第五十四話 天然からの言葉
「お前・・・・衛青将軍のことが、異性として好きなんじゃないか?」
本物の林山からの言葉を聞いた時。
親友の言葉を理解した時。
自分が茶器を落したのだと気づいた時。
「私が―――――私が衛青将軍に、女として惚れていると言いたいのか!?」
ひどく、変な気分になった。
「林山・・・・・・私は笑えない冗談は嫌いなんだ。特に、こういう状況で聞かされる、性質の悪い冗談はね・・・・!?」
それは、不快とも、苛立ちとも言えるおかしな気持ち。
「今のお前はまるで、関家の若様と――――――――・・・・!?」
そう・・・あの名前を聞いた瞬間。
「ち、違うんだ星影!今のは――――――」
おかしくて。
「言葉のあやなんだ!言葉の・・・・!」
おかしくて、おかしくて・・・。
「すまない!俺はどうかしてい――――・・・・!」
おかしくて、おかしくて、おかしくて――――――――
「アハハハ!!そうか、そうか・・・関の坊ちゃんか・・・!?アッハッハッ!ハ――――――――ハッハッハッ!!」
声を抑えることができなかった。
「ア―――――――――ハッハッハッ!ハッハッハ!!アッハッハッ!!」
壊れた楽器のような声で笑った。
ここまでひどい笑い方ができるなんて、自分でも驚いた。
「ホント、林山といると飽きないよ・・・・!」
ひとしきり笑ったところで、自分を見つめる親友に声をかけた。
そこには、先ほどの彼はいなかった。
私の失言に怒った義弟はいなかった。
いつもの表情で私を見ていた。
いつもよりも、覚めた目で、静かに私を見ていた。
「「「うるせぇぇぇ!!!」」」」
そんな私達に、周囲から苦情の声が上がった。
自分に向けられる暴言に、怒りなど感じなかった。
それよりも強い怒りを、私が感じていたから・・・・・。
「ゴメンネ、リンザン。」
茶化すように言った言葉。怒りを隠しながら言った言葉。私の言葉を最後に、部屋の中は静かになった。
「あ〜あ。おかしかった!」
本当におかしかった。
林山の言葉がおかしかった。
おかしかったけど、その分悔しかった。
よくわからないけど、腹立たしい気分になった。
だからなじってやった。
「そういう優しさは、星蓮だけにしろ。」
抑えていた怒りを、林山にぶつける。
「どんな事情で、桂蓮と逢引してたのかは知らないが、裏切りだと勘違いされる行為はするな!」
星蓮に関する怒りをたたきつけた。
「二度目の裏切りは許さん!」
そして、星蓮のことについて林山に釘を刺した。
「仮に誤解だとしても、星蓮を悲しませたことには変わりない!とにかく、二度目は許さない。私の妹を悲しませるような行為はね・・・・!?」
可愛い妹の話をした後で、衛青将軍の話をした。
私が、衛青将軍を武人として尊敬していると伝えた。
“お前・・・・衛青将軍のことが、異性として好きなんじゃないか?”
林山が、なぜそんなことをいったのかわかっていた。
私が、林山をからかい、【優柔不断】だとなじったからだ。
それに対して、林山が反撃をしたのだ。
その考えを親友に伝えれば、困ったように黙り込んでしまった。
(思った通りだ・・・・。)
林山の答えに呆れながらも安堵した。
(私の好きは、異性を思う好きじゃない。)
親友の姿を見ながら、再確認をした。
恋愛なんて、ガラじゃない。
私が衛青将軍を思うのは、武人として惹かれたから。
間違っても、異性として惹かれたわけじゃない。
すごくきれいな人間に思えたから、あの人についてまわる悪評をなんとかしたかった。
星蓮救出と同時進行で、衛青将軍の汚名を消したかった。
それが、陛下をかばうための汚れ役だとしても許せなかった。
衛青将軍が、そういう役を引き受けていたとしても嫌だった。
(衛青将軍はそういう人間じゃない―――――――!!)
「私は、衛青将軍に恩があるから、その恩を返したいと思ってるだけ。」
そう・・・あの人が好きになってしまったから。
武人としての気質に、惚れ込んでしまった。
同じ武人として、あの人が好きだ。
あの笑顔が好きだから。
私だけに笑いかけてくれた顔。
あんな穏やかな顔を見てしまったら、放ってなんかおけない!
庇ってもらった、助けてもらった恩を返したいだけ。
それからは・・・・・・・なにを話したかなんて覚えてない。
なにか・・・・話したかもしれないが、よく覚えていない。
唯一、覚えていることといえば―――――――――――――
「私は、恋愛と縁がなかっただけ。ただ・・・・・それ(・・)だけ(・・)よ。」
そう言ったことだけ。
記憶に残っている会話など、その程度だった。
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(つくづく短気なのかな・・・・私は。)
昨夜の再会は、お互いの報告をする程度で終わった。
前半の会話は覚えているが、後半の会話は覚えていない。
人は、血が上るとなにもかも忘れてしまう。
そういう時に話した言葉など、これっぽっちも覚えていない。
多分・・・・後半の方は、今後のことについての話をしたのだろう。
結局、夜明けが近づいたこともあり、早々に宮中へと引き返してしまった。
林山と、次の再会の約束はしたが、次がいつになるかわからないが―――――――
(間違っても、市場の首台の上では再会したくないけど・・・。)
首をさらされる自分を想像し、苦笑する星影。
状況からしても、真っ先にさらし首にされる危険が高いのは自分だろう。
死ぬことは怖くない。
でも、【大事なもの】を残して死ぬのは嫌だ。
可愛い妹と義弟を残して死ぬのは嫌だな・・・・。
(そのためにも、なにがなんでも生き残って、星蓮を取り戻さなきゃ!)
前向きな考えを打ち出すと、素早く戸の前から離れる星影。
(取り戻すためにも、高級宦官・安林山として、変・・・陛下に愛想を振りまかないと!)
嫌々ながらも、媚びる覚悟を決める。
そして着替えようとした矢先だった。
「林ざぁ――――――――――――――んっ!」
再び、聞きなれた声。
そして、激しく扉が開く音。
誰が来たのか、星影にはすぐにわかった。
「く、空飛か!?」
脱ぎかけていた着物を、着直しながら星影は言う。
「『空飛か』、は、ないでしょう!?」
星影の言葉に、少し不服そうな返事をしながら答える相手。
息を切らせて部屋に入ってきたのは、星影の友である張空飛だった。
宮中で、星影が信用している数少ない人間の一人である。
「そんなつれないこと、言わないで下さいよ〜」
頬を膨らませて文句を言う空飛だったが、星影が着替え中だったと気づく態度を一変する。
「あ・・・!?ご、ごめんなさいっ!着替えの途中でしたか・・・!?」
顔を赤くし、ドギマギと慌てる空飛。そんな友の姿に、星影は微笑しながら言った。
「いいや、気にしなくて大丈夫だよ。それより・・何か用?」
星影の問いに、彼は大きく頷く。
「はい!たいしたことなんですけど、たいしたことじゃないことがありまして。」
「・・・なにそれ?」
「実はね、あるお方がここにいらっしゃるんですよ!」
「あるお方?」
「はい!さて、ここで林山に問題です!以前私達は、あなたに陛下のご姉妹についてお話ししましたが、そのうち陛下の女性のご姉妹のお名前は、なんと言ったでしょうか!?」
「陛下の女の姉妹!?」
(そういえば、李延年の説明の時に聞いていたな。)
その時の記憶を頼りながら、口を開く星影。
「確か・・・・三人いらしたよね?」
「人数はいいです。お名前の方は覚えていますか!?」
「ああ・・・。上から順に、長女の平陽公主様、次女の南宮公主様、三女の林慮公主様の三人だ。」
星影の答えに、空飛は惜しみない拍手を送る。
「大正解です!さすが林山!!」
「アハハ!ありがとう。こう見えても物覚えはいい方なんだ。」
「では、物覚えのいい林山殿にお話します!なんと、その中のお一人、平陽公主様が近々後宮にいらっしゃるそうなんですよ!!」
「平陽公主様が!?・・・なんでまた?」
「聞きたいですか?」
「それを言うために来てくれたんだろう?」
「はい!」
星影の言葉に嬉しそうにうなずく空飛。
「それがね、皇后様のお見舞いに来られるんですよ。」
「皇后様が・・・?どこか御体の具合でも悪いのか?」
「ええ。二ヶ月ほど前から体調を崩されて・・・。」
悲しそうに言う空飛。それにつられるように、星影の気持ちも沈んだ。
(皇后様か・・・まだお会いした事はないがきっと素敵な方なんだろうな。・・・と、信じたい。)
陛下が陛下だけに、皇后がまともだとは思えなかったが・・・・
(でも待てよ・・・・夫婦にしても、兄弟にしても、片方がダメなら、もう片方はしっかりしてるものだ!)
そう考えれば―――――――――
(皇后様は、まともに違いない!!)
と、いう結論に達する星影。
「なにが原因かは知らないが、やはり、皇帝の正妻とはきついんだろうな・・・・。」
「ええ。奥方はたくさんいますからね・・・。早くよくなってくださればいいんですが。」
「さぞかし気苦労も多いことだろう・・・。」
「・・・そうですね。」
しみじみと語り合う星影と空飛。
庶民でさえも、女好きな亭主を持つと苦労すると言うのに・・・。
皇后の場合は、相手が女好きで男好きな陛下だ。妻の数が半端ではない上に、男の恋人もいるのだ。女だけでもややこしいのに、そこに男が加わるとなると・・・・。
考えただけで憂鬱になる。想像するんじゃなかった。朝っぱらから最悪な気分だ。
「空飛!いい加減にしないか。星影の着替えの邪魔になるだろう!?」
そんな空気を破ったのは、いさめる様に投げかけられる声。
それは、戸の外にいる琥珀からだった。
「あ、そうでした!ごめんなさい、林山。邪魔しちゃいましたね。」
「いや、いいよ。気にしないでくれ。」
大丈夫だと言って、空飛を引き止める星影。
そんな彼女の言葉に、すかさず琥珀が文句を言う。
「なんだそれは?私は駄目で、空飛はいいと言うのかい・・・・!?」
「なに言ってるんだ?別にそんなつもりは―――」
「二人供、喧嘩はしないで下さい!私が出て行けばすむことでしょう?今そちらに行きますから!」
琥珀にそう言うと、星影の側から離れる空飛。去り際に彼は、小声で星影に耳打ちする。
「外で琥珀と待っていますから、早く来てくださいね。」
「ああ、すまない。すぐに終わらせるよ。」
手を振って部屋を出て行く空飛。
その姿が見えなくなったところで、戸の側に駆け寄る星影。
そして、鍵がかかっていることを確認すると、いそいそと着替えに取り掛かるのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・(土下座)!!
この小説の題名になっている『天然からの言葉』の『天然』は、空飛をさしています。
話の中でも、基本的に星影は、空飛には甘いです。理由は、空飛が純粋な子なので(笑)
代わりに、琥珀には少し辛口です。理由は、琥珀が怪しい上に、いつも余計な一言多いので(苦笑)
※誤字・脱字がありましたら、こっそりでいいので教えてください(平伏)
私自身も、なくせるように精進いたします・・・!!