第六十四話 鑑定終了
若い宦官の『商人偽者宣言』。
それは、宮中の女達に新たな波紋を呼んでいた。
「安林山殿!あなたは、どんな根拠があって、商人まで偽者だと言うのですか!?」
「九割は、断言できませんけど・・・話のつじつまが合いませんね。」
「ほとんど断言しているではありませんか!?」
「私がここで断言してしまっては、馬様はもちろん、平陽公主様に恥をかかせてしまうのでは?」
「心配しなくても、十〜ぅ分!!かかせておりますよっ!!」
「お、おやめください馬様!!どうか!ど〜かっ!安様をお許しください・・・!」
ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う。
のらりくらりと発言する安林山こと劉星影。
そんな星影に掴みかかろうとする上司・馬瞭華。
それを、必死で抑える配下の徐玲春。
「放しなさい、玲春!この宦官は、われらのよく知る商人を偽者だという不届き者です!」
「それは誤解です、馬様。」
「『誤解』ですと!?」
「はい。商人以外も偽者でしょう。」
「え!?」
「おそらく全員、共犯でしょう。」
「ええ!?」
新たに、とんでもないことを言い出す宦官。
「ば・・・・!馬鹿なことをおっしゃらないでくださいっ!!商人を含めた全員が共犯!?ふざけないで頂戴!!」
「ふざけていません。本気です。」
「なおさらよくありませんっ!!」
その結果、さらに馬瞭華を怒らせてしまった。
「あなたね・・・!宮中に入る人間が、それも平陽公主様にお目通りできる人間が、わざわざ自滅するようなことをしますかっ!?考えても御―――――!!」
「―――――――先入観のみで、発言されるのはよろしくありませんよ、馬様。」
片目を閉じながらそう告げる星影。
「ところで馬様。」
体ごと女官頭に向けながら星影は問うた。
「よろしければ、これを持ってこられた商人とその連れの特徴を詳しく教えていただけないでしょうか?」
「な、なんでそんなことまであなたに――――――――!」
「お聞きできないのなら、私も商人が偽者だという理由は申しません。」
「なっ!?」
「ですから、また(・・)騙されても文句をおっしゃらないでください。」
「なっ、ななななな!!」
あまりの言い方に、茹でタコのように真っ赤になる女官頭。
「安林山殿!なっ、な、なんと無礼な物言いを――――――!?」
すぐさま反論したのだが――――
「―――――教えておやり、瞭華。」
ねえやの言葉を遮りながら、女主人はそう命じた。。
「お嬢様!?」
「『平陽公主様』、であろう?瞭華よ。安林山に、詳しく話しておやり。」
「し、しかし・・・!」
「話したところで、変わるわけではあるまい。安林山の減らず口は。」
そう言うと、問題の人物を見つめる皇帝の姉。
茶化すような口調だったが、彼女が怒っているのを、星影はわかっていた。
というか、すでにかなり怒らせていた。
今はその怒りが一山終えて、収まっているが、いつ爆発してもおかしくない。
無言で笑みを作れば、それを見ながら、瞭華、と女主人が促す。
「わ、わかりました・・・。」
渋々ながら、女官頭は口を開いた。
「・・・平陽公主様の元へ来た者は、西域の商人を紹介してくれた商人が一名、西域人が一名と、その西域人の通訳が一名、品物を運ぶものが二名の計五名です。」
「すべて男性ですか?」
「いいえ。品物を扱っていた者は女性でしたが。」
「品物を使っていたのが、女性ですか?」
「ええ。」
相手は全部で五人・・・。そのうち二人が女か。
(女性に重労働させるとは、ひどい連中だな。)
「いくら特別に許可されたとしても、男が宮中へ入るのは異なこと。それゆえ、品物を運ぶものは女性なのです。」
星影の心中を察してか、さりげなく解説する瞭華。
「これはご丁寧に。」
それに笑顔で答えれば、相手はキッと睨みつけた。
「さらに申し上げれば、西域からの商人を紹介してくれた者は、昔から平陽公主様が懇意にしている者。不実なことをするはずがありません。」
「では・・・西域の商人を紹介した者以外とは、それまで付き合いがなかったと?」
「当然です。」
「その方以外は、全員異人だったのですか?」
「いいえ。通訳も漢人だと言っていましたわ。」
「他の三人は?」
「異国の商人が幻人(ローマ人)、女二名が蛮人だそうです。」
「そう名乗ったのですか?」
「ええ、幻人だと名乗りましたよ。蛮人の女についても、その通訳の方がそうおっしゃいましたので。肌の色も、漢人とは違いましたし。」
「通訳の方の出目(出身地)は、お聞きになりましたか?」
「南方だと言っていました。南方は暑いので、かなり日に焼けてしまったと。」
「日に焼けていたのは、品物を運んだご婦人達もそうではないのですか?」
「そうですね、焼けておりましたよ。赤茶色のような色をしていましたが・・・。」
苦々しく告げる老女。その目は、どこまで聞くのかと星影を責めるものだった。
しかし彼女は気にしない。気にしたところで真実がわかるわけではない。
周りを気にしないのが、安林山に化ける劉星影のやり方なのだ。
「聞きたいことは聞けましたので、ご安心ください。」
「今の会話で、十分な情報を得られたと?」
「そういうことです。」
「馬鹿馬鹿しい!今話した中に、どんな怪しい点があったと申すのですか!?」
「あなた方が、『少ない情報』と『相手の言葉のみ』で、彼らの話を信用していたということです。」
「どういうことです!?」
「『肌は白く、髪は金色に明るく、目が茶色』の男・・・を、馬様は幻人と判断されたのでしょう?」
「そ、そうですが。」
「なぜ、そう判断されたのですか?」
「幻人は、漢人よりも白い肌をし、髪や瞳の色が明るく、翡翠や珊瑚のようだと聞いていたからです。」
「それは、幻人限定ですか?」
「え?」
「肌が白く、髪は金色に明るく、目が茶色ならば、『すべて幻人である』と教えられてのですか?」
「あっ・・・・!」
星影の言葉に、何かに気づいたように叫ぶ馬瞭華。
「ど、どういうことですか・・・安様?」
自分の上司の様子を見ながら尋ねる玲春。星影は微笑みながら言った。
「うん。それじゃあ、玲春さんや・・・この場にいる皆さんにお聞きします。皆さんが、漢人とは違う毛色や目の色をした者を一目見ただけで、正確にどこの国の人間か判断できますか?」
「え?」
「肌が白く、髪は金色に明るく、目が茶色ならば、『それ以外は幻人でない』と判断できますか?」
「それは―――――・・・・!」
星影の言葉に、玲春もようやく気づく。それは、幕の側にいる女官達も同じだった。
「できるわけがないのです。」
そう。一目見ただけで、漢人以外の異人を判断することなどできない。
だれが、どこの国の者か見分けがつくはずがない。
漢人は、自分達を基準にして考える。
髪や目が黒いか、肌の色が薄い黄色をしているか。
それ以外は、『蛮人』と判断する。
そんな判断の仕方なので、肌が真っ白だったり、黒かったり。
目が青かったり、緑色だったり。
髪が金色だったり、栗色だったり。
まとめて『異人』と判断するのである。
「我々と見た目や言葉違えば、とりあえず、『蛮人』か『異人』と名称をつけて呼ぶ。そうでしょう?」
漢民族が、どのような基準で『蛮人』『異人』と決めて呼ぶか、正確にはわからない。
漢人である自分でさえも、深く考えたことがないのでわからない。
だが、父から聞く限り、『文化』が基準になっているらしい。
漢民族よりも、同等あるいは高度なものであれば『異人』に。それより下と判断されれば、『蛮人』になるのである。
要は、『知識』があるかどうかが決めてらしい。
だが、漢人以外の少数民族にも学問はある。知識もある。
しかし、文化があっても文字のない民族もいる。
そんな者達は、口頭で文化を伝えている。
文字を残さないことが、未熟と判断される。
仮に、書き記す文字、絵文字を使っていたとしてもだ。
漢民族は絵文字を使わない。
漢民族にはないのでおかしい。
けっきょくは、人数で圧倒する漢民族の意見が正しいと結論付けているのだ。
ちなみに・・・・・本編とは関係ないが、日本の古代の巫女・卑弥呼についても、そのような傾向がある。
当時の日本には、「ひみこ」という巫女は確かにいた。
しかし、「ひみこ」に当てた漢字は、当時の中国王朝・魏(曹魏)が当て字で「卑弥呼」と命名したのである。
その当て字の意味は、漢字の通り【卑しい巫女】とのことらしい。
当時の中国の人々は、自分達こそが一番優れているという自負があった。
だからそれ以外の民族、朝貢に来た者達に対しては、はっきりと【格下】と区別していたのである。
作者的には悲しいことだが。
「その一例として、みなさんは山越人や他の少数民族でも身分を偽ることがあるのをご存知ですか?」
「知っておりますが・・・。」
「それに、我々は早い段階で気づくでしょうか?」
「それは――――・・・・!」
「言葉や習慣で気づく場合もありますが、それらを完璧に習得していれば、滅多なことがない限りバレないでしょう。」
「し、しかし!」
「漢人とて、戦の際は敵方のフリをして紛れ込むのです。漢人にできることを、他の少数民族ができないとお思いですか?」
蛮人ではなく、あえて『少数民族』と言う星影。
「ところで馬様はご存知ですか?数年前に陛下は、ある国を平定されたことを。」
「・・・南越国のことか?」
混乱するねえやの代わりに平陽公主が答える。
「左様でございます。その南越国のことです。」
望んでいた答えを聞き、満足げに星影は答える。
南越国(現在のベトナム中部)とは、ほんの数年前に漢の完全な領土となった場所のことである。
南越国の歴史は古く、秦の始皇帝が中原を統一した際、嶺南を攻略し、越の番禺 (現在の広東省広州市辺り)を占領し、『南海』・『桂林』・『象』の嶺南3郡を置いたことにはじまる。
秦が滅び、その支配が放棄されると、その知事であった趙佗という人物によって『南越国』として独立したのだ。そのため、この国の人々のことを『越人』と呼ぶようになった。その後『越人』は、中国南部やインドシナ東北部を支配していたが、前183年、前漢に対して反抗を企てたのだ。この反抗は長期化したが、それを鎮圧したのが、前漢七代目皇帝の武帝であった。武帝は、前118年に南越国を征服し、そこに7郡を置いたのである。その際武帝は、広東省、海南島ばかりでなく、ベトナムの北部や中部をも制圧したのだった。これらの地域は、後に『交州』と呼ばれるようになる。
この数年後の前111年には、嶺南7郡は9郡へ変わる。
だが、物語の中では、嶺南はまだ7郡なので、7郡として話を進めていきたい。
「そこには現在、7郡が置かれておると聞いております。これにより漢は、南越国での南海貿易での利益が約束されました。」
「詳しいのぅ、安林山。」
「噂を耳にしたまででございます。その噂によれば、西域からの高級品が入るのは、日南郡からとのこと。海に接していることもあり、犀、玳瑁(海亀の一種で、その甲がべっ甲であるもの)、銀、銅、布も集まるとお聞きします。どれも、異国の者達を魅了するものではございますが、中でも、青銅器や鉄器を求める商人が多いとか。」
「銀や銅ではなく、青銅器や鉄器をですか?異国の方が?」
「異国の方もだよ、玲春さん。漢の青銅器や鉄器が精巧なのは、他国にでも周知の事実。それを求めて、南海貿易を求める商人が多いと聞いています。」
大商家の娘として、自分の知る限りの知識を話す星影。
「異国の貿易の特徴は、国内の貿易と違って受身であること。」
「受身?」
「玲春。」
話を遮った女官に、静かに平陽公主が注意する。途端に、身を震わせる少女。
怯える彼女の肩を抱きながら、お許しをと、代わりに詫びる星影。
それを微笑しながらうなずいてみせる平陽公主。
許しが出たところで、中断していた話を再開した。
「元々、漢と異国の貿易は、漢同士の取引とは違うのです。」
「どう違うと?」
「先ほど申し上げた通り、受身だという点です。漢と異国との取引は、常に漢が受身なのです。我々と異国との商談・取引は、あくまで『漢』が受身の形なのです。」
「受身なのですか・・・?」
「つまり、こちらが待っている側なのですか?」
「ええ。異国から漢に来ることはあっても、漢から異国の、それも西域の先まで行くことはできません。」
「なぜ行かないのですか、安様?」
「それはね、玲春。危険だからだよ。」
「危険じゃと?」
不思議そうに聞き返す元・皇女に彼女は答えた。
「向こうには漢が『蛮人』と呼ぶ方々よりも、はるかに恐ろしく危険な蛮人が多いそうです。ですから、危険をおかしてまで行かないし、行くこともできません。行ったとしえても、せいぜい、錫蘭 (スリランカ)あたりまでですよ。」
「そうなのか?」
「はい。ですから、西域から漢まで一つの船で来たというのが解せません。西域から漢まで来るには、船を乗り換えてこなければならないからです。一つの船でここまで来るのは、とても要領が悪い・・・・というより、無理なんですよ。」
「それは・・・危険な蛮人がいるからですか?」
「それもありますが、問題は『道』ですね。」
「道じゃと?」
「はい。陸に坂道、でこぼこ道、獣道があるように、海にもそういった道があるのですよ。だから、海路によっては船が壊れたり、使い物にならなくなります。途中で何らかの事故が起こるのです。」
「それでは、一つの船で来るのは無理ではないか・・・?」
「そうなんです。だから普通は、仲介者を通して来るんですが・・・。」
「それが、直接来たとなると・・・・・・・!」
平陽公主のつぶやきで、馬瞭華の顔色は青白くなる。
「ですから幻人が・・・船を乗り換えずに、本国から来たというのが解せませぬ。それに聞いた話では、幻人の国は漢に負けぬ大国で、多くの国々が支配下にあると聞きます。それなら、支配国から近い国のものが品物を取引すればよいだけの話。そのような要領の悪いことをしないでしょう。」
「で、でも安様!相手は平陽公主様でございます!陛下の実の姉君でございますよ!それなら――――」
「それだけのことをして当然だと?」
「はい!」
「仮にそうだとしたら、さらにおかしい。ここにいらっしゃる平陽公主様は、陛下にとってなくてはならない頼もしい姉君様だよ?それほどのお方に対して、たった五人で尋ねてくるかい?」
「あ!」
「百倍、千倍の人数で来ないとおかしいお相手だよ?無礼極まりない外交を、幻人がするとは思えないな。第一、このような粗悪品を薦めるかい?」
星影の問いに、玲春は横に首を振る。
「それにね、多分西域人・・・幻人(ローマ人)だと名乗った商人は、昔から南海貿易と関係の深い占尼人(中部チャム族)や藍人(南部チャム族)、あるいは扶南国の人間(クメール人)だね。漢人だと名乗った通訳と品物を運んだ女性達は、日南郡の越人だと思うよ?」
「え?」
「幻人を名乗った者以外は、漢人。おそらくは、役割分担を決めて、それぞれの役を演じていたのでしょう。」
「え、演じていた!?」
それまで黙っていた馬瞭華が口を開く。
「あの者達は、芝居をしていたということですか!?」
「いいえ。漢人の商人役だけは本物でしょう。」
「馬鹿をおっしゃらないでください!女二名はともかく、通訳が越人のわけがありません!」
「なぜです?」
「肌の色も、目の色も、漢人と同じなんですよ?越人にしては、肌の色が薄すぎます!」
「越人の中には、漢人に近い肌の色、目の色の者もいます。とても少ないですが、探せば似ている者はいますよ。それは、漢人にも同じこと。漢人であっても、多少髪の色が薄かったり、肌が黒かったりするではありませんか?」
「り、理由にはならないでしょう?それだけでは!?」
「ええ、あくまで一部ですから。だからこそ、日南での交易の話をしたのです。」
「どういうことですか・・・・!?」
瞭華の問いに星影は言った。
「現在の交易は、海を渡っての物品取り引きから、陸路を使った取引まで、さまざまございます。ですが、陸路における西域との商売取引のできる道ができたのはつい最近のことです。つまり、交易の主流は海路なんですよね。」
「そうなのですか、安様?」
「そうだよ。近頃、異国から入ってくる品のほとんどが海路を利用している。陸路からのものもあるけど・・・これは少ないね。」
「なぜですか?」
「原因はお金だよ。張騫様が重い課税をかけたことがきっかけさ。おかげ様で、商人の多くは地主になったそうですが。」
事実、星影の実家、劉家と取引のあった一部の商人は地主となっていた。
張騫が、どういう考えがあって、容赦ない課税を課したのかはわからない。
しかし、商人を追い込んだ課税は、今度は自営の農民を追い込んでしまった。
風の噂では、元・商人の地主に、泣かされる農民が増えたらしい。
(どこかを締め付ければ、別のどこかが締め付けられる。まさに負の循環だな・・・!)
そんなことを考えながらの発言。彼女の言葉の意図を、相手はしっかりと理解していた。
「嫌味な奴じゃな。貴様は何が言いたいのじゃ、安林山?」
急かすように平陽公主問う。それに流されることなく、落ち着いた口調で星影は言った。
「もしやとは思いますが、馬様。その商人に、青銅器や鉄器をお渡しになりませんでしたか?」
「なっ!?」
「珍しい物と話を聞かせてくれた褒美に、青銅器や鉄器を下賜されたのではありませんか?」
「安林山殿・・・・なぜあなたがそのことを・・・!?」
「やはりそうでしたか・・・・。」
女官頭の返事に、小さく息を吐きながら星影は言った。
「商人の中には、ずる賢い奴がいましてね。大金を出して青銅器や鉄器を買うより、高貴な方々を口先だけで丸め込んで、買うよりも安くもらってしまおうと考える奴がいるのです。」
「なんですと!?」
「異国の珍しい物といえば、どんな人間でも気を惹かれます。おだてられて、讃えられて、気分がよくなれば、財布の口だけでなく、気持ちまでも大きくなるものです。」
「安林山殿・・・!」
「で、ですが!越人が、平陽公主様をだます理由が――――!」
「最近の日南郡は、越人を差し置いて、漢人が交易の主権を握っていると聞きます。そうなれば、昔から商売をしている日南郡の者は、商売がやりづらいはずです。」
事実、現・皇帝が日南郡を平定してからは、かねてから付き合いのあった越人との取引が少なくなった。それと入れ替わる形で、日南郡での取引相手が漢人へと変わっていた。
「陸路に金がかかるなら、金のかからない海路が主流になるのは必然。海路を使うとなると、日南群で取り引きされると考えるのが賢明でしょう。さらにいうならば、日南は、昔から越人が主として交易を行っていた場所。陸路の交易が難しくなった漢人が、流れ込みやすい場所でもあります。」
「そうなんですか・・・?」
「そうだよ、玲春さん。『漢人』と名乗るだけで、越人が築いたものをかっさらうことができるのですから。」
あざ笑いながら言えば、平陽公主などはあからさまに嫌な顔をした。
「だから、商人共々共犯だと言うのか?紹介してくれた商人まで、わらわを欺いたと?」
「一人だけ知らなかったというには、大掛かり過ぎます。宮中に出入りできるということは、それだけ優秀な証拠。警戒心や慎重さも人一倍なはずです。」
「だからこそ、わらわは信じられぬのじゃ!その商人も、偽物と知らなんだかも知れないじゃろう?」
「いいえ。商人は知っていて、あなた様にこのようなまがい物を薦めたのです。」
「よくそれだけ、小賢しいことが言えるものじゃ!商人に非があると決め付けすぎであるおう?茶器についてはともかく、西域から漢までの道のりについては、単に通訳が西域人の言葉を間違えて訳しただけじゃろう。」
「平陽公主様・・・・!」
あまりの意地の張りように、あっけに取られる星影。
「しかも安林山よ・・・お主は、その商人を、紹介してくれた商人を知らぬではないか?どのような男か、知らぬだろう?」
「人柄まではわかりません。しかし、平陽公主様がそこまでおっしゃられるということは、それだけ信頼できる方というのはわかりますが―――――――」
「つまり貴様は、何があっても商人に非があると決め付けるのじゃろう?」
「・・・確かに私は、平陽公主様がご存知の商人の方を知りません。ですが、どんな人間であるか知ることはできます。」
「ほぉ・・・どうやって知ると?」
「品物です。」
「・・・・なんじゃと?」
「彼が商人ならば、扱っている品物を見ればわかります。まっとうな商売をしようとしているものかどうかは、品物の状態や質を見ればわかります。仮に、高価なものでなくても、大事に扱っていれば、それが品物の状態に出てくるのです。」
「安林山・・・!」
「何度も申しますが、こちらの品物は、肩書きとまったく違う最悪な品です。それだけで、その方がどのような御仁か十分に理解できましたよ。」
「それだけで決め付けるか?」
「それだけで十分なのです。それに決め付けているのではなく、そう思わざる得ないのです。」
「決め付けておるではないか・・・!?」
邪悪とまではいかないが、ただならぬ気を発する女主。
それを察して、彼女のねえやが口を開いた。
「安林山殿の申すことは、よくわかりました!しかし・・・何度も申しますが、われらが申す商人の方は、古くから平陽公主様と付き合いのある者なのですよ。」
「馬様。」
「平陽公主様はもちろん、私や他の女官達も信頼しているのです。その者が、わが主に恥をかかせるようなものを持参し、薦めたとは信じられぬのです。」
「許羽は・・・あの商人は、わらわが昔から信頼をしておる男だ。最近は、体を壊したこともあり、なかなか来てくれなんだ。それが、わらわのためにと、西域の品と共に来てくれたのじゃ。あの真面目だけがとりえの男が、そんなことをするはずがない!」
「平陽公主様・・・。」
「あれほど気骨のある商人は他にはいない!だが―――――耳が遠く、老いてしまった。きっと、耳が遠かったせいで、通訳の言葉を聞き間違えただけじゃ!」
(まだそんなことを言うのか?)
いくら親しい仲とはいえ、これだけ証拠がそろっているのにまだ信じる気?
(許羽か・・・)
その名前に覚えはなかった。
藍田出身の星影が、知るはずもない都の宮中を出入りできた商人の名。
平陽公主様の話を聞く限り、悪い人間には聞こえない。
軽率な買い方をしたのも、その許羽という老人を信頼してのことか。
(信じてあげたいのは山々だけど・・・・。)
何度目かになる視線を、問題の茶器へと送る星影。
(品物を見る限り、とても良い商人には思えないんだよね・・・。)
気持ちでは、平陽公主達の話を信用したかった。
しかし、大商人の娘としての感が、それを許してはくれなかった。
星影が悩む一方で、当の女主人は弁護を続けていた。
「通訳と異人が共謀して誤魔化せば、数の上からでも商人が不利じゃ。言葉にしても、通訳と異人の間では成立するが、商人はまるで通じぬ。商人にはわからぬ、何らかのやり取りがあっても仕方ない。」
「西域で商売をする商人のほとんどは、ある程度は向こうの言葉わかります。最低でも、単語ぐらいはわかりますよ。」
「わかるものか!西域人がどうかは知らぬが、山越人や南方や北方にいる蛮人の言葉を聞いたことがあるか?わけのわからぬ、汚らしい言葉を使う。」
(汚い?)
そう断言すると、馬鹿にするように笑う元・皇女。
「漢の言葉も理解できぬ野蛮人。あんな卑しい者の言葉を基準にするのは癪じゃが、それを思えば、わかりづらくて当然じゃろう?」
「そうでございますね。」
平陽公主の言葉に、馬瞭華をはじめとした女官達が納得する。
「西域の者の言葉を聞く機会はございませんが、蛮人の言葉でしたら、存じております。わかりづろうございます。」
「馬様のおっしゃるとおりですわ。」
「卑しい者の言葉など、漢人はわかりません。」
「その通りでございますよ。」
そんな主人に合わせるように、幕の側にいる女官達も小さく笑う。
「玲春、お前はどう思う?」
ただ一人、若い宦官の隣で笑わずにいた少女に平陽公主は問う。
彼女は、自分が問われたことで、一瞬驚いたように頭を下げる。
そして、星影を気にしながら小さく答えた。
「・・・・・・・・・異人の言葉を聞いたことがございません。」
蚊の鳴くような言葉でそう答えた。途端に、周りの女官達が笑い始めた。
(なぜ笑う?)
周りがなぜ笑うのか、その笑いのツボがわからない星影。
対する平陽公主は、自分の侍女の答えを受け、ため息をつきながら言った。
「聞かずとも判断せよ。異人は卑しい者。そんな『野蛮人』が上品な言葉など発するはずがなかろう?悪臭放つ異民族が。」
“ことあるごとに『異民族』は、『野蛮人』は、と、蔑み、我らのすべてが悪であるかのように言ってきたのは誰だ?”
琥珀の言葉が頭をよぎる。
そうだな・・・琥珀。
私は最初、お前が漢人に対する自分を皮肉っているのかと思っていた。
でも、彼の言う通りだ。
彼らを危険だと、野蛮だと決め付けたのは漢民族だ。
しかも、上流階級である皇帝の姉本人がそう断言するのだ。
―――――――――――――異人は卑しい者
癪に障った。
宮中の女達の言葉が、星影の癪に触った。
「確かに、そうも考えられますね。」
急に、静かな口調でいる宦官に、女性達の笑いはやむ。
「私も、己が漢民族であることを誇りに思っておりますが。」
星影も星影で、平陽公主の意見を否定はしなかった。しかし――――
「『卑しい』は余計でしょう?」
一言だけ否定した。
その言葉で、全員の視線が自分に集まる。
それを無視して、目の前でさえずる女達に向かって星影は告げた。
「南方・北方にいる漢民族でない者を、卑しいとおっしゃるのはよろしくないです。」
「あ、安様!?」
「平陽公主様だけに限りませんが、漢民族でない者を『卑しい』と表現するのは、よろしくありません。」
「なんじゃと?」
「我ら漢民族がすばらしいのは間違いありません。しかし、漢民族でなければ、『卑しい』と思うのはおかしいでしょう?漢民族でなくても、学があり武のある者もいます。いるのにもかかわらず、それを知らないし、認めていない。」
「そのようなこと、今は関係ないだろう?」
「今申さないと、次に申す機会がないから申すのです!」
低く怒鳴りつけるようにいう星影の声に、馬瞭華をはじめとした女官達の体が震える。
平陽公主も、ふいをつかれたように目を見開く。
「・・・・仮に、あなた様の仰る通り、通訳の者がおかしな訳し方をしたとしましょう。」
「あ、安様?」
急に話を戻した宦官に、玲春は声をかける。
それに答えることなく、星影は自分の意見を言った。
「平陽公主様の仰るとおりでしたら、この器についてはどう説明されるおつもりですか?」
認めない女主に対して、割れた破片を差し出す星影。
「光沢も、上薬も、土も、刻印も、すべてにおいていい加減なこの器!これについては、どう説明するおつもりです?」
「それは―――――!」
「この器の存在自体が、商人にも非があるという、動かぬ証拠なのですよ?」
「ちゃ、茶器についてはともかく、西域から漢までの道のりについては、単に通訳が西域人の言葉を間違えて訳しただけじゃろう?」
「相手を信じたいお気持ちはわかります。ですが、それならなおさら、偽物だと知らなかったというのは腑に落ちません。」
「しつこいぞ、安林山!」
「しつこいですとも!命を懸けて話しているのですから!」
平陽公主が、親しい相手をかばう気持ちはわかる。だが、第三者である自分まで、それを受け入れてしまっていけない。そんなことをすれば、商人の娘の名誉に傷がつく。
だから、情を捨てて厳しく告げた。
「『平陽公主様へ』と薦める品なら、十分に確認しているはずです。仮に何者かの策略で、すりかえられたとしても、品物が変わった時点で気づくはずです。」
「安林山・・・!」
「経験不足であるろうが、年が若かろうが、見た目が悪かろうが、それらが商人の良し悪しを決める基準ではありません。」
「では、貴様の申す基準とはなんだ・・・・?」
「勇気です。」
「勇気?」
その言葉に、平陽公主の眉がつり上がる。
「勇気がなければ意味がありません。悪いものは悪い、偽者は偽物と、ハッキリと言い切れる勇気です。」
良い物があれば、欲しいと思うのは人の性。
「いくら本人の前でも、偽物だと気づけば、正直にそう伝えるべきです。」
職人が、作ったものに上・中・下と評価をつけて売買する。
それが商人の仕事。
「それによって、己が悪い立場になったとしても、それは仕方がないこと。一番いけないのは、偽物だと言わなかったがために、取引した相手に不利益を与えることです。」
幼い頃は、そんな父の仕事に違和感を抱いていた。
同じような商品に、差なんてつけたくはない。
だって、汗水流して、一生懸命作った気持ちに差なんてない。
それなのに、どうして差をつけるの?
そしたら父上が言った。
「これは、金銭的な問題だけではありません。本物だと思って他の者に紹介したら、偽物だったと恥をかかせたり、笑い者になったり、場合によれば怒りを買ってしまうことです。信用も一緒に無くしてしまうのです。」
同じように作って、差があるからこそ、品物の価値が上がる。
他の者に負けまいという職人の心が、さらなる逸品を作り出す力となる。
それを求める者のためにも、間違った品を渡してはいけない。
「それが大切な相手なら、お客様ならなおのこと。あなた様のお立場などを考え、言いそびれたのでしたら仕方ないかもしれませんが・・・・。」
偽りの品を渡してはいけない。
「恐れて言えなかったのなら、あまりにも骨がない。」
人は、値下げや買い叩きを汚いというがそうではない。
どんな場であっても、正しいことがいえないものが恥なのだ。
それによる不正で儲けた金など、我ら商人にとっては恥でしかない。
嘘の取引をすることが一番汚いのだ。
「商人として、嘘の取引をするのが一番汚いのですよ。」
「安様・・・・。」
「私が申し上げたいのは、日南郡は異国の品が集まる入り口である一方、すぐに交換できる場所でもあるということです。また、言葉さえ通じれば、異国の情報についても交換できる場所です。」
「だからなんじゃ?」
「私が思うに、これは日南郡の商人が西域の商人と偽り、金儲け目的で身分を偽って、あなた様にこのような品を売ったのではないでしょうか?」
「馬鹿な!これを持ち込んだ商人は、異国の者でしたわ!?通訳までつけて、やってきたのですよ!宮中で、それほど手の込んだことをしてまで、命の危険を冒してまでして、そこまで―――――!!」
「金儲けのためなら、危ない橋でも渡りましょう!金に貪欲な物はそういう者です。もっとも、相手が宮中を、平陽公主様をそれほど恐れていなかったとしたら?」
「え!?」
「『王様の娘』ということしか聞いていなかったのなら、世間知らずでだましやすいと思ったのでしょう?ましてや、宮中という限られた聖域で育ったのなら、人を疑うこともないと思ったのではないでしょうか?」
「無礼な!平陽公主様を愚弄するのか!?」
「ただし、一部は訂正いたしますよ!越人の方が、金目当てでこのようなことを起こしたとは思えません。」
「では、なんだというのです!?」
「張騫様が、陸路に高額な税をかけたおかげで、陸路で商売をしていた漢人が海路へと仕事場を変えたのです。おかげで、海路で商売をしていた越人の商人は、漢人の商人に仕事場を奪われたのですよ。そうなれば、一泡吹かせようと考えるでしょう。」
「無礼な!安林山殿、あなたは、陛下の国政を批判する気ですか!?」
「とんでもございません。ただ、漢人以外の少数民族のみが、悪者扱いされるのが納得できなかっただけです。」
「・・・随分、野蛮人共をかばうのじゃな?」
低めの声で平陽公主は問う。
「・・・いけませんか?」
「野蛮人がなんの役に立つ?」
「平陽公主様が生まれ育った、宮中ではなくてはならない、大きな存在かと存じます。」
「野蛮人が?宮中にいるのは、自慢すべき父母と瞭華のような優しいねえやや、気の利く女官達、それに優れた文武百官のみじゃ。たわけたことを申すな!」
「では、宮中での雑務の大半と、女人には難しい力仕事荒仕事をこなしているのは、どのような方々でしょう・・・?」
「っ!?」
「男として生まれながらも、皇帝・皇族にお遣えするため、男でも女でもない者に、生まれ変わった者達ではないでしょうか?」
「・・・・!」
「宮中で支えとなっている者の大半は、あなた様が蛮人とさげすむ者達が大半なのですよ・・・!?」
厳しい口調で言う宦官に、その場の全員が言葉を失う。
玲春も瞭華も、他の女官達も、複雑な顔で黙り込み。
その中でも、一番の権力者である女性は、目を見開いたまま黙り込んでいた。
言い返すことなどできない。
星影が言った言葉は、間違いなく―――――――――――
「・・・・・・正論じゃな。」
筋道を通した正しい話だから。
それだけ言うと、肘掛に体を預けてもたれかかる女主人。
「ついでに申し上げますと、西域の器が高いのは上乗せがあるから利益です。」
「上乗せじゃと?」
「はい。西域の器が高いのは、入港を待ってその貨物を買い、さらにこれを内地に転売し、その際につける上乗せを利益としているのです。これは、異国のものすべてにおいて同じです。海や砂漠やらを通って漢に輸入されるから高いだけです!そこらを通る交通費や手間賃を除けば、漢の品とたいして変わりません。」
「それでは・・・高価ではないのですか?」
「そうだね、漢の高級品と同じくらいの値はあるよ。だけど、人の命以上の価値なんてないから。」
「で、でも安様。それなりに高価な素材を使っているからこそ、高いのではないのですか?」
「違うな!値段が高いからといって、良い素材を使っているとは限らない。むしろ、漢にあるかないかで値段が上がったり下がったりするんだよ!珍しければ、そういうのが好きなものがこぞって買う!人気が上がれば、品数が限られていれば、金額ばかりが上がる!商人が頻繁に来れない分・・・・ね。」
頻繁に西域の商人は来ないだろう?と、玲春に問えば、彼女は納得したようにうなずく。
「確かに・・・西域の商人様がいらっしゃるのは限られています・・・。」
「だから現地で買うより、高くなるんだよ。」
そう言って断言する星影。彼女がそういうのには根拠があった。
普段の彼女は、なんの証拠もなしに断言することが多いが、品物に関しては別だった。
星影の生家は、さまざまな品物を取り扱う大商家なのだ。ある程度の品の価値はわかる。
小さい頃から、本物の品だけを見て育ってきた星影。
大商家の娘として、知らず知らずのうちに、品定めをするためのすべを学んでいた。
そんな星影の長年の経験から言わせれば、平陽公主の持っていた茶器は偽物なのだ。
「それが―――――――・・・・・お前がわらわを哀れんだ理由か?」
「そうです。後学のために、お伝えしているのです。我ら漢人の目から見れば、偉人の見分けなどつきません。ですから、相手の話のみで判断するのは危ないものです。」
冷ややかな視線を送れば、問題の人物は静かに黙り込んでいた。
「平陽公主様が、許羽様という商人の方をかばわれるお気持ちはわかります。ですが、あなた様が相手を思われてかばう優しさは、許羽様にとってよいことではございませんよ。」
「なんじゃと?」
「あなた様がこれ以上許羽様を庇われれば、許羽様はまた同じ間違いを犯すでしょう。」
「貴様、許羽を罪人扱いするか?」
「恥を認めたくないのでしたら、それはそれでよろしいではありませんか。ですが、あなた様にこの器を薦めた連中になんらかの処置はするべきです。第二の被害を防ぐためにも、対処してくださいませ。」
「誰に向かって偉そうな口をきいている?」
「先帝と王氏のご息女にして、現・皇帝の実姉・平陽公主様にです。」
「無礼者!!首をはねるぞ!!?」
「そう言えば、誰でも逆らわぬとお思いか!?」
皇帝の姉相手に、一歩も引かずに自分の意見を述べる星影。
玲春をはじめとした若い女官は、ハラハラしながらその様子を見つめる。
「さすが霍去病の生まれ変わりよ・・・・!」
普通の者なら、皇族に怒鳴られたら、恐縮して謝るのが常。
ところが目の前の宦官は、縮み上がるどころか怒鳴り返してきた。
長年、皇女に仕えた老女でさえ、この異常事態に動きを止めていた。
「何度も申し上げますが、私は霍去病将軍の生まれ変わりではございません。」
問題の宦官は、真顔でそう言うと、少しだけ声を落としながら言った。
「・・・失礼いたしました、平陽公主様。」
「なに!?」
「大変無礼なことをいたし、申し訳ありません。平陽公主様。」
恭しく頭を下げて謝った。
しかしその心中は・・・・
(めんどくさい公主様だ。)
相手の気持ちはわかっていた。
わかっているが、怒らせたままでは話が進まない。
エセ宦官ながらも、宦官の心得はちゃんと会得していた。
「無礼の数々は、お詫びいたします。ですが、平陽公主様のことを思えばこそ、失礼な発言をいたしました。」
「あ、安林山殿・・・・!」
「それに、平陽公主様のそのようなお声を聞いては、切り捨ててしまった、私の男を思い出してしまいます。」
「なっ!?」
その言葉に、女官頭や女官達が赤面する。
「あなた様のような大輪を困らせて、可愛らしい花達(女官達)も輝きを失ってしまいます。」
「・・・・・・・次から次へと、口が減らぬ好色よ・・・。」
星影の口説き文句に、あきれ気味に笑う平陽公主。
そして、最初の落ち着いた声色に戻っていた。
「好色などと、とんでもございません。それに『英雄』でしたら、我が国では皇帝陛下が一番のつわものと存じます。」
「貴様・・・・。」
【英雄色を好む】
=女好き・男好きの好色者。
そんな意味を込めてさりげなく言った言葉。
それをどこまで皇帝の姉が理解したかわからないが、あきれ気味に若い宦官を見つめていた。
「少々、感情論になってしまいましたので、話を元に戻しましょう。」
そう言うと、その場に片膝をつく星影。
そして、笑みを引きながら言った。
「器にあるべき光沢、上薬、土、刻印、器を扱った人。以上、五つの不審な点を考えますと、平陽公主様お持ちの器は、西域のものではなく、間のものであると考えられます。」
「安様!」
「安林山殿・・・!」
手にしていた破片を目の前に置くと、平陽公主様を見る星影。
「あくまでこれは、一宦官の意見です。幸い宮中には、神儀などに使う陶磁器などを作るための窯があると聞きます。そちらにいらっしゃる、漢全土から集められた選りすぐりの陶工や職人方にご確認した方がよろしいでしょう。」
そう告げると、恭しく頭を下げる星影。
若い宦官の言葉を最後に、部屋の中は異様な静けさの中で静まり返るのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!!
紀元前の東洋と西洋の器について書いてみました(苦笑)
話の中で出てきた「西域の器」は、古代ギリシャ・ローマの器を参考にしました。
それがローマの『赤つや焼き』です。
これは、ほとんどが創意を働かせて作られたもので、無装飾と装飾のあるものにわかれています。また、丈夫で運搬に優れており、日用品として使われていた器になります。
『赤つや焼き』以外の器は、壊れやすいという理由で、作った地域でしか使われなかったそうです。
ちなみローマにおける器の発達は、「征服した国をできる限り本国と同じようにする。」というローマ人の考えに基づくものらしいです。
すごいですね・・・大帝国・ローマ(汗)