第六十三話 ただいま鑑定中
洗練された調度品が並ぶ広い部屋。
その中央で四人の人間がいた。
現・皇帝の実姉平陽公主。平陽公主のねえや兼女官頭筆頭の馬瞭華。
平陽公主に仕える幼い女官・除玲春。
そして――――――――
「この茶器に、ふさわしい対応をさせてもらっただけです。」
悪びれることなく、平然と言い放つ宦官服の若者。安林山こと劉星影の姿がそこにあった。
気迫十分に言う宦官に、圧倒されるばかりの女性三人。
「い、今の音は一体・・・!?」
「なにがあったの?」
「ちょっと、誰かいるみたいよ?」
「え・・・あれって・・・!?」
器の割れた音を聞きつけ、他の平陽公主付の女官達が、部屋の幕の裏からこちらを覗いていた。
そんな彼女達の視線に気づき、最初に口を開いたのは馬瞭華だった。
「あああああ、あ、安林山!!そ、その方気でも狂ったのか・・・!?一度ならず二度までも、平陽公主様の茶器を割るとはっ!」
なんとか威厳を保とうと、キツメの口調で言うが、ろれつがまったくまわっていない。
早い話が、動揺を隠しきれていないのだ。
「別にいいでしょう?元々、一回目の工程で壊れてるんだら。」
「な!?」
「いいじゃないですか。疑わしい人間を二人罰するよりも、こうやって目の前で罪を犯した一人だけを罰すれば簡単でしょう?」
星影の言葉に、赤くなったり青くなったりする女官頭。
「――――――なんてことをおっしゃるんですか、安様!?」
瞭華と入れ替わる形で、今度は玲春が口を開く。
「なんてことを―――!なんてことを!それではあなた様が―――――!!」
「それを言うなら、『なにをしてるんですか、安様?』じゃないかなぁ〜?」
「そんなのんきなことをおっしゃっている場合ですか!?」
「のんきなことはないよ。とにかく、これはもう私と平陽公主様の問題だ。」
「えっ!?」
「君には『関係ない』んだから、口を挟まないでくれ!」
「あ・・・安様・・・・!」
冷たく言い捨てる星影に、玲春は言葉を失ってしまう。
「なんという、なんという狂気じゃ・・・!?」
部屋の空気を、さらに張り詰めさせるようなつぶやき。
動揺する召使二人の背後では、怒りと呆れをまぜた様な表情の平陽公主。
「お・・・お嬢様・・・。」
そんな主人の姿に、ねえやは激しく狼狽する。
玲春にいたっては、今にも倒れそうな顔色になっていた。
「この気違いめっ!!気でも狂うたかぁ――――――!!?」
「いいえ。私はいたって正常です。」
混乱気味に言う元・皇女の第一声に、冷静な口調で即答する若い宦官。
「正常じゃと!?」
「はい。おかしいのはこの茶器の持ち主である平陽公主様!・・・あなた様です。」
「なんじゃと!?」
そう言うと、平陽公主に向かって指を指す星影。
「ぶ、無礼者っ!貴様、誰に向かって―――――――!?」
「陛下の実姉・平陽公主様に向かって、申しているのです。」
「貴様ぁ!!」
「しかし、一部は訂正いたします。平陽公主様はおかしいのではなく、お可哀想なのでございます。」
「か、可哀想!?」
悪びれた様子もなく、むしろ不機嫌そうに相手に告げる。
「そうです。こんな茶器に・・・いえ、器に、惑わされてしまったあなた様がお気の毒です。」
「気の毒じゃと・・・・・!?」
驚く相手を尻目に、割った破片の一部を拾う星影。そして、全体をくまなく凝視した。
「あ・・・安様・・・?」
「な、なにをしているのです?」
「確かめているのです。」
「確かめるじゃと!?」
「ええ、確かめたかったので割りました。」
「「「え?」」」
意外な答えに、思わず互いの顔を見る女主人と女官頭。
「な、なにをでございますか・・・?」
上司二人の側で、たどたどしく尋ねる玲春。
それに対して、拾った茶器を見せながら星影は言った。
「この器は、西域の物ではありません。漢で焼かれた正真正銘国産の器です。」
「なにぃ!!?」
「こ、この茶器が、」
「西域の物ではないのですか!?」
「そうだよ。」
玲春の問いに真顔で答えると、はっきりとした口調で繰り返した。
「大変申し上げにくいのですが、これは西域の物ではありません。早い話が・・・偽物です。」
「に、偽物!?」
「この茶器が偽物なんて・・・・!」
平陽公主に向けて発せられた言葉に、女官二人は戸惑うばかりだった。
「・・・なぜ断言できる・・・!?」
戸惑うねえやと女官を見ることなく、星影だけを見据えて問う元・皇女。
「この逸品を偽物だとうそぶくとは何事じゃ!根拠もなしに――――――!!」
「ございます。」
「なに!?」
「根拠が四つ、ございます。」
「四つ!?」
「四つもあると・・・!?」
星影の発言に、女官主従は顔を見合わせる。
そんな召使を横目で見ながら、女主は声高らかに笑う。
「ホッホッホッ!宦官風情が面白い・・・!ならば申してみよ!!その証拠とやらを!!」
「では、この下品な宦官風情、平陽公主様お持ちの器がまがい物である根拠をつ、申し上げます。」
平陽公主の皮肉に皮肉で答えると、星影は説明を始めた。
「こちらの証拠をお伝えする前に、平陽公主様にいくつかお聞きしたいことがございます。」
「申せ。」
「こちらの器は、お金を出して買われたのですか?」
「そうじゃ。まさか貴様・・・わらわが、権力に物を言わせて奪ったとでも思ったか?」
「とんでもございません。被害状況を確認したかっただけです。仮に、権力で強奪されたのでしたら、罰が当たったのだと思うだけですから。」
「・・・貴様一言多いぞ。」
「よく言われます。それではもう一つ。その商人は、この器をなんと言って、平陽公主様に薦められたのですか?」
「先ほど言った通りじゃ。」
「つまり、『一点物』という理由でご所望されたと?」
「そ、そうです!一点物だと言うので、平陽公主様が気に入った物です・・・!」
主の代わりに、そのねえやが質問に答える。
「・・・貴様一言多いぞ。」
「よく言われます。それではもう一つ。その商人は、この器をなんと言って、平陽公主様に薦められたのですか?」
「先ほど言った通りじゃ。」
「つまり、『一点物』という理由でご所望されたと?」
「そ、そうです!一点物だと言うので、平陽公主様が気に入った物です・・・!」
主の代わりに、そのねえやが質問に答える。
「装飾のない無装飾であり、色も控えめの奥ゆかしい赤。世間では、青銅器に近いものを求める傾向がありますがそれでは芸がございません。流行に乗るのではなく、本当に自分が良いと思ったものを持つというのが平陽公主様のお考え。」
「なるほど・・・周りに流されず、ご自分のお好きなものを選ばれたのですね。」
「選んだというよりも、相手が平陽公主様に『是非』と薦めたのです!西域の窯で、漢の貴婦人向けに焼かれたという赤つやの器を!」
「では、平陽公主様が選ばれたのではないのですか?」
「そうです!」
なんてことだ!一番、偽物を買わされやすい状況じゃないか!
(しかも、薦められたものを素直にその場で買ったということは――――――――)
「・・・いくらです?」
「はぁ?」
そっと瞭華の側によると、その顔の近くでささやく星影。
「相手はいくら、おまけをしてくれたんですか?」
「なっ!?」
途端に真っ赤な顔になる女官頭。
質問の内容もそうだが、噂の美少年が近づいたことも、顔色が変わった要因だったらしい。
「な、なんと無礼なっ!?」
「・・・・だってそうでしょう?西域からの商人なんて、度々来るようなものじゃない。そんな相手の薦める物を簡単に買ったということは、なんらかのおまけがあったからなのでは?」
「―――――――戯言は許しませんよ!!」
星影に顔を近づけると、その耳元で叫ぶ瞭華。
(否定はしないのか・・・。)
自分の問いに、『違う!』とも『そんなことない!』とも、何らかの特典がっあたのではないかということを否定しなかった。
上座の平陽公主を見れば、少し耳が赤くなっていた。
(やっぱり、おまけしてもらったのか・・・・。)
どんな身分であっても、値引きやおまけ、特典に弱いものなのね。
「いいですか!この茶器は、漢人向けということで、面白いということで買われたのです。」
「面白い?」
「西域で作られながら、どこか懐かしい漢のにおいがする美術品。こんな趣向は他にはないでしょう!?それを偽物などと・・・・霍去病将軍の生まれ変わりが聞いてあきれますぞ!?」
「私も、霍去病将軍の生まれ変わり扱いをされて、呆れ返っています。それから、お買い上げになった場には、平陽公主様と馬様とその商人がいただけですか?」
「若い女官が数人おりました。玲春はいませんでしたが!」
「なるほど・・・商人の話のみで決めてしまわれたのですか。」
(軽率なことをしたものだ。)
物を買う時ほど、慎重にしなければならない。
こういう場合は、1人ぐらい、その道の専門家に同席してもらうべきである。
(まぁ・・・今さらそんなこと言っても、この人達は怒るだけだろうな・・・。)
「・・・・なにが言いたい?」
「いえ、なにも。」
意味深な言葉を最後に、質問をやめた宦官を鋭くにらむ女主。
「・・・大体のことはわかりましたので、本題へと入らせていただきます。」
「もったいぶらずに、はよう申せ!」
(そんなに怒らなくてもいいのに・・・。)
苛立ちをあらわにする平陽公主を見ながら、少し冷めた・・・落ち着いた口調で星影は言った。
「まず一つ目は、この器の表面に問題がございます。」
「表面?」
「まさか貴様・・・これに装飾がないから、偽物だとほざくのではあるまいな?」
「ご冗談を。こちらの器が、『無装飾』の器であることは、一目瞭然でございます。そればかりか、漢人ならば懐かしむであろう味わいを持っているということも。」
「ならば、漢で作った物と似ていても、なんら変わりがないであろう。」
「ええ。漢人は無装飾の物を好みます。この器も、漢人好みの赤つや焼きの土器でした。」
「土器?」
不思議そうにつぶやく平陽公主に、星影は表情を和らげながら答えた。
「左様でございます。西域の人間は、私達漢人のように土器と陶器を分けて考えておりません。土器も陶器も磁器も、すべてをひっくるめて考えているのです。」
「わけておらんのか・・・?」
「正確には陶器全般を『赤つや土器』と、言っております。彼らは、土器と陶器は作る材料や技法に違いがあるぐらいで、向こうではまとめて考えているらしいのです。」
「では・・・これは陶器でよいのか?」
「はい。陶器をさす場合が多いので、おそらくこの器も陶器でしょう。ただ・・・その点を思えば、これは漢の物でしょうね・・・。光沢が違いますから。」
「光沢じゃと?」
「ええ。西域の物でしたら、器の表面に独特の光沢がなくてはなりません。西域の釉は、漢の物と違って釉に含まれている物が違います。噂では、瑠璃が多く使われているらしいのです。」
「瑠璃が?」
「瑠璃とは、あの美しい青色とこがね色の模様が入っている石のことですか?あれが、陶器に使われていると?」
「初めて聞きますが・・・。」
「ええ。昔、こぼれ話を聞いたことがありまして。」
女官二人の言葉に笑顔で答える星影。
以前、父親と取引のあった、南方の窯の主から聞いた話。それをそのまま口にする。
「だからもう少し、鮮やかな輝きがなくていけません。ですが、この器の表面は鮮やかさも光沢さも弱いのです。漢の物と変わりません。むしろ同じです。」
「しかし、商人は漢人向けに作ったのだと―――――」
「漢人向けの無装飾用として焼いたのならば、なおさら表面に鮮やかな光沢がなければなりませんよ、馬様。その鮮やかな光沢こそが、西域で作った逸品だという証。特に西域の器は、陶器も磁器も土器も、表面に光沢・つやがある物がほとんどです。」
「だが、土や焼き上がりによっては、それが出来ないものもあると聞きますぞ!?」
「確かに、使う土・材料の配合・焼き方によっては、光沢が出ないものもあります。しかし、この器に使われている土は粘りのある赤い土が使われています。これだったら、つやを出すための特別な釉が使えるはずです。それなのに、使わないのはおかしいでしょう?」
「うっ・・む・・。」
星影の問いに、口ごもる女官頭。
「あの・・・おかしいのですか?」
馬瞭華を気遣うように、遠慮がちに尋ねる玲春。
「使う土や、作り方によって多少の違いが出るんですよね?でしたら、焼き方によっては、安様がおっしゃるような光沢に必ずなるとは限らないのではないでしょうか・・・?」
「そうだね。それが、市場でいろんな種類の器と一緒に売るものならね。」
「え?」
「これは、『平陽公主様に』と、ご指名を受けて薦められたものだよ。逸品として紹介されたのなら、中途半端なものを薦めること自体おかしいんじゃないかな?」
「あっ・・・!」
星影の言葉に、玲春の顔色が変わる。
それは、側にいた彼女の上司と、上座にいる女主も同じだった。
「以上が、一つ目の証拠です。続きまして、二つ目の証拠を裏付けるのが、この破片です。」
そう言うと、たくさんある破片の中で、一番薄い破片を差し出す星影。
彼女が選んだのは、釉のついた側面の破片だった。
それを、光にかざして見せながら星影は言った。
「何色に見えますか?」
「・・・赤に決まっておろう?」
「そうなんですか?」
「そうですよ!赤色の茶器なのですから、赤色の釉が塗って―――――」
そこで瞭華の言葉が途切れた。
「瞭華?」
「あ!」
平陽公主がねえやを呼ぶの声と、玲春の叫び声とが重なる。
「色が・・・・!」
「どうした、玲春?」
「違います・・・!」
「なに?」
「たっ、大変でございます!平陽公主っ様!!い、いいいいい色がっ!」
声を震わせながら訴える女官の言葉で、女主の視線がもう一度破片に戻る。
「これは!!」
相手がそれに気づいたのを確認すると、静かな口調で星影は言った。
「『黄色』でございましょう?『赤褐色』ではなく、『黄褐色』。」
星影の言うとおり、破片は『赤色』ではなく、『黄色』に輝いていた。
「殷時代から続く硬陶の釉特有の『黄褐色』にございます。」
「殷時代じゃと!?」
「ではこれは――わが国の!?」
改めて、違いを見せ付けられて固まる女性達。
最初に口を開いたのは、怒りに満ちた平陽公主だった。
「なぜ気づかなかったのじゃ・・・!?瞭華、お主も気がつかなったのか!?」
「も、申し訳ございません!私も、赤色に見えたのですが――――!」
「下地の土が、赤すぎたのでしょう。」
取り乱す主従に星影が声をかけた。
「光沢が出るといっても、完全な赤や紅色を出すのは大変です。特に漢では、青銅器を模した物が主流ですので、赤や紅色を出すことは難しいでしょう。見慣れていなければ、細かい違いなどわかりません。」
「林山・・・!」
「おそらくこれを作った者は、土の色が赤いのをいいことに、黄色の釉を薄めに塗ったのでしょう。」
「な、なぜそのようなことを!?」
「理由は簡単です。赤の釉がなかったから、黄色を使ったのでしょう。」
「ですから、なぜ黄色を!?」
「ぼかしを出すためです。」
「ぼかしじゃと!?」
「完全な赤よりも、他の色をつけてぼかした方が、自然にあるような色になるでしょう。普段から、あまりしっかりとした赤系の器を見ていないものなら、少しぐらいくすみやぼかしがあった方が親近感を持てるでしょう。」
「そう言われれば・・・。」
「そうかもしれぬ・・・!」
「それに黄色は、金色に近い色でもあります。工夫次第で、黄金色に見せることもできるでしょう。」
「なるほど・・・!」
星影の説明に、深くうなずく平陽公主と馬瞭華。その横で、少しだけ元気を取り戻した玲春が言った。
「すごいですわ!安様・・・!器のことについて、そこまでお詳しいなんて・・・!」
無邪気な少女の言葉に、少しだけ笑みを浮かべながら星影は答えた。
「それは誤解ですよ、玲春殿。私には、それほど陶磁器などの知識はござません。」
「ですが――――!」
「あくまで耳にした噂話です。その噂話と照らし合わせれば、西域の器・・・本物の赤つや焼きであれば、珊瑚のような紅色でなければなりません。それに、割ってみてわかったのですが―――――――」
他の破片を手に取りながら星影は言った。
「焼き上がりを見る限り、この器に使われている土は、赤みが強い灰色の土ではないかと思われます。おそらく・・・博山炉(酒壷)や鐘(フタ付の器類)を作るための土を使って作ったのではないでしょうか?」
「そ・・・そんなこと!陶工でもない宦官風情に、土の違いがわかるわけがないでしょう!?」
「ご心配なく。あくまで、私個人の推理です。詳しいことは、宮中にいらっしゃる陶工の方にお聞きした方がよろしいでしょう。」
星影が言う陶工とは、宮中にいる陶工のことだった。
中国には古代から、宗教的な儀式に使う青銅器、陶器や磁器などを作る職人がいた。
漢王朝でも例外にもれず、そう言った職人が宮中にいたのである。
「表面に使われている釉が違う。それが、二つ目の証拠です。」
「・・・・では、三つ目は?」
「三つ目が、この破片によってできた粉です。」
そう言うと、別の破片を手に取る星影。そして、近くにあった机上の上でその破片をたたいた。すると破片から、パラパラと細かい粉が落ちた。
そんな星影の動きに、ギョッとする女官達。
そっと、持ち主である高貴な婦人を見るが――――――
「粉じゃと?」
そこにあったのは、訝しげに問う平陽公主の姿。
もはや、若い宦官が、自分のものを壊すことに、何も言わなくなっていた。
否、茶器よりも、常識はずれの宦官に興味が移っていたのだ。
「粉が、どうしたというのだ?」
「触ってみてください。」
薦められるまま、星影が作った破片の粉を触る平陽公主一同。
「どうですか?」
「どうと言っても・・・」
「ザラザラですが・・・?」
「ほうほう、ザラザラですか?」
「何が言いたいのじゃ?」
「西域の器は、漢の器と比べ、土の質が違います。西域は、土の質が細かい物を使っています。だから割った時、砂のように、サラサラとした状態になります。ですが・・・どうですか?この破片によってできた粉は?」
「あ・・・!?砂のようにサラサラしていない・・・です・・・!」
「し、しかし!それは割れ方によるのではありませんか!?砕こうと思えば、もっと細か――――!!」
瞭華が言い終らないうちに、鈍い音が響く。
若い宦官が、破片を床に一生懸命たたき作る音だった。
「てっ・・・安様ぁぁぁあああぁ!!」
「わ、わらわの茶器がぁぁぁぁ!!!?」
「なにをしているのですかぁぁぁぁ――――――――!?」
「砕いてるんですが。」
真顔で答える宦官に、滝のような汗を流しながら訴える馬瞭華。
なぜなら、彼女の側で怒りのあまり絶叫する元・皇女の姿があったからだ。
「貴様!安林山!!わらわの前で、一度ならず二度までも、茶器を割るとはぁぁぁ!!?」
「さっき砕いた時、なにもおっしゃらなかったじゃないですか?」
「お前に気をとられすぎて、気づかなかったのじゃっ!!」
どうやら、予測不能な行動をする宦官に気をとられ、茶器のことまで目に入らなかったようである。
「と、とにかく!おやめなさい!!」
女主人と若い宦官の間に入りながら叫ぶ瞭華。しかし、そんな女官頭の静止を受ける前に、問題の宦官は動きを止めていた。
「それは失礼いたしました。」
そう言うと、軽やかな身こなしで砕いた粉を布に載せる星影。そしてそれを、女主とそのねえや達の前に差し出した。
「ほら、ご覧になってください。これ以上砕けません。」
そこには、見た目にもサラサラとは言えない、砕けた器の粉があった。
「く、砕けないからと言って、土の質が細かいなど―――――――!!」
「――――――断言はできませんね。その点についても、どうぞ宮中の職人にお聞きください。」
怒る相手に優雅に話す宦官。
「そして最後の四つ目は、刻印がないことです。」
「「「刻印?」」」
星影の言葉に、声をそろえる一同。
「そうです。先ほどおっしゃいましてよね?この器は、『無装飾なので模様が一切入っていない』と?」
「そ、その通りじゃ。これは、無装飾の茶器じゃ!刻印などとわけのわからないものが―――!」
「その刻印こそ、本物の印なのです!」
平陽公主の言葉を遮りながら叫ぶ星影。
「優れているものというのは、価値があるという反面、最も偽物を作られやすいのです。それを防ぐために陶工達は、自分達が作った作品に印をつけるようになったのです。それが、『刻印』です。これつけることで、本物と偽物を見分けることができるようになりました。そればかりか、どこの窯で焼かれたものかわかるようになったんです。」
「焼いた場所までわかるのですか!?」
「釜ごとに、刻印を決めてつけるようになりましたからね。」
「そう決まっているのですか・・?」
「そうだよ、玲春殿。これは、百年前から続く習慣なのです。」
「そんな・・・それでは――――――!」
「話がかみ合わぬではないか・・・!?」
星影の話に、呆然とする平陽公主。そんな女主を庇うために、彼女のねえやは口を開いた。
「し、しかし!仮に刻印が入っていたとしても、それが本物だとは限らないのでは!?」
「さすが馬様!職人の中には、偽物の刻印をつける輩もいます。ですが、この器にはその刻印すらないのです。」
「それは・・・!」
「西域の中でも、一番の赤色の焼き物が焼かれる場所、そこで焼いた器なら、刻印がなくてはいけません。それが、一番の品だという証拠になるのですから。」
「しかし異国の商人が・・・!」
「ではお聞きしますが、その商人のことは覚えていますか?」
「覚えていますとも!西域から、わざわざ来たのですよ!?」
「肌や髪、目の色はどうでしたか?」
「肌は白く、髪は金色に明るく、目が茶色の男でしたわ!」
「彼は、この器を、どうやって持ってきたか言っていましたか?」
「さっきも言ったではありませんか!?西域から船で、直接持ってきたと聞いたのですよ!」
「では、海路で来たと?」
「ええ!自分達の船で、漢まで来たと!」
「自分達の船?」
女官頭の言葉に、星影の眉がピクリと動く。
「そうですわ!自分達の船で、さまざまな港によりながら来たと・・・!」
「それは・・・一つの船で来たと言うのですか?」
「そうでしょう!?なにがおっしゃりたいの!?」
「すみません、訂正します。」
瞭華の言葉に、ため息交じりで星影は言った。
「偽物の証拠が、四つから五つに変更します。」
「なっ!?」
「ええ!?」
「林山、それは―――――――――!?」
「商人も偽者ですね。」
「「「ええぇえ――――――――!!?」」」
星影の言葉に、再度、声をそろえて叫ぶ女性陣。
これには星影も、乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・!!
今回・・・・器について調べたのですが・・・・・・かなり大変でした(大汗)
極力、時代配慮(?)をしながら書いたのですが・・・・・その道のプロ、専門家の人が見たら、「ここ違うんじゃないかな〜?」と、言われる気がしてなりません・・・(冷汗)
とりあえず、星影の『わが道を行く』姿勢は相変わらずです。まだ続きますので、引き続き、よろしくお願いします(平伏)