第二十七話 それぞれの夜〜善と悪は紙一重〜
薄暗い道を二人の男が進んでいた。ゴロツキ風の男と誠実そうな青年。その純粋そうな男が安林山であった。郭勇武のことに調べていた安林山は、居酒屋で凌義烈という男と知り合った。役人に捕まりそうになったところを助けてくれたばかりか、蔡勇武について詳しい情報を買わないかと言ってきた男。心底信用するわけにはいかなかったが、相手はここら一帯の裏を牛耳る『百面夜叉の義烈』という通り名を持つ人物である。
『邪の道は蛇』というように、ただの噂話よりは確実なものが聞けるかもしれない。そう思ったからこそ、ここまでのこのこと付いてきたのだ。義烈の案内で、いくつもの狭い路地を進む林山。
「ついたぞ、ここだ。」
義烈が言った先には、木が生い茂る邸宅だった。門をくぐると、数人の男達が火を囲う形で談笑していた。林山達の、凌義烈の姿を見るや否や彼に向かって頭を下げながら言った。
「お頭!お帰りなさいませ!」
「義烈の兄、お早いお帰りで!」
「お疲れ様です!!」
出迎え方からして彼の配下であることに間違いはなかった。口々に言う彼らに凌義烈は変わらぬ表情で答える。
「ご苦労だな。」
彼に向かっていっせいに頭を下げる姿に、凌義烈という男が只者ではないことを思い知らされた。そのまま邸宅に入っていく。しかし、林山を驚かせたのはそれだけではなかった。
「お頭!お帰りなさいませ!!」
「お疲れ様です!義烈様!!」
「兄貴!お待ちしておりました!!」
と、波のような大歓声で迎えられる二人。
(すごい!なんて数だ・・・。)
軽く見積もって百人はいるぞ。これをすべて、この男が面倒を見ているのか!?
そんなことを考えながら、林山は義烈へ視線を向ける。林山の視線に気づいた義烈が口元だけで笑う。そんな義烈の側に、一人の男が素早く近づく。そして、義烈に向かって頭を下げながら言った。
「頭!お帰りが遅いんで心配してましたぜ!」
「許蘇か。いつ戻った?」
「ヘイ、三刻ほど前に戻りました。」
「首尾は?」
「ご覧の通りです。」
許蘇と呼ばれた男の手には、竹簡が握られていた。
「ご苦労だったな。」
凌義烈のねぎらいの言葉に、許蘇は深々と頭を下げる。
「お頭の命令ならば喜んで行います。」
「おう、頼りにしてるぞ!」
満足そうに凌義烈は笑った。彼らのやり取りはまさに、裏の人間の姿と言えた。
「それはそうとお頭!失礼ですが、そっちの男は・・・?」
許蘇の問いに、男達の視線が今度は林山に向けられる。
林山が答える代わりに義烈が言った。
「こいつは俺の客人だ。」
「客人!?この若造がですか!?」
「年は関係ねぇだろう!俺の客に文句があるのか!?」
「め、めっそうもございません!」
「じゃあ、黙ってろ!くれぐれもいじめんじゃねーぞ!!」
「へい、かしこまりました・・・!」
そう言った許蘇だったが、林山を見る視線はどこか下品だった。
「そういうわけだから、俺は少し遅れるぞ。先に下見の方だけ話しといてくれ。」
「え!?しかし、頭がいないと・・・。」
「なんだ?なんか文句でもあんのか!?」
「文句はないすけど・・・やっぱり義烈の兄貴がいないとどうもまとまりませんから。」
「馬鹿野郎!テメーらガキか!?・・・ある程度は調べがついてるんだ。あの男のこともな・・・。」
最後の方は、消え入るような声だった。彼らのやり取りに林山は疑問を持った。
下見?あの男?
(・・・なんだか悪巧みの予感がするな。)
百面夜叉の義烈の下見だ。まさか、誰かを襲うための下見とかじゃないだろうな!?いや、ありえるかもしれない・・・この怪しい男のことなら。
「とにかく、グダグダ言ってんじゃねぇ!つべこべ言わずにやれ!!わかったか!?」
「ハ、ハイ!かしこまりました!!」
その場にいる百数十人が、義烈に向かっていっせいに頭を下げる。それは、かなり迫力のある光景だった。
「ほら!なにしてんだ!さっさと来い!」
軽く背中を叩かれ、我に返る林山。目の前には、ニヤニヤと笑う凌義烈の顔があった。
「い、言われなくてもわかっている!」
「どうだかね?先に言っとくが、俺は忙しいんだ。さっさと商談まとめようぜ?」
「望むところだ!」
再び歩き出す義烈の後を追う林山。背中に、義烈の配下から鋭い視線を感じたが、知らないふりをしてやり過ごした。
(どうやら俺は、お邪魔虫みたいだな。)
そんなことを思いながら、凌義烈について行く林山。奥に進むと、ある部屋の前で義烈は止まった。義烈は乱暴に戸を開けると、さっさと中に入って行った。林山もその後に続く。部屋の中は薄暗かったが、豪華な調度品が数多くならんでいた。
(この布は絹か。むこうの剥製は北方のものだな。あれは南の真珠だ。)
無意識のうちに、品定めをする林山。それは、大商人の息子のサガとも言えた。早い話が、職業病といっていい。
「全部仕事の報酬だ。」
「・・・そうか。」
豪華な調度品を見る林山に義烈が言った。庶民から見れば、ため息が出るほどの物だが、幼い頃から大商人の仕事現場を見てきた林山にとってはあまり驚くことはなかった。むしろ、それらの調度品によって、持ち主がどういった人物か予想できた。
(絹は西域から、剥製は北方の匈奴から、真珠は長江から来たものと考えれば・・・!)
頭の中で、商品の生産から仕入れまでの過程を計算する林山。その結果、一つの答えが導き出された。
(凌義烈という男・・・ずいぶん儲けているみたいだな。)
かなりやばいやり方で。
部屋にある装飾品の中から、林山は見つけていた。その中のいくつかは、取引が禁止されている物だったことを。正確には、普通の取引では絶対に手に入らないものがほとんどだった。
(裏で幅広く稼いでいるということか・・・。)
そんな中で、林山の眼にあるものが止まる。部屋の奥にある扉。どこからどう見てもただの戸なのだが。
(気になる・・・。)
気になってしょうがなかった。林山の様子に気づいた義烈が言った。
「あの戸が気になるが?」
「別に・・・。」
わざとそっけなく言う林山に、義烈は笑いながら言った。
「いいだろう。せっかくだから見せてやるよ。とっておきを。」
得意げに言うと素早く戸を開く。
「あ!」
戸が開かれた瞬間、林山は目を奪われた。
「これは・・・なんて見事な木蘭なんだ!」
戸の先には、鮮やかな赤紫色と雪のように白い大輪が咲いていた。
「すごい・・・!こんなに美しい木蘭は見たことがない。」
「この部屋から、朱雀の間から見るのが一番綺麗なんだぜ?」
「『朱雀』?四聖獣のことか?」
四方をつかさどる神、それが四聖獣である。
「そうだ。ここが朱雀の間、右が青龍の間、左が百虎の間、向かいが玄武の間だ。」
見ると、右と左と向かい側に戸があった。そこにはそれぞれ朱雀、青龍、百虎の絵が力強く描かれていた。開かれた戸にも朱雀の姿があった。
「建物の中央に庭を造ったばかりか、木蘭の木を守るように四聖獣を配置するとは・・・なんて風流なんだ・・・!」
「だろう!?この時期は酒の魚にしてんだよ〜」
「それはいい趣味だ!」
「そんなにいいか?」
「ああ、見直したよ!なかなか、粋なことをするじゃないか!?」
咲き誇る木蘭を見ながら林山は言った。今まで、数多くの木蘭の花を見てきたが、これほど立派なものを見たのは初めてだった。目を輝かせながらいう林山に、義烈は苦笑しながら言った。
「・・・やっぱりお前は、良いところの坊ちゃんだな。」
「どういう意味だ?」
「大抵の奴は、この部屋にある豪華な装飾品に目がいく。だがお前は、真っ先に戸の方に関心がいった。・・・よっぽど見慣れた金持ちだからこそ、見向きもしなかったんだろう?」
「―――――!」
義烈の鋭い観察力に、林山の表情から笑みが消える。
(こいつ・・・やはり曲者だな。)
これは、一瞬たりとも気が抜けない。
「・・・金持ちじゃなくても、見慣れている場合があるんじゃないのか?」
「ハハハ!コソ泥だとでも言うのか!?よく言うぜ。」
林山の返事に、楽しそうに言う義烈。
(―――――――これ以上、嗅ぎまわれては厄介だな・・・!)
そう判断した林山は、笑い続ける義烈に言った。
「そんなこと、どうでもいいだろう?それよりも、早いところ商談をまとめたい。これ以上お前の部下を待たせては、帰りが怖いからな。」
「心配すんな!俺の命令に逆らってまで、お前をどうにかしようという奴はいねーからよ。」
「・・・そうだといいんだがな。とにかく、早くしてくれ。」
「なんだよ?信用されてねーのか、俺は?」
「金は払ったはずだ。これ以上危ない場所にはいたくないからな。」
正直、凌義烈と一緒にいたくなかった。すべてを見透かしたようなものの言い方をされては、いつボロが出るかわからなかった。
(そうなる前に、この場を離れないと――――――!)
「そんなに急がなくてもいいだろう?それとも・・・急がないといけない理由でもあるのかい?」
「・・・理由などない。お前の勘違いだ。」
そう言い放った林山を、無言で見つめる凌義烈。ほんの秒の出来事だったが、林山にはかなり長い時間のように感じられた。
「お前さん・・・なにかワケありだろう?それも郭勇武絡みだ。」
義烈の言葉に、林山はかすかに動揺する。
「言っただろう、興味本位で聞いていただけだ!」
「興味本位で、俺から情報を買ったのか?」
「話を持ちかけてきたのはお前だろう!?俺はそれに乗っただけだ!」
「・・・女がらみか?」
核心をつかれ押し黙る林山。わかりやすい相手の態度に、困ったように首を振りながら義烈は言った。
「やっぱりな・・・。みんなそうなんだぜ。郭勇武のことを知りたがる奴は・・・。この間も、恋人を奴に奪われた若い男に、奴の情報を売ったばかりだからな。」
「え!?」
驚く林山をよそに、義烈は立ち上がると近くにあった酒瓶と器を取る。
「奴の情報を欲しがるのは、女を取られた男だけじゃねぇ。一人娘を盗られた老夫婦や女房を取られた旦那とかな。」
「そんなことまでしていたのか!?」
(あの野郎ぉぉぉ―――!!信じられん!)
林山の脳裏に、郭勇武が高らかに笑う姿が浮かぶ。
「まあ・・・教えてやった奴のほとんどが出て行ったがな。」
「出ていったって・・・ここをか?」
「ああ。相討ち覚悟で奴に襲い掛かり、この世から出て行ったんだ。」
「てっ、死んだのかよ!?」
「まあな。」
肩をすくめながら、義烈は器に酒を注ぐ。
「ほら、いいから飲めよ。」
そう言って、酒で満杯になった器を林山の前に置く。しかし林山は、その器を受け取らなかった。
「まさか・・・そうなるとわかっていて、他の連中にも情報を売ったのか!?」
「そりゃ金になるからな。」
落ち着いた様子で言う相手に、林山の中で怒りが芽生える。
「貴様っ!金のためなら、人が刺し違いになって死んでもいいというのか!?」
「俺だって一応は、注意してるんたぜ?『聞くだけにしとけ、馬鹿な事はするなよ』ってな。いつも念押しに言ってる。それでも連中は郭勇武に襲い掛かって殺されたんだ。自業自得さ。」
義烈は冷たく言い放つと、酒の入った自分の杯を一気に仰いだ。
「忠告を聞かない奴が悪いんだ。世の中にはどうにもならねぇことがある。」
強い口調で言う相手に、思わず黙り込む林山。
「お前さんだって、どうにもならないから、俺の話を買う気になったんだろう?」
「それはそうだが・・・しかし!」
「この世の中が、平和で穏便に、問題が解決するなら、俺達が会うことはなかったはずだぜ?」
そう言いながら、新たな酒を注ぐ義烈。
「俺もよぉ・・・わかってて、ついついお節介で教えちまうんだよ。」
「そんなに金が欲しいのか?」
「半分は、当たってるな。」
林山の嫌味に、笑顔で答えながら義烈は言った。
「どいつもこいつも、自分に素直なんだよ。自分の意志を通せたら、死んでもかまわねーて、馬鹿な連中ばっかりだ。お前もその口だろう?」
「え・・・?」
「俺はそういう奴見ると、つい手助けしたくなるんだ。無駄死にさせちまうとわかっててな・・・。」
「お前・・・。」
「俺は嫌いじゃねぇな・・・そういう奴。」
クックッと、喉を鳴らして笑う義烈に林山は言葉を失う。
この男の言う通りだった。俺達のように、大切な人を奪われた現実を割り切れない人達がいる。自分も星蓮のことが諦め切れなくて、星影と入れ替わってまで連れ戻しに来た人間だ。いくら命の危険があると言っても、決心してしまっていたら、なにを言っても聞くはずがない。凌義烈という男は、俺や俺のように、この男を頼ってきた人達の気持ちを理解していた。だからこそ、止めてと無駄だとわかっていながらも、郭勇武の情報を教えていたのだ。
そこまで考えたところで林山はあることに気づく。
もしかしてこいつは――――
「それじゃあ、改めて尋ねようか。」
俺が考えているよりも、
「こんなひどい男だとわかった今でも、あんたは俺から情報を買うかい・・・?」
まともかもしれない。
(信用できるんじゃないか・・・?)
そんな林山の気持ちは、言葉となって義烈に伝えられる。
「ああ、買わせて貰うよ。お前は、俺が思っている以上にまともな人間みたいだからな。」
林山がそう答えると、相手は目を丸くしながら言った。
「・・・今までいろんな奴を見てきたが、そういう返事をされたのは初めてだ。」
「嬉しいか?」
「ガキが・・・!調子に乗ってんじゃねーよ。」
そう言って笑うと、林山の前に置いていた酒の入った器を持つ。
「早く飲め。これで商談成立だな・・・。」
「ああ、頂こう。」
今度は素直に酒を受け取る林山。義烈も自分の杯を持つと、林山の杯と合わせた。
こうして、林山と義烈は誓いの杯を交わすのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!
小説の中に出てきた木蘭は、中国原産の落葉小高木のことです。一般的に、庭木などに使われます。三・四月ごろ、葉に先だって、赤紫色や白色の花をつけます。本来は「木蓮」と書くのですが、ストーリーにあわせて「木蘭」としました。そっちの方が、中国っぽいと思いましたので(笑)
余談ですが、木蘭つながりで、有名な中国武将を見つけました。「花木蘭」という男装の女性武将がいるそうです!文武に秀でた女性とまでしか知りませんが・・・彼女に関する話、たくさんありますね(汗)ハッピーエンドから悲劇的なものまで(大汗)「どれが本当の話!?」と、思わずツッコミをいれてしまいました(苦笑)詳しい方いらっしゃいましたら、教えてください(笑)
※お手数ですが、誤字・脱字を発見した方、こっそりでいいので教えてください!!お願いします・・・!!