第三十七話 喧嘩の火種
「改めて紹介しよう。お主達と同じ高級宦官で、協律都尉の李延年だ。」
「李延年です。はじめまして。」
劉徹の紹介に軽く笑いかける延年。そんな相手を見ながら、不安を感じる星影。
(はじめまして・・・ね。)
面識があるのに、『はじめまして』はおかしくない?あれだけ人を睨みつけておいて、忘れてしまったと言うわけではあるまいし・・・。まぁ、琥珀や空飛がいるせいかもしれないけど――――――
(こいつもこいつで、胡散臭い感じがする・・・。)
星影がそう思うのも無理はなかった。何故なら、延年の顔は笑ってはいるが、その目はどこか、自分達を見下すものだったからだ。嫌な感じはしたが、気にしていてはきりがない。とりあえず、その目に気づかないふりをして星影も挨拶をした。
「・・・安林山です。よろしくお願いします。」
「王琥珀と申します。以後お見知りおきを。」
「張空飛でございます。ご指導の方、よろしくお願いいたします。」
「私のことは、延年とお呼びください。よろしくね、林山殿、琥珀殿、空飛殿。」
「「「はい、延年様。」」」
延年の言葉に、三つの重低音が重なる。皇帝を前に、表面上は穏やかな挨拶が行われた。しかし、殺伐とした空気が延年から流れてくるのを、星影は感じ取っていた。
(感情を表にださないとは・・・。これが上級宦官の世渡りか。)
「わからないことがあれば延年に聞いてくれ。延年、よいな?」
「もちろんです。林山殿、琥珀殿、空飛殿、なんでも私に聞いてくださいね。」
「ありがとうございます。」
「よろしくお願いいたします。」
「お願いいたします、延年様。」
和気藹々(わきあいあい)(!?)と言葉を交わす一同。
(人付き合いは、前途多難だな・・・・。)
笑顔を作りながら、心の中でぼやく星影。
「ところで延年、なにか用でもあるのか?」
会話が途切れたところで、延年に声をかける劉徹。
「お主が朕のところへ来たということは、なにかあったのだろう?」
「・・・ええ。」
劉徹の言葉で、控えめに頷く延年。伏せ目がちに答える姿からは、憂いと艶やかさがにじみ出ていた。
「実は・・・霍光様が陛下にお目にかかりたいと、いらしておりまして。」
「!?」
「光がか?」
延年の言葉に、星影と劉徹の顔が変わる。
(霍光?霍光って確か―――――――!)
琥珀が言っていた二代目のこと?
そう思い、発言者を見れば、彼は星影に目配せした。それと同時に、皇帝が言った言葉を彼女は思い出す。
“光には朕から、林山の身元調査の打ち切りを伝えておく。”
それで星影は合点がいった。
延年がこの場に来たことを。霍光が陛下に会いたがっている理由を。
(私のことできたのか・・・!)
もしかして、もう身元調査が終わったのか!?いや、いくらなんでも早すぎない!?昨日の今日で、もうわかるというの!?でも―――――――
(私のことで来ていることは、間違いない!)
そう思って、皇帝と延年の会話に耳を傾ける星影。なんとか、霍光の話を盗み聞こうと彼女は必死だったが、
「詳しいことはお聞きしておりませんが、今すぐ陛下にお会いして、お話したいと仰るのですが・・・。」
(話の内容までは、延年も知らないのか!?)
聞こえてくる会話に、複雑な気分になる星影。一方の劉徹は、延年の話を聞き、顎鬚をなでながら言った。
「・・・わかった。今すぐ会おう。」
「では、こちらにお通ししてもよろしいでしょうか?」
「いや、朕が行こう。いつもの部屋で、待たせているのだろう?」
「え?え、ええ・・・そうですが――――」
皇帝の返事に、言葉を濁す延年。
「なにも、陛下自ら向かわれなくてもよろしいのでは・・・?」
「そうもいかん。霍光には、はっきり言わねばならことがあるからな。」
そう言って、星影に視線を向ける劉徹。その目は、『任せろ』と、星影に語りかけていた。
そして、星影達と延年を交互に見ながら言った。
「悪いが朕は、急用ができた。延年、後は頼んだぞ。」
「陛下!?」
「林山達に、いろいろ教えてやってくれ。」
「お待ちください!陛下ご自身が向かわれなくても、霍光様をお呼びすれば―――――!」
「延年。」
ひどく優しい声で、皇帝は言った。
「朕は、とても大事な仕事を霍光に任せたのだ。朕が頼んでおいて、呼びつけるというのもよくないだろう?」
「でしたら、私もお供します。林山殿達には、しばしお待ちいた・・・」
「延年。」
今度は、少し怒った声で劉徹は言う。
「延年だからこそ、林山達のことを任せるのだぞ?お主が、自分の自覚してもらわねば、朕が困るではないか。」
「陛下・・・。」
「さぁ・・・いい子だから、朕の言うことを聞いておくれ。」
「そうではありません!私は、陛下のご意思に逆らっているわけでは―――!」
「心配してくれることぐらい、わかっておる。だから、話が終われば、いつものところに・・・のぅ?」
そう言って、延年に微笑みかける劉徹。延年も延年で、まぁ、と不満の声を上げつつも、怪しい笑みを見せる。
「わかってくれるな、延年。」
「はい・・・。」
そのまま、二人の世界を作る劉徹と延年。そんな彼らを見ながら、やっぱり二人『愛し合う仲』なのかと実感する星影。
(星蓮のためにも、極力陛下に気に入られないようにしつつ、李延年の恨みを買わないようにしないとな・・・。)
熱い視線を送り合う彼らを見ながら、そう決心する星影。そこまでは良かったのだが・・・・。
「では、名残惜しいですが・・・。」
「うむ・・・。」
そう言って歩き始める劉徹。ところが、数歩歩いたところで立ち止まる。そして彼は笑顔で言った。
「じゃあな、林山。」
「は・・・?」
「お主のことじゃ、安林山。」
「あ、はい!すいません、陛下。」
急に名前を呼ばれ、相手への返事が少し遅れた。それに対して、慌てて星影は頭を下げた。
「ハハハ!よいよい、本当に林山は可愛いの〜」
「え、あの・・・。」
「気にするな、林山!また後でな。」
「は、はい・・・。」
頭を下げたままの星影に、劉徹は楽しそうに笑う。そして笑いながら、皇帝は部屋から出て行ってしまった。この何気ない劉徹の行動。彼のこの最後の一言がまずかったのだ。
それにいち早く気づいたのは空飛だった。その空飛の異変に気づいたのが琥珀。そんな琥珀にやっと星影が気づいたのは、皇帝の姿が完全に見えなくなってからだった。
「・・・ん?」
(あれ、琥珀が冷や汗かきながら口を半開きにしてる。めずらしいな・・・普段あんなに落ちついている奴が。)
その琥珀の目線の先を追う星影。
(あれ、空飛の奴どうしたんだ。あんなに真っ青になって。ははーん、わかったぞ。皇帝を間近かで見た緊張のあまりと、いなくなった安心感で気が抜けたのか。)
だが、その空飛の目線は皇帝が去った場所へと向けられていなかった。
(なんで斜め後ろ・・・?なにかあるのか?)
そう思って、何気なく後ろを振り返った時だった。向いたと同時に、なにかが顔めがけて飛んできた。
「うわっ!?」
とっさのことではあったが、素早くよける星影。
(なんだなんだ!?何事だ!?)
よけた物は、音を立てて床に落ちる。そこに視線を落とす星影。そこには、一枚の扇が落ちていた。
「おやおや・・・反射神経はなかなか良いみたいね。」
その言葉で、声のする方を見れば、李延年の姿があった。手を振りながらにこやかに笑う延年。
(この人笑ってるけど・・・・、)
「でも・・・・あんまり可愛くはないね、林山殿って。」
(目が笑ってない。)
クスクスと、笑う延年に星影は首をかしげる。
なんだかよくわからないが、こいつは、私の反射神経を試したかったのか?しかし、なんのために・・・?高級宦官に必要なことなのか?
相手の行動が理解できない星影。とりあえず、床に落ちている扇を拾うと、それを差し出しながら言った。
「そりゃそうですよ。私は男(?)ですから。」
言ったと同時に、扇を差し出している手を叩かれた。意表をつかれたこともあり、思わず持っていた扇を手放す星影。扇は、一直線に床へと落下する。彼女の手に加えられた力は、たいして痛くはなかった。しかし、この延年の動きは、星影を激しく傷つけた。
「な、なにするんですか!?」
不覚にも、相手の攻撃(?)で扇を手放してしまった自分。手を叩かれたことに驚いて、気をゆるめてしまった自分。延年の動きを察して、よけなかった自分。武芸をしているのにもかかわらず、油断して【守る】という動作を怠った自分。それが、彼女の中にある【武人としての誇り】を深く傷つけた。
(悔しい!よりによって、こんな軟弱な元・男に不覚を取るとは・・・!!)
自分自身の未熟さを、痛いほど痛感してしまった星影。その苛立ちは、怒声として叩いた相手にぶつけられた。
「問答無用で、いきなり叩く奴がいるかっ!!なに考えてるんですか!?」
星影の言葉に、全員の動きが止まる。ただし、それぞれが、動きを止めた理由は全員違った。
「りりりり、林山・・・・!」
(あなた!今上のお気に入りの高級宦官になんて暴言を!!どうしよう・・・!このままでは、林山がひどい目にあってしまう・・・・!)
友の身を案じ、延年からの報復を想像して固まる空飛。
「き、君という奴は・・・・!」
(李延年が、性質の悪い二重人格だということを忘れたのか!?私達まで、まき沿いにしないでくれ・・・・!)
友と自分の身を心配し、どうしたものかと固まる琥珀。
「『いきなり叩く奴』・・・・ねぇ・・・。」
それまでの明るい声とは打って変わって、低く鋭い声で呟く延年。そんな延年の変化に、
「なにブツブツ言ってるんですか!?」
星影は気づいていなかった。失礼な奴だと言わんばかりに、高級宦官・李延年を睨みつける。
「言いたいことがあるなら、大きな声で言ってください!聞き取れませんよ。」
怒る星影に、延年は、ふっ、と小さく笑う。そして、赤い実のように小さい唇を動かした。
「・・・・て。」
「はぁ?」
「・・・てよ。」
消え入りそうな、か声で囁く延年。
(なに言ってんだ、こいつ!?)
そんな相手に苛立つ星影。
「だからなんですか!?はっきり言ってくださらないと―――――!」
「―――――拾ってよ。」
「はあ!?」
「私の扇を、拾えと言っているのがわからないの?」
顔をゆがめながら、命令口調で指示する延年。薄ら笑いを浮かべる相手に、星影はカッとなった。
こいつ!お前が叩いたから落ちたんだろう!それを渡して拾えと言うのか!?
(つーか、拾って差し出してやったのを叩き落しといて、よく言うよ!)
怒鳴りつけようと口を開いた星影だったが、それが声になることはなかった。
「・・・やめるんだ、林山。」
「ほはふ!?」
彼女の口は、琥珀によってふさがれる。琥珀は、そのまま腕を掴むと、自分の方へと星影を手繰り寄せた。
「やめるんだ、林山。」
再度、小声で咎める琥珀に、星影も小声で反論する。
「な、なんで?悪いのは向こうじゃないか・・・!?」
「・・・気持ちはわかるがここは耐えろ。」
「でも―――――」
「冷静さを失った君では、相手の思うツボ。あとは私に――――・・・」
任せろ、と目で語りかける琥珀。彼は、星影の動きを制したまま前かがみになると、扇を拾って延年に差し出した。
「失礼しました。どうぞ。」
静かな丁重な口調で琥珀は言った。
「延年様が落とされた(・・・・・)扇でございます。」
「『落とされた』・・・?」
琥珀の言葉に、眉をひそめる延年。険悪な空気が二人の間に流れる。それを察して、なにか言おうと考えた星影だったが――――――
「――――――だめです。」
「空飛?」
「お願いします。おとなしくしてください・・・・!」
後ろから、星影の服の裾をつまむ空飛。そして、しきりに首を横にふった。
「口出しするな・・・・てこと?」
星影の問いに、今度は首を縦にふる空飛。涙目で訴えてくる空飛に、星影は拍子抜けする。
「空飛に頼まれちゃ・・・逆らえないな。」
(・・・琥珀からも、任せろと言われたしな・・・。)
ここは琥珀に任せるか。
そう思い、わかったよ、と空飛言えば、彼は嬉しそうに頷く。そんな空飛の頭を撫でると、問題の二人へと視線を向ける星影。そこには、静かな火花を散らす延年と琥珀がいた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!
李延年の再登場です。主人公が高級宦官になったので、これからも出てくるかと思います(汗)前回、なんとか陛下から、身を守った星影でしたが、その陛下のおかげで、またもや災難に見舞われています(苦笑)陛下に悪気はないのですが、何気ない仕草が延年の癪に障ったということです。
一応、「自分の好きな人が、自分以外のこと仲良くするなんて許せない!」的なことを、表現してみたのですが・・・いかがでしょうか?
とりあえず、延年から星影(林山)に売られた喧嘩は、さりげなく琥珀が受け継ぎました。
それから・・・小説の(・)話とは関係ないのですが、文章の中で、誤字・脱字がございましたら、お手数ではありますが、教えてください!!お願いします・・・・!
チェックはしているのですが、見落としているところがあるみたいで・・・・お恥ずかしい限りです(大汗)へたれですが、これからもお願いします・・・(平伏)