第四十三話 誤解は続くよ、どこまでも
厳飛龍の挑発により、部屋の中は一部の人間の憎悪で満ちていた。修羅への口火を切ったのは、言わずと知れた気性の激しい母親だった。
「息子の・・・林山の最初の縁談の決め方は、私共が悪かったと認めます!!ですが―――――林山を宦官にした厳先生!あなたにだけは、言われたくありません!!」
林山の母・丁鳳娘の言葉に、劉家当主の手をどけながら飛龍は言った。
「その台詞、そっくりそのまま返品しましょう、丁夫人。わしが言わねば、誰が言うというのかね?あなたのご身内の不徳を?」
「でしたら、次の機会にしてくださいっ!今の問題は、そんなことではないはずです!!」
「そうでもありませんぞ。わしの記憶が正しければ、あなたの後ろにいる連中は、縁を切った者達ではなかったのですか?」
「それは――――・・・!」
「借金の帳消しと賄賂の見返りを条件に、安家の次期当主の花嫁を紹介したという罪状で・・・?」
「あ、あなたには関係ないでしょう!?」
「左様。関係はないが、気に入らない!丁家の鳳娘殿ともあろうお方が、あれだけの恥をかかされながら、縁を切ると宣言した者達を、もうそばにはべらせているのですからな・・・!?」
「おやめなさい、飛龍殿!」
「そうですわ!鳳娘さんには、鳳娘さんの考えが――――!」
「・・・あったとしても気に入らん!その恥をもう忘れるとは―――――・・・・ずい分と、薄っぺら〜い、正義心ですねぇ〜?」
「わ、忘れていたわけではありません!!ですが、彼らは――――――」
「『十分反省しているから許した。』と、言うのでしょう?」
「な、何故それを!?」
「聞かんでも、大体の想像はつきますぞ。ど〜せ、伯孝殿からの知らせを聞いて、気が動転しているあなたの元へ、ゴマをすりに来たんでしょう?」
驚く丁夫人にそう言うと、問題の人々へと視線を向ける武術の師匠。
「『丁夫人、林山殿のことは・・・お聞きしました。私達が、こんなことを言える立場でも、顔を出せる身分でもありませんが、あなたのことが心配で来てしまいました。』」
「え!?」
「『あの時は、林山殿にも、丁夫人にも、なによりも安家に大恥をかかせてしまいました。そのことを、ずっと悔やみ続けていました。』」
「ひ、飛龍殿!?」
「『こんな時に、失礼とは思ったのですが、あなたに会って謝るのは今しかないと思い・・・こうやって来た次第です。本当に申し訳ありませんでした。』」
「飛龍先生、なにを仰って・・・!?」
「『借金いう弱みを李殿に握られ、あの時はああするしかありませんでした・・・。どうか、その罪滅ぼしをさせてください!今こそ、あなたのお力なになりたい。』」
「げ、厳師匠・・・!?」
「『どうか、我々も、劉家との話し合いの場所に参加させてください。あなたのお力になりたい・・・!!お願いします、丁夫人・・・!』」
そこまで言うと、あざ笑いながら飛龍は告げる。
「ど〜せ、こういうことを言われたんじゃないのかね?」
「厳師匠・・・あなたは・・・!」
「・・・何故あなたが、その話を知っているのです・・・!?」
驚く安家夫婦に、ゲラゲラと笑いながら飛龍は答えた。
「わしは、人生の大半を流浪しながら生きてきた男ですぞ?漢帝国の全土を旅し、さまざまな人間を見てきました。だからこそ、こういう人種がどんなことを考えているか、見ればわかるんですよ。」
「え!?話を聞いたわけではないのですか!?」
「当然ですよ、癒遜殿。なにが悲しくて、お宅の親戚の雑音に耳をすまさなきゃならんのです?」
「じゃあ、どうして・・・厳師匠は、妻とその親族の会話を知っているのですか!?まさか、適当に言ったことが当たったとでも言うのですか!?」
「そういうことです。」
癒遜の問いに、真面目な声で飛龍は言った。
「何度も言いますが、わしは人を見る目はある方です。それに加えて、見てきた経験をもとに、『よく使われる言葉』を言ったまでですよ。」
「『よく使われる言葉』!?」
「砕いて言えば、『騙す時に使う言葉』です。」
「だ、騙すって・・・・!?つまりあなたは、妻の親類が――――――妻を騙したと言うのですか・・・?」
「違います。謝るふりをして欺いたんです。」
「意味的には、同じじゃないですかっ!?」
「まぁ・・・取り入ることが目的ということは同じですな。」
「それこそ、最低じゃありませんかぁ!!?」
「そうですな、癒遜殿。あなたの奥様に『取り入る』のは、今しかないと思ったんでしょう?奥様のお身内は〜?」
「取り入った・・・?私に・・・!?」
「どういうことですか、皆さん!?皆さんは林山や星影殿、星蓮殿にした仕打ちを、反省したのではなかったのですか!?」
飛龍の言葉を受け、顔を引きつかせる丁夫人と、顔色を変えて問いただす安家当主。それを受け、金で動いた連中は、大慌てで弁護し始めた。
「ご、誤解です、癒遜殿!」
「我々が、心から尊敬している丁夫人を騙すはずがないでしょう!?」
「李殿への借金という負い目があり、仕方なく、悪事に手を染めてしまっただけなのですから!!」
「そうですよ!今は、心を入れ替えて反省をしています!!」
「それなのに厳先生の発言は、心から反省している我らに対する、侮辱意外のなにものでもない!!」
「だから、丁夫人・・・そんな戯言を信じないでください!私達は、星影殿に対してはもちろん、鳳娘殿に対して、本当に申し訳ないことをしたと思っているんですよ!?」
「今では、自分達が行った行為を深く後悔しています!二度と、あんなことがあってはいけないと思っているのです!!」
「・・・と、言いつつ本心は?」
「反省なんか出来るかよ!?なんで俺達が、あんな小娘に対して、心からわびなければならないんだ!?」
「そうですよ!あの女のおかげで、金ずるは逃げるし、借金の帳消し話はなくなるし・・・!」
「星影にしても、鳳娘にしても、俺達に取っちゃ、武術を鼻にかける迷惑なじゃじゃ馬女だよ。」
「そうそう!林山と李家のお嬢さんの縁談が破談になったせいで、丁家からも李家からも冷遇され・・・散々だったわ!!」
「幸い、丁夫人がこちらの思い通りに機嫌を直してくれたからよかったものの・・・。」
「まぁ・・・こっちが下手に出てれば、丸め込むのは簡単だがな〜?」
「癪に障るが、相手は俺達より上の立場にいるわけだから・・・。ご機嫌を損ねないようにしなきゃならないし・・・!」
「劉星影にしても、鳳娘さんにしても、気の強い女の扱いには困りますね〜!」
「ほっほぉ〜それは大変ですなぁ〜?」
「大変さ!年増の相手をするのはね〜同じ女なら、まだ若い星影の方がましさ!ハハハ!」「それはそれは。アハハ!」
「ハハハ!!」
「「「「「ハーハッハッハッ!!」」」」」
そう言って笑う、厳飛龍と金の亡者達。
「・・・だ、そうですよ、丁夫人?」
「「「「てっ・・・・コラァァァァァ―――――――――――――――!!!?」」」」
飛龍の言葉で我に返る一部の人々。そして、一斉に飛龍に向かってツッコミを始める。
「ちょっとあんたぁぁぁ!!なにを言わせるんですか!?」
「本心。」
「なにが本心だ!?変なこと言わせやがって!!」
「つーか、あんたらが勝手に言ったんでしょう?」
「あんたが、変な質問をするからだ!!」
「だったら、言わなきゃいいだろう。それを、あんたらは口にしたんじゃないか。拒否権があったのにねぇ〜?」
「なっ・・・!?俺達が悪いというのか!?」
「わかってるなら聞かんでくれ。それが、あんたらの心の声なんだろう?」
「心の声だと!?でたらめを言うな!!」
「それはあんたらだ。心にもない嘘をついて、丁夫人を丸め込んだんだからな〜?」
「あれはうっかり言ったんだ!『本心』から言ったわけでは―――――・・・・!!」
「なるほど。うっかり、『本音』を言ったというわけか。」
「てっ、そうじゃな――――い!!あれは、本心でも本音でもない!!」
「じゃあ、何になるのかね?」
「ぐっ・・・!」
「そ、それは・・・!」
「どちらになるのかね?本心か?本音か?」
「ど、どちらでもない!!大体、本心も本音も、意味的には同じじゃないか!!?」
「違うぞ。本心とは、『その者の本当の心』という意味で、本音とは『口に出すことがはばかられる音色』を意味するのだぞ。」
「な、なんだと!?」
「『その者の本当の心』と『口に出すことがはばかられる音色』が同じ意味になりますかなぁ〜?違いますよねぇ?」
「くっ・・・!」
「う、うるさい!考えればわかることだろう!?」
「わかりませんなぁ〜?どう違うのですかぁ〜?この武術馬鹿にもわかるように、きちんと教えていただけませんかぁ〜?」
「きっ、貴様〜・・・!」
「ん?んん?どうしました?どこが同じか言えませんか?言えませんか?・・・言えませんよねぇ〜?意味は違うのですから・・・!?」
「ぐぅぅぅ・・!」
「本心とは、『その者の本当の心』という意味で、本音とは『口に出すことがはばかられる音色』を意味するのですから・・・!意味は違いますよね!?」
「たっ・・・確かに・・・!」
「・・・そ、そうとも言いますが・・・!」
「そう言うのですよっ!つーか・・・丁一族ともあろう者が、そんなこともわからんとは・・・・ブフフッ!!あ〜あ・・・こりゃ、おかしい・・・ププッ!」
大げさに首をふると、わざとらしく笑う飛龍。
「まぁ・・・どちらにせよ、口が滑ったことには変わりないでしょう?」
そう言って馬鹿にすれば、金で動いた人間達は殺気立った。
「こ、こいつ・・・!!」
「言わせておけば〜!!」
「まぁまぁ、そう気色ばまずに。わしに八つ当たりするより前に・・・・・・ご機嫌取りをしなくていいのですか?」
「なに!?」
「どういう意味だ!?」
「あなた方より、立場が上の女性にですよ〜?・・・・そうですよねぇ〜丁鳳娘殿?」
「「「「「「―――――――――――――――――――――――!!」」」」」」
この言葉で、声にならない叫びを上げる人々。飛龍の発言を受け、その場には冷たい空気が広がる。それにより、改めて自分達の失言に気づく。
「おわかりになりましたか、丁鳳娘殿?」
そんな空気を広げるように、問題の人物へと声をかける飛龍。彼の問いに、彼女は優しい声で答えた。
「・・・ええ・・・!よぉぉぉぉぉ――――――――――――くっ!!・・・・わかりましたわ・・・・!!」
「ほっ、ほほほ、鳳娘さん・・・!?」
「て、丁夫人・・・!?」
「皆さんのご熱心な気遣い、よぉ――――――く・・・理解できましたわ・・・!!だから安心してください・・・。」
武術の師匠の後押しを受け、綺麗な笑顔を作りながら言う丁夫人。
「よぉ〜く、わかりましたわ・・・!!あなた達が、私をどう思っていたのか・・・!?」「て、丁夫人・・・!?」
「奥方殿・・・・!?」
「いい根性をしてますわね・・・!?私を騙すなんて・・・!!」
空気を震わせるようなその声に、金の亡者達は口を閉ざす。そして、恐る恐る声の主を見れば―――――――
「その気使い、二度と私には使えませんからね・・・!!?」
そこには、今にも牙が生えてきそうな形相をした安家正妻の姿があった。
その姿に、こわばった表情で固まる人々。ただ一人、誘導役をした飛龍だけはにんまりと笑っていた。
「仕方ありませんよ、丁夫人!どんなに気丈な人間でも、弱気な時ほど付け入りやすいらしいですからな〜?」
「・・・厳先生・・・!」
「金で動くあなたの身内は、自分さえよければいいと言う連中ばかりみたいですぞ〜?」
「お、おい!?」
「なにを言うんだ、あんたは!?」
「金で、林山の縁談を持ちかけた一部の丁一族の本音と本心を伝えただけですが?」
「馬鹿者!そんなの本心でも、本音でもない!」
「そうだ!いい加減なことを言うな!!」
「それはあなた方でしょう、金の奴隷。いや〜油断しましたな、丁夫人?まんまと隙をつかれたみたいですよぉ〜!?」
からかう飛龍に、丁夫人は拳を震わせる。そんな安家正妻の姿を見て、金の奴隷達は行動に出た。
「ご、誤解ですよ、鳳娘さん!・・・我々はそんなつもりはありませんっ!!」
「そうです!私達は、厳飛龍の話術に引っかかっただけです!!」
「その通りです!この男は、あなたの大事な林山殿を宦官にした奴ですよ!?そんな人間の言葉を信じてはいけません!!」
「金品を受け取り、手術を受けさせた悪人に間違いはないのです!その悪人と俺達を一緒にしないでください!」
「きっと、手術の報酬に目がくらみ、林山の手術を行ったのです!この男こそ、金の奴隷ではありませんか!?」
「そうですわ!とめることができる立場にありながら、とめなかったんですよ!?私なら、命に代えてもおとめしますわ!」
「だから、俺達が金で動くはずはありませんし、丁夫人や星影殿を見下しているはずがありません!どうか、騙されないでください!」
「そうでございますよ!これが、私達の本心や本音であるはずが――――――!!」
「黙りなさいっ!!」
複数でしゃべる身内を、大声で一喝する丁夫人。その声に怯み、思わず黙り込む人々。
「鳳娘・・・さん・・!?」
「この後に及んで、よくそんなことが言えますね!!?なんて見苦しいのっ!?」
「み、見苦しいって・・・!」
「でも、悪いのはこの男で――――――!」
「厳先生に罪をなすりつけてどうするの!?なんて低い争いをしてるの!!」
「ひっ!」
「す、すみません・・・!」
「え?怒るところはそこですか?つーか、わしですか?」
「確かに厳先生は最低です!」
「否定してくれんのですか・・・?」
「最低な人間には変わりありませんが、私は許せないのはそこではないのです!!」
「あの、わしの話聞いてくれないんですか?」
「私が怒っているのは、人に罪を擦り付けるというあなた達の行為が許せないのです!!」
「丁夫人・・・。」
「見え見えの嘘をつかないで頂戴!!お前達の嘘は、もう私には通用しないのよ!!?」
なんとか、飛龍に罪をなすりつけよとする丁夫人の身内達。しかし、それが丁夫人に通じることはなかった。
「お前達のような人間が、私と同じ一族だと思うと、吐き気がするわ・・・!!」
「ほ、鳳娘殿!」
「て、丁夫人・・・!」
「星影殿を小娘呼ばわりし、彼女に対して反省できないとはどういうことなの!?」
「ち、違いますよ・・・!」
「なにが違うの!?確かに・・・・以前は私も、星影殿をよくは思っていませんでした!ですが、闇討ちの一件以来、それなりに彼女のことを認めているつもりですよ!?」
「そ、それは知っていますが・・・!」
「だったら、どうして心からおわびすることが出来ないの!?」
「も、申し訳ありません!」
「李殿からの借金に関してもそうですよ!!楽して借金を帳消しにしてもらい、その上紹介料と賄賂まで貰おうとは・・・!!自分の後始末も十分に出来ないくせに、なにをえらそうに言っているのですか!?」
「その・・・あの・・・!」
「遊びで作った借金を、肩代わりしたのは誰ですか!?私でしょう!?わかっているのですか!!」
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」
「年増と付き合いたくないなら、はっきり言って頂戴!その代わり・・・肩代わりした借金は、耳をそろえて全額返してもらいますわよ・・・!?」
「そんな!困ります、丁夫人!」
「見捨てないでください!」
「私は困らないし、見捨てた覚えもありません。お前達が嫌だと言うから、その願いを聞いてあげると言ってるんでしょう!?」
「誤解です!どうか、お許しください!」
「失言をお詫びします!ですから、私達をお守りください・・・!」
「私は、祠の神様ではないのですよ!?・・・・・ついでだから言いますが、私も、星影殿も、武術を学んだのは、護身のためです!それはわかっていますか・・・!?」
「は、はい!もちろんです!」
「身を守るためということは、重々承知しております・・・!」
「だったら答えて!誰がいつ、それを自慢したというのですか!?鼻にかけたというのかしら!?」
「あっ!それは・・・その・・・!」
「私が、いつ、どこで、誰に、そういう態度を取ったのかしら!?気が強いのは、自分でも理解してますけどね・・・!?」
「す、すすすみません!言葉のあやです!すみません!」
「安家からも、丁家からも、おまけの李家からも、お前達が冷遇されるようになったのはなぜ!?白い目で見られるようになった理由はなに!?わかっているでしょう!!?」
「わ・・・私達に原因があります・・・!」
「・・・我々が悪いです。」
「申し訳ございません・・・!」
「なにが、気遣いが大変よ!?癪に障るよ!?大変なのは私の方よ!!お前達のような馬鹿にまで、気遣ってやらないといけないんだから!!本当に・・・嘘ばっかりついて!!」
「丁夫人の言う通りだな。」
気炎を上げて吼える丁夫人に、頭をかきながら飛龍は言った。彼の言葉に、周囲の視線も武術の師匠へと向けられる。
「丁夫人、その者達の考えは変わらんよ。口でどれだけわびようとも、腹の底で馬鹿にしてるんだから意味はないぞ。」
「な、なんてこと言うんだ!」
「そうだ!元々は、あんたが原因だろう!?」
「言いがかりはよしてくれ!本当に反省しているなら、そうやってわしの言葉に反発するはずがないだろう?」
「なっ・・・文句ぐらいは言うぞ!?あんたは、丁家とは無関係なんだからな!」
「すぐそれだ!そうやって、『丁家』を出せば、みんななにも言わないと思ってるのかね?」
それまでの言葉とは一変し、厳しい口調で言う飛龍。
「本当に反省している人間とは、そのことだけで心が一杯なんだ。なにか言われても、そのことに対して気持ちが一杯だから、反論する余裕がないものだ。それなのにあんたらは、即答に近い形で返事をする!あんたらの心は、反省という気持ちで、一杯ではないみたいだな・・・!?」
「ぐっ・・・ひ、人それぞれじゃないか!?個人差があるだろう!?」
「謝罪の気持ちに、個人差などない。そう考えている方がおかしい。」
「なっ・・・!」
「馬鹿にしているからこそ、そうやって言葉に出るんだ。丁夫人や星影を見下す言葉がな!」
「ふざけるな!!丁・・・あ、安家の人間でもない、あんたなんかに、そんなこと言われる筋合いはないぞ!」
「ほぉ〜『安家』ねぇ・・・。」
「そうだ!安家のことに、余計な口を挟むんじゃない!!」
「『丁家』でかなわないとなると、『安家』を出すとは・・・つくづく、世渡りの上手な商人殿だなぁ〜?」
「なんだと!?」
「安家の人間でないから、あんたらの汚い性根がわかるということだ!まぁ・・・心にやましいことがある奴に限って、核心をついかれると、そうやってけなすんですがねぇ?」
「こいつ、言わせておけば――――!!」
クックッと、笑う飛龍。彼の態度に、我慢が出来なくなった一人の男が掴みかかろうとするが―――――――――
「―――――――やめてくだされ!!」
野太い声によって、その動きは制止される。
「伯孝殿!?」
「飛龍殿に、手を出さないでくだされ・・・!」
とめたのは、星影の父である劉伯孝だった。彼は、娘の師匠に手を上げようとした人物を見据えながら言った。
「怒りに任せて、飛龍殿に喧嘩を売るのは勝手ですが、相手が武術の達人だということを忘れていませんかな・・・?」
「あっ――――・・・!」
「仲買人と、武術師範の師範では、勝負は見えていると思いますが・・・?」
「べ、別に私は勝負なんて――――――!」
「喧嘩を売っておいて、勝負ではないと言い切れませんよ・・・?」
吐き捨てるように言う劉家当主。
「あなた方の発言で、怒っているのは丁夫人だけではありませんよ・・・!?」
「そうですわ・・・!飛龍先生への侮辱は、我が娘・星影への侮辱とみなしますよ・・・!?」
星影の両親の言葉に、振り上げていた拳を下に下ろす男。その姿に、丁夫人は大きなため息をつきながら言った。
「・・・出て行って頂戴。」
「・・・え?」
「出て行って頂戴、あなた達・・・!」
「ほ、鳳娘さん!?」
「丁夫人・・・!」
「今すぐこの場から、出て失せなさいっ!!」
そう叫ぶと、戸口を指差す丁夫人。
「あなた達を許したという言葉は撤回します!今すぐこの場から立ち去りなさいっ!!」
「そんな、丁夫人!?」
「鳳娘さん、それはあんまりのお言葉ですよ!」
「そうです!発言をそうコロコロ変えられては、安家正妻としての威厳に――――」
「黙りなさい!!しつこいわよ!?」
雷鳴のごとく怒鳴る丁鳳娘。
「息子のことで、我を失っていたとは言え、あなた方をこの場に入れたのは間違いでしたわ・・・!」
「ほ、鳳娘殿!」
「お前達の言う通り、私は安家正妻・丁鳳娘。同じ丁一族でも、お前達と私とは違うの!分をわきまえているなら、控えなさい!!」
「丁夫人・・・!」
「安家正妻と、それに従う家の者という違いがわからないのかしら・・・・!?図に乗らないで頂戴!!」
凄みを見せていう烈女に、熱を帯びていた者達は静かになる。
「返事は?」
「え・・・?」
「安家正妻の命令が聞こえないのっ!?」
「は・・・はい・・・。」
「お前達の耳は、老域に入っているの!?そんな声じゃ、聞こえないわ!もう一度言いなさい!」
「そ、そんな・・・・!」
「丁夫人・・・!」
「謝罪の言葉も入れて、大声で言いなさい。」
「・・・本当に、申し訳ありませんでした・・・!」
「すみませんでした・・・!」
「・・・ごめんなさい!」
「私だけに謝ってどうするの!?星影殿と星蓮殿のご両親にも、謝りなさい・・・・!」
下唇を噛みながらわびる者達。相手が、心から謝っていないことは、丁夫人もわかっていた。それでも謝罪の言葉を言わせた。
「お前達が丁家の一族でも、私や伯孝殿達とでは、身分が違うのですよ・・・!!?」
上下関係を、劉家・安家の前ではっきりと見せつける為に。
「・・・出て行きなさい!目障りだから早くして!」
冷ややかな丁夫人の言葉を受け、金の亡者達は、足早に部屋から出て行く。
立ち去る間際、全員が、恨めしそうに誘導役をした男を睨みつけた。
(わしの口車に、乗る方が悪いんだろうが・・・!)
それに対して、厳飛龍は、笑顔で手をふりながら見送ったのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!
仲たがいしていた厳飛龍と丁夫人でしたが、なんとか協力(!?)出来たみたいです(笑)
息子が絡んでいるため、丁夫人は厳飛龍に対して、厳しい態度をとっています。息子が関係していなければ、もう少し優しい女性です。その点について、この話の中で書ければいいなと思っております。ちなみに、厳飛龍は喧嘩早い性格でもあります。