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第二十二話 それぞれの夜〜再会はにぎやかに〜



「本当にもう!びっくりしましたよ!!」



興奮気味(こうふんぎみ)に言う空飛に、星影は苦笑いをしつつも頷いた。


(これで何回、言われたことか・・・。)


ここは高級(こうきゅう)宦官(かんがん)用に設けられた部屋の一室。

そこに、安林山(あんりんざん)こと(りゅう)星影(せいえい)(おう)琥珀(こはく)張空飛(ちょうくうひ)の三人の姿があった。


「私もまさか、三人でこうして過ごせるなんて思ってもみなかったよ。」


星影に、同調するように二人も(うなず)いた。事の発端(ほったん)は、二刻(にこく)ほど前にさかのぼる。




黄藩(こうはん)によって強制(きょうせい)連行(れんこう)された星影は、高級(こうきゅう)宦官(かんがん)に与えられる個室へと放り込まれた。

文句を言おうとする星影を目だけで(おど)すと、黄藩はさっさと部屋から出て行ってしまった。

それもご丁寧(ていねい)に外から(かぎ)をかけて。



「私は罪人かぁ!?ここから出せぇ―――!!」



扉を()らして怒鳴り続けて一刻半(いっこくはん)。抵抗したところで誰も来てくれないことはなんとなくわかっていた。これじゃあ林山の元に行けないな、と考えていたその時だった。


「本当に宦官らしくないね。」


鍵が外れる音と共に、見慣れた顔が二つ彼女の前に現れた。


「琥珀!?空飛!?」


そこには仕事仲間兼友達である、王琥珀と張空飛の姿があった。


「林山!会いたかったよ!!無事でよかった・・・・!!」


一直線に、自分の元に駆け寄ってきて抱きつく空飛。その(ほお)には涙のあとがあった。


「すまない・・・心配をかけたな。でも、二人がどうしてここに・・・」


言いかけて彼女はあることを思い出す。


“貴方の荷物は、同じ整理係りの王琥珀と張空飛に運んでおくように言っておきます。”


「まさか・・・黄藩様の命令で来たのか!?」

「『黄藩殿』だろう、林山?私達は、黄藩様のご命令で君の荷物を届けに来たんだ。」


予想通りの答えに納得するも、内心寂しい気持ちになる星影。


(やっぱりな・・・荷物を置いたら、そのまま帰っちゃうのかな。)


しかし、琥珀の返事は彼女の予想していたものとはまったく違っていた。


「黄藩様は、私達に君の荷物を運ぶように言ったうえで『今夜一晩、林山殿の側で身の回りの世話をするように。』と言われてね。空飛と二人でここまで来たわけさ。」

「黄藩様が!?」


驚く星影に琥珀は言った。


「だから、君は『黄藩殿』だろう?聞いたよ、黄藩様と随分(ずいぶん)派手(はで)()問答(もんどう)をしたんだってな?」

「え?」


意地悪そうに言う琥珀。そう言うと、クックと小さく声をたてて笑い始める。


「そうですよ!『陛下に会わせろ!』と言って大騒ぎしたのでしょう!?あなたという人は、どうしてそう無茶なことを・・・!!」


怒った口調で言う空飛だったが、その顔には笑みがこぼれていた。


「・・・黄藩様が、私のために二人を(つか)わしてくれるなんて、思ってもみなかったからさ。」


かみしめるように言うと、改めて二人を見る星影。


「だから『黄藩殿』でしょう?黄藩様、言っていましたよ。『私の手には()えない。お前達早いところ行って、林山をなんとこかしてきておくれ!』って。」

「そうそう。『あのまま明日まで放置していたら、部屋を()(やぶ)って陛下のもとに行くかもしれない。』ってね。」

「部屋を突き破るって・・・。」


(あの人、私をなんだと思っているんだろう・・・。)


不満げに思う星影に、すかさず空飛が言った。


「でも林山ならやりかねませんよね?壁とか突き破っちゃいそうです。」

「おい!失礼なことを言うな、空飛!私は部屋を突き破ったりはしない!」

「では、どうするつもりだったんだ?」

「決まってるだろう!!」


ニヤニヤしながら(たず)ねる琥珀に、星影はハッキリとした声で言った。



解体(かいたい)するだけだっ!!」


「「意味的には同じじゃないか!?」」



声を(そろ)えて言う琥珀と空飛。


(こま)かいところが違うんだ!(こま)かいところが!!」

「どちらにせよ、(あば)れるつもりだったんだろう?(あき)れた奴だな・・・。」

「林山てば、おかしいですよ〜!」

「うるさいな!どうせ私は変わり者だ!」


冗談交じりで言い合う三人。そして、誰からともなく笑いあった。一通り笑ったところで、琥珀は星影に問うた。


「しかし林山。こんなすばらしい部屋を、本当に君は壊すことができるのか?」


琥珀にそう言われ、改めて部屋の中を見渡す星影。三人のいる部屋はそれまでの汚くて狭いものとは違い、広くて綺麗な場所だった。


「そうですよ!こんな素敵な部屋があるなんて・・・驚きました。」

「ああ・・・宮廷って本当に広いんだね。」


しみじみと言う空飛に、星影も(うなず)きながら答えた。そんな二人を見ながら琥珀は言った。


「それだけじゃない。君のお世話をすることを条件に、今日はお休みを頂いたんだ。むしろ、こっちの方が驚くべきことじゃないかな?」



「どうして休みを貰ったからといって驚くんだ?休みはいつでももらえるものじゃないのか?」



言った瞬間、二人の表情が引きつる。その様子に、自分がまたおかしな事を言ったんだな、と確信する星影。



「あのね、林山・・・下級宦官にはお休みなんてものはないんですよ!年がら年中働かないといけないんです!!」


「休みがない!!?」



古来から中国王朝では、一般の宦官には休みというものがない。それは、彼らが宮廷における奴隷だったからだ。ただ、身分の高い、高級宦官に関しては例外である。

それ以外の宦官、下級宦官が休める時といえば、永遠の眠りにつく時のみだ。


つまり、多くの宦官が【死】を迎えなければ、ゆっくりと休むことはできなかったのである。


「だから、下級宦官として休みがもらえるという事は異例(いれい)なのだよ。」

「その証拠に、ここ何日も(はたら)()めだったでしょ?気づかなかったんですか!?」

「いや・・・てっきり、(よう)(りつ)(めい)(りょ)文京(ぶんきょう)達の嫌がらせかと思ってたから・・・。」

「ま、まあ確かにそういった考え方もありますが・・・それにしては・・・。」

「鈍いな、君は・・・。」


大きなお世話だ、と星影は思ったが、さすがに言葉には出せなかった。そんな星影に、さらに琥珀は質問をした。


「まさかとは思うが・・・君、自分の『(あかし)』はきちんと持っているのか?」

(あかし)?」


(なんだろう?宦官証明書のことかな?)


「琥珀、いくらなんでもそれはないですよ!『男性だった証』を失くす人はいませんよ!」


(男性だった証??)


意味がわからない星影は、無言で空飛を見つめる。それに気がついた空飛が声をかけた。


「林山、気にしちゃだめですよ!琥珀はからかってるだけなんですから!」

「そ、そうなのか?」


恐る恐る琥珀を見れば、相手はさわやかな口調で言った。



「林山・・・『男性器』だけは、なくさないようにね。」


「だっ・・・男性器!!?」



琥珀の言葉に、星影は真っ赤になる。


(男性器って!?え、え・・・ええぇえぇぇ――――――!!?)


「林山・・・まさか君、男性器のことまで―――」


「――――――馬鹿野郎ぉ!!変なこと言うなぁ!!!」


琥珀の問いに答える代わりに、相手の頭を思いっきりはたく星影。


「痛っ・・・!叩くことはないだろう!?」

「はたいたんだ!!」

「意味的には同じだろう?」

「うるさい!お前が変なこと言うからだ!!」


恥ずかしさもあって、いつも以上に琥珀に食って掛かる星影。琥珀も琥珀で、星影からの暴力による返事が気に入らなかったらしく、(きび)しい顔で星影を見た。険悪(けんあく)な空気を察知(さっち)した空飛が、慌てて二人の間に割って入った。


「落ち着いてください、二人共!林山、いくらなんでも暴力は良くないですよ!」

「だ、だって!」

「琥珀も、今のはよくありませんよ。私でも嫌な気分になります!」

「・・・すまない。」

「宦官にとって、『証』は死ぬまで必要な必需品(ひつじゅひん)ですよ!」

「そ、それが『証』って言うのか・・・・?」


ぶっきらぼうに尋ねる星影に、空飛は穏やかな口調で言った。


「ええ。直接的には言いませんが、ここでは『証』と言うのですよ。」

「へ、へぇ〜知らなかったなぁ〜」


(切り取ったモノを、死ぬまで持ってるなんて・・・。)


「気にしないでください。私も・・・・男性器の隠語(いんご)を教えていませんでしたからね。これからは、『証』というようにして下さい。」

「あ・・・そうなんだ。」


さいわい空飛は、星影が【男性器を証と呼ぶことを知らなかった】と、理解したらしい。


(そりゃ、確かに男性だった時の証って言えば、証だけどさぁ・・・!)


空飛の説明で、『証』の意味を理解した星影だったが――――――


「でもさ、なんでわざわざ持ってなきゃいけないんだ?」

「「え!?」」

「おかしいだろう?その・・・男せ・・・いや、証をずっと、持ってなきゃいけない理由ってあるのか?」


なぜ、切り取ったものを後生(ごしょう)大事(だいじ)に持っていなければいけないのか、星影はわからなかった。自分は女性だからわからないが、男性が男の証を切断(せつだん)するということはかなりの激痛(げきつう)屈辱(くつじょく)(ともな)うだろう。女性で言えば、胸を切り取られるのと同じくらいつらいかもしれない。

そんないやな思いまでして取ったものを、持ち続けるということが理解できなかった。


「いつまでも手元においていておくなんて、未練(みれん)がましいんじゃないか?」


それを見るたびに、その時の(にが)い思い記憶を呼び覚ますことになるのではないだろうか?

宦官になったことへの後悔の念が起きるのではないだろうか?


そんな星影の問いに、空飛と琥珀は互いに顔を見合わせる。二人は目だけで、なにかしらのやり取りをすると、星影を見ながら言った。


「・・・極楽へいけないんですよ。」

「極楽〜?」

「死を迎える際、宦官は必ずあるものをもって黄泉(よみ)へと旅立つ。それが、男性だった時の『証』なんだよ。」

「その『証』がないと、あの世できちんと(あつか)ってもらえないのです。」

「え!?あの世ではそういう決まりなのか!?」


そんな星影の問いに、琥珀はため息まじりに言った。


「決まりというか・・・儒学に(はん)するだろう?」

「儒学に?」

「そうですよ。儒教の教えでは、子孫(しそん)繁栄(はんえい)重要(じゅうよう)()しています。しかし宦官は、証をとってしまっているので子孫を残せません。よって、とても罪深い存在とされています。」

「罪深い?宦官が!?」

「ええ・・・子孫を残すという義務(ぎむ)を果たさないからですよ。ですから、死ぬ時ぐらいは・・・・・人として、五体満足で死を(むか)えなければいけないのです。」

「果たせないって・・・!だったら、どうして宦官って役職があるんだよ!?」

「・・・異民族の奴隷化の名残(なごり)だよ。もう忘れたのかい?」

「覚えてるよ!覚えてるさ・・・!琥珀が話してくれたことは!ただ―――」


(矛盾してる・・・!)


「犯罪行為を、仕事にするなんて・・・おかしいよ!」

「林山!?」

「私は、宦官というものがよくわからない!でも、宦官以上に、この国の身分の高い人々のやり方もわからない!」

「それならなぜ、宦官になったんだ?」

「それは―――――・・・!!」


妹を取り戻したいから。


(・・・なーんて、本当の理由なんて言えない。)


言えないからこそ―――――


「私だって、いろいろ理由があるんだよ!!」


うそをついて誤魔化す。


「私は―――好きで宦官をしてるわけじゃない!!」


そう、単純な理由でしている。良く言えば家族のためだが、悪く言えば自分の意地を通すためだ。


「私は・・・空飛みたいに、家族のために犠牲になったわけじゃない。琥珀みたいに、生活に困って宦官になったわけじゃない。正直・・・私の理由なんて、二人と比べたら情けないな・・・。」


そう、空飛達のように、誠実な理由じゃない。道理にあわない、犯罪行為を行っている。


「林山・・・?」

「でも・・・こうするしかなかったんだよ・・・。」


妹を助けるためには。親友の幸せのためには。大事な人達のためには。


「ごめんな・・・馬鹿で。」


自分に言い聞かせるように星影は謝った。


「確かめもせずに・・・・決めつけて。」


本物の林山から、『宦官はろくでもない!』と、教えられていたこともあり、薄汚いものたちだと思っていた。だが、実際は違っていた。おいしい思いをしているのはほんの(ひと)(にぎ)り。その一握りの連中の悪評(あくひょう)のせいで、宦官全体が悪だという印象を一般人に与えていたのだ。


(私も・・・そんな人間の一人だったんだ。)


噂話だけで、宦官というものを評価していた自分。実際に宦官になって、やっとそのつらさが理解できたのだ。


(馬鹿な話だよな・・・・。)


無知(むち)でごめんね・・・・。」


そこまで言うと、星影はゆっくりと息を吐いた。そんな星影を見ながら空飛は言った。


「やっぱり・・・林山は変わっていますね。」

「え?」

「変わっていますよ・・・・良い意味で。」


空飛の言葉に、星影は顔を上げる。


「ああ、思ったことをなんでも口にしてしまう。」


星影の動きにあわせるように琥珀も言った。


「あまりにも素直に感想を()べてしまうので、私達の方が困ってしまうよ。」

「困るって・・・?」

「思ったことを、すぐ口に出してしまうという点だよ。注意しようにも、君があまりにも純粋(じゅんすい)なので、傷つけないように声をかけるのが大変だ。」

「純粋?私が?」

「そうですよ!本当に、人がよすぎます!」

「ああ、馬鹿正直だね。」

「ば、馬鹿正直!?」

「それでいて・・・嫌味がない。だから、良い意味で変わり者だよ。」


そう言うと、星影に笑いかける琥珀。


(・・・・・あれ?)


いつもと違う。


琥珀の顔を見た瞬間、星影は本能的にそう感じた。


目の前で微笑む琥珀の顔が、まったく別人のように見えたのだ。

いつもと同じ笑みのはずなのに、何故かひどく、星影の心を引いた。


「どうしたの、林山?」


急に黙り込む星影に、空飛が心配そうに声をかける。問われた星影は、


「いや・・・なんか、琥珀が優しく見えたから。」

「えっ?琥珀はいつも優しいじゃないですか?」

「いや、違うんだ!そういう意味じゃなくて――――・・・・なんて言うか、琥珀の笑顔がすごくやわらかいような・・・。」


「やわらかい?」


琥珀の言葉に、星影は声の主へと視線を向ける。そこには、目を大きく見開く琥珀の姿があった。


「私は・・・そんなにきつい顔をしているかな、林山?」

「ち、違うんだ、琥珀!誤解しないでくれ!そういう意味じゃないんだ!ただ・・・」

「ただ?」

「今の笑顔が、一番自然な感じがしてい―――――」


そこまで言って、星影口を閉ざした。


(なに言ってるんだ、私!?)


まるで、琥珀のいつもの笑顔が偽物(にせもの)みたいな言い方じゃないか!?


「わ、悪い!変なことを言って!!」

「いや・・・気にしなくていいよ。」


そう言って、星影に笑み向ける琥珀。しかし、先ほどのもの違って、どこか固いものだった。そんな琥珀の態度に、気まずさを覚える星影。それとは対象的に、琥珀はすぐにいつもの口調で言った。


「本当に君は、変わり者だよ〜林山殿?」


からかうような口調で言う琥珀。その言い方がおかしかったのか、茶化しちゃかわいそうですよ、と笑いながら言う空飛。そんな琥珀を見ながら、星影は疑問を感じた。


(本当に、琥珀が陛下を襲ったんだろうか・・・?)


こうして話す限り、琥珀が悪い人間のようには思えなかった。多少、毒舌(どくぜつ)なところはあるが、親しみを持てる部分もあった。



(琥珀を犯人と決めつけるのは・・・・よくないかもしれない。)



琥珀がただの宦官ではないのは、昨夜のことでわかっていた。しかし、(はく)(えん)という名を持っているのも事実だった。




(もしかしたら・・・琥珀は、なにかわけがあって宦官になったのか?)




そんなことを思いながら、星影は琥珀を見つめた。それに琥珀が気づき、ニッコリと星影に笑いかける。その笑みから余裕のようなものを感じられた。これには星影も、負けじと笑顔を作る。それを見ていた空飛も、楽しそうな笑みを浮かべる。こうして部屋の中は、さまざまな笑みであふれるのだった。


最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!

本編とは関係ないのですが、三国志の英雄の一人である曹操は宦官の家系です。曹操が悪役にされる理由として、『宦官の子』という家庭事情も含まれているらしいですよ!なんでも、儒学に違反する存在らしいですから・・・。ただ、私もそんなに儒学に詳しくないので、正確なことは言えませんが(大汗)間違ってたらすみません(汗)

あと・・・小説に関係あるようで、関係ないんですが、すごく困ってることがあります。

サブタイトルつけるのが、一番大変で、難儀(なんぎ)しております・・・(涙)サブタイトルが決められなくて、内容が出来上がっていても、アップ出来ずにいたりします・・・(硬直)

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