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第二十九話 それぞれの夜〜食べられる?〜

同性愛関係の話が苦手な方は、読まない方がいいと思います。自己判断でお願いします(平伏)

「・・・私は君が心配だよ、林山。」


そう言ったのは琥珀だった。遅めの夕食を、三人で摂っている時だった。たわいない雑談の中で、琥珀が安林山こと劉星影にそう言ったのだ。


「心配って?」


豪華な夕食をかきこみながら、星影はのん気な声で尋ねる。そんな相手の姿に、琥珀はため息をつく。


「君のことだよ、安林山殿。本当に君が、皇帝陛下のお相手を(つと)めることができるかどうか・・・ね。」

「なんだ、そんなことか。」

「『そんなことか』ではないよ。私は本気で心配しているんだよ?」

「そうですよ、林山。今の琥珀は、からかっているわけではありません。」

「そうなの〜琥珀が?」

「・・・そうだよ。」


星影の言葉に、琥珀の眉間(みけん)にしわがよる。

そんな琥珀を見て、慌ててなだめ役に回る空飛。


「すみません、琥珀。私が一言多かったです!」

「空飛、私は別に――――」

「でも、林山は大丈夫ですよ!今上(きんじょう)は、大変お気に召していらっしゃるのですから。」


(・・・それはそれで、困るんだけどなぁ〜)


嬉々として言う空飛に、苦笑する星影。

陛下の側にいれるということは、妹・星蓮を探すための近道でもある。だがその半面で―――――


(危ないんだよな・・・。)


陛下が自分を見る目が危なかった。上手く言えないが、あの男の側にいるということは、断崖(だんがい)を目隠しで登るのと同じような感じがした。



(危ないんだよね・・・。)


「危ないんだよね・・・。」



その言葉に、星影の(のど)を通過していた食べ物が詰まる。


「だ、大丈夫ですか、林山!?」

「あ、ああ・・・!」


咳き込む星影の背を、空飛が必死に叩いた。

涙目の星影の視線は、介抱(かいほう)する空飛を見ていなかった。


「危ないんだよね・・・。」


自分の心の中の言葉を、口に出した琥珀を見る星影。


「こ、琥珀・・・!」


(私の心を読んだのか!?)


名を呼ばれた琥珀は、星影の方を見る。そして、顔を(くも)らせながら言った。


「君は凶暴(きょうぼう)な性格だから、皇帝陛下のお側に行くことは危ない気がしてならないよ・・・。」

「・・・。」

「林山、くれぐれも、皇帝陛下に逆らってはいけないよ。」

「危ないって、そっちかよ!?」


琥珀の言葉に、持っていた(うつわ)を乱暴に置く星影。


「そういうところが危険だ。」

「大きなお世話だ!」

「ちょっと、やめてくださいよ二人共!」


そんな二人を、オロオロしながらとめる空飛。


「林山、琥珀はあなたが心配なだけなのですよ!私も、あなたがいじめられないかどうか心配で・・・。」

「大丈夫だよ!いざとなったら殴り飛ばすから。」

「殴るらないでください!!琥珀・・・・私も林山のことがすごく心配になってきました・・・!」

「同感だよ、空飛。返り討ちにあう、高級宦官がお気の毒だね。」

「そっちですか!?」

「まぁ・・・心配なのはそれだけじゃないよ。本当に、お相手が務まるかどうか・・・。」

「しつこいな、琥珀も!大丈夫だよ!陛下の身のまわりのお世話をすればいいだろう!?」


琥珀の言葉に、星影はきっぱりと言い切った。

その言葉の本当の意味も知らずに。


「陛下のお世話って言ったって、従者(じゅうしゃ)みたいなものだろう!?」

「林山・・・?」

「役人のやる仕事をするようなものだから、真面目にすればなんとかなるさ!」


言った瞬間、二人の顔がこわばった。


「もしかして・・・君、『また知らない(・・・・)』とか?」

陛下(・・・)が(・)お(・・・)に置きたい(・・・・)と言った意味を・・・・!?」

「え?」


凍りついた2人の表情に、ただならぬものを感じる。


(嫌な予感・・・。)


「どういうこと?」


星影の質問に、二人はバツが悪そうにお互いの顔を見る。

やっぱりな・・・やっぱりですね・・・と(ささや)きあいながら。


「林山、皇帝陛下が興味を抱かれる人種は三種類ある。」

「人種〜!?」


怪訝(けげん)な顔をして尋ねる星影。


(人種?三種類?なんのこと?)


「一つは陛下の身内の方に対するもの、もう一つは陛下の家臣に対するもの、そして最後の一つは・・・皇帝陛下が愛するもの・・・・以上三つです。」

「ふーん。それで?」

「残念だが林山・・・・・。」


琥珀は、気の毒そうな目でこちらを見ながら言った。


「お前は、皇帝陛下にとって、」

「陛下にとって?」



「愛するものに選ばれた・・・!」



「・・・・・・はい?」



アイスルモノ、あいするもの、愛するもの・・・・・・愛するもの!?



その意味を理解した途端、星影の体に旋律(せんりつ)が走る。




「ちょっと待て!!陛下は―――お、お、お、お、お、おおおおお男だぞ!?わ、私も・・・・おおお男なのだぞ!!そんなはずないだろ!!冗談も休み休み言え!!」




「冗談ではありません・・・。」


(冗談じゃないって・・・!?)


琥珀と空飛の言葉に、星影は鳥肌(とりはだ)をたてたまま固まった。

彼らの言葉に(いつわ)りはないだろう。

二人の性格から考えてこんな嘘をつくような男達ではない。

だからといって、からかっている様子もない。

混乱(こんらん)する星影を、二人はさらに追い詰める発言をした。



「実は、今の今上は・・・女性の方も好きですが、その・・・男性の方も好きなのです。」


「なっ・・・なにぃぃぃ――――――!!?」


「空飛!好きではないだろう!?」



琥珀のきつめの声に、星影はかすかな安堵(あんど)を覚える。



(なんだ、やっぱり冗談だったのか!!)



大好物(だいこうぶつ)の間違いだ。」


琥珀の言葉で、星影の安堵は吹き飛ぶ。

そして激しい眩暈(めまい)が発生した。



「あ、そうでした!ごめんね、林山。うっかりしていたよ。もうちょっとで林山に違ったことを―――」


「だぁぁあぁあ!!意味は同じだろう!!?」



(と、いうことは・・・つまり――――――――!!)



星影はその答えを否定したかった。

正確には、否定してほしかった。

だから、言葉にして言ったのだ。

少し、お茶目な口調で。



「もしかして・・・陛下って、男寵(だんちょう)(同性愛者)・・・・なの〜?」



そんな星影の問いに、同時に頷く二人。



(予感的中!!?)



「正解です、林山。」

「違うよ、空飛。大正解の間違いだよ。」

「だから、意味的には同じだろう!!?」


激しく机を叩けば、汁物が入った器の表面が波立(なみだ)った。


(もしやとは思っていたんだが――――――!!)


まさか、まさか陛下にその気があったとは・・・!!


(否定したい!強く否定したい!!)


混乱する星影に、琥珀は現実味(げんじつみ)のある話を始めた。



「李延年という宦官がいただろう?」

「李延年・・・?」


(確か陛下の側にいた宦官のことか!?)



琥珀の言葉で、陛下と親しそうにしていた宦官を思い出す星影。


「あ、ああ。確か、陛下のお側にいた軟弱(なんじゃく)そうな人・・・?」

「あれは、その筆頭(ひっとう)だ。」

「うそぉ!!」


琥珀の言葉に絶句する星影。


(そんな・・・!二人は恋人同士だったのか!?)


道理で、馴れ馴れしいわけだよ!!

あの時私が星連と林山のイチャついてる姿を思い出したのも、私の本能が直感的にそのことを感じ取ったからか!?

いや、でも・・・男にまで手を出すなんて――――!



不潔(ふけつ)だよぉ!陛下ぁ!!)



彼女の中の皇帝像に亀裂(きれつ)が入った。



「だからって、なんで恋愛関係に・・・!?」

「驚くのも無理ないですよね。今上が李様に興味を抱かれたのは、李様の妹君、李夫人が後宮に入られてからなんです。」

「妹?」

「はい、大きな声ではいえないのですが、李様の家は・・・娼妓(しょうぎ)を営んでいまして、お父上もお母上も、兄弟姉妹すべて芸人でした。もちろん李様も・・・・。ところがある時、彼は罪を犯して宮刑に処されてしまったんです。」

「宮刑に!?じゃ、じゃあ・・・それがきっかけで、陛下の男寵になったわけ・・・?」


星影の問いに、空飛は首を横に振った。


「いいえ、最初は後宮で今上の(いぬ)(がり)(かか)りの仕事をしていたのです。その同じ頃に、李様の妹君がのお目にとまったのです。」

「その妹君である李夫人が、皇帝陛下の御前(ごぜん)で舞を披露(ひろう)したんだ。」

「舞を?」

「それが今上に大変気に入られて、夫人に取り立てられたのです。その妹君のご縁故(えんこ)から、李様も恩賞(おんしょう)(たまわ)りまして・・・。」

「その結果が男寵?」


星影の問いに、無言で頷く空飛。


(なんてことだ・・・・!)


この時代、同性愛の習慣はごく自然なものであった。

だから星影も、男同士の愛情があるということは知っていた。

知ってはいたが――――――


「陛下に、男の愛人がいるなんて・・・・!」

「他にも大勢いるよ。だが、今一番寵愛を受けているのは、李延年様だ。」

「・・・。」


愛の形とはさまざまある。

自分がよく知っている愛といえば、『家族』に対する愛と『恋人』に対する愛がある。

だから、今聞いている話は、自分にとってかなり刺激的なものだった。

否―――――負の衝撃を受けたといったほうが正しいだろう。


(むか〜し・・・そんな愛の形を聞いたことがあったが・・・。)


藍田にいた頃、都の美しい男娼の話を聞いたことがあった。

女性のように美しく、女性以上にしなやかで愛らしい男児。

それを聞いた時、いろんな人間がいるんだな、と笑い話で終わらせたことがあったが・・・・。


(まさか、実物を見ることになるとは・・・・!)


それも、超上流階級の愛!!


(高貴な人って・・・わからない。)


そんなことを考えながら、星影はため息混じりに(つぶや)く。


「陛下は・・・あんな弱々しいのが好みなのか?」


星影の言葉に、空飛が血相を変えてしかりつけた。


「林山!めったなことを言ってはいけません!!」

「だって本当でしょう?それとも、なにか気に入られるような特技でもあったわけ?」

「特技ね・・・()いて言うなら、李様は歌に優れているよ。」

「歌?」

「ああ。彼はただのお気に入りってわけじゃないんだ。れっきとした『協律都尉』という官職に就いている。」

「協律都尉に!?」


協律都尉とは、歌や楽器、音楽に関する役職のことである。協律都尉に抜擢(ばってき)されたということは、美術的に優れているということを意味しているた。


「李様は、元・芸人であるうえに、彼らの生家もそれを本業としていた。しかも李様の作る歌は、陛下好みに合う素晴らしいものなんだよ。」

「なるほど、得意の歌で陛下の心を掴んだのか・・・。」


(歌で生活していたのなら、優れているのも納得がいくが―――)


どんな罪を犯して宦官になったのやら・・・。


「なにはともあれ、李様に対する皇帝陛下の扱いはまさに『韓媛のごとし』で・・・。」

「韓媛?」

「どなたですか?」


琥珀の話に、今度は星影だけでなく、空飛も聞き返した。


「え!?空飛も知らないのか?」

「ええ・・・初耳ですが。」


そう言って、顔を見合わせる星影と空飛。そんな二人に琥珀は言った。


「ここだけの話なんだが・・・韓媛というのは、皇帝陛下の皇太子時代の相手なのだよ。」

「それって・・・・『男寵』とか言わないよね・・・?」


恐る恐る琥珀尋ねる星影。

【相手】という単語が出た時点で、答えは決まっていた。

それでも琥珀に聞いたのは、その事実を信じたくなから。

信じたくなかったからこそあえて聞いてしまった。

間違っていることを望みながら。

韓媛が何者であるか。無論(むろん)答えはわかりきっていた。


「さすが林山!鋭いな。」

「やっぱりぃぃぃ!!」


頭を(かか)えてうずくまる星影。


(なんで、こういう時だけ間がさえるんだよ!?)


「つまりそいつも宦官かよ!?」


苛立ちながら言う星影に、琥珀は首を横に振る。


「それは違う、林山。韓媛様は宦官ではない。」

「宦官じゃない?」

「どういうことですか?」


空飛の問いに琥珀は言った。


「韓媛様の場合は、最初からそんな関係ではなかったんだ。皇帝陛下が『膠東王』だったころのご学友なのだよ。」

「ご学友?」

「韓媛様は騎射(きい)がとても上手で、陛下と狩をご一緒することもしばしばあったんだ。ともに学問に励み、親交を深めておられたんだ。」

「では、そのご自慢の弓で陛下のお心も射止(いと)めたと?」

「あ、例えが上手いですね。林山。」


星影の皮肉に、手を叩きながら上手いと言う空飛。

そんな彼の姿に、星影はこめかみを押さえる。


「頼むから・・・そんなことに感心しないでくれ。」


【英雄色を好む】とは言うけれど、陛下がここまで好色とは・・・。

この分だと皇后様が気の毒だな。

まあ、なにか言ったところで罰せられるのは目に見えているけど。

私が親だったら注意するんだけどな。

少しは自重(じちょう)しなさいってね。


(親・・・?そういえば―――――)


「ねえ、そのことについて、誰も何も注意しないの?例えば・・・陛下のお母上とかさ。」

「王皇太后様ですか?」

「あ、ああ。」


陛下の母親の名前など星影は知らなかった。

基本的に、興味のないことは覚えない主義である。

ただでさえ、陛下に対して不信感を抱いているので、それを生み出した母親について感心などもてなかった。

もっとも、星影は最初から、現・皇帝の生母のことを知らないという有様である。


(『あの陛下』の母君か・・・。)


だから彼女は、皇帝の母親について想像するしかなかった。

これまでの陛下の行動を思い出し、考えてはみたのだが―――――――


(期待しない方がいいか・・・。)


その結果、星影の思考回路は悪い答えを導き出していた。


「・・・注意したの?」


言っても無駄だと思いながらも、言葉に出してみる星影。

それに琥珀が答えた。


「注意したよ。皇太子時代にね。だから、二人の関係は皇太子時代に終わったんだよ。」

「ええ!?」


予想外の返事に、驚きの声を上げる星影。


「じゃあ、韓媛殿とは縁が切れたんだ!?」


(なんだ!ちゃんと、しつけしてるじゃないか〜)


安堵する星影に、琥珀は何度も頷きながら言った。


「そうだよ・・・。おかげで、永遠に二人は会えなくなったけどね。」

「永遠に・・・?」

「ああ・・・風紀を乱したからね。」

「まさか―――――追放されたのですか!?」


空飛の言葉に、星影も同じことを思う。


(追放か・・・ありえるかも。)


宮廷の風紀を乱せば追放ぐらいにはなるよね。

確かに、追い出されてしまえば、二度と二人は会えなくなる・・・。


「そうだね・・・追放されたことには変わりないかな・・・。」

「そ、そうなのか・・・。」


(それが本当なら、ちょっと韓媛様が気の毒だな・・・。)


愛し合っていたのを、引き裂かれるなんて・・・・!


(まるで・・・林山と星蓮みたいじゃないか・・・。)


早く星蓮を見つけて、二人を一緒にしないとな。

再決意しながら、シミジミとする星影。

そんな彼女に合わせるように、琥珀もシミジミとした口調で言った。


「王皇太后様のお言葉によって、韓媛様は死んだわけだからね。」

「そっかぁ・・・。それは永遠にあえなくなるわ・・・・て!?ええ!?」

「韓媛様が死んだのですか!?」

「おや?空飛もしらなかったのかい?」

「え!?ええ・・・永遠に会えなくなったとしか、伝え聞いて中ってので・・・」

「じゃあ、念のためにおぼえておくといいよ。皇太后様が注意なさった結果、韓媛様は死んだんだよ。」

「それって、殺したってことかよ!?」

「いや、正確には王皇太后様によって自殺に追い込まれたのだ。」

「だーかーら!意味的には同じじゃないかぁ!?」


(とんでもない話だ!)


私は男寵を白い目で見ているが、世間ではそうでもない。

人それぞれ好き嫌いはあるかもしれないが、なにも殺すことはないじゃないか!?


(いや、それよりも、王皇太后様自殺に追い込むなんて・・・。)


「というか、おかしくないか!?なんで、殺さなければならないんだ!?」

「仕方がない。韓媛様が、殺されるだけのことをしてしまったんだよ。」

「つまり、陛下と恋をするのは命がけってことかよ!?」

「寵愛の奪い合いは、日常茶飯事だからね。」

「子供の問題に、親が口を出すなんてどうかしてるよ!!」

「で、でも林山・・・王皇太后様が死をお命じになったということは―――――皇帝陛下に悪影響を与えると判断されたからかもしれませんよ?」

「悪影響?」

「だって、そうでなければ、命を奪うということはしないのでは・・・?」

「それはないんじゃないかな・・・。」


遠慮がちに言う空飛を見ながら、星影はその意見を否定した。


(あの陛下の母親だ・・・。)


子の行動を見れば、どういう親かは想像がつく。

息子である陛下の振る舞いを思い出しながら星影は言った。


「とにかく、王皇太后様を怒らせてしまったという点が、よくなかったんじゃないか?」


理由はともあれ、星影は皇帝の相手である韓媛様が気の毒に思えた。


(同性愛は儒教でいけないというけど、相手を思う純粋な愛の形に違いはないんじゃないかな?)


そう思い、改めて韓媛に同情する星影。


(韓媛様、かわいそう・・・。)


陛下と恋をしたばっかりに、殺されてしまうなんて。


(それだけ、純粋な愛だったのかな・・・。)


しかし、そんな星影の思いは、琥珀の説明ですぐに消し飛んだ。


「別に・・・・王皇太后様だけが悪い、というわけではないよ。皇太子の威光(いこう)をいいことに、韓媛様は好き放題したんだからね・・・。」

「好き放題?」

「韓媛様がですか?」

「ああ。皇帝の同母弟である江都王様に土下座をさせ、後宮の出入り自由をいいことに宮女に手を出したんだ。」

「なに―――――!?陛下の弟を土下座!?」

「しかも宮女に手を出したんですか!?」

「そうだよ。」

「なんてことを・・・・どちらも重罪じゃないですか!?弟君に対する無礼はもちろんですが、後宮の女性は、すべて今上のものとされているのですよ!?」

「そうなのか!?」

「そうですよ、林山!琥珀の話が正しければ、韓媛様は景帝の女性に手を出したことになるじゃないですか!?」

「おいおい!韓媛様は、それを知ってて、父親の女に手を出したのか!?」

「だから、王皇太后様が激怒されたんだよ。」

「それ、自業自得(じごうじとく)じゃん!?」

「そういうことだね。」



(前言撤回!!!)



それは怒って当然だよ!!殺されて当然じゃないか!!

というか、そんな奴と、うちの可愛い星蓮と林山を同列に扱った自分が恥ずかしい!!


(林山と星蓮は、真剣に付き合ってんだ!!)


韓媛と陛下の恋に対して、低い評価をする一方で―――――


(しかし・・・皇帝の同母弟を土下座させるなんて、ある意味たいした男だな。)


韓媛の悪賢さを、高く評価する星影だった。


「でも・・・そんなことをしたら、さぞかし、皇太子時代の今上はお怒りになったのでしょうね。」

「泣いたそうだよ。」

「そりゃあ、泣きたくなるよ!仮にも自分が愛した相手がさ〜」


「『母上、韓媛の命だけはお助けください。』」

「「・・・・はい・・・?」」


「・・・陛下は泣きながら、何度もそう申されたそうだよ。愛する韓媛に死を命じた母君に、泣きながら命乞いをしたそうだ。」


「命乞い―――――――――!!!?」


「しかも、裏切った相手のために、泣きながらですか!?」


「よほど、惚れていたのだろうね。」



遠くを見る琥珀と、目が点になる星影と空飛。

陛下の恋愛歴(れんあいれき)を聞き、星影は精神的な疲れを感じる。


(聞かなきゃよかった・・・・。)


後悔の叫びが、星影の心にこだました。

そんな心中を察したのか、意味ありげに琥珀が言った。


「だからね、林山。くれぐれも、皇帝陛下の夜伽(よとぎ)粗相(そそう)をしないようにね。」

「なんでそうなるんだよ!?冗談じゃない!私は絶対に、陛下と枕なんかならべないからね!!」

「でも林山・・・今上の(めい)(こば)むことは死罪を意味しますが・・・。」

「こっちに拒否権(きょひけん)はないってか!?」


冗談じゃない!陛下と閨を共にしてみろ!


(そんなことしたら、確実に女だってバレるじゃないか!?)


涙目になる星影に、空飛は必死で語りかけた。


「落ち着いてください、林山!私があなたを助けますから!」

「空飛!?」


(まさか、身代わりで夜伽をしてくれるのか!?)


感謝と引け目の感情をこめて聞けば、頬を赤くしながら空飛は告げる。


「今度は、私を・・・いえ、私達を頼ってください!私達にできることだったらなんでもします!」

「え?でも、そんなことをしたら―――」

「林山を助けます!だから・・・元気を出してください・・・!」


そう言って、恥ずかしそうに下を向く空飛。


「空飛・・・!」


まさかこの子、死罪覚悟で私を陛下のから守ろうというのか?私があなたを助けたことに恩を感じて、今度は自分の命をかけて助けるって言うの?


(やっぱり・・・空飛はいい子だよ・・・!!)


こんな純情な子を騙すなんて・・・私は本当にひどい奴だよ・・・!!


空飛の態度に、心の底から懺悔(ざんげ)する星影。

しかし、彼女がそう思ったのもつかの間だった。



「その・・・あなたの代わりに仕事をしますから・・・!」

「空飛・・・!?」

「あの・・・夜伽で疲れたら・・・代わりに働きますから。」

「空飛ぃぃぃ!!?」



前言撤回!!


悪気があって言ったわけでない彼の一言。

しかし、彼女を怒らせるのには十分だった。


「縁起でもないことを言うなぁぁぁ!空飛ぃぃぃ!!」


キョトンとしている空飛の肩を揺さぶる星影。

どうやら空飛は、自分の言葉が原因で相手が怒っていることはおろか、怒らせてしまったことを自覚していないらしい。

これは俗に天然と言うのだが・・・。

そんな二人間に琥珀が割って入る。


「落ち着け林山!!」

「こ・・琥珀!!お前はどうなんだ!?いざとなったら助け・・・」


懇願するように言う星影に、彼もまた首を振りつつ答える。


「宦官にならずに武官になっていれば・・・おしいかな、安林山。」

(なげ)くな!!余計なお世話だよ!!」


(こいつはやっぱり悪者だ!)


「無理を言うな。助けたいと思っても、私達が一緒に入れるのは今日だけだ。」

「それに宮廷での主導者はあくまで今上です。私達は逆らえません。」


半狂乱(はんきょうらん)(おちい)っている星影に、とどめの言葉を告げる友達。


(なんだよ!さっきまで味方だと散々言ったのはどこのどいつだ!?)


怒りの収まらない星影は、その場に立ち上がると天を仰いで叫ぶ。



「一体ここは、後宮はどうなっているの――――――!!!?」



命の危機は乗り越えた。

しかし・・・どうやら自分は、陛下の愛妾に・・・男寵になってしまったらしい。


(これってやばくない!?)


正体がばれんじゃない!?


(私どうなるの?)


いや、星蓮や林山はどうなるんだ!?



(私はただ妹を、星蓮を取り戻したいだけなのに――――――――――!!)



自分の不運に、星影は(なげ)くことしかできなかった。


最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!

小話なんですが、漢の武帝って・・・・美形好きなんですね(遠目)私個人の偏見もあると思いますが、美しければ、男女問わずに愛したそうですよ(大汗)小説の中で紹介した「韓媛」は、本当に王皇太后の怒りを買って死を命じられてます。韓媛は、武帝が皇太子時代に愛した男性です。同じ一つの寝台で寝起きし、皇族以外の立ち入りを禁止されている後宮にも、皇太子(武帝)のお気に入りということで、特別に出入りを許可されたという人物でした。文武に優れた人で、将来有望だったのですが、武帝の弟を土下座させたという名目で命を落とします。なんでも、狩の時に「兄上様(武帝)が馬で来られます!」という知らせを聞いた武帝の弟が、平伏して兄を待っていたところ、その前を馬に乗った韓媛が通過。兄でないと気づいた弟は、韓媛を注意しようとしたのですが、韓媛は相手が皇太子(武帝)の弟と知りながら知らん顔をして、そのまま馬で疾走したのです。本来ならば、皇太子の弟が平伏していることに気づいたら、馬から速攻で降りて「失礼しました!どうかお許しください!!」と、謝るところを無視して通過してしまったのですよ!!韓媛が、皇族である武帝の弟に謝らなかったのは、「自分は劉徹様の寵愛を一身に集めている身分だぞ!」と、高慢になっていたからだそうです(大汗)韓媛は、それなりに身分はありましたが、皇族よりは断然下です。完璧に皇太子の威光をかさに、その弟を馬鹿にしたのです。あまりの無礼に、弟は母である王皇太后に泣きつきました。お兄さんでは、話にならないからです(笑)これを聞いて、王皇太后は怒りました。以前から、韓媛が宮中への出入り自由をいいことに、美しい宮女と密通していた情報もつかんでいたので、「韓媛に死を命じます。」と、いう決断をくだしたそうです。これを聞いて、韓媛は武帝に泣きつき、武帝も母の王皇太后に泣きついて命乞いをしたそうですよ(汗)武帝は王皇太后に、韓媛が死ぬギリギリまで、韓媛の命を助けてくれるように頼んだそうです。ちなみに武帝は、韓媛と宮女の密通を知っていました。それでも、愛する韓媛の命乞いをしたそうです。これには、個人的に武帝の愛するものへの寛大さを感じました(苦笑)ただ、王皇太后が韓媛に死を命じたのは、「家臣が主君筋に逆らうような真似をしては、のちのち、兄弟が仲たがいする元になる。」と考えたからこそ、韓媛を死罪にしたそうです。韓媛も最後は、武帝と今生(こんじょう)の別れを交わして、潔く命を絶ったとか。

長々と書いてしまいましたが、権力と愛の両立は、つくづく難しいという話でした(汗)


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