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第七話 宦官新入生

宦官(かんがん)―――――古代中国の後宮に仕える者達の名称。「宦」男性器を去勢したとうい意味を持ち、「官」官職を表す意味を持っている。そして後宮は、時の皇帝の妻達が暮らす場所であり、皇帝以外の他の男子が立ち入ること禁止された女性の園でもある。また、世継ぎ誕生の神聖な場所であり、皇帝以外の他の男性の子種(こだね)が入り込まぬようにする必要もあった。それを完全なものにするためにも、女性奉仕人以外に男性に近い存在が必要であった。つまり宦官とは、後宮で働く去勢(きょせい)された『男女の中間』という性別をもつ役人なのだ。




「説明は以上です。さあ、皆に挨拶しなさい!」


(・・・なんて傲慢なのだろう。)


目の前できつい言い方をしている、上司となる宦官を見ながら星影は眉を潜めていた。ここは後宮にある部屋の一つ。そこに星影を含む、新人宦官達の姿があった。そしてこの部屋で、新人宦官達の挨拶が行われていた。新しく入った宦官は星影を含めて数十人。不安げにしているもの、落ち着いているもの、すまし顔のものと、まさに十人十色。それぞれの性格がよく表れていた。星影にとって、宦官になる事は難しいことではなかった。男性であるが男性ではない中間人。女性でありながら、普段から男装し、男性的な振る舞いをする星英。彼女にとっては、宦官と自分とは似ているよう思えたからだ。


(まあ・・・欲深いところまでは一緒にされたくないが。)


そんな事を考えていた時だった。耳元で甲高い声が響く。思わず顔をしかめて声のする方を見る。そこには、上司こと黄藩(こうはん)の顔があった。思わずのけぞり返る星影。


「なにを抜けた顔をしているのですか!?貴方の出番ですよ!!」

「え・・・なにがです?」

「あ・い・さ・つ・で・す!!」

「あ・・・すいません。」


睨みつける黄藩の横をすり抜けると、星影は愛想(あいそ)()く笑みを浮かべながら挨拶をする。


「はじめまして。安林山(あんりんざん)と申します。未熟者ではありますが、よろしくお願いします。」


辞儀(じぎ)をして頭をあげた時だった。なにやら皆の視線が自分に集まっていることに気づく。こちらを見ながら小声囁きあっている。先輩にあたる宦官たちがしきりに何か話していた。横を見ると、同じ新人の宦官たちまでこちらを見ている。


(なんなのだろう?嫌な感じ・・・。)


やっぱり林山の言っていた通り、宦官になる人間は変わり者が多いというのは本当みたいね。こんな中で星蓮を探すのは大変そうだ。


いそいそと、元の場所に戻りながら星影は思った。

一通りの紹介が終わると、先ほど以上にきつく、甲高い声で、黄藩がその場にいる全員に言った。


「いいですか、後宮での貴方達の仕事は、皇帝陛下のために働くことです。宦官として自分がどうするべきか先輩達から学ぶように。特に上下関係については絶対守らなければいけないことです。上の空ではいけません!特にそこのあなた!」


黄藩の指差した先には星影がいた。全員の視線が集まる。


「な、なんですか!?」


恐る恐る尋ねると相手は目を吊り上げて叫ぶ。


「なんだではありません。あなたのことを言っているのですよ。いつまでも抜けた顔をしないでちょうだい!」

「抜けた顔なんかしていませんよ。これが普通の顔です!おかしいとでも言うのですか!?」


星影が反論すると、黄藩はさらに彼女に近づき怒鳴りつける。


「本当に物分りが悪いのですね!?目上に対しては敬意をはらう、口答えしない、言ったばかりでしょう!?」


敬意もなにも、そっちが喧嘩を売ってきているんじゃないか。本来なら殴り飛ばしてやりたいけど、ここで喧嘩をするわけにはいかないな。

そう思い、この場は穏便に済ませることにした。


「申し訳ありません。緊張のあまりつい・・・今後は気をつけます、黄藩様。」


こういう人間に限って、下手に出れば機嫌を良くして黙るはずだ。星影が大人しく言うと、さすがに相手の方もそれ以上は何も言わなかった。


「・・・いいでしょう。とにかく、今後あなた達には雑用をしてもらいます。主に書物関係、運搬・記入・整理等です。」


書物関係の仕事か。できれば宮女関係の仕事の方がよかったんだけどな。


「もちろん、その他の仕事もしてもらいます。」


なんだ、それなら星蓮に近づける可能性もあるな。心配して損した!


「まあ、掃除や動物の世話になりますがね。」


(・・・喜んで損した。このジジイ、紛らわしいことを言いやがって!)


「ではこれから、各仕事の担当別に名前を呼びます。まず、記入担当が馬子(ばし)(しゅう)優媛(ゆうえい)()()(じゅん)(りょう)そして高敬(こうけい)(せい)。わからない点については先輩である高敬(こうけい)(せい)に聞くように。」


星影の怒りをよそに、黄藩は次々と新しい宦官達の名前を言っていく。その声を聞きながら星影は考えた。

ここはひとまず、雑用をしながら星影を探すとしよう。運搬の仕事になれば、道に迷ったとか言えば誤魔化せるだろう。問題は一緒に仕事をする連中だな。変に検索(けんさく)してこなければいいんだけど。


「そして、整理係り担当には、安林山、王琥珀、それと張空飛の以上三名とします。張空飛、先輩なんですから指導の方しっかりと頼みますよ。」


(私は整理の係りか・・・。)


これじゃあ運搬とか、道に迷ったとか言っても誤魔化せないな。でも待てよ、書物をしまう書庫はかなり広いはず、一人ぐらいいなくなっても気づかれないんじゃないかしら。いざとなったら書物に埋もれていましたとか言えばいいか。


「最後に、先輩である私達の言うことを良く聞く様に!特に安林山!!わかりましたね?」


星影の考えを遮ったのは黄藩の声だった。いつの間にか話終わっていたらしい。名指しで星影こと、安林山の名を呼ぶと、きつい目でこちらを見ながらさっさと出て行ってしまった。残された星影とその他一同。黄藩が出て行くと、周りの張り詰めた空気が和らぐ。新人宦官の緊張もここでようやくとける。みんな少し安心したようだったが、そんな中で星影一人だけが納得のいかない顔をしていた。


(なんで私だけ・・・?)


私がなにをしたと言うの!?もしかして、返事するのが遅れたから?しかし上司の方はそれでいとして、新人達がこちらを見るのは何故だろう。心なしか先輩の中には睨んでいる者もいるような・・・。


「あまり気にしなくていいよ。君が綺麗だから嫉妬しているだけさ。」


不意に小声で声をかけられる。それまで扉の方を見ていた星影だったが、声のする方を見た。そこには背の高い男が立っていた。その容姿は、普通の女性ならば嬌声(きょうせい)を上げて喜びそうなものだった。


「・・・あなたは?」

「私は(おう)琥珀(こはく)。よろしくね。」


にこやかに笑う相手に、思わず星影の表情もほぐれる。


「あ、確か私と同じ―――――」

「そう、整理係り。お互い頑張ろう。」


(この人はそんなに悪そうに見えないな。)


そんなことを考えつつ、とりあえず気になったことを聞いてみる。


「あの、嫉妬というのは?」


小声で尋ねる星影に王琥珀も小声で答える。


「言葉通りさ。陛下は美しいものが好きだからね。上手くいけば目に留まり、気に入られれば、出世も思いのままになれるからな。」


片目を閉じて見せる王琥珀に星影は疑問に思う。


気に入られれば?実力とある程度の家柄があれば、誰でも出世できるんじゃないの?もちろん、誠実で潔白な人物ならばなおさら―――


「気に入られて出世できるなら、だれも苦労はしないよ。第一そんな馬鹿なことがあるわけないだろう。」


真剣に答える星影に、相手はまじまじと彼女を見る。そしてその表情は、みるみるうちに笑みへと変わっていった。


「君・・・安林山と言ったかな?どうやらここの決まりについて、なにも知らないようだね。」


それはあきらかに笑いをかみ殺した声だった。あくまで星影は真剣に聞いたつもりだった。いくら口元を押さえているとは言っても、笑われたとなってはさすがの星英も黙っていない。


「・・・王琥珀、殿だったかな?こっちは真剣に言っているんだ。なにも笑うことはないだろう?失礼な奴だな・・・!」

「これは失礼、非礼をわびよう。君の気を悪くするつもりはなかったんだけどな。」


そういって軽く頭を下げる。謝られたとなってはこれ以上怒る理由はない。


「別に気にしてない。・・・あっちに行ってくれ!」


少し怒り気味に星影は言うと、琥珀を追い払うように勢いよく手を振ったその時だった。振ったと同時に顔の近くで小さな叫び声がした。何事かと思って声のする方を向くがそこには誰もいない。


「・・・なんだ、気のせいか。」

「違います・・・。」


その(つぶや)きに返事が返ってくる。もう一度周りを見渡してみるがやはり側には誰もいない。


「ここですよ・・・!」


声は下からする。星影が下を見れば、そこには一人の宦官が座っていた。しゃがみこんでいたと言ってもいい。


「そんなところでなにしているんですか?」

「あ・・・あなたの(うら)鉄拳(てっけん)が顔にあたったのです・・・・!」

「え!?」


どうやらさっき手を振った時に、その手が今うずくまっている彼の顔面にあたったらしい。小さな叫び声はその痛みによるものだった。その事実に気づいた星影は慌てて謝る。


「も、申し訳ない!気がつかなくて!!しかし・・・よく裏鉄拳なんて知っていましたね。もしかして経験者ですか?」

「いいえ、そういうわけでは・・・あ、私は張空飛(ちょうくうひ)。貴方達と共に書庫の整理を担当します。わからないことがあれば何でも聞いてください。貴方達よりはここの生活が長いですから。」


星影が裏鉄拳を当てた人物こそ自分達の教育係だった。さらに平謝りする。


「こ、これは知らぬこととはいえ、とんだご無礼を!申し訳ない。」

「いいですよ。わざとじゃないんですから。」


優しく言う張空飛の様子を見てますます恐縮(きょうしゅく)してしまう。こんな良い人に怪我をさせるなんて、本当に私という人間は。宦官も悪い人ばかりじゃないのね。とりあえず、最初が肝心だよね。張空飛が立ち上がるのを確認すると、彼に向かって頭を下げながら言った。


「あの、申し遅れましたが、私は、り・・・安林山と申します!張様。」


危うく本名を言いそうになったが、なんとか自己紹介できた星影。するとその横に気配が、


「同じく、王琥珀と申します。張様、今後ともご指導のほどを。」


最初に星影に声をかけてきた王琥珀だった。頭を上げた彼と目が合う。


「・・・まだいたんですか?」

「そんな言い方はないでしょ?同じ職務の担当なんですから。」

「そうでしたね・・・。」


(なんか好きになれないな、こいつ。)


そんな二人のやり取りに苦笑しながらも張空飛は言った。


「まあ、まあ、二人供。これから長い付き合いになるんですから、仲良くしてください。」

「あ、すみません張様。わざとじゃないですから!」

「私もです。申し訳ありません、張様。今後は気をつけます。」


そう言って頭を下げる二人に空飛は落ち着いた口調で言った。


「そんな、張殿でいいですよ。それより、これから仕事についての説明をしますのでついてきてください。」


空飛の言葉に従ってついていこうとして時だった。


「・・・?」


琥珀が自分の前を横切った時だった。彼が通り過ぎた時のなんとも言えない違和感が星影を襲う。


(なんだろう・・この人なんか―――)



「おい!お前。」



突然肩を掴まれたと同時に首だけ後ろを向かされる。

否、髪を掴まれたといったほうがいい。


「痛っ!なにするんだ!?」


見るとそこには数人の宦官の姿があった。こちらを見ながら意地悪く笑っていた。そのうちの一人、星影の髪を掴んでいる宦官が言った。


「これは、これは、張様とそのおまけ方、随分偉そうだな。」

「よ、(よう)殿、(りょ)殿。」


少し青ざめた顔をしながら言う空飛。その様子になにかを感じ取る星影。とりあえず自分の髪を掴んでいる、この邪魔な手をどけることにした。


「その手を離せ。」


掴まれている手を勢いよく払いのけると顔をしかめて言った。手加減して払ったのにもかかわらず、払われた相手は大げさに反応した。


「痛っ!貴様、目上に対して随分生意気な口が聞けるのだな?なあ、安林山よ。私にこんな態度をとってもいいのか!?」


すかさず横にいた男が罵る。


「そうよ!(りつ)(めい)大丈夫!?まあなんて乱暴な子なのかしら!あなたになにかあったら、文京(ぶんきょう)困っちゃうわ〜」


どうやら星影の髪を掴んだ宦官は楊律明といい、今しゃべっている宦官が呂文京というらしい。

一体なんなんだ、この二人。待てよ・・・確か黄藩の側に控えていた男達じゃないか?先ほど黄藩の側で、自分達を値踏(ねぶ)みするように見ていた二人の姿を思い出す。上司の側にいたので、彼らが自分よりも身分が上ということは確認できた。


「これだから下っ端は!」


二人が、自分に喧嘩を売ってきている意味がわからない。


「あんた、こいつがなんで裏鉄拳なんか知っていると思う?」


ふいに自分に意見を求められる。

あまり関わりたくはなかったが、無視するわけにもいかないだろう。しぶしぶさっきと同じことを言う。


「経験者・・・だからですか?」


彼女の答えに、例の二人はもちろんのこと、その取り巻き立ち連中まで声を立てて笑い出す。


「聞いた!?張が武道の経験者だって!」

「こわーい!私お漏らししちゃいそうだわ。」

「張にできるなら、犬でもできるわよ。」

「いや、犬と同じさ。たいして変わらないよ。」


取り巻きの言い方に、星影の気分は悪くなった。


(どこに行っても嫌な連中はいるのね・・・。)


怪訝な顔をしていると、ようやく話をふってきた本人、楊律明が口を開いた。


「よくお聞き、林山。この張が裏鉄拳を知ってるには、いつも仕事でへまをして、お仕置きとしてそこら辺にいる兵士に殴らせているからよ。」


(兵士に殴らせている!?)


その一言で、周りはさらに笑いに包まれる。卑猥さのある嫌な響き。

しかし、星影の関心は別にあった。

張空飛という男は、いじめられているのか。

高らかに笑う律明たちに、それまで黙っていた張が興奮気味に言った。


「そ、それは私のせいでなくお二人のせ・・・」


(――――二人のせい?)


目線を空飛に向ける。彼がその続きをいいかけたその時だった。高い音が周りに響く。その音と共に張が床に倒れこむ。突然のことに星影は呆気に取られたが、すぐさま彼の元に駆け寄ろうとした。


「張様!」

「来ないで!」


うずくまったまま空飛は叫んだ。


「来ないでください・・・私のことも張様なんて呼ばないで・・・。」


押し殺すような声だった。

横目で張空飛を見れば、彼は下唇を噛んでいた。


「その通りよ。よくわかっているじゃない。悪いのはこいつなんだから!誰のせいだって!?言って御覧なさい!?」


かが見込みながら、憎々しげに言う文京に星英は嫌悪感を覚える。


(なんだよこいつら!まるで桂蓮みたいだ・・・・!)


自分の身近な、嫌いな人間を思い出し、星影の気分は最悪だった。


「自分の立場がわかっているの?私達に口答えするなんて良い度胸じゃない?下っ端のくせに!」


・・・・この男、叩きのめしてやろうか!


正直彼らに掴みかかりたかったが、本物の林山との約束をここで破るわけにはいかなかった。空飛が彼らの仕打ちに耐えるように、この彼女も自分の中にある怒りを必死に抑えた。


「まあ、あんたの場合は、一生下っ端でいるつもりだからかまわないけど。そうでしょう、張?」


そう言われ、視線を下げる空飛。そんな彼を楽しそうに見ながら、楊律明と呂文京は皮肉な言葉を続けた。


「張よ、お前はここに来て何年経つ?」

「・・・七年でございます。」

「七年も経つのに、何故お前がいつまでも下っ端のままかわかるかい?」

「・・・いいえ。」


下を向いたまま彼は答える。


「律明殿。どうやら下っ端の張にはわからないみたいですね。」

「当然だ。だから下っ端なのだよ、文京殿」


そう言って、大声を上げて笑いあう両名とその取り巻きたち。文京と呼ばれた男が合図すると、取り巻きの数人が空飛の元へと駆け寄る。


「張よ!わからないことがある時はどうするのだ?」


取り巻きの問いに空飛が黙っていると、今度は律明が首を振って合図する。途端にそのうちの二人が右と左に分かれるとそのまま彼を押さえつける。それまで黙って事の成り行きを見ていた星影だったが、さすがにこのままではまずいと感じた。


「なにをする気だ!やめ・・・」


星影が叫ぶと同時に、律明は身動きが取れなくなっている空飛の腹を蹴りつけた。鈍い音と彼のうめき声だけが響いた。


「あの野郎・・・なんてことを!」


とっさに止めに入ろうとする星影だったが、それはある人物によって制止される。


「落ち着け、林山殿。」

「な、王琥珀・・・殿!?何故止めるんだ!?離せよ!」


掴まれた腕を払おうとする。


「彼の言う通りよ、やめたほうがいいわ。」


その声に振り返ると、そこには先輩宦官たちの姿があった。驚く星影に彼らは小声で囁く。


「そうよ。ここでは、楊律明様と呂文京様は黄藩様の次に偉い方々なのよ。」

「逆らわないほうが身のため・・・ここで賢く生きる方法なの。」


人事のように言う彼らに星影は戸惑いを感じる。


それではまるで・・・。


「では、あなた達は彼がどうなっても言いというの!?」


自分がよければ他人は関係ない、と言っているようなものじゃない。

彼女の質問に彼らは苦笑いしながら答える。そしてさらに拍車をかける。


「仕方ないわ。張殿は要領が悪いもの。」

「仕方ないって、彼は貴方方の仲間でしょ?何故そんな薄情なことを・・・。」


途端に彼らの表情が変わった。星影の言葉を鼻で笑うと言った。


「冗談じゃないわ!あいつはこの中では一番の落ちこぼれなのよ。」

「お人よしも、ここまでくればただの馬鹿よね。」

「間違っても、仲間なんて思いたくないわ。」


互いに顔を見合わせながら、クスクスと笑う。


(なんてひどい人達なんだ!)


心の中で、激怒する反面、星影は林山の言葉を思い出した。

なるほど、林山の言う通りだ。宦官とは、心根がこれほどまでに卑しいのか。己のみの安泰しか考えない、自分さえたよければ良いという考えの持ち主か!


「それに、的がいてくれないと私たちが危ないわ。」


その一言で彼女は確信する。



(これはいじめだ・・・・!!)



心の中で呟くと、視線をいじめの傍観者から加害者へと向ける。

星影達のやり取りを気にすることなく、楊律明・呂文京とその取り巻き達の悪行は続いていた。


「張、質問に答えろ。さっき自分で言っていただろうが。」


さらに数回腹に拳を打ち込みながら律明は言った。


「せ、先輩に教えて・・・いただき、ます。」


苦しそうな空飛の姿が星影の目に入る。彼女の中でなにかがふつふつと煮えたぎっていた。


「下っ端のくせにいい気になって、新入り相手に威張り散らしてるんじゃないわよ。」

「そ、そんな!私はそんなつもりは・・・」

「うるさい!楊律明様、呂文京様、どうしますか?」


取り巻き立ちは、主犯者といえる二人に意見を求める。


「お願いです!気に障ったのなら謝りますから、どうか・・・!」


息も絶え絶えに空飛は言った。楊律明・呂文京は、見下すような目つきで彼を見る。彼ら二人は小声でなにか囁きながら空飛を見た後、星影たちを見回して言った。


「誠意が足りないわね。せっかくだから、張共々、こいつが面倒を見る新人も一緒に反省してもらおうかしら。」


彼らの標的は、新人である星影達にも及びつつあった。彼らの言葉に真っ先に空飛が反応する。


「待ってください!やるなら私一人で十分です!どうか二人には・・・!!」


空飛の懇願を無視すると、こちらに近づいてくる。二人は星影の前まで来ると口を開いた。


「気に入らないんだよ。こいつが。」


二人は星影を見ながら苦々しく言い放った。その目ははっきりと星影を捉えていた。


(私のことが気に入らない・・・か。)


星影は、自分の状況を直ぐに理解したが、抵抗はしなかった。


「ちょっと、なにをしているの?こいつを押さえつけて。」


その声にあわせて二人の取り巻きが星影に近づく。そして、彼女の両腕を掴んで動きを止める。



「なんのつもりですか?」



力いっぱい押さえつけているつもりらしいが、星影からすれば、近所の幼い子供たちが自分の腕にぶら下がっているのと同じぐらいの圧力だった。


(まさかこれで動きを封じているつもり?)


内心で笑った彼女の予想は的中した。


「決まっているでしょ。せっかくだから、いろいろ教育してあげるわ。」


そう言いながら額を突っつく彼らに対して、星影のなかにはっきりと“怒り”の文字が浮かぶ。


「だいたいあんた!ちょっとばかり綺麗だからって、いい気になってんじゃないわよ。」

そういうことは、普通女に言うものでは?今の私、いちお男なのだけど。

「さっきから一体なんなんですか。・・・・放してくれません?」

「ふてぶてしいところがますます気に入らないわ。」

「まあ、その分だけやりがいがあるんだけどね。」


そう言って、彼らは薄っすらと笑ったが、同じ様な笑みを浮かべたのは彼らだけではなかった。



「なにがおかしいのよ、安林山!?」



安林山こと劉星影も、意味ありげに微笑む。


「自分がどうなるかわかってるわけ?」

「叩きのめされるわけでしょ?」


悪びれることなく、星影は言った。


「道理で、張殿が裏鉄拳について知っているわけですね。」


どこの世界でも悪い習慣はあるようだ。


「あなた方の教育とやらにつき合わされれば、嫌でも覚えるってわけか。」


身分が絶対のこの世の中、その犠牲はいつも弱い立場のものにくる。


「なに言ってるの。私たちは善意(ぜんい)でやってるのよ。己の容姿が良いことを鼻にかけ、陛下に近づいて、よかなることを考えるような輩を掃除するためにもね。」


もっともらしことを言っているが、それは自分の行為を正当化するための言い訳。こいつらは、自分達の()さを晴らすために悪いことをやっているんだ。


「お前のような、卑しい心根を持つものは特にね!」

「そうよ、薄汚い魂胆が見え見えよ!」


勢いよく胴で出来たの杯が投げつけられる。それは星影の肩に当たると、音をたてて床に転がった。星影の体に軽い痛みが走る。


「やめてください!右も左もわからないようなものに乱暴するのは!!」

「口答えする気?だいたいお前は腹が立つのよ!その恩義がませしいところ、善人ぶっていい気になってるんじゃないわよ。」

「違います!私はただ・・・!」

「そういうところが嫌いなんだよ!お前もこいつもね!」


そんな彼らの押し問答と、肩の痛みをよそに、彼女の心中には、林山との約束を守るという思いはなくなっていた。宦官の陰湿ないじめを見せ付けられ、星影の中にあるなにかの歯止めが利かなくなっていた。



張殿がおとなしいからと好き勝手なことをしやがって―――!



そして星影は決断を下した。



「・・・・・それは、それは、奇遇(きぐう)ですね。」



そう言って笑う星影に、全員の視線が集まる。



林山は、将軍には喧嘩を売るなとは言った。



「私も―――」



でも、宦官に喧嘩を売るなとは言わなかった。




「テメーらみたいな腐った奴らは・・・・気にいらねーんだよ!!」




(一暴れさせてもらうぜっ!!)




言ったと同時に、拘束されたままの自分の腕を勢いよく振り回す。腕を押さえていた宦官達は、その勢いで前後に飛ばされ、壁に激突した。とたんに全員の表情が変わった。



「陛下のためにも、しっかりと働かせてもらうぜ。まず手始めに、汚物(おぶつ)排除(はいじょ)洒落(しゃれ)こもうか・・・!?」



満足げに笑う彼女の表情は笑顔だったが、その目だけは笑っていなかった。周りの動揺はさらに大きくなる。


「ちょ、ちょっと!こんなことしていいと思っているの!?私達は・・・!」


文京が投げつけた銅の杯を手に取ると、こんしんの力を込める。それは鈍い音をたてて変形した。その場にいた全員の表情が変わった。青白くなり、ガタガタと震え、中には半泣きになっている。



「私を痛めつけるために投げたのなら・・・これはいらないですよね、文京様?」



ひっ、と悲鳴を上げると、彼はそのまま相棒である律明に抱きついた。


「や、やめなさい!なにする気なの!?この野蛮人・・・」


「はぁあ!?決まっているだろうがぁ!!?」


星影の手から元・杯が落ちる。彼女の怒りは頂点に達していた。卑怯者が・・・!




「再教育してやるんだよ!先輩面していい気になってんじゃねぇぞ!!」




叫ぶと同時に部屋中に悲鳴が響く。続いて鈍い音が響く。


「あ、安殿・・・!?」

「これは・・・なんと強いのだ。」


あっけにとられる張琥珀とそれを助け起こし、感心したように見る王琥珀。そう思ったのもつかの間。



「きゃあ―――!!やめて!!ごめんなさーい!!」

「痛い!痛い!!わあ〜ん!!」

「もうしないから許して―――!!」


「うるせえ!!がたがた言うな!!散々いじめつくしたんだろう!?」


「ひぃぃぃ!!血、血がぁ!血がでてるよぉ!!」

「ごめんなさーい!もうやめてぇ!!」

「た、助けて!誰か助けてぇ〜!!」



泣き叫ぶ楊律明・呂文京ならびにその取り巻き達。慌ててすぐさま止めに入ろうとする王琥珀と張空飛だったが・・・。




「邪魔するなぁ!!!」




星影のあまりの迫力と破壊力に近づけずにいた。こうなってはもう誰も彼女を止められない。主犯とその取り巻き達の体には、無残な姿へと変わっていった。こうなっては、周りが考える事は一つ。自分達が巻き込まれないようにすること。皆、遠巻きになっていく。阿鼻叫喚(あびきょうかん)と化したこの状況は一刻ほど続いた後、騒ぎを聞きつけた上司である宦官・黄藩達と宮廷兵が駆けつける。


「なんですかこれは!?」


「教育ですよ、きょ・う・い・く!素行と態度の悪い、楊律明・呂文京とその取り巻き共に、指導してやったんです。」


倒れている取り巻きの一人を蹴り飛ばすと、星影はにこやかに言った。


「少しは人の痛みをわかれ!楊律明様、呂文京様方がいつも他の方にされていることを、わざわざして差し上げたんですが、なにかぁ〜?」


上限関係が厳しい宦官社会。その新人の言葉とは言えない言葉に黄藩は絶叫する。



「安林山――――――――――――――――!!!!!」



結局、初日早々先輩である宦官に打撲等の大怪我をさせ、宮廷の備品(!?)を壊したとして、食事抜きと朝までの罰掃除を命じられた星影。そして、この前代未聞の騒ぎはその日のうちに後宮にいるすべての宦官に伝わることとなり、星影はそんな彼らの“敵”として標的(ひょうてき)にされたのだった。






「あ!」


小さな音が響く。


「何もしていないのに割れた・・・?」


割れたのは茶碗だった。それも最近買ったばかりの新品。婚約の記念にと星影が贈ってくれたものの1つだった。林山の脳裏に不安がよぎる。


「星影の奴・・なにか問題起こしてないといいけどな。」


皇居がある方向を見ながら本物の林山は大きくため息をついた。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました!!

次回も、よろしくお願いします(平伏)



※誤字・脱字・おかしい文のつなげ方を発見された方!!

 こっそり教えてください・・・!!

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