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第三十一話 それぞれの夜〜若き将軍の話(後編)〜

「霍将軍・・・さぞかし無念だったろうね。・・・陛下にとっても、漢帝国にとっても、私達民衆にとっても・・・実に惜しいな・・・。」

「・・・だから陛下は、君と驃騎将軍をだぶらせているんだ。それでよけい愛しく思うのだろう。」

「だから、なんでそんな風に話をつなげるわけ!?」


しみじみという琥珀に、星影は苛立(いらだ)ちを覚える。


(こいつ・・・!!人事だと思って。)


「それはかなり違うだろう!?霍将軍と私では雲泥(うんでい)の差・・・。私みたいな者とそんな立派な方とが同じわけが・・・・。」

「同じさ。陛下(・・)が(・)関心(・・)を(・)抱く(・・)と言う点に関してはな。」

「関心って・・・。」

「それに、すぐに手を出すところが似ているしね。」

「手を出す〜?」

「叔父君絡み・・・と、言えばいいかな。ねぇ、空飛?」

「もしかしてそれは――――――!あの事件のことですか!?」


琥珀の言葉に、空飛が素早く反応する。


「あの事件って?」

「李敢様の事件ですよ!知りませんか、林山!?」

「李敢様〜?誰のこと?」

「李広将軍のご子息だよ。李広将軍の死後、武官として仕官したんだが・・・少々傲慢(ごうまん)なところがあってね。」

「父である李広将軍が死んだのは、衛青大将軍のせいだって、逆恨(さかうら)みをして暴行したのですよ!!」

「暴行!?」

「正確には、衛大将軍を一方的に殴ったんだよ。」

「なっ!?仮にも大将軍だぞ!?大体、なんで衛青将軍を恨んでたんだよ!?」


(陛下の影響か!?)


衛青将軍が()びていると、馬鹿にして殴ったのだろうか?

でも、衛青将軍を恨むって・・・!?


(見下される対象にはなっても、恨まれる性質じゃないだろう!?衛青将軍の場合!!)


「原因はなんなんだよ!?どんな逆恨みをしたんだ!?」

「逆恨みというか・・・難しい話なんですよね、これが。」

「難しい話〜?」

「・・・そうなんですよ。すべての原因は―――・・・」

「匈奴討伐の戦がきっかけだったんだよ。」

「琥珀?」


言葉を(にご)す空飛の代わりに、はっきりとした口調で琥珀が言った。


「匈奴との戦で、李広将軍は、衛大将軍の下で指示を受ける立場となった。李広将軍は、衛大将軍が下級層出身者だということで馬鹿にしていたんだ。年齢的にも、衛大将軍の方が年下だったしね・・・。」

「それって普通、衛青将軍の方が恨まないか?(よう)は、じーさんが、『若造の下で働くのがやだぁ〜』て、駄々(だだ)をこねたわけでしょう?」

「じーさんて・・・林山・・・。」

「ま・・・まぁ、そうだね。だから李広将軍は、衛大将軍の軍命を無視して、自軍のみで敵を攻撃しようとしたんだが―――――」

「逆に負けて、衛青将軍に助けてもらったとか?」

「・・・だったらよかったんだけどね。李広将軍は、敵とは戦わなかったんだよ。」

「・・・え?でも、出撃(しゅつげき)したんだよね?」


「出るには出たが、道に迷って敵陣にすらつけなかったんだ。」

「迷子かよ、じーさん!?」


(老人らしいけど、かっこ悪っ!!)


(おのれ)を恥じた李広将軍は、『自分は年老いたせいで、天命(てんめい)にも見放された』と(なげ)いて、自害(じがい)してしまったんだ。」

「なに天命のせいにしてんだよ!?協調性のなさが、失敗の原因だろう!?反省もしないで、なに命を粗末にしてんだよ!?」

「仕方ないよ。李広将軍は、自尊心が強いお方だったからね。」

気位(きぐらい)が高いのも考えものだな・・・!」

「同感だね。けっきょく李広将軍は、年齢と運を理由に自害したが、それ以前の問題なんだよ・・・。」

「問題って?」

「陛下が、李広将軍を衛大将軍の指揮下に置いたのは、衛大将軍が匈奴について一番良く知っていたからなんだ。衛大将軍は、匈奴の戦法(せんぽう)や地理的に(くわ)しかったからね。だから陛下は、衛大将軍を匈奴討伐の総大将にしたんだよ。ところがそれを、李広将軍は理解していなかったんだ。」

「だめじゃんか、じーさん・・・。」

「そうなのですよ!挙句(あげく)、そのご子息である李敢様は、『父が死んだのは、衛青のせいだ』と、衛青大将軍に一方的に喧嘩を売って殴ったのですよ!!」

「完全な言いがかりじゃないか!?それで、陛下は李敢をどうしたんだ!?」

「どうもしなかったよ。」

「なんでだよ!?仮にも、皇后の弟だぞ!?」

「理由は二つ。まず一つが、衛大将軍が、陛下に李敢様のことを訴えなかったんだよ。」

「どうして!?」


こんな理不尽なこと、なんで言わなかったの!?


「まさか・・・弱みを握られたか、人質でもとられて脅されてたのか!?」

「林山、林山、それはちょっと言いすぎです。そこまでするご子息じゃないです。」

「でも、殴ったんだろう!?」

「落ち着きなさい、林山。そう誤解するのは無理もないが、衛大将軍にも思うところがあったんだよ。」

「思うところ!?」

「衛青将軍は、人の気持ちのわかる方・・・。それゆえに、父をなくした李敢様の怒りが痛いほどわかったんだよ。『李広将軍の単独行動を止められなかった自分にも責任がある』と・・・李敢様の行為に口を閉ざしたんだ。」

「そんな・・・あんまりじゃないか!?誰も衛青将軍を助けな―――――!?」


「そこですよ!!」


星影の言葉を(さえぎ)るように、空飛が声を上げた。


「それを知った衛青大将軍の甥、霍去病将軍が、黙ってはいなかったのですよ!!」

「霍去病将軍が?」

「はい!叔父を殴って、いい気になっている李敢様に天罰を加えたのです!」

「なになに?数倍返しで、殴り返したとか!?」


「いや、狩の最中に射殺しただけだよ。」

「死を持って(つぐな)えってかぁぁぁ!!?」


「さぁね・・・。どうお考えだったかは知らないが、これが理由の2つ目だよ。陛下ご自身が直接、李敢様を罰する前に、本人がこの世からいなくなってしまったんだ。」

「罰するっていうか、刑罰じゃないじゃんか!?勝手にそんなことして、陛下は怒らなかったの!?」


「『去病は、叔父思いの優しい子じゃ!』と、ありがたいお言葉をかけたとか、かけなかったとか・・・。」


「そこは、しかるべきじゃない!?」

「とんでもありません!本来なら、大将軍を殴った李敢様が悪いのですよ!」

「いや、そうかもしれないが・・・。」

「罪人という汚名を背負(せお)って斬首にされるところを、不慮(ふりょ)の事故死という名目で処理されたんだよ。李家の名誉(めいよ)を保てたから、よかったと思うけどね。」

「・・・。」


(おかしいよ、お前ら。)


いや・・・むしろ、高貴な人の感覚がわからない。

衛青将軍が、殴られたことを黙っていたのは、それなりに理由があったからじゃないの?

周囲との争いごとを好まない人だっていうから、若造の李敢のことも、大目に見たんじゃないかな?

もしかしたら、その父親の身勝手をとめられなかってことを()いて、相手の無礼な行動を受け止めたんじゃないのか?

だとしたら――――



「霍去病将軍って、無茶苦茶だね・・・。」


「だから君にそっくりなんだよ、林山。」


琥珀の言葉に、星影は相手をにらみつける。


「冗談じゃない!私は、霍去病将軍とは違う!」

「ちょっと、林山!?」

「私の方が、物事の後先を考えて行動する!」


(なぜ、考えなかった!?)


なぜ衛青将軍が、李敢に殴られてもやり返さなかったのか。

父を失い、名声も失った相手の家庭事情を、衛青将軍が考慮(こうりょ)したと思わなかったたの?

衛青将軍に対する李広の軍令違反も、李敢の武人としての行いは、はっきり言って悪いことだ。

でも衛青将軍は、李親子の行為になにも言わなかった。

李広のあてつけ自殺と李敢の無礼な振る舞い。

特に李敢からの暴行を(おおやけ)にしなかったのは、『若気(わかげ)(いた)り』として、目をつぶったんじゃないのか?


「私は霍去病将軍のように、李敢を射殺すようなことはできない・・・!」


(なぜ、叔父が黙っていたことを考えなかったの?)


私は衛青将軍じゃないから、あの方がなにを考えているかわからない。

でも、私があの方の立場だったら、李敢との共存の道を選んだはず・・・。

事情はどうあれ、自分が原因で死んでしまった李広将軍。

その息子が、恨みを持っていてもおかしくない。

それでも、争いを嫌う衛青将軍なら、時間をかけてでも友好な関係を築こうと思ったんじゃないのか?



(それなのに霍去病は―――!)


“狩の最中に射殺した”


「馬鹿なこと言うなっ!!」


短気を起こし、狩の最中の事故として李敢を殺した。

これほど、卑怯な手口で相手を(ほうむ)り去る奴がいるか!?

そんなことで、衛青将軍が喜ぶとでも思ったのか!?


(衛青将軍の気持ちも考えないで――――!)


いや、衛青将軍の考えがわからないような、そんなこともわからないような奴と、



「私と霍去病将軍は違う!」



(――――――――そんな奴と一緒にするな!!)


そう言って、琥珀達から視線をそらす星影。

声を荒げ、激しく否定した。

そんな友に、最初に声をかけたのは空飛だった。


「林山・・・あなたの気持ち、わかりますよ。」

「・・・え?」

「わかりますよ・・・。」


(わかる?私の気持ちが?)


思わず顔を上げた星影。その先に、優しく微笑む空飛がいた。


「わかりますよ、林山。」

「空飛・・・?」

「霍去病将軍に似ているといえば、誰だって驚きますから。」

「空飛?」

「戸惑っているのですよね。でも、自信を持ってください!あなたは、霍去病将軍と同じ、立派な人間です!!」

「空飛ぃぃぃ!?」

「少なくとも、私はそう思っていますからね!!」

「・・・!!」


そう言うと、しっかりと星影の手を(にぎ)()める空飛。


(もっと戸惑うんですけど・・・・!!)


無鉄砲な将軍に、似ていると言われるのが。

話を聞く限り、あまり好印象を持てない若武者を、立派だというみなさんの意見に。

高飛車な将軍と、私がそっくりとか。

しかもそれを、友達にまで保障されちゃったんだけど。


「ちょっと・・・!そういう冗談はやめてよ、空飛!」


だから、私は否定の意見を求めました。

一緒にしてほしくなくて。

でも友達は、満面の笑みで首をふりながら言ったの。


「そんなことありません!頼もしいところとか似ていますよ!」

「頼もしいって・・・!」

「派手で、奇抜(きばつ)で、人と違ったことをするところがそっくりですよ!」

「私は、狩のドサクサで人殺しはしないぞ!?」

「しかし、迷子のついでに、賊退治をしたじゃないか?」

「いや、琥珀!それは―――――」

「そうですよ!しかも、名も告げずに去るなんて・・・!かっこいいです、林山!!」


(いや、それは、陛下(変態)から逃げたかっただけで・・・。)


「とにかく私は、林山と霍去病将軍は、なにか同じものを持っていると思います!」

「なにかって・・・。」

「絶対そうですよ!ねぇ琥珀?琥珀もそう思いますよね!?」

「そうだね・・・。大胆(だいたん)なところが同じかな。」


キラキラと、目を輝かせる空飛と、しみじみと言う琥珀。


「本当に林山て、変なところで謙虚ですよね!」

「まったくだよ。君は、変わっている。」

「・・・。」


(これは・・・なにを言っても無駄だな。)


二人の言葉に、言い知れぬ敗北感を感じる星影。


(つーか、私が霍去病に対して、怒りを感じていることに気づいてない。)


気づいてないどころか、私が謙虚に否定していると思っているらしい。

気づいてもらえないむなしさもあって、星影は深く長いため息をつく。


「衛青将軍の身内は・・・すごい武道派が多いんだな・・・。」


遠目で言う星影。それに対して、いいや、と琥珀が否定した。


「そんなことはないよ。同じ『霍氏』でも、文の道に優れている方もいる。」

「文に?」


(武ではなく?)


不思議そうに言う星影に、琥珀は言った。


「ああ。驃騎将軍の異母弟で、霍光子孟・・・霍子孟様という方だよ。」

「異母弟?霍将軍の!?」


(霍去病に弟がいるのか!?)


霍去病の弟・・・想像しただけで、末恐ろしい。

兄が兄なら、弟も弟。

絶対、とんでもない男に違いない。


「心配しなくても、弟君は兄君と違っておとなしいよ。」

「え!?」


琥珀の言葉に、驚いたように相手を見る。

どうやら琥珀は、星影の表情で相手が何を思ったか理解したらしい。


「驃騎将軍とは正反対の性格だよ。今のところ、それほど名声はないけれど、なかなか優れたお方だ。」

「へ、へぇ〜そうなんだ・・・。」


(正反対の性格か・・・。)


じゃあ、兄のような無茶苦茶はしないよね。

文人なら、腕っ節は弱いだろうし。

星影がそんなことを考えている時だった。


「林山。」


低く(するど)い声で名前を呼ばれる。

声の主は琥珀だった。

ひどく真剣な表情で星影を見ていた。


「林山・・・もし、霍光様に会うことがあったら、気をつけた方がいい。」

「どうして?宦官嫌いなのか?」

「そういうわけじゃないよ。お若い方だが、かなりのキレ者だから・・・ね。」

「つまり、短気でキレやすいってことか。」

「違う。」


短く断言すると、琥珀は言った。



「二代目・董仲舒様となりうるほど、政治関係に強いかなりの知恵者だよ。」


「「董仲舒様に!?」」



同時に叫び、言葉を失う空飛と星影。

董仲舒なる人物を知る空飛は、文字通り言葉を失う。

その心中は、なんともいえないほど複雑なものだった。

そして星影も、完全に言葉を失っていた。


(・・・・・・・・・・董仲舒って、誰だ?)


ただし、星影の場合、空飛と違って、董仲舒なる人物がわからなくて黙り込んでいた。


董仲舒・・・どこかで聞いたことがあるような・・・。


(聞いた方がいいかな?)


そう思って口を開こうとして星影はやめた。

先ほど、霍去病将軍を知らなかったということで、かなりのブーイングを二人から受けたのだ。


(まぁ・・・いいか。)


考えた末、尋ねるのをやめる星影。

また、二人に呆れられるのも嫌だし、(たず)ねるのが面倒くさかったからだ。それに、董仲舒という名前に聞き覚えがあった。



(そのうち思い出すよね〜)



そう結論付け、何度も頷く星影。

そんな安林山の姿は、真剣に話す琥珀から見れば、自分の話を理解したと思わせるのに十分だった。

そんな周囲など気にすることなく、真面目な顔(!?)で首を縦に動かし続ける星影。

星影の態度に、霍光子孟なる人物を理解したのだと思う琥珀と空飛。

だから、暢気に構える星影の気持ちを、二人が気づくことはなかったのである。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました!!



主人公の星影が、宦官をしているということで宦官についていろいろ書いています。

小説の中で、さまざまな宦官事情を星影が知らなくて、琥珀や空飛を困らせていました。これは、宦官が宮中に関係する役職という点を考慮(こうりょ)し、星影があまり知らないという設定にしました(笑)中国では、宮中での内情を他言無用としておりましたので、一般庶民は詳しいことは知らなかったのではないかと思われます。特に女性は、外部との接触を禁止される時代でしたので、『そんなこと知らないよ。』と、星影が連発する結果となりました(苦笑)今回の話でも、身分の高い将軍を知らないということで二人を困らせています(笑)

ただ、霍去病を知らないというのは、ちょっと無理があるかなぁ〜と、思っています。当時の霍去病の人気は、かなりのものでしたから。ちなみに彼も、叔父・衛青同様、衛皇后の縁で高貴な身分になれた人です。衛青より後に、武帝に仕えたのですが、その活躍はすさまじかったそうですよ。衛青が、最初に万里の長城を越えて匈奴を打ち破った武将なら、霍去病はそこにとどめをさしたような働きをしたみたいですから・・・。関係書物を見ながら、匈奴の人々をちょっと気の毒に思う今日この頃です。


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