第十五話 命がけの謁見会(2)
声を上げた人物に、星影は視線を向ける。その男は、皇帝の側に素早く駆け寄った。服装からして彼も宦官らしかった。
「うむ、延年いかがした?」
延年と呼ばれた男は、すぐさま皇帝の真横まで寄ると、なよなよとした声で話し出した。
「陛下、お考え直しください!こんなどこの馬の骨ともわからない下賎の男を・・・軽々しくお側においていいのですか?それこそ、世間のいい笑いものにされてしまいます!!」
星影にとって、この男の話はともかく『下賤』と言う言い方が頭にきた。延年の言葉に皇帝は怒るかと思えば、先ほどとは打って変わって困ったような顔で見るだけだった。それはまるで、駄々(だだ)をこねる子供を見る母親のような顔つきだった。
「だからなんじゃ延年?お前はなにが不満だ?」
「だっておかしいじゃありませんか?」
優しく尋ねる劉徹に、延年は顔を大げさにしかめると、星影を汚いものでも見るような目つきで見ながら言った。
「陛下があの男とお会いしたのは、真夜中の、それも桃の木のある東の庭『桃花園』でございますよね?あそこは、『下級宦官は立ち入り禁止』のはず・・・この男が入れるわけがないじゃないですか!?入っただけでも罪になるのですよ!!おまけにあんな時間にいること自体がおかしな話ではありませんか!?」
延年の言葉に周りがざわめき立つ。
星影も星影で、『下級宦官は立ち入り禁止』と言う言葉に凍りつく。
「そういえばそうだったな。林山、どういうことだ?」
延年の言葉に、思い出したような口ぶりで、劉徹は星影に尋ねた。その言葉は、星影を動揺させるのにも十分だった。
まずい・・・!ここで正体がばれたりでもしたら、自分はおろか妹の星蓮や義弟の林山の首まで飛びかねない。
本日三度目の心臓に悪い事態。
(・・・仕方がない、できるところまでごまかしてみよう。)
「恐れながら申し上げます。確かに、そちらのお方がお疑いになるのも無理はありません。実は・・・その・・・まことに言いにくいのですが、厠に行く途中で道に迷ってしまいまして・・・・・・。」
「道に迷った?」
「はい。お恥ずかしいことに、こちらにお仕えしてまだ間がないこともありまして。帰り道を探しておりますうちにわからなくなってしまい・・・・。」
「しかし・・・・『桃花園』の周りには普段宮廷兵がいるであろう?」
いぶかしそうに言う劉徹に、星影は遠慮がちに話を勧める。
「はい、私もそう聞いていました。いざとなれば兵の方々にお聞きしようと持っていたのですが・・・それが昨夜はいらっしゃりませんでした。『桃花園』の周りに兵の方がいらっしゃるのは存じておりましたので、おかしいと思い、しばらくそこにいたのです。そしたら・・・」
少しの間を置いて、わざと険しい表情を作りながら彼女は言った。
「叫び声のような、断末魔のような声が聞こえてまいりまして。これはただ事ではないと思い・・・。」
「駆けつけたと?」
星影が頷くと劉徹は、なるほど、そういうことか、と納得したかのように頷いた。それは周りも同じようだった。
星影が話した内容はもちろん嘘である。特に、兵の事に関しては警備していたこと自体知らなかったが、このさい仕方ないと割り切って嘘をついたのだ。妹と義弟と一族のためと思う心があったからこそ、これほどのホラ話ができたのである。
「そういうことなら、納得がいく。なあ、心配性宦官の李延年よ。」
皇帝が延年と呼んだ男に再度問いかける。
(李延年・・・それがこの男の名前か。)
「しかし、陛下・・・!」
「我々も延年殿の意見に賛成でございます、陛下。」
延年とは別の声がする方を見ると、そこには顔をしかめた文官一同の姿があった。
「なんじゃ、お前らまでなんだと言うのだ?」
延年の時とは打って変わって、あからさまに不機嫌さを露わにする劉徹。それに対して気にせず話を続ける文官達。
「この男の話を聞く限り、どうも作ったような話に感じます。このことにしても、持ち場と関係ないことを話すかどうか・・・どうなのかな、黄藩殿?」
話を振られた黄藩は、ばつの悪そうに星影を見ながら、
「・・・・いくら私が彼の上司と言いましても、間接的な立場でして・・・直接的な事は担当の者に任せていましています。偽りは申していません、陛下。」
落ち着いた口調で言う黄藩。
「しかし陛下、こういうことはしっかりと確認しておきませんと。」
(なんかやばい展開になってないか?)
危機感を感じて、皇帝を見る星影。周りの意見に後押しされ、劉徹が考え込みだした時だった。
「恐れながら・・・・私も延年殿や文官方の意見に賛成です。」
はっきりとした声が響く。声の方を見ると武官の席から一人の男が歩み出る。それを見た瞬間、皇帝の表情が変わった。
「勇武!?めずらしいな。お主が文官達と意見をあわせるとは。あれほど文官連中を嫌っているお前が!?」
珍しいと言った感じの声を出しながら皇帝は彼を見る。
(ゆうぶ・・・どこかで聞いたことがあるような。ゆうぶ、ユウブ・・・・勇武!?)
しばらく考えていた星影はハッとする。
(もしや・・・勇武と言うのは―――!?)
「お戯れを。私は文官が嫌いなのではなく、文官方の陛下に対する考え方が嫌いなだけです。媚びへつらいしかしない方々でも、たまには良いことをおっしゃるのですな?」
彼の言葉に文官たちは、無礼な、と口々に批判し始める。劉徹の方はそれを咎めるどころか楽しそうに眺めている。周りの状況とはよそに、星影の心には疑惑が募っていた。
(この男が、林山の言っていた男なのだろうか?)
「媚びへつらいとは・・・郭将軍!我々の忠義を侮辱する気ですか!?」
「あなた方の忠義は書に記すこと。我らの忠義は武で示すこと。楽でいいですな。」
「そうやっていつも人を見下すような言い方・・・!礼に反するでしょう!?いくら我らのことが気に入らないとは言え・・・!!」
なんか子供の喧嘩みたいになってきたな。
文武官のやり取りを見ながら星影はそう思った。
「まさか!気に入らないのはあなた方だろう。これ以上回りくどい言い方は聞きたくない。陛下、文官方のわかりづらい話をまとめますと、文官の方は、今の状況から考えてその男が賊の一味である可能性があるといいたいいんですよ。」
「では、この者が賊だと言いたいのか?勇武?」
「ですから、それは我々の考えです!怪しいと思いませんか!?」
「そうです!きっと賊の一味です!」
「賊ぅ!?」
家臣達の言葉に、星影は思わず声を上がる。
いくらなんでも、賊はないでしょう!?仮にも皇帝を助けたのに!?
「ちょ、ちょっと待ってください!いくらなんでもそれは―――」
そう言って、声を上げた時だった。星影と郭将軍の視線が合う。
(―――――いやな目・・・・!)
それが正直な感想だった。人を値踏みするようなその視線。そらせばよかったのだが、それではまるで自分が負けるような気がした。視線をそらすことなく、星影は睨むように相手を見続けた。相手はそんな星影に、口元だけで笑って見せた。
「ほれみろ!林山も違うと言っているではないか。」
「当然です!やましいことを正直に言うようでしたら、役所など必要ありません!!」
「ではなんだ!ここにいる安林山を犯人として調べろと言いたいのか!?」
星影達の様子を知らない皇帝と文官達は激論を交わすのに夢中だった。そんな状況の中、星影も郭将軍も視線をそらさないでお互いを見ていたのだが、
「しかし・・・仮にも陛下のお命を守ったのも事実。疑うのも失礼かと思います。」
一瞬星影をきつく睨んだ直後に、郭将軍が発した言葉だった。思わず星影は目を見開く。
(もしかして私を庇ってくれたの?)
相手が、星蓮を連れ去った郭勇武本人であるかことは間違いなさそうだった。でも、直接顔を見たわけではないのでわからない。
「さすがは郭将軍だ!いいことを言うではないか!?」
「そうですとも。ここは恩賞を与えて称えるべきです。」
「だいたい、朕の命を助けたものが賊の一味であるという考えが馬鹿げている!」
(助かった・・・・?)
郭将軍の言動は、多少癪に障ったが、怪しまれて身元を調べられると言い出されるよりましだった。しかし、安堵するにはまだ早かった。
「陛下!なにも我々は陛下のためを思い言っていることです!お側に置かれるのは陛下の自由ですが、せめて身元をしっかり確認してからでないと。」
(余計なことを言うな!!)
思わず顔を文官達の方に視線を向ける星影。そして冷や汗をかく。彼らが全員、顔を真っ赤にして怒っていた。郭将軍の一言で、その場が納まるかのように見えたがそうでもなかった。逆に文官たちを怒らせてしまったらしい。
「陛下!我らは陛下のために申しているんです!!」
「おい、少し落ち着かんか!」
「陛下も、少し冷静にお考えください!」
「そうです!この者と賊の関係について十分に調べたうえでないと・・・!」
再開された激論に、再び窮地に陥り困りはてる星影。ふいに、視線を感じる。それも武官の席のほうから。
(まさか・・・・?)
恐る恐る、視線を感じた方向を見るとあの男の姿があった。郭勇武が堂々とこちらを見ていた。それも、周りが気づくぐらいに無遠慮で見ている。手を口元まで持っていくと考えるような仕草をしながら言った。
「安林山・・・殿でしたかな?君はある男によく似ている。」
「ある男?」
郭将軍の意味ありげな物言いに星影は聞き返す。
「ああ、君と同じ名と性別を持つ男なのだが・・・・。」
「私と同じ・・・?」
彼の言葉に思い当たるふしがあった。
(まさか林山のことか?)
星影は目だけで彼を見る。
「ああ。別に外見が似ていると言うわけではないんだが・・・。」
「・・・どういったお方なのでしょうか?」
「聞きたいかね?」
相手の言葉に頷くと、郭将軍は含み笑いのまま話しはじめた。
「そいつは、私が藍田で見かけた、どうしようもない優柔不断な男だ。」
この一言で星影は確信する。
間違いない・・・この男が星蓮を強引に奪ったうえに、林山に卑怯な手を使い、父上に暴力を奮い、母を悲しませ、家をメチャクチャに破壊した男!
しかし、ここで一つの疑問が生まれる。
奴が言う『優柔不断な男』とは?何故あんなにまじめで誠実な男がそんな言い方をされなきゃいけないのだ!?まあ・・・確かに少し優しすぎるところが玉に傷だけど。
そんな星影の気持ちを知らない郭将軍は話を続ける。
「郭将軍でしたか・・・?その、私と同姓同名の方は将軍とはどのようなご関係で?」
星影の質問に、彼は微笑しながら答える。
「関係?たいした関係ではない。あんな女から女に渡り歩くような輩は。」
「女から女に渡り歩く?」
「ああ。その男はな、親が決めた婚約者が気に入らず、他の娘と婚約したのだが、それだけでは飽き足らなかったのか。さらにまた他の女にも手を出していたんだ。」
「・・・それは本当ですか?」
「本当だ。」
(―――――――――――――ふざけるな!!)
よくもそんな大嘘が言えたものだな!?
彼女の心に黒いものが充満していく。
お前のせいで、私達はなにもかもメチャクチャなったんだ!!
お前のせいで、私達はしなくて良い苦労と嫌な思いをしたんだ!!
それだけではあき足らず、今度は林山を愚弄する気か!!?
「たいした武芸能でもないくせに、私に挑んできたのだからな。」
それは貴様が、星蓮を無理やり連れて行こうとしたからだろう!?
「それで、けっきょく勝負はしたのか?」
二人の話を聞いていた劉徹が尋ねる。
「ええ、もちろんですとも陛下。勝負はむろん私が勝ちました。」
「それはそうでしょう。将軍と一般人では相手になりませんからね。」
勝つだろうよ、目潰しなどという卑怯な手段を使えばな。
「その男も馬鹿ですね。なんでまた将軍に喧嘩を?」
彼と同じ武官の一人が尋ねた。
「さあ・・・少々腕がたつからと調子に乗っていたんでしょう。大商家の息子かなんだか知りませんが、迷惑な話です。」
(・・・迷惑しているのは私達だ・・・!!)
「まあ、その母親も相当な奇形な女らしく、父親もすっかり気を抜かれてしまっているらしですからな。」
「それはなんとも、恐ろしい女子じゃな。しかし男の方も情けない。」
「本当に。藍田の商人たちは少々軟弱すぎます。おまけに謝ればなんでも許されるという愚かさがありますし。」
(愚か・・・だと?お前に、お前にそれを言う権利があるのか!?)
感情を抑えていた星影だったが―――。
「林山殿。そう怖い顔をなさるな。別に貴殿のことを申しているわけではない。」
郭将軍の言葉に、星影は目を見開く。残酷さを感じさせる笑みで、星影に語りかける。
「藍田に住む安林山と、その周りの者達の醜さを話しているだけだ。」
郭将軍の一言に、ついに星影の我慢は限界を超えた。
林山のことを侮辱したばかりか・・・・父上、母上たち皆を愚弄するとは!!
そもそもお前が星蓮を連れて行かなければそんなことにはならなかったものを!!
ここに来る原因となった一番の諸悪の根源め!!
お前のせいで星蓮は・・・許せない!!
ぶっ殺してやる!ぶっ殺して―――
「ぶっ――――!」
「―――――――――もうそのくらいにしないか!!」
星影の声とは違う、低めの声があたりに響く。それも陛下のいる上座の近くからだった。
「仲卿!?」
「衛青将軍!」
陛下からは『仲卿』、家臣達から『衛青将軍』と呼ばれた男は、白の武具を身にまとった人物だった。背が高く鎧を着ているのにもかかわらず、筋肉質である事は見てとれた。そして見る限り、陛下よりは若い男性だった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!
人間関係を、オリジナルで書いてる点があると思いますが、ご勘弁ください(大汗)
※小説を読んでいて、誤字・脱字・文章のつなげ方がおかしいよ、という箇所を見つけられた方!
こっそり教えてください(苦笑)
ヘタレで、すみません。。。