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第六十七話 猫と遊べば(前編)



(不覚を取った。)


それが、今の彼女の正直な気持ちだった。

武術の鍛錬はしてきた。

山賊や荒れくれ者を倒してきた。

性質の悪い侠客や遊侠を叩きのめしたりもした


男と対等に戦ってきた。


それなのに――――――――――




(弓兵の気配にまるで気づかなかったなんて――――――)




「そういう問題かよ!?」


と、この場に本物の林山がいれば言うだろう。


それでも単純に彼女は悔しかった。

(じょ)()(けつ)』の異名を持つ劉星影にとって、周囲の兵の気配に察せなかったことが悔しかった。


「おやめください!平陽公主様!!」


ズレた反省をする星影の側で、そんな宦官の考えを知らない女官はそれまで以上に必死で相手の命乞いをしていた。


「先ほどのお言葉は取り消します!平陽公主様の(おっしゃ)る通りにいたします!何でも言うことを聞きます!ですから――――――!!」


それまで以上に、切羽詰(せっぱつま)った声で訴える。


「安様のお命をお救いください・・・!!」


言うと同時に、その場にひざまずく女官。


「玲春さん!?なんてことを―――――」

「――――見苦しいぞ、玲春。」


その姿に、星影は驚き、平陽公主は顔をゆがめた。


「紅嘉と遊ぶのに、どうして危険なことがある?むしろ、わらわの猫の方が危ないであろう?」

「紅嘉は、猫ではなく虎ではございませんか!?虎と人では、どちらが危険か赤子でもわかることでございます!」

「・・・よぉもわらわに、そのような口が利けるな・・・?」


自分の言葉で、相手が機嫌を損ねたと気づいた時、すでに手遅れだった。

手にしていた、朱色の扇が彼女の目の前に来ていた。

それは迷うことなく、玲春の頬目掛けて打ち付けられた。

辺りには、甲高い音が響いたのだが。


「あっ!?」


玲春へ振り下ろされた扇は、彼女に痛みを与えなかった。

代わりに、側にいた宦官の頬を赤く染めていた。


「―――――――あ、安様!?」


星影は玲春の身代わりに打たれた。


「――――お許しを。あなた様への今の発言は、玲春さん本来のものではありません。はじめて(・・・・)見る猫を前に、少し気が高ぶっただけでしょう。」


少女をかばいながら答える宦官。

それを見て、何か言おうとする玲春に向って星影は言った。


「平陽公主様の仰る通りだよ、玲春さん。紅嘉殿と遊ぶ(・・)のですから、武器など要りませんよ。」

「安様!?」

「私が悪かったんですよ、玲春さん。仮にも・・・子猫相手に武器など!た〜いへん!・・・愚かなことを申してしまいまして?」


にっこりと笑う宦官に、周囲の女官達は動揺する。

対する兵達の方は、あからさまに馬鹿にするような視線を向けていた。

それに星影は気づいたが、いちいち文句を言っては(らち)があかない。

今は少しでも時間を稼いで、虎に怪我をさせずに倒す方法を考えなくてはならない。


「安様、あなた様は、どうしてそのようなことを―――――!」

「落ち着いて、大丈夫だから。」


玲春の側に近づくと、耳元でささやく星影。


「私は、子猫なんぞに負けない。」

「ですから、猫ではありません!紅嘉は、ただの虎ではないのです!」

「平陽公主様のお気に入りの子猫だと?」

「違います!あの子は・・・紅嘉の母親は人食い虎だったのです!」

「人食い虎!?」

「はい!あの子の母を退治した後、子供だった紅嘉も殺される予定だったのですが、不憫に思った旦那様が、二度と人を襲わせないことを条件に連れ帰った子なんです!?」


(旦那様って・・・平陽公主のか?)


どんな旦那か聞こうと思ったが、やめた。

あれだけ気位のた・・・いやいや!高貴な方の夫となるのだ。

ロクでもない男だと見当はついていた。


「人を食っていたのは、母親の方だろう?だったら、紅嘉は食べていないじゃないかい?」


虎の子はどうか知らないが、子猫などは肉など食べない。

母親の乳で成長するもの。

大きくなってから肉は食べるが、紅嘉の場合それはないだろう。

なんせ、【人を食べさせない】という理由で平陽公主の夫が助けたのだから。

そう思っての発言。


だが、そんな星影の問いは、玲春の発した言葉によって否定された。


「平陽公主様は、人は食べさせないと旦那様にお約束しました。ですが、『人と思えない者』は与えていました。」

「・・・・んん??」


謎かけのような言葉に、星影は眉間にしわを寄せる。


どういう意味だ?

人と思えない者?

『者』・・・ということは、人間よね?

あれ?それじゃあ、それって―――――!


「つまり・・・人であるにもかかわらず、人とみなされなかった人間を与えていたと・・・・?」

「・・・・主に、罪人などを・・・。」

「悪食じゃないか!?」


なに考えてるんだ、陛下の姉は!?

思いっきり、旦那との約束破ってるじゃないか!?


(よりによって、人を食べる虎を宮中で作ってどうするんだよ!?)


そう思って、問題の人物を見れば――――


「毒をもって毒を制すじゃ。熊や鹿、豚ばかりの良い物ばかりでは、陰陽のバランスがとれんじゃろう?」


優雅な返事を返してくれた。


「ちょっと待ってください!人間の肉なんかあげてたら、周りの世話する人間まで食料だと認識するんじゃないですか!?」

「心配無用じゃ。餌用の肉をやるときは、弓兵に円陣を組ませた中に、餌を放り込むのじゃから。」

「あ、そうなんですか?」

「そうやって覚えさせておるので、それ以外のもは食わぬ。安心せよ。」

「そうですか、それは良かった。」


相手の言葉に安堵したのもつかの間。重要にことに気づく星影。



「て!!ちょっと待ってください!今の状況が、まさにそうじゃないですかっ!!?」



自分を囲む弓兵を指差しながら訴える星影。


「気にするでない。ほんの余興じゃ、余興。」

「こんな物騒な余興はありませんよ!やっぱり私を計画的に殺す気じゃないですか!?」

「無礼者!平陽公主様に対して、なんたる暴言を申す!?」

「そう言いつつ、あなたも目が笑ってますよ、馬様!?私が玲春さんの祖母だと勘違いしたことを、まだ根に持ってますね!?」

「そうなのか、瞭華?」

「はい・・・とても仲が良かったという理由で。」

「ふざけた男じゃのぉ、安林山?瞭華はこんなにも若くて美しいというのに。」


元・皇女の言葉に、ねえやは、そんな・・・と、顔を赤くする。


(残念ながら、どう見てもおばあちゃんにしか見えないけど・・・。)


「まぁ、女心もわからぬ奴なら、食われても仕方がないかのぅ?」

「平陽公主様!?」

「冗談じゃ。軽い余興じゃ、余興。」


コロコロと笑う女主に合わせるように、周囲から失笑が起こる。


(こいつ、こいつら絶対に許さない・・・!)


人の命を遊び感覚で扱うとは!

この様子だと、私以前に、紅嘉の餌食になった人間はいると見た!

こんな人間が皇族だと?

ふざけるな!


(絶対に、この女を負かしてやる・・・・!)


そう決めたものの、武器がなくては戦えない。

手持ち虎模様の特注の剣もなければ、武器の代わりになりそうなものもない。

なにかないかと、体を動かす星影の動きを平陽公主は見逃さなかった。


「念のためじゃ。林山の衣の改めよ!」

「なっ!?」


その言葉に答える短い返事と共に、いっせいに女官達が押し寄せてきた。


「ちょ!待って・・・!」

「まさか!女官相手に、乱暴など働くまいな・・・?仮にも、『陛下の信義厚い安林山殿』ともあろう者が・・・!?」


抵抗の前に、先手を打たれる星影。


(冗談じゃない!下手に体を触られたら、女だとばれるじゃないか!?)


確かめる相手が女ならなおさらである。

とりあえず、自分の迫り来る女達を避けようとした時だった。



「やめてください!」



星影にのびる無数の手を玲春が防いだ。


「たった一人を大勢で・・・むしるようなことをしないでください!」

「なによ玲春!あなた、先輩に対してなんなのその態度は!?」

「そうよ!平陽公主様からの命を、あなたは逆らう気!?」

「わかっています!無礼だとわかっていますが、どうかやめてください!」


自分の後ろに、音字を隠しながら彼女は弁護する。

そんな玲春の後ろに隠れながら星影は考えた。


玲春さんが、かばってくれてるうちにどうにかしないと!


(体を触られないようにごまかす方法と、虎を無傷で倒す手段を!)


しかし、どうする!?

体はともかく、無傷で虎を倒すなんて。


(この場合、素手で戦うという手しかないが・・・。)


仮に勝てたとしても、深手を負うことは目に見えていた。

そうなれば、傷の手当てだと言われ、医者に見せられれば。

怪我をしなかったとしても、戦いのさなか衣服が破れでもしたら。

あるいは、傷を負い、衣服を裂けれたら―――――――!



(どの道、バレる可能性が高い!!)



なにか良い方法はないかと、周囲を見渡す星影。

まず目に入ったのは、女官達の身に着けるかんざし。


(目に刺せば、一発でケリがつくけど・・・。)


そんなことをすれば、まず射殺されてしまうだろう。

次に目に入ったのは、女官達の耳飾。


(あれは使えない!てか、耳につける以外、使用方法はない!)


『それが武器に変わるほうがどうかしてるだろう!?』と、この場に本物の林山がいれば言うだろう。


(とにかくなにか――――――――!)


「どきなさい!」

「きゃ!?」


星影を守っていた壁が、突然音を立てて崩れる。


「玲春さん!」


倒れた玲春を抱き起こそうと手を伸ばした時、彼女の懐から何かが落ちた。




(――――――――――これだ!!)




玲春が落とした『ある物』

それを見た瞬間、星影の中でひらめきが起きた。


(これを使えば、なんとかなるかもしれない・・・!)


考えると同時に行動する星影。

玲春の落とした『ある物』を拾うと、素早く彼女を抱き起こしながら言った。


「・・・もういいんですよ、玲春さん。ありがとう。」

「安様!?」

「これ以上のかばい立ては無用です。私は大丈夫です。」

「なにを仰いますか!?諦めないでください!」

「諦めたわけではありません。ですから、ここであなたに誓いましょう。決して・・・死なないと。」


そう言って、みんなの前で彼女の両手を握り締める。


「安様・・・!?」

「その証として、しばらくこれをお借りしますよ。」

「え・・・?」


玲春を握る手が離れる。その片方の手が、彼女の前に差し出された。


「え!?こ、これは――――――――――!?」


相手の手の中身を見た瞬間、玲春は固まった。

あまりにも、間の抜けた表情で。

その様子に集まっていた女官達も、宦官の手の中をのぞくが、それより先に星影は手を閉じていた。

そして自分をかばい続けた女官に向かって言った。



「どうか私の武運をお祈りください―――――――私の小さな香蛾。」



そう言って立ち上がると、上に来ていた服を脱ぐ。


「え!?」

「きゃあぁ!?」

「な、なんだ・・・!?」


突然、服を脱ぎ始めた宦官に、女官も兵士も、皇帝の姉とそのねえやも驚いた。


「なんの真似です!?安林山殿!?」

「薄汚れた宦官の体を、清らかな女官の方々に触らせるなど言語道断!ならば、武器を隠し持っていないという姿になればいいのです。」


そう言うと、薄着の着物姿になる星影。

普通は、その下を脱げば裸なのだが、星影はもう一枚着ていた。

その上、胸や肩、上半身全体に布を巻いていたので、女性の象徴は隠れていた。

普通は、胸だけ巻けばいいが、それではかえって胸の存在がバレやすい。

だから、肩や肘の辺りまでグルグルに布を巻いて誤魔化していたのである。

これだと、知らないものが見れば「下着の下に、包帯を巻いているだけ。」あるいは「怪我をしているだけ。」と思ってくれる。

幸い自分は、宮中に忍び込んだ賊を倒した宦官とされている。

それなら、「怪我が治っていなくて、未だに包帯を全体に巻いている」と思われた方が自然である。


「あれは・・・包帯か?」

「もしや、賊を倒したときの傷が治っていないのでは?」

「痛々しいわ・・・!」

「本当ですわね・・・。」


その証拠に、自分を見る兵や女官達の視線は同情的であった。

そして自然と、周囲の平陽公主を見る目が変わっていた。


(そりゃあ・・・手負いの英雄を虎と戦わせるんだもの。私が逆の立場であっても、無言の圧力かけるわよ。)


こうして、居心地の悪そうな元・皇女の前で、薄着の上一枚(?)下穿き一枚(?)だけになった宦官。

脱いだ服を高々と掲げながら、中央に歩み寄る。

そして声の限り叫んだ。


「さぁ、ご覧あれ!ご一同から見えるこの体、どこに武器を隠し持っていましょうか!?卑しい宦官のみなれど、銀に光る刃も、硬く重厚な長物も、私は一切持ち合わせていない!」


持っていた服を空に向かって投げる。

それは一瞬中を舞うが、すぐに地面へと落ちて言った。


「今落ちた服から、怪しい音がしたでしょうか?」


そう言いながら、クルクルと数回回ってみせる。


「女人を飾るかんざしはおろか、櫛や首飾りでさえ、付けていない。どうでしょう、女官の皆様?」


さらにピョンピョンと、飛び跳ねながら言う星影。


「怪しい金属音はしますか?短刀・短剣の葉の光が見えますか?いかがです、兵士の皆様!?」


どちらの問いにも、女官・兵士から声は上がらない。

それを見届けると、星影は動きを止めた。

そして、平陽公主に向かって、恭しい態度をとりながら言った。


「平陽公主様!恐れ多いことに、この卑しい宦官に、紅嘉殿とのふれあいのひと時を与えてくださったことに、心からお礼申し上げあげまする・・・!!」

「これはこれは・・・・・・よい心がけじゃ。」

「はい、日ごろの行いが良いので、きっと紅嘉殿とも仲良くなれます。」


口の端だけ上げて笑うと、平陽公主に背を向ける星影。






「さぁ、紅嘉殿!この安林山と遊びましょう・・・!?」




――――――――かかってこいよ。





そう言わんばかりに、利き腕を上げ、その中指だけを軽く動かす。


誰が見ても、明らかな星影の挑発。

その態度に、紅嘉はもちろん、飼い主である平陽公主も反応する。


「この・・・減らず口の高慢め―――――――!」


そうつぶやくと、持っていた扇を縦に大きく振る。


「ダメッ・・・・・・・!!」


玲春の静止と紅嘉の雄叫びか重なる。


鉄格子から、人食い虎が躍り出る。



「安様ぁ――――――――!!」



一直線に、星影の元へと突進する虎。

一定の距離まできたところで、彼女は大声で叫んだ。



「一緒に遊ぼう紅嘉殿ぉ!まずは―――――――――――――泥遊びっ!!」



陽気な声でそう言うと、足を使って思いっきり地面の土を虎めがけて引っ掛けた。


「ガァウ!?」

「いや〜ここには、水がないから、水遊びができなくて残念!!だから代わりに、泥んこ遊びをしよーねぇー!!」


そう言いながら、容赦なく土をぶつけ続ける星影。

それは周囲に土煙を作りながら、視界を悪くしていった。


「安林山!わらわの紅嘉になにをする!?」

「お言葉ですが平陽公主様!土遊び、泥んこ遊びは、遊びの常識です!」

「紅嘉だけが、土まみれではないか!?不公平だぞ!?」

「ご冗談を!でしたら、紅嘉殿もやり返せばいいのです!ねぇ、紅嘉殿!?」


土煙の中心へ声をかけると、怒っているような泣いているような何とも言えない泣き声が響く。

後ろから、さらに抗議の声が上がるが星影はそれを無視した。

無視しながら、必死で心を無心へと変えていった。

心が研ぎ澄まされるにつれ、彼女の心に師の言葉がよみがえった。



“敵を倒すときは、無心の心。情けはかけず、一撃で仕留めるようにすること。それは人に限らず、他の生き物を相手にするときも同じだ。”



星影と林山の師匠である厳飛龍は変わった男だった。

性格はもちろん、武術の指導に関しても同じだった。


「生き物の動きを見ろ。」


目の動きと反射神経を養う修行をした時。

その際、彼が言った言葉だった。


「生き物の動きを見ろ。人ではなく、自然にいる動物の動きをだ。そして考えろ。鳥が飛ぶのはなぜか?ウサギが穴にもぐるのはなぜか?狼が吼えるのはなぜか?」

「そんなことまで、考える意味はあるんですか?」

「ある。人間が動くのは、その動作をしなければ、何かができないからだ。それは動物にも言えること。鳥が飛ぶのは、餌である木の実のついた高い木に取りにいくため。ウサギが穴にもぐるのは身を潜めるのに安全であるため。狼が吼えるのは仲間を呼ぶためである。」

「それはわかりますが・・・。」

「相手が次に、どのような動きをするかわかれば、こちらもそれにあわせて動くことができる。それが同族同士の人間ならば、難なくこなせる。だが、これが人間と他の生き物だったらどうする?わかるか?」

「え?ちょっと・・・わかりません。そんなにずっと、見ないし・・・。」

「だからこそ、見て学べ!一日付きっ切りで見ろとは言わん!ただ、獲物と自分が向き合った時、相手がどのように動くか、相手になったつもりで考えろ!それらの獲物の特徴を掴み、知り、極めろ!それが、武に優れた人間になるコツだ。」


(『獲物の特徴を掴み、知り、極めろ!』・・・か。)


そこまで思い出して、改めて相手の姿を見る星影。

土をかけ続けることで、紅嘉の足止めには成功した。

土埃の間から見え隠れする巨体を観察した。


模様が特徴的で、牙が鋭い。

爪も鋭そうで、目も大きい。

体は間違いなく重いだろう。

かなり遠くから見れば、猫と間違えるかもしれない。

虎は猫に似てる。

猫は煮ると美味い。

そう言えば、最近猫を食べてな・・・


(いやいや、そうじゃなくて!!)


思わず出た雑念を消す星影。


(猫は俊敏な生き物。体が軽くて、身のこなしも軽い。対する虎は、猫の何十倍もでかい。つまり、猫より動きは多少劣る。だが・・・その分噛む力と引っかく力が強いはず。)


自分が虎だったら、どうやって餌をとる?

猫は生餌を取る時、急所を狙って飛びかかってくる。

それでは虎は?


「安林山殿!これ以上、紅嘉をいじめるようでしたら、こちらも容赦はしませんよ!?」


馬瞭華の声と、弓の弦の音が重なる。


(丁度いい。ここらで一つ、確かめるとするか。)


最後に思いっきり土をぶつけると、星影は(彼女なりに)わざとゆっくり動いた。

そして、紅嘉との間隔をあけるために、後ろ向きで数メートルほど走った。

宦官からの攻撃が止み、土煙が消える。

その中から現れたのは、巨体をブルブルと振るわせながら、体の土を振るう紅嘉。

数回、ゲェゲェと、口の中の土を吐くと、狙いを星影に定める。

怒った虎は、迷うことなく、彼女の頭めがけて飛び掛ってきた。


(――――――――なるほど。頭をやられたら、一発で死ぬからな。)


猫と同じ、急所を狙ってきた。

感心する星影の耳に、自分を心配する少女の声が届く。


「安様!!」


自分に伸びてくる前足。

素早く後方へ飛んで、鋭い爪を避けた。


「おお!」

「なんという脚力だ・・・!」

「ほぉ・・・なかなか飛ぶものじゃな・・・。」

「・・・普通はあれだけ後方には飛べません、平陽公主様。」


弓兵隊長の言葉に、瞭華の表情が険しくなる。

平陽公主は、ジッと星影を見つめていた。


(意外と動きが早いな!もう少し、距離を取ればよかったかも。)


自分の想像と、現実の違いに苦笑する星影。

あまり、優れた武の動きを見せては、かえってここにいる兵達に疑われる。

それこそ、霍光の言い分が正しいと証明してしまうようなもの。

控えめに飛んだが、目立ってしまったことは自覚できた。

だが、反省をしている暇はなかった。


再度、紅嘉が突進してきた。


(考えるよりも先に行動!)


それに合わせて、星影も突進した。

作戦を実行するために。


「なっ!?」

「死ぬ気か!?」

「やめてぇ―――――――!!」


突進したのは助走を付けるため。

地面を蹴って上体を浮かせる。

餌の動きに合わせて、紅嘉も飛び上がったのが―――――――


「ば〜か。」


星影の体は一瞬浮いただけで、それほど高くは飛ばなかった。

というよりも、飛ぶフリをしただけ。

これには、目の前にいる虎も、後ろや周囲で見ていた者達も驚いた。


「飛び損ねたのか?」

「いえ!あれは――――わざと飛ばなかった・・・!?」

「どうして!?」


玲春の、その場にいた全員の疑問はすぐに解明された。

宦官が取った次の行動によって。


一瞬軽く浮いた星影の体。

それは、一歩後ろへ下がったことによる動き。

彼女はその状態で、勢いよく片膝をつく姿勢でしゃがむ。

その間、紅嘉の巨体は一直線に地面に落ちる。


(今だ!!)


相手が地面に着くかつかないかの瞬間。

星影は力一杯、屈していた体で飛び上がった。


「――――――――――はっ!!」


地面に戻った紅嘉と、地面から離れた星影。

着地した紅嘉の頭に、勢いよく左の掌を叩きつけた。


「ガァ!?」


手加減なし、懇親の力を入れた一撃。

人間相手なら、骨を砕く勢いでやった。

これに紅嘉は、驚いたような声を上げる。

虎の体がこわばった。

それが合図だった。

星影は握り締めていた右手の拳を開く。

手の中にあったのは、玲春から借りた『ある物』

それを、思いっきり紅嘉の鼻に叩きつけた。



「ギャゥゥ!!?」



巨体が身を縮めて後ろに下がる。

その動きに合わせて、紅嘉の頭の上に左の片手一本で倒立する星影。


「と、虎の頭の上で倒立だと!?」

「安様ぁ!?」


騒ぐ周囲の前で、紅嘉の頭の上にある左手にグッと力を込めてから半回転した。

それまで、正面の平陽公主からは宦官の横顔しか見えなかった。

しかしその動きにより、星影の顔は正面を向く。

平陽公主と向かい合わせになった。


「よっ!」


そのままの姿勢で彼女は、垂直に虎の上に体を落下させる。


「ガゥゥウ!?」


そして、またがってしまったのだ。








「ええぇ――――――――――――!!?」
















あまりのことに、男も女も大声で絶叫する。

口うるさいねえやでさえ、間抜けな声を出す。

平陽公主は、いつの間にか開いた扇を口元に寄せていた。


※最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・・!!


星影VS紅嘉(虎)の対決・前編です。

よろしければ、ご感想などいただけると励みになります。




※誤字・脱字がありましたら、お知らせください・・・!!ヘタレですみません・・・(土下座)


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