第二十三把 それぞれの夜〜宦官の生き様〜
☆警告☆
エグイと感じる表現が含まれています。不快を感じる恐れがありますので、ご注意ください。
・・・と、書きましても、エグイの基準がわからないので、そこまでひどくなくなかったら、すみません(汗)
以上の点をご理解のうえで、お読みください(平伏)
部屋の中は、表面上、ほのぼのとした場所へとなっていた。
警戒されないために笑みを浮かべる安林山こと劉星影。
意味ありげな笑みを浮かべる王琥珀。ただ単に、無邪気な笑みを浮かべる張空飛。
三者三様が、それぞれにふさわしい笑顔を作っていた。
「ともかく、『証』はなくしてはいけないよ、林山。無駄な出費を防ぐためにもね。」
最初に口を開いたのは琥珀だった。星影を見ながら、悪戯をした子供をしかりつけるような口調で言った。
「無駄な出費?」
間接的な言い方ばかりする琥珀に、星影は疑問を言うしかなかった。そんな星影に、空飛が意味を説明した。
「『証』をなくしてしまったら、買わなければいけないからですよ。」
「買うってなにを?」
「だから『証』をですよ。」
「男性器を!?」
空飛の言葉に、自分の耳を疑う星影。
「ちょっと林山、隠語を使ってくださいよ・・・!はしたな―――」
「売ってるものなのか!?つーか、一人一個のものだろう!?」
「ああ、一人に一本と二つの球体がついている。」
「ちょっとぉ!!琥珀までなに言ってるんですかぁ!?」
「いいじゃん、空飛。事実なんだから。じゃあ、一本と球体が、一緒に売られてるのか?」
「そういうことだね。」
「だから、はしたないので隠語を使ってくださいって!!」
真っ赤な顔でいう空飛に、照れるな、と言いながらからかう星影。もしこの場に、本物の林山がいれば、どれほど嘆くか、星影自身は理解していないだろう。
「まぁ・・・売られていると言っても、その『証』の半数は、木材や石などで作られたものだけどね。」
「なんだ、偽物か?」
「半数はな。」
安堵した星影に、琥珀は意味ありげに言った。
「え?半数?」
「・・・そう、半数は偽物だが、残りは本物だ。」
「本物!?」
「ああ。正真正銘の『証』も売られている。買うことが出来るのは、高級宦官に限られるがね。」
「なんだよそれ!?なんで本物が売られてるんだ!?いや、それより、購入に関しても、身分制度が適応されているのか!?」
「落ち着いてくれ、林山。順を追って説明しよう。」
質問攻めをする星影に、琥珀は静かな口調で言った。
「宦官の大半が、切り取られた自分の『証』を持っている。ただ、なかには、自分の『証』を最初から持っていないものもいるんだよ。」
「最初から!?」
「ああ・・・。切断作業の際に、渡されなかった場合とかね。」
「なんで、必要なものを渡さないんだ!?」
「その時の作業や手続きも関係するが・・・切る側が下手な切り方をして、渡せないという場合がある。仮に渡されたとしても、防腐処理をきちんとしてもらえなかったせいで、腐ってしまう場合があるんだよ。」
「腐る!?」
琥珀の言葉に、凍りつく星影。そんな星影に追い討ちをかけるように空飛が言った。
「その話なら、私も聞いたことがありますよ。ある方は、綺麗に切り取って渡してもらえたのですが、後処理が悪かったらしくて腐ってしまったとか。」
「なっ・・・本当なの!?空飛!?」
「ええ・・・。異臭がするので、臭いのする方を見たところ、『証』入った箱に虫が群がっていたそうです。」
「む、虫が・・・!?」
「夏場でしたからね〜・・・幼虫や成虫やらが集まっていたそうですよ。」
星影の頭の中でその映像が流れる。
異臭を放つ肉に群がる虫の姿。想像しただけで吐き気を覚えた。
「最悪だ・・・・!」
(想像した自分に対して!!)
顔をしかめる星影に、空飛も沈痛な面持ちで言った。
「本当にお気の毒なことです・・・。結局その方は、売られている本物を買われたそうですよ。」
「てことは・・・・その方は、高級宦官になるわけ?」
「そうです。高級宦官の方は、お金がありますからね。それはそうと林山・・・!あなた、本物を買えるのは高級宦官だけ(・・)だと思っているみたいですが、それは違いますよ!」
「え?身分制限ないの!?」
「制限ではなく、限られてしまうのですよ!本物の『証』は、木などで作ったものと違って、とても高価なのです。とても下級宦官には買えないのですよ・・・。」
「そうだったのか・・・。じゃあ、売り切れで買えなかった人が、作り物を買うんだね〜」
「実際は少し違うよ、林山。本物を売っているのは下級宦官だ。」
「ええ!?」
琥珀の意外な発言に、何度目かの驚きの声を上げる星影。
「売られている本物は、下級宦官のものなのか!?」
「そうだよ。生活に困った下級宦官が、持っていた自分の『証』を売る。売ったお金で、作り物の『証』を買う。」
「―――おかしいだろう!?なんで、本物を売って偽物を買うようなまねをするんだ!?」
「それは・・・生活が厳しいからです。」
「生活!?宮廷にいるのになんで生活が苦しいなんてことが―――」
「年をとって、体力の衰えた宦官は、金品をいただいて宮廷を出るのが決まりなのです。ほとんどの宦官は、その老後を寺社で過ごします。高級宦官の方は、身分があるので、それなりに好待遇で迎えられますが・・・・。」
「・・・下級宦官は違うというのか?」
星影の言葉に口を閉ざす空飛。相手の態度に、自分の意見が正しいのだと感じる星影。
「身分のない下級宦官はどうなるんだ?」
「・・・一般的には、寺社に住まわせてもらうことになっています。」
「それは、一般への形式的な話じゃないか、空飛?」
「琥珀!」
「どういうことだ?違うのか!?」
「ああ・・・違うよ。運がよければ、寺社においてもらえるよ。運がなければ、物乞いをするしかない。」
「物乞い!?」
(宦官が乞食をするというのか!?)
「そうだよ。仮に、運良く寺社においてもらえたとしても、衣食住を保障されるとは限らない。雑用が出来れば、雨風をしのぐことが出来る。それが出来なくなれば、軒下で夜を過ごすこととなる。」
「おい!それは野宿じゃないか!?」
「野宿よりもひどいな。毛布もなにもない軒下やお堂の側、時には畑のような場所で老後を過ごすことになる。」
「なんだよそれ!?仮にも、神や仏に仕える者がいる場所だろう!?」
「漢帝国の主な学問は『儒学』だ。寺社があるといっても、この国ではそれほど神仏は普及していない。数も限られるし、宮廷を出る際に渡される金品もわずかなものだ。」
「じゃあ・・・下級宦官が、自分の『証』を売るのは、生活に困った末の結果なのか・・・?」
「その通りだよ。それで彼らは空腹を満たす。それでも、飢えをしのげない時は、自分の本物の『証』と引き換えにして手に入れた作り物の『証』も手放すんだ・・・。」
琥珀の言葉に、星影はなにも言えなくなった。下級宦官の末路に対する非常な現実。
怒りや悲しみ、やるせない気持ちが、彼女の心を支配していた。
星影は、それを言葉にすることは出来なかった。
しようと思っても、どこから怒ればいいかわからなかった。
「・・・・・・知ってるのか・・・・?」
ようやく出た言葉がそれだった。
星影の一言に、意味を察した琥珀が答えた。
「陛下はご存じないよ。あのお方の周りは、高貴な方々ばかりだからね・・・。儒学における異端者のことなど、誰も進言するはずがない。」
「そんなことない!確かに、陛下の周りには傲慢な奴らが多いが―――――」
そう言った星影の脳裏に、一人の人物が浮かぶ。
“・・・律儀に礼を言う宦官は初めてだ。優しいな。”
「衛青将軍がいるじゃないか!」
宦官である自分を助けてくれた武人。星影の言葉に、琥珀は首を横に振る。
「確かに・・・衛大将軍は陛下に気に入られている。しかし今では・・・『媚びるところがある』と、お気に入りではあるが、それほどお気に入りという立場でもないのだよ。」
「媚びる!?」
あの衛青将軍が!?
(清々しくて、気遣いをしてくれる人が媚びるだと!?)
「ばっか・・・!あの人のどこが媚びてるんだよ!?琥珀、お前は見てないからわからないかもしれないが、衛青将軍はめちゃくちゃ無表情なんだぞ!?」
「林山・・・衛青大将軍が寡黙な方であるのは、私達も知ってることですが・・・。」
「それだけじゃないぞ、空飛!衛青将軍は、私の危機を察して助けてくれたんだ!?」
「君を助けた・・・?」
星影の言葉に、琥珀はわずかに顔色を変える。
「そうだよ!郭勇武・・・将軍に、嫌味を言われてるところを助けてくれたんだ!他の奴らは、私達を汚物扱いしたが、あの方は人として接してくださったんだぞ!?」
「そうだってんですか・・・!?」
「・・・衛青将軍がね・・・。」
星影の言葉に、驚いたように頷く二人。空飛は、『助けてもらった』ことに関して驚いたようだったが、琥珀は―――――――
「衛大将軍が・・・助けたとはね・・・。」
『衛青将軍が助けた』と、いう点に驚いたらしい。
「そうだよ!私達のように、いつも見下される者を助けてくれるようなお方なんだぞ!?」
しかし、星影はそんな琥珀の様子に気がつかなかった。気づく余裕がなかったといったほうが正しいだろう。そして、衛青将軍に対して必死に弁護をし続けた。
「愛想がないっていうならまだしも、ゴマすりをして媚びるなんて・・・ありえないだろう!?あんなに、周囲に気配りが出来る人が――――」
「・・・それだよ、林山。」
「はぁあ!?」
「『周囲に対する気配り』が、陛下の目には媚びているように映るのだよ。」
「気配りが!?」
「陛下は、老若男女問わず、派手で大胆なものが好きなんだ。衛大将軍の『謙虚さ』が、陛下には『地味』に見えるらしい。」
「贅沢だな、おい!?」
(謙虚ほど、美徳なものはないんじゃないか!?)
そんな星影の発言に、真っ青な顔で空飛が飛びついた。
「不越ですよ、林山!そんなことを大声で言ったらー!!」
「かまうか!むしろ大声で言ってやる!!謙虚さを地味と見るのはおかしいぞぉぉぉ――――――!!陛下の考えはおかしいですぞぉぉぉ―――――――!!!」
「ちょっとぉ林山!?」
「衛青将軍が媚びてるって言うなら、世の中すべてが媚びた人間だぞぉぉぉ!!!陛下はそういう自覚がありますかぁぁぁ―――――!!?」
「やめてぇぇぇ―――――林山!!」
「謙虚さなくて、秩序が守れるかぁぁぁ―――――――――!!!」
口元に両手をあてて、扉に向かって叫ぶ星影。
そんな星影に、文字通り飛びついて静止する空飛。
そんな二人を見ながら琥珀は言った。
「その秩序があれば、君は生きていないよ、林山。」
「なんだと!?」
「陛下は、恐れを知らない、派手で美しい者を好むんだよ。安林山そのものじゃないか?」
「なっ!?私が不届き者だというのか!?」
「今行っている行動そのものが、大胆不敵なものだと思うが。」
琥珀の言葉に、なにも言い返せなくなる星影。
確かに思い返せば、首が飛んでもおかしくないことを、結構やった気がする。
(・・・琥珀の言う通りかもしれない・・・。)
星影自身は、【結構】という程度で考えているが、実際は飛んでいけなければいけないぐらいである。
「陛下の耳に入れば、今度はただじゃすまないぞ。」
それぐらいにした方がいい、と言う琥珀の言い方が、星影の癪に障った。
「入ればいいさ!衛青将軍が媚びてるなんておかしいだろう!?媚びてるっていうのは、楊律明や呂文京のことを言うんだろう!?」
そこまで言って、星影は気がつく。
「琥珀・・・お前その話、どこで聞いたんだ!?」
「・・・なぜそんなことを聞くんだ?」
「どこで聞いたんだ、その話は!?」
「ど、どうしたんですか、林山!?」
「二人は、おかしいとは思わないのか? 楊律明と呂文京は、私を陥れるために、陛下にあることないこと言ったんだぞ!?」
そうに決まっている!郭勇武だって、しつこく大将軍相手に喧嘩を売っていた。
「琥珀の話だって、衛青将軍を妬んだ者のホラじゃないのか!?」
「林山・・・。」
「それに私が見た限り、陛下は衛青将軍を嫌っているそぶりは見せなかったぞ!?」
「それは、衛大将軍が陛下に味方したからだよ。」
「味方!?」
「安林山を高級宦官に取り立てることに同意し、周囲の者を同意させるだけの発言をしたからだよ。」
「私を・・・?」
「安林山を、手元に置くための手助けをしたからだよ。衛大将軍は、陛下がほしい者を手に入れるための協力をしたからね。元々機嫌もよかったから、陛下が衛大将軍を煙たがっている姿を君が見なかっただけだよ。」
「琥珀の言う通りです。残念ですが・・・・本当なのです。」
申し訳なさそうに空飛が言った。
「衛青大将軍は、下級層出身者です。ですから、身分の低い者の・・・人の気持ちがわかる方なんですよ。常に気を遣い、荒波を立てないように謙虚な姿勢をとられるのですが―――・・・・」
「陛下は、それがお気に召さないんだよ。」
琥珀の言葉に星影はなにも言えなくなった。
(冗談じゃない・・・!!)
どこまでわがままな男なんだ!?
私から可愛い妹を奪っておいて!
いや、陛下がそんな性格だから、郭勇武のような男がえらそうに大きな顔をするんだ!!
そんなことをしていたら、陛下の周りは腹黒い奴ばかりになるじゃないか!?
――――――――――悪人がのさばり、善人が身を潜める―――――――――――
そんな状況が、自然と出来上がっているんじゃないのか!?
いや、むしろ陛下自身が、自分で自分の首を絞めてるって言えるんじゃないか!?
(命を狙われて当然じゃないか!!)
陛下を助けたことへ、後悔を覚える星影。
それと同時に、激しい怒りを覚えるのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!
小話なんですが、捕虜になった異民族の男子は、男性器を切断されるのですが、女性の場合は子宮をつぶされたそうです(冷汗)つぶすというか、おなかの中にある子宮を引きずり出す、とか・・・(硬直)――――痛いですよぉ!絶対に痛いですよぉ!!人種が違うってだけでひどくないですか!!?てか、昔の人はそこまでするんですかぁ!!?
「じゅあ、後書きに書くなよ!エグイなぁ!!」て、話になるんですが、いろいろ思うところがあって書きました(苦笑)なんというのか・・・宦官の制度って、儒学の教えが広まる前からあったんですよ。前漢の武帝が、国学として取り入れたことで、現在の中国でも孔子様の教えが広く浸透しているそうです。この小説を書くにあたり、宦官に関する資料を読みながら「もっと早く、孔子様が生まれるか、宦官制度が出来る前に、国学になっていればなぁ・・・。」と、ちょっと切なくなりました。同時進行で、儒学について少しかじってみたんですが・・・・難しかったです(汗)どうしても矛盾を感じてしまうというか・・・。でも、規則・秩序の面では、儒学はすごく美しい教えだと思いました。