第二十一話 男の駆け引き
「・・・なんのようだ?」
林山は素早く、腰に下げていた刀を抜くと男の首につけつける。一瞬の無駄もない身のこなしだった。
(――――――周りに仲間の気配はない。)
「何故俺をつけていた?」
軽く睨みつけながら、再度問いただす林山。それに対して相手は、怖がる素振りを見せるどころか、逆に笑い飛ばしながら言った。
「ハハハ!随分物騒だな。しかし、見事なもんだ!」
相手の態度に彼の眉間にしわがよる。そんな林山に凌義烈は低めの声で囁いた。
「・・・お前、郭勇武のことについて詳しく知りたいんだろう?」
「なんのことだ?」
「とぼけなくてもいいだろう?散々店の客に聞きまわっといてよ。」
相手がどういうつもりかは知らないが、理由を言うつもりなど毛頭無かった。
「・・・別に。単に興味本位だ。」
刀を突きつけたまま林山は答える。
「そいつは嘘だな。」
「・・・なんの根拠があってそんなことを言う?」
「お前の顔を見りゃわかる。それもかなり深刻なんだろう?」
鼻で笑う男に、林山は刀の柄を持ち直しながら聞く。
「貴様、何者だ?」
「店で聞かなかったか?俺のことを?」
「ここらのゴロツキ共の元締め、凌義烈。『百面夜叉の義烈』だろう?」
「まあ、大体はあってるがちょっと違うな。」
「なにが違うんだ?」
「お前俺の通り名の『百面』はどういう意味か知ってるか?」
「初対面なのに知るわけないだろう!」
林山の言葉に、そりゃそうだ、と頷く凌義烈。
(わかってるなら、最初から言うな!)
「じゃあ教えといてやるよ。『百面』て、のは百通りの顔があるから『百面』て、言うんだ。ここらの元締めだけが俺の仕事じゃねぇ。」
「元締め以外になにをしてると言うんだ?」
林山の問いに、待ってました、と言わんばかりに満面の笑みで凌義烈は答えた。
「まあ、いろいろやってるが、今日は情報屋をするつもりだ。」
「情報屋!?」
「ああ。特定の人物について知っている限りのことを教え、報酬しだいではかなり正確なことを調べるって言えばわかるよな?」
「説明しなくても意味ぐらいは知っている!」
「そう怒るな。情報屋と言っても百のうちの一つだがな。」
(こいつが?どう見てもゴロツキ共の頭にしか見えないが・・・。)
「それで?その情報屋が俺になんのようだ?」
「単刀直入に言う。お前俺から情報を買わないか?」
「情報!?誰の?」
「郭勇武についての情報に決まってるだろう。」
「郭勇武の!?」
相手の素性はともかく、内容には興味があった。しかし・・・。
「断る・・・!」
「断る!?俺の情報はここらじゃ一番信用できるし、絶対損はさせないぜ?」
(うそ臭い・・・どうも今一信用できない。)
彼がそう思ったときだった。
「うそ臭いってか!?そりゃないな!!」
「な・・!」
(こいつ・・・!俺の考えていることがわかるのか!?)
動揺する林山を見ながらさらに凌義烈は言った。
「なんでわかるかって?そりゃ、顔見りゃわかるっての!」
下品に笑う凌義烈に林山は不愉快になった。
普段から感情を表に出さないようにしている林山にとっては、彼にそんなことを言われるのは正直心外だった。そんな林山彼の気持ちを知ってか知らずか、凌義烈は話を続ける。
「人の考えてることがわからなきゃ、情報屋はできねーよ。」
薄気味悪く笑う男。こいつの言うことを聞いていいものか・・。そもそも今まで情報屋なるものの世話になったことがないからわからない。そしてもう一つわからないのは・・・
「なんで俺なんだ?」
この男はいったい俺のどこが気に入ったと言うのだ?その疑問に男はあっさりと答えた。
「理由は簡単さ。あんたが良いところの坊ちゃんだからだ。」
「それも見ればわかると言うことか?」
「まあな。」
「つまり金持ちなら誰でも言いと言うことか?」
さげすむように林山が言うと、男はニヤニヤしながら答えた。
「最も、俺は俺の好みに合ったやつにしか情報は売らんがな。」
嘗め回すように自分を見る男に、林山は背筋に悪寒を覚える。
「あいにく俺はその気はない。失せろ!」
はき捨てるように林山は言った。それに対して男は、
「勘違いするな!俺だってねーよ!女の方が大好きだ。」
「じゃあ、その大好きな女に売れば良いだろう。」
「残念だが俺に近づいてくるのは可愛い女だけだ。」
服の襟を少しはたけさせながら言う。男の胸に目をやった林山は思わずぎょっとした。
彼の首には無数の赤い痕がついていた。俗に言う、キスマーク・・・口付けの跡だった。
「なっ!?そっ、そんなものを見せるな!!」
「ハハハ、照れてるのかい!?無理もねぇ、ガキには目の毒だったな。」
「だ、誰がガキだ!?」
「まあ、俺の気配を察知したのは褒めてやるが、あっちの方は気がつかなかったみたいだな。」
「なに!?」
ふいに自分から視線をそらす相手。
「知りたいか?」
「・・・言ってみろ。」
何事かと思い、林山も凌義烈と同じ方向を見る。
「方法は簡単さ。まず、そこにある竹の後ろに隠れろ。こんな風にだ。」
言うなり、路地の入り口の壁に立てかけてある竹の束の後ろに身を潜める。
「・・・それがなんだと言うんだ?」
狭い隙間に、腰をかがめてガニマタになる男。はっきり言ってかっこ悪い姿だった。
「いいからやってみろ。」
そういって手招きをする。
(こいつ・・・俺を馬鹿にしているのか?)
そう思いつつ、渋々(しぶしぶ)同じように竹の背後に隠れる林山。
そういう素直なところが彼の美点と言えるのだが。
「で?これがどんな意味が・・・」
そう言いかけた時だった。罵声にも近い声が当たりに響く。
「本当にこっちにいったのか!?」
「はい!間違いありません!お役人様!」
聞き覚えのある声にはっとする。林山は目を疑った。そこには先ほどまで一緒に話していた男達の一人だったからだ。
「その若者が、郭将軍様の悪口を言ってたんですよ!本当です!!」
「よく知らせてくれた。捕まえしだい礼は弾んでやる。」
「へ、へい!ありがとうございます。」
何回も頭を下げながら、媚を売る男の姿。
「いいか!一般人だからって手加減するな!見つけしだい捕まえろ!くれぐれも殺すなよ!」
隊長らしい男が大声を張り上げる。
「将軍の悪口を言うものはなんびとたりとも容赦するな!!行け!!」
その声に掛け声とともに足音も遠ざかっていった。
「・・・・何故だ・・・?」
彼らが立ち去ってからようやくでた言葉だった。
「あの男も不満を言っていたのに、どうして・・・。」
「そういうもんだ。口ではうまいこと言ってても、腹の中ではなに考えてるかわかりゃしない。」
ひどく冷静に凌義烈は言った。
“皆が皆良い人じゃねぇ・・・”
先ほどの彼の言葉が頭をよぎる。そうか、そういうことだったのか。
「俺は―――危うく役人に売られかけたということか・・・。」
「当たりだ。お偉いさんの悪口を密告すればな、それ相応の礼がもらえるからな。」
「その謝礼欲しさに俺を売ったと!?」
「そうだ。それが土地のものでなければなおさらやりやすい。」
「よそ者だからしたのか!?」
「半分当たってるな。ここの者なら、郭勇武の悪口を言えばどうなるかわかってる。だからいわねーし、聞かねーよ!」
林山を見ながら凌義烈は言った。
「ガキはいい。危険に対してひどく鈍感だ。だから、ああいう者のカモになる。それも自ら進んでな。」
「―――――俺はガキじゃない!」
「ガキさ。聞きたいけど聞けない、確かめるのが怖い。だから俺に消えろと言う。」
「!?」
「大人の駆け引きができないようじゃ、いつまでたってもガキのままさ。」
悔しいがなにも言えなかった。
言い返すこともできず、黙り込む林山に、相手は小声で告げた。
「もし、大人として話を聞きたいのなら、耳寄りの情報を教えてやるよ・・・。」
真顔で凌義烈は言った。さっきとは打って変わっての真面目な態度に林山は内心戸惑う。ここまで断言するということは、よほど自分の情報に自身があるのか。ガキ扱いされたのは癪に障ったが、この男の話に興味を持ったのは事実だった。早い話が聞いてみたくなったのだ。
「で、どうするんだ?買うか?買わないか?」
男の話が嘘か本当か・・・・・確かめるためにも聞いておく必要があるだろう。
林山は決心した。
「・・・受け取れ。」
懐から銀を取り出すとそれを相手に向かって投げた。それを受け取ると、男は満足そうに懐にしまった。
「相談成立、だな?」
「勘違いするな!先に言っておくが、もし貴様の話が嘘ならば・・・。」
「金を返せって?」
「俺の前から失せろ・・・!」
これは本音だった。ホラ話に付き合うほど暇ではない。だからハッキリと言った。
「勉強料ということで、貴様に恵んでやる・・・!!」
ある意味自分に対する罰でもあった。仮に偽りだったとすれば、真意を見抜けなかった自分に対する罰金だ。
「こいつ高い勉強料だ。信用されてないとはな。」
相手は気を悪くすることなく、口元だけで笑ってみせる。
「いいから話せよ。」
「まあ、そう焦るな。ここじゃあ目立つ。それに今は役人が駆け回っている。ひとまずは俺の隠れ家に来ないか?」
「お前のところに?」
「そうだ。ぐずぐずしてると役人にとっ捕まるぞ!」
「・・・わかった。行こう。」
凌義烈の申し出に快くとはいえないが素直に従う林山。
正体のつかめない凌義烈の登場により、事態は思わぬ方向へと向かうことを、今の林山は知るよしもなかった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!!あまり、だらだら書き過ぎないようにしようと思います(笑)
次回もきちんと書くので、読んでやってください!!
よろしくお願いします!!