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第十七話 命がけの謁見会(4)

衛青の発言により、文武官が集まった広間は異様な雰囲気になっていた。

安林山こと、劉星影は、無言で衛青を見つめていた。

視線をどこに向けたいいのかわからなかったというのもある。正面を、皇帝の方を見るにしても、身分の低い者が最高身分の者を見るのは好ましいことではない。衛青に対してもそうだったが、今まで、やり取りをしていたということもあり、視線を衛青に向けていた。

正確には、衛青の首の辺りを見ていた。顔を見るのは、皇帝同様に身分的なこともあってが、見ることが出来なかった。


自分の正体すら、見抜いてしまいそうな洞察力(どうさつりょく)が怖かったからだ。


「でも衛青将軍、瞳が大きくなった、ならなかったで、本当にこの者を信じるおつもりですか?」


各自が、それぞれ小声で議論する中、最初に口を開いたのは()延年(えんねん)だった。


「衛青将軍は、国の英雄とも言えるお方。そのお言葉は信じたいのですが・・・。ねぇ、陛下。」


李延年の言葉に、皇帝・(りゅう)(てつ)も言葉を(にご)す。


「それもそうじゃな・・・。衛青よ、それで間違いないのか?」


問いただすような口調の相手に、衛青は頭を下げながら言った。



「仰せの通りでございます。ご不審に思われるのも、ごもっともでございます。ただこれは・・・私の昔の経験に(もと)づいておりますゆえ・・・。」



その言葉に、かすかにざわめき始めていた家臣達が黙り込む。


「・・・仲卿の経験か・・・。」


独り言のように劉徹は呟く。


「万が一の時は、私が責任を取ります、皇帝陛下。」


衛青の言葉に、劉徹はそう言った相手と星影を見比べる。そして、自分の右膝を叩いた。



「仲卿を信じよう。」



その言葉に、星影は劉徹の方を見る。相手と目が合う。劉徹はにやりと笑うと言った。



「林山は賊ではない。」



その場の全員に聞こえるような声で皇帝は叫んだ。


「仲卿の立派な証拠がある以上、これの話はそれまでじゃ!仲卿ほど、誠実で、律儀なやつはおらんからな〜間違いなかろう?」


茶化すように笑う劉徹に、家臣達もつられるようにして笑う。

皇帝の言葉に、それまで硬く無表情だった衛青将軍の目がわずかに微笑んだ。それと同時に周りの空気も和む。


「そうですね・・・衛青将軍がそう申されるなら・・・。」

「ええ・・・!賊ではないですね。」

「身元は、宦官の証明書を見ればわかることですし。」


あれほどまでうるさかった外野も、すっかり静かになった。その様子を目の当たりにした星影は思う。


(衛青将軍って、すごい・・・!!)


あれほどうるさかった文・武官を黙らせるなんて。優れた人物である事は間違いない。

星影の緊張が解ける。


(助かったんだ・・・!)


小さく、安堵の息を漏らす星影。

もちろん、この状況に満足したのは星影だけではなかった。


「さすがは仲卿だ!朕自慢の忠義の臣じゃ。」


上座で、皇帝は大喜びしていた。そんな皇帝に、衛青将軍は無表情で言った。


「恐れ入ります。しかし陛下、昨夜の失態については、私にも責任があります。今後はこのようなことがないように勤めていきたいと思います。」

「なにを言う!お前は大将軍であろう!?兵とお主とは関係ないであろう!」

「私も武人です。きちんとした対策を決めていなかったのですから・・・。彼らの責任にするわけには。」

「もうよい。」


そういって玉座から降りると、衛青の側に駆け寄る皇帝。




「朕も一人歩きしたのが悪かった!衛兵達の罪は問わん!この話はもう終いだ!誰も異存(いぞん)はあるまいな!?」



「「異存はございません、皇帝陛下!」」




皇帝の問いに答えるように文・武官は声を揃えていった。いっせいに頭を下げる光景はなんとも迫力のあるものだった。これが皇帝の威光(いこう)というものか。


「林山よ、嫌な思いをさせて悪かったな。」


急に自分に声をかけられ、慌てながらも頭を下げながら彼女は言った。


「そんな、陛下!!もったいないお言葉です!!」

「よい、よい。勇武よ、いくら名前と性別が同じだからといって、言って言い事と悪い事があるだろう?」


その様子を立ったまま見ていた郭勇武に皇帝が言った。


「・・・は!申し訳ありません!」

「以後は口を慎め!少しは衛青将軍を見習え!」


片膝を突きながら謝る郭勇武に、彼は冷たい言葉投げかけた。途端に文官席から押し殺すような笑い声が聞こえる。それに対して、渋い顔のまま下を向く宿敵の姿に星影は内心スカッとしていた。


(いい気味、ざまーみろ!でたらめ言うから恥をかくんだ。これもすべて衛青将軍のおかげだ!)


「お前らも人の事は言えんだろうが!!」


今度は文官席に向かって怒鳴りつける皇帝。その声に今度は彼らが静かになる。


(あーあ。人の失敗を笑うからだよ。)


少し気の毒そうに彼らを見る星影だったが、彼女にそれを言う権利はないだろう。


「さて、話がそれてしまったが・・・。」


咳払いをすると彼女に向き直りながら皇帝は言った。


「安林山よ、朕はお主の事が気に入った。」

「あ、ありがとうございます。」

「お前といると本当に飽きない!もっと語らいたいものだ。」

「もったいないお言葉です。」


「そんなことはない。お主を見ていると・・・・霍去病を思い出す。いや・・・去病の再来か・・・。」


呟くようなかすかな声で言う。彼がそう言った瞬間、室内になんともいえない空気が漂うのがわかった。無表情だった衛青将軍の表情も険しくなった。


(なんだろう?衛青将軍まで・・・。)


「まあ、なにはともあれ、朕はここにいる安林山に金二千金・銀二千金与えたうえで、朕の側に置くことにする。」

「ええ!?」


思わず叫び声をあげる星影。


(き、金銀を二千金ずつ!?そんな大金を!?)


「どうした?金銀二千金では少なかったかな?」

「め、滅相もございません!!いいえ、むしろそんなに頂くわけには――」

「ハハハ!謙虚な奴じゃのう。ますます気に入ったわい!」


にこやかに言う劉徹に、星影は返事に困る。戸惑う彼女の前まで来ると、かがみこみながら星影の耳元でそっと囁いた。



「お前には朕の側にいてもらうぞ。・・・・職務も、食事も、着替えも、(かわや)も、沐浴(もくよく)も、寝所も同じだ。そうれに、妻達の元に行く時もだ・・・。」



満足そうに言う皇帝に星影は背筋に悪寒を感じた。


(宦官って・・・そこまで一緒なの?)


職務も、食事も、着替えも、厠も、沐浴も、寝所も一緒で、皇帝の妻女達の元に行く時まで同じなの!?子供じゃあるまいし!姉妹でもそこまでしないわよ!第一、そんなことして奥方達は困らないの!?私付きで押しかけて行ったら奥方達だって絶対に困るよ!奥方達だって・・・。奥方達のところに行く時も・・・!?


そこまで考えて彼女はあることに気づく。


・・・待てよ。もしここのまま陛下付きの宦官になって、行動していれば星蓮に会えるんじゃないか?いや!絶対に会える可能性が高い!!これこそ本当にチャンスよ。多少の危険を伴うけど、これを逃したら次はない。


星影は決心した。自分の大切な人達を幸せにするために究極の選択をする。



「・・・私でよろしければ、皇帝陛下の仰せのままに。」



猫なで声を出しながら、満面の笑みで言う星影。その答えに皇帝も満面の笑みを浮べながら頷く。


「よし!決まりじゃ!」


商談成立!


どちららともなくにこやかに笑う二人。互いの利害関係が一致した結果とも知らずに。そんな二人の様子にさすがに周りは諦めたように見えたが。


「いけません!陛下!!」


約一名反対者がいた。言わずと知れた李延年だった。


(こいつ!せっかく星蓮に近づけるかも知れない好機なのに・・・余計な口を挟むな!)


「延年、いい加減にしろ!!これは勅命だ!!」


皇帝のきつめのいい方に一瞬体を奮わせる延年。しかし彼はそこで話すのをやめなかった。下唇をかむと震える声で話しを続けた。


「わ、私はただ・・・陛下が・・・陛下が、心配なのです!!貴方様になにかあったら・・・私は・・・!!」


(ちょっと待った。そんなに私が危険に見えるわけ?)


「陛下が、陛下が襲われたと言うだけでも、胸が張り裂けんばかりだというのに・・・!」


涙目になる延年に皇帝も困ったように彼を見る。


「お怪我がなかったのが・・・本当に幸いでしたが・・・・これだけはわかってください!!私は陛下の身が心配なんです・・・・!!だがら・・・。」


それでもなお、なにか言おうとしている延年の言葉を皇帝は遮った。


「お主がわしのことを心配して言ったことは分かっている。」

「陛下・・・!」


星影の横にいたはずの皇帝だったが、いつの間にか玉座に戻っていた。


(なに、その早業!?)


「心配せずとも、わしが一番可愛く思っておるのはお主だけだ。愛い奴だ、延年。」


今までに聞いたことのないような、優しい声で語りかける皇帝。手を伸ばし、壊れ物でも扱うかのように、ヨシヨシと延年の頭を撫でる。すると、それまで不機嫌な顔をしていた延年だったが、少しふてくされたように、わかりました、と言うと、元いた場所に戻っていった。このやり取りに星影はかすかに不振を覚える。

感動とはどこかほど遠い、異様なこの感覚。

彼らのやり取りを見て、何故か星蓮と林山のやり取りを思い出した。



(なんか似てるような、似てないような・・・。なんなのだろう、この二人。)



ただ、先ほどまで表情の険しかった衛青将軍の顔が元の無表情に戻っていた。

周りも周りで、いつものことだと言わんばかりの空気が流れていた。


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