第三十八話 火種の結末
穏やかな笑みで、恭しく扇を差し出す琥珀。一方、差し出されている延年の方はかなり不機嫌だった。あからさまに嫌な顔をしながら、彼は・・・陛下のお気に入りは口を開いた。
「・・・なんの真似?」
「『拾え』と仰ったじゃありませんか?言われたままのことをしたままですが?」
「誰がお前に拾えと言ったの?」
「名指しでの指名は、仰いませんでしたよね?」
その言葉で、延年の顔にさっと赤みが差す。話術では、琥珀の方が一枚上手だった。二人のやり取りを聞いているうちに、星影はようやく延年の態度を理解した。延年は、自分に対して嫉妬しているのだ。おそらく、最後に劉徹が声をかけたことが原因らしい。延年の恋心(?)をわからないこともないが、彼の陰湿なやり方が星影は気に入らなかった。
(変な心配しなくても、私は陛下に興味はないのに・・・。)
むしろ迷惑だよ、あのおっさんは。
そんな星影の視線に気づいた延年は、馬鹿にされたとでも思ったのだろう。ますます顔を赤くする。こうなっては彼の方も、なりふり構わなくなった。星影を睨みつけながら叫ぶ。
「いいからお前が拾えよ!安林山!!」
子供のように怒る延年に、彼女の緊張は完全にとけた。
(なんだか・・・駄々っ子みたい。)
彼女の頭の中に、故郷・藍田にいる子供達の姿がよぎった。
「ちょっと、聞いてるの!?早く拾えよ!!」
だからと言って、命令は無視できない。渋々(しぶしぶ)扇を拾い上げると、再度延年に手渡す星影。今度はあっさりと、受け取ったように見えたのだが―――――
「・・・・フン!」
「あ。」
小さな音が床に反響する。扇は延年の手の中ではなく、床へとその身を移していた。
「なにするんですか!?」
「あーあ!手が滑ったみたい・・・・。もう一度、拾って。」
鼻を鳴らして笑う延年。
(子供は子供でも・・・こいつは、かなり意地の悪い子供だな。)
そんな星影の考えをよそに、延年は自信に満ちた表情で言った。
「ここではね、私が宦官の中で一番偉いの・・・。陛下も仰ってたでしょう?」
「いや、聞いてませんけど。」
「〜!!わからないことがあれば、私に聞けと言っていたことをもう忘れての!?そんな調子じゃぁ〜これからここで、まともにやっていけそうにないわね〜!?」
大げさにため息をつく李延年。そんな相手に、星影は内心とても困った。
陛下の愛人であり、元・男であり、美形であり、前科持ちである人物。
その性格は、桂蓮に近いものはあるがちょっと違う。
(・・・・どう扱えばいいんだ・・・?)
星影が、延年を持て余していることには変わりない。今まで、この手の人間が周りにいなかったこともあり、どう対処していいのかわからなかった。だが・・・これだけは、はっきりとわかった。
「上手く陛下を誘惑しても、この私がいるんだからね!」
「はぁ?あの、誘惑って――――・・・」
「お前の好きにはさせないってことよ、賊の残党さん?ああ・・・続の疑いは晴れたんだったわね。ごめんなさいね、田舎者・・・!」
彼に、李延年に対する不快感がしっかりと生まれた。
おまけに、迷惑な勘違いまでしている。何度も言うようだが、誰が陛下を誘惑しようなんて考えるか!!
(ここで普通に渡しても、こいつは絶対に受け取らないだろう。)
ならば、自分流でこの場を治めるか。
そう決めた星影の行動は早かった。
「それは失礼仕った!はい、どーぞ!!」
「きゃあ!?ちょ、ちょっと!!」
胸倉に手を突っ込み、素早く手を抜く星影。
(受け取らないのならば、強引に懐へねじ込むのみ!)
星影の行動に、叫び声を上げながら延年は言った。
「なにするの!?いやらしい!私の胸を触るなんて・・・!」
「男だから問題ないでしょう?つーか、女性のような反応をしないでください。」
「そうじゃないでしょう!?」
「これは失礼いたしました。『元・男』でしたので、問題ございませんね。」
「なっ・・・・!?」
「付け加えれば、胸がないので問題がないの間違いでした。」
「そういう問題じゃないわよっ!私が言いたいことは!!」
「じゃあ、言ってください。」
「〜!!だ、だから!私に触れていいのは陛下だけだぞ!!陛下に対して無礼じゃないか!?」
「それはそれは・・・あいにく私は、田舎者でして。そういうことでしたら、あとで直接、私から陛下に謝っときますからご心配なく〜!」
「な・・・!?陛下がお前なんかと口を聞くわけが―――――――!」
「陛下は私に『また後でな』と、仰られました。お話しする機会はあると思いますがぁ〜?」
その言葉に、開きかけた口を閉ざす延年。黙り込んだ相手に、容赦なく【言葉】で攻撃する星影。
「延年様、勘違いされているようですので、はっきり申し上げます。私は陛下と延年様の仲を悪化させる気はありません。」
「林山!?」
「林山あなた―――――なにを言っているのですか!?」
「事実を言ってるだけだよ、琥珀、空飛。延年様、そういうことですから、幼稚ないじめをしないでください。」
「ちょっと、林山!?」
「嫉妬深いと、陛下に嫌われてしまいますよ、延年様?」
「わ、私が嫉妬深いですって・・・・!?」
「そうですよ。そういうことをされると、せっかくの美しさが損なわれますよ。現に、顔が醜くなっています。」
「なっ!?」
「り、林山!?」
「わからないなら、そこの鏡をご覧になってはいかがでしょう?眉間にシワが刻まれてますよぉ〜?」
「ば、馬鹿にしてるの!?」
「違いますよ。本当にシワが――――・・・・あ、延年様・・・よく見ると、目元にもシワがありますね。」
「ななっ!?」
「寝不足ですか?ちゃんと手入れしないと、ひどくなりますよ〜?新米イビリをするよりも、お美しいお顔のお手入れに力をお入れした方がよろしいと思いますがぁ?」
「〜っ・・・・!!」
茶化しながら言う星影。そんな彼女の発言に、凍りつく琥珀と空飛。言われた本人は、力なく項垂れていた。すぐに、反論してくると思っていた星影だったが、延年が口を開くことはなかった。それを見て、ようやく彼女は自分のしたことの重大さに気づく。
(・・・ちょっと言い過ぎたかな。)
【先輩に対する無礼】にではなく、【暴言で傷つけてしまった】ということに対してだが。
自分の口が悪いということは、家族や本物の林山に散々言われていたのでわかっていた。だから、口喧嘩をしても勝つことが多かった。そんな自分が、『言い過ぎた』と思ったのだ。
もっとも、鈍い彼女がそう感じるということは、『言い過ぎた』程度にはならないだろう。
その証拠に、心なしか、延年の肩は小刻みに震えていた。
(やばいなぁ〜ちょっと、傷つけたかもしれない・・・。)
「あの・・・なにもそんなに落ち込まな――――――」
見かねた星影が声をかけるが、
「・・・・・・・わね・・・・!」
「は?」
「・・とうとう本性を現したわね!このアバズレ!!」
「誰がだよっ!?」
(それが男(!?)に対して使う言葉!?)
延年は落ち込んでなどいなかった。むしろ、思わずツッコミを入れた星影に対して、ここぞとばかりに暴言を吐いた。
「お前に決まっているでしょう、安林山!!私に向かって、ずいぶん偉そうな口がきけるわね・・・!?」
「え?あの〜」
「本当に、賊かどうかは紙一重だわ!陛下がお前に声をかけたのは、単にお前が変り者だからよ!そのうち飽きられるんだから!!」
「・・・あ〜そうなればいいですね。」
延年の嫌味を、真面目に答える星影。先ほど襲われたこともあり、心の底から言った言葉だった。だが、相手はそうとはとらえてくれなかった。
「たいした余裕ね!?口は達者みたいだけど、それでは陛下のお心が、お前に向くことはないわ!!」
「いや、本当にそれ、いいですから!」
「なにがいいのよ!?私を馬鹿にしてるわけ!?なんなのよ、さっきからその態度は!?」
「延年様こそなんなんですか?何度も言いますけど、私は、延年様と陛下の関係には興味は―――――」
「―――――ないふりをして、私を欺けると思ったら大間違いよ!!横恋慕の盗人とはお前のような奴のことを言うのかしらねぇ〜!?」
「・・・・。」
「黙ってないでなんとか言ったら!?それとも・・・図星だったかしら!?」
黙り込む星影に、勝ち誇ったように言う延年。しかし実際は、黙ったのではなく、呆れてものが言えなかったのである。
(どうしよう・・・完全に、私を恋敵だと思ってる・・・?)
誤解しないでください。いい迷惑なんですけど。
そう目で訴えてみるが、星影の思いが延年に伝わることはなかった。むしろ、そんな彼女の視線が癪に障ったらしい。ますます睨みつけてきた。星影も星影で、真剣に対応するのが馬鹿らしくなり、どうしたものかと返事に困る。
「なんとか言いなさいよ!!この性悪!!」
「違います。」
そんな延年の言葉を否定したのは琥珀だった。
「こ、琥珀?」
「なんなのよ、お前!?お前も私に逆らう気!?」
「滅相もございません。ただ・・・・一言言わせていただきますと、あなた様のご振る舞いがあまりにひどうございます。」
「なっ!?」
「延年様、あなた様は仮にも協律都尉でしょう?そんな汚い言葉を使っては、陛下に嫌われますよ。」
「な、な・・・!」
「それに林山殿は、『アバズレ』ではありません。正確には、男に対して使う言葉ではありません。それを、宦官に、それも罵声として使われるとは・・・あまり意味を考えずに使ってらっしゃるんですか?」
「ば、馬鹿にしてるの!?」
「事実を述べたまでです。」
再度、琥珀に言い負かされたことで、延年の怒りはますます燃え上がる。そして、その矛先は星影へと向けられた。
「すいぶん・・・忠実な部下をお持ちですね、林山殿!?陛下に媚びてまで、側にはべらせたい気持ちがわかりますわ。」
(・・・・・部下だと!?)
延年に振り回されていた星影だったが、その言葉に彼女の怒りが点火した。
「部下ではありません!友達です!!」
「友達?あなた本気でそんなこといってるの?宦官に友なんているわけないじゃない?」
馬鹿にしたような口調で言う延年に、星影も同じ様に言い返した。
「そうですね・・・!あなた様のような方には、決して手にいれることの出来ない友達ですよ。」
「なっ!?」
「どんな大金を積まれようとも、友というものは金では買えません。真の友人がいないあなた様にはわかりませんよね?」
お返しとばかりに、思ったことをそのまま口にする星影。・・・と言っても、散々失礼なことを言っているのを本人は自覚していないが。
「利用できるか出来ないかで、人を選ぶような方に、『友達』を理解するのは難しいお話でしたね?申し訳――――あ・り・ま・せ・ん・!!」
皮肉を込めて言う星影。その言葉に、延年も負けじと言い返す。
「言葉を知らないのは・・・あなたの方じゃないの、林山殿?陛下を助けたからと、いい気になっているみたいだけど、ボロが出るのも時間の問題じゃないかしら?私はあなたのことなんて絶対に認めませんよ、まがい物なんて・・・!」
「なにをおっしゃいます、延年様。いくら高級宦官の中にも上から下まであると言っても私達は同じ高級宦官。陛下はそんな事は気にしないでしょう〜?ご心配しなくても、あんたと陛下のご寵愛関係を、本当に壊すつもりはありません!!」
二人の間に見えない火花が散る。皇帝陛下の男寵相手にここまで張り合う奴はまずいない。それでも、星影はひるむことなく相手を睨み続けた。理由はただ一つ。
(弱腰で喧嘩なんかできるか!!)
喧嘩感覚で、延年と争っていたから。
【やられたら、倍にしてやり返す。】
師である厳飛龍の言葉を思い出す星影。師匠直伝の信条が、この非常識な状況を作り上げていた。側にいた琥珀も空飛も、二人の気迫にあてられ、もはやとめる力すらなかった。
しばらく睨みあった星影と延年だったが、それを先にやめたのは李延年だった。
「・・・とにかく!これ以上、陛下に色目を使わないでくださいね!!」
捨て台詞を吐くと、さっさと奥に引っ込んでしまった。
「なんなんだか・・・。」
一人で喧嘩を売り、一人で怒り、一人で会話をして去って行った李延年。私がいつ、陛下に色目なんか使ったてんだ!?使うかそんなもの!
(李延年も李延年で、陛下同様、未知の人種だ・・・!)
「嫉妬してるんだよ、林山に。」
星影の肩に手を置きながら、琥珀が言った。
「本当に君は、怖いもの知らずだね・・・。」
「なに言ってんだよ!?先に喧嘩を売ってきたのは、あっちの方じゃないか!?」
「そうだとしても、買わないでください!!」
「く、空飛!?」
涙目で、抱きついてくる空飛に面食らう星影。
「殺されたら、元も子もないんですよぉ〜!?そっ、そ、それを・・・林山はぁ〜・・・!!」
「わ、悪かったよ、空飛!頼むから泣かないでよ〜!」
「泣いでないでずぅ〜!林山のばがぁ―――――!!」
「泣いてるじゃんか!?ごめん、ごめん!私が悪かったからさ・・・?ね?ね?」
必死で空飛をあやす星影。そんな2人の姿を見ながら、琥珀はいつもの口調で言った。
「まぁ・・・宣戦布告を受けた以上は、気をつけることだね、林山?」
「だから、なんで私なんだよ!?なんで、恋敵にされなきゃいけないんだよ!?」
「延年様の長年の経験が、そう判断したんだろう。あまり気にしない方がいいよ。延年様もあれで、悪気はないとは思うし・・・。」
「それ、胸を張って言えるの?」
星影の問いに、笑顔で首を横にふる琥珀。そんな琥珀のフォローに、もちろん星影は納得できなかった。悪気がなかったなんて、気休めの言葉でもそう思えない。なんせ、相手は自分に対して、明らかに敵意をむき出しにしていたのだ。
「まあ、陛下からの寵愛で、あの李延年様に敵視されると言うことは・・・。」
「言うことは?」
「それだけ君に魅力があると言うことだよ、林山。」
「・・・。」
(もしかして、慰めてくれてるんだろうか・・・・。)
そうだとしたら、あまりにも嬉しくない励ましである。
「それで・・・どうすればいいのかな?」
「なにがだよ!?」
「仕事だよ。私達はどんな仕事をすればいいのかな、林山様?」
「そんなこと私が知るか!黄藩様から、なにか聞いてないのか?」
「『黄藩殿』だろう?あの方からは、直接聞けと言われたよ。『現場の責任者』から。」
「『責任者』?」
「・・・林山知らないんですか?」
「全然。」
「林山が知らないということは・・・・・その責任者は、李延年様で、間違いないみたいだね。」
「「あっ!」」
琥珀の言葉に、空飛と星影が同時に声を上げる。口には出さなかったが、二人は同じことを考えていた。
“わからないことがあれば延年に聞いてくれ。”
先ほどの皇帝の言葉がよみがえっていた。
「そうだよ!陛下が『延年から聞け』って・・・!」
「それじゃあ、延年様が責任者だったんですか!?」
「・・・その通り、みたいだね。だが肝心の上司は、仕事についてなにも説明しないで、私達を残してどこかに行ってしまった。」
ため息交じりで言う琥珀に、あとの二人もハッとする。
「本当にそうだよ!あいつなにも言わずに出て行ったぞ!?」
「どうしましょう・・・!私達、ここのことなんてなにも知りませんよ!?」
「そうだね・・・延年様がいないとわからないよ。」
(琥珀の言う通りだ!)
考えてみれば、自分達は李延年に聞かなければなにもできないじゃないか!?なにがどこにあるのか、どんな仕事をすればいいかわからない。・・・なにをしていいのかわからない。
(・・・ということは、つまり――――――――――!!)
「李延年の言いなりにならないといけないのか・・・・?」
「『あれ』ではありませんよ、林山!延年様です!」
「そうなるよ。どんなことを言われても、従わなければいけないらしいね・・・延年様の意見には。」
「そんな・・・!あの方の下で、仕事をしないといけないとなると――――――・・・!!」
「・・・・生き地獄だ・・・!!」
互いに顔を見合わせると、誰からともなく肩をおとす三人。
少しの間とは言え、あんなわがままと付き合わなければならないとは・・・・。つくづく私は・・・いや、私達はついていない。
広く煌びやかな部屋の中に、残された三人の男(!?)。そして早くも、皇帝の側仕えに不安を感じるの星影だった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!
星影が毒々しくなっていますが、笑って許してやってください(笑)『可愛い妹のためなら、どんな手段でも使う』というが主人公星影の設定ですので(大汗)
一応、星影VS延年のガチンコシーンを書いてみました。琥珀VS延年は、その前座のようなものです(苦笑)天然で喧嘩っ早い非常識な星影と、悪知恵が働く毒舌な延年。そんな星影達のやり取りを、笑って読んでいただければ嬉しいです(照)