第三十九話 知ってる訪問者
寝苦しい夜だった。
(今夜に限ってなかなか寝付けない・・・。)
そう思いながら、何度目かの寝返りを打つ男。それは、他でもない本物の安林山だった。ここは、本物の安林山が泊まる長安の宿『月仙華』。そこに泊まる林山は、その日、寝苦しい夜を過ごしていた。
とにかく、なかなか寝付けない。人は、悩み事や心配事があると眠れないと言うが、今の彼はまさにその状態だった。
「星影の奴、大丈夫かな。」
林山の悩みの種は、自分の親友にして、義理の姉となる劉星影のこと。
自分に成りすまして、宦官として宮中に潜入した星影。
目的は、略奪同然に奪われ、皇帝の妻にされた女性を奪い返すため。
その女性こそ、俺の愛しい婚約者であり、星影の大事な妹・劉星蓮だった。
彼女を取り返すために、俺と星影は、師匠をそそのかし、故郷を離れ、知り合いのいない都へとやって来たのだ。その星影が宮中に潜入して数日経つが、いまだに彼女からはなんの連絡もこない。
(やはり・・・宮中では自由に動けないか・・・。)
宮中とは、例えるならば鳥かごのような場所だ。自由に、中の鳥が出入りすることはできない。むしろ、その中の大事な鳥を守るためなら、他の鳥を犠牲にすることが普通なのだ。いくら下級宦官に化けたとはいえ、不審な動きをすれば警戒される。ただでさえ、性別を偽り、宦官の証明書を偽造しているのだ。
(・・・あいつの動き一つで、すべてが決まるからな。)
慎重に行動しなければ、命の保障さえないない場所。それが宮中である。だから、星影の性格を考えると、バレないかどうか気が気ではない。もっとも、かごの外にいる自分が思い悩んでも仕方がないことだが・・・。
(無事であることを祈るしかないか・・・。)
頭をかきながら、小さくため息をつく林山。星影のことも気がかりだったが、それ以上に彼を悩ませる問題の種が他にもあった。
「凌・・・義烈か。」
それは、数日前に出会った情報屋、『百面夜叉の義烈』こと、凌義烈のこと。郭勇武の情報を教えると言い、星蓮を後宮から連れ出す方法があると言った男。怪しい人物ではあったが、完全な悪人であるとはとても思えなかった。自分を助けてくれ、隠れ家まで招待し、酒までごちそうしてくれたのだ。悪い奴ではなさそうだが―――
“いずれわかることだ。”
林山の脳裏に、凌義烈の意味ありげな笑みと言葉がよみがえる。
(本当に信用してよかったんだろうか・・・?)
そんなことを考えながら、寝返りを打った時だった。
(・・・誰かいる・・・!?)
部屋の中に、自分以外の人間の存在に気づく林山。その気配を感じ取り、そっと目を開けてみる。すると、目の前には人の顔・・・・。
「ぎゃあああああああああああああああああ―――――!?」
「わああああああああああああああああああ―――――!?」
同時に叫び声をあげる。そして、寝台から転げ落ちる二つの影。頭を打ちながらも、寝ぼけた頭で必死に考える林山。
落ち着け、落ち着くんだ林山!今見た顔は見覚えがある。絶対に間違えるはずはないが、どう考えてもありえない!俺は今見た人物をいやと言うほど知っている!だから間違えるはずはないが・・・ありえないのだ!ここにいるはずがないのだ!なのに、なのに、なぜここにいる・・・・・!?
夢か?幻か?寝ぼけているだけか!?
「ちょっと、林山!大丈夫?」
声を掛けられて、思わず体をビクつかせる。
(ああ・・・間違いない。)
これは夢でも、幻でも、寝ぼけているわけでもない。まぎれもない現実。
恐る恐る振り返る。
「やっぱり・・・・星影か。」
そこには、林山の幼馴染であり、兄弟弟子であり、未来の義姉である、劉星影その人の姿があった。
「私以外に、誰があなたのところに来るわけ?まったく・・・静かにしてよね。他の泊り客に迷惑でしょう?」
(そう思うなら、心臓に悪い登場のしかたをしないでくれ。)
心の中で密かに文句を言う林山。
「でもよかった。あなたがまだ起きていて。」
「ああ・・・。誰かさんのせいで眠れないし、すっかり目が覚めたよ!」
「おはよ〜」
「今は真夜中だ・・・!」
嫌みったらしく怒る林山に、星影はおかしそうに笑った。そんな相手を見ながら、林山は改めて星影に声をかけた。
「それで?なんでお前がここにいるんだ?」
「居たら悪いのか?」
「悪いことはないが、予告もなしに来られるとなぁ〜」
「宮中から、どうやって予告を出せって言うんだよ?」
「いや、それは・・・」
「・・・悪かったな・・・!」
林山の問いに、不機嫌そうに言う星影。
(・・・?今日はやけに、機嫌が悪いな。)
いつもなら、自分の嫌味など笑い飛ばすか、無視して話を進めてしまう星影。それが、今日に限って言い返してきた。
(・・・慣れない宦官生活で、苛立ってるのか?)
「まぁ・・・悪いとかそういう問題じゃなくて、よくここまで来れたな?宮中は兵士がいるから、抜け出すのは大変だっ――――――・・・!?」
そこで林山の言葉は途切れた。途切れたというよりも、出なくなったと行った方が正しい。
「お前その格好―――!?」
しばしの沈黙の後に、大きく息を吸い込みながら声を出す林山。
「どうしたんだ、その服は!?」
「ああ、着がえてきたんだよ。宦官の姿で、宮廷の外に出たら目立つでしょう?」
「そうじゃなくて!」
「じゃあ、なに?どこがおかしい?」
「どう見ても、おかしいだろう!?」
開いた口を、さらに大きく開けながら言う林山。
彼が見た星影は、武官姿だったのだ。正確には、武官が鎧をつける前の服装だったのだ。
「その服はどうした!?つーか、その服と一緒になっているはずの鎧は!?」
「それなら、後宮の門の近くの木の上に隠してきた。大丈夫、見つからないように上の方にかけて来たから!」
「そうじゃなくて!お前・・・それの持ち主はどうした・・・!?」
(鎧や服の持ち主は・・・!?)
真っ青な顔で問う林山に、星影は笑顔で言った。
「今は寝てるよ。」
「つまり・・・持ち主が寝ている隙に、盗んだのか?」
「違うよ〜後ろから、首の辺りに手刀を入れただけだって!」
「武力行使かよ!?」
「大丈夫。ちゃんと力の加減をしておいたから、私が戻るまでは寝てるよ。」
「立派な強盗じゃないか!?これ以上罪を犯すな!」
「それは逆だよ、林山。同じ死罪になるなら、悔いのないようにいろいろした方が得さ。」
「開き直るなっ!」
「だってそうだろう?一千両で盗んで死罪になるのと、一万両盗んで死罪に納得した方が得じゃない?」
「そういうところで、損得勘定するんじゃない!」
悪びれることなく言う星影を、林山は怒鳴りつけた。
「お前なぁ〜!変装するなら、兵士じゃなくてもよかっただろう!?」
「見回りのふりして、歩き回れて便利よ。むしろ、女官とかの方が怪しいじゃん?」
「それはそうだが―――――・・・その鎧の持ち主が、目を覚ました時、厄介じゃないか!?」
不意打ちとはいえ、攻撃されて気を失ったのだ。相手は、仮にも武人である。黙っているはずがない。
心配する林山の意見を、星影はあっさり否定した。
「平気だよ。体面を大事にしてる小心者を選んだから。」
「見てわかることなのか!?」
「わかれば苦労しないよ。世間話にかっこつけて、他の人から聞いたんだ。」
「世間話って・・・。」
「これの持ち主、かなり自尊心が強くて臆病なんだって。おまけに、恥を隠す性質らしいんだよ。」
「性格分析して、攻撃したってか!?」
「そういうこと。だから、『誰かに襲われて、身包み剥がされました。』なんて言うはずないよ。」
「あてになるか!丸裸にされれば、他の仲間がそれに気づくだろう!?」
「だ〜か〜ら!見つからないように、鎧と一緒に木の上に隠してきたから。」
「一緒にするなよ!?てか、目立つだろう!?」
「大丈夫。見つからないように、上から葉っぱをかけておいたから。それに、戻ったら脱いで返すつもりだし。」
「・・・本当に手加減したのか?」
「したよ。」
林山の問いに即答する星影。その答えを聞いて黙り込む林山。
星影の話を聞く限り、彼女が手加減したとは思えない林山。
宮中を守る兵士ならば、それだけの力と体格が必要である。兵士の性格は別問題として、手加減したとはいえ、仮にも大の男が、女性からの攻撃を受けて眠ったままでいるはずがない。木の上に運ばれたり、葉っぱをかけられた時点で意識を取り戻すはずだ。
「・・・本当に、ちゃんと力の加減はしたのか?」
「したよ。まぁ・・・ちょびっとね。」
「例えるなら?」
「え〜と・・・瞬殺するところを、1発で倒したってとこかな?」
「たいして変わんねぇじゃんか!?つーか、どう違うんだよ!?」
「時間が違うだろう?」
「攻撃力は変わらないだろう!?お前それ、手加減になってないぞ!?」
「だってさ、仮にも宮中を守る兵士相手に、手加減するのはおかしいじゃない?」
「お前の考えがおかしいよ!」
「おかしくないよ。宮中の兵は、皇帝を守るために存在する精鋭じゃん。私みたいな、弱者が手加減したらやられちゃうよ?」
「弱者って・・・。」
少し、頬を染めながら言う星影。その姿に、乾いた笑みを浮かべる林山。
(本気か謙遜か・・・聞きたいけど知りたくないな・・・。)
藍田最強の女性の言葉に、頭痛を覚える林山。
「とにかく!宮中で身を守るには、情報収集と武力と思い切りの良さが重用なの。」
そんな林山に、片目を閉じて見せる星影。それは、あきらかに誤魔化そうとする姿だった。
(やめよう・・・こいつに説教しても、無意味だ・・・!)
開き直りと無鉄砲において、劉星影は天下一品なのだ。
「・・・帰る時、気をつけろよ・・・。」
(真面目に聞くだけ、こっちが冷や冷やする。)
どこまでも、大胆不敵な親友に圧倒されっぱなしの林山。そして、これ以上の精神的な負担を感じないために話題を変えた。
「それはそうと、星蓮についてなにかわかったのか?」
「あ・・・うん、それが・・・。」
「俺のところに来たということは、それなりの収穫があったから来たんだろう?」
そうでなければ、真夜中にくるはずがない。
「実は、そのことなんだけどね・・・・。」
林山の言葉で、言いにくそうに星影は下を向く。
(やはりなにかあったな。)
直感的にそう思った林山は、立ち上がると星影の座る反対側の席に自分もつく。
机には、自分が寝る前に飲んだ熱すぎる湯が器に残っていた。それを手にとり、近くにあった杯に注ぐと彼女の目の前に置いた。熱すぎた湯は、時間がたったことで丁度飲み頃になっていた。
「とにかく、飲みながら話そうか。」
静かに頷く星影。
(これはいよいよ、重大なことだな・・・。)
星影のおとなしい態度に、自分の直感があたっていたことを確認する林山。
「で、なにがあったんだ?星蓮の居場所が見つかったのか?」
「・・・そうじゃないの。」
「それもそうか。数日やそこらで見つかるようじゃ、禁断の場所とはいえないからな。」
「林山、あの―――――」
「ありがとな、星影。逃走経路の確保ついでに、俺のところに寄ってくれたんだろう?」
「いや、私は――――・・・・」
「いまさらかもしれないが、無茶だけはしないでくれよ。お前になにかあったら、悲しむのは星蓮だけじゃないからな。・・・俺だって嫌だ。」
「・・・林山・・・!」
「だからさ、なかなか上手くいかなくても気にするなよ。計画通りに行かないのが、当たりま――――――――」
「林山!!」
悲痛な声で星影が叫ぶ。
「・・・わかっているよ、星影。」
(なにか、あったんだろう?)
優しいまなざしで語りかければ、星影は無言で首を縦に動かした。
「静かに話そう。今は夜中だ。それに・・・俺達のやっていることは、人に知られたら困る話だからな?」
「林山・・・。」
「教えてくれ、星影。」
「でも・・・!」
「俺は文句を言える立場じゃない。むしろ、文句を言われる立場なんだぞ?全部、お義姉さんに押し付けてる愚弟なんだからさ。」
「林山・・・!」
「今の俺の仕事は、義姉上の話を聞くことだよ。」
「ありがとう・・・林山。ありがとう・・・!」
茶化しながらいう林山に、星影は嬉しそうに頷く。そして、呼吸を整えるために大きく息を吸う星影。
「・・・林山、これから話すことを落ち着いて聞いてくれない・・・?」
林山が頷くと、安心したように息を吐く星影。そして、今までの後宮での出来事を話し始めるのだった。
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星影が林山に、後宮での出来事を話し始めた同じ頃、藍田の劉家と安家は大騒ぎになっていた。
「なんですと!?林山殿が宦官に・・・・!!」
「なんですって!?星影殿が尼に・・・・!?」
ここでは今、劉・安両家の一族一同が集まった話し合いが行われていた。安家に嫁ぐはずだった花嫁・劉星蓮が後宮に入ってしまい、その件を協議するために集まったのだが・・・。
「そうですか・・・。林山殿は、星蓮を・・・あの子を追って宦官に・・・・。」
「ええ・・・止めたのですが、無駄でした・・・。」
お互い力なく肩を落とす劉・安両家の当主。
「あの元気な星影殿が尼なんて・・・・!!」
「はい・・・書置きにはそう書いてありました・・・。」
お互いため息をつく劉・安両家の夫人。
星蓮が連れて行かれた直後に、それぞれの家を飛び出していた星影と林山。星影は尼になると書置きを残し、林山は直接宦官になると告げて出て行ったきり、行方がわからなくなっていたのだ。双方の両親はなんとかそれになることを止めようと、藍田にあるすべての尼寺を押さえ、藍田にあるすべての宦官手術専門の医者を押さえて二人が現れるのを待っていたのだ。
しかし、待てども、待てども、二人が現れる気配が一向になかった。
もしや藍田以外の他の土地に行って、そこで尼や宦官になってしまったのか?
危機感を感じた劉・安両家の両親は、あの手この手で調べつくした。その結果、意外な事実をつかんだのだ。
「我々がいくら手を尽くそうと・・・」
「あなたが、二人を助けていたのでは、話になりませんよ。」
そう言って、部屋の隅に視線を向ける劉家と安家の当主。
「まさか、先生が手引きなさっていたとは・・・・。」
目を閉じたまま黙って座る男に、その場にいる一同の視線が集まる。
「厳飛龍、師匠・・・?」
劉家主人の言葉で、張り詰めた空気が部屋に満ちるのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!
星影と林山の再会話です。サブタイトル通り、予告なしで来た訪問者・劉星影と、そんな親友の登場に驚く本物の安林山を書いてみました。少し読みにくかったらごめんなさい(汗)
感想とかを頂けると、嬉しいです(照)
最後になりましたが、誤字・脱字を発見された方、こっそりでいいので、教えてください(大汗)お願いします・・・!!