の元で教えてもらった。
多少は、苦しくなると思うが、離れ離れになるよりましである。
(まぁ・・・星影がどうやって生計を立てるかというのが問題だけだな・・・。)
あいつのことだ。
武術の師として働き出すかもしれない。
あるいは、用心棒などをするかもしれない。
その時は困難だとは思うが、説得して普通の女性のフリぐらいはしてもらおう。
そして、良い相手がいれば結婚を勧めて―――――――
「冗談やめてよ!私は、武術と結婚してるの!今更男なんていいわよ!大体私は、尼寺に入るといったのよ!?それなのに・・・・」
林山の妄想の中で暴走する星影。
(・・・・・あいつ、本当に結婚しない気か・・・・・?)
星蓮救出が成功すれば、星影は尼寺に行くと宣言していた。
だが、それは無理だと林山は思っていた。
どんなに彼女がそう言い張ろうと、星蓮と二人、引きずってでも一緒に連れて行く気でいた。
星影が、自分達を大事に思う以上に、自分も星蓮も彼女を大事に思っている。
林山からすれば、星影も家族なのだ。
(絶対に、あいつ一人だけ残していかない!一緒に逃げるんだ・・・!)
星影の反発覚悟で。
生傷ができるのを覚悟しながら。
(まぁ・・・こっちには切り札があるけどな。)
星蓮という切り札。
どんなに駄々をこねようと、暴れようと、悪態つこうと、星蓮が頼めば、白を黒とさえ言う女。
星蓮の頼みなら、何でも聞いてしまうような姉馬鹿。
妹に甘い、それが親友のいいところでもある。
(とにかくすべては、星蓮を救出してからだな!)
何十回目になる決意をすると、目の前の男に向かって宣言した。
「無論、あなたには俺の大事な女性を紹介するよ。」
「おお、ぜひとも自慢してくれや?」
「だからあなたも、紹介してくれないか?」
「大事な女をか?おいおい、勘弁してくれよ!俺の女なんざ、そこら辺にゴロゴロしてんだ。一人ずつ見せびらかしてたら一年かかるぞ?」
「そうじゃない。」
強い声で林山は言う。
「この部屋に隠れている奴を紹介してくれ。これじゃあ、おちおち酔いつぶれることもできないんでな・・・?」
林山の言葉に、義烈の表情が変わる。同時に、甲高い笑い声が部屋に響いた。
「フフフ・・・!なかなか、鼻の利く坊やじゃない?」
布のこすれる音と共に、部屋の奥から人の影が浮かび上がる。
「ずいぶん良い子を見つけたじゃありませんか、凌の旦那?」
艶のある声を響かせながら、妖艶な一人の女性が姿を現す。
豊満な胸とは不釣合いな細い体。
長い髪を揺らしながら、優雅に歩く。
彼女が歩くたびに、髪にささったかんざしが、美しい光を放つ。
潤むような睨むような悩ましい瞳は、まっすぐに林山を捉えていた。
こちらも、先ほどの妓女に負けぬほどの美女だった。
「・・・・あなたは?」
身構えながら問えば、女性は紅を差した口を動かす。
「――――――鳳玉蘭。今宵、皆さんとお供をするお仲間だといえばわかるかしら・・・?」
銀の首飾りを気にしながら、悪戯っぽく答える。
「今宵の・・・仲間だと!?」
まさか!?
そう思って、義烈を見れば、片目を閉じながら答える。
「そういうこと。しっかしお前・・・よくわかったな?このお姉さんの気配が?」
「なにがお姉さんよ?私はあんたよりは年下。それも一つしか変わらないでしょう、お兄さん?」
「いいじゃねぇか?それより林山・・・いつから気付いてた?」
「・・・部屋に入った時から、違和感があった。」
気配を感じ取ったのは、女達が出て行ってから。
だが、あえて試すつもりで嘘をついた。
「部屋に入った時は、他の女性達の気配と同化していて、わかりづらかった。しかし・・・彼女達が出て行ってから、はっきりとわかったよ。やっぱり隠れているなって。」
「へぇ〜たいした者ね・・・。気配を同化させてたのまで、感じ取っちゃうなんて。」
「単に、お前の腕が落ちただけじゃねぇか?玉蘭?」
「やめてよ。・・・それで星影、私以外にもここには誰かいると思う?」
誘うような、口説くような声色に、一瞬たじろぐ林山。
迷った末、正直に答えることにした。
「・・・わからない。いると言われればいると思うし、いないと言われればいないと思う。」
「あら?じゃあ、私がいると言ったら信じるの?」
「信じる。義烈の仲間なら、俺は信じるだけだ。」
「プッ――――――――ハッハッ!そりゃいい!!」
林山の言葉に、黙って聞いていた義烈が笑い声を上げる。
「なぁるほど!俺を信用してくれてるわけかい!?それじゃあ、嘘は言えねぇなぁ・・・玉蘭?」
「心配しなくても、私しか隠れてなかったわ。他は違う場所で待ってるからね。」
「違う場所?」
「ええ、この妓楼の上客用の一室にね?」
そう言うと、向かい合わせで座っていた義烈と林山の横に座った。
「義烈が酒屋で助けたっていうから、どんな世間知らずが来るかと思えば・・・たいしたお坊ちゃんね?」
「お坊ちゃんはよして下さい。私は―――――」
「劉星影だったわね?よろしく、星影。私のことは玉蘭と呼んで頂戴。」
「では、玉蘭・・・殿。あなたは先ほど・・・ご自分も仲間だといいましたが―――」
「そうよ。だから凌の旦那・・・・義烈に協力するわけ。」
「心配すんな、星影。玉蘭は、今夜の主役でもあるんだよ。いてもらわなくちゃ、仕事にならねぇんだ。」
「か、彼女が!?しかし、女性を危険な――――――」
「あら?心配してくれるの?優しいのねぇ・・・」
言ったと同時に、暖かいものが頬に触れる。
横目で見れば、間近に玉蘭の顔があった。
「なっ!!?」
「やーねぇ・・・。ほっぺにチュ〜ぐらいで、赤くなるなんて?」
「こ、こここ困ります!!こういうことをされては―――――!」
「大事な女にしかられるってよ。」
「義烈っ!!」
「吼えるな吼えるな。玉蘭も、からかうんじゃねぇよ。」
「いいじゃない?私、星影のことが気に入ったわ。今夜は仲良くしましょうね?」
にっこりと微笑む美女に、甘い不安を覚える林山。
その脳裏に、すねる星蓮と激怒した星影がよぎったのは言うまでもない。
※最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・・!!
無事に、茶器破損事件を解決(!?)した星影。
一方、今度は林山がややこしいことになりつつあります。
新キャラも登場しましたので、よろしくお願いします(平伏)
本編とは関係ないのですが・・・・『鳳玉蘭』の『ホウ』の字は、当初、三国志の『ホウ統』・『ホウ徳』の『ホウ』の字でした。ところが文字化けしたので、『鳳』の字に変更しました・・・。
・・・ちょっと、切ないです。
※誤字・脱字がありましたら、お知らせください・・・!!ヘタレですみません・・・(土下座)