第五十六話 真昼の訪問者(前編)
それは、突然の再会だった。
「ずいぶんいいところに泊まってるんだな、星影?」
星影が帰った後の昼下がり。
昼食を済ませ、部屋で剣の手入れをしていた安林山の前に1人の男が現れた。
「凌、義烈・・・殿!?」
そこにいたのは、片手に包みを抱えた【百面夜叉】の凌義烈だった。
「どうしてここに・・・!?」
思わぬ訪問者に目を見張る林山。義烈の登場に彼は戸惑った。
何故なら、凌義烈には自分がどこに泊まっているか教えていなかったからだ。
(どうやってここを探り当てたんだ!?)
長安に、星の数ほどある宿。その中から、安林山・・・・・・否、【劉星影】という名と年齢だけを頼りに探し当てたというのか!?
驚く林山に凌義烈は楽しそうに言った。
「おいおい、忘れたのか!?ここら一帯は俺のシマなんだぜ?わからないはずがないだろう。」
やれやれと、言いながら肩をすくめる義烈。
「それに、ここの宿のおかみとは知り合いでな。星影のことも、おかみから聞いたんだ。」
「・・・よく俺だとわかったな?」
「わかるさ。俺の元には、どんな些細な情報でも、伝わるようになってるからな。」
「つまり・・・ここで起こることは、手に取るようにわかるということか?」
「ご名答。」
その言葉で、背筋に悪寒が走る林山。
迂闊だった。
相手の身分を考えれば、俺一人の居場所を突き止めるのは簡単なことだ。
【百面夜叉】の義烈と言われる男なら・・・・。
(若造一人見つけ出すのは、造作もないということか・・・!)
身をもって、【百面夜叉】のすごさを感じる林山。そんな彼に、相手は明るい声で話しかけた。
「そういうわけだから、ここらで悪さはするんじゃねぇーぞ、星影ちゃん?」
「・・・・そうしよう。さすがに驚いたよ、義烈殿。偶然とはいえ、この宿のおかみが、あなたのところの侠客だったとは・・・」
「あぁ?」
「ここだけじゃないんだろう?義烈殿の配下が、関係している店は・・・?」
林山の問いに、顔をゆがめる義烈。
自分が泊まっている宿は、【百面夜叉】と呼ばれる侠客の親玉・凌義烈の支配地。
この宿のおかみが、自分のことを義烈に伝えたということは、直接話をできるほどの関係ということになる。そうなれば、義烈の配下と考えた方が正しい。部下が上司である義烈に自分のことを伝えても不思議ではないだろう。
そう思って発した言葉。
しかし、そんな林山の問いに相手は手を振りながら言った。
「馬鹿言うな!おかみは侠客じゃない。気のいい普通のおばちゃんだ!」
「え!?違うのか・・・!?」
「違うよ、馬〜鹿!侠客じゃねぇよ。侠客じゃないが―――――・・・・俺らに協力的な、『侠客寄り』の人間って言えばわかりやすいかな。」
「侠客寄り?」
「そうだ。おかみが俺に、お前のことを知らせたのも、『協力義務』を果たしてくれた結果だからな。」
「協力義務?どういうことだ?」
自分の考えを否定された林山は、再度義烈に問う。そんな相手に侠客は言った。
「この宿のおかみに限らず、ここら一帯の連中に言ってんだよ。『変わった奴がいたら知らせてくれ。』ってな。」
「・・・・・それじゃあ俺は、その『変わり者』に該当したということか?」
「『変わり者』じゃなくて、『変わった奴』にだ。それにこれは、俺とみな様との共同作業でもあるんだよ。」
「共同作業?」
「よそ者が流れてきて、勝手気ままに無法を働かれたら困るんでな。そうなれば、俺だけじゃなく、ここらで商売してる連中にも迷惑がかかる。だから、なにかが起きる前に、ここの決まりを教えてやらねぇといけねぇんだよ。」
「なにかが起こるって・・・・犯罪がか?」
「それ以外にあるか?」
「だったら、役人に任せればいいじゃないか?あなたがする必要はないはずだ。そのために、獄吏だって――――――――」
「馬〜鹿!役人なんてな、袖の下ひとつで、黒を白に、白を黒にできるんだよ!」
「そんなことあるか!ここは、皇帝の住む都だろう!?都で汚職が起こるわけ―――――」
「だ〜からっ!起こるんだよ!!お前だって、それに巻き込まれてここに来たんだろう?」
「!・・・・それはそうだが―――――――」
義烈の言葉に、林山の言葉を途切れる。
汚職という分類ではないが、皇帝の使者としての立場を利用して、恋人をさらった男。
権力者の庇護によって、守られている郭勇武。
それを思い出し、自分の正論に口を閉ざす林山。
「わかってるはずだろう?役人なんて当てにならならねぇって!?家柄と金がある奴がここでは一番強いんだ。特に、権力者の寵愛を受けてる者がな・・・!」
「それは・・・郭勇武のことか?」
林山の言葉に、口元だけで義烈は笑う。
「わかってるじゃねぇか?ここじゃ、みんながみんな、役人には頼らないんだ。テメーの身は、テメーで守らなきゃならないんだよ。表がだめとなれば、裏しかないだろう?」
「その裏が、義烈殿なのか・・・?」
「言うまでもねぇ!表で通用しないことは、裏で通用する。裏で通用しないことは、表では通用する。どうだ・・・?ちゃ〜んと、陰陽のバランスも取れてるだろう・・・!?」
クックッと、のどを鳴らしながら笑う義烈。
「言うまでもねぇ。役人に相手にされなかった奴らが、俺のところに来るわけさ。正しいことを金と権力で捻じ曲げられた者、体面や家柄を守るために、わかっていながらも悪事を頼みに来る者・・・。」
「悪事を頼みに来る!?」
「そうだ。旦那が囲ってる性悪女に、跡継ぎを作っちまったので始末してほしいとか、上司が賄賂しだいで、無罪を死罪にしちまってるから、止めるためにも殺してほしいとか。そういう悪事だ。」
「待ってくれ!前者はともかく、後者は悪事になるのか?上司の不正を正そうとすることが、悪事になるのか・・・!?」
「なるだろう。自分じゃどうにもならないから、殺してくれって頼んできたんだからさ。」
「し、しかし、子の始末は私怨だが、賄賂で動く上司を誅することが――――――」
「悪事だろう?理由はどうあれ、同じ悪事には変わりねぇよ。」
「そうかもしれないが―――――――」
「それを俺が、美化してやってるのさ!共犯としてな・・・?」
「共犯って・・・。」
「侠者と役人の違いは、無理やり道理を通せることだ。役人は、法と規則で動く。俺ら侠者は義理と人情を含めた『侠』で動く。損得や金では動かないのが侠客だ!見栄とお綺麗な体面を保つ仕事は、役人共に任せればいい!汚い裏仕事は俺達侠者がする。だから人もついてくるのさ・・・!」
強い口調で言い捨てる義烈。その表情は、狂気じみたものだった。
「義烈殿・・・。」
相手の口調に圧倒され、なにも言えなくなる林山。
それに気づいた義烈は、表情を緩めながら言った。
「まぁ・・・侠客って言っても、金で動かねぇとは言い切れないがな。俺も半分は悪だからよ!好きなんだよな〜あの黄金色と白銀色が・・・!」
「義烈殿。」
「でもな、表の奴らと違うのは、俺がその欲に忠実なことだ。ほしいと思えば、ほしいと言う。間違っても、奇麗ごとを並べ立てて奪ったり、騙し取ったりなんぞしないぜ。権力って言う免罪符も使わない。それが裏のやり方ってことよ!」
「しかし義烈殿の場合は・・・報酬としてもらっているのだから問題はないだろう?」
「ハハハ!残念ながら俺は、結構法外な金額要求するんだ。絞れるところからはしっかり絞るからよ?」
「え?でもそれは、当然じゃないか?貧しい者から取れない以上、裕福な者から多く持っているものから取るのは当たり前では?」
「え!?お前、そう思うのか・・・!?」
不思議そうに言う林山に、義烈も不思議そうに答える。
「え?そうじゃないのか・・・?貧しい者から、借金や質入、身売りをさせてまで金を取るよりは、裕福な者から取る方が効率もいい。下手に貧しい者から取り立ててれば、余計な私怨も生まれるし、なによりもかわいそうじゃないか?」
「・・・間違ってはいないが・・・。」
「それに、侠者を頼る人の大半は、下級層の人ばかりだろう?この国の大半は、貴族や金持ちよりも中流階級・下級層の人が多いじゃないか。困っている人々を助けることが侠客の本質なら、後回しにされがちな彼らを救うことこそが道理に適うと・・・・俺の師匠は言っていましたから・・・。」
林山の言葉に、ますます目を丸くする義烈。
「・・・・お前、侠客がどういう者か知ってるのか?」
「え?ああ。漢の高祖(劉邦)も、元は侠客じゃないか?」
「よく知ってるな!?いや、よく知ってるのは、お前の師匠の方か・・・!」
そう言うと、腕組みをして考え込む義烈。
「もしかして星影の師匠は・・・・侠客なのか?」
「え?あ・・・ああ。」
「そうか・・・道理でな。」
小さく呟くと、持っていた包みを机の上に置く義烈。
「侠客の師匠を持ってるなら、俺が気に入るのも当然か・・・。」
「気に入る?」
「そういうことだ。お前がただの小僧なら、俺も気にかけねぇ。だが・・・・・・・そうもいかないんでな・・・・。」
「え?どういう・・・・?」
「ハハハ!気にするな!要は、お前の話を聞いたら、どうしても気になったってことだよ!それで、様子見ついでによったわけさ。」
そう言うと、部屋にあるいすに腰掛けた。そこは、朝方まで本物の劉星影が座っていた席。
星影がしていたように、足を組んでくつろぎ始めた。
(もしかして・・・心配してくれたのか?)
つかみ所のない相手から発せられた言葉。それを紐解いて自分なりに解釈してみるが、いまいち納得できない林山。
(悪い奴でないことは確かだが――――――――)
善人とは言いがたい。
多くの食客を養い、侠客としても大きな力を持っている人物。
ここら一帯の裏を牛耳る『百面夜叉の義烈』として、庶民との強い絆を持っている男。
彼から聞かされた情報提供の協力の実態が、なによりの証拠である。
(どちらにせよ、こちらの動きはすべて、奴に筒抜けということか・・・・。)
何食わぬ顔で自分の前に現れた義烈。
都の無数にある宿の中から、わずか一日ほどで自分を探し当てた侠客。
彼が、自分の宿まで来れたのは、人々の協力があったからだ。
それを考えれば、今後の動きは今まで以上に気をつける必要がある。
(凌義烈・・・・・・侮れない男だな。)
改めて、相手の力を思い知らされた林山。
油断してはいけない、気を許しすぎてはいけない人物。
警戒しなければいけない人物。
「おい!いつまで突っ立ってるんだ?」
「え!?」
その声で、我に返る林山。見れば例の侠客が、こちらを心配そうに見ていた。
「大丈夫かよ?」
「あ・・・いや、平気だ。ちょっと寝不足で・・・」
「ほぉ〜!寝不足とな・・・!?」
誤魔化しで言った林山の言葉に、義烈の目がキラリと光る。
「せっかく手土産を持ってきたしよ〜ゆっくり語ろうぜ?その辺の話についてよ・・・!?」
そう言って、持っていた包みを開く義烈。シュッと、音を立てて布がとかれる。
「!?それは――――――――――!」
中から出てきたのは、見事な細工がされた酒ビンだった。
「どういう酒が好きかは知らねぇから、適当に選んで持ってきたぜ。漢のものなら大丈夫だろう?」
「それじゃあこれは・・・漢の酒か?」
「ああ。本当は西域のもんでもよかったが、こっちの方が美味いからな。」
酒ビンを軽く叩きながら言う義烈。
林山は、酒のよしあしはあまり気にしない。大商家の付き合いで、いろいろな酒を口にしてきた。漢人は酒に強い者が多く、彼もその一人だった。そのため、知り合いを尋ねる時、酒を土産にすることは普通だった。
だから凌義烈の酒の手土産に、驚く必要はなかったが――――――――――
(すごい細工だな・・・・)
驚かずにはいられなかった。
義烈が持ってきた酒ビンの模様は、林山が見てきたものの中では「高価」な分類に入るもの。まだ口にはしていないが、その酒が美味いことは間違いない。
(こんな手土産を持ってこられては、早々に追い返せないな・・・。)
本当はすぐにでも帰ってほしかったが、訪ねてきた相手を無下にはできない。
渋々(しぶしぶ)ではあったが、林山は客人をもてなすことにした。
彼は、昨夜星影にしたように、湯を入れて義烈の前に差し出す。
「なにもないが・・・。」
「おお、悪いな。」
湯と一緒に、前日市場で買った干した果物を添える。
それを義烈は、湯と一緒に口に放り込んだ。彼の食べるスピードは速く、あっという間に干した果物と湯は空になった。出されたものがなくなったところで、義烈は林山に言った。
「なぁ、この器使ってもいいか?酒ビンしか持ってきてねぇからさ。」
「酒っ・・・?てっ、今から飲むのか!?」
「ああ。」
「信じられない!真っ昼間から酒を飲む気か!?」
「いいじゃねぇか。どうせお前さんは、寝不足なんだろう?」
「え?」
「今朝まで起きてたんだろう、星影。二人でさ・・・?」
義烈の言葉で、心臓が脈打つ。相手の顔を見れば、意味ありげに微笑んでいた。
まさかこいつ――――――!!
(俺が昨日、星影と会っていたのを知っているのか・・・・!?)
そうは思ったものの、ここで余計なことをしゃべるわけにはいかなかった。
「・・・なんのことだ?」
とりあえず、シラを切ってみる。林山の返事に、義烈は不服そうに答える。
「とぼけなくてもいいだろう?俺達は、商売仲間なんだぜ?隠すことないだろう〜?」
声のトーンを上げながら言う義烈に、平静を装いながら林山は言った。
「俺はあなたに、妹の件を依頼しただけだ。商売契約は結んだが、仲間になったつもりはない。」
「へぇ〜!ずいぶん冷たいこと言うな、星影!?俺を信用してないのか?」
「信用はしている。依頼人としてな。」
「ハッハッ!お前ならそう言うと思ったぜ!」
大声で笑うと、机の上にある茶器に手を伸ばす義烈。二つ取ると、持ってきた酒を流し込み始める。
「そういう星影だからこそ、こうして飲む必要があるんだよな〜」
「おい!俺は、酒なんて飲まないぞ!」
「なんだよ、飲んだことないのか?けっこう飲める口だと思ったんだけどな。」
「飲めないことはないが、昼間に酒を飲むのはよろしくない!まっとうな人間は、働いてる時間だぞ?」
「ハッハッハァ!真っ当ね〜!?さすが、良家の坊ちゃんの言うことは違うわ!」
笑いながら、酒の入った器を自分と林山の前に置く義烈。
「まぁ飲めよ。」
「断る。昼間に酒は飲まない。」
「頭が固いね〜お坊ちゃんは。」
「誰がお坊ちゃんだ!その呼び方はやめろ!」
「本当だろう?大商家の跡継ぎなんだからよ!?」
「・・・いいから、大声でそういうことを言うな・・・!」
「それじゃあ、一緒に飲もうぜ。夜の酒もいいが、昼の酒もうまいんだぜ?」
林山に目配せすると、一気に酒をあおる義烈。
(なんて、口が達者なんだ・・・!!)
こうなっては、断ることなどできない。
相手の態度に苛立ちながらも、器に手を伸ばす林山。
そして、義烈と同じように一気に酒を流し込む。
高価な酒が、自分の憂さを払ってくれる。
そう思って飲んだのだが―――――――――
「!?」
口にした酒は予想に反していた。
「薄い・・・?」
実際に飲んだ酒は、林山が知る中では「安物」の分類に入る酒だった。
見た目と中身の違いに固まる林山。
「美味いと思っただろう?」
そんな彼を、楽しそうに見る義烈。
「その酒を、高価な酒だと思っただろう?」
「・・・・思ったが、違うみたいだな?」
「その通り!安物の酒さ。」
そう言って笑う義烈。
「お前さんに足りないものは『それ』だ、星影。」
「足りないもの?」
「お前は見た目で人を判断する。中身まであまり見てない。酒場でのことがいい例だ。」
「―――――――――――あっ!」
義烈の言葉で、自分を役人に売った男のことを思い出す。
一緒に郭勇武の悪口を言っていた。
それなのに、そ知らぬふりで林山だけを密告した。
裏切り者をあぶりだして、自分の私腹にかえていた。
まるで、郭勇武の間者のようで性質が悪かった。
何度思い出しても、嫌な気分になる。
「思い出したみてぇだな?」
「できれば、思い出したくなかった。あれは一生の不覚だ・・・!!」
「だろうな。じゃあ聞くが、なんで不覚を取っちまったと思う?」
「・・・俺が未熟だったからだろう?」
「大まかにまとめればな。細かく言えば、見た目で判断したのが悪かったんだよ。見た目を観察してから、危険かどうか決める。見た目で上・中・下と評価してから、相手と話をする。それから本当の判断を下す。それがよくなかったのさ。」
「それは俺だけに限らないだろう?みんなそうじゃないか?」
「多数決でいけば、そうなるな。だが、みんなと同じじゃ困るんだ。」
「え?」
「俺と組む以上は、大勢のうちの一人じゃ困る。もっと、感を鋭くしてもらわねぇとな!」
「感?」
「直感だ。野生の感を鋭くしろ。」
そう言うと、薄い酒を流し込む義烈。
相手がなにを言いたいのか、なんとなくではあるが林山はわかった。
恐らく、自分を思って言ってくれているのだろう。
要は、感覚だけで、危険を判断できるようにしろと言っているのだろうが―――――――
(何故、そんなことを俺に言うんだ・・・・?)
突然現れたかと思えば、侠客について語ったり。
土産だと持ってきた酒を使って、人生学を説き始めたり。
(昨夜の件にしても、知っているとほのめかせるだけで、肝心なことは聞いてこないし・・・・・!)
こちらの問いを、のらりくらりとかわしたかと思えば、心臓に悪いようなことをズバッと言う。
そうかと思えば、学問の師のような指導口調になる。それをこちらが真剣に聞けば、急にからかってきたりと・・・・・わけがわからない。
説教をされているのか、授業を受けているのか、からかわれているのかわからない。
相手の行動が読み取れず、イライラだけが募る。
「よく昼間に酒なんか飲めるな・・・。」
そんな焦りを、皮肉にこめて相手に発する林山。
それに対して、微笑しながら義烈は言った。
「時間なんざ関係ねぇ。大事なのは、飲む時期だ。」
「時期・・・?酒に旬などあるのか?」
「あるぜ。打ち解けたい人間がいる時に飲むのがコツだ。酒ってのは、病気の治療だけじゃなくて、人間が打ち解ける役割まで果たしてくれる。だからこそ俺は、今お前と一緒に飲みてぇんだよ。」
「え?」
「お前と初めて酒を飲んだ日、えらく気分がよかった。あの高揚感は久しぶりだった・・・!」
空になった器に、酒を入れながら義烈は言う。
「ガキの頃に戻ったみてぇで、ワクワクしたんだ。久しぶりに、楽しかったんだよ・・・!」
「・・・そうなのか?」
「そうだよ!どうしてもまた飲みたくなってな。だけど、お前に会えるのは3日後だろう?仕方がねぇから、そこいらをぶらぶらしてたら、ここのおかみと会ってな〜」
「俺の話を聞いたというのか?」
「そういうこと。基本的に、依頼人のところに押しかけることはしねぇんだが、我慢できなくてよ!ついでに言えば、夜まで待てなくて来ちまったんだ。」
声を立てて笑う義烈に、林山の中のなにかが抜けた。
「つまり義烈殿は・・・俺と仲良くなるために酒を持参したと?」
「義烈でいい。『殿』付けされるほどご大層なもんじゃないからよ!」
「・・・・義烈の言い分はわかった。でも、昼に酒を飲むのはちょっと・・・。」
「いいから飲めよ、星影!もうお前の分は注いでるんだぞ!?」
「てっ!あなたが勝手についだんだろう!?」
「拒まなかったお前が悪いんだろう?それとも、酒も飲めないお子ちゃまなのか〜!?」
「誰がお子ちゃまだっ!?」
義烈の言葉で、林山の顔に赤みが差す。
「違うなら飲んでみろよ〜?」
「当然だ!」
自分の前に置いてある器をつかむと、一気にあおる林山。
「お〜お〜!いい飲みっぷりじゃねぇか!?」
やんや、やんやと、手を叩く義烈。そして、空になった林山の器に酒を注ぐ。
(・・・・・・・・調子が狂う。)
相手の口車に乗せられ、酒をあおることとなった林山。
その側で、陽気に酒をすすめる凌義烈。
相手に茶化されながら、酒を飲む林山だったが―――――――
(・・・何故ここに来たんだ?)
仮にも相手は、【百面夜叉】の異名をとる男だ。
俺が心配だから?
俺と仲良くなりたいから?
一緒に楽しく、酒を飲みたいから?
いいや!
そんな子供じみた理由で、ここまで来るはずがない。
いくら侠客だといってもだ。
そうなると、なるとやはり―――――――――――――!
(・・・昨夜のことを探りに来たんだろうな・・・!)
宿のおかみから話を聞いてたということは、俺が誰かと話していたということを知っているはず。
“今朝まで起きてたんだろう、星影。二人でさ・・・・?”
その証拠に義烈は、口に出してそのことを俺に伝えてきた。
俺は奴の依頼人。しかも、頼んだ内容が内容だ。俺の身の回りを調べないはずがないじゃないか・・・!
(詰めが甘かったかもしれない・・・・!!)
自分の軽率な行動を、林山が恥じた時だった。突然、強い力で引き寄せられる。
見れば、自分の肩に義烈の手がまわされていた。
「ぎ、義烈・・・!?」
「俺は、お前のことを気に入ってんだよ!お坊ちゃんのくせにそれなりに度胸はあるし、おもしれぇことを言うし、やってるしよ。」
「・・・大人の駆け引きのできないガキじゃないのか?」
「今はな!だが、師匠が侠客となれば、話は別だ!俺がいろいろ教えてやるさ!人生経験が豊富なお兄さんがさぁ〜?」
茶化しながら言う義烈。そんな相手の目を見た瞬間、林山の体がこわばる。
(こいつ―――――――――・・・・・!?)
ふざけた態度をとっていたが、その目は真剣そのものだった。
「・・・・・・・・いろいろ聞かせてくれよ、星影。」
「い、いろいろ・・・?」
「とぼけるなよ。それを聞きたくて、ここまで来たんだぜ?」
「なにを言ってるんだ!?意味がわからない・・・!」
「昨日・・・お前の部屋に来てた奴のことだ。」
・・・・知っているのか・・・・・!?
(俺のが誰と会っていたか!?)
その言葉で、林山の体から汗が噴出す。暑さによるものではない、嫌な汗だった。
林山の心に悪い思いがよぎる。
当たってほしくない最悪の結末。
それを振り切るように林山は言った。
「なにを言ってるんだ!?俺の部屋には誰も来ていない!お前しか・・・義烈しかきていない。」
「ああ。男は(・)俺しか来ていないな。」
「えっ!?」
(なぜそれを!?)
慌てて相手を見れば、真顔で自分を見る義烈がいた。
「さぁ坊や・・・自白の時間だ。俺に嘘や誤魔化しは通用しないぜ・・・?」
義烈の問いに、ひたすらシラを切っていた林山。
しかし、それも義烈の言葉で崩壊するのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・・!!
少しだけ解説をさせてください。
文中に出てきた【造作】とは、「『たやすい』・『簡単』という意味で、古風な言い回しの時によく使われる言葉。」であります。
わかりにくいかもしれませんので、補足です(だったら、使わなきゃいいのに;)
※誤字・脱字がありましたら、お知らせください・・・!!ヘタレですみません・・・(土下座)