第四十九話 人の噂はいい加減
宮中で出会った武人を思い出し、頬を染める劉星影。
(衛青将軍・・・・!)
その相手は、大将軍・衛青仲卿だった。
自分より、二十近く年上の男性。
もしかしたら、父上と同じくらい・・・いや、それ以上かも。
私よりかなりおじさんだったけど、すごくカッコよかった!
年は取ってたけど、それはそれで渋みがあって素敵だった!
年相応に落ち着いていて、優しさがにじみ出ていたし・・・!
(衛青将軍って・・・本当にいい人だったわ。)
衛青将軍のことを考えるだけで、楽しい気分になる星影。
そんな親友に対し、安林山は厳しい口調で言った。
「まぁ・・・衛青将軍の助けがあったから、郭勇武と直接もめずにすんだようなものだしな。」
「ああ、衛青大将軍様、様だよ!」
「・・・わかってるとは思うが、次からは気をつけろよ。」
「わかってるよぉ〜」
「あまり信用するなよ。」
「大丈夫だって!後宮で信用してるのは、空飛と衛青将軍だけさ。」
「わかってないだろう!?俺は、その(・・)衛青将軍を信用するなって言ってるんだよ!」
「・・・・・はい?」
林山の言葉に、思わず相手を見る星影。
衛青将軍を信用するな?
衛青将軍を信用するな・・・・?
衛青将軍を信用するな・・・・!?
衛青将軍を――――――――――――――!?
「今、なんて言った・・・・?」
何度も頭を駆け巡る林山の言葉。
聞き間違いではないかと、確認の意味を込めて尋ねる星影。
しかし、彼女の気持ちを否定するように、はっきりとした口調で親友は言った。
「だから、『衛青将軍は信用するな』って言ったんだよ!」
「・・・へぇ〜衛青将軍って二人いたんだ。」
「同姓同名じゃない!衛青将軍は一人しかいない!」
「・・・へぇ〜衛青将軍ってあだ名の人が他にもいるのか。」
「そんなあだ名ねぇよ!本名だよ、本名!」
「・・・へぇ〜衛青将軍って、親の名前を受け継いでたんだ。」
「継いでない!名前の代襲名とかしてないから!」
「・・・へぇ〜衛青将軍って――――」
「いい加減に認めろっ!俺が言ってる男と、お前が言ってる男は同一人物なんだよ!」
「・・・同一人物・・・?」
「そうだよ!姓は衛、名は青、字は仲卿!大将軍・衛青仲卿のことを、俺は言ってるんだ!!」
「えぇえ!?」
林山が非難する人物と、自分が尊敬する人物とが同じ人間だと理解する星影。
その瞬間、言い知れぬ怒りが彼女を襲った。
「どういうことだよ、林山!?なんで・・・!?なんで、衛青将軍を信用しちゃだめなんだ!?」
「星影は、衛青将軍がどんな人間か知らないんだろう?」
「知ってるよ!無口で無表情だけど、思いやりのある優しい人だって!」
「へぇ〜なんで星影は、そういうことを知ってるんだ?」
「目の前で見たからに決まってるだろう!?陛下や文武官のいる前で、さりげな〜く、私を助けてくれたんだ!」
「陛下の前ね・・・。」
星影の答えを聞き、深くため息をつく林山。
「やっぱりわかってないな・・・星影は。」
「なにがだ?」
「衛青将軍がお前を助けたのは、皇帝が側にいたからだ。早い話が、皇帝にいいところを見せようと、点数稼ぎをしたわけさ。」
「点数稼ぎだと!?」
「そうだよ。衛青将軍と言えば、匈奴討伐将軍として有名だが、権力者に媚びるということでも有名な男だ。」
「媚びるっ!?」
「ああ。星影を助けたのだって、皇帝の印象をよくするためだろう。ご機嫌取りをしておけば、後々なにかと都合がいい。」
「ふざけるなっ!衛青将軍は、目先の欲で動くような人じゃない!私を助けたのだって、善意によるものだ!」
「そんなのわからないぞ。陛下が見ていなかったら、助けなかったかもしれないだろう?」
「衛青将軍は、そんなセコイ人間じゃない!一度も会ったことないくせに、知ったような口をきくな!!」
「だから言うんだよ、星影。同僚の宦官ならまだしも、一度しか会っていない相手を、そこまで信用するのは危ないだろう?」
「なんだよ、その言い方!お前は、衛青将軍のなにを知ってるって言うんだ!?」
「少なくとも、お前よりは精通しているつもりだぞ?それにお前が心配だからこそ、苦言を呈しているんだ。どうでもいいなら、忠告なんかしないさ。」
「・・・お前の気持ちは嬉しいよ。だけど―――――衛青将軍を疑うのはおかしくない・・・?」
「だったら冷静に考えてみろ。普通に考えて、大将軍という身分の男が、見ず知らずの宦官を助けると思うか?それなりの見返りがあるからこそ、助けたと考えるのが普通だろう?」
「下心があったって言いたいのか!?」
「そういう場所だろう・・・宮中っていうのは?ただでさえ、宦官嫌いは武官に多いんだ。それを考えれば、自分をよく見せるために良い格好をしたと―――――」
「―――――――――――――違うっ!!!」
その言葉を聞いた瞬間、カッと顔が熱くなる星影。気づいた時、彼女は反射的に叫んでした。
「せ、星影!?」
「あの人は、媚びてるんじゃない!謙虚過ぎるだけだっ!!」
「・・・あの人ぉ〜!?」
「衛青将軍は、人の痛みがわかる人だから、周囲の人間に気を使い過ぎてるだけだ!本人は、媚びてるつもりなんかないんだよ!!」
「お、おいおい・・・!」
「私を助けたのだって、一対複数の状況だったから、救いの手を差し伸べてくれたんだ!弱きを助けるという、孔子の教えを忠実に実行したんだよ!!」
「待てよ、俺はそんなつもりで――――」
「なのに―――――なんで、『気遣い』を『媚』だと思うの!?どうして他人を思いやる気持ちを、下衆な姿だと捉えるわけ!?」
「星影・・・?」
「誠実に振舞う姿のどこが気に入らないんだよ!?派手で、華やかな方がいいなんておかしいだろう!?」
「ちょ、なにを言って・・・?」
「私は――――――・・・・・誰がなんと言おうが、衛青将軍を信じるからな!!」
そこまで言い切ると、肩で息をする星影。その言葉を最後に、部屋の中は静かになる。
「・・・どうしたんだ、星影・・・?」
静寂を破った林山の声。そんな親友の言葉で我に返る星影。
彼女の目に、驚いた表情の林山が飛び込んできた。
「・・・そんな言い方、お前らしくないぞ?そこまでムキなることか・・・?」
搾り出すようにして出された林山の言葉。その表情は、完全に困惑していた。
これに対して、ひるむことなく星影は言った。
「それはこっちの台詞だ!林山こそどういうつもりだよ!?お前は、人の悪口を言う男じゃないだろう・・・!?」
「別に悪口じゃないぞ?俺は、事実を言ったまでだ。」
「事実だと!?私には、悪口にしか聞こえなかった!」
「だから悪口じゃないよ。世間一般で聞く話をしただけだ。」
「世間一般だぁ〜!?お前どこで、そんなホラ話を仕入れたんだ!?」
「ホラ話とは言えないぞ?星影に話したの内容は、普通にみんなが話しているものだ。」
「みんなが!?」
「ああ。藍田の人間でも知ってることだよ。まぁ、全員が全員、そう言っていたわけじゃないが――――衛青将軍がそういう風に言われてるのは事実だろう・・・。」
「『そういう風』にって―――――どう言われてるの!?」
「だ〜か〜ら!さっきも言ったが、陛下に媚びへつらって、取り入ろうとしてるってことだよ。他にも、そういう態度を取るから、周囲の者から嫌われているとか聞いたぞ。」
「嫌われてるぅ!?」
「一部の人間にな。俺はそう聞いていたから、お前にも気をつけてほしいと思って言ったんだが―――――・・・・・・・・・・・実物は違うのか?」
「当たり前だろう!?そんなわけが―――――――――・・・・・」
そう言いかけた星影だったが、一つの記憶が彼女の口の動きをとめた。
“衛大将軍は陛下に気に入られている。しかし今では・・・『媚びるところがある』と、お気に入りではあるが、それほどお気に入りという立場でもないのだよ。”
琥珀から聞かされた、衛青将軍の話。
【偏見】という名の下で評価された、衛青仲卿に対する周囲の見方。
(・・・・・ないって、言い切れない・・・・・!!)
それを思い出し、なにも言えなくなる星影。
確かに、衛青将軍が、「媚びる」という評価を受けているという話は聞いていた。
でも、だからと言って、実際の衛青将軍が媚びているのかと言えばそうでもない。
無表情、無愛想、不器用の【無・無・不】の【気】を出していたが、鋭い洞察力と観察力を持っていた。自分の瞳を見て、賊であるかどうかを証明したほどの知恵者だ。
それに加え、性格も、素朴で穏やかな優しい人だった。
「違うんだ、林山・・・!」
「星影?」
「違うんだよ、違うんだ・・・・衛青将軍は――――――・・・・!!」
すごく良い人。
そう説明したかったが、言葉にならなかった。
すごく良い人だと伝えたくて、一言で言い表すのが申し訳なくて―――――
それを、どう言葉にしていいのかわからない。
どうすれば、衛青仲卿の正しい人物像を伝えられるかわからなかった。
「違うんだよ・・・・!」
林山から視線をそらし、床を見つめながらつぶやく星影。
上手く言葉をつむげない彼女は、『違う』という一言しか言えなかった。
「とにかく、違うんだよ!!」
「違うって、星影・・・・。」
「違うったら、違うんだ!そこを理解してくれよ!!」
きちんと言えなかったが、強く林山の話を否定した。衛青将軍が悪い人間ではないと伝えたい一心で、違う、と言い続けた星影。そんな親友に、困り顔で林山は言った。
「まぁ・・・お前の気持ちはわかるぞ、星影。衛青将軍は、お前の命の恩人でもあるわけだし・・・。そんな人間の嫌な話を聞けば、怒るのも無理はないと思うが――――――」
「怒るさっ!!ホラ話を聞かされて、いい気分なわけがないだろう!?」
「あのな〜信じたくない気持ちもわかるが、人間誰でも欠点はあるぞ?」
「欠点ってなんだよ!?衛青将軍は、媚びへつらう人間じゃない!」
「そう言うけどな、衛青将軍は下級層出身者なんだぞ?」
「だからなんだよ!?好きで、低い身分に生まれたわけじゃない!」
「それだけじゃないんだ。衛青将軍は――――・・・『飛将軍』と呼ばれた李広将軍を殺したんだぞ・・・?」
「殺した・・・・?」
その言葉で、ようやく林山の方を見る星影。
「そうだ。衛青将軍は、李広将軍を殺したんだぞ。」
「衛青将軍が・・・李広将軍を殺した・・・?」
(李広将軍・・・・?)
聞き覚えのある名前にハッとする。
(李広と言えば――――――琥珀が言っていたあの李広将軍か?)
匈奴討伐の際に、衛青将軍の配下になった老将軍。
自分より若年の衛青将軍の命令は聞けないと言った老人。
「敵を倒す」と出かけておいて、迷子になって味方に助けられたじーさん。
「天に見放された。」と、自分の失敗を天帝のせいにして、自害してしまった武人。
「お前は知らないかもしれないが―――――」
「―――――――知らないのは林山の方だろう!?」
林山の言葉を遮りながら、強く反論する星影。
「知らないのは、林山の方だ・・・!李広将軍は、衛青将軍の命令を無視して出撃したんだぞ?その上、敵と遭遇することなく、道に迷って味方に救出されたんだ!そして、それを恥じて勝手に死んだんだぞ!?」
「それは俺も知ってるよ。」
「だったら、どこが衛青将軍のせいだって言うんだよ!?」
「李広将軍は、衛青将軍と会った直後に自害した。それも、『軍令違反の件』についての話をした後だ。」
「だからなんだよ?」
「もし本当に、衛青将軍が思いやりのある人物なら、李広将軍に対して気遣いの言葉を使えたはずだよな?」
「・・・なにそれ?衛青将軍が、暴言吐いたって言いたいわけ!?」
「李広将軍を死に追いやるだけの言葉のやり取りがあったんじゃないか?」
「なに言ってるんだ!?衛青将軍は、匈奴討伐の総大将だったんだぞ!?軍令違反をした者を処罰するのは当然のこと・・・!厳しいことを言うのは当たり前だろう!?」
「普通はそうだが、李広将軍と衛青将軍の場合は少し違う。」
「どこが!?」
「全部だ。李広将軍は、先帝の代から仕える功績の高い名将。対する衛青将軍は、なんの功績もない寒門出身の若者。確かに衛青将軍は、全軍の最高責任者だった。しかし当時は、年齢・身分・戦歴共に、李広将軍よりも下だったんだよ。」
「だからなんだよ?」
「そんな格下の相手に罪を問われれば、李広将軍もたまったものじゃないだろう?それこそ、子供が大人を叱るようなもの・・・。李広将軍からすれば、恥をかかされたことになる。」
「だったら、軍令違反をしなければいいだろう!?衛青将軍だって、好きでじーさん相手に説教なんかしたくないさ!」
「飛将軍を『じーさん』って言うな!」
「じーさんはじーさんだ!規則違反をしたんだから、怒られるのは当然だろう!?衛青将軍は、総大将としての職務をまっとうしたまでじゃん!?」
「それはそうだが・・・結果としては、死に追いやったわけだぞ?」
「だから、衛青将軍のせいだって言うのか!?いい加減なこと言うなよ!」
「でもな、みんなそう言ってるんだぞ?衛青将軍が、李広将軍を悶死させたって。」
「なんでだよ!?なんで、みんなそんな嘘を言うんだよ!?」
「・・・嘘とは言い切れないからだろう?状況からしても、衛青将軍が疑われても無理はない。」
「どういうことだ!?」
「李広将軍が、最後に会った相手が衛青将軍だ。その際、李広将軍は、衛青将軍から、皇帝に出すための報告書を作るように命じたらしい。」
「報告書?」
「軍令違反をしたという内容の報告書だ。自分の犯した罪を、自己申告するものさ。」
「・・・それを、『李広将軍だけ』に書かせたのが問題だって言うのか?」
「いや、『失敗したらみんな』書くものだから、それは関係ないだろう。俺も詳しくは知らないが・・・反省文みたいなことを書くらしいぞ。」
「だったら、なんで衛青将軍が責められるのさ?」
「噂によると、衛青将軍がそれを命じた際に、李広将軍を辱めるような言葉を使ったらしくてな・・・。」
「はぁあ!?有り得ないよ、そんなこと!第一、衛青将軍が、李広将軍に悪口を言ったっていう証拠でもあるのか!?」
「証拠は――――――・・・ないこともない、というか・・・。」
「え!?あ、あるの・・・・!?」
「ああ。本当か嘘か、わからないんだが・・・・李広将軍は死ぬ直前に、自分の部下を集めて言ったらしいんだ。」
「なにを?」
「自分の不手際と、武運のなさと、不運な運命・・・。そして、部下達を失敗に巻き込んだことへの謝罪の言葉と・・・。」
「『と』、なんだよ?」
「衛青将軍は新時代の人間で、自分は旧時代の人間だと・・・。」
「新時代と旧時代・・・?」
「多分、『世代交代』だということを言いたかったんだろう。その後、李広将軍は死んでしまったんだがな。」
「世代交代・・・ねぇ・・・。」
「問題は、李広将軍と今生の別れをした部下達の話だ。彼らが言うには、『李広将軍は、衛青将軍に殺された。』と言っていたらしいんだよ。」
「えぇえ!?」
「この話は賛否両論があってなぁ・・・。真実は定かじゃなんだ。でも・・・衛青将軍と李広将軍の間に、なにもなかったとは言い切れないだろう・・・?」
「そんなの嘘だ!いいや、罠だ!それは衛青将軍を落としいれようとする罠だよ!そうでなければ妬みだ!」
「だから、どちらとも言えない話なんだよ。でもな・・・李広将軍の死に、衛青将軍が関係していたという意味合いのことは、この先ずっと言われ続けるだろうよ。」
「どうして!?李広将軍の部下の証言に、信憑性はないんだろう!?」
「そうだが、『衛青将軍と会った後、李広将軍は自害した』という事実は、変えられない。」
「でも、それは――――――・・・・!」
「だから、衛青将軍が李広将軍を死に至らしめたのは、間違い・・・・」
「――――――――――――――――――違うっ!!」
違う!
「せ、星影!?」
「絶対違う!!」
違う違う違う違―――――――――――――う!!
「衛青将軍は、そんなお方じゃないっ!!」
あの人は、私を助けてくれた。
みんなから差別される宦官を助けてくれた。
宦官である私をかばってくれた。
“・・・疑われても無理がないな。”
“・・・律儀に礼を言う宦官は初めてだ。優しいな。”
“・・・無鉄砲もほどほどにしなさい。”
浮かんでは消える、衛青からの優しい言葉。
(あんな優しくて、賢くて、穏やかな人が――――――――)
「人を傷つけるようなことを言うはずがない・・・・!」
絞り出すような声で言うと、再度、林山から顔を背ける星影。
そんな星影の姿に、林山はあることを感じ取る。
(まさかこいつ・・・・。)
一つの考えが、林山の中でまとまる。
(・・・・もしそうなら、この取り乱しようも説明がつく。)
それを確かめるために、林山は静かに言った。
「お前の気持ちはわかるよ、星影。お前にとって衛青将軍は、恩人だからな。」
動きをとめ、林山の話に聞き入る星影。それを確かめながら、林山は話を続けた。
「でもな、衛青将軍は寒門の出なんだ。やはり・・・生まれながらの性質というか、気品というか、持って生まれたものが違うと言うか・・・なぁ?」
その言葉で、星影の体がかすかに反応する。
「彼が将軍になれたのだって、姉が皇帝の寵妃になれたことも関係するし・・・。いや!もちろん、匈奴討伐の総大将としての実力もあったと思うけど―――――――・・・・」
一息おいてから、わざと大きな声で林山は言った。
「やっぱり、同じ一族である霍去病と比べたら、地味と言うか、目立たないと言うか、人気は劣るよな!いくら同じ兄弟でも、霍将軍と衛青将軍じゃ・・・・・」
「霍去病と衛青大将軍を比べるなぁぁぁぁ――――――――――――!!!」
林山が言い終わらないうちに、星影の怒声が部屋に響き渡る。
「せ、星影・・・?」
「ふざけんじゃねぇよ!!衛青将軍は、謙虚で寡黙なだけなんだよぉ!!それのどこが、媚びへつらってるって!?」
「おま・・・声が大きいぞ!静かに―――――・・・!!」
「静かな声で言ってもわかんないだろうがっ!!あのなぁーいくらみんなが知ってる話だとしても、それが正しいとは限らないんだぞ!?お前が知ってる衛青将軍の話は間違いだぁ!!」
大音量で怒り続ける星影。探りの意味を込めて言った林山の言葉は、星影の逆鱗に触れていた。無論、【霍去病】という名が引き金になったことを、林山が知る由もなかったのだが・・・・・
「私が会った衛青将軍は、そんな腐った人間じゃないっ!!見たことも話したこともないくせに、いい加減なこと言うな!!」
「ちょ、落ち着―――――!」
「なんでわかってくれないんだよ!?さっきから違うって言ってるだろう!?」
「わかった!わかったから―――!」
「いくら親友でも、衛青将軍への侮辱は許さないっ!!!」
「馬鹿!!これ以上大声を出したら―――――――」
(周りの人間が起きるじゃないか!!)
予想以上に怒る星影に焦る林山。注意しようと口を開いた瞬間―――――――
「うるせぇぞ、小僧ぉ!!」
「さっきからなんなんだよっ!?」
「どれだけ大声でわめけば、気がすむんだぁ!?」
声と共に、激しく叩かれる両側の壁。
(やっちまった!)
この状況に、内心で悪態をつく林山。
「す、すいません!!本当に申し訳ない!!静かにしますから!!」
謝ったのもつかの間。今度は部屋の扉が叩かれる。
「ちょっと劉さん!さっきからなんなんですか!?下まで声が響いていますよ!!」
運が悪いことに、文句を言ってきたのは、泊り客だけではなかった。
「うるさくて眠れないって、他のお客さんから苦情がきてるんですよ!!他のお客さんの迷惑です!!」
扉を叩く激しい音と、中年女性特有の声。林山が泊まる宿の女将だった。
それに対して、慌てて戸口に向かって叫ぶ林山。
「す、すみません!なんでもありません!!寝言なんです、寝言!!」
「寝言ぉ〜!?誰か来ているんじゃないんですか・・・・・!?」
「違います!よく人と会話をしてるような寝言を言うんですよ!!本当にすみません!申し訳ないです!!」
「まあ・・・寝言だかなんだか知りませんけど、あんまり騒ぐようなら出てってもらうよ!?」
「わかりました!よ〜く、わかりました!!申し訳ありません!!」
「まったく・・・本当に寝言なんだか・・・。」
林山のなんともいえない説明に、渋々ながらも納得する女将。
宿の責任者に謝る一方で、鳴り止まない罵声にも彼は対応した。
「静かにしてくれよ、兄ちゃん!!」
「こっちは明日早いんだ!迷惑なんだよ!」
「これ以上騒ぎやがると、ただじゃおかねぇぞ!?」
「す、すいません!!本当に申し訳ないです!!ご迷惑おかけしました!!静かにしますから!!」
(また同じ失敗をしてしまった・・・・!)
そんなことを考えながら、必死で頭を下げる林山。
しかし、先ほどと違ったのは、【一人で謝っている】という点だった。
一人で謝ることは不満ではなかった。この部屋には、あくまで自分一人しかいない。
それ以外の者の声・・・星影の存在がわかってしまうとかなり困る。
ただでさえ彼女が、兵士の服装で自分のところに来ているのだ。
宮中にいなければいけない人間が、街中にいるというのは不信極まりない。
見つかってしまえば、ただではすまないだろう。
だから彼は、一人で謝り続けた。
「本当に、申し訳ありませんでした・・・・!!」
しばらく謝れば、周囲からの非難はなくなった。程なくして、複数の寝息が林山の耳に届く。それを確認すると、星影へと視線を向ける林山。
「星影・・・!」
自分の声に、相手が答えることはなかった。ただ、その背中からは怒りがにじみ出ており、彼女が不機嫌であることを林山に教えてくれた。
「お前のせいで、両隣から文句を言われたぞ?」
「大声を出させるようなことを言った林山が、悪いんだろう・・・。」
そう言った星影の声は、小さいながらも威圧感を与えるものだった。
「・・・・衛青将軍の悪口を言うお前が悪い。」
「悪かったよ、星影。機嫌を直してくれよ?なぁ?」
「うるさいよ・・・。いい加減な噂ばっかり信じやがって・・・。」
ぶっきらぼうに言うと、強く拳を握り締める星影。
自分がここまで怒る理由がわからなかった。
命の恩人を悪く言われたからかもしれない。
自分が好感を持っている人間を、侮辱されたからかもしれない。
どちらにせよ―――――――
「衛青将軍は・・・・優しいだけなんだ。周囲に、気遣いすぎるだけなんだ・・・!」
衛青将軍を悪く言われたことが許せなかった。
正しいことが、正しく伝わっていなかったからかも知れない。
自分が、こんな悲しい気持ちになるのは・・・。
「衛青将軍は悪くない・・・・・・。」
消え入るような声で告げる星影。
「お前の話はわかったよ・・・星影。」
そんな親友に、林山は落ち着いた口調で答える。
「星影の言う通り・・・李広将軍が自害した原因は、衛青将軍じゃないということはわかったよ。」
「林山!?」
「星影が言うなら、なにかの間違いだな?」
「わかって・・・!わかってくれたのか、林山!?」
「ああ・・・。」
・・・わかった。
こいつのこの態度で、わかってしまった。
星影が、衛青将軍をどう見ているのか・・・・!
「衛青将軍が、本当は心穏やかな人だということはわかったよ。」
「林山・・・!」
「でもな、星影・・・・。この国の人間・・・・大半の漢民族は、俺のように思っているんだぞ。」
「え?」
(星影の気持ちを考えれば、こんなことは言いたくはないが―――――――!)
迷いはあったが、それを振り払うと林山は言った。
「衛青将軍が、李広将軍を死に追いやった人間だと本気で思っているんだ。」
「え・・・?」
声のトーンを下げながら義姉に告げる義弟。
林山から発せられた言葉により、星影が奈落の底に突き落とされたのは言うまでもない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
「衛青仲卿が嫌われ役になっている」という設定は、実際にあった話を使わせていただきました(汗)詳しい話については、次の話の後記で、解説させてください(大汗)
それで、小話なのですが、小説の中で出てきた『寒門』とは、貧しい身分を意味しております。また、『天帝』に関しては、天上界を支配する王様のことを意味します。
※誤字・脱字がありましたら、こっそりでいいので教えてください(平服)
私自身も、なくせるように精進いたします・・・!!