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第三十三話 それぞれの夜〜老人と若人の嘆き〜

霍光子孟―――漢帝国皇帝・劉徹の妻、衛皇后と大将軍・衛青仲卿の(おい)にして、霍去病の異母弟である。劉徹から見れば、彼も可愛い身内の一人だった。


「光よ、気にせずともよい。それよりお主はどう思う、林山のことは?」


側に()れ、と言う劉徹の言葉で、小走りで近づく霍光。


「今の状況(じょうきょう)では、正確なことは申し上げられませんが・・・。ここはひとまず、陛下のお側においてもよろしいと思います。」

「『ひとまず』・・・とな?」

「安林山殿の身元のご確認は?」

「宦官証明書は、本物であったぞ。」

「・・・もう一度、調べ直してはいただけないでしょうか?」

「お前も疑っているのか?」

「用心に()したことはありません。」

「子孟の言う通りですぞ、陛下。」


若い青年の言葉を、老人が付け足した。


「可愛い猫に見えても、いざ(さわ)ってみたら虎だった・・・ということも、十分に考えられますぞ。」

「猫が虎に変わるかぁ〜・・・・それもなかなか面白い趣向(しゅこう)よのぅ〜」

「面白がるようなことではございませんが!?」

「そうじゃな・・・朕としては、光が心配してくれるのは嬉しいぞ。」


笑いをかみ締めながら、劉徹は霍光に話しかける。



「お前にも見せたかった・・・!あの太刀さばきを見れば、お前も感じたはずだ。安林山が、霍去病の再来だということを。」



その言葉に、霍光の表情が変わる。そして、静かな口調で答えた。


「私は・・・昨夜の現場にも、先ほどの顔合わせの場にも、居合(いあ)わせおりません。ですが、お話をお(うかが)いする限り、無茶なところは去病兄上に似て(・・)いる(・・)と(・)だけ(・・)、申しておきます。」

「ハハハ!光にも是非見せたかった!昨夜のことを思い出すだけで、朕は今でも胸が(おど)るぞ!」

「私もでございます。昨夜の出来事を思い出しただけで、大変心(しん)(ぞう)(こた)えます・・・!」


毒づく仲舒に、悪びれた様子もなく劉徹はあっさりと言った。


「そう憎まれ口をたたくでない。本当は今すぐにでも、側に置きたかったのだが・・・・。仲舒が余計なことを言うから、明日になってしまったぞ!」

「なにをおっしゃいます!本来ならば、もう少し様子を見るところでございますよ!?陛下のお側に置くからこそ、慎重にしなければなりません!ただでさえ、昨夜の騒ぎがあった後だというのに・・・!」

「その賊を倒したのは林山だぞ。」

(ぞん)じております!とても宦官とは思えないほどの、腕前だったそうでございますね!?」

「まったくだ!宦官にしておくのには惜しいなぁ〜」

「同感です。それほどの腕を持つ者が、何故宦官になったのやら・・・!」

「それでは仲舒様は、安林山殿を刺客の一味だとお考えで?」

「・・・否定は出来ん。」


しばらく返事に困った仲舒だったが、渋い顔で答えた。そんな老臣に、劉徹は呆れ気味に言った。


「大げさだ、仲舒。(うたぐ)(ぶか)いにもほどがあるぞ?」

「陛下のお命には変えられません!!」

「仲舒・・・」

「陛下のお命がかかっているからこそ、陛下がご不快になられようとも、言わせていただきますぞ!!」

「やれやれ・・・仲舒もうるさかったが、延年はそれ以上にうるさかったぞ。なにをあんなにムキになっているのやら・・・。」

「それは陛下のお心が、安林山に(かたむ)くことを恐れているのゆえでしょう。」

「どういう意味だ?」

「恐れながら、それはご自身がよ〜く!・・・・おわかりのはずでは?」

「まさか、嫉妬しているというのか!?」

「私に聞かないでください。延年殿の気持ちを、どうして私がわかりましょうか?」

「だが、まるで知っているような言い方をするではないか!?あれがなにか言っていたのか!?」

「聞かずとも、見ていればわかります。そんなに気になるのでしたら、本人に聞かれるのが得策かと。」


皮肉を述べると、そっぽを向く仲舒。そんな相手の態度に、劉徹は顔をしかめた。


「仲舒!言葉がすぎるぞ!朕があれをどれほど大切にしているかお前も知っているだろう!?本人が言ったならまだしも・・・勝手な推測(すいそく)をたてるでない!!」

「でしたら陛下も、安林山が安全であると、勝手な思い込みをなさらないで下さい!!」

「なんじゃと!?」

「なんです!?」

「おやめください、陛下、仲舒様!」


険悪な空気が(ただよ)う二人の間に、霍光が割って入る。


「恐れながら陛下・・・仲舒様の(おっしゃ)ることは、推測(すいそく)とは断言(だんげん)できないかと(ぞん)じます。」

「光、口出しするでない!」

「いえ、私はただ、延年殿が―――」

「延年がなにか言ったとでも言うのか?あれの口から直接聞いたのか!?」

「いえ、聞いたというわけではありませんが・・・。」

「ならば口を出すな!」


怒鳴りつける劉徹に、困った顔をしながら霍光は言った。


「・・・(おお)せの通り、私は延年殿の口からは聞いておりません。」

「では黙っておれ!」

「ですが・・・延年殿が(なげ)いてい――――」


「なんだとぉ!!?」


霍光が言い終わるよりも先に、劉徹は勢いよく彼に飛びついた。



「光!延年はなんと言っていたのだ!?なんと!?」



そして、そのまま霍光の胸倉(むなぐら)を掴むと締め上げる劉徹。これには、首を締め上げられた霍光はたまらない。必死で首を絞める相手をなだめようと、口を開くのだが――――――


「お、落ち着いてくだ・・・さい!ど、どうか手を―――――!」

「なんと言ったんじゃ!?言え!言えわんか!!」

「て、手をお放し・・・くださ―――・・・!」

「早く話さんかっ!!」


苦しむ霍光に気づくことなく、乱暴に相手をゆさぶる劉徹。


「へっ、へい・・か・・・!く、苦しいです・・・!」

「馬鹿者!苦しいのは朕の方だ!!」

「陛下!子孟の首を絞めてはいけません!!」

「あれはなんと言っていたのだ!?言え!言わんか!!」

「陛下!!子孟から手を離してください!」


慌てて仲舒が止めに入るが、劉徹がその声を聞き入れられることはなかった。正確には、李延年のことで頭がいっぱいで、その声が届いていなかったと言っていい。


「延年はなんと言っていたのだ!?どうしたというのだ!?」

「で、ですから、放していて・・・いだかない・・こと・・・に・・・は・・・・!!」

「言いかけて何故答えな―――――――!?」



「あなた様が首を絞めているからですっ!!劉徹様ぁぁぁ――――――!!!」



「うぉおぉ!!?」


鼓膜(こまく)(やぶ)れんばかりの怒声に、動きを止める皇帝・劉徹。首をすくめて横を見れば、しわくちゃな顔をさらにしわくちゃにした董仲舒の顔があった。


「ち、仲舒!?」

「陛下!!子孟から手をお放しください!!」

「い、いきなりんだ!?耳元で大声を――――」

「―――――――出させたのは陛下の責任でございます!!」

「な、なに!?」

「ご自分のお姿を御覧(ごらん)なさい!!あなた様が興奮のあまり、情報源(じょうほうげん)である子孟の口ならぬ、首を(ふう)じているのですぞ!?」

「む、むうう・・・!」

「子孟をお放しならないと、延年の話は聞けませぬぞっ!?」

「――――――くっ・・・!」


仲舒の罵声で、不機嫌そうに手を離す劉徹。それにと同時に激しく()()む霍光。そんな青年の背を仲舒はさすった。


「まったく!子孟を殺す気ですか、陛下!?」

「光がもったいぶるのが悪い!」

「どんな人間でも、首を絞められれば、しゃべることは出来ないと思いますが!?」

「ええい、うるさーい!!もったいぶらずに早く言え、子孟!!」

「はっ、はい・・・。」


劉徹の言葉に、()()みながら頷く霍光。そして、息も絶え絶えに話し始めた。


「え、延年・・殿は、陛下が若い宦官をお側に置かれたうえに、大変気に入っている様子を目の当たりにして、ひどく落ち込んでいました。」

「・・・それで?」

「延年殿は、ずっと独り(・・)()だ(・)と(・)言って(・・・)いた(・・)のですが・・・側にいた私に、『今まで良くしていただいて感謝しています。でも・・・もうお会いできませんね・・・。私は身を引きます・・・。陛下のためにも・・・それがいいでしょうから・・・・。陛下のお側に、私は不要ですよね・・・!』と、小さな声で言うと、逃げるように奥に引っ込んでいきました。」


霍光の話に、大きく目を見開く劉徹。そして()くし立てながら、霍光にくってかかった。


「おい!お前はさっき、本人からは聞いていないと言ったではないか!!なぜ隠していたんだ!?」

「隠していたとは、とんでもございません!延年殿は『ただ(・・)の(・)独り(・・)()』だと、私に言いましたので・・・。」

「ええい!どっちでも構わぬ!!・・・あとで誤解を解かねばならんな・・・・・!」


頭を抱え込んで困る劉徹。そんな皇帝の姿を見ながら家臣二人は思う。


(この方は・・・・)


(本気で困っておられるのか・・・。)


狼狽(ろうばい)する劉徹を見ながら、どちらともなく顔をあわせる霍光と仲舒。内心、彼らは呆れていた。特に、延年の話を劉徹に伝えた霍光は情けない気持ちでいっぱいだった。彼はわかっていたのだ。延年が自分にそう言ったのは、たまたまその場に霍光子孟という人物がいたから言ったのではない。自分が衛皇后と衛青大将軍の身内でなので、あえて聞かせる為に言ったのだ。わかりやすくいえば、自分が皇帝に可愛がっている身内であるから聞かせたのだ。


(あの李延年が言ったことは、独り言ではない・・・・。)


彼はこれまでも、自分の地位を脅かす人物(恋敵)が現れる(たび)に、さまざまな話術や裏工作をしてきた高級宦官なのだ。必ずその言葉の裏に意味があった。

霍光が聞かされた李延年から『独り言』にしても、直訳(ちょくやく)すれば、「私がそう言っていたと陛下に伝えて。」と、自分にことづけたのだ。早い話が、「延年殿が、悲しんでいました。」という第三者の視点で、陛下にそのことを伝える伝言役に選ばれたのである。延年本人から、直接頼まれたわけではないが、悪知恵の働く李延年の『独り言』を聞かされたのだ。その時点で、嫌でも延年の話を陛下の耳に入れなくてはいけなかった。


(延年の話が、(まつりごと)に関することではないからまだましだが・・・・。それにしても――――――)


仮にも文官たる者が、宦官風情(ふぜい)の言うことを聞いたとなっては名折(なお)れである。しかし彼は、高級宦官兼協律都尉の李延年となると話は別だ。自他(じた)(とも)に認める陛下の皇帝の男寵。恨みを買われたら命がいくつあっても足りない。だから霍光は、延年の策略(さくりゃく)を知りながらも、彼の思い通りに動いたのだ。延年の作戦を知っていながら、陛下に延年の皇帝に対する純粋な(!?)気持ちを伝えたのである。仮に自分が、延年の(よこしま)な本性・・・真実を陛下に言ったところで、彼が自分の言うことを信じるとは到底(とうてい)思えなかった。いくら陛下が優れた人物であっても、()れた相手の言うことと身内である自分の言うことを比べれば、どちらを信じるかは目に見えている。下手なことを言って処刑されるよりは、黙って知らん顔している方が利口なのだ。例え、陛下の気を引くための延年の道具に使われたとしても、黙って従う方が身のためである。


(恋は盲点(もうてん)と言うが・・・。天子にもそれがあてはまるとはね。)


そう思い、陛下に聞こえないように小さくため息をつく霍光。彼の吐いた息が、劉徹の耳に届くことはなかった。当の本人は、しばらく呆然としていたのだったが・・・・



「そうであったのか・・・!」



そう(つぶや)くと、霍光を直視する劉徹。



「光が朕の室まで来たのは、そのためだったのか・・・!?」



(延年のことを伝えにきてくれたのか。)



目を(かがや)かせる主君に、力なく(うなず)く霍光。そんな二人を見ながら、『独り言』の本当の意味を理解する仲舒。



(なるほど・・・子孟は、延年と陛下の痴話(ちわ)喧嘩(けんか)に巻き込まれたのじゃな。)



誘惑(ゆうわく)のなんたるかを心得ている李延年のこと。自分よりも若い安林山という恋敵(!?)の出現に、先手を打ったということか。


(あのあだ花・・・なんとかせねばならないのぅ・・・。)


後宮において、最高権力者を惑わすのは女性だけではない。宦官という男女の中間的存在も、十分な(わざわ)いを持つあだ花であった。特に現皇帝は、美しければ男女問わずに愛する男である。男性であっても、寵愛の対象になるのだ。


(まぁ・・・花の命は若いうちだけ。延年の寵愛も長くは続かないだろうが――――)


まだ、陛下の寵愛を失ったわけではない。自分も当面は、李延年の(あつか)いには注意する必要があった。


(さいわい子孟も、あだ花の扱いは慣れてきてはいるが・・・。)


気の毒に、と同情の視線を送れば、霍光もそれに気づいた。


(お主もそんな役回りじゃな・・・。)


(仲舒様、わかってくださいましたか・・・。)


互いに、視線を送って意思の疎通(そつう)をする二人。真相を知らない劉徹は、延年の思惑(おもわく)通り(なげ)き始めた。


「延年!許してくれ・・・!お前がそのように、心を痛めているとは、朕はまったく知らなかった・・・!!」

「・・・陛下。」

「傷心の身で、それでもなお、朕を思って身を引こうとは・・・!なんと健気なのだ!」

「陛下、あの、」

「延年・・・お主は本当に、身も心も美しい!朕が愛すべき花・・・まさに色鮮やかな百合のような花じゃ!」


「「・・・。」」


(・・・花は花でもあだ花では?)


(いや、同じ百合なら―――――腹黒い黒百合であろう・・・。)


感動する皇帝を尻目(しりめ)に、目だけで語り合う仲舒と霍光。しかし、いつまでも延年の話をしているわけにもいかない。


(今の問題は延年のことではない。)


宦官らしくない振るまい。宦官らしくない仕草。宦官らしくない大胆な行動。宦官らしくないさわやかな姿。宦官・・・以前の問題で、武官なみの凄腕(すごうで)を持つ男。


(今は、安林山のことが優先じゃ・・・!)


そう思い、本題に戻すべく、仲舒は口を開いた。


「お気持ちはよくわかります、陛下。」

「仲舒!朕の悲痛(ひつう)を、わかってくれるのか・・・?」

「もちろんでございます。今の陛下のお気持ちを伝えれば、延年殿も安心するでしょう。」


落ち込む劉徹を慰めながら仲舒は言った。


「陛下、ひとまずその話はおいておきましょう。」

「『おいておき』・・・?」

「そうです、今はそれどころではありません。まずは、安林山殿についての話を・・・」

「それどころではない・・・!?」


仲舒の言葉に、陛下の(ひたい)青筋(あおすじ)が浮かぶ。


「・・・仲舒、お主今なんと言った?」

「は・・・?ですから、安林山の――――」

「お前は今、『おいておけ』と言っただろう!?」

「?それがなにか・・・?」

「仲舒!お前という奴は、なんでそんなに薄情なんだ!!」

「へ、陛下!?」


目くじらを立てて怒る皇帝に、命の危機を感じる仲舒。


(なにか気に(さわ)るようなことでも言ったか?)


考える仲舒に、劉徹はその答えを言った。



「お前は、朕が延年を思う気持ちがわからないのか!?」



その言葉で、自分の粗相(そそう)に気づく仲舒。


(しまった・・・!延年に対する言い方が悪かったか!)


安林山の話を急ぐあまり、李延年の(あつか)いを粗末にしていまった老臣。いや、粗末にしたつもりはなかったが、劉徹からすれば、仲舒の言い方は無責任に感じただろう。その証拠に、相手の機嫌はどんどん悪くなっていく。


「仲舒!あれになにかあってからでは遅いのだぞ!?それなのに―――――――その話を『おいておけ』だ!?一体どういうつもりじゃ!!」

「お、お待ちください、陛下!私は(けっ)して、そんなつもりで言ったのでは・・・!!」

「そうでございますよ!仲舒様は、目の前にある大事について話すことが先決だと(おっしゃ)っているだけで―――――」

「大事ぃ〜!?」


仲舒を(かば)った霍光の言葉に、劉徹の額の青筋が増える。


「つまりお前らは、延年の事は大事ではないと申すのか!!?」

「ちょ、へ、陛下!?」

「そういうわけでは・・・!」

「今解決すべき大事ではないと言うのか!?ええ、どうなんだ!?言ってみろぉ!!」


(きば)をむく劉徹に、霍光はなんとかその場を取り(つくろ)うとする。


「そ、そういうわけではありません!第一、陛下が延年殿の側を離れることがあっても、延年殿が陛下の側を去ることなどありま・・・!」


言いかけて、慌てて口を閉じる霍光。


(しまった!!焦るあまり、とんでもないことを口走ってしまった・・・!!)


仲舒に続き、(おのれ)の失言に凍りつく霍光。それは、霍光が庇った相手・仲舒も同じだった。


(いかん!陛下の怒りに・・・!!)


(完全に火が―――――――!)



「貴様ぁぁぁ〜!!朕の延年に対する気持ちを愚弄(ぐろう)するつもりかぁぁぁ!!?」



((ついてしまった―――――――――――!!))



二人の予想は、悲しいことに的中する。目の前には、真っ赤な顔で激怒する劉徹の姿。そんな主君に対して、必死で謝罪する家臣二人。


「落ち着いてください、陛下!若い子孟の申したこと・・・。どうか、お怒りをお静め下さい。」

「お許しください、陛下!誤解でございます!!例え話で申してしまい―――――」

「――――――縁起でもないことを言うな!!なにが例え話じゃ!!もし、延年が韓媛のように朕の元を去ったらどうするのだ!?」

「そ、それは―――」


(・・・否定はできない。)


陛下の寵愛をいいことに自滅(じめつ)する可能性がある。


そんな霍光の思いを知らない皇帝は、さらに怒り(くる)った声で言った。


「光!延年が命を絶ったら、お前はどう責任を取るのじゃ!?」

「え、あ―――――その・・・」

「落ち着いてください、陛下!それは考えられません!!」


言葉を(にご)す霍光代わりに、仲舒が即答した。


(死を命じられることはあっても、自分から死ぬなど考えられん!)


陛下の威光(いこう)を利用する点は、韓媛と李延年は同じなのだ。二の舞の死に方をすることはあっても、健気(けなげ)に身を引くために死ぬような人間ではない。


「とにかく冷静なってください、陛下!子孟をお許しください!!」

「黙れ仲舒!こやつだけは許せぬぞ!!光、お前は朕と延年の愛をなんだと思っておるのだぁぁぁ!?」

「へ、陛下!?」

「お前は責任を取れるのか!?延年になにかあったら責任取れるのか!?」

「ええ!?ちょ、へ、陛下ぁ・・・!!」

「取れるのか!?取れるのかぁ!!?なんとか言わんか!!」

「く、首・・・絞めないで・・くだ・・さ、い・・!!」


こうして、再度首を締められる霍光。


「おやめください、陛下!子孟が死んでしまいます!」

「うるさい!」

「陛下、お願いですから、落ち着いてください!」


前途(ぜんと)ある若者を助けようと、仲舒は必死で劉徹を落ち着かせようと説得する。


「陛下!冷静にお聞きください!問題はそこではないのですぞ!!」

「なんだ!死ぬ前になにが言いたい!?」


乱暴に霍光を放すと、劉徹は仲舒を(にら)みつけた。


(死ぬ前に・・・か。相変わらず気の短い方だ。)


普通の者なら、ここで命乞いをするところだが、董仲舒は違っていた。長年使えてきた仲舒には、皇帝の扱いはお手のものである。ゆっくりと呼吸を整えると、劉徹に向かって言った。


「いいですか、冷静に考えてください。もし、安林山がただの宦官ではなく、陛下に危害を加える暗殺者だった場合・・・。」

「朕を殺すとでも言うのか?」


鼻で笑う劉徹に、仲舒は動じることなく落ち着いた口調で続けた。


「いいえ。陛下は文武両道のお方です。武芸の心得のある陛下がそう簡単にやられるとは思っておりません。」

「まぁな・・・。」

「ですが、もしも(・・・)です。」

「もしも(・・・)・・・・・・なんだ?」

「相手が陛下の命を奪えないとわかった時、その矛先(ほこさき)はどこに行くでしょうか?」

「なに?」

「陛下の身近にいる者だとは考えられませんか?もしも、お側に延年がいた場合・・・。」

「なんだと!?」

「陛下の代わりに、延年の命を奪うということも考えられますぞ。」

「ば、馬鹿なことを言うな!何故延年なのだ!?関係ないではないか!!」

大有(おおあ)りです。李延年は、陛下の大切な者。陛下の大事な者を殺すことで、間接的な苦痛を、あなた様に(あた)えようとする可能性があります。」

「し、しかし・・・・なにも延年でなくとも・・・!!」

「はい、延年とは限りません。陛下にとって大切な方が狙われるのですから。むしろ・・・衛皇后様やその他の奥方様達の方が、命の危険にさらされる確率が高いでしょうな。」

「なっ!?皇后を!?ありえんぞ!そんな――――――」

「はい、断言も否定も出来ません。ただ・・・今言えることは、陛下の大切な方―――――・・・・陛下が失うことで、心を痛めるお方であれば、間違いなく無差別に殺すでしょう。」

「無差別に・・・!?」


その言葉で、顔色を変える劉徹。そして、考え込むように腕を組んで黙り込んだ。


(・・・やれやれ、ようやく静かになった。)


やっと大人しくなった主君を見ながら仲舒は思う。


(こうでも言わないと・・・・あの男、安林山に対して陛下は警戒(けいかい)を持ってくださらんからな。)


仲舒が皇帝に()べたことは、実際に彼自身が危惧(きぐ)していることでもあった。なぜなら、本当に安林山が刺客だった場合、その巻き添えをくう者が必ず出るからだ。昨夜だけでも三十四名の宮廷兵が殺されている。暗殺に関しては今回のことが初めてではない。さかのぼれば、皇太子時代からあることだった。そのため陛下は、命を狙われることに対して慣れていたと言っていい。良くいえば、(きも)()わっているとも言えるが、本当のところは警戒心がなさすぎるのだ。それには、皇帝自身に武の心得があることから、少々外敵を軽んじているという面に原因があった。だから、命を狙われることにあまり危機感を持っていない。

家臣の立場から言えば、それは大変迷惑な話だった。いつ、何時(なんどき)、彼のとばっちりを受けて死ぬかわかったものではない。一人を守るために万の人間が犠牲になることもあるのだ。いくら皇帝が生き神といえる存在であっても、極力犠牲は()けたいのが本音である。だからこそ陛下に、もう少し危機感を持ってもらう必要があった。


遠回(とおまわ)りになったが、李延年や皇后様達の話したのは正解だったな。)


危険を自覚してもらうためにも、陛下の弱点である延年や皇后のことを話した仲舒。誰だって、自分の大切にしている者が傷つくといわれれば真剣に話を聞くだろう。

なにより、少しでも皇帝に自分の身を案じてほしかった。延年はもちろんだが、衛皇后や他の夫人達のことを言ったことはかなり()いたはずだ。


「・・・皇后に・・・妃達になにかあっては困る。」

「それは、私達家臣も同じ思いでございます。」

「・・・仲舒は、朕にどうしろと言うのだ?」


仲舒の言葉を受け、劉徹は彼の話を聞く気になっていた。そんな皇帝の問いに、深々と頭を下げながら仲舒は言った。


「恐れながら申し上げます、皇帝陛下。私はすでに退官した身ですので、(まつりごと)に関して口出しはできません。」

「・・・うむ。」

「ですが、この身はいつまでも陛下の臣・・・あなた様の命には従います。私は、安林山をお側に置きたいという陛下のご意思に反対はしませんが・・・」

「なんじゃ?」

「その代わり、彼の身元だけは念入(ねんい)りに調べる許可をいただけないでしょうか?」

「林山の身元調査か?」

「はい。できれば、子孟にその役目を与えていただきとうございます。」

「仲舒様・・・!」

「光にか?しかし、このような仕事、光にはちと、早すぎ―――――」


「――――()将軍(・・)が活躍されたのも、今の子孟と同じ年頃でございました。同じ兄弟ながらば・・・出来ぬことはないと思いますが。」


「―――――――!」


仲舒の発言に、劉徹が息を呑むのが霍光にはわかった。部屋の中は、なんともいえない空気によって静かになる。しばしの静寂(せいじゃく)の後で、皇帝は低い声で言った。



「・・・・()()に任せよう。」



そう告げると、寝台からも、家臣二人からも離れる劉徹。そしてそのまま、部屋から出て行ってしまった。あとには、老人と若人(わこうど)が残された。皇帝の足音が完全に聞こえなくなったところで、どちらともなく笑みを浮かべる仲舒と霍光。


「そういうことじゃ、子孟。」

「さすが仲舒様・・・鮮やかなお手並(てな)みで。」


老臣の話術に、霍光はにこやかに喝采(かっさい)を送った。


「兄上の話をされては、さすがの陛下もなにも言えませんからね。」

「なに・・・老骨(ろうこつ)にできるのはここまでだ。あとは、お主にかかっておるのだぞ、霍子孟殿よ。」

「心得ております、董仲舒様。安林山なる人物に関しては、私にお任せください。」


霍光の言葉に短く返事をすると、外へと視線を向ける仲舒。その先には、宮廷兵に守られながら歩く劉徹の姿があった。



(やれやれ・・・さっそくご機嫌伺(きげんうかが)いかのぅ・・・。)



足早に進む主君を見ながら、仲舒は小さくため息をつくのだった。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました!!

ここでちょっと、言い訳をを書かせてください・・・・・(大汗)

この小説の前の話、【それぞれの夜〜老人の嘆き〜】の中で、董仲舒について説明をした一文、『皇帝・劉徹は御史(・・)大夫(・・)で(・)ある(・・)()()を派遣して董仲舒に公平な意見を求め続けた。』と書きました。この御史大夫・張湯なる人物は、儒学に理解を持つ、熱心な裁判官だった人です。彼の性格を一言で言うと、『大変真面目な人』だったようです。どれだけ真面目だったかと言うと、彼が子供の頃に、お父さんの留守中に大事な肉をネズミに盗まれてしまい、その罪でお父さんが鞭打ちになってしまいました。これに張湯は激怒し、「悪いのは、ネズミであって父ではない!!」と、ネズミ捕まえて、人間に対してするような裁判をして、死罪(しかも磔の刑)にしてしまったのです(汗)・・・普通のネズミだったと思いますので、「チューチュー」としか、言えなかったと思います。それを彼は・・・

「ネズミよ!お前の罪状は、肉を盗んだうえに、その罪を張(私の父)に着せたとあるが、間違いないか!?」「チューチュー!」「では、犯行はお前達がしたのだな!?」「チューチュー!」「では、数匹で共謀して、張(私の父)に罪をきせ、肉を盗んだことを認めるのだな!?」「チューチュー!」「よくわかった。それでは法に従って、お前は磔の刑に処す!」「チューチュー!」「それでは刑を執行する!」「チュ――――・・・!!(断末魔)」・・・と、いう感じで()(おこな)ったことになるんですよね・・・(大汗)しかも、これを見た彼の父は、「なんと、手際のいいことだ!この子は将来、立派な裁判官になる素質がある!さっそく、そのための勉強をさせよう!!」と、裁判官のための教育をさせたと言うからすごいです(苦笑)そして彼は、立派な裁判官へとなりました。その仕事振りは、武帝に高く評価され、信任も厚かったことから、裁判官としてはもちろんのこと、董仲舒へのお使い役(!?)として、重要視されたようです。

だだ・・・彼の場合、『目には目を、歯に歯を』というハンムラビ法典の言葉を、そのまま裁判で実行する人だったらしく、さまざまな階級の人々から不満と恨みを買ってしまっていました。そのため最後は、朱買臣という人を筆頭にした、張湯に恨みを持つ人々によって陥れられて、自害してしまいます。融通が利かないのも仕方ないと思いますが、陥れるのはもっとよくないと思います。

それでですね、張湯さんの話をここで出したのには、一応・・・理由がありまして。実は・・・・御史大夫・張湯が、この小説の中には登場しないからです(大汗)すみません!!登場しないのに、書いちゃいました!!一度は、御史大夫・張湯の一文を消そうと思ったんですが、消すのがもったいなくなってしまいまして・・・!!だから、どんな人だったか、ここで書かせていただきました(汗)

ですから、御史大夫・張湯さんは、今後登場しません。どうか、あしからず・・・・!!

以上、言い訳兼謝罪文でした


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