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第十六話 命がけの謁見会(3)

郭勇武を(しか)りつけるように声を上げた人物に、星影は思わず驚きの声を漏らす。


(だれ・・・この人?)


「郭将軍、いい加減にしないか。安林山殿に対して失礼だ。仮にも陛下のご恩人であるぞ。」


男が発した言葉は、安林山(あんりんざん)こと(りゅう)星影(せいえい)を助けるもの。そして、


「それを賊扱いするなど、言語道断(ごんごどうだん)ではないか!?」


その口調は、注意とも(いまし)めとも言える声だった。


「・・・珍しいな?普段はあんなに無口なお方が・・・。」

「本当に・・・!めったにご自分からは、ものを言われない方が・・・。」


そう言って、(ささや)きあう文官達に気にすることなく、本人は話を続けた。


「彼がいたからこそ、陛下のお命が助かったのだぞ。」


「・・・これは失礼しました。私はただ、ものの例えで申しただけで、別に彼を侮辱(ぶじょく)したつもりではありません。」


「それにしては随分(ずいぶん)悪い例えをしたな?・・・関係ない私が聞いても、十分不快になった。例えられた彼は私よりもっと不快だったはず。」


「それは―――」



「人を(おとしい)れることが、武人がすることか?」



衛青将軍の言葉に黙り込む郭勇武。周りも静まり返った。


「こんなことは言いたくないが、昨夜の賊の侵入に関しては、問題があったのは警備体制ではないのか?」

「それは――――――、」

「例え陛下がいらぬと仰せられても、お供するべきであった。陛下のお命を守ることが、我ら武人の務めだ。勤めを果たせなかったばかりか、陛下をお救いした安林山殿をこともあろうに賊扱いするとはどういうことだ!貴殿達を見ていると、まるで自分達の落ち度を彼に負わせているように見える。」

「そんな!我らは決してそのようなつもりでは―――」


見かねた他の武官が弁護する。それに対して衛青は答えた。


「君達が、日頃の鍛錬(たんれん)を怠っていないことはわかっている。」

「で、でしたら―――」


「ならば、何故このような事態になったか考え、自己反省をしないのだ?」


衛青将軍の言葉に、ハッとしたように武官達は彼を見る。


「自分達の不手際を(かえり)みず、他人にそれを押し付けるのは良いことかな?どうなのかね、郭将軍?」


「・・・申し訳ございません。」


郭将軍が謝ると、それに合わせるように武官達も頭を下げる。そんな彼らの姿を、反対側の席で良い気味だとばかりに小声で(ささや)きあう文官達。衛青将軍の視線は、そんな文官達に向けられていた。そして、彼らを見据(みす)えながら、きつめの口調で言った。


「文官の皆様も同じです。皆様が陛下を思い、彼を疑う事は当然のこと。しかし、忠義を尽くした者に対し、批判するをあびせるというのは感心しませんな?」

「衛青将軍、それは―――!」

「儒教の忠を(かか)げる国の重臣である貴方が、その理を乱すようでは天下に示しが付きませんぞ!?」

「それは・・・。」


「不審と思うのは仕方がありませんが、刑にかけるというのは賛同しかねます。私の申し出、受け入れてくださりますね?」


「は、はい。」

「申し訳ありません・・・。」


口々に謝る文官達。衛青将軍は一通り全体を見渡すと全員に聞こえるほどの声で言った。


「この者は賊ではない。・・・私が保証します。」


衛青の発言に全員目を見張った。


「お待ちください、衛青将軍!そのような軽率なことを!!」

「そうです!あなたのような方が、何故こんな輩を―――――――!!」


「どうしてそこで、彼を罪人扱いするのですか?私が先ほど申したことを、ご理解していただけなかったのですかな?」


「め、滅相もありません!ただ・・・。」

「え、衛青将軍!本気でおっしゃられているのですか!?」

「私が、冗談を言っているように聞こえますか?」

「そうではありませんが・・・ただ、なんの根拠も無いのに・・・。」



「そこまでおっしゃる根拠をお聞きしたい!」



「郭将軍!?」


声の主は郭勇武だった。


「国の重臣中の重臣、国の宝とまで言われる貴方が、そこまでおっしゃる理由をお聞きたい。」


声は穏やかだったが、その目からは(ねた)み・(さげす)みが含まれた挑戦的なものだった。


「そうです!我らが納得するように説明してください!!」


郭勇武に同調するように、文・武官達は口々に言い出した。衛青はそれを軽く見回すとゆっくりとした足取りで、星影の方へ向かって歩き始めた。


うそ!?なんでこっちに来るの!待って、待って!心の準備が・・・・!!


動揺(どうよう)する星影の前まで来るとそのまま片膝をつく。


「・・・・。」

「あ、あの・・・?」


無言で自分の顔を覗き込む衛青に、彼女は顔が熱くなった。


(近くで見ると・・・・男前だ・・・・。)


年は、自分より二十ほど上であるのは間違いなかった。表情は無表情であったが、武官とは思えないほどの穏やかな目をしていた。


(今まで、私の周りにいなかった人間だな・・・。)


「・・・仲卿よ、それでどう証明できるのか?」


劉徹の問いに、衛青は首だけを向けて軽くおじぎをして答えた。そして再度、星影の方に向き直った。そんな衛青に皇帝は不服そうな顔をした。そんな劉徹に気遣いながらも、衛青は口を開く。


「安林山殿。君にいくつか、質問させてもらうよ。正直に答えてくれ。君の命がかかっているからね。」


衛青の言葉に、星影は無言で頷いた。

命がかかっていると言われて、その質問を拒否するはずがない。もっとも、自分より身分の上の人間の言葉を無視する権利はないのだから。



「君の役職は、下級宦官でよかったかな?」

「そうです。」

「君は昨夜陛下をお助けしたそうだが・・・陛下と知らずに助けたのかね?」

「そうです。」


衛青の質問に、申し訳なさそうに星影は言った。これには、玉座にいた本人も、渋い顔をした。しかし、質問を続ける本人は気にせず話を続けた。


「では、今玉座に座っていらっしゃる方はどなたかわかるかい?」

「・・・?漢王朝第七代皇帝・(りゅう)(てつ)様です・・・。」

「では、君の好きな食べ物は?」

「え?え〜と・・・黄桃(おうとう)が好きですが・・・。」

「では、好きな動物は?」

「・・・ウサギが好きです。」


質問の内容に、星影も、周囲も、困ったような顔をする。


(なんで、昨夜のことと関係ないことを違うこと聞くの?)


玉座にいる最高権力者に、目で訴える星影。しかし相手は、小さく首を振るだけだった。

そんなやり取りに、衛青も気づき、さらに星影に顔を近づけた。


「ところで、陛下には姉君が四名いらっしゃるのを知っていたかい?」

「え?初めて聞きしましたが・・・。」


陛下のことなんて知るわけがない。まして、姉が何人いるかなんて知らない。


「それでは、陛下が景帝の第九皇子ということは知っていたかい?」

「そうなんですか!?」


これも初耳。景帝・・・陛下の父親の子供が何人いるのかなんて知らない。


(この人・・・なにを考えてるのんだ?)


相手の意図がまったく読めない星影。それは周囲も同じだったが、誰も衛青の不可解(ふかかい)な行動をとめることは出来なかった。とめられる立場にある皇帝ですら、どうしたものかと静観していた。



「さて・・・。今この場は、君が陛下を襲った賊の仲間ではないかという話で意見がわかれてしまっている。わかるかい?」

「・・・わかります。」


「君は賊か?」


今までの質問の中で、一番低い声で尋ねる衛青。


「違います。」


これには、星影も一番低い声で答えた。


「陛下の命を狙ったのではないのか?」


「違います!私は賊ではありません!」


先ほどとは打って変わって、はっきりとした口調で星影は答える。


(この人も、私を賊だと思ってるわけ!?)


そう思いながら、星影は相手の次の言葉を待った。しかし衛青は、黙ったまま星影を見るだけで口を開こうとしない。周りはそんな彼の様子に目を見張る。郭勇武も目を細めながらその様子を見ていた。


「衛青将軍・・・?」


恐る恐る、相手に声をかけてみる。星影の言葉は聞こえているみたいだったが、衛青が返事を返すことはなかった。緊張(きんちょう)や戸惑いが星影の心に広がる。そして頭は真っ白になった。しかし、その一方で、膠着(こうちゃく)したこの状況をなんとかしなくてはいけないという考えが星影の頭の片隅(かたすみ)にあった。


「・・・恐れながら、申し上げます。」


正直、星影は怖かった。無表情のまま自分を見つめる目の前の男が。


「私をお疑いなら・・・どのような処分でも受けます。」


何もかも見透かしてしまうような目が怖かった。


「私は賊ではありません。宦官です。でも・・・桃花園に入ったことの罰は受けます。」


そんな顔で見られるのは・・・女だって、バレるかもしれない。


彼女の緊張は周りへと伝わり、部屋に緊張が張り詰める。



「・・・君は賊ではないね。」



ようやく発せられた衛青の言葉に星影は驚いた。衛青の言葉が、ひどく穏やかなものだったからだ。


「何故そう言える?」


すぐさま、玉座にいた劉徹が尋ねる。



「・・・顔を見れば、嘘をついていれば、見分けがつきます。」


「つまりあなたは、顔を見て判断したということか!?」



皮肉めいた口調で言う郭勇武に、衛青は無表情で首をふる。




「正確には『目』だよ、郭将軍。どんなに嘘をつくのが上手い者でも、目まで変えることは出来ない。」




衛青の言葉に、周りにいた文武官達がざわめきたった。あまりにも単純な彼の言葉に、皆珍しいものでも見るように衛青を見た。そして、彼の答えに驚いたのは文武官達だけではなかった。


「どういうことじゃ?」


玉座に座る、この国の覇者。皇帝・劉徹は、訝しそうに衛青に言った。


「仲卿よ、子供の遊びではないのだぞ?その方は朕をからかっておるのか?」


「滅相もありません、皇帝陛下。わかりやすく申し上げますと、人は嘘をつく時、顔色や声の調子に普段と変わります。しかし、嘘をつくものはそれを心得ております。ですからいくらでも誤魔化せます。ただ、唯一誤魔化せないのが目です。」


「まさか・・・その者の目が綺麗だから嘘をついていないと申されるのですか?」



「・・・ああ。少し、説明が悪かったね、郭将軍。正確には『瞳』だ。」



「瞳?」


思わず聞き返した星影に、衛青の視線が向けられた。



「そう、瞳だよ。瞳が大きくなれば、その者は嘘をついている。でも君は、私の質問に対して瞳の大きさが変わらなかった。」



「それが証拠になるというのですか!?」



衛青の話に、納得出来ない郭勇武が横槍(よこやり)を入れた。



「瞳の大きさとは、人それぞれ違うものでしょう?そんなことで、嘘かどうかわかるのですか?」



声を荒げる郭勇武。視線を星影に向けたまま、衛青はそんな彼の質問に答えた。



「だから、最初に安林山殿の瞳の大きさを確認して質問をした。彼の口調や表情は変化したが、瞳の大きさは変化しなかった。」



静かな口調で言う衛青に、周囲も静かになってしまった。ただ一人、皇帝・劉徹が納得した顔で言った。



「なるほど・・・つまり仲卿は、誰でもわかるような当たり前の質問を林山にして、『林山の普段の瞳の大きさ』を確認した。その上で、重要な質問をして、瞳の大きさが変化をするか・・・嘘をついているかどうか確かめたというわけか。」


「仰せの通りでございます、皇帝陛下。」



そう言うと、ここでようやく皇帝の方へと向き直る衛青。


(そうか・・・だからあんな関係ないことも尋ねたのか。)


皇帝・劉徹の話を聞きながら、星影も納得したように感嘆の声を漏らした。

それと同時に、背中に冷たいものを感じた。

無意識で衛青の質問に答えた自分。

もし・・・相手に問いに嘘をついていたら。

厠に行く途中で、偶然陛下を助けたというように嘘をついていたら。




(この武人は・・・見破っていた。)




感嘆(かんたん)の思いと共に、言い知れぬ怖さが星影の心を支配したのだった。


すみません。

投稿小説を見直しまして、あまりにも脱字や間違っている漢字が多かったので、修正しました(大汗)

あと、読みにくかったので、読みやすいようにしてみました(冷汗)

アップしたと、勘違いされた方、本当にごめんなさい!!

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