第五十二話 失恋の立ち直りは遅い
茶器の割れた音が、波紋のように部屋中に広がる。
“お前・・・・衛青将軍のことが、異性として好きなんじゃないか?”
「・・・・林山?」
なにを言ってるんだ?
そう尋ねたかった。でも、彼女の思いは言葉にならなかった。喉まででかかった言葉を、声にすることができない。声に出そうとしたが、うまく言葉にならないのだ。
それ以前に、林山の言った言葉の意味を、星影は理解できずにいた。
「なにが言いたいんだ・・・・?」
ようやく出た言葉。一番、無難だといえる問いを、林山に投げかかる。幸い相手は、星影の問いに答えてくれた。彼が星影に聞きたい問いと共に・・・。
「好きなんじゃないか?衛青将軍のことが。」
「・・・他の奴と比べたら好きさ。立派なお方だから・・・。」
「『そういう好き』じゃない。俺の言ってる好きは、『恋愛における好き』の方だ!」
「恋・・・愛?」
「星影は衛青将軍を、恋愛対象として見てるんじゃないか?そして、惹かれたんじゃないのか?衛青将軍の中にある、男の優しさって奴に・・・・。」
「なに!?」
この言葉で、それまで不思議そうにしていた星影の表情が一変する。
「私が―――――私が衛青将軍に、女として惚れていると言いたいのか!?」
「・・・少なくとも、俺の目からはそう見えた。『大人の男の優しさに、惚れこんでいる女』のように・・・。」
「私が・・・・大人の男に恋をしてる・・・・?」
林山の言葉に、目を丸くする星影。しかしそれは、ほんの一瞬のことだった。星影はすぐにいつもの顔に戻ると、ため息をつきながら林山に言った。
「林山・・・・・・私は笑えない冗談は嫌いなんだ。特に、こういう状況で聞かされる、性質の悪い冗談はね・・・・!?」
「あいにく俺は、冗談を言うのは好きじゃないんだ。ましてや、今みたいに、心に余裕がない状態では特にな。」
目を細めながら言う林山に、星影はなおも言葉を続けた。
「そう・・・。それじゃあ林山は、私が衛青将軍を特別視してるって言いたいわけ?衛青将軍を、異性として好きになったと思ってるの?」
「そうでなければ、一番大事な星蓮救出作戦と、衛青将軍の評判改善活動とを、同時進行で行うなんて言わないだろう!?特別な思い入れがあるからこそ、そういう気持ちになったんじゃないか!?」
「林山!」
「どっちが、優柔不断なんだ!?これだと決めたら、最後までやりきれよ!あっちも、こっちもなんてことをしてたら、両方、中途半端で終わるだろう!?」
「・・・あなたの言い分はわかった。心配しなくても、ヘマだけはしないわ。」
「わかってねぇよ!いいか、星影!俺は、星蓮のためなら、死んでもかまわないと思ってる!だが、衛青将軍が原因で死ぬなんて、まっぴらごめんだ!」
そう言うと、拳で机を叩く林山。
「俺の命は、星蓮のためだけに使うつもりだ!星影に預けたのもそのため・・・。それを、お前の個人的な善意活動に使われるのは困る!」
「個人的な善意活動じゃないだろう?あなたは、誤報をそのままにしておけって言うの?」
「お前が、評判改善活動をしなくても、誰かが代わりにしてくれる。衛青将軍が良い人間なら、それを慕う者が、いずれ誤解をといてくれるさ!」
「いずれっていつよ!?林山さ、李広将軍が死んで何年経つかわかってる?これだけ経っても、衛青将軍の悪評が続いてるのよ!?それなのに、さらに待てって言うの!?」
「星影・・・・俺達と星蓮は、生きている限り、一生続く縁を持っている。だが、衛青将軍を含めた、宮中にいる人間とは『今限り』の縁だ。」
「だからなによ?」
「一生続く縁と、一期一会の縁とじゃ、どちらを優先すべきかわかるだろう!?」
「わかってるけど、無視するわけにもいかないでしょう?」
「だったら、お前に命を預けてる俺の気持ちも無視しないでくれよ!」
「林山?」
「宮中にいて、直接探せるお前にはわからないだろな?俺がどんな気持ちで、星蓮やお前のことを考えてるか!?祈ることしかできない自分を、どれだけ不甲斐なく思っているか・・・・!!」
「お、落ち着けよ、林山!そんなに興奮しな――――――」
「――――――――怒ってるんだよ、俺は!お前が、星影が、あんまりにものん気だから・・・・!!」
「林山・・・。」
「恋をするなとは言わない。ただ・・・・もう少し、危機感をもってくれよ!そして、割り切って行動してくれ!衛青将軍のことはっ!」
「・・・・・・・・・・なんだと?」
親友の発言に、星影の眉間にしわが寄る。
「今、なんて言った・・・・?」
「だから、命の危険を冒してまで、動く必要はないだろう!?」
「そうじゃない!私が聞いてるのは、その前だ!」
「はぁ?」
「恋って、なんだよ・・・・・・・・!?」
そう言った彼女の声は震えていた。
「恋ってなんだよ・・・?それは私に・・・・言ってるのか・・・?」
見れば、唇を振るわせる星影の姿。その様子を見ながら、林山はもう一度口を開いた。
「・・・・してるんじゃないか?衛青将軍に恋を・・・。」
「だから誰が!?」
「お前だよ。」
「お前って!?」
「安林山のふりをしてる劉星影だ。」
「お前・・・私が色恋に現を抜かしてると言いたいのか・・・・!?」
「そうは思っていない。俺の知る劉星影は、私情よりも義理人情を優先する。だからこそ、衛青将軍の評判改善活動よりも、妹救出を優先するはずだ。・・・色恋よりもね。」
「貴様っ!!」
カッと目を見開き、林山の胸倉をつかむ星影だったが――――――――
「本当のことじゃないか?それに俺は、星蓮の救出を優先してくれと言っているだけだ。衛青将軍に恋をするなとは言ってない。」
「お前っ!まだ言うのか!?」
「俺も恋をしてるからわかる。なによりも、男が女に、女が男に惹かれるのは自然なことだ。むしろ、それを拒むことはないだろう?」
「なに言ってるんだ!?私は恋など―――――――!」
「武人としての『憧れ』が、『愛』に変わってもいいんじゃないか?相手が、衛青将軍ほどの御仁ならば・・・・?」
「―――――――――・・・・・!」
林山の言葉に、カッと顔を赤らめる星影。
「お前は・・・・林山は、私が衛青将軍に恋しているように見えるというのか・・・?」
「見えるよ。」
「いつから目が悪くなった・・・・?」
「俺は健康そのものだ!それとも――――――・・・・わからないのか?恋してることを・・・?」
「むしろ、お前がそう言う根拠がわからないね。どうしたら、私が色恋をしているなんて、血迷いごとを言えるのやら・・・・・!」
「言えるさ!今のお前はまるで、関家の若様と――――――――・・・・!?」
林山の言葉は、途中で途切れる。
「関家・・・・・?」
その言葉に合わせるように、林山を掴んでいた星影の手が離れる。
(・・・・・・・・・・・・・・・・しまった!)
そんな星影の姿に、林山の体中の血液が、一気に降下する。
「ち、違うんだ星影!今のは――――――」
「関家の・・・・若様?」
「言葉のあやなんだ!言葉の・・・・!」
「関家の若様・・・。」
「すまない!俺はどうかしてい――――・・・・!」
「関家の若様――――――――――・・・・!」
緊迫した表情で言う星影。
そばで弁護する林山の声など、聞こえていないようだった。
しかし次の瞬間、場違いなような笑い声が部屋に起こる。
「それが決めてか!?そこで判断したのか、林山!?フッフ・・・・ハハハ!アッハッハッハッ!!」
「せ、星影・・・・!」
「アハハハ!!そうか、そうか・・・関の坊ちゃんか・・・!?アッハッハッ!ハ――――――――ハッハッハッ!!」
林山を指差しながら、狂人のように笑い続ける星影。
瞳孔が開いた目。高い声や低い声を出す口。口元だけを上げ、無表情で笑う親友。
「ア―――――――――ハッハッハッ!ハッハッハ!!アッハッハッ!!」
部屋にこだまする星影の声。
先ほどまでたぎっていた林山の怒りは、この時すでに消滅していた。
今、彼の心のうちを支配していたのは、己が犯した失態への後悔。
(なんで、言ってしまったんだ・・・・!?)
星蓮との問題や、触れてほしくない元・婚約者のことを言われ、カッとなった自分。
それに加え、優柔不断だと侮辱されたことで、歯止めが利かなくなってしまった自分。
星影との口論に夢中になった自分。
相手を言い負かせたくて、言ってはいけないことを口にした。
【禁句】とされていた話題を出してしまった。
星影が一番嫌う話・・・・!
(星影は、自分の恋愛に関する話が、一番死ぬほど大嫌いだというのに――――――――・・・・・!!!)
「ホント、林山といると飽きないよ・・・・!」
林山の心中をよそに、陽気な声で言う星影。
瞳孔の開いた目を、さらに大きくしながら笑う。
大きな声で笑い続ける星影を、林山は注意しなかった。
経験上、注意しても聞かないことを知っていた。
それに、自分が注意しなくても、制裁がくるのがわかっていたから・・・・・・・・。
「「「うるせぇぇぇ!!!」」」」
三度目となる制裁が部屋に響く。
激しく叩かれる両側の壁。隣人達からの苦情を伝える声だった。
それを合図に、星影の笑い声はやんだ。
「ゴメンネ、リンザン。」
笑い声を収めると、片言でつぶやく星影。その言葉を最後に、口を閉ざす親友。
周囲は相変わらず文句を言っていたが、彼女の耳には届いていないようだった。
表情は楽しそうにしていたが、完全に周囲の声を遮断していた。
この状況に林山は、先ほどの星影の言葉に答えるように軽くうなずく。
そして、そのまま黙り込んだ。これを最後に、部屋の中は静まり返った。
これに対して、うるさく苦情を言っていた隣人達に変化が表れる。
「・・・・なんだよ。」
「急に静かになったな・・・・?」
「変じゃねぇか?」
「どうなってんだ・・・?」
そうささやきあいながら、口数を減らしていく周囲。
突然の静寂のに、調子を狂わされる形になった隣人達。
しばらく、ボソボソ話していたが、それが寝息に変わるのに、そんなに時間はかからなかった。
「あ〜あ。おかしかった!」
周囲が完全に静かになってから、茶化すような口調で言う星影。
「・・・・おかしかったか?」
「おかしかったよ。」
林山の言葉に、背伸びをしながら答える義姉。
「強気な口調で言うから、そうなのかと思ったけど・・・・。やっぱり、あなたの勘違いみたいね、林山?私が衛青将軍に、恋してるなんて話は?」
あざ笑いながら言う星影。
そっけない言い方をする相手に、言葉を選びながら林山は言った。
「・・・・恋愛には興味ないかもしれないが、衛青将軍には興味があるんじゃないか?」
「それはあるよ。衛青将軍のような方が、宮中にいるのは興味深いからね。」
「じゃあ、異性として、興味深いとは思わないのか?」
「あなたさ、私が恋愛に興味ないこと知ってるでしょう?」
「そうだが・・・。」
「関家とのことも知ってるのなら、そんなこと聞く必要ないんじゃない?つーか、いい加減しつこいよ、林山。」
そう言うと、床にしゃがみこむ星影。そして、床に散らばった破片を拾いながら言った。
「でもまぁ・・・・悪かったよ、林山。優柔不断とか言ったのは。」
「なんだよ、急に・・・?」
「要は、その仕返しとして、関家のことを言ったんでしょう?まったく・・・油断も隙もない奴だな、お前。」
「な、なに言ってるんだ?そんなの―――――――・・・・・・」
・・・・・・・違うとは言い切れない。
星影の言う通り、優柔不断だと、言われた腹いせに言ったのだ。
その事実を否定すれば、自分に嘘をついたことになる。
この場を収めるためだけの嘘をつくなど、正直すぎる林山にはできなかった。
そうかといって、上手く話題を変えることもできない。
返事に困って黙り込む親友に、やっぱりねぇ〜と言いながら、星影は笑う。
「図星だったみたいだね、林山?」
「す、すまない、星影。俺は―――――――」
「気にしてないからいいよ。私が先に、からかったわけだし。まぁ・・・私が悪かったんだから、そんなに怒らないでよ。」
集めた破片を手に乗せながら、楽しそうな口調で言う義姉。
「それに、大事な星蓮探しを、片手まで探すような言い方をしたのも悪かったみたいね?両天秤をしてるように思えたわけ?」
「・・・・・・・・・・・そこまで、わかってて挑発したのか?」
「人聞きが悪いわね、林山。仮にも、あなたの『姉』になる人に対して?」
「もういいよ。それより、素手で破片を拾うな。危ないだろう?」
破片を拾う星影を制止させようと、手を伸ばす林山。しかし、林山が拾おうとした破片を星影は横からかっさらった。
「星影!?」
「林山は、私が衛青将軍のために働こうとする行為が『脇目』だと思ってるみたいだけどそうじゃないよ。」
「じゃあ、なんだって言うんだ?」
「上手くいけば、こちらの都合の良いようになるかもしれないでしょう?」
「大将軍さえも利用しようってか!?」
「そうじゃないよ。でも・・・好感を与えておけば、いざという時に見逃してもらえるだろう?」
「図々しいな!?」
「なに言ってんだ、林山。星蓮のためなら、卑怯もクソもないだろう?」
「それはそうだが・・・・・。」
星影の話に相づちを打ちながら、再度、破片を拾おうとする林山だったが・・・。
「あ。」
「言っとくけど、衛青将軍をこちらに引き込むつもりはない。衛青将軍にご迷惑がかかってはいけないからね。ただ・・・・好かれておいて、損はないでしょう?」
それを、横から奪い取る星影。
「陛下のお側仕えになった以上、身を守るためには、陛下に苦言を言える人の気を引いておく必要があるの。李延年だけだと、私が殺されちゃう可能性があるし。」
「あ、ああ・・・そうだな。」
気を取り直し、違う破片へと手を伸ばす林山だが――――――――――
「あっ!」
「それにね、陛下や李延年以外にも、気をつけないといけない連中がいるだろう?特に郭勇武なんかは、『安林山』の名前を覚えていたからね・・・・!」
しかし、その破片も星影によって持っていかれる。それを不服そうに見送る林山。
「郭勇武は、安林山の本当の顔を知っている。もし奴がこちらを怪しんで、身元を調べたりでもしたら、厄介なことこの上ない・・・!」
「・・・じゃあ、これ以上目立つなよ。」
そう言って、星影のいる場所から離れたところにある破片を拾おうとするが――――――――
「ああ!」
「わかってるよ。だけど、星蓮を無事に取り戻したあかつきには、それ相応のお礼はさせてもらうぞ。郭勇武にはきっっっちり!十倍返しで、やりかえさないとね・・・・・!?」
またもや、林山より先に破片を拾う星影。距離的な不利を感じさせない素早い動き。
数回、この状況が繰り返えされたことで、林山はようやく気づく。
「おい・・・!」
「なぁに?」
「わざとやってるだろう!?」
「なにが?」
「なにがじゃない!俺が拾おうとする破片を横取りしてるだろう!?」
星影が、自分からわざと破片を奪い取っているということに。
林山の指摘に、悪びれることなく星影は言った。
「まさか!偶然、私が拾おうとした破片と林山が拾おうとしたものが同じだけだよ。」
「だったら、自分の近くにある破片を拾えよ。」
「どの破片を拾おうが、私の勝手だ。私が落して割った茶器の破片だ。」
「偉そうに言うな!明日怒られるのは俺なんだぞ!?とにかく拾うな!怪我するだ―――――」
「―――――――――――そういう優しさは、星蓮だけにしろ。」
今までの口調とは一変。凄みを利かせて言う星影。
「星影!?」
突然の変化に、戸惑いの声を上げる林山。
それに対して星影は、手に持った破片を机に置きながら言った。
「どんな事情で、桂蓮と逢引してたのかは知らないが、裏切りだと勘違いされる行為はするな!」
「な・・・こんな時になに言ってんだ、星影!?」
「もう一度言う。二度目の裏切りは許さん!」
「待てよ!それは誤解だ!」
「ああ、仮に誤解だとしても、星蓮を悲しませたことには変わりない!とにかく、二度目は許さない。私の妹を悲しませるような行為はね・・・・!?」
睨みながら言う星影に、林山はなにも言えなかった。
星影が言うことは、正しかった。自分の行為によって、星蓮が傷ついたのは間違いない。
元を正せば、自分と桂蓮のことが原因で、強奪されたといっていい。
だから、なにも言えるはずがない。
視線をそらし、うつむく林山。
そんな親友に、星影は少しだけ声をやわらかくしながら言った。
「心配しなくても、星蓮探しが第一であることは変わりない。私の一番は星蓮だからね。星蓮には、幸せな恋を貫いてほしいの・・・・!」
「・・・星影・・・。」
「そのためにも、あなたには頑張ってもらわなきゃ困るの。星蓮を大事にしてほしいのよ・・・・!」
瞳孔の開いた目を細めながら言う星影。
そんな彼女の態度に、相手がなにを言おうとしているか察する林山。
「・・・・お前もしつこいな、星影。その話は、俺から直接星蓮に話す。」
「しつこいぐらい言わないと、わからないだろう?」
「俺はそこまで馬鹿じゃない!」
「お前のことはどうでもいい。大事なのは、星蓮を傷つけないことだ!わかってるだろうな・・・・・・・!?」
「・・・・もちろん、星蓮は大事にする。愛しているからこそ、ここまで来たんだ。」
「勘違いしないで!私は、衛青将軍に恩があるから、その恩を返したいと思ってるだけ。林山が考えてるような、馬鹿な展開はありえないのよ。」
「馬鹿な展開って・・・・。」
困ったように言う林山に、星影はハッキリとした口調で言った。
「人がする恋愛はかまわない。だけど自分の恋愛は、馬鹿らしいものでしかないの。」
威圧的に言う物言いに、口を閉ざす林山。
(これは・・・完全に怒らせてしまったみたいだな。)
彼女が、恋愛を嫌っているのは知っていた。
知っていたからこそ、尋ねるのを躊躇していた。
ここまで星影が、色恋を毛嫌うのには理由があった。
「・・・・まだ、引きずってるのか?」
「黙れ。」
意味ありげに言う林山に、星影は冷たい視線を投げかける。
親友が色恋を嫌う理由を、林山は痛いほどよく知っていた。
その根本的な原因は―――――――――――――――――――――
「・・・・貴族なんて、いい加減なものさ。」
「黙れ。」
「家を焼かれたくらいで、美人の婚約者を見捨てる男だ。」
「黙れ。」
「根性なしだと言うことが、わかっただけでもよかったと思うぞ。」
「黙らないのか?」
そう言った星影の目は、侮蔑と怒りに満ちていた。
「うるさいよ、林山。」
冷たく言い放つと、そのまま机にひじを突く星影。
星影が色恋話を嫌う理由。
それは、星影が恋愛というものに対して、深い傷があったからだ。
そのすべての原因となったのが、星影の元・婚約者にあった。
昔の星影・・・・・あの事件が起こる前の星影は、お転婆だが、可愛い女性だった。
星蓮が、ちょっと元気になったような女の子。
健康的で明るく美しい女性、それが『藍田の蝶花』劉星影だった。
星蓮と共に、多くの男達の憧れの的だった星影。
俺にとっては、面倒見がいい姉のような存在であり、同じ年の仲のいい友達だった。
元々、父親同士の仲がよかったので、子供である俺達も自然と仲良くなった。
同じように成長し、身近な付き合いを重ねてきた。
今とほとんど変わらない付き合いをしていた。
今と違う点があるとすれば、星影への縁談の話。
劉家の長女として申し分ない彼女の元へ、多くの男達が求婚した。
その中に、星影を射止めた男がいた。
それが、関家の若様だった。
貴族の若様で、美男子としても有名な男。
俺も詳しいことまでは知らないが、才女として有名な星影の話を聞きつけ、求婚を申し込んだ。
星蓮ではなく、星影に求婚したのは、若様と近い年だったかららしい。
俺はもちろん、星影も、関家の若様の顔を見たことがない。
だが、文のやり取りはしていた。
書簡を通して、二人がどのようなやり取りをしたか知らないが、婚約破棄を告げられた時の星影の表情は今でも忘れられない。
「私は、恋愛と縁がなかっただけ。ただ・・・・・それだけよ。」
表情のない顔で告げた星影。
この時代、それ相応の身分がある者には、【恋愛での縁談】などありえない。
だから俺と星蓮のような縁談は珍しい。
縁談とは、親が決めるもので、本人の意見など反映されない。
特に女性の場合は、自分の意思が通ることが少ない。
そんな結婚事情だから、星影がどういう気持ちで婚約したかはわからない。
ただ・・・・決め手となったのは、関家の若様からの書簡だったらしい。
それを見て、星影は恋に落ちた。
【生まれて初めての恋】をしたのだと・・・・星蓮が教えてくれた。
その恋を、星影は大事にしていた。
繭を扱うがごとく、大切にしていた。
それが破れた時、壊れた時。
―――――――――――――私は、恋愛と縁がなかっただけよ――――――――――――
あの時と、婚約破棄を告げられた時と表情で言い放つ星影。
星影の衛青将軍に対する気持ちを尋ねるのを躊躇したのもそのためだった。
心の傷は、目に見えない分わかりづらい。
だからこそ、言葉ひとつで、その傷を広げることも治すこともできる。
(それなのに俺は――――――――――・・・・!)
星影を傷つけるようなことを言ってしまった。
桂蓮とのことは、どうみても俺が悪い。
星蓮はもちろん、星影に責められても文句は言えない。
それなのに俺は、我慢することができなかった。
(俺は・・・・・・心の修行不足だ。)
自分を責める林山。そんな彼の耳に、星影の声が飛び込んできた。
「衛青将軍のことは好きだよ。でもそれは、人として好きなだけ。」
周りが敵だらけの時に、ただ一人、味方になってくれたから。
優しくしてくれた相手が、あの人だったから。
その相手が、たまたま衛青将軍だけだった話。
「星影・・・・。」
「だから林山――――――――」
そう、それだけの話だから―――――――――――・・・・・・・・・!!
「せっかくの美談を、色恋話に変えるなんて、下品をしないでちょうだい・・・・!」
そう言って、立ち上がる星影。
上から自分を直視する相手に、林山は小さく息を吐く。
「・・・・わかった。もう、この話は二度としないよ。」
「ありがとう。」
林山の言葉に、ひどくきれいな声で言う星影。
しかしその表情は、相変わらず【無】としか言えなかった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・・!!
武一辺の星影の【恋】について書いてみました(笑)
気になる方は、今後ともよろしくお願いします(土下座)
※誤字・脱字がありましたら、こっそりでいいので教えてください(平伏)
私自身も、なくせるように精進いたします・・・!!