第六十五話 決行予告
「よくもわらわに恥をかかせてくれたな!!」
「本当のことを申して、何が悪いのです!?」
「黙れ!皆の者、かまわぬ!!こやつを射殺してしまえっ!!」
怒声と共に、兵が水のように沸いて出てきた。
権力者の合図と共に、大量の矢がいっせいに星影向けて放たれる。
「く・・・そっ!」
(やめろ)
特注の剣で必死に防いでいた星影。だが、攻撃は止むことがない。
次第に奪われていく体力。増えていく傷と、服に広がる赤い色。
(やめろ!)
そしてついに―――――――――――――・・・・!!
「うっ!?・・・あぁああああ―――――――――!!!」
顔以外の場所を残し、全身ハリネズミになる星影。
「ほっほっほっ!!さすが弓の名手達!城門にさらす首は、綺麗なまま残したか!」
「こっ・・・この外道が・・・・!!」
笑い声に対して星影は悪態をつく。
(やめろっ!!やめるんだ!!)
「すまない・・・!私の可愛い、い、妹・星蓮・・・!」
彼女の手から剣が滑り落ちる。
「ごめんね・・・林山―――――――――・・・・・!」
声にすることなく、親友の名を口につむぐ星影。
(やめてくれ!そんなことを言わないでくれ!!)
「二人を・・・・・再会させてあげたかった・・・・・!」
その言葉を最後に、彼女の動きが完全に止まる。
・・・・・そんな。
うそだろう?
なあ、おい!おい、おきろって!
おい!おい!おい!星影!!なぁ!!
目を閉じて動かない親友に向かって彼は叫んだ。
「死なないでくれ――――――――――――――!!」
「ぶっ!!?ゲッホッイ・・・オオッ!」
叫んだと同時に、激痛が俺を襲った。
「痛っ!?せ、せせっ星影っ!!?」
その痛みは、彼を覚醒させる効果を持っていた。
体を起こし、辺りを見回す青年。
視界の中には、やわらかい緑色と黄色い花びら。
頬を心地のよい風がなで、頭上では温かい光が彼を照らしていた。
「夢・・・・・・・・・?」
呆然と空を見ながらつぶやく男。
彼こそ、現在後宮で『安林山』として動く劉星影の親友にして、彼女の妹の婚約者。
安林山その人だった。
「なに寝ぼけてんだよ、星影!?」
「せっ・・・!?あ、いや・・・なんでもない・・・。」
ただし、彼も星影同様、入れ替わりを行っていた。
そのため、今の名前は『劉星影』となっている。
彼の前では――――――――
「て・・・・あれ!?義烈殿!?なんでここに・・・・!?」
「ゲッホ!お前に会いに行ったら、宿のおかみがここだって教えてくれてな!起きるまで一杯引っ掛けてたんだが、おめぇーが叫ぶから吹いちまったじゃねぇ!?あ〜もったいねぇ!!ゲッヘッ、ゲッヘッ、ヘェッ!!」
咳き込みなが、酒瓶を見せる男―――――凌義烈は言った。
林山が都に来てから知り合った男で、『百面夜叉の義烈』の通名を持つ侠客である。
雲散くさい男ではあるが、婚約者救出のために協力を仰いだ人物である。
「昼寝するのはいいけどな、叫びながら飛び起きるのはどうかと思うぜ?お前、額にコブできてるぞ。」
そう言われて、痛みのする場所を触れば膨れていた。
その痛みと共に、自分がここにいる理由を彼は思い出した。
婚約者の星蓮が、皇帝の妻として連れて行かれた。
彼女を奪回しようと、星蓮の姉にして、自分の親友である星影と共に都にやってきた。
星影の提案で、自分と星影は入れ替わり、星影は宦官として宮中に潜入した。
そんな彼女から、連絡が来たのは半月前。
星蓮の情報は掴めなかったが、代わりに情報をつかみやすい地位に彼女はついていた。
その後、『また来るから!』という親友の言葉を頼りに、訪ねてくるのを宿で待っていたのだ。
宮中に入る前、交わした星影との約束。
『密会場所である宿から林山が離れないこと。』
星影の場所がわかっていても、場所が場所だけに訪ねて行けない。
危険を伴うが、町にいる自分の元に会いに来てくれた方がいい。
万一の時は、人ごみにまぎれて逃げやすいという利点もある。
これが宮中であれば、即刻でつかまるだろう。
(だから計画を練った当初も、宿を変更することは考えていなかったんだが・・・・。)
しかし林山は、ある事情からその宿にいることができなくなっていた。
それを星影に伝えたいが、その後彼女はなかなか訪ねてこなかった。
どうするべきかと、部屋にこもって考えていた林山。
考えれば考えるほど、悪い考えばかりが頭に浮かんでしまう。
けっきょく、このままではいけないと思い、気晴らしを含めて外に出ることにした。
宿のおかみに、木々の綺麗な場所を教えてもらった。
都にありながら、どこか故郷に似た場所。
そこで彼は、武術の修練を行った。
久しぶりにかく汗と充実感に、気分も落ち着いた。
小さな木陰を見つけ、そこに寝転んで小鳥のさえずりに耳を傾けていたのだが――――
(そのまま寝てしまったのか・・・。)
夜に訪ねてくる親友のために、ずっと寝不足だった林山。
安心したことで一気に疲れと睡魔が彼を襲ったのだった。
(そうでなければ気づくはずだ。普段の俺なら・・・)
目の前にいる人物の気配に。
「ほれ、気付けに一杯飲んどけ!どんな夢見たのか知らねぇけど、『死なないでくれ』ってのは、あんまりいい言葉じゃないからな。」
嫌な夢だったんだろう?と、自分に酒を持たせながら男は言う。
「・・・・ああ。」
嫌な夢だった。
悪夢以外の何ものでもない。
よりによって、星影が、親友が射殺される夢なのだ。
(なんであんな夢を!?縁起でもない――――――――――――!!)
悪い予感を振り払うように、一気に酒をあおる林山。
「おー!おー!いい飲みっぷりじゃねぇか!?」
それを上機嫌で盛り上げる義烈。
「いいか、夢なんてただの幻覚だよ!特に悪夢なんてのはな、たいていが逆夢なんだよ。」
「さかゆめ・・・・?」
「そうだ!例えば、金を落とす夢を見たとするだろう。それは、現実で金を拾うっていう予告だったりするんだ。」
「夢でみたことと、正反対のことが起こると?」
「そういうこと。だからお前が見た悪夢も、現実じゃ真反対のことが起きるだろうよ!」
そうなのかな・・・・。
(星影がいる場所を考えれば、殺される確率の方が高いのだが・・・。)
義烈の励ましに対し、とても現実的なことを考える林山。
「大体な、夢なんてのは信じる奴が馬鹿だ!」
「義烈殿は・・・・信じないのか?」
「馬鹿!義烈でいい!」
「痛っ!」
林山を小突くと、その肩に腕をまわしながら義烈は言った。
「いいか、馬鹿たれ!夢なんてのは矛盾の塊なんだよ!」
「矛盾?」
「おう!お前の見た夢を思い出してみろ!現実と比べれば、必ず矛盾している場所が多いんだよ!考えてみろ!仮にお前が、デカイ城を作って贅沢三昧してたらどうする!?おかしいだろう!?」
「え・・あ・・・。」
「なんのために城を作る?城を作るための金はどうやって集める?それ以前にそんな大金持ってるか?しかも、贅沢してるのは今の姿のお前だ!城作るだけで、どれだけ時間がかかる?それにあわせて年取ってねぇとおかしいだろう?」
「・・・確かに。」
城を作る間には、星蓮と暮らすための新居を作った方がいい。
それに自分が見た夢にしても、義烈の言うような『矛盾』があった。
星影を射掛けるように命じた相手。
男ではなく女だった。
人一人の命を簡単に、言葉1つで奪うことのできる人間と言えばただ一人。
皇帝を除いていないだろう。
いくら宮中・・・後宮が女の園と言われていても、夢に出てきたような過激な女性がいるはずない。
皇帝の次に、権威のある皇后に関しても、穏やかで争いごとを好まないと聞いている。
それに――――――――・・・・
「すまない、義烈。貴殿の言うように、あれはただの幻覚だ。」
「おお、わかったみたいだな?そうだぜ〜夢なんて、そんなもんだよ!悪りぃ夢見たからって、いちいち気にしてちゃあ、心配のし過ぎで早死にしちまうからな!?」
ハッハ!と、笑いながら林山を引き寄せる男。
「気にすんな!人生『塞翁が馬』って言うだろう!?そんなもんだ!」
「・・・・そうだな。」
あれは幻覚だ。
一番有り得ない光景が、あの中にはあった。
俺の見た夢で、星影は死んだ。
星影の状況を考えれば、死ぬ可能性はあるだろう。
だが、夢の中で見た親友は親友ではない。
彼女は、命が尽きる寸前、『手から愛剣を放した』。
武人の一部でもある武器を、『手放した』のだ。
それがおかしい!!
あいつは、なにがあっても武器を捨てるような奴じゃない。
最後の最後まで戦い抜く奴だ!
痛みや恐怖に負けて、武器を手放したりはしない!!
なによりも――――――――――――――
(一人で絶対に死ぬ奴ではない・・・・・!!)
あのような不利な状況で、一人でおとなしく死ぬはずがない!!
(自分が助からないとわかれば、一人でも多く道連れにするまで戦う奴だ。)
そういう根性を持っている女だ。
一方的にやられて、死んでしまうような性質ではない。
動きを止め、死んでしまったと油断させるだろう。
そして、首を取ろうと近づいてきた相手を刺し殺して絶命する方法をとるはず。
普段から抜け目のない奴が、あんなきれいな死に方をするはずがない!
絶対に死んだふりをして、敵を道ずれにして死ぬはずだ!
なによりも、あいつは絶対に死ぬような奴じゃない!!
それを俺は、誰よりもよく知っているはずなのに―――――――――。
「あれは夢だ・・・!」
それを信じてしまった自分。
二度と信じないように。
そんな幻を見ないように。
「現実になってたまるか・・・!」
己に言い聞かせるようにつぶやく林山。
その姿を、目を細めながら見つめる義烈。そして、なにかを察したように口を開いた。
「・・・お前さんが納得したら、この話は終いにしようぜ?」
「そうだな。」
義烈の言葉に賛成する林山。
「それであなたの話は?」
「話?」
「とぼけないでくれ。俺に用があったからこそ、酒を飲みながら起きるのを待っていたんだろう?」
「ほっほぉ〜なかなか頭がまわるようになったじゃねぇか?」
「あの(・・)返事をしていないんだ・・・。そう考えるのは普通だろう?」
用件はわかっていた。
彼はあの返事を聞きに来たのだ。
あの返事を――――――――――――
(どう答えるべきか・・・。)
林山が言う義烈からの返事とは、今彼を一番悩ませていたことだった。
『百面夜叉の義烈』は、【ある事情】を作ってくれた、ありがたいような、ありがたくないような男。
酒場で彼に助けてもらったことがきっかけで、郭勇武のことを知ることができた。
さらに義烈は、星蓮を助けるために手を貸すと約束してくれた。
はじめこそは疑ったが、最終的にはこの男を信じることにした。
都を知らない田舎者の俺にとって、義烈の存在はありがたいものだった。
都に知り合いがいないわけではないが、家出をしてきている上に、宦官として宮中に入ったことになっているので会いに行くなどできない。
下手をすれば、星影を置き去りにして、俺だけ故郷に強制送還されかねない。
悪くすれば、三族皆殺しにされるだろう。
だから義烈から何を言われても、星蓮のためにも従おうと思っていた。
その彼が最初に言ってきたのは、『宿を引き払って自分のところに来い』というものだった。
ハッキリ言ってそれは困る。
そんなことをしてしまえば、星影と連絡が取れなくなってしまう。
言付けをしようにも、相手が相手、事情が事情だけに他言することはできない。
協力者である義烈にも言うことができない入れ替わり作戦。
一方的に待つしかない立場の自分が、義烈の申し出に即答などできない。
だから、『考えさせてくれ』と、誤魔化しながら返事を引き延ばしていたのだが―――――
(もう誤魔化せないな・・・。)
これ以上返事を長引かせれば怪しまれる。
下手をすれば、役人に売るための時間稼ぎをしていると誤解されかねない。
(仕方ない・・・。部屋に荷物を半分残して、その中に説明した紙を入れておこう。異変に気づいた星影が、荷物をあさって見つけて読んでくれるはずだ。荷物も、部屋代を払っておけば、置かせてもらえるだろう。)
何度も、相手を誤魔化すためのやり取りを思い浮かべる林山。
本番に備えて、何度も頭の中でその連勝をしてきた。
それを実行に移そうと、口を開いた時だった。
「おいおい、なんか勘違いしてねぇか?俺は別に、宿の引き払いを催促に来たわけじゃねぇぞ?」
「え?」
「あれなぁーだめになったわ。」
「え!?」
「宿のおかみにバレちまってよ、『飯の種を持ってかれたら困ります!』って、泣きつかれちまったんだわ!」
「ええ!?」
「だからよ、宿に泊まったまんまでいいから、俺のところに出入りするってことでいいだろう?」
「そ、それはかまわないが・・・・」
やった!よくやったおかみ!!
これぞ天の助けだ!!
やっぱり天は、俺達を見捨てちゃいなかったんだ・・・!!
宿のおかみと天に感謝する林山。
その喜びを悟られまいと、少し驚いた表情で義烈に対応した。
「そういうことなら、仕方ないな・・・。わかったよ、宿から義烈のところに通うよ。」
「悪ぃなぁ〜そっちの件は、それでひとつ頼むわ!」
「そっちの件?」
「ああ。俺が来た用件はそれじゃねぇからな。」
「では・・・・一体どんな用件で俺を訪ねてきたんだ?」
「ん――――・・・・。ちと急だが、今夜下見に行くことになってなぁ・・・。」
「下見?なんの?」
「決まってるだろう?お前の愛妹を救うためのだよ。」
「ええ!?ずいぶん急じゃないか!?」
「仕方ねぇだろう?段取り組んでたら、今夜しかねぇってことになったんだからよ。」
「だからって今夜は・・・!」
星影と合流してからと考えていただけに、相手の申し出に困る林山。
「本当に急じゃないか・・・!?」
「善は急げって言うだろう?銭だって急がなきゃ手に入らないしな?」
「どうでもいいよ。それで、どこに下見に行くんだ?」
決まってしまったものは仕方がない。あきらめて問えば、義烈はあっさりと言った。
「後宮。」
「・・・・へ?」
「だから、今夜後宮にお邪魔するんだよ。」
「えっ―――――――ええぇ!!?」
後宮!?そう叫んだ瞬間、額をはたかれた。
「馬鹿!声がでけぇ!!」
「痛っ!?」
再度、林山の額を指ではじくと、肩にまわす腕に力を込める義烈。
「お前も含めて五人ほどで行く。もちろん俺も行くがな。」
「ちょっ・・・!?・・・後宮って、そんなに簡単に侵入できるものなのか・・・!?」
「お前さ〜世間一般に言われてるように、『宮中は鉄壁の守り』だとでも思ってんのかぁ?」
「違うのか!?」
「残念!えり好みしなけりゃ、入る方法はたくさんあるんだよ。」
「え、えり好みって・・・!?」
(そういう問題か!?)
「あと、心強い助っ人も来てくれる。あんまり緊張しねぇで、気楽に構えといてくれや。」
「き、気楽って・・・・・!」
「あ!一応、武器は持って来いよ。出来れば、剣あたりを持ってきてくれ。なけりゃ、貸してやるよ。今なら特別に無料で。」
「なっ!?ぶ、武器まで持ち込む気か・・・・!?」
「お前さ〜忍び込むのに手ぶらで行くわけないだろう?兵士やら何やらいるわけだからさ、得物持ってないと殺されるぞ?」
「こっ・・・!?」
「ハハ!心配すんな!お前は俺が守ってやるから気楽にしてろ、気楽に!ただし・・・俺の命令にはきっちり従ってもらうからな・・・・!?」
有無を言わさぬ圧力をかける侠客。
「頼むぜ、せ・い・え・い?」
「あ・・・あぁ・・・・。」
(やっぱり俺・・・天に見捨てられたのか・・・・?)
あまりの急展開に呆気に取られる林山。
「しっかし楽しみだな〜久々だから、腕が鈍ってなけりゃいいけど!」
「楽しむようなことか・・・?」
「人生楽しまなきゃ損だぜ?心配すんな、天は俺らに味方してんだかよ!」
「よくそんなことが断言できるな・・・・!?」
「当然だろう。俺は天を、天帝様を信じてるんだぜ?なんせこの世の中、信じるものは救われるようにできてるんだからなぁ?」
“林山!この世の中、信じるものは救われるようにできてるんだぞ!?”
義烈の姿と親友の姿が、林山の中で重なる。
(間違いない・・・!やっぱりこいつは、星影と同類だ!)
上機嫌で言う義烈に、ため息交じりで再確認する林山だった。
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安林山が、のどかな陽だまりで物騒な話をしている頃。
劉星影は、物騒な話を終わらせていた。
「あくまで、一宦官の意見です。幸い宮中には、神儀などに使う陶磁器などを作るための釜があると聞きます。そちらにいらっしゃる、漢全土から集められた選りすぐりの陶工や職人方にご確認した方がよろしいでしょう。」
星影の言葉を最後に、異様な空気のまま静まり返る部屋の中。
その場にいる女達は待っていた。
後に続くであろう、この部屋にいる最高権力者の姉の言葉を待っていた。
程なくしてそれは、小さなため息と共に訪れた。
「瞭華。」
「はっ、はい!!」
「その器を、陶工の元へ持っていっておくれ。今すぐ返事がほしいと。」
「わ、わかりました!」
頭を下げると、幕の側にいた侍女を一人つかんで、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「・・・お前達、なにをしている?」
ねえやが出て行ったのを確認すると、今度は幕の側にいる侍女達に声をかける。
「紅嘉を見ておいで。よ〜く、見てくるのじゃ・・・!」
「ひっ!」
「す、すぐに見て、まいります・・・!」
「うっ・・・ひっ、ひっ・・!」
平陽公主の冷たい視線と言葉に、転げながら奥へと消える女官達。そのうちの何人かは泣いていた。
それを見届けると、視線を星影に戻しながら言った。
「時間がある。少し話しましょう。」
「・・・よろしいのですか?」
「わらわと話すのが嫌と言うのか?」
「とんでもございません。」
「ならば、顔を上げよ。・・・・わらわを見よ。」
言われるまま、顔を上げて平陽公主を見た。
椅子の腕に体を預け、少し寂しそうな顔をしていた。
(・・・・ちょっと言い過ぎたかな。)
その表情に、少しだけ悪い気持ちになる星影。
「安林山よ、そなたが玲春を思う気持ちはよくわかった。」
「平陽公主様。」
「わらわものぅ・・・今いる侍女の中では、玲春に一番目をかけておる。」
「平陽公主様!?」
驚く玲春に、少しだけ平陽公主の表情が緩む。
「お前は少し気が弱く、控えめすぎるが、分をわきまえた賢い子じゃ。いずれは、名のある男に嫁がせるつもりじゃ。」
「そんな!そんな・・・恐れ多い・・・もったいないお言葉・・・!」
「これ、畏まるでない!その気持ちは、今でも変わらぬぞ?」
「で、ですが・・・!」
「だからこそ、お前には十分な教育をしてきたのじゃ。どんな男に嫁いでも恥ずかしくないように、習い事はすべてさせてきた。『あのこと』意外を除いてな・・・!?」
「・・・え?」
「あのこと?」
不思議がる女官と宦官に、意味ありげな笑みを浮かべる皇帝の姉。
「安林山、そなたが茶器を割った罪は許そう。玲春も・・・。今まで通り、わらわに仕えておくれ。」
「平陽公主様・・・・!」
「そんな、勿体ないお言葉です!!」
女主の言葉に、慌て頭を下げる星影と玲春。
喜ぶ玲春に対し、星影は手放しには喜べなかった。
(玲春さんを守れたのはよかった。でも、なにか引っかかる・・・・。)
『あのこと』とは何だ?
それに、あの笑みは何だ?
この人は仮にも皇帝の姉だ。
(油断していたら、予想外のことになりかねない。)
己の命よりも、無垢な少女の命を守れたことには安堵した。
しかし、完全に危機は去ったとは言えなかった。
「さぁ玲春、顔を上げておくれ。お前にはいろいろと、キツイことを言ったからのぉ。」
「平陽公主様・・・!」
「もう泣くでない。安林山殿も、顔を上げなさい。」
「・・・・はい。」
(安林山『殿』、ねぇ・・・・。)
気味の悪さを感じながら顔を上げる星影。
「そんなに泣くでない。これでは、布がいくつあっても足りぬではないか?」
「で、ですが・・・うっうっ・・!ひぅ!」
そこには、泣きじゃくる幼い女官と、それをなだめる女主人がいた。
(・・・気のせいだったかな。)
少し、神経質になりすぎたかもしれない。
美しい主従の姿を見るうちにそんな気持ちになった。
(陛下の姉だと言うから、一癖あるかと思ったけど、そうでもなかったみたいね。)
「しっかりせぬか、玲春。」
「そうですよ、玲春さん。泣かないで。」
そう言って玲春の側に行く星影。布を出そうと懐に手を入れたのだが、そこであることに気づいた。
(しまった・・・・!私の布は、さっき玲春さんに渡しちゃってた!!)
つまり、持っている布がないのである。
(まいったな〜どうしよう・・・・!)
彼女の側に寄り、懐に手を突っ込んでおいて、差し出す布がない。
「あ、安様・・・!」
しかも玲春さんは、こっちを見ている。平陽公主が差し出した布は、彼女の手の中でぐしゃぐしゃになっている。平陽公主も平陽公主で、私が布を差し出すと思って、代わりの布を出さないでいる。
(ここで布がないってことにないってことになったら、かっこ悪いよね・・・!)
でもそこは劉星影。
普段からいろんなことに使う彼女の頭は、こんな時の対策法もすぐに叩き出してくれた。
「・・・いけませんよ、そんなに泣いては。」
「あ、すみません・・・安様。」
なかなか動かなかった宦官が、不意にあきれ声でそう言った。
それに対して、女官は申し訳なさそうに下を向く。
「私―――――――」
「―――――あなたに差し出す布などありません。」
「え!?」
そう告げると、たっぷりと間をおいてから言った。
「布があればあるほど、あなたは泣き続けてしまいます。それなら、いっそ出さない方が良い。」
「え・・・?」
「と、申しても、あなたの涙は流れてしまいます。なので――――――私の手をお使いください。」
懐に突っ込んでいた手を抜くと、それで玲春の涙をぬぐう星影。
「あなたが泣けばなくほど、私の手は涙に濡れます。」
「あ、安様・・・!?」
「ですが、それでよいのです。右手が濡れれば左手を、左手が濡れれば、この胸を差し出すだけ。」
「そ!?む、胸など・・・そんな、私が勝手に泣いてるだけです。安様がお気になさることは―――――――!」
「止まらないのでしょう?」
「え?」
「涙が止まらないのでしょう?」
「は、はい・・・。」
「止めたくてもとまらないのですよね?」
「す、すみません・・・・。」
「謝ることはありません。あなたの笑顔を見るためなら、卑しい私どんなことでもしましょう。ただ・・・この胸が濡れたその後は、一体どうすればよいでしょうか・・・?さすがに、足を使うわけにもいきませんし。」
「よろしゅうございます!私なんか、放っておいてくだされば・・・・!」
「嫌です。」
「安様!?」
「あなたが笑ってくれるなら、私はどんなことでもしますよ。例え、あなたに嫌われるような破廉恥なことをしてもね。もし、涙が止まらないというなら―――――」
「え?」
驚く玲春の顔に、己の顔を近づけながら言った。
「このどうしようもない口で、あなたの雫を吸うしかありません。雫と一緒に、憂いをおびた気持ちも、あなたの中から吸い取ってしまいましょう。」
少し困った顔をしながら、両手で玲春の頬を包む星影。
「あ、あああ・・・安さ、様・・・・!?」
「泣き止みなさい、泣き虫さん。」
そう言って、少しだけ舌を出す星影。
その動きに、赤面して固まる玲春。
少女を引き寄せ、そのまま顔を近づる宦官だったが―――――――
「な〜んちゃって!う・そ・だ・よぉ!」
「えっ!?」
アハハ!と笑うと、体ごと玲春から離れる星影。
「え?え!?ええ!?」
「舐めとったりなんてしないよ!でも、君の笑顔を見たいのは本当さ。」
「あ・・・安様・・・・!?」
「ごめんね、怖かった?」
呆気に取られていた玲春だったが、その言葉で涙溢れ出す。
「安様〜・・・・!ひ、非道ございますぅ・・・・!」
「あーあー!ごめんって!だからさ、ほら、泣き止んで!」
少女を抱きしめると、頭をなでる星影。
「よーし、よし!いい子だから、泣き止みなさい。」
「こ、子供扱いなしゃらないで、ぐだしゃい・・・!」
ヒグヒグと泣く玲春を、茶化しながら、元気付けながら、なだめる星影。
それは、自分の妹にするような行為だった。
(本当に・・・星蓮の昔にそっくりだなぁ・・・・。)
少女を胸に抱きしめながら、シミジミと妹を思う過保護な姉。
宦官という立場も忘れ、幼い女官に対して愛妹のように接してしまう。
(玲春さんって姉妹いるのかな?いるとしたら、お姉さんじゃないかな〜)
妹気質が十分あるし。
(まぁ、この子も素直で可愛いけど、やっぱり私の星蓮が一番よね〜!)
女官を慰めつつ、大事な妹のことを考える星影。
だから気づかなかった。
自分達を、冷たい目で見つめる平陽公主の視線に気づけなかったのである。
※最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・・!!
冒頭で、本物の林山を登場させてみました。林山は林山で急展開しています。
ちなみに【逆夢】の正式な意味は、「事実は反対の結果となって現われた、あるいは現れると考えられる夢のこと。」である。【逆夢】の反対が【正夢】になります。
それから【塞翁が馬】とは、中国の故事です。昔、中国北方の国境近くに『塞翁』という老人が住んでいました。ある日、老人の持ち馬がいなくなりました。人々は老人に、「馬がいなくなるなんて、悪いことが起きましたね。」と老人の不運に同情しました。これに対して老人は「悪いことはありません。これは良いことが起こる前触れです。」と答えたそうです。それからしばらくして、いなくなった老人の馬が、立派なメスの駿馬を連れて帰ってきました。それを見て人々は「いなくなった馬が、良い雌馬を連れて帰って来てよかったですね。」と老人の幸運を祝しました。ところが老人は、「良いことではありません。これは悪いことが起こる前触れです。」と答えたそうです。それからしばらくして、老人の息子がこの馬に乗って怪我をしてしまいました。これを聞いた人々は「馬に乗って怪我をするなんて、悪いことが起きましたね。」と老人の息子の怪我に同情しました。これに対して、またもや老人は「悪いことはありません。これは良いことが起こる前触れです。」と答えたそうです。それからしばらくして、戦争が起こり、若い男子は皆、兵隊として戦地に行くことになりました。しかし老人の息子は、足を怪我していたため、兵士として戦場に行かないで済んだのです。
近所の人達は、そのたびごとに老人・『塞翁』に同情の意を表したり 喜びの言葉を述べたりしましたが、それ以後も老人は一向取りあわず、「福必ずしも福ならず、禍必ずしも禍ならず」と答えたそうです。それが故事に基づく【塞翁が馬】となり、『何が幸せになり、何が不幸になるか、前もって知ることが出来ないことの例え』として現代に残っています。
最後に長いようですが、星影と玲春の話はまだ少しだけ続きます(汗)
妹への妄想スイッチが入ったら、周りが見えなくなるのが星影の悪い癖です(笑)
結構ダラダラ書いてますが、書きたいことが多すぎて、ついつい書きすぎております。
とにかく、楽しく読んでもらえることを目指しておりますので、広いお心でお付き合いいただけるとありがたいです。
※誤字・脱字がありましたら、お知らせください・・・!!ヘタレですみません・・・(土下座)