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第十八話 命がけの謁見会(5)

皇帝・劉徹と宦官・李延年のなんともいえないやり取り。

そんな空気をもてあます、星影を含めた一同。しかし、その雰囲気はある声によって終止符を打たれる。


「では、安林山殿には明日から陛下の身の回りで働いていただけるように手続きをしておきます。」


そう言って声を上げたのは一人の文官だった。彼もまた、上座に近い場所にいた。着ている物からして、文官の中では身分が高そうだった。年も、見るからに陛下や衛青将軍よりも上の男性だった。十分に貫禄が漂っていた。


「仲舒、それはないだろう?」


仲舒と呼ばれた男の言葉に、皇帝が文句を言おうとした矢先だった。


「陛下!」


真横にいる延年に(とが)められる。


「わかった・・・。林山!明日から朕のところに来るように。詳しい事は後で追って沙汰(さた)する。」


皇帝はしぶしぶ納得したようだった。軽く星影に笑いかけるとその場を後にする。彼の姿が見えなくなると、文・武官達もぞろぞろと部屋を後にする。その姿を星影は、呆然と見つめていた。


「・・・行っちゃった。」


皇帝がいなくなったと同時に彼女の緊張は完全に解けた。


(まさか昨夜の変態・・いや、男性が漢帝国の皇帝・劉徹様だったなんて。世の中わからないものだな。)


そんなことを考えている時だった。彼女の肩を叩くものがいた。振り返るとそこには、


「あ、黄藩様!」


彼女の上司である黄藩の姿があった。


「陛下も下がられました。さあ、私達も行きますよ。」


そう言ってさっさと歩き出す。その後を慌てて追う星影。


「待ってください、黄藩様。」

「黄藩『殿』で結構ですよ、安林山殿。」

「り、林山殿!?」


黄藩の言葉に星影の声がうわずる。今まで自分を呼び捨てにしていた上司が、急に『殿』付けで呼んできたのだ。彼女でなくても驚く。


「そうですよ。貴方はもう私の部下ではありません。」

「それってつまり・・・見放されたのですか?」


情けない声を出す星影に、黄藩は驚いたように振り替える。


「なにを言っているのですか!?そうではありません。貴方は私と同じ身分になったのですよ。『殿付け』をしてなにがいけないのですか!?」

「ええ!?私が高級宦官に!?どうして!?」


その言葉に黄藩の顔色がかわった。


「貴方はなにを聞いていたんですか!?たった今皇帝陛下から、お側にとの、ありがたいお言葉を頂いたでしょう!?」

「そりゃそうですけど・・・それといったいどういった関係が?」

「もう本当にあなたは!!陛下のお側に仕えるのに、下級宦官のまま仕えられるわけがないでしょう!?それぐらいわからないんですか!?」

「いや、そんなに怒らなくても・・・。」

「怒りますよ!なんなんですかあなたは―――!!?」


信じられない、と何回も繰り返しながら怒る元・上司。


「ああもう!どうして貴方はこうなんですか!?ただでさえ、素行が悪いというのに!!」

「はあ・・・すいません。」

「謝るぐらいならきちんとしてください!大体ね・・・!!」


部屋の入り口で説教を始める黄藩。それを気の毒そうに見ながら去っていく文・武官。

だが肝心の星影は、黄藩の話など聞いていなかった。彼女の中では、今後の後宮での自分の行動をどうするかで頭がいっぱいだった。

それにしてもこれからどうしよう。とりあえず、林山にこのことを伝えないと。上手くいけば、早いうちに星蓮を連れ出せそうだし。

そんなことを考えている時だった。彼女の視界にある人物の姿がうつる。


「あ、衛青将軍・・・。」


幸い、彼女の呟きは黄藩には聞こえなかった。無論衛青にも。星影の視線は黄藩から衛青へと移る。


(そうだ、こうしちゃいられない。言うべき事は言っておかないと―――――!!)


星影は、顔を伏せたまま(なげ)いている黄藩を無視するとそのまま彼の後を追いかける。


「あの!待ってください、衛青将軍!!」


星影の声に衛青は立ち止まる。


「・・・。」

「衛青将軍、先ほどはありがとうございました!!」


無言のまま自分を見る衛青将軍。そんな彼の様子にたじろぎつつも彼女は言った。


「衛青将軍が取り成してくださったおかげで、私は賊だと勘違いされずにすみました!」

「・・・。」

「だから、お忙しいとは思いましたが、一言お礼がいいたくてお引き止めてした次第で・・・。」

「・・・。」

「あの、本当にありがとうございました!感謝してもしきれません!!」

「・・・。」

「あの・・・。」


ずっと黙ったままの相手。


何故何も言わないんだろう?もしかして宦官とは話したくないのかな。


「・・・えっと、本当にそれだけなので・・・。その・・・はい・・・。」

「・・・。」


笑って見せても、その表情は変わらない。


(・・・やっぱりこの人も、いつぞやの官僚みたいに宦官の事を汚いものとして考えているのかな。)


そう考えると、なんだか自分のやっていることが急に惨めに思えてきた星影。後ろの方では、星影がいないいのにもかかわらず、未だに嘆きながら説教を続ける黄藩がいた。正確には気づいていないといった方がいい。


「お・・・お引止めをして、申し訳ありませんでした。では、失礼します・・・。」


そう言って(きびす)を返して、立ち去ろうとした時だった。


「・・・疑われても無理がないな。」

「え?」


その声に星影は振り返る。今まで一言も発しなかった衛青の声だった。


「・・・律儀(りちぎ)に礼を言う宦官は初めてだ。優しいな。」

「え、衛青将軍!?」


その口調は、どこかぶっきらぼうではあったが不快感はなかった。


「おまけに将軍相手に、掴みかかろうとした奴も初めて見た。あの時止めていなかったら今頃・・・。」

「え!?も、もしかして・・・そうだと知って助けてくれたんですか!?」


詰め寄るように近づく星影に、口だけで笑ってみせる。



「・・・無鉄砲もほどほどにしなさい。」



そう言い残すと(きびす)を返して去っていく衛青。その後姿を見送る星影。


(衛青将軍は、私が蔡勇武に掴みかかろうとしたのがわかったから止めに入ってくれたんだ。)


冷静に考えてみればあそこで掴みかかって、奴を倒したとしても、賊の仲間だという疑惑がますます濃くなるだけだった。それだけではない。身元についても洗いざらい調べられていただろう。

もしあの時、怒りに任せて掴みかかっていたら今頃大事になっていただろう。

衛青将軍が発言してくれなかったら、今頃私は・・・。


「いい人だな・・・。」


一言呟くと、彼女踵を返して歩き始める。未だに嘆き続けている黄藩の元へと戻る。


(よかった、別に嫌いだから無視してたわけじゃなかったんだ。)


相変わらず顔を覆ったまま説教して続ける黄藩の前まで来る。

きっと宦官がお礼を言うなんて思ってなかったから返事に困ったんだ。確かに、楊律明や呂京文のような宦官が多いが、空飛のような良い宦官だっている。でも、これで少しは宦官について見直してくれたかな。


「いいですか、わかりましたね!!」


黄藩の同意を求める言葉に星影の思考は遮られたが、


「はい、わかりました。」


いきなりではあったが即答する。その返事に安心したのかようやく彼は顔をあげた。


「そうですか・・・やっとわかってくれたんですね?」


ここでやっと、長ったらしいお説教が終わった。少しふらつきながらも黄藩は言った。


「それでは、貴方の新しい部屋に案内しますから、ついてきてくださいね。」

「え?新しい部屋ですか。」

「ええ。言ったでしょ?高級宦官になると個室がもらえると。貴方の荷物は、同じ整理係りの(おう)琥珀(こはく)張空飛(ちょうくうひ)に運んでおくように言っておきますから心配は要りません。」


荷物を運ぶ?私の荷物を!?それはまずい!!あの中には検査の目をかいくぐって持ち込んだものがいろいろ入っているのに!!空飛はともかく、琥珀には感づかれるような気がした。


「ちょっと待ってください、困ります!」

「どうしてですか?」

「荷物は自分で持って行きます!取りに行かせてください!!」

「そう言われましてもね。まさか貴方・・・彼らと別れたくないんですか?」

「え・・・それは。」


確かに空飛や琥珀と離れるのは正直辛い。林山以外にできた初めての友達。どんな形であれ、気の合う友になれそうだった。それにこのまま二人の側から離れるわけにはいかなかった。気がかりなことが残っていたから。

昨夜の出来事・・・琥珀が黒ずくめの男と密会していたこと。もしかしたら、彼が陛下を殺そうとした賊の仲間かもしれない。そうだとすれば彼の行動はつじつまが合う。危険を冒してまで命を奪う必要のある人物と言えば陛下を置いて他にいない。

しかし、何故彼がそんなことを?


“一方的に和平を断ち、攻め滅ぼせるだけの力は今の皇帝にはあったからね。”


琥珀の言っていた言葉が脳裏をよぎる。

琥珀は、復讐をするつもりなの・・・・?確かに今の今上は異民族に対して攻撃的だが、だからといってなんの罪もない宮廷兵達の命まで奪うなんて。もしそうなら―――


「・・・その通りです。」


見逃せない。陛下は妹を奪った人だけど・・・。だからと言って陛下を見殺しにはできない。例えどんな人間であっても、


「私は彼らと離れたくありません・・・!」


私の目の前で誰かが死ぬのは嫌だ―――――

このまま彼の元を離れるわけ行かない。


「そう言われても、彼らは下級宦官、私達は高級宦官。身分が違います。」

「でも、彼らは私の友達です!離れたくありません!」

「貴方って人は!そんなわがままは通用しませんよ!」

「じゃあ、高級宦官にはなりません!下級宦官のままでいいです!!」

「な、なんてことを言いだすんですか!?そんなことをしたら、貴方の命はないんですよ!?楊律明と呂文京達の命を助ける代わりにお側に仕えると陛下とお約束したでしょう!」

そうだった・・・!こんなことになるなら、あんな奴ら助けるんじゃなかった。

「じゃあ、どうすれば・・・!」

「諦めなさい。もう彼らとは住む世界が違うのです。」


黄藩の冷淡な言い方に星影は納得がいかなかった。


「それとも、離れられない特別な理由でもあるんですか」

「特別な理由って・・・それは―――。」


ここで黄藩に昨日のことを話すわけにはいかなかった。はっきりとした証拠もないし、彼まで巻き込むわけにはいかなかった。それに、せっかく晴れた賊の疑いをかけられる可能性もあった。



「・・・友達と離れたくないからで・・・。」



星影の言葉に一瞬大きく目を見開いた黄藩だったが、呆れたような口調で言った。


「・・・友が欲しいなら私が紹介します。それで我慢なさい。」

「そんなの友達なんて言えないよ!もういいです!陛下にお願いしてきます!」

「り、林山殿!?」

「下級宦官のまま、お仕えさせてくださるように頼んできます!!」


思いたったら即行動。踵を返すと、皇帝が去っていった方向へと行こうとする。


「待ちなさい!どこに行くんですか!?」

「陛下にお願いしに行くんです!」


彼女のとんでもない発言に、黄藩は真っ青になる。そして行かせまいと、星影の腕を掴む。


「ば、馬鹿!な、な、なにを考えているのですか!?行かせませんよ!」

「離して下さい!武人の情けです!!」


その腕を振りほどこうとするが離れない。相手もかなり必死だった。


「なにが武人ですか!?貴方は宦官でしょう!?」

「体は宦官でも、心は武人!いいから離して下さい!!」

「冗談じゃありません!いくら貴方が高級宦官になったからといっても、林山殿!貴方のしている事は家臣の領域を超えた大胆な振る舞い!!無礼もはなはだしいことです!!」

「それは百も承知です!別に貴方には迷惑かけないからいいでしょう!?」

「そういう問題ではありません!行かせません!絶対に行かせませんよ・・・!!」

「それでは力ずくで押し通るのみです・・・!!」


星影は自分を掴んでいる黄藩の腕を力いっぱい払いのける。それによって黄藩の手は腕から離れたかのように見えたが、


「逃がすか!!」


「わああ!?」


素早く彼女の腰にしがみつく


「しつこいですよ!?」


「当たり前です!!」


構わずそのまま引きずるが、一行に離れる気配がない。30メートル程進んだところで動けなくなった。


「黄藩様!離して下さい!!」


「呼び方は『黄藩殿』でしょ!?離さないったら離しません!!」


そんな二人の押し問答にいつしか人だかりができていた。


「は〜な〜し〜て〜!!」


「は〜な〜す〜か〜!!」


左右に振ってみるが離れない。それどころか、ますますきつくしがみついてくる。痺れを切らした星影。


「いい加減に・・・!」


怒鳴りつけようとした時だった。




「しやがれ!!!」




ドスのきいた怒鳴り声。初めて聞く黄藩の、宦官の男らしい声に星影はもとより周りの者たちは度肝を抜かれる。




「このクソ餓鬼が!!手間かけさせんじゃねーよ!!」




ものすごい力で彼女を引き寄せると、星影首根っこを掴む。


「ちょ、黄藩殿!?一体な・・・!」


「ガタガタ言わずに来やがれ!!」


男らしく黄藩は言うと、そのままずるずると引きずっていく。



「放してください!それが宦官のすることですか!?」


「うるせぇ!お前がそれを言うな!!」



閻魔もはだしで逃げだしそうな勢いで睨みつける黄藩。さすがの星影もなにもいえなくなった。周りも呆気にとられた状態でそれを見送る。彼女は引きずられながら思った。

仕方ない・・・今夜にでも後宮を抜けだして、林山のいる宿にいこう。彼ならば何か言い知恵を出してくれるかもしれない。それにしても・・・。



「たく!人がしとらしくしてりゃ、良い気になりやがって!!」



(宦官て・・・怒らせると怖いんだ・・・・。)



“・・・無鉄砲もほどほどにしなさい。”



衛青将軍がそう言って理由がなんとなくわかった。私の性格を理解したうえで言ってくれたのだろう。

しかし、このときの彼女は知るよしもなかった。星影の様子を見ている人物がいたことに。


「あれが安林山ですか?」

「そうだ。なかなかイキがいいだろう?」

「確かに。我々にとっては、もってこいかもしれませんね―――」


星影を見ながら柱の影で笑う人物。



「―――郭将軍。」



彼女の姿が見えなくなるまで、郭将軍の視線は星影へと(そそ)がれていた。


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