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第六十九話 猫と遊べば(後編)

嘘つきを困らせてやろう。


そんな軽い気持ちで、星影は紅嘉をけしかけた。



「ガァアア!!」


「ひぃい――――――――――――!!」



ところが、その攻撃は元・皇女へは届かなかった。



「はぁ!!」



寸前で、弓兵隊長が弓の弦を投げて防いだのだ。


(――――――なに!?)


「グゥル!?」


しかもそれが紅嘉の爪に引っかかってしまい、動きを止めてもがき始めたのである。


「ウ〜ウゥ〜!!」


(チッ!さすがは弓兵隊長・・・!でも、なかなかいい動きね。)


その心境は、悪戯が失敗したような子供そのもの。

あんな防ぎ方もあるとは。

感心しながら、ゆっくりと虎から体を起こす星影。

弓兵隊長は弓兵隊長で、紅嘉が動かなくなったのを見届けると、星影に向かって声をかけてきた。


「心配するな、宦官ど・・・いや、安林山殿!平陽公主様は、我ら弓兵第一部隊が守っている!だから、虎から降りろ!」

「え?」

「張願様!」

「『安林山殿』じゃと・・・?」


(私を名前で・・・それも『殿』呼びで?)


武人からの申し出に、素で驚く星影。

武官から見れば、宦官など『殿付け』で呼ぶほどの価値はない。

だからその言葉を聞いた時、相手が自分に対して何らかの心の変化を起こしていたことを感じ取った。

問題の弓兵隊長に目をやれば、必死の形相で自分を見ていた。


「紅嘉の動きが鈍った今しかない!左右どちらからでもいい!転がるように横から降りるんだ!」

「な――――なにをおっしゃっているのですか、張願殿!?弓兵隊長ともあろう者が、平陽公主様のご命令に背くのですか!?」

「私の使命は平陽公主様をお守りすることです、馬殿!宦官のみを殺すことなど、職務外です!」


(意外だな。)


ほとんどの武人は、宦官と見れば差別する。

最初この弓兵隊長を見た時も、そういう一人だと思っていた。

だが、先ほどとは印象がまったく違っていた。


(・・・見誤ったか?)


宮中に長くいたせいで、人を見る感覚が鈍ったのだろうか。


「とにかく早く降りるのです、安林山殿!今なら、貴殿を射殺さなくてすむ!」

「そうでございます!安様、怖いでしょうが、頑張ってください!」


虎の動きが止まったことで、離れていた玲春が駆け寄ってきた。

これに星影は、本気で怒鳴りつけた。


「こちっちへくるんじゃない!!逃げなさい、玲春さん!!」

「それは、安様の方でございます!さあ、早くこちらへ!」


そう言うと、両手を広げて構える少女。

この姿から真剣さも伝わったが、可愛さの方が勝っていた。


「その女官の申す通りだ!早く彼女の胸に飛び込め!」

「できますか!?そんなことしたつぶれるでしょう!?」

「つぶれないように頑張ります!ですから安様も、怖いのを我慢してください!!」

「いい加減になさい玲春!張願殿もですよ!!一番の責任者を逃がすなど―――――そんな道理の通らぬ話がありますか!?」

「まだそんなことを仰るのですか!?」

「そうですわ!この後に及んで・・・どうしてそんなことを・・・!?」


少女がそう言った時だった。

地鳴りのような声がその背後から響く。


「え!?」

「あ―――――――――紅嘉!?」


(しまった!)


「きゃぁぁああ!?」

「ぐわぁ!?」


弓兵隊長達に気をとられ、星影の力が緩んだ瞬間。

紅嘉が大きく飛び上がった。


(この馬鹿力め!!)


すぐに(ぎょう)したが、勢いはとまらなかった。

いくら星影が武術の達人といっても、女性の力には限界がある。

なんとか力を分散させようと両足と両手を動かし続けた。



「はぁあ!」



その甲斐あって、紅嘉が食らいつくことは避けられた。

虎に身をゆだねた状態で、玲春の頭上を飛び越えたのだ。


(よっしゃ!危険回避完了!)


玲春を見下ろしながら、心の中で安堵する星影。

だがそれもつかの間。


「あ。」


着地地点に張願の姿。


(しまった!!)


と思ったが、遅かった。

そのまま――――――――弓兵隊長めがけて体当たりしてしまったのだ。



「ぐっ―――――――――――――――はぁ!!?」



「きゃぁああ――――――!?」

「隊長ぉ―――――――――――!?」

「ちょ、張願様が・・・・やられた!?」



(やっべぇ―――――――――――――!!)



ぶつけちゃったよぉぉ!!



後悔したがどうにもならない。

この時、星影が乗っていた紅嘉は、一般に【シベリアトラ】と呼ばれる中国産の虎であった。

【シベリアトラ】の成人体重は、通常約160〜300kgあるとされている。

その巨体が、勢いよくぶつかってきたのだ。

どんなに鍛えた大男であっても、その衝撃は大きいだろう。



(絶対、骨の一・二本は折れた・・・!)



ぶつかった手ごたえから、そんなことを考える星影。


ごめんなさい!弓兵隊長・張願様っ!!




(ぶつけたいのは、気位の高い元・お姫様なのにぃ――――――――――――――!!)




心の中で、弓兵隊長に懺悔する星影。

こうして、完全に人柱を突破したことで、元・皇女を守る者はいなくなる。

紅嘉にしがみついたまま、そっと目だけで標的達を見る。


「お、お嬢様・・・!」


腰を抜かしながらも、必死で女主を守ろうとしがみ付いているねえや。


(・・・・口先だけの忠義というわけでもないのか。)


そして問題の皇帝の姉へ視線を向ける。

途端に、衝撃が走った。


(こいつ―――――――!?)


そこには青い顔をしながらも、まっすぐにこちらを見据える淑女がいた。


「とまれ!紅嘉!!主人の顔を忘れたか!?」


大声で叱りつけると、一歩こちらへ踏み出した。

飼い主らしく、堂々とした振る舞い。

これには、星影も少し感心した。


(たいしたものだが・・・・これに紅嘉はどう答えるか?)


「ガァアア!!」


星影の疑問に答えるように、紅嘉は一声吼えると、迷うことなく突進した。


「紅嘉ぁ!?お嬢様がわからないのかっ!?」


困惑気味に叫びながら、さらに平陽公主に抱きつく馬瞭華。


(そりゃあ、動物だからな・・・。)


しかも、主食は在任という種類の人間。

もしたしたら、そんな人々の念が、紅嘉の攻撃を後押ししているのかもしれない。


叫んだところで、虎に通じるわけもなく、その声だけがむなしく響く。

現実を受けとめた元・皇女は、意外な行動に出た。


「――――!」

「えっ!?」


力いっぱい、自分に抱きついていたねえやを突き飛ばす。

それは、自分のねえやを守るための動きだった。


(やっぱり、ねえやは大事なのね〜)


その優しさを、もう少し他の者にもしてやれよ。


「紅嘉・・・。」


攻撃的な飼い猫ならぬ、飼い虎の姿に目を細める。

だがよく見れば、扇を持つ手はかすかに震えていた。

動じていないわけではなかった。

しかし彼女から、逃げようとするそぶりは見られなかったのだ。


(これが皇族か・・・・・)


悪い部分ばかり見ていたから、悪い印象のほうが多かった。

今も、悪い印象の方が強い。

だが、芯の強さはあった。


(そう言えば、賊に襲われていた陛下も、多勢に無勢で勇敢に戦っていたな・・・。)


わがままで常識はずれだが、正念場では強さを見せる。

飼い猫相手に、背を向けて逃げるような無様な姿は見せないということか。


(・・・これじゃあ、私が悪者だな。)


悪者は、郭勇武だけで十分である。

高慢な皇帝の姉に一泡吹かせようと思っていた星影の考えは消えた。

相手の覚悟を見た以上、からかう気にはなれなかった。



(や―――――――めた。)



切り返しの早い星影の行動は、本当に迅速だった。




「紅嘉殿ぉぉぉ――――――――――――!!」




大声で虎の名前を呼ぶ。

力を抜いていた両足に力を込めると、紅嘉の腹を押さえ込む。


「グガァ!?」


馬を行すような動きで、虎の上で上体を起こした。

星影の体重が不安定にかかったせいで、紅嘉は後ろへと倒れそうになる。


「ガァァアア!!」


紅嘉もなかなか根性があった。後ろ足で踏ん張り、仁王立ちのような形になる。



「ひっ・・・と、虎が立ったぁ―――――――!!」



その動きに、星影は振り落とされそうになったが、持ち前の脚力で耐えた。


「くっ―――――――――――この!」


紅嘉も紅嘉で、二本足で立ったはいいが、バランスが上手く取れなかった。


(このままでは倒れる!平陽公主にぶつかっちゃう!)


そうなったら、弓兵隊長の二の舞である。


「お逃げください、平陽公主様!」

「押しつぶされますぅ!!」


そんな星影の予想に合わせるかのように、紅嘉は平陽公主目掛けて倒れこんでいった。



「お、お嬢様ぁああ!!?」

「いやぁああ!平陽公主様ぁ!!」



玲春と瞭華、他の女官達の叫びが庭に響く。



「あ――――――・・・あぁあ!?」



悲痛な声が、気の抜けた声へと変化する。



「させるかぁああ――――――――――――!!」



虎の声に負けないくらいの声。

こちらを見る人々をあざ笑うかのように、宦官を乗せた虎は元・皇女の頭上を高く飛んだ。



「えぇぇえ!!?」

「な、なんという馬首―――――ではなく、虎さばきだ!?」



紅嘉が前に倒れる寸前、その首を後ろに引っ張り、数十歩後ろに歩かせた星影。

その上で、自然の力と星影自身の力で前へと倒した。

それによって、紅嘉の前足が平陽公主に直撃することはなかった。

だが、このまま着地しても、体勢を立て直すにしても間隔が狭すぎた。

しかし、飛び越えるのには十分な幅だった。

そう考えた上で、着地と同時に標的の上を飛ばせたのだ。



「やぁあ―――――――――!!」



皇帝の姉を飛び越えると、馬首ならぬ、虎首を庭のすぐ側の廊下へと向けた。

そして上体を起こしたまま、空中で紅嘉の首に利き腕を回す。

腕を曲げて力を込めれば、星影の力瘤(ちからこぶ)が浮かぶ。

それによって、きつく紅嘉は首を締め上げられた。

虎の動きを固定してから、背中の皮を思いっきりつかむ。


(猫だって、子猫を運ぶときは背中の皮を加えるんだ。虎だって、背に余分な皮があるはずだ!)


引っ張れば、案の定腕に一周させるだけの皮を持つことができた。

後は、紅嘉の腹を押さえ込む両足に力を入れると大声で叫んだ。





「いい加減に―――――――――――――――――しなさいっ!!!」





地響きと共に、煌びやかな飾りが施された道に激しい崩壊音が鳴り響く。



「ガァウゥウゥゥ―――――――――・・・・・!!」



星影の激に続き、紅嘉の遠吠え。

それを最後に、辺りは土埃や木の破片が立ち込める場所となった。


「あ・・・安様・・・!?」


視界が開けた時、少女が呼んだ宦官はそこにいた。

虎の背に乗ったまま、上から巨大な猫を押さえつけていた。


「・・・大丈夫だよ〜・・・大丈夫だからね〜」


穏やかな声でそう繰り返す星影。

そして、ゆっくりと虎を抑える力を緩めていった。

それに合わせるように、少しずつ自由を取り戻す紅嘉。


「大丈夫・・・・!私は、あなたに危害を加えるつもりはありませんからね・・・!?」


そう言いながら、再度庭へと降りるように動かした。

虎がこちらに戻ってきたことで、女官達は叫びながら逃げた。

対する兵達の方は、落ち着きを取り戻していた。

わずかに残った弓を構えながら、遠巻きにこちらの様子を伺っていた。


「申し訳ない。急に乗ったから、驚いたんだね?ごめんね、ごめんね・・・!」


優しい声で言いながら、そっと耳元へ口を寄せる。

静かな声色で、何度も謝り続ける。子供をあやすように繰り返し言った。

それに合わせるように、周囲も静かになっていった。


「ギャ!ガッ、ガァ、ガッ・・・!」


それでも、一度怒った虎はなかなか機嫌を直さない。

自由を取り戻すにつれ、抵抗を再開し出したのだ。

右へ、左へと動く・・・・動かしながら暴れる虎。


「紅嘉殿、お願いだから怒りを静めてください。」

「グゥルゥウ・・・!!」

「これだけ頼んでもだめですか?」

「ガァアア・・・!!」



(やっぱり、玲春殿から借りた武器が、顔に効いてるのかなぁ〜)



隙あらば、自分の首に噛み付こうとする紅嘉。

それから逃げる星影。追いかける紅嘉

それを繰り返すうちに、クルクルと回り始める一人と一匹。


(やば・・・気分が悪くなりそう・・・。)


このまま回り続ければ、目が回って落馬ならぬ落虎して、紅嘉に食われてしまう。

周りの目もある手前、噛み付きをよけながら、彼女は声をひそめて言った。




「おい・・・調子に乗るなよ。」




怒りのすべてを声にこめる。そんな彼女の思いは、敏感な動物に伝わった。



「これだけ頼んでもきかねぇのかよ・・・・?」



もう一度、同じ口調で言えば、うなるのをやめてしまった。



「お前さ・・・今すぐ殺してやろうか?できんだぞ?首の周りには、命にかかわる筋が腐るほどあるんだ。」



グッと首に力を込めながら、優しい声で告げた。




「このまま吼えたり、暴れたりし続けたら―――――――わかるよなぁ〜・・・子猫ちゃん?」




―――――――――――逆らえばどうなるか?




そう言わんばかりの眼力で覗き込む星影。

優しい声でありながら、威圧感をこめる言葉。

しばらく、首を振って抵抗していた紅嘉だったが、数回くしゃみを繰り返した後、その場にうずくまってしまった。


「こ、紅嘉・・・・。」


あれほど、余裕だった平陽公主の言葉はもうない。

狼狽し、呆然と立ち尽くす元・皇女。


「ああ、いい子だね〜?よしよし!」


なだめる様な、脅すような宦官の声と共に、小さな金属音が庭に響く。



「平陽公主様。」



名を呼ばれ、声を発した人物を見る皇帝の姉。


「お怪我ございませんか!?他の皆様も――――――――大丈夫ですか!?」


馬に乗っているかのように、ゆったりと虎の上に乗りながら問う宦官。

自分を心配そうに見つめていた。


「玲春さんも大丈夫ですか!? 」

「あ、わ、私は大丈夫です!安様こそ――――――!」

「馬様も、怪我はなかったですか!?弓兵隊長様も、ご無事ですか!?」

「あ・・・ええ、平気ですわ・・・。」

「・・・大事無い。」


目を丸くしたまま、気丈に振舞う老女と部下に支えながら体を起こす武人。


「安林山殿こそ、傷はどうなのだ・・・?」

「そうですわ!安様!」


弓兵隊長の言葉に、弾かれるように星影の元へと駆け寄る女官。


「安様、傷は大丈夫でございますか!?すぐ、お医者様に―――――!」

「傷はふさがってるから平気だよ。ちょっと・・・緊張で、うずいただけだから。」


額の汗をぬぐいながら答えた。

穏やかな表情だった。その表情のままで、宦官は口を開いた。


「平陽公主様。」


真剣な声と共に響く金属音。


「大変お騒がせして申し訳ありませんでした!御所望の紅嘉の真珠の首輪―――――――無事に、本人からお借りできました。」


地面に顔を突っ伏せ、ごめんなさい、ごめんなさい、と言っているかのように首を振る紅嘉。

そんな虎の上に跨ったまま、宦官は告げる。


「どうぞお受け取りを。お望みとあらば、御前までお運びいたしますが・・・?」


星影が両腿に力を入れると、紅嘉が小さく一声鳴く。

顔をねじって自分に乗る人間を見る紅嘉。

そこには、先ほどまでの穏やかな表情はなく、厳しい表情の宦官がいた。

目だけで紅嘉見下ろすと、片耳をつまんで「行け」と小さく囁く。

その言葉に小さく鳴くと、よろよろと自分の主人の元まで運び始める。


「ありがとう、紅嘉殿。私のような宦官の頼みを聞いてくれて。本当に、ありがとう・・・・!」


平陽公主の前まで来たところで、その顎を撫でながらお礼を言う。

そして、グッと、紅嘉に全身の力を加えてのしかかった後、その体から離れた。

紅嘉は、ぐったりとその場に座り込む。




「では改めまして。お約束の品、お受け取りくださいませ。平陽公主様・・・・!」





平陽公主に向かって、恭しく大きな真珠のついた金色の輪を掲げる宦官。

彼女の望んだ通り、怪我をさせることなく真珠を借りた(?)星影。

血の飛び散るような惨劇にはならなかったが、違った意味での惨劇を起こしていた。

これには、捧げられた本人はもちろん、周囲の者達も凍りつくしかなかった。







※最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・・!!


星影VS紅嘉(虎)の対決編の後編です。

関係ない人を巻き込んでしまいましたが、とりあえず目標が達成できた星影です。

次回は、種明かしとなっております。



※誤字・脱字がありましたら、お知らせください・・・!!ヘタレですみません・・・(土下座)





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