第三話 義姉弟と強奪事件(前編)
すれ違う人すべてがこちらを見る。否、自分ではない人を見ていると言った方が正しいだろう。薄い桃色の着物、金の花が刻み込まれた真珠の髪飾り、優雅で上品な身のこなし。扇で顔は隠してはいるが、ちらほらと見え隠れする薄紅色の口元・・・・なんせ今の自分は、『藍田の蝶花』で名高い『花』こと、劉星蓮なのだから―――。
日の傾いた町を、少し澄まして歩きながら星影はそんなことを考えていた。
あれから服を取り替えた星影と星蓮。その後星影は、星連と薬妙寺で別れ、そのまま帰路へとついていた。
「大丈夫かな。星蓮・・・。」
歩きながら考えることと言えば、妹・星蓮のこと。
(やはり一人だけで残してくるべきではなかったかな・・・?)
今になって、不安と心配で星影は後悔していた。
(もし、賊にでも襲われたら・・・いや、でも林山がいるから大丈夫か。)
いちお、私の兄弟弟子だし。
「そうだよ。何もなければ林山が送って来ることだし、平気だよね。」
そう自分に言い聞かせる星影。そんな事を考えながら、家の近くまでさしかかった時だった。なにやら家の前が騒がしい。
(・・・何の騒ぎだ?)
不思議に思った星影は、そのまま人だかりを押しのける。
「すまない、ちょっと通してくれ。」
なんだよ、と言ってくる人々を無視して前に進む。そしてその輪の中央に目をやると人が倒れていた。見たことのあるような・・・見慣れた人物。一瞬我が目を疑った。
「林山!!?」
そう叫ぶと、大慌てで倒れている人物に駆け寄る星影。
「くっ・・・・星・・影か?」
苦しそうに呻く人物こそ、星蓮の婚約者にして星影の親友、安林山だった。その体には傷だらけになっており、ところどころ打撲の痕も見られる。集団で暴行を受けたことは察しがついた。
「何故お前がここに?薬妙寺に行ったんじゃ――・・・!?何があったんだよ!?おい、しっかりしろ!!」
林山が大怪我を負っていることにも驚いたが、いるはずのない場所にいたことにも星影は驚いた。とにかく、なにがあったのか聞き出そうと、彼女は林山に再度呼びかける。
「林山、しっかりしろ!なにがあったんだ、林山!!」
「せ、星蓮・・・が」
「星蓮に何かあったのか!?」
何度目かの呼びかけに、力なく林山が何か言おうとした。それを聞こうと彼を抱き起こした時だった。家の中から聞き覚えのある声――――声のする方を見ると、
「この声は・・・!?」
母親である喬夫人が泣きながら飛び出して来たのだ。
「は、母上!!?」
「ああ・・よかった!よかった、帰ってきたのね・・・!!」
星影の姿を見ながら、安堵の色を見せる喬夫人。しかしそれは、ほんの一瞬の出来事だった。喬夫人はすぐさま元の泣き顔に戻ると、すごい勢いで星影に抱きついたのだ。
「星蓮!?星蓮なのね!?」
「は、母上!?」
「よかった、本当に良かったぁ・・・星蓮・・・!!」
噛み締めるように何度も妹の名前を呼ぶ母。そんな母親にどう対応していいか戸惑う星影。とにかく自分が星蓮でないことは伝えよう。
「あの母上・・・。こんな格好をしているので、間違えても仕方ありませんが、私は星蓮ではありませんよ。」
「えぇ!?な、なにを言って・・・!?」
「それは母上の方です。私は星影ですよ。」
「あっ・・・せ、星影!?星影だったの!?貴方その格好は――――――・・・・!?」
「はい、ちょっと訳ありでして・・・。それより母上、一体なにがあったのですか?何故林山が怪我をして、母上は泣き叫びながら星蓮の―――」
「・・・星蓮・・・!!」
途端に喬夫人の顔が凍りつく。肩を震わせながら顔を覆うと、星影にとりすがって泣きはじめる。
「うっ、うっ、あぁあぁ・・・!せ、星蓮、星蓮、・・・・!!」
「は、母上ちょっと・・・!?」
「せ、星蓮、星蓮、星蓮・・・!」
「しっかりしてください、母上!だからなにがあったか話を―――」
「星蓮・・・どうして、星蓮・・・!」
「あの・・・!」
「星蓮・・・星蓮・・・星蓮・・・!!」
(・・・これじゃあ埒があかない・・・。)
なにを聞いても『星蓮』としか言わない母親。怪我をしたまま動けない林山。そしてこの状況を飲み込めない星影。
「おい、何の騒ぎだ?」
「いや、それがさぁ〜」
そんな事をしているうちに、野次馬達はドンドン増えていく。
(ここにいても野次馬を楽しませるだけだな・・・。)
そう判断した星影は、右手で母親の肩を抱き上げ、左手で林山の体を支え起しながら言った。
「くわしい話は後で聞きます!とにかく家の中へ入りましょう。」
野次馬の目を避けるように2人を抱えて、駆け足に家の中に入る星影。素早く戸を閉め、やれやれと一息つくが・・・。そこで星影を待っていたのは、衝撃の光景だった。
「―――なにこれ!?」
星影の目に飛び込んできた光景―――――
割れた花瓶に破れた幕。ところどころへこんでいる壁。刀傷が付いた机。
床は泥だらけになっており靴痕がついていた。
変わり果てた家の様子に呆然と立ち尽くす星影。
「誰がこんなことを!?」
憤慨やるせない気分になり、星影は思わず大声を張り上げていた。
「役人にやられたのです・・・!」
そんな彼女の質問に答えが返ってきた。答えたのは、いつも自分達を出迎えてくれる侍女達だった。
「役人が・・・?一体何故!?」
怪訝そうにする星影に、侍女たちは互いに顔をあわせて首を振る。
「私達にもわかりません。ただ・・怖くて。」
そこまで言うと嗚咽し始める。よほど怖かったのか、怯えて声が出せないようでもある。
「すまない、詳しいことは父に聞くから。父上は?」
いつもの部屋です、そう答えた侍女達に礼を言うと、星影は急ぎ父親のいる部屋へと向かった。
「ま、待て星影・・・!」
後ろから林山の呼び止める声がしたが構わずに進んだ。
父のいる部屋・・・南側にある日当たりのいい場所。いつもは、やんちゃをして怒られるために行くが、今日は違う。なにがどうなって、役人が家を荒らし、林山が暴行を受けたのか。わからないのは、それにどのように星蓮が関わっているのかだ。星蓮は自分と違って無茶な事はしない普通の女の子だ。
役人が出てくるような不始末をするとは考えにくいのだが―――
目的の部屋の前まで着くと、勢いよく戸を空ける。そこに父親である劉伯孝の姿があった。
「父上・・・!」
「お前・・・!?」
机にうつ伏せになるようにしていた劉伯孝だったが、娘である星影に気づくとよろよろと立ち上がった。
「星蓮・・・!?・・いや・・・星影、か・・・!?」
(ここでも星蓮かよ!?)
内心呆れつつも、それだけ妹・星蓮に変事があったのかと思う。大げさに靴音を響かせながら父親に近づくと、問いただすような口調で星影は言った。
「父上!一体なにがあったのですか!?帰ってみたら家の前で林山は怪我をしているし、家は役人に荒らされたというし、なにを聞いても母上は泣き続けるし・・・驚くばかりです!!」
巻くし立てて言う星影に父親は弱々しい笑みを浮かべる。しかし星影を見るだけで何も言うそぶりはなかった。
「母に聞いても、林山に聞いても『星蓮が』としか言わないし、侍女たちは怯えきってしまって話せる状態じゃないし・・・なになんですか!?星蓮になにかあったんですか!!?」
そんな父親に苛立ちを覚えながら星影は続ける。
「星蓮はもう戻ってるんですか!?何処にいるんですか!今すぐ呼んでください!!」
そこまで言い切ると肩で息をする。改めて父親を見る。それまで黙って話を聞いていた劉伯孝だったが、視点の合わぬ目で話し始める。
「ああ・・・わしも驚いたよ。お前が女らしい装いをするとは・・・。思わず星蓮と間違えてしまった。」
力なく言う父親にますます不信感を積もらせる星影。そんな彼女に追い討ちを掛けるように父親はとんでもないことを口走った。
「劉家はお前に継いでもらわないと・・・。あの花嫁衣裳を来てな・・・。」
父親の言葉に思わず耳を疑う。彼が指を指した先には、星蓮の花嫁衣裳が飾ってあったのだ。
「なっ・・・何を言っているのですか父上!?あれは星蓮の花嫁衣裳ですよ!?」
「いいのだよ・・・。星蓮にはもう必要ないのだ・・・。もう・・・!」
「もう会えんのだよ。星蓮は・・・戻ってこないのだ。」
いつもと違う父親の態度に、星影は直感的になにか感じ取る。
「なんですって!?いったいどういう意味ですか!?」
そのまま父親に近づこうとした時だった。
「・・・連れて行かれたんだ。」
「え!?」
振り向くとそこには、林山と侍女達に支えられた母親が立っていた。
「林山?」
「連れて行かれたんだよ!後宮に・・・・!!」
「なっ!?こ、後宮!!?」
あまりのことに星影は返事ができなかった。
一体なにを言っているんだ、みんなは?星蓮が後宮へ?いくら家が大商家だといっても、そんなつてはないぞ。第一星蓮は林山と結婚するのに・・・?
「混乱するのも無理はない。・・・場所を変えて話そう。義父上、星影には俺から話します。その間義母上、どうか義父上のお側に。」
うな垂れる父親の側に小走りで近づく母親。それを心配そうに見守る侍女達。
「星影もそれでいいな?」
「ああ・・・。」
(このまま父上を問いただしても、こちらがほしい情報は聞きだせそうにないしな・・・。)
行こう、と自分の腕を掴み、部屋から連れ出す林山。いつもと違う両親を残して、星影達はひとまず部屋を出る。
「それで・・・?どうしたって言うんだ、林山!?」
顔色の悪い両親を見ながら戸を閉めると、小声で林山に尋ねる星影。
「なにがどうなって、お前が家の前で怪我を負い、役人が家を荒らし―――」
一呼吸吐いてから、星影は言った。
「・・・星蓮が、妹が後宮に・・・という話になるんだ?」
星影の問いに林山は口を閉ざす。
「林山・・・何があったんだ?何故星蓮と後宮とが関係あるのだ!?」
「――それは・・・」
「林山、私の勘違いならそれでいいのだ。まさかお前、星蓮が、結婚の決まった人妻が、後宮に連れて行かれたというのか?」
「星影・・・。」
悔しそうに林山が唇を噛む。それだけで、今自分が言っていることが『間違っていることではない。』と、自覚させられてしまう。
押し黙ったままの親友を見ながら、少し話題を反らして話を進めようかと思った時だった。頭の片隅にあった小さな疑問を林山にぶつける。
「なぁ林山・・・。何故お前はここにいるんだ?」
「何故って・・・来ちゃ悪いのか?」
怪訝そうな顔をしながら、星影を見つめる林山。
「いや・・・星蓮と家に戻ったんじゃなかったのか?まさか星蓮を怒らせたんじゃ・・・。」
「怒らせるわけないだろう!?それ以前の問題に、今日はまだ星蓮と会ってない。」
「なに!!?」
(会っていない!?そんな馬鹿な・・・だって!!)
「お前薬妙寺に行ったんじゃないのか!?そこで星蓮に会わなかったのか!?」
「・・・薬妙寺?」
星影の言葉に、林山の顔はわずかにこわばっていた。
「お前まさか・・・知らないのか!?」
言ったと同時に星影は内心、しまった、と思った。今回の計画については、あくまで林山は知らないこと。ここで、話してしまっては妹の気持ちを裏切ることになる。しかし今は、そんなことを言っていられる状況ではなかった。
「知らないのかって・・・なにがだ!?薬妙寺と星蓮となにか関係があるのか!?」
彼女達の気持ちも計画も知らない林山は、案の定詰め寄ってきた。
林山を落ち着かせようと、なんとか話の内容を『入れ替わり計画』からそらそうとする星影。
「その・・・!星蓮と会わなかったのか?なんか、お前を探していたみたいなのだが。」
途端に勢いよく星影の肩を掴む林山。
「なんだと!?どういうことだ!?星蓮が俺を!?一体いつ!?なにがあったんだ!!!」
完全に冷静さを失っているようだった。激しく星影の肩を揺さぶる林山。
「待て、待て、コラ!」
「星蓮がどこで!?俺を!?いつ!?いつなんだよ星影!!」
「お、落ち着けよ・・・!」
「俺の星蓮が俺を探して・・・!!星影、なにがあったんだ!!答えろ!!一体なにがあったか答えろぉ!!」
(・・・ここにも愛で性格が変わる奴がいるな。)
わずかに微笑すると、肩に置かれた手を払って星影は言った。
「それはこっちの台詞だ。先に私の質問に答えてもらおう。・・・なにがあった?」
「・・・俺にも何がなんだかわからないんだ。」
「わからない・・・?」
訝しそうにする星影をよそに、林山はたんたんと話し始めた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!!
余談ですが、この小説の主人公は、かなりマイペースな性格です。
次回も、よろしくお願いします。
※誤字・脱字・おかしい文のつなげ方を発見された方!!
こっそり教えてください・・・!!