第十九話 本物、奔走中
「郭将軍?郭将軍・・・て、あの郭勇武将軍のことか!?」
「ええ、郭勇武将軍のことです。」
「郭将軍のことについてね・・・。」
「なんでもいいんです。知っていることがあれば教えていただけませんか?」
ここは長安にあるとある居酒屋。夕方ということもあって店の中は仕事帰りの客でごったがえしていた。どの客も、その日の疲れを癒そうと酒で鬱憤を晴らしていた。
その中に本物の安林山の姿があった。彼の周りにはある一団がいた。彼らは宮廷の建築を担当するもの達だった。林山の申し出に苦笑する男達。
「そりゃ別にかまわねーよ。」
「しかし、あんまり良い話は聞けないぜ?」
「かまわないですよ。知っている限りでいいですから。」
苦笑する男達に合わせるように、林山も笑みを浮かべた。
林山は星影と別れて以来、暇をもてあましていたわけではなかった。星蓮を取り戻した時の逃げる手はずや、逃げ道の確保などについて使えそうな道がないか下見などをしていた。武具芸の鍛錬も毎日欠かすことなく行った。
しかし、それだけではなかった。
「郭将軍がどういう人物か教えてくれませんか?」
林山には考えがあった。
あの日、劉家に押し入った男、郭勇武について調べていた。郭勇武のことは、役所に勤めている知り合いからある程度聞いていた。しかし、その話も【都で将軍をしている陛下のお気に入り】ということだけだった。林山は、その情報だけでは納得できなかった。
何か引っかかる。何かある。調べてみる価値がある。
(――――行動あるのみ!)
考えるよりも先に体が動いていた。
「郭将軍がどういう人物か、教えてほしい。」
ある時は市場へ聞き込みをし、またある時は芝居小屋で聞き込みをし、またまたある時は老若男女さまざまな人々へと話を聞きまわるという、いわゆる情報収集をしていたのだ。少しでも宮中にいる星影の役に立てばと、自分達の敵についていろいろ調査していた。
今まで聞いてきた郭勇武の話は、林山が藍田で聞いた話と同じようなものばかりだった。『郭勇武が陛下のお気に入り』という話しか出なかった。そして、どういうわけか、郭勇武の名前を出しただけで、追い返されてしまうこともあった。
快く話してくれる者もいたが、
『郭将軍は、陛下のお命をお助けして将軍職についた人だ。』
『郭将軍は、陛下に美女を献上して将軍職についた人だ。』
『郭将軍は、占い師の予言で陛下から将軍職をもらった人だ。』
と、みんな言うことが違うのだ。
(どれが本当なんだよ!?)
話を聞くうちに、林山はわけがわからなくなった。
恐らく、『郭将軍が陛下に気に入られて将軍職についた』というのは本当だろう。そして、その話を聞いた人々が、気に入られた理由を推測しながら話をしていくうちに、噂話に尾ひれがつく形となったのだろう。
(一般人に聞いてまわるのは、あまり意味がないな・・・。)
そう判断した林山は方向転換した。
皇居と関係のある者達から、話を聞くという作戦に変えたのだ。皇居関係者といっても、都に来たばかりの自分にその様な高貴な知り合いはいない。仮にいたとしても、宮廷に仕える人間が、そう簡単に宮廷の内情をもらすはずがない。特に、後宮に関しては厳しく制限されていた。
そこで林山は、皇居と関係のある人々・・・出入りを許され、ある程度の自由がきく職人などに目をつけた。現皇帝は、とにかく派手なものが大好きで、自分の住んでいる宮殿はもちろんのこと、都を囲んでいる城壁を豪華にするのが好きだった。そのための工事を頻繁に行っている。宮廷の出入りを許されている人々に聞くことはできない。しかし、その下で働いているもの達からなら話を聞くことができるのではないだろうか?
現に、今まで聞いた『郭勇武の話』にしても、
「これはね、後宮に品物を納めている、大商人のところで働いてる人から聞いたんだけど・・・」
「なんでも、皇居の柱を直しに行った職人が、お役人達がそう話してるのを聞いたって言うんだよ!」
と、第三者からの話を元に、噂話が流れていたのだ。
その第三者・・・皇居などに出入りしている者の下で働いている者達から聞いた方が早いと林山は気づいたのである。
そして、ある酒屋がとある職人達の溜まり場になっていることを知る。その職人達は、主に城壁の作業を行っているらしく、宮中や郭勇武に関する話の信憑性が期待できた。
教えられた酒屋へと入ると、自然に振舞いながら、なんとか彼らの話の輪へともぐりこむ込むことへと成功した林山。一緒に雑談をしながら、彼らの酔いが回ったことを確認すると、郭勇武に関する情報提供を求めたのである。
内心期待に満ちた林山に、棟梁をはじめとした男達は困ったように言った。
「郭将軍ね〜あの人については、うかつなことは言えねぇーんだよなぁ・・・。」
「なんせ、ちょいと特殊なお人だからよ!」
「と、いうと?」
顔を曇らせ、話を渋る相手。
「普通の将軍ではないんですか?」
落ち着いた口調で尋ねる林山。林山の声に、男達は苦笑いしながら言った。
「武官になろうと思ったら、大抵はその筋の連中が推挙するんだよ。」
「つまり、その筋で将軍になったのではない・・・と?」
「そうなんだ。その推挙した連中が宦官なんだよ。」
「宦官が?」
(武官からの推挙ではないということか・・・!?)
一般的に宦官とは宮廷での雑用が主な仕事である。だがまれに、宦官の中でも身分の高い後宮の宦官になると皇帝にふさわしい女性を探し、後宮に入れるということがある。
こういった場合、女性を推薦するこというのならまだわかる。しかし、女ではなく男を、それも宦官としてではなく、将軍として推挙したということになるのだ。
「変な話だろ?普通は宦官が推挙するって言ったら宮廷の女だろう!?」
「確かに・・・変な話ですね・・・。」
将軍職とは仮にも国をになう人物がなるものである。
清廉・潔白・率直を必要とする優れた人物を金のことしか頭にないような連中に、そんな優れた人物を果たして推挙することができるだろうか。
答えはわかりきっていた。たとえ推挙したとしてもろくな奴でない事は目に見えている。
「まあ、さすがに宦官の推挙で将軍になっただけあってよ、やることなすことが結構汚いんだ。」
「宦官からの推挙だと、良くないんですか?」
「当然だ!宦官に頼むってことは、金がある奴がすることだぜ!?」
「特に、身分の高い宦官と仲良くすれば、陛下に近づくこともできる!」
「上手くいけば、その宦官の口添えで出世できるってわけだよ!」
「じゃあ、宦官に推挙してもらうということは・・・」
「出世目的に決まってらぁ!」
そう言って、男達は酒を流し込んだ。
「陛下は、男でも女でも、美形が好きだからなぁ〜」
「そうそう。郭将軍は男前だからな・・・。」
「しかも、腕っ節がついよいことを鼻にかける嫌な奴さ。」
「それでいて、頭がいいというか・・・・悪知恵も働くしよ。」
「陛下に気に入られてるから、裏で随分好き勝手なことしてるんだぜ。」
話を聞きながら林山は考えた。
今聞いている【郭勇武の話】は、これまで聞いてきた中で一番信憑性があった。
それまで話を聞いた相手が、町にいる宮廷とはあまり関わりのない人々の話だった。
しかし、今自分に話をしているのは、宮廷に出入りしている者達だ。
(一番信用できる話だろうが――――――)
ここで林山は自己判断をしなかった。今の話が正しいとすぐには決めなかった。
この話が本当かどうか、確認しようと林山は思ったのだ。
(・・・・・少し、カマをかけてみるか。)
そう考えると、近くにあった酒の器を手に取る林山。
そしてわざと、大げさに首を振りながら茶化すような口調で言った。
「でも・・・それはあくまで噂でしょう?信じられないな〜」
林山の言葉に、男達は猛烈に反発した。
「嘘なもんか!郭将軍の機嫌を損ねて、陥れられた奴が何人もいるんだぜ!?」
「男だけじゃない!女なんて悲惨だぞ!気に入った女なら、人妻でもなんでも強引に自分のものにする!出世のためなら自分の女も上司にも渡す!」
「女を見る目があるんだろうな・・・・とにかく、郭将軍の紹介する女は上玉ぞろい!」
「だから、今後宮の奥方様の募集でも、郭将軍様自ら足を運んでいるそうだぜ。」
なるほど・・・それで合点納得がいく。
(星蓮を連れて行ったのも自分のためか・・・!!)
こみ上げる怒りを必死に抑える林山。そして、気落ちを切り替えて、再度男達に質問した。
「しかし、そんな振る舞いを陛下が許すはずないでしょう?」
「問題はそこなんだよ!ここだけの話なんだが・・・・どうも宦官連中が、郭将軍に味方しているらしいんだ。」
「宦官が?」
「大きい声じゃ言えないが、そのお礼もかなりのものなんだとよ。」
「一体どこからそんな大金を手にいれてるのやら・・・!」
「そりゃ、どこぞの金持ちから賄賂もらってるんだろう?」
「俺の聞いた話じゃ、娘を見逃してもらうための謝罪料をとってるって聞いたぜ!」
「謝罪料!?」
1人の男の言葉に、林山は思わず聞き返した。
「ああ。婚礼の決まってる娘の後宮行きを見逃す代わりに、その親から大金をせしめるって方法よ!」
「婚礼の決まっている娘を!?」
「これが性質が悪くてなぁ〜嫁入りするって決まってる娘を狙って、お声がけをするらしいんだよ!もちろん美人に限るがな!」
「じゃあ、知っていて後宮行きを命じるんですか!?」
「そういうことだ。後宮に入れるってことは、女にとっちゃ最高の名誉だからな。親にとっても最高の名誉さ!」
「なかには、娘が後宮に行けるってことで、破断にしちまった縁談もあるんだぜ。」
「破談に!?当人同士は、いい迷惑じゃないですか!?」
「高貴な方々はそうでもないぜ。まぁ・・・好きあってる者同士は気の毒だな。」
「そういうところは、見逃してもらう代わりに、郭将軍へ謝罪料として大金を払うんだ。勅命を内緒で見逃していただく謝罪料って名目でよ!もちろん郭将軍がその値段を決めるんだがな。」
「まぁ、話を持ちかけて相手がのってくりゃー将軍様の思い通りよ!紹介料として花嫁の親から金を取る。その花嫁をなじみの宦官に紹介して、その宦官から紹介料を取る。」
「それで金を集めると・・・!?」
「その通り!金がほしい時は、金を持ってる嫁入りの決まった美人のいる家を狙う。金がそんなに必要じゃない時は、身分に関係なく、嫁入りの決まっている美人のいる家を狙う。」
「要は、金か女のどっちかハズレても、どっちかで得すりゃそれでいいわけさ!」
「郭将軍とすれば、金と美女の両方が手に入る美味しいお仕事さ。でもなぁ・・・」
「なんです?」
「いやな・・・・大金を出しても、見逃してくれねぇ場合もあるんだ。」
「え?」
「そういう時は、金がほしいんじゃなくて、娘目当ての時らしいぜ。」
「娘目当て・・・?」
「ある金持ちは、金で見逃してもらおうと頼み込んだが、強引に連れて行かれちまったらしいぜ。」
「え!?そ、それは――――――」
(―――――俺達のことか!?)
林山の脳裏に、郭勇武とのやり取りがよみがえる。
(もう都で噂になっていたのか!?)
しかし、そんな林山の考えはすぐに否定された。
「そういや、そんな話もあったなぁ・・・。ありゃ確か、一年ぐらい前のことだろう?」
「い、一年前!?」
(俺と星蓮のことじゃないのか・・・!!)
相手の言葉に安堵する林山。だが、ホッとしたのもつかの間だった。
「あれはひどかったよなぁ〜婚礼の準備中に、いきなり郭将軍が押しかけてきてさ。」
「婚礼の準備中に?」
「ああ。花婿が、花嫁の家に来ててな。その時に勅命だとか言って上がりこんでよ・・・。」
「その2人は、好きあってる者同士だった。だから親父も、金欲しさに将軍が来たと思ってな・・・・金で解決しようとしたんだが――――――」
「ところが将軍は、『誰が賄賂を渡せと言った!?この無礼者が!』と言って、父親を散々痛めつけてな・・・。」
(・・・似ている・・・。)
話の内容が同じだった。自分の時と驚くほど同じだった。俺も、結婚のことで星蓮の家に行った時に郭勇武が現れた。そして、【勅命】という陛下の後ろ盾で星蓮を連れ去ったのだ。
「それで・・・その後の2人は?」
自分でも、なぜそんな質問をしたのかわからなかった。
その花嫁は強引に連れて行かれたということを、林山は今聞いたばかりだった。
だが、思わず尋ねていた。自分と星蓮と同じ状態に陥った恋人達の末路。
(最悪の場合・・・俺達も、その恋人と同じ道をたどるのかもしれない・・・。)
そんな林山思いが、話の続きをせがませた。林山の言葉に、職人達を束ねている棟梁が重い口を開いた。
「2人共死んじまったよ。」
「死んだ!?まさか・・・心中を!?」
一緒になれないなら、2人一緒に死んだということか!?
2人で、郭勇武から逃げて、逃げ切れなくてそれで死んだというのか!?
誰にも邪魔をされないように・・・互いの愛情を守るために!?
林山の頭の中で、愛の逃避行をして、互いに手を取り合って心中する男女の物語が浮かぶ。
美しい愛の形を想像した林山だったが、棟梁は、そうじゃねぇ、と低い声で言った。
「結果的には心中になる・・・。だが、少し順番が違うんだ。」
「順番!?」
「花嫁を守ろうと抵抗した花婿が、花嫁の目の前で切り殺されたんだよ。」
「切り殺された!?」
「ああ・・・惚れた男を殺された花嫁は、そのまま将軍に連れて行かれた。そして、入廷する前日に、かんざしで喉を突いて死んだんだ。恋人からもらったかんざしでな・・・。」
「そんな・・・!」
「幸い、後宮に入る前だったから死体は返してもらえたが、残された家族も惨めなもんさ。」
かわいいそうになぁ、と言った棟梁の言葉で、その場は静かになった。
(心中だ・・・。)
彼らの言う通り、順番は違うが、その恋人達は心中したのだ。
愛する女性を救おうとして殺された男。
自分のせいで、愛する男性を失った女。
(同じことをしただろう・・・。)
もしあの時、星蓮が側にいたら、俺達もその恋人達と同じ結末になっていただろう。
俺は、星蓮を守るためなら命は惜しくない。
星蓮も、俺のためなら死を選ぶだろう。
でも、だからといって、生きることへの執着がないわけではない。
最高権力者の命に背いてでも、2人で生きていける覚悟はある。
覚悟はあるが――――――
(星蓮が死んだら、俺は生きて行けない・・・・!)
俺は星蓮以上に、好きな相手はできないだろう。
星蓮が好きだから、親が決めた縁談を断って彼女を選んだ。
断った相手には悪いとは思ったが、星蓮のためなら俺は悪者でいい。
それぐらい星蓮を愛している。
本音を言えば、星影の提案を聞いた時うれしかった。
口では星影の作戦に反対したが、本心は違った。
星影を犠牲にしてでも、星蓮と一緒になりたかった。
(ひどい男だ・・・俺は・・・・!)
周りは、俺が穏やかで優しい男だと言う。でも、本当は違う。
薄汚い部分を持っている男。腹の底では、惚れた女のためなら誰かを犠牲にしても構わないと思っている。
(ごめんな・・・星影。)
自分達のために、奮闘してくれている友であり、義姉である星影にわびる。
そして改めて、郭勇武に怒りを覚えた。
目潰しを使って、自分の叩きのめしたやり方に怒りを覚えた。それと同時に、そんな郭勇武の卑怯な手口でやられた自分を情けなく思った。
俺が不覚を取らなければ、星影はこんな苦労をしなくてすんだはずだ。
(それに――――・・・・・)
2人が薬妙寺に行っていたことにしても、俺が関係していることは間違いなかった。
李桂蓮―――――――元・婚約者とのあらぬ噂が原因だろう。
(俺が全部悪いんだ・・・・!)
都に来てから、毎日皇居のある方を俺は見る。
星影と星蓮の無事を祈りながら。
星蓮が生きていることを願いながら、何度も後宮の方を見る。
星蓮と再会できたら、きちんと彼女に話そう。桂蓮とのことについて。
だから星蓮、間違っても自害なんてしないでくれ!!
もし、万が一星蓮が命を絶っていたら―――――
(俺は皇帝と刺し違えて死ぬ・・・!お前のあとを、追うからな・・・!!)
「大丈夫か、兄ちゃん?顔色が悪いぞ。」
その一言で我に返る林山。
「いえ、気にしないでください。なんでもないですから。」
「馬鹿言え!なんでもないわけねーだろ。わかってるって!今の話をきけば誰だって胸糞悪くなるよな。」
「ええ・・・まあ。」
愛想笑いをした林山。その心中は、星蓮への思いでいっぱいだった。
そして、星影に対しても――――――――
(ごめんな・・・星影。ごめんな・・・!!)
俺がふがいないばっかりに、女のお前にばっかり無理させて・・・!あの時だってそうだ。
三年前のあの時だって――――――――――!!
“私がやるよ!!”
遠い昔の記憶が、林山の心を侵食する。
あの時のような思いは二度とごめんだ!
そう思い、持っていた器を机の上に置いた。
(今の俺は、後戻りはしない。するつもりはない!!)
器に入った酒に映る自分を見ながら、林山は強く決心するのだった。
小説を大幅修正したので、新作もアップしました(苦笑)
本編とは関係ありませんが、日本にも『侠客』がいたそうですよ!江戸時代は、町奴・鳶とも言われていたらしいです!ただ・・・江戸時代あたりの歴史にそんなに詳しくないので、間違っていたらごめんなさい(汗)!!もし、詳しい方がいたら、こっそり教えてください・・・!!