第五十三話 宮中に帰りました。
誰かの呼ぶ声で、星影は目を覚ました。
焦点の定まらない目で、声のする方を見る。
そこには、自分を覗き込みながらなにかを言う人影。
すると突然、その人影は星影の肩を掴む。
この行為により、目を覚ますよりも先に、星影の中の【武】が覚醒する。
とっさのことに、彼女がとった行動は――――――――――――
「曲者め―――――――――――――――――――――――――!!」
武力行使に出ること。
人影の胸倉を掴むと、垂直に床へ叩きつけた。
「―――――――何者だ!?」
鋭い声を上げると、相手の首を掴み、その頭を床に押し付ける。
「いっ、痛・・・!!」
「答えろ!何が目的だ!?」
痛がる相手の言葉を無視しながら怒鳴る星影。
「言え!言わないのなら――――!」
そう言うと、相手の首から手を放し、今度は髪を掴んで乱暴に揺らす。
「痛っ!痛たた・・・・!」
「痛いか?」
痛がる相手の反応を確かめると、低い声で星影は言い放つ。
「・・・少しでも妙なマネをしてみろ。こんなものでは済まさないぞ?」
髪を掴んだ手を、思いっきり床に叩きつける。それにより、鈍い音と声が響く。
「どうする?痛い目にあいたいか・・・・!?」
脅しを込めた星影の問い。
普通の者なら、その迫力でなにも言えなくなるのだが・・・・・・・
「ま・・・待てくれっ!林山・・・!!」
そんな彼女の問いに、返事が返ってくる。
それはとても聞きなれた声。
まさかと思い、相手の顔を覗き込むと―――――――――――
「あ・・・!?こ、琥珀っ!!?」
そこには、床に押さえつけられ、苦しそうに顔をゆがめる王琥珀の姿があった。
「なんでここに・・・?」
「できれば・・・その手をどけてほしいんだけど・・・?」
「あっ!?す、すまない!大丈夫か!?痛かったか!?」
琥珀の言葉を受け、慌てて手を離す星影。それに対して彼は、むせながらも息も絶え絶えに答える。
「ケホッ、ゴホ・・・平気だよ。しかし・・・なかなかいい腕をしているね?細腕なのに力がある。」
「ほ、細くて悪かったな!」
裾から出ている自分の腕を、慌てて隠しながら星影は言った。
「それより、なんでお前が私の部屋にいるんだ?」
「ああ・・・。黄藩様の命令で、起こすようにと言われてね。」
「黄藩様の!?」
「『黄藩殿』だろう?知らないのかい?黄藩様のご命令で、今日から君のお世話をすることになったんだよ。」
「誰が!?」
「私が。」
にっこりと笑って答える琥珀。
「お前がぁ!?」
「ああ。」
涼しい顔をして言う琥珀。そんな相手の言葉に星影は・・・・
「そんな話、聞いてないぞ・・・・。」
つぶやくしかなかった。
星影の返事に、やっぱりな、というような顔をしながら、琥珀は付け足すように言った。
「やれやれ・・・つくづく君は、延年様に嫌われているということか。」
「延年・・・?」
「彼から聞いていないみたいだね。」
「へ?」
「延年様が君に、そう伝えているはずなんだが?」
「なに!?」
琥珀の言葉に、大きく目を見開く星影。そんな相手の姿に、彼は苦笑しながら言う。
「伝わっているはずなんだけどね・・・。一応、勅命だから。」
「勅命だと!?」
「そうだよ。君の世話係は、陛下の命で決まったんだ。陛下から出された勅命は、黄藩様を通して延年様に伝えられ、延年様から直接君に、伝えられているはずなんだが・・・。」
琥珀の説明に、星影は不機嫌な表情を作る。その顔を見た琥珀は、困ったような口調で言った。
「その様子だと、聞いてないみたいだね?」
「聞くもなにも、初耳だよ・・・。」
「やれやれ・・・。黄藩様のお考えは、正しかったみたいだ。」
「どういうこと?」
「『延年殿は多忙な方ゆえ、万が一にも伝えそびれる可能性があります。それゆえ、延年殿に伝えたことを、王琥珀・・・あなたにも伝えておきます。』と、おっしゃられてね。」
「多忙もなにも、嫌がらせ以外の何者でもないだろう!?」
琥珀の言葉に鋭いツッコミを入れる星影。
「しかも、嫌な感じで黄藩様の予想が的中してるし!」
星影の中で、さげすむ目をした李延年の顔が浮かぶ。
(つーか、わざと知らせなかったんだろうけどっ!)
相手の性格を考えれば、そう考えるのが普通だった。
不服そうにする星影に、笑いながら琥珀が言った。
「『黄藩殿』だろう、林山?そう怒るものじゃないよ。妬みがあるということは、その分君に、魅力があるということさ。」
「自分で自分の首を絞めるようなものなら、そんなものは魅力とは言わない・・・!」
「いいや、だから魅力なのだよ。見た者の心を強く捕らえて離さない・・・虜にしてしまう。」
「と、虜って・・・。」
「そういう魅力が君にはある。君はきれいだよ、林山。身も心も・・・ね?」
そう言うと、艶のある笑みを見せる琥珀。
彼の言葉と表情に、星影は真っ赤になってしまう。
「あ、朝っぱらから気持ち悪いこと言うなよ!聞いてるこっちが恥ずかしくなるっ!」
「私は事実を述べてるだけさ。」
「へぇ〜!?私に魅力があるって?」
「あるよ。でも・・・今朝の君は、その魅力が少ないね。」
「なんだよ!?床に叩きつけたことを、まだ根に持ってるのか!?」
「そうじゃない。今朝の君は、少し顔色が悪いんだよ。」
「顔色?」
「ああ。いつもは、薄い桃色の可愛い頬が、少し青い気がする。それに、眼の周りが黒くなってるよ。昨夜はあまり、寝れなかったんじゃないかい?」
昨夜という言葉で、星影の心臓が嫌な音を立てる。
「そ、そんなに・・・顔色が・・・悪いのか?」
「いや、目立つほどではないが・・・・近くで見れば、違いがわかるよ。」
「・・・そう。」
琥珀からの説明を受け、頬に手を当てながら言った。
「実は昨日・・・緊張して寝れなかったんだ。」
「さすがの林山も、眠れないことがあるんだね?」
「あれだけのことがあれば、眠れないだろう!?私は神経は、そんなに図太くない!」
「『肝も』じゃないかい?」
「琥珀!」
星影からの言葉に、相手は声を立てて笑う。
「そんなに笑わなくてもいいだろう!?失礼な奴だな・・・!」
「すまない。でも・・・・・安心したよ。君が病気じゃないならね。」
「平気だよ。間違っても、病気なんかになるものか!」
そう、病気になるなどとんでもない!
そんなことにでもなれば、一発で女だとばれてしまう!
「これでも、体には気をつけてるんだ!」
謙遜でも、誤魔化しでもない真実。
彼女の言葉に、琥珀は静かに言った。
「・・・林山、あまり気を張らなくていいんだよ?本当に具合が悪い時は、遠慮せずに薬師やまじない師をよんでもらえばいいんだから。」
「いいよ!私は元気なんだから!」
「そうじゃないよ。」
強く言い切る星影に、琥珀は言葉を続ける。
「頼ってほしいと言ってるんだよ、私は。」
「え?」
頼る?
自分とはなじみのない言葉に、星影の気炎が一瞬そがれる。
「前々から思っていたんだが、君はあまり他人を頼ろうとしない。すべて、自分一人だけで片付けようとする。それは良いことだが、完璧すぎるのは問題だよ。」
「・・・・・琥珀は、私が完璧主義だといいたいのか?」
「そこまでは言っていないよ。ただ・・・・・君は一人じゃないんだ。いざとなったら、私や空飛がいる。側にいる友に、甘えてもいいんじゃないかな?」
「甘える!?」
驚く星影に、照れたような笑みを見せる琥珀。
「ああ。変な言い方かもしれないが――――友達だからこそ、君に頼ってほしいと思う。私も空飛も。これでも、黄藩様よりは長く一緒にいるじゃないか?」
「それは―――そうだけど・・・。」
「宮中は、変わった人や難しい人が多い。延年様のような方も多いだよ。だれかれかまわず、心を許すことはできないだろう?そういう時こそ、友達を信じてほしいんだ。」
「・・・・確かに・・・知らない奴よりは、知ってる琥珀達の方がいいけど――――」
「だからこそ、困ったことがあれば、私達を頼ってほしい。私も空飛も、できる限りの協力をするし、相談にのるよ。」
「そこまで、思っててくれたのか・・・・?」
「友達だからね。他の者に言いにくいことでも、私達なら話せるんじゃないかな?頼れて、心を許せて、信じることができる。少なくとも私は、そう思っているよ。」
「琥珀・・・。」
「まぁ・・・朝から、人一人を組み伏せるだけの力があるんだ。それほど、体調が悪いということもないかな?」
そう言って笑う琥珀。それと対照的に、固まる星影。
・・・・・・・・・・・そうでした。
組み伏せるどころではない。
親切に自分を起こしにきてくれた相手を、床に叩きつけたあげく、髪を掴んで乱暴に扱ってしまったのだ。
それどころか、脅しまでかけていたぶったのである。
普通ならば、こちらが相手を心配しなくてはならない。
それなのに自分は、相手を気遣うどころか、相手に心配をかけているのだ。
(友に対して、非常識極まりないな・・・。)
今更ながら、変なところで抜けている自分にうんざりする星影。
「すまない・・・琥珀。寝ぼけていたとはいえひどいことをしてしまったよ。申し訳ない・・・!!」
そう言って、深々と頭下げる星影。そんな友の態度に、手を振りながら琥珀は言った。
「気にしなくていいよ、林山。正直・・・・半分は予想していたことだ。延年様がお前に伝えていないことぐらい。」
「では半分は、予想していなかったのか?」
「ああ。床に叩きつけられて、髪を掴まれるとは予想してなかった。」
「・・・すまない。」
その一言で、再度赤くなる星影。茶化すつもりで言った琥珀の言葉は、星影に追い討ちをかけただけだった。落ち込みながら謝る星影の姿で、そのことに気づく琥珀。
「冗談だよ。気にしていないから、あまり陰気にならないでくれ。それに、あまりゆっくりもしていられないし。」
自分の失言を挽回するため、さりげなく話題を変える琥珀。
「今日から一人で、陛下のお側で働くんじゃないのかい?」
「あっ!?」
「遅れでもしたら、厄介だろう?私への詫びはいいから早く着替えなよ。」
「――――――そうだった!」
琥珀の言葉で、自分の置かれている現状を思い出す星影。
「すっかり忘れてた!待っていてくれ。すぐに着替えるから!」
琥珀にそう言い放つと、慌てて着替えようする星影。
しかし、腰紐を緩めようとしたところであることに気づく。
今までは早く起きて着替えたり、隠れて着替えていたからばれなかった。
高級宦官になって、皇帝の側になると言うから着替える時がとても心配だった。
しかし、彼女の予想に反して個室だった。
その時は、自分はなんて運がいいんだろうと喜んだのだが・・・。
「どうした、林山?」
動きを止める同僚に、琥珀は不思議そうに尋ねる。
「琥珀・・・なんで出て行かないんだ?」
「なにか問題でもあるかのかい?」
ひどく不思議そうな顔で言う琥珀。
当たり前だ!着替えるところを見られたら、自分が女であるとばれてしまう!!
今ここには、琥珀がいる。見るからに出て行く気配がない。
琥珀が出て行かない限り、自分は着替えることができないのだ。
「なにをしてるんだ?早く着替えなさい。」
そんな星影の気持ちを知らない琥珀は、彼女に早く着替えるように促す。
「あの、着替えたいんだけど・・・出てってくれないか?」
「どうして?恥ずかしがることはないだろう。男同士なのだから。」
椅子に腰掛けながら琥珀は言った。
「いや・・・いくら友でもさ、人に見られるのはちょっと・・・。」
「ハハハ!心配しなくても君の体なんて見やしないよ。そんな趣味はないからね。」
「と、とにかく、出てってくれよ!気になるんだ!!」
怒りを露わにする星影に、琥珀は目を細めながら言った。
「だから見ないと、言っているじゃないか?まるで女みたいな言い方をするね。」
「なっ・・・!?だ、誰が女だ!!俺は男だぞ!!?」
「だったら、男らしく気にしなければいいじゃないか。」
そう言って、自分の部屋でくつろぐ琥珀に苛立ちを覚える。
「でもさ、琥珀。・・・親しき仲にも礼儀は必要じゃないかな。」
「それは君に必要ないことじゃないか?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・ブチッ
小さいながらも、細いなにかが切れる音。
「いいから出てけぇぇぇ――――――――――――――――!!!」
言うと同時に琥珀を部屋から放り出す星影。
「な、なにするんだ、林山!?」
「いいから外にいろ!!」
驚く琥珀を怒鳴りつけると、乱暴に戸を閉める。
(これが毎日続くのか・・・・!!)
一人になった部屋で、深くため息をつく星影。
(あの時の林山も、こんな風に怒ったんだろうな・・・・。)
そんな彼女の脳裏に、昨夜の出来事がよみがえるのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・!!
お話は、林山の元から宮中に戻った翌日の話です。
※誤字・脱字がありましたら、お知らせください・・・!!ヘタレですみません・・・(土下座)