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第五十一話 悪いのは誰?

それは、ごく当たり前の質問だった。

当然過ぎる内容に、林山の返事は遅れた。


「・・・・・李広将軍への説明?」

「そう!李広将軍は、衛青将軍が匈奴討伐の総大将になったことを理解してなかったらしいんだよ!」


ようやく出た言葉に、星影が即答する。しかしその答えは、林山にとって意味のわからないものだった。


(理解もなにも、上からの命令なら、それに従うだろう・・・・・?)


それを説明だの、理解だのという星影。彼女がなにを言いたいのかわからなかった。


「どういうことだ・・・・?」


とりあえず、わからないので質問をする。質問に質問で答えるやり取り。

そんな彼の問いに、星影は声を(ひそ)めながら言った。


「だから李広将軍は、衛青将軍が総大将に選ばれた理由を理解できてなかったんじゃないか?」

「そりゃあ、納得はできないさ。それまでの戦歴から考えれば、李広将軍が総大将になった方がいいだろう。でも、決まった以上は、それに従っ―――――」

「そうじゃないよ!李広将軍が衛青将軍を認められなくて、理解できてなかったとかじゃなくて、衛青将軍が匈奴に詳しいということを、『知らされていなかった』んじゃないかってことだよ!」

「知らされていなかった・・・?」

「そう!だから陛下が李広将軍に、衛青将軍を総大将に選んだ理由を話したのかどうかって聞いてるんだよ!」

「俺に聞かないでくれ!陛下じゃあるまいし、わかるわけがないだろう?」

「そうだけど、一つの可能性として考えればつじつまが合わない?名将とは思えないほど、幼稚な動きをした李広将軍の行動を―――――!?」

「可能性・・・ねぇ。」


星影の言葉で、腕を組む林山。


「確かに・・・。一般に知られている李広将軍からすれば、らしくないと言えば、らしくない。」

「私は、李広将軍がどんな人かは知らない!でも・・・仮にも『飛将軍』とも言われた男が、あんなお粗末な最期を迎えるなんておかしくない?冷静に考えればさ・・・?」

「そうだな・・・。俺が知っている『飛将軍』李広は、筋を通す、義理堅い人物だ。」

「義理堅い?」

「ああ。部下も大事にし、自分よりも周囲の者達を第一に考えていたらしい。戦死者が出れば、自分の褒美の中から、多めに見舞金を家族に送ったりもしていたんだ。」

「そ、そうなの!?」

「とても人望のある将軍だった。弓術(きゅうじゅつ)(ひい)でていたので、『高祖の時代に生まれていればよかった。』と、惜しまれたほどの人材だ。遅く生まれたと言っていい。」

「つまり、『生まれる時代を間違えた』的な人?」

「その通り!しかも、匈奴の者からは、『漢の飛将軍』と恐れていた。名前だけも脅威になる人だった!」

「それを考えれば、武威のある李広将軍を総大将にしないのはおかしいわね・・・。よっぽど頑固だったのかな?」

「頑固だけど、悪い意味で頑固じゃない。李広将軍は、年を取ってからも戦場で働きたいがために、昇進するのだって拒んだそうだし。」

「出世を断ってた!?李広将軍が!?」

「高い位をもらって、安全な宮中で平和ボケするよりは、低い身分で、危険な戦場を駆け回る方が(しょう)に合ったらしい。」


以外だ・・・・・・・・・・!

つーか、琥珀から聞いた話とは全然違う!?



(なんか思ってたよりも、意地悪じーさんじゃない?)



林山からの話を聞き、少しだけ、李広将軍への評価を改める星影。

それと同時に、疑問が増えた。


「そうだとしたら、おかしな話ね・・・。常識をわきまえていた老将が、単独行動を取ったり、自害したりするなんて・・・・。」

「もしかしたら―――――・・・・・・お前の言う通り、李広将軍は知らなかったのかもしれないな。衛青将軍が総大将に選ばれた理由を・・・・!」

「やっぱりそう思う?」

「ああ・・・。『知らなかった』と『説明していない』じゃぁ、まるで意味が違うからな。陛下が『説明していない』と考えれば、李広将軍の行動は道理に合う。」

「そうだとしたら、なんで陛下は言わなかったんだろう・・・。そんな大事なことを。」

「決め付けるのはよくないぞ、星影!俺達の話は、あくまで推測でしかないんだからさ。」

「そうだけど――――――」

「でも・・・お前の意見が、間違っているとは言い切れない。なんせ陛下は、李広将軍のことを『過去の産物』と考えていたみたいだからな。」

「『過去の産物』?」

「ああ。早い話が、自分好みの人間じゃないってことだよ。」

「自分好みじゃない〜?」

「陛下は、派手で大胆な人間が好きなんだろう?あと、美しいものなら、男女問わずに()でるんだったよな?」

「あ〜・・・確かに、好きみたいだけど・・・。」


自分が見た皇帝を思い浮かべながら、冷めた笑みを見せる星影。


「それに李広将軍を当てまめれば、派手とは程遠い、堅実な人間だ。」

「え・・・堅実でもあったの?」

「堅実さ。それに根性もある。かつて皇帝に罰せられ、身分を平民に落とされた時も、持ち前の努力で返り咲いたほどの人だ。」

「将軍が平民に!?なにしたの!?」

「詳しくは知らないが、敵に捕まった罰らしいぞ。」

「へぇ〜敵陣を目指して迷子になった時みたいに、仲間の手を借りた罪ってこと?」

「まさか!敵を射殺しまくって、自力で帰ってきたそうだぞ。」

「なのに陛下は罰したの!?」

「そうだよ!平民にはなったが、結局『後将軍』として、戦場に戻って来たけどな・・・。」


そう告げると、湯の残った器を机に置く林山。新たな事実を知って、知識が増えた星影。しかし、一つの疑問が解けたことで、新たな疑問が出来た。


「でも・・・・前科があるなら、どうして命令違反なんかしたのかしら・・・?」

「それは、手柄を立てようとして焦ったんだろう?平民として過ごした時期が長かったから、その穴埋めをしようと焦ったじゃないか?」

「罪を犯してまで焦ることなの?戦に勝てば、それでいいじゃん。」

「自分の手柄で勝たないと、意味がないだろう?結果を出さなければ、恩賞はもちろん、次の戦にだって参加できないさ。」

「だったら、なおさら焦るのはよくないじゃん?」

「・・・・皇帝に嫌われてると思えば、それだけで十分じゃないか?」

「嫌われてた!?まさか、李広将軍も気遣い過ぎる派!?」

「いいや。父親の代から使える将軍ということが、今の皇帝は気に入らなかったらしいぞ。」

「え?」

「厳師匠からお聞きした話なんだが、歴代の皇帝が即位した時、一番大変なのは、家臣達をどうまとめ上げるかなんだ。特に、親の代から使える文武官の対応には気をつけるらしいぞ。」

「なんでまた?」

「即位したばかりの王が、最初から自由に(まつりごと)を取り仕切ることはできない。周囲の助言や助けがあるからこそできるものらしい。例えば、民衆から税金を多く取りたいと思って、それを管理する者が、自分と慣れ親しんだ者なら自由にできる。ところが、親の代からの者となると、自分より経験も功績も信用もある。思う通りにできないんだ。」

「だから?」

「戦に関してもそうさ。今の皇帝が即位した時、戦の主導権は李広将軍にあった。一時は、宮中から離れていたが、民衆からの声にこたえる形で現役復帰した。だから、匈奴討伐に関しても、ずっと李広将軍に一任されてきた。それが今の皇帝は面白くなかった。」

「どうして?優秀なら、任せておけばいいじゃん?」

「いいか、星影。あくまで李広将軍は、先帝時代から家臣だ。今の皇帝は、自分のめがねにかなった武将を登用したかった。父からの家臣ではなく、自分からの家臣に戦場を任せたかった。」

「それじゃあ・・・衛青将軍が、匈奴討伐の総大将に選ばれたのは――――――!?」

「自分の家臣だったからだろう。匈奴の情報に詳しい上に、最愛の妻の弟。しかも、前途ある若者だ。経験をつませれば、その後の戦場での働きも期待できる。」

「・・・・だから李広将軍は、自分を旧時代と例えたのか・・・!?」

「そうらしい。もっとも・・・普通(・・)の世代交代とはいかなかったが。」

「え?」

「以前から皇帝は、李広将軍を邪魔に思っていた節があったそうだ。考え方や、やろうとしていたことも違ったらしい。だから、李広将軍の代わりに、衛青将軍を総大将にしたのも、そのしっぺ返しみたいなんさ。自分より年上なうえに、民衆にも人気があり、先帝から仕える忠臣だからこそ、扱いづらかったんだろう。」



「じゃあ・・・陛下は、李広将軍に、衛青将軍が総大将に選んだ理由を、『わざと』知らせなかったの・・・・・!?」



「・・・そうだろう。必ず伝えなければいけない義務なんて、陛下にはないからな。だから・・・俺にはわからないよ。あんなすばらしい将軍のどこが気に入らないのか・・・・。」


どこか寂しそうに言う林山に、星影は忘れていたことを思い出す。


(そっか!『飛将軍』って、李広将軍のことだったのか・・・!!)


藍田にいた頃、彼はしきりに言っていた。

自分は、『飛将軍みたいな武人になりたい!』と。

大商家の跡取りである林山が、武門の道を選ぶことは出来ない。

武官になることは出来ないが、【武人のような魂を持ちたい】と言っていた。

それを横で聞きながら、頑張れと応援した自分。

『飛将軍』が、あだ名ではなく、本名だと思っていた自分。

「林山は、飛さんみたいになれるよ!」と、言い続けた自分。

なんで気づかなかったの、私!?


(だから林山は、衛青将軍に良い感情を持っていなかったんだ・・・!)


それを思い出し、思わず目を伏せる星影。今頃思い出した自分を、深く恥じた。

恥じたのだが―――――・・・・・・・・・・・・・・・


(でも、まぎらわしい言い方をした林山も悪いよね・・・・?)


『飛将軍』と聞いただけじゃ、『飛さん』だと思う。間違っても『李さん』だとは思わない。

それにあいつは、「林山は、飛さんみたいになれるよ!」と、私が言った時、笑うばかりで説明をしなかった。誤解されるようなことをした林山が悪い。

本名があるなら、本名を言えっての!


(まぁいい・・・。林山が『飛将軍・李広将軍』に憧れていると、わかっただけでもよし(・・)としよう。)


そう自分の中で結論付け、完結させる星影。

一方の林山も、憧れの李広将軍のために、己の持論を展開し始めた。


「これはあくまで俺の予想だが、おそらく李広将軍は、無名の衛青将軍に総大将の座を奪われたことで焦りを感じたんじゃないかな?おまけに、戦で上手く手柄が立てられなくて、なかなか恩賞にありつけなかったらしいし。」

「それで、さらに焦ってしまったと?」

「あるいは、自分より若い武人が抜擢されたことが、李広将軍の自尊心を傷つけたのかもしれない。」

「ふ〜ん・・・世代交代とは、思わなかったのかな?」

「心の中では、わかっていたかもしれないが、口に出せるわけがないさ。誇り高き武人なら、しつこく聞くよりも、戦場で成果を出して、総大将に返り咲けばいいんだからさ!」

「でも・・・その結果として、李広将軍は冷静さを失ってしまったんだろう?」

「ああ。きっと、敵を倒すことなく、味方に助けられる形で帰還した李広将軍は、絶望してしまったんだ。成果を残せなかった自分が、今後戦場に行くことはできない・・・と。」

「それを嘆いて、自害したってこと・・・・?」

「・・・・そうだろうな。これも俺の予想だが、陛下はそうなることも踏まえて、李広将軍に説明しなかったかもしれないな。」

「ちょっと待ってよ!それじゃあ――――――衛青将軍が匈奴に詳しいから総大将になったことを、李広将軍が知ってたら、軍令違反をして死ぬこともなかったんじゃないの!?」

「・・・・否定はできないな。」

「だったら、衛青将軍も李広将軍も悪くないじゃないか!?つーか、どっちもいい人間じゃん!?」

「そうだよ!そうなるんだよ・・・!!」

「だよね!?」


そう言うと、互いの顔を見合わせる義姉弟。この議題に関する答えは、すでに出ていた。


「つーか、すべての原因は、肝心な説明をしなかった陛下が悪いんじゃないか!?」

「絶対そうだな!陛下の口添えがあれば、最悪の事態は免れたかもしれない・・・!」

「そうだって!あの変態が、きちんと話していれば、誤解することはなかった!李広将軍もその息子も、死ぬことはなかったんじゃないか・・・・!?」

「馬鹿!声が大きいだろう!?」

「だって!」

「人に聞かれたら、どうするんだ!?陛下に対する不越罪で捕まるぞ・・・!?」

「別に悪口は言ってないだろう?」

「悪口は言ってなくても、否定的な言葉を使えば、それだけでも罪になるんだ!」

「なんだよ、間違いすら指摘できないの!?」

「だめだろう?てか、普通誰も言わないし、言えないぞ。」

「そりゃあ・・・言っちゃいけないとは言われてるけど―――――――・・・・!」

「我慢しろ!俺だって、我慢してるんだから・・・・!!」


そう言うと、利き手の拳を強く握り締める林山。

親友の言うことは正しかった。陛下を侮辱すれば、罪になるのは当たり前。

否定すれば、罰せられる。悪口だって言ってはいけない。

相手が皇帝陛下だから。


(私だったら、我慢できないけどな・・・・。)


よく我慢できるよな、林山。あ〜あ!こんな胸糞悪い話、しなきゃよかった!

本人に直接言えないとなると、この怒りをどこにぶつければいいんだよ?

いつもだったら、武術の鍛錬をするか、やけ食いするか、遊びまわるかして発散するけど――――――・・・・。林山はともかく、宮中にいる私は、その半分も出来やしない。

なにか、代用になるものを見つけて、発散するしかないってか?

そうなれば、なにで―――――――――・・・・!?




その瞬間、星影の中で一つの【(ひらめ)き】が湧き起こる。





「――――――――それだっ!!」





その【(ひらめ)き】は星影の頭を駆け巡り、【(ひらめ)い】として林山に発せられた。




「それだよ、林山!」




目を輝かせながら、その【(ひらめ)き】を告げる星影。

瞬間的に思い浮かんだ考えは、自分の疑問を解決してくれる【答え】だった。

それの同意を求めたくて、彼女は言葉にしたのだったが―――――――


「な、なにが!?」


聞かれた方は、驚くしかなかった。主語も、脈絡(みゃくらく)もない言葉に、疑問符で返す林山。

そんな親友に、星影はハッキリとした口調で言った。








「衛青将軍は、陛下の『身代わり』として悪く言われてるんじゃないか!!?」








「なにぃ!!?」


あまりにも、唐突すぎる星影の意見に、今度は林山が声を上げる。


「陛下の代用〜!?衛青将軍がか・・・・・!?」

「今までの話をまとめれば、そうなるでしょう?」

「どうまとめたんだよ!?」

「そもそも、李広将軍が死んだ根本的な原因は、陛下にあるでしょう?」

「え?そりゃあ――――そうだけど・・・。」

「それなのに、陛下が悪いと言っちゃいけないんだよな?」

「罪になるからな。」

「衛青将軍は、悪く言ってもいいのに?」

「まぁ、現場の指揮を()ったのは、衛青将軍だからな。」

「大将軍を悪く言ってもいいってこと!?」

「良いことはないが、陛下を悪く言うよりは、まだマシだ―――――?」


そこまで言って、林山も気づく。


「そうか!表立って、陛下を非難できないから、その次に責任がある衛青将軍に、罪をかぶせたわけか!?」

「その通り!陛下が間違ったことをしていても、批判したらいけない。それだけで罪になる。だけど、李広将軍が死んだことに対する不満はなくならない。」

「ああ。李広将軍は、少々頑固で自尊心が強いが、悪い人間ではない・・・!現に、部下思いで、多くの兵から慕われていた。実際の衛青将軍には、なんの落ち度もないからな!?」

「李広将軍は、言われるまま、総大将になって匈奴と戦った。李広将軍を罰した件にしても、上司としての職務を果たしただけ・・・。その結果、李広将軍は自害してしまった。そうなれば、その怒りが向けられるのは―――――――?」

「功績のある将軍を差し置いて、新参者を総大将にした陛下だ・・・!」

「そうでしょう?いくら、衛青将軍が匈奴の情報に精通していたとしても、李広将軍がその事実を知らなかったら、衛青将軍に従うはずがないよ!」

「・・・ああ。李広将軍の人柄を考えれば、年齢だけで人を判断するとは思えない。そうなれば、李広将軍に十分な説明をしていなかった陛下が悪いだろうな・・・!!」


「李家が、先代から使える優秀な一族なら、それなりに人望もあったはずよ。事実、李広将軍は部下に慕われていた。李広将軍が、陛下をきちんと扱っていなかったとなると、その人達の不満は陛下に向けられる・・・!」


「・・・・・つまり星影は、陛下が衛青将軍を悪者にすることで、自分への不満と、李広将軍の名誉を守らせたって言いたいのか?」


「李広将軍の名誉まで考えたかは知らないわ。だけど、前者・・・自分への不満を防ごうとしたのは間違いないと思う!衛青将軍は、それまでなんの功績もない無名の武人だった。匈奴との戦いの後で、有名になり、人々に知られるようになったのよ?」

「確かに・・・。みんなが知らないからこそ、好きなように性格設定ができるからな。」

「その通り。総大将として、直接命令を下し、李広将軍と最後に会った男・・・衛青将軍という人間をね・・・!」


口の端だけを上げて、不敵な笑みを見せる星影。


「ただでさえ、噂っていうのは尾ひれがつきやすいものでしょう?おまけに衛青将軍は、争いごとを防ぐためなら、自分を犠牲にするような人。」

「なるほどな・・・・・・それなら、衛青将軍が悪役を甘んじたのも説明がつく。」

「そうよ。すべては――――――――――――」







「「皇帝陛下の名声を守るため・・・・・・・・・・!」」







声をそろえて言う星影と林山。

互いの意見が同じだったことに、思わず笑みを浮かべる。


「お前の考えは正しいよ・・・星影!」

「林山こそ・・・見事な推理よ。」


満足そうに言うと、互いを(たた)えあう二人。そして確信した。


「間違ったことを間違ったことだと言わないで我慢することなんて、みんながみんなできることじゃないわ!例え、その原因が陛下であっても――――・・・ねっ?」

「そうさ。相手が相手だけに、陛下に非があるとわかれば、火種の要素になりかねない。それを防ぐために、衛青将軍が身代わりになったということか・・・・!?」

「そうよ。衛青将軍を悪者に仕立てることで、陛下への不満を発散させたんだわ!衛青将軍は陛下の身代わりとして、悪役になっていただけなんだよ・・・・!!」


そう言うと、湯の入った器を一気に煽る星影。


「やっぱり陛下は、とんだ食わせ物だ!!」

「同感だな・・・!」

「あの男のせいで、二人の人間の命が失われた・・・!」

「・・・結果的にはそうだな。」

「しかし、李敢も馬鹿だよな〜衛青将軍を父親の仇と誤解して暴行し、殺されちゃったんだからな。」

「・・・・・・・・・・自業自得だろう。同情する必要はないと思う。」

「珍しいわね、林山。あなたが、そんな冷たいことを言うなんて?」


仮にも、尊敬する人の息子じゃない?と、付け加えて聞けば、覚えてたのか、と、ぼやきながら林山は言った。


「・・・・いろいろ考えてたら、そう言う心境になっただけだ。」

「いろいろって・・・なにを想像したわけ?」

「いや・・・・もしかして李敢は、衛青将軍を、『親の仇ではない』と、わかって(・・・・)いて(・・)、襲ったんじゃないかなぁ・・・・と。思ってな。」

「はぁ!?確信犯だったってか!?」


林山からの意外な言葉に、目を見張る星影。


「推測になるんだが・・・・衛青将軍が陛下の身代わりで悪役になったことは、暗黙の了解として、宮中の人間は知っていたんじゃないか?」

「まぁ・・・事が事だけに、知っていなければいけないだろうけど・・・。」

「周囲もそれを知っていたからこそ、衛青将軍への目立った弁護をしなかったんじゃないか?」

「そうかもしれないけど・・・・。それと李敢が確信犯なのと、どう関係があるんだよ?」

「衛青将軍は、陛下への不満を抑える役をしていたんだろう?だったら、息子である李敢が、そういう事情を知らないはずがないんじゃないか?」

「え!?それじゃあ―――――――父親の仇と誤解して襲ったんじゃなかったの!?」

「さぁな・・・。肝心の李敢が死んでるから、真相はわからない。でも・・・知っててやったって可能性も考えられるだろう?」

「つまり――――――・・・衛青将軍がやり返さないとわかってて、陛下にぶつけられない怒りを、拳に込めてぶつけたってこと!?」

「だから霍去病将軍の行為を、陛下は(とが)めなかったんじゃないか?」

「霍去病はもういいよ!!聞き飽きたっ!口にするな!!」

「なに怒ってんだよ?俺は事実を言っただけで――――――」

「ああ、そうさ!霍去病はすばらしい将軍だよ!陛下に好かれてるし、英雄だし!」

「せ、星影?」

「だけど話を聞く限り、わがままな男でもあるんだよ、霍去病は!!陛下に気に入られてるのはどうでもいいが、怒りに任せて人を殺すのは納得できない!」

「しかし、その行動に義侠心はあると思うぞ?」

「事故を装って、殺しをすることがか!?真の侠客なら、偽造行為なんかしない!正々堂々とするはずだ!奴がしたことは、陰日なたを歩く刺客の手口だよ!!」

「星影お前・・・・・もしかして嫌いなのか?霍去・・・」



「嫌いだよ!!」



歯をむき出しながら言う星影。間髪いれずに返された返事。

その姿に、思わず面食らう林山。


「嫌いって、星影・・・!?」

「嫌いと言うより、大嫌いだ!!私は霍去病が気に入らない!」

「・・・そういえばお前、霍去病将軍が亡くなられた時、かなり不機嫌だったよな?『男ばっかりチヤホヤされて!』とか言って・・・。」

「そうだよ!怒ったことは覚えてる!でも、霍去病が妬ましいから嫌ってるわけじゃない。奴のやり方が気に入らないんだよ・・・!」

「お前そんなに、霍去病将軍が李敢を射殺したことが気に入らないのか・・・?」

「それだけじゃない!陛下は、霍去病と私が似ていると言いやがったんだ!私を霍去病の再来とか言いやがって・・・・・!!」

「・・・・・ああ、そのことか。」


星影から聞いた話を思い出し、苦笑する林山。


「いいじゃないか、星影。『霍去病の再来』なんて、最高の褒め言葉じゃないか?」

「最高に嬉しくないよ!!お前さー私が目立ったから、陛下に気に入られたと思ってるみたいだけどそれは違うぞ!陛下が私を気に入ったのは、半分は霍去病のせいなんだから!」

「あのな〜嫌なのはお前だけじゃないと思うぞ。天界にいる霍去病将軍だって、男勝りな男装女と同じだと言われて、迷惑してるかもしれないだろう?」

「テメー林山!名誉(めいよ)毀損(きそん)で訴えるぞ!?」

「訴えられるようなことをしてる奴に言われたくない。」

「共犯の癖によく言うよ!なんだよ、霍去病の肩ばかり持ってさ・・・!?」

「そりゃあ星影・・・相手が郭勇武なら、俺はお前の味方になる。だが―――――霍去病将軍となれば話は別だ。」

「別って?」

「漢帝国の英雄と藍田の英雄じゃ、規模が違うじゃないか?」

「悪かったな、じゃじゃ馬で!?」

「そう言うなよ。これでも俺は、同郷(・・)英雄(・・)の方が好きだぞ?」

「それはアリガト――・・・・・。」


さわやかな笑顔で言う林山に、苦虫かみ殺したような表情で答える星影。


「とにかく!!今は、衛青将軍の話だよ!!」

「はいはい。」

「故意でやられたって話が本当なら・・・・衛青将軍がかわいそう・・・・。」

「あくまで、推測でしかないんだけどな。」

「そこまで身を(てい)して、陛下のために仕えているのに・・・・・陛下に嫌われてるなんて・・・!!」

「・・・・ああ。割に合わないだろうな。」

「衛青将軍が気の毒だよ!なんとか、手助けできないかな・・・?」

「他人のことよりも、自分のことだろう?まずは、星蓮を見つけることに専念してくれ。」

「わかってるよ!そのために、私はあなたと入れ替わってるんだから・・・・・・・!」

「だったら、余計なことを考えるな!目の前のことだけに、星蓮を救い出すことだけに集中しろ!」

「・・・・林山。」

「そのために、危険を冒してるんだろう?俺達の目的は、星蓮を取り戻すことだぞ!」

「わかった・・・・考えないよ。」


そう言って、林山の進言を受け入れた星影だったが――――――――――


「じゃあ手始めに、どう行動すれば、陛下の衛青将軍に対する考え方を変えることができるかな?」

「お前、俺の話を聞いてたぁ!?」

「聞いてたよ。『考える』なんて、まどろっこしいことは出来ないよね?やっぱり、行動あるのみさ!」

「俺は、衛青将軍のために動くなって言ったんだよ!?そんなことしてる場合じゃないだろう!?」

「なに不義理なこと言ってんだよ!?私は侠客として、受けた恩に報いたいだけだ!そのためにも、陛下が衛青将軍に持っている誤解を解きたいのよ!」

「今は、それどころじゃないだろう!?後にしろよ!」

「私が宮中にいる時間は限られている。しかも、いずれ、お尋ね者になる身だ・・・。後なんてあるものか!」

「そこまで気遣う必要はないだろう!?向こうだって、見返りを期待してるわけじゃないんだしさ!」

「お前言ったよね、林山?衛青将軍は、危険を冒してまで『安林山』を助けたと・・・?」

「それはそうだが、それとこれとは話が――――――」


「違わないし、変わらないよね?『安林山を、衛青将軍が助けた』と言う事実は、変えられない。」



―――『衛青将軍と会った後、李広将軍は自害した』という事実は、変えられない。――



先ほど、自分が言った言葉の一部を変換し、笑顔で告げる劉星影。


「そ、それは―――――――」

「言ったよね、林山?」

「・・・・・・・・ぁぁ。」




(なんで余計なこと言っちゃったんだぁ〜俺っっっ・・・・・!!!)



にこやかな声で言う星影に、激しい後悔を覚える林山。楽しそうに自分を見る親友の姿。

ニヤリと笑う義姉に、不安を覚える林山。

そして、それを決定付けるような発言を、星影はしてしまう。


「そういう話を聞いた以上、私は引き下がるわけにはいかない・・・!星蓮探しと平行して、衛青将軍のお役に立てることをしようと思う!」

「なにぃぃぃぃ!!?」

「星蓮を捜索しつつ、衛青将軍の宮中での誤解を解いてみせる!」

「馬鹿言えっ!同時進行で、出来るわけがないだろう!?」

「出来るよ!ちゃんと、安林山(・・・)をしてるも〜ん!」

「星影!」

「うるさいな。もう決めたんだから口出しするなよ!なんせ、衛青将軍の優しさは、林山お墨付きなんだから〜!?」


そう告げると、上機嫌で笑う星影。


「じょ・・・!」


冗談じゃない!!

両天秤(りょうてんびん)の作業なんかされたら、それこそ時間の無駄!計画が露見する確率が高い!

星影の身だって危なくなる。


「馬鹿野郎!遊びでしてるんじゃないぞ!?」

「もちろん、まじめにするつもりよ?」

「それが、まじめにする奴の態度か!?」

「きちんとしてるからと言って、必ず成果が出るってもんじゃないよ?程々が一番なんだから。」

「じゃあ俺は、そのほどほどに命をかけてるってことか!?」

「大げさだな〜林山。命までかけなくていいよ。」

「なっ・・・!?」

「気楽にすればいいじゃん?普段は優柔不断なのに、こういう時だけ、しっかりした意見を言うんだから〜!」

「優じゅ――――――――・・・・・・・!?」








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ブチッ








小さいながらも、細いなにかが切れる音。


「?なんの音・・・?」


不思議そうにあたりを見回す星影。なんの音か、まったく気づいていない彼女。

からかい混じりで言った、星影の言葉。それは、林山のなにかを切る合図だった。

いつまで、陽気な状態でいる親友に、ひどく静かな声で林山は言った。


「・・・・・答えてくれ、星影?」

「え?どうしたの、林山?」

「星影・・・俺達の目的はなんだ?」

「はぁ?さっき言ったじゃん・・・?」

「いいから言ってみろっ!俺達が、都に来た理由はなんだ・・・・!?」

「なにって・・・星蓮を奪い返すためだろう?今更、なにを言ってんだ?」

「その気持ちは、今も変わりないか?」

「当たり前だろう!?そのために私は、お前のフリをして宮中にもぐりこんだんじゃないか!?」

「じゃあ、わき目も見ずに、その目的を遂行できるか?」

「当然だろう!?なんなんだよ、さっきから・・・?なにか、気になることでもあるのか?」

「ある。」

「なによ?琥珀のことが、そんなに気になるの?」

「怪しい黒ずくめのことじゃない!お前の・・・星影のことだ。」

「私?なんで?」

「・・・星影、今から聞くことに、正直に答えてほしい。」

「え?なにを?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいから答えてくれ・・・!」

「・・・わ、わかったよ・・・。」


只ならぬ林山の気迫に、戸惑いつつも同意の言葉を口にする星影。



「単刀直入に言うぞ、星影。」


「はい?」


不思議そうに、自分を見る親友。

先ほどから、確かめられなかったことを確かめるために林山は口を開いた。






「お前・・・・衛青将軍のことが、異性として好きなんじゃないか?」






途端に、部屋の中で甲高い音が響く。

その音の正体が、星影の持っていた器であることは言うまでもなかった。


最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・!!


前回の後記の続きになりますが、語らせてください(汗)

衛青が、悪役扱いされていると知ったわけですが、それは唐の時代の小説の中でのお話でした。そうなると、「じゃあ、武帝時代の衛青はどうだったのかな?」と気になってしまい、調べることにしました(苦笑)結果は――――――――・・・・・微妙なものでした(大汗)李広側からの視点で書かれたものと、衛青将軍側からの視点で書かれたものでは、やはり意見の食い違いのようなものがありまして・・・(汗)衛青が悪者扱いとまではいかないのですが、「李広を死に追いやってしまった。」的なことが記されているものがありました。

衛青の基本的な性格から考えても、李広を攻め立てて自害させたと考えるのは難しいと思います。その点をふまえ、小説の中でも、「李広将軍は、衛青将軍が匈奴討伐の総大将に選ばれた【理由】を、きちんとわかっていなかった。」という形で、書かせていただきました。

私も勉強不足なので、あくまで推測として言うのですが、一説に、武帝は李広をあまり好んでいなかったようなんです。理由は、【先帝の代からの家臣】であるため。お父さんの時代から仕えている人なので、むげには出来ない。自分のやろうとしている政策と違う考えを持っていても、それなりの功績があるので無視できない。なんせ、父の代から仕えている人だから・・・。つまり、口うるさい年寄りと思っていたようです。武帝から見れば、李広の考え方は古いものだったらしいです。そうでなければ、李広を長い間、平民のままにしていても、おかしくないと思いますし(汗)

それらの事情などを考えれば、李広が自害に至るまでの根本的な原因は、事前に李広へのフォローや気遣いをしてあげなかった武帝にあるのではないかと思います。

この点に関しては、周囲の人間も知っていたと思います。ただ、はっきりと武帝を非難するわけにはいかないので、出来なかったと思われます。そこで、その代用として、無口な衛青が身代わりになった気がしてなりません。実際に、「武帝への不満、李広を死なせてしまった責任を衛青にかぶせた。」と、紹介している資料がありましたので・・・。

ただ、李広の息子が、衛青にぶつけた怒り中に、多少なりとも武帝への怒りがあったかどうかは・・・・難しいところです。血気盛んな若者が、そこまでが、父親の死を深く深く追求して、見極めるのは、難しかったと思いますし・・・。多分、「周囲がそう言っているから、父を死に追いやったのは衛青なんだ!!」と、思っていたのではないでしょうか。そうでなければ、普通に考えて、衛青に無礼を働くことはなかったと思います。

でも・・・仮に知っていたとして、下級層出身者である衛青が、やり返さないと踏んで、鬱憤晴らしにしたという見方もありますし・・・。とりあえず、考えられる可能性みたいなのを書いちゃいました(笑)いろいろ、書きすぎですね(汗)

ただ・・・・衛青が李広の息子の件を武帝に訴えなかったのは、そこら辺の事情があった気がします。あと、下級層出身という負い目もあったと思いますし・・・。


なんか、長々と書いて申し訳ないです。

ここまで読んでくださった方・・・・・・・・・・・・・・・あなた様はすごいです!!

ありがとうございました(汗)



※誤字・脱字がありましたら、こっそりでいいので教えてください(平服)

私自身も、なくせるように精進いたします・・・!!

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