表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/124

第六十六話 パッと見と、生物分類上は同じ

女官は宦官の胸に顔をうずめて泣いていた。

宦官は女官を優しく慰め、女官は宦官の優しさに甘えた。

だから二人は気づかなかった。

星影は・・・気づかなかった。

自分達の周囲の変化に。


「すみません・・・もう大丈夫です。」


自分の裾で目頭を押さえながら女官・徐玲春は告げる。


「本当に?まだ泣きたらないことない?」


それに対して、宦官・安林山こと劉星影は問う。


「大丈夫です・・・・。本当に・・お見苦しいところを・・・。」

「気にしなくていいよ。また泣きたくなったいつでも胸を貸すからね。」

「・・・はい。」


星影の申し出に、少女は頬を染めながら頷く。


(よかった。泣き止んで。)


星蓮と比べるとずいぶん泣き虫だった。

でも、年齢的にはこの子の方が子供。

子供は泣くのが仕事だから仕方がないかもしれない。

そんなことを考えながら顔を上げる。

そこで、綺麗な笑みを浮かべる平陽公主と目があった。


(ヤバッ!)


とっさに目線を下げる星影。


(あれ?)


視線をそらしてから思う。


(なんで・・・・そらしちゃったんだろう?)


作法で言えば、目をそらして正解だった。

下級の者が、上級の者の目を見ることは無礼千万。

ましてや、目をあわせるなど、場合によっては首が飛んでしまう。


だが、先ほど自分は、顔を見せろと言われた。

許可を得ているのだから、多少のことは大目に見てもらえるのだが・・・・。


(なんだろう・・・見てはいけなかったような気がする。)


本能的に、そらさなければいけない感覚に襲われたのだ。


「終わったか?」

「へ、平陽公主様!?」

「もう平気のようじゃな、玲春。」


手持ち無沙汰の女主人が、自分の侍女と宦官に向かって声をかける。

それを合図に、頭を下げながら星影から離れる玲春。

星影は星影で、視線を床に下げたままでいた。

平陽公主の様子を(うかが)いながら。


「も、申し訳ございません!平陽公主様の御前でこのような・・・!」

「まったくじゃ、林山。」


侍女の言葉を受け、それを星影に返しながら言った。


「わらわも様々な口説きの言葉を聞いてきたが、人の目の前でそこまで大胆にくどく色ボケはお前が初めてじゃ。よくそこまで、思いつくものよ!」

「いえ、これは私の友達がしていたことを真似ただけです。」

「白々しい!人のせいにするでない。」


本当なのに。

平陽公主の言葉にムッとする星影。


(林山の真似をしただけなのに。)


そう。星影が玲春にしたことは、昔々、本物の林山が愛妹・星蓮にしたことである。

二人が両思いとわかった時、婚約者がいる林山のために身を引こうとした星蓮。

その際の話し合いの時、林山が妹に言った言葉である。

それを、妹が心配な姉・星影が陰で盗み見していたのである。


(実際は、口で涙を拭うどころか、ちゅ〜までしやがった。)


さすが同性相手にそれはできない。

だから最後は自分が考えた「うっそっ!」を加えてまとめたのである。


(思いつきで、同姓を口説く言葉なんて思いつくか!)


床を見つめながら、悪態をつく星影。

そんな宦官に平陽公主は言った。


「視線をそらさずともよい。」

「いえ・・・」

「わらわに、そなたの顔を見せておくれ。」


何度も聞いた、顔を見せろという言葉。

だが、発せられた声は、それまで聞いたことのないほど優しいもの。

その声に導かれ、体を動かした時だった


(なんだ!?)


背筋を刺すような殺気。

歪みかけた表情を、素早く押さえる。


(ヤバッ・・・・!)


口元を緩めながら、穏やかな表情を作る星影。


「心配せずとも、そなたが茶器を割った罪も、玲春の罪も許すと約束したではないか?」


悟られないように、悟らせないようにしながら玲春を見る。


「そうでございますよ、安様!本当に・・・ようございましたね・・・!平陽公主様の・・・奥様のお許しが頂けて・・・!!」


最後の涙を流しながらに言う玲春。その頬に伝う雫を手で拭ってやる星影。

それに対して、真っ赤な顔でシロモドする女官。

途端に、殺気が強くなった。


(やはりな・・・!)


感じた殺気が、自分に向けられた物だとわかっていた。

それを向けている相手。


「おやおや・・・なんともお熱いことじゃ」


若い宦官と女官の姿に、微笑する女主人。





―――――――――――――わらわの物に触れるな―――――――――――――――





熟女の目はそう語っていた。


(熱いのはあなたの方でしょう・・・・平陽公主様。)


目の前で静かに、怒りの炎を燃やしている皇帝の姉。


「安林山よ。」


綺麗な顔のまま、皇帝の姉は口を開く。


「そなたは随分美術品に詳しい。教養があるのぅ。」

「いえ、噂話を聞きかじっただけでございます。」


これは本当。

父上達が、美術品の本物と偽物の違いについていつも聞かされていたから。


「職人が、他言してはならない話が、そなたの耳に簡単に入るのか?」

「はい、奇跡的に知りました。」


これも本当。

職人兼商人の男が、聞いてもないのに勝手に話してきたこと。


ちなみにその男が、星影に惚れていたことを彼女は知らない。


「それはまた、人徳のあることじゃ。」


鈴のように笑う元・皇女。

その時になって、玲春の顔色が変わる。

女主人の変化に気づいたらしい。


「ところで安林山殿。」

「・・・はい。」

「そなた先程、自分は『霍去病の生まれ変わりではない』と言ったが・・・誠か?」

「誠でございます。」


先程とは違う、低く静かな口調で相手の問いに答える星影。

自分が平陽公主を怒らせたのは間違いない。

それがわかった以上、相手がどのような出方をするか確かめる必要があった。

だからこそ星影は、冷静に対処したのである。


「そうか・・・。賊から陛下を守った武勇は『霍去病の如し』と聞いていたのじゃが?」

「噂に尾ひれが付いただけかと存じます。」

「ではそなた、武勇の腕はたいしたことがないのだな。」


ふいに、突き放すような口調で問う女主。

武人が聞けば、侮辱するかのような言い方だった。

普段の星影なら、こんな言い方をされて黙っていはいない。

武人相手であれば、『たいしたことないかどうか、お前の体で試してやろうか?』的なことを言って戦うだろう。

しかし、今は状況が違う。

侮辱目的で言っているのならまだ良い。

これは『戦』なのだ。

『言葉』を武器とした戦い。

相手が挑発しているのだと、星影はすぐにわかった。

それと同時に、『話術』を自分に仕掛たのだということも。


「左様でございますね・・・。一応は、師について習いは致しましたが、人並みでございました。私は、運がよかっただけです。」

「運がよかったと?」

「賊は、精鋭の宮廷兵と戦った後に、私を相手にしたのです。それを考えれば、私の力など、大河の一滴。弱り切った賊は、その一滴の波紋にやられたのです。」


そう言って口を閉じた。


弱っていたということにした。

確かに、陛下を襲っていた集団は弱かった。

鬱憤がたまっていたこともあり、いつも以上の攻撃が出来た。

しかし奴は違っていた。

途中から合流した賊の頭目。

鬱憤がたまっていたおかげで、冷静さを取り戻すのに時間がかかった。

騒ぎを聞き付けて人が来てくれたからよかったものの、あのまま続けていたら・・・


(殺されていたかもしれない。)


もっとも、足手まといがいればの話しだが。


「ところで玲春、お前は林山のことをどう思う。」

「え?」

「教えておくれ。本当に林山と結婚するのか?」

「ちょ!?何を言ってるんですか、平陽公主様!?」

「そなたには聞いていない。玲春・・・どうなのじゃ?」


突然、自分に質問されたことで戸惑う玲春。

しかし、顔を上げるとハッキリとした口調で答えた。


「恐れながら申し上げます。何度もお伝えいたしましたように、安様と私は今日初めて顔を合わせた者同士・・・。そのようなことになるはずがございません。」

「これから先もか?」

「は・・・?は、はい・・・。」


頷く侍女に、女主はしばらく相手を見つめる。そして星影を少しだけ見てから言った。


「女官と宦官が夫婦になるのはよくあること。だが・・・そのうちの何組かは、愛ではなく、欲望のために結ばれている。」

「欲望?」

「宦官の仕事は宮中全般に及ぶ。その中には、男女の交わりにも関わる仕事がある。」


「「ま、まじわり!!?」」


「女官の性技を宦官が教え、それを女官が高貴な男に試す。男が女官を気に入れば、あとは宦官が上手い具合『妻にと』薦めるのだ・・・。」

「なっ!?自分の妻をですか!?」

「そうだ。そうすることで、女官は地位を得られる。宦官は良い女を紹介した者として、出世が約束される。」

「つまり・・・陛下に薦めるということですか?」


『宮中にあるすべての人や物は皇帝のもの。』というのが宮廷での決まり。

ここにいる自分はもちろん、隣にいる少女さえ皇帝の物なのだ。

宮中には多くの女性がいる。

皇帝が、彼女達すべてと体の結びつきを持つのは不可能である。

平陽公主の話を基に考えれば、女官が宦官と結びつくことは、陛下への推薦権を得るためだろう。

宦官にしても、自分の言いなりになる女官の方が、後々便利だということ。


(そうだとしても、何で急にそんな話を・・・・?)


「まぁ・・・女官の中には、弟ではなく、狙った武官・文官をモノにしたくて、宦官に協力を仰ぐものも多い。」

「協力?」

「そうじゃ。特に安林山殿よ・・・そなたのような宦官は人気じゃ。いくらきれいごとを並べ立てても、女官は女じゃ。そういうことを知るなら、そなたのような―――――――」

「――――――平陽公主様!!」


女主人の言葉を遮るように、玲春が声を上げる。


「なにをおっしゃっておいでですか・・・?」

「お前に常識を教えているのじゃ、玲春。」

「誤解でございます!私は、平陽公主様がお考えのようなことを、安様と―――――!」

「なにを言う?お前は、そのつもりで安林山を相方に選んだのだろう?」

「それが誤解でございます!安様とは、本当に今日、初めて出会ったのです!安様が、ご自分の出世のために私を利用することなどなければ、その逆もございません!!」


(そういうことか!)


その言葉で、ようやく星影も合点がいく。

どうやら平陽公主は、悪い宦官が自分のお気に入りの侍女に、性技を教え込んで利用しようとしていると思っているらしい。


「私は平陽公主様にお仕えする身。この身を平陽公主様以外に使うことなどありません!」

「そうですよ!人をからかうのもおやめください、平陽公主様!」

「安様!」

「私に信用がなくても、玲春さんがそんなことをする子でないことを、あなた様は知っているでしょう!?」

「安様・・・!」

「・・・そうじゃ。知っているからこそ、嬉しかったのじゃ。ついに、玲春がそのことに興味を示したのだと。」

「なんですと!?」

「玲春。」


固まる侍女を見ながら皇帝の姉は口を開く。


「わらわに仕える身であれば、わかっているだろう?女の幸せは、力のある男を虜にすることじゃ。お前には、それだけの可能性が十分にある。ところがお前は、(ねや)の話を極端に嫌っていた。」

「年頃の娘さんであれば、そういう反応をするのは当然でしょう?」

「普通の娘であればな。しかし玲春は、わらわが一番目をかけている侍女。そのためにも、早いうちから男女の交わりを知ることは大事なことじゃ。しっかりと学ばせねばならぬ。」

「学ばせる?そういう書でも読ませるおつもりか?」

「ホッホッホッ!書物を読むだけでは学べぬわ。性技に長けた女をつけ、徹底的に学ばせる。どうすれば、男の一物を奮い立たせ、快楽を与えられるか。手や指、口や舌をどう使えば、男が喜ぶか。どう動けば、男と共に夢心地になるか。たっぷりと見せる必要がある。」

「なっ!?この子に覗きをさせる気ですか!?」

「そのような下品なことをさせるわけがあるまい。そういう達人達を用意して、堂々と実演させればいいのじゃ。」

「はぁあ!!?」


実演!?男女の交わりをしている場面を見せるだと!?


「正気ですか!?」

「最初は聞かせ、見せることから始める。後は体で覚えさせればよい。」

「っ!ふざけるな!!そんなことを覚えるために、男と交わらせる気か!?女の純潔を、初めてをささげる相手まで、あなたが勝手に決めるというのか!?」

「勘違いするでない。本物の男と突かせあうことはせね!女同士で体を慣らしたあとに、宦官と馴染ませれば十分じゃ。」

「なっ!?お、女同士で・・・宦官!?」

「そうじゃ。女同士であれば、作りが同じなのだから場所を覚えやすい。宦官とであれば、実物の男に近い上に、種を持っておらぬ。はらむ危険もない安全なおもちゃ(・・・・)じゃ。それらを使い、男女が一つになるための体位・性感帯を覚えさせる。もちろん、使うのは己の体だけではない。そのための道具の使い方、薬の使い方や調合方法も学ばせる。すべては、思いのままに男を動かすため。好きにさせる。惚れさせる。」


段々と早くなる口調に、言い知れぬ嫌悪感を覚える星影。


「女が化粧をするのがおかしいか?美しく着飾ることがおかしいか?愛らしく美しく微笑むのがおかしいか?それらに違和感を覚えたことがあるか?」

「それはありませんが――――!」

「男のために見た目を良くするのならば、中身をよくすることがおかしいか?汚らわしいとでも思うのか?それこそ、当然のことではないか?」

「い、嫌です!嫌です平陽公主様!そんな恐ろしいこと・・・嫌です!!」


女主の言葉に、真っ青な顔で首を横に振る少女。

その手を取ると、素早く自分の後ろに隠す星影。


「平陽公主様!あなたのお話はわかりました・・・・。ですが、あなたが玲春さんにしようとしていることは我慢できません。」

「・・・これだから下級層は困る。そうなることこそ、女の幸せなのだぞ?」

「それはあなたの価値観ではありませんか!?現に玲春さんは、嫌がってるじゃないですか!?」


星影の抗議に合わせるように、首を縦に何度も振る少女。


「嫌か?」

「お許しください、平陽公主様!」

「では、安林山ならどうじゃ?」

「え!?」

「相手が安林山ならどうじゃ?」


許しを請う少女に向かい、藪から棒に女主人は言う。


「女の用意はできていたが、秘密を守れるような宦官がなかなか見つからなかった。最悪の場合は、便利な宦官を用意して学ばせようとも思っていたのだが・・・。」


そう言った貴婦人の目は、怪しく光っていた。


「手間が省けたと、喜んでいたのだがな・・・・・!」

「なっ・・・!?」


まさかこいつ!私に玲春さんの性の手ほどきをさせるつもりか!?


(冗談じゃない!そんなことされたら、女だってばれるじゃん!?)


それ以前の問題に、この女は玲春さんを道具に使う気だ!!


(そんなことさせてたまるかっ!)


「玲春さんが、あなた様のお気に入りの侍女だということはよ〜く、わかりました!ですが、大事に思うならこそ、嫌がるようなことはさせないはずですよ!?」

「別に、弟・・・皇帝に差し出す気など、わらわにはない。だが、その子には良縁を与えたい。そのためにも安林山・・・そなたには協力してもらう。」

「協力・・・!?私に、玲春さんの相方をしろというのですか!?」


そう問うた時だった。

慌しい足音と共に、馬瞭華が戻ってきた。

後ろには、きちんとした服装の中年男と、慌てて礼服を着たであろう初老の男がついていた。


「平陽公主様!ただいま戻りました。」

「どうであった?」

「は、はい!そのことについては、こちらの者より説明が――――――」

「いらぬ。本物か偽物か申せ。」

「は、はい!それでは――――」


ねえやに促され、中年の男が口を開く。


「へ、平陽公主様には、ご機嫌麗しいこ・・・・」

「悪い!ことの経緯を瞭華から聞いておらぬのか?世辞はよいからさっさと申せ!」

「も、申し訳ございません!馬殿からお聞きした件ですが、こちらにいる陶工頭の孫刻に平陽公主様ご所有の茶器を見せたところ、破損がひどくはありますが――――」

「長いっ!」

「ひっ!」

「本物か偽物かのみを申せと言っておるだろう?そんなに首をはねられたいか・・・?」

「ひっ!お、お許しください・・・!!」

「もうよい。わらわは長い説明など要らぬ。はよう、本物か偽物かのみを―――――」



「偽物でございます。」



大きな声でハッキリと、断言する声。



「これは西域の器ではございません。」



そう言ったのは初老の男だった。


「恐れながら、馬殿が持ってこられた平陽公主様ご所有の器は、真っ赤な偽物でございます。」

「これ!孫刻(そんごく)!」


先ほどまでしゃべっていた中年男の注意に耳を傾けることなく、初老の男は言った。


「理由は、平陽公主様もご存知の五つの不審な点。陶工の者として言わせていただければ、あれは漢の南方の窯で焼いたものでしょう。」

「漢の南方じゃと・・・?」

「決定的な違いは釉と土です。詳しゅう・・・調べてみんとわかりませんが、あの器に使っていた釉は漢の物です。土も、漢で探せば見つかる土。いろいろ混ぜ物をして誤魔化しとりますが、間違いなく漢の物。」

「間違いないか?」

「へい。よく、あれだけの混ぜ方をして、器になったものです。」

「では偽物か?」

「偽物以外の何物にもなりゃしません。」


陶工の言葉はそこで途切れる。


「そうか・・・ご苦労であったな。」

「とんでもございません。」

「そ、そうでございますよ!このようなまがい物を、恐れ多くも平陽公主様に謙譲したとは、不届きに者ほ――――――!!」

「――――――――わかっていると思うが!・・・・他言無用ぞ?言えば、お前達の首を、皿に乗せて酒の魚にする。」

「ひっ!!はっはぃい!!」


平陽公主の言葉に、怯えまくりの中年男に対して、初老の男は落ち着いた声で答える。


「ではその時は、わしの作った皿の上に乗せてくだされ。」

「悪趣味な。馬鹿なことを申すのぅ?」

「申せます。わしらが、平陽公主様を困らせるようなことはいたしませんので。」

「ホッホッホッ!わらわの負けじゃ・・・孫刻。」

「そのお言葉、あの世に行く時の良い土産になりました。」


そう言って、口元だけで笑う初老の男。


二人のやり取りに、終始、オロオロしていた一同。

しかし、平陽公主の笑みでホッと胸をなでおろす。


このやり取りに星影は――――――



(なるほど・・・!こんな切り替えしの仕方もあるのか!孫刻という男、なかなかの人物と見た!)



なんとも、のん気なことを考えていたりする。

初老の男に感心する星影だったが、その思考は平陽公主によって止められる。



「わらわは、(はか)られたのか?」



あざ笑うような声で言った一言。

その声に、最初に反応したのは馬瞭華だった。

慌てて主人の前まで行くと、恭しく(こうべ)を下げながら言った。


「お待ちください、平陽公主様!まだ、詳しく調べてみないことには、偽物だと―――――――」

「孫刻。お前は白黒はっきりした男じゃ。わらわは謀られたのか?」

「白黒はっきりしておりますが、人の考えまではわかりません。ですが、この器が偽物であることは間違いございません。」


破片を手に取りながら孫刻という男は答える。


「十分じゃ。」


そう言うと、側にあった扇を手に取る。


「許羽め・・・」


小さくつぶやくのと、扇が折れるのは同時だった。


「平陽公主様!?」

「わらわを謀ったのか・・・?」

「お、落ち着いてくださいまし!」

「わらわを謀るとは・・・・!」


低く呻く元・皇女。そして不意に、場違いのような笑い声を上げ始める。


「へ、平陽公主様・・・!?」


狂ったように笑う主の姿に固まる瞭華。

動きを止めたねえやに向かって、笑いを噛み殺しながら平陽公主は言った。


「危ないところだった!このまま偽物と気付かなければ、先の宴で自慢するところであった!」

「へ、平陽公主様・・・」

「真に・・・安林山の手柄であった・・・!」

「平陽公主様・・・。」

「安林山・・・今の話が本当ならば、弱いなりにも、そなたは武芸ができるということになるな?」

「・・・かじった(てい)――――」

「少し気持ちが高ぶった。」


星影の言葉を遮りながら女主人は言った。



「安林山、そなたの武芸を見たい。」



すると、部屋の外から変な声が聞こえた。


「お前、外にいる者達に、(こう)()を呼ぶに言ってきておくれ。」


ねえやと一緒に戻ってきた女官にそう命じる。



(こうか?)



その名前に、聞き覚えがあった。



(こう)()を見ておいで。よ〜く、見てくるのじゃ・・・!”



先ほど、平陽公主が口にした名だった。


(紅嘉って・・・・誰だ?)


星影の疑問をよそに、周囲の動きは慌しくなる。

平陽公主の言葉に、呼ばれた女官はもちろん、馬瞭華と玲春も反応する。

だが、その反応はまったく違ったものだった。

呼ばれて女官は、お辞儀もそこそこに部屋から飛び出した。

馬瞭華は口元を緩め、主人に向かって恭しくお辞儀をする。

それに対して、玲春は青い顔をさらに青くしながら、星影にしがみついてきたのだ。


「安様、安様・・!」

「ど、どうしたんだい、玲春さん?」

「こ、殺されます・・・わ、私達・・・!」

「へ?」


殺されるって・・・?


「大げさね、玲春は。」


そんな玲春を見て、おかしそうに笑う。


「わらわがお前を殺すはずがないであろう、玲春?おかしなことを・・・。」

「で、では!安様のみを、殺すとおっしゃるのですか!?」

「え?私を??」

「安様を、安様を殺すおつもりなのですか・・・!?」


驚く宦官の横で、疑いの目で女主人に問う女官。

それにつられるように、星影も口を開いた。


「あの・・・?」

「紅嘉は人懐っこい良い子よ。」

「ですから、その紅嘉とは?」

「妾の飼っておる猫じゃ。」

「猫?」

「そうじゃ。毛並みの美しい、可愛い猫じゃ。わらわによく懐いておる猫じゃ。」

「はぁ。」

「かわゆうて、かわゆうて、仕方がない!わが子同然の可愛い猫じゃ!・・・おや、もう来たみたいじゃな。」


そう言うと、瞭華に向けて手を差し出す。その手に、朱色の扇を恭しく乗せるねえや。

それを受け取ると、平陽公主は上機嫌で立ち上がった。


「お前達もおいで。」


言われるがまま、後についていく星影と玲春。

部屋を出てそのまま、庭へと降りる。



「見よ。あれがわらわの(こう)()じゃ。」



そう言って、朱色の扇で指された先。

案内されたその先に、紅嘉はいた。



「え?」



ふさふさとした毛並み。



「可愛いじゃろう?」



キラキラとした目。



「いや、可愛いですけど、これって―――――――・・・・!?」



大きな口から除く牙と、見るからに立派な巨体。




「虎じゃねぇ!!?」


「ガァアァァァ――――――――――――――!!」




星影の言葉と、紅嘉の雄叫びが重なる。


「そうじゃ。虎模様の猫じゃ。」

「いやいやいや!虎模様の猫じゃなくて、虎じゃないですか!?」

「紅嘉は虎模様の猫じゃ。」

「猫じゃないでしょう!?大きさからして虎ですよ!?」

「ふむ。最近、よく食べるようになったからのぅ。」

「どんなに食べても、猫はあそこまで大きくなりませんよ!?」

「大きくなるぞ。特に、人の肉が好きみたいじゃ。」

「へ?」


それって・・・。




「気をつけねば食われるかも知れぬぞ・・・安林山殿?」




こ、このババア!



(生きて返す気ないだろう―――――――――!!?)



「ちょっとぉ!?殺す気満々じゃないですか!?」

「なにを言う。お前が、あの(・・)安林山なら、虎ぐらい倒せるだろう?」

「倒せませんよ!?誰がそんなこと言ったんですか!?」

「皆が申しておるぞ。しかもお前は、虎だけでなく、熊や狼まで絞め殺すというではないか?」

「どんな噂が流れてるんですか!?誰がそんな噂を流してるんですか!?」


この時、星影の脳裏に一人の宦官の姿が浮かぶ。

自分に扇を拾うように命じた人物。

気持ち悪い勘違いをして、捨て台詞を残して退散した者


(李延年か!?)


証拠はないが、確信はあった。

自分の直感がそういっているのだ。

今まで外れたことのない直感、間違えるはずがない。


「わらわが知るか。とにかく、紅嘉と遊んでおいで。」

「あ、遊ぶ!?虎と遊ぶんですか!?」

「そうじゃ。紅嘉の首につけている真珠が見えるか?」


見ると大きな真珠がついていた。


「・・・・ありますが。」

「あれを、紅嘉からもらっておいで。」

「ええぇ!?」

「仲良くなれば、くれるはずじゃ。」

「仲良くって!」

「それが出来たら、お前の罪を許そう。」

「なに言ってるんですか!?さっき許すとおっしゃったじゃないですか!?」

「茶器を割った罪は許した。しかし、侍女達の前でかかされた恥・・・・。あれは許しておらんぞ・・・?」


そう言って笑う皇女。


絶対怒ってる!

次女の前で恥を書かされたことはもちろん、茶器が偽物だって教えたことも怒ってる!

絶対に許してない!

間違いなく怒ってる!!


「簡単ではないか?紅嘉と仲良く遊べば、あの子も首の真珠を差し出してくれる。これほど簡単なことはないぞ?」


その口調に、その台詞。

ごねても、許してもらえるわけがない。


「・・・・武器は?」


諦めてそう問えば、玲春は叫ぶ。


「安様!?なんてことを・・・!」

「使える武器はあるのですか?」

「そんなものなどない。」

「平陽公主様ぁ!?」

「何故、ないのです?宮中だからですか?」

「あの子はわらわの飼い猫じゃ。猫相手に弓や剣を振るうというのか?もちろん、刀や槍も使うなよ。」

「素手で戦えと?」

「わらわは遊べと言っておるのじゃ。そのための遊び道具ぐらいなら、貸し出してやろう。」


その言葉を最後に、女主人の顔から笑みが消える。そして、厳しい表情で星影に言った。


「先に言っておくが、武器など隠してはいないだろうのぅ?もし、武器で紅嘉を傷つけようものなら―――――――」


目配せをする平陽公主の合図で、ふところから鈴を出す瞭華。

それを掲げて振れば、甲高い音が庭に響く。

それに続いて、庭沿いのすべての部屋の戸が激しい音ともに外れる。

庭の木々が大きく揺れ動く。





「お前は、串刺しになるだけじゃ。」





開け放たれた扉という扉。

木々の幹の間や美しい花々の傍ら。

それらのすべての場所。

庭を、星影達を囲むように、弓を構えた武装した多くの(つわもの)達が立っていた。





※最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・・!!




少しだけ、宮中の性事情を書いてみました。

宦官の仕事には、女性を紹介するということがあります。

その際、自分の息のかかった女性を紹介する場合が多いのですが、時に、自分と肉体関係のある女性を紹介する場合もあるのです。

宦官と女官は結婚できます。

そこを利用して、宦官自身が結婚した女官に対して性についての技を教えます。

女官が性について十分学べたら、身分ある他の男に女官を薦めてしまうのです。

もちろん、自分と夫婦関係にあるということは伏せて紹介します。

薦めた男が女官を気に入れば、そのまま女官を差し出します。

自分が薦めた女官が男のお気に入りとなれば、紹介した宦官はそれ相応の見返りをもらえるのです。

だから、それぞれ野望がある宦官と女官が協力して、偽装結婚する場合もあったのです。

ただし、宦官はそれなりの地位がなければいけませんが。

なかには、純粋に恋をして結婚する宦官・女官カップルもいたと思います。

しかし実際に、宦官が結婚相手として選ぶ相手の多くは娼婦や妓女が多かったそうです。

それも都でも指折りの美人達が主でした。ここからわかるように、男性として閨での楽しみが得られにくい宦官は、そういうことに精通している女性を好んだようです。






※誤字・脱字がありましたら、お知らせください・・・!!ヘタレですみません・・・(土下座)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ