第三十四話 高級宦官もつらいよ
(なんて綺麗なんだろう。)
自分の背丈と同じくらいの水晶を見つめながら思う。ここは後宮のとある一室。そこには安林山こと劉星影の姿があった。彼女のいる部屋は、中国全国から集まった貴重品で埋め尽くされていた。
「すごいな・・・どれも高そう。」
大きなこの白い毛皮・・・もしかして虎!?模様からして虎だよね!?すごい!白い虎がこの世にいるなんて!!こっちは翡翠で出来たの置物だ。細工が細かいなぁ・・・!これが噂に聞く西域の器か!?水晶でできているように見えるけど違うみたいね。金の鎧は着た時にちょっと動きにくそう。あの絹で出来た羽毛は触り心地が良さそうだなぁ。この掛け軸は水墨画かしら?力強くてすばらしい・・・!
楽しそうに部屋の中を見回る星影。実は彼女、今日ここで皇帝・劉徹と会うことになっているのだ。最初は緊張したが、時間が経つにつれて彼女の緊張もほぐれていった。そうなると、いつまでも部屋の中でじっとしている星影ではない。先ほどから部屋を行ったりきたりしながら宝物を見ていたのだ。彼女にとって、そこにあるものすべてがまさに未知であった。
「すごいな〜どれもこれもめずらしい・・・!」
そう言ってため息をついた時だった。
「そんなにめずらしいか?」
突然後ろから声をかけられて我に返る星影。
「こ、皇帝陛下!?」
そこには、笑いをかみ殺す皇帝・劉徹の姿があった。その様子からすると、かなり前からこの部屋にいたらしい。
「朕が入ってきたことにも、気がつかないとはな。」
「す、すいません!大変失礼いたしました!!」
(なんで気がつかなかったの、私!?)
せめて、一言声をかけてくれれば気づいたのに・・・。
慌てて頭を下げる星影に、劉徹は楽しそうに笑う。
「気にすることはない。どうだ、なかなかいいだろう?」
「は、はい!あまりにも素晴らしくて・・・・思わず見入ってしまいました。」
「そんなに気に入ったのなら、どれか好きなものを与えよう。どれがいい?」
「え!?そ、そんな!滅相もございません!!」
気前のいい劉徹の言葉に、星影は首を横にふる。
「すでに、金銀などの宝を五千両もいただいたのです!これ以上はいただけません!!」
「別に遠慮はいらんぞ。これなんかどうだ?」
そう言って、近くにある角のようなものを手に取る劉徹。そして、星影の前に差し出した。
「これは『象牙』と言ってな、動物の角を加工したものだ。なかなか立派だろう。」
「ぞ、ぞうげ・・・ですか。」
触ってみろ、という皇帝に、恐る恐る触れる星影。
「スベスベしてる・・・!」
「そうであろう?なかなか光沢があるだろう?」
「はい、思っていたよりも滑らかです!」
楽しそうに象牙の表面を撫でる星影。初めて見て、触るものに彼女は上機嫌になる。そんな星影の姿に、劉徹は含み笑いをしながら言った。
「いるか?」
「・・・は?」
「象牙だ。お主に与えよう。」
「え!?いえ、結構です!!」
そう言って、無造作に自分の前に象牙を突き出す皇帝。それに対して、驚きながらも即答で断る星影。いくら珍しい物だと言っても、もらったところでこれをどう使えばいいのかわからない。
(第一、逃げる時に邪魔になるよ・・・。)
「そうか・・・。象牙はいやか。」
「いえ、そういうわけではあり・・・」
「では、これはどうだ?いや・・・水晶の方がいいな。」
「ちょ、陛下!?」
星影の言葉を無視して、部屋の宝物を物色し始める劉徹。宝の山からいくつか手に取ると、それを星影に渡していった。劉徹から投げるように渡される宝物を、必死で受けとめる星影。
「陛下!宝を投げないでく・・・!」
「あれもいいな!そっちなんかどうだ!?」
「ちょっと、話を聞いてください、陛下!」
「腕輪は・・・地味な物ばかりだな。仕方ない、数で誤魔化すとして〜」
「ええ!?ちょ、ええ!?」
「よし、毛皮もやろう!これなんか、林山に似合いそうじゃのぅ!」
「陛下!陛下ってば!!」
「おお!むこうに絹の着物があったな!これと、それと〜」
「だから、こんなに持てませんし、貰えませ―――――ん!!」
「ん・・・?おお、それもそうか。」
星影の悲痛ともとれる声に、劉徹が振り返る。そこには、皇帝から渡された宝の数々を重そうに抱える高級宦官がいた。
「林山。無理をせずに、そこら辺におろせばいいだろう?」
「そこら辺におろせませんよ!おろせる品ではないでしょう!?傷でも付いたら大変じゃないですか!?」
「少々構わん。ここにあるのはすべて献上品だ。どうせまた持ってくる。」
「だからこそ、無下には扱えません!これは、陛下に対する贈り物ですよ!?」
「また持ってくるからよい。気にするな!」
ハハハ、と笑う劉徹に、段々(だんだん)とついていけなくなる星影。
(皇帝と庶民の金銭感覚は、ここまで違うのか・・・!?)
「そうだとしても大事にしてください!・・・・せっかく・・・陛下お一人のために、献上されたものなのですから・・・。」
渡された宝の山を元の場所に戻しながら星影は言った。最後の方は、嘆きとも悲しみともいえる声で彼女は呟いた。
(皇帝一人のために、用意した品だと言うのに・・・。)
そんな星影の言葉に、劉徹もなにかを感じ取ったらしい。軽く咳払いをすると、星影に向かって言った。
「うむ・・・ちと、冗談が過ぎたな。林山の言う通り、これは朕のために用意された品々であった。」
「そうでございますよ。陛下が大事にしないと、引き立て役は気の毒です。」
「引き立て役?」
「違いますか?最高権力者に見合った高級品を、献上するのが普通と思いますが?」
「最高権・・・!引き立・・・!?」
皇帝の言葉はそこで途切れる。何事かと思い、相手を見る星影。途端に、笑い声が部屋中に響いた。
「朕の引き立て役かぁ!?本当に、生意気な口を叩く奴じゃ!」
「な、生意気なことを申しましたか?」
「ハハハ!自覚しとらんのか、林山!?まったく、お前は・・・・ハハハ!」
そう言って、何度も笑う皇帝・劉徹。
(・・・また、変なことを言ったんだな・・・。)
そうは思っても、なにがいけなかったのかわからない星影。今の彼女に出来ることは、皇帝の笑い声がやむのを待つことだけだった。
「林山がそう言うのじゃ!以後、気をつけることにしよう。」
「・・・ありがとうございます。」
呆れ気味に言う星影に、皇帝・劉徹はなおも笑いながら言った。
「林山よ・・・実はな、今日は朕からお主に贈り物があるのだ。」
「・・・陛下、褒美の品はいただきましたが?」
「これは、褒美の品ではない!お主が望んだものじゃ。」
「私が望んだもの!?」
劉徹の言葉に、星影が聞き返した時だった。失礼します、と言う声と共に、見慣れた人物が姿を見せた。
「黄藩様!?」
それは、元上司兼現同僚である黄藩だった。その姿を見て、星影の背中に冷たいものが流れた。
(まさか・・・・黄藩様が私の望んだ(・・・)者!?)
陛下は、そう思われてるのか!?
そう思って皇帝を見れば、相手は片目を閉じて合図を送ってきた。
(いやいやいやいや!!―――――――誤解も甚だしいんですけど!!?)
いつ、だれが、いや・・・私が、黄藩様を必要としましたか!?悪い人ではないと思うけど、いい人とも思えないんですけど!?怒らせたら口汚くなるんですけど!?乱暴になるんですけど!?うっとうしいから、側にいてほしくないんですけど!?
(よくわからないけど、誤解を解かなくちゃ!!)
誰が言ったか知らないけれど、陛下がそう思ってるなら、かなり違うと言わなきゃ!
「あ、あの陛下!」
「これ林山。『黄藩様』ではなく、『黄藩殿』であろう?」
「あ、はい!黄藩、殿・・・です。」
「ハハハ!『黄藩殿です』か。面倒な同僚が増えたなぁ〜黄藩殿?」
「陛下、恐れ多いことを仰らないでください。私のようなものに、『殿』付けなど・・・お戯れが過ぎます。」
黄藩の言葉に、さらに爆笑をする劉徹。そんな劉徹を横目で見ながら、視線を黄藩へと移す星影。対する黄藩は、星影を見ることなく、皇帝に向かって丁寧な口調で言った。
「陛下、仰せの通りお連れいたしました。」
「そうか、ご苦労だったな。」
「隣に控えておりますが、いかがいたしましょうか?」
「ここに来るように伝えてくれ。お前はもう下がってよいぞ。」
「はい、失礼いたします。」
皇帝の言葉に、黄藩は深くお辞儀をすると、足早に部屋を後にした。最後まで黄藩は、一度も星影を見ることはなかった。そんな相手の態度に星影は、なんともいえない気持ちになる。
(無視されたのかな・・・?)
前日、黄藩と派手に言い争った(!?)ことを思い出す星影。
(なんだろう・・・なんか―――――――)
「物足りないか?」
「え!?」
「あいつの態度に、物足りないと思っているのだろう、林山?」
「え、あ・・・あの・・・。」
確信を突かれ、星影は返事に困った。皇帝の言う通りだった。てっきり、なにか言われるとばかり思っていたのに、なにも言わずに出て行ってしまった元上司。物足りなさもあるが―――――――
(どちらかと言えば、そっけなかったな。)
「無理もない。今はお前の方が身分は上なのだ。下の者が上の者に意見する権利はないからな。」
「そうですか・・・。それじゃあ仕方な・・・―――――――ええ!?」
(私の方が身分は上!?黄藩様よりも!?)
「上!?私が黄藩様よりも!!?」
「なんじゃ?知らなかったのか?」
驚いた表情をする星影に、あっけらかんとした様子で言う劉徹。そんな相手に、すぐさま星影は反発した。
「知りませんよ!それより、おかしいじゃありませんか!?だって・・・私みたいな若輩者が、どうして黄藩様より上なんですか!?ここに来て、まだ日が浅い私が・・・。」
「朕を助けたからに決まっておろう。」
当然のごとく言う皇帝。
「高級宦官にも、上から下があるのじゃ。林山が助けたクズ共は、高級宦官では下の下。黄藩は上じゃ。」
「待ってください!上の上はないのでは!?」
「だから林山は、特上じゃ。」
「どういう基準ですか!?」
「朕が決める。よって林山は、特上の高級宦官である。」
「あなた様ですかぁ!?」
(完璧な王様主義!!)
劉徹の言い分に、めまいを覚える星影。そんな彼女に、劉徹は厳しい口調で言った。
「・・・林山よ。数日前までは、お主が黄藩より下の身分だった。だが今は、お主の方が黄藩よりは上なのだ。それはわかるな?」
「は、はぁ・・・。」
「では、黄藩のことは『黄藩様』ではなく、『黄藩殿』と呼ぶのが正しいな?」
「・・・そうなりますが・・・。」
「急に変えられないのはわかる。しかしな、いつまでも同僚を様呼ばわりするのはよくないぞ。場合によっては、嫌味に聞こえるぞ。」
「嫌味!?冗談じゃありません!私はそんなつもりは――――」
「ならば、『黄藩殿』と、呼ぶようにせよ!お主も気まずいだろうが、黄藩はもっと気まずいのだぞ。」
(・・・そうかもしれない。)
皇帝の言うことは、一理あった。
少し前まで後輩だった人間が、急に自分と同等の立場になれば、黄藩様でなくても戸惑うだろう。自分よりも、やりにくいはずである。
「・・・これからは、意識して『黄藩殿』と、呼ぶように気をつけます。」
「『意識して』か・・・。まぁ、早く馴染むように心がけろ。」
「・・・心得ました。」
皇帝の言葉に、頭を下げる星影だったが、
(ここに慣れるのが早いか、星蓮を見つけて逃げるのが先か。・・・微妙なところだな。)
宮中に留まるつもりは毛頭なかった星影は――――――
(星蓮を連れ出すまでの辛抱よ・・・!!)
改めて、自分の使命を確認するのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!
気前のいい劉徹を書いてみました。ついでに、黄藩も出してみました。豪快な皇帝と、元上司の高級宦官に挟まれ、少しだけ主人公は難儀しています。劉徹と黄藩の態度に、戸惑う星影を書いてみました。
小説の話の流れには関係ないのですが・・・・気をつけていても、誤字・脱字が多くて、自分のうっかり加減にうんざりしています・・・(大汗)
おかげで現在、小説更新恐怖症になっております・・・(涙)もう・・・笑ってやってください。