第二十話 危険は突然やってくる
酒の入った器を握り締める安林山。
そんな林山に、そう怖がるな、と笑いながら、職人の一人が言った。
「いくら、郭将軍が悪名高いといっても、俺らには関係ないことだ!」
「ただし、美人を身内に持つ者は気をつけんといけんがなぁ〜」
「まぁ、兄ちゃんは男だから大丈夫じゃ!」
「馬鹿!陛下は美形が好物なんだぜ!?そうなると、この兄ちゃんも危ないだろう?」
「そりゃ言えてるな!オメーの横にいると、ますます綺麗に見えるからなぁ〜」
「なんだと、テメー!?」
そう言って爆笑する職人達。その様子に、林山も思わず笑みを浮かべる。そんな若者を見ながら棟梁は言った。
「だから兄ちゃん、気をつけろよ!郭将軍に目をつけられたら最期!老若男女にかかわらず、首が飛んじまう。」
「それが庶民でもなであってもな!」
人差し指を立てると、首の前で真横に引く仕草をする男達。
「ハハハ・・・そうですね・・・。」
(というか、もうすでに郭勇武の犠牲者なんだが・・・。)
美人の奥さんをもらおうとして、郭勇武に強奪されたんですけど。
しかも、それを奪い返すために、親友兼義理の姉と一緒に都まで来たんですけど。
おまけに、その姉と入れ替わって、男の大事な部分を死守したんですけど。
「気をつけろよ!!」
「はい・・・気をつけます。」
(捕まらないようにね・・・。)
苦笑しながら言う林山。
今、自分達がしようとしていることがばれてしまえば、間違いなくそうなることを思いだしてしまったからだ。
笑みを浮かべる林山と一緒に笑う男達だったが、そのうちの一人が遠慮がちに尋ねた。
「なあ、兄ちゃん・・・あんた、ここの人間じゃないだろう?」
「え!?わかるんですか。」
「そりゃそうだよ。ここの人間はみんな知ってるからさ聞かねーよ。」
「大体、なんだってこんな物騒な話を聞くんだ?」
「はい、ちょっと噂を小耳にはだんだもので・・・。つい、好奇心の虫がうずきまして。」
(さすがに本当の事は言えないからな。)
相手が信じる信じないは別として適当に答える。
「好奇心ね〜まあ若い頃は誰でもそうだよな。」
「まあな。俺もそうだったし!」
どうやら自分の作り話を信じてくれたらしい。ホッと胸をなでおろす林山。
しかし、次の瞬間その心臓が飛び上がった。
「茶化してんじゃねぇぞ!」
怒鳴り声に近いドスの聞いた声。その声にびっくりして顔をあげると、そこには一人の男が立っていた。年のころは二十代後半ぐらいだった。
「あ、凌の旦那!」
「馬鹿が・・・!笑い話にしてんじゃねぇぞ!!」
彼の声に周りの者は黙り込む。林山もそうだった。周りの様子からしてこの男が只者ではないと察したからだ。
「おい、兄ちゃん!」
「・・・俺のことですか?」
「お前以外に誰がいるってんだよ!?」
相手の偉そうな態度が、癪に障ったがここでもめるのは禁物だった。目だけで相手を見ると、男は林山の目の前で怒鳴りつけた。
「あのな、好奇心旺盛なのは結構だが、噂話で命をとられることなんぞいくらでもあるんだぞ!?」
「あ・・・すみません。」
「変な虫は、心のかごにしまっとけ!二度とつまんねーこと口にすんじゃねーぞ!お前らもだ!!」
そう言うと、男は二つ隣の席まで行くと腰を下ろした。男が仲間らしい男達と話しはじめたのを見届けると林山は彼らに尋ねた。
「あの、今の人は一体・・・?」
「『百面夜叉の義烈』さんだよ。」
「『百面夜叉の義烈』?」
「ああ、ここらの悪共の元締めで名を凌義烈って男さ。面倒見もいいし、気前もいいから、結構な数の食客抱えててよ。」
「食客を?」
「そうなんだよ。悪い人ではないんだけどな。口が悪いって言うか・・・。」
「怒らせるとかなりおっかないんだ!」
「まぁ、わかりやすく言えば、腕っ節の強い、肝の据わった『侠客』ってとこかな。」
「侠客・・・。」
林山の脳裏に、故郷にいる一人の男の姿が浮かぶ。
(そういえば、厳師匠も侠客だったよな・・・。)
侠客とは、義理人情を第一と考える集団のことである。一般的に、徒党を組んでいた者のことを称してそう呼んでいた。無頼者が多く、なかにはお尋ね者までいたという。徒党によって決まりあがり、自分達の決まりで動くことが多かった。
それに対して、食客というのは、その名の通り、食べさせてもらっている客人のことである。何かの理由で、その家で食事の面倒を見てもらう代わりに、なにかしらの用事をする人だ。用心棒とはまた違って、自分となにかしら縁のある人物のところで世話になる場合が多い。
その食客を多く世話しているということは、それだけの経済力があるということである。
(侠客が食客の面倒を見るか・・・。)
“別に珍しいことじゃない。甲斐性があれば、面倒を見てくれるぞ。”
厳師匠の言葉が、林山の頭に響く。かつて、厳師匠が各地を流浪していたころの話を教えてもらっている時だった。厳師匠は、ある町で有力な侠客の元で食客として過ごしたことがあったという。
「侠客が、大勢の食客を抱えてるってことは、それだけ大きな顔ができるってことさ。」
「どういう意味ですか?」
「食客は、食事やら何やらの面倒を見てもらってるんだぜ?金持ちや役人ならともかく、それを侠客が面倒見てれば最強じゃねぇか?」
「最強・・・?」
「つまりな、林山。侠客ってのは、義理人情で動くものだ。義に背くことなら、例え相手が役人であっても指図は受けん。仮に、役人ともめたとしても、侠客の方が強いに決まってる。」
「でも、力だけでは勝てませんよ?」
「なにも、腕っ節の強い奴ばっかりが侠客や食客をしてるわけじゃねぇ!知恵の回る奴だって大勢いるんだぜ?まぁ・・・知恵といっても、悪がつくがな!」
「しかし、役人を相手にそんな無茶をするのは――――」
「おかしいぜ。だが、それが侠客・食客だ。」
「え?」
「侠客は、役人や金持ち共が、裏でやってる悪行が気に入らねぇんだ。『義』に反するからな・・・。食客も、食わせてもらってる『恩』がある。だから、その家の主人がやれといわれれば必ず実行する。」
「確かに・・・道理にあっていますが―――――」
「『義に従って動く侠客』と、その侠客へ『恩を返そうとして動く食客』・・・強いに決まってらぁ。」
「師匠・・・。」
「この国で一番強いのは奴らよ!少なくとも俺は、そう思ってるんだぜ?」
そう言って笑う厳師匠は、いつもより楽しそうだった。
(損得なしに動く侠客と、それに従う食客・・・・か。)
そこまで思い出すと、林山は小さくため息をつく。
「・・・そうですか。」
記憶のなかの厳師匠に告げるように、言葉として発する林山。
「そういうことよ!凌の旦那のお声もかかったし、この話は終いにしようぜ!?」
林山の考えなど知らない男達は、そう言って話を終わらせた。
(確かに、ここらが潮時だな・・・・。)
凌義烈のことが少し気になったが今はそれどころではない。だが、これが言うようにこれ以上の検索は危険かもしれない。
「そうですね。彼の言う通り、郭勇武将軍のことを聞くのはよしときます。『百面夜叉の義烈』にまた怒られたら堪りませんからね。」
「ハハハ!そりゃそうだ!またな坊主!」
「気をつけて帰れよ!」
林山はゆっくりと立ち上がると彼らに礼を言い、勘定を済ませてその場を後にしようした時だった。
「うわ!」
「おっとすまねぇ。」
背中に体重を感じる。見るとそこには、
「あなたは・・・・凌義烈・・・殿」
林山にぶつかったのは他でもない、百面夜叉の義烈だった。その手には酒瓶を抱えていた。よろけるように林山に倒れこむのを慌てて支えるが・・・・。見たところそれほど酔っているようには見えなかった。
「なあ、郭勇武のことがそんなに知りてぇなら・・・。」
「え?」
耳元で囁く相手に、林山もなにかを感じ取る。
「『情報屋』に聞くって手もある。」
「・・・情報屋?」
「・・・・あんまり、誰彼かまわず聞きまわるな。みんながみんな良い人じゃねぇ・・・。身内だって、敵になる世の中だぞ?」
そう言うと、彼はすぐさま林山から離れると何事もなかったかのように席に戻った。
不審に思いつつも林山は店を後にしたのだった。
※
林山が、酒屋から出ると外はかなり活気付いていた。
町は人で溢れ、皆忙しそうに行き来する。多くの露店が並び立ち、買い物客などでにぎわっていた。藍田と比べて長安は本当になにからなにまで違っていた。町中が輝いている。
現皇帝が即位してから早三十年。国の繁栄は皇帝の力を表す。豊かで平和であるほどその時代の皇帝が優れていると言うことだった。それだけ現皇帝が期待されているということなのだが・・・。
(いくらなんでも人妻を盗ることはないだろう・・・・。)
皇族の慣わしや決まりなどは、むろん庶民が知るはずがない。ただ、妻の数が多ければ多いほど、その国は優れているとされている。
(皇帝にとって、妻とはただの勲章でしかないのか・・・。)
そう考えると、静まったはずの怒りが再び燃え上がる。
皇帝なら、女はよりどりみどり。何千という数の女がいる。それでも、まだ足りないというのか?
(俺は、星蓮がいてくれればいい・・・!!)
いや、彼女しか妻には考えられない。
例え、星蓮が皇帝と枕を共にしていようともかまわない。
身を汚されてしまっていても気にしない。
俺と星蓮の愛は、それぐらいで壊れるものではない。
愛し合う思いさえあれば、俺達は何度でもやり直せる。
(星蓮・・・!)
愛する女性の仕草を思い出し、息苦しくなる林山。
(もうやめよう!考えたって、星蓮が目の前に現れるわけじゃない!!)
気を紛らわせようと、意識を違う方へと向ける。星蓮以外のことを必死で考えた。
考えて、考えて、考えて、考えているうちに、不意に先ほどの出来事が頭をよぎる。
(なんだったんだろう・・・あれは?)
酒場で出会った一人の男。
「百面夜叉の義烈・・・か。」
さきほどの相手の行動が、林山は気がかりだった。
今日会ったばかりの相手。まるで自分だけに伝えるために、わざと倒れこんできた男。
(なにか意味があったのか・・・?)
そこまで考えた時だった。林山は何者かの視線を感じ取る。それは明らかに自分に向けられていた。
(気のせいかもしれないが・・・・確かめておくか。)
林山は、相手に悟られないように平静を装いながら歩き続けた。何気なく、立ち止まってみる。すると、それに合わせるように後をつけている人物も立ち止まる。それを数回繰り返す。
(間違いない!やっぱりつけられている・・・!!)
そう確信すると、林山は方向転換した。彼はその足で宿ではなく、人気のない道へと向かう。その後を追うように人影がついてきた。かすかに自分の足音以外の音が重なる。
足音からして・・・一人。
(ここは一つ・・・やるか?)
相手がついてくるのを確認すると林山は行動に出た。
歩く早さを上げると、近くの路地へと入る。入ったと同時に右足に力を込めると勢いよく飛び上がった。左足で左側の路地の壁を蹴る。さらに反対の足で右の壁を蹴る。それを数回繰り返す。ほんの数秒の間に彼の体はあっという間に、壁と壁の間の上の方へと移動した。両足を開き、壁にその身を任せる。林山はその状態で待った。自分をつけている人物が路地に入ってくるのを。ほどなくして一人の男が路地に入ってきたが、一瞬驚いたように足を止める。それは明らかに誰かを探すような仕草をしていた。男が一歩前に出る。
(――――――――――今だ!)
林山は相手の背後に舞い降りた。
「お前は!?」
相手の男を見た瞬間、林山の体に戦慄が走った。
「凌・・・義烈・・・!?」
「あーあ!見つかっちまったか。」
そこには先ほどの酒屋であった凌義烈の姿があった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!!このまま勢いに乗って書いていきたいです!!
※誤字・脱字がありましたら、こっそり教えてください(汗)お願いします・・・!!