第五十五話 籠(かご)の鳥
ゆっくりと優雅に、上品に、私は動く。
見事な模様が描かれた器をそっと机に置く。
そして、その器と同じ花が描かれた陶器を傾ける。
湯気とともに、さわやかな芳香が周囲に漂う。
茶を注いだ器を差し出せば、目の前の人物は薄っすらと笑う。
私の動きがよいと褒める。
男心を掴む姿だと褒める。
あの貴人好みでよいと褒める。
嬉しくない。
そんな褒め言葉、嬉しくない。
どんなに素晴らしい些事や、称えるような言葉をかけられても、私の心は動かない。
その言葉の意味を知っているから――――――
喜ばない。
故郷・藍田から遠く離れた場所に私はいる。
漢帝国の中心である長安に私はいた。
毎日が、稽古・勉学の連続。
完璧な貴婦人になるための修業。
すべては、1人の男の妻になるための教育。
だけど、相手は林山じゃない。
相手は、林山よりも年上。
地位も、名誉もなにもかもがこの国で一番の殿方。
女としては、最高の名誉かもしれない。
でも私は――――――――・・・・
愛する人のために自分を磨きたい。
会ったこともない相手のために。
愛してもいない相手のために。
林山以外のために。
愛していない男のために、女を磨かされる私。
女として努力する日々。
これ以上の苦痛はない・・・・・!
ここでの味方は、自分だけ。
姉も、父も、母もいない。
恋人さえも・・・!
愛する人さえも―――――――・・・・!!
林山、あなたは今、どうしているの?
あなたに嫁ぐ日を待ち焦がれていた。
あなたのことを考えるだけで、毎日が幸せだった。
でも・・・あなたと桂連が密かに会っていると聞き、胸をかき乱された。
激しく心を揺さぶられ、嫉妬の炎を燃え上がらせた。
思いつめた挙句、私はひとつの方法をとった。
彼に真相を問い詰めたのかって?
いいえ。
――――――――姉と入れ替わり、彼を脅して真実を聞き出す―――――――――
それが、臆病な私が取った方法。
だからでしょうね。
きちんと確かめればよかったのに・・・。
そんなことを企んだから。
卑怯なことをしたからでしょうね。
今、こうして天罰を受けているのは・・・。
こうなったのは、誰のせいでもない。
自分自身にあるの。
私が悪いのです。
林山に嫌われたくない。
愛する人に嫌われたくない。
嫌な女だと思われたくない。
そう思って、いい格好をした私に非があるの。
臆病な恋をした私が悪い。
きれいな自分だけを、相手に見せようとした私が悪い。
星蓮は悪くないっ!!
そんなことを考えていると、必ず聞こえてくる姉の声。
自分を責めていると、決まって聞こえる懐かしい幻聴。
姉が私の気持ちを知れば、おそらくそう言うだろう。
あの人はそんな人だから・・・。
だけど・・・・。
星影姉さんは悪くない。
悪いのは、嫉妬で狂った私。
婚約者とその元・婚約者の仲を疑った私にある。
疑って、怪しんで、悩んで。
醜い心で、謀略をつむいだ私が悪い。
私が提案したから私が悪い!
・・・いいえ、その意見を採用した私に責任があるの。
あなたは妹として、姉に従ってしまっただけよ!
・・・いいえ、妹として姉に頼りきった私が悪いわ。
星蓮を一人残した私がいけないんだ!
・・・いいえ、一人にしてほしいとお願いしたのは私よ。
―――――――いいから、姉が白といえば、妹も白といえばいいんだよ!!
星影姉さん。
悪いのは私で、星蓮じゃない!!それで納得しなさ――――――――――いっ!!!
ああ言えば、こう言う。
こう言えば、ああ言う。
そうやって、私をかばい続けるだろう。
姉はそんな人だから。
そして弱い私は、そんな姉の言葉に甘んじるだろう。
ずっとそうだったから。
ずっと、弱いままで、姉に頼り続けていたから。
でも―――――――――――――!
・・・ここで弱みを見せるわけにはいかなかった。
強く堂々とした女でいなくてはなかった。
姉のような強い女性でいなくては・・・・!!
劉星影のように・・・・・・・!!
聞きなれた靴音が部屋に響く。
【あの男】が、私の前に姿を現す。
私を見て、軽く笑いかける。
それだけで、私は身の毛がよだつ。
男は、私から視線を離すと、目の前にいる主に語りかける。
私が【物】としてどうかと、問う。
容貌はもちろんのこと、礼儀から言葉遣い、教養にいたるまで。
すべてにおいてどうかと、問う。
男の主は、怪しい笑みを浮かべると「よい。」と一言つぶやく。
その答えで、男は恭しく主に頭を下げる。
私は、この男を知っている。
【郭勇武】という名の武人だ。
近頃、陛下に気に入られて、召しだされた将軍だという。
陛下は、なぜこんな男を気に入ったのか・・・。
考えただけで、情けなくなってしまう。
そんな情けない男の主が――――――――・・・・・。
・・・・・・・・・・・・わからない。
わからないわ。
なぜこの人が、こんな男を使うのか。
申し分ない身分にいながら、何故・・・・・?
郭勇武は、この主の命で、私を召し上げたと言う。
召し上げたなどときれいな言葉を使ってはいるけれど、実際は強奪でしょう?
後で話を聞かされて、どれだけ惨めな思いをしたか。
私を奪うために、家族にどんなことをしたか。
愛する林山になにをしたか。
―――――――有名な美人姉妹を、揃って見れなかったのが残念だ。
林山の抵抗について、面白おかしく話した後。
愛する人を侮辱され、笑い者にされた後に言った言葉。
人に対して、これほどの憎しみを持ったことはない。
そんな憎い者達の言いなりになどならない。
言うことなど聞くものか。
それを態度で示せば、相手は狂気を口にする。
―――――――――――――お前の愛する者を殺す―――――――――――――――
拒むことなどできない。
拒めば、私の家族と恋人を殺すと言う。
それだけじゃない。
私に関わるすべての人を殺すと脅す。
そして、永遠に消えぬ汚名を着せて、闇に葬り去ると言う。
悔しいけど、彼らにはそれだけをする力がある。
郭勇武の主には、それだけの権力がある。
名前しか聞いたことのない人物。
高貴な身分にある人物。
そして、とてつもなく欲深い人物。
天は何故、生家のみで身分の優劣を決めたの?
何故、心で、身分の優劣を決めてくださらなかったの?
そうすれば、目の前にいる者達が、【高貴】にはならなかったのに。
それぐらい、この人達は悪なのに・・・・!!
愛するものを守る力がない私は、そんな彼らに従うしかない。
守る力がないから、従うしかなかった。
私にできることはそれしかないから。
林山や家族を守るためには、それしか方法がなかった。
彼らは、それを知っていて私を脅した。
私を連れ去ったのも、自分達の都合によるもの。
己の欲望を満たすため。
だから、当然でしょうね、星蓮。
あなたが、これだけの憎しみを持つのは当然のことだったのよ。
持って当たり前だったの。
だって相手は人ではない。
人間とは思えないほど、ひどくて、卑怯で、ずる賢い方法を考える者達。
人の皮を被った鬼畜。
したたかで、残酷な獣。
同じ人間じゃないのだから。
でも、負けることはいかないの。
相手がどんなに強大であろうとも、私は泣き寝入りなどしない。
劉家の女として。
劉星影の妹として。
安林山の妻として―――――――――――!!
茶を飲んだ獣の口が開く。
言葉をつむいで私に語る。
その言葉で、私の未来は決まった。
私がいつ、皇帝陛下の室として入挺するか。
鬼畜達の声がやんだ後、私は強く拳を握った。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・!!
星蓮の一人称です。
星影や林山ばかりだったので、この辺りで彼女を出してみました。
題名の「籠の鳥」とは、囚われの身となっている星蓮を表現しました。
※誤字・脱字がありましたら、お知らせください・・・!!ヘタレですみません・・・(土下座)