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第百二十三話 悪意ある善意



覚悟は出来ていたけど、こんな覚悟じゃない。




「なんてことでしょう・・・・!」

「・・・・そう言わず、許してもらえまいか?」




上座にいる2人が言い争っている。

争いの原因を作ったのは、私。




「わらわに仕える侍女はみな、優秀なものばかり・・・・どの娘も、立派に役目を果たし、規則も守ってきたというのに・・・!」

「そう言わないでくれ。この子のしたことは、悪いことばかりではないはず。」




椅子に腰かけ、額を抑えているのが、私のお仕えする女主人の平陽公主様。

その横で、そんな奥様にお声がけしているのが旦那様である衛青様。

親子ほど年の違うご夫婦ですが、私のせいでもめていた。




「阿拠(拠ちゃん)は、陛下のお世継ぎであり、わらわにとっても可愛い甥っ子。その子を助けたとあれば、わらわだってここまで呆れません。」

「・・・呆れているのかい?」

「呆れますわ!わらわの女官が、わらわに無断で他の宮殿に行ったのですよ!?それも夜中に、虎と一緒に!」

「・・・そのわけは、話したはずだよ?」

「だからこそなおさら、情けないのです!あの安林山のために、規則を破り、獰猛な虎と賊を退治したのですからね!?」



そう言うと奥様は、大きくため息をつかれる。

本日、何度目になるかわからない吐息。



「申し訳ございません、奥様・・・!」



2人の目の前にひざまずいている私は、そうやってお詫びするしかない。

キレイな絨毯しか見えない私は、奥様の今のお顔がわからない。

ただ、声の調子でどんなご気分かはわかった。




「そう思っておるのなら、なぜしたのじゃ!?」




キツい声で言われ、お怒りが深いのだと察する。

身を小さくし、もう一度謝るべきか迷う。

謝ればきっと、そう思ってるならするなと、言われるだろう。

それでも、奥様の気が済むまで、私は―――――・・・・・




「――――――それぐらいにして下さい!」





再度謝ろうとしたら、低い声が部屋に響いた。

大きな声にびっくりし、思わず顔を上げる。




「だ、旦那様・・・!?」

「あなた!?なんです、その言い方は!?」

「しつこいですよ・・・・終わったことをいつまでも・・・・」




私の目に、呆れた顔の旦那様と怒りに満ちている奥様がうつる。




「ま、まぁ!なんて言い方なの!?あなたが威張ってられるのは、わらわのおかげだということを忘れたの!?誰のおかげで、あなたの姉は皇后になれたの!?」

「・・・玲春、お部屋にお戻り。」

「あなた!勝手なことをしないで!話は終わってないのよ!?」

「終わったよ。私と姉の話を、あなたはしてるじゃないか?」




顔色一つ変えずに、淡々と旦那様は言う。

普通の殿方なら、怒り狂う侮辱の言葉に、旦那様はまったく反応しない。

逆に、奥様の方が悔しそうな顔をする。




「そ、それは、あなたがわらわの侍女に、勝手な指示を出すからよ!」

「・・・・しかしあなたは、玲春がいくら謝罪しても、『謝るぐらいならするな』としか言わない。これでは、話がいつまでたっても進まない・・・意味ない・・・」

「~~~それだけ、わらわは恥をかいたとわからないの!?」

「弟君であり、未来の今上を救うのに一役買われたのにですか?」

「『平陽公主の侍女は恋人の宦官を見舞う途中で武功を上げた』と言われているのよ!?恥ずかしいったらありゃしないわ!これというのも、あなたのところの兵がしっかりしてないからじゃ!」

「玲春、早く帰りなさい。」

「だから!勝手に指示を出すなと――――――!!」

「私の話になってるじゃないですか?」

「ちゅうきょー!!」



きぃー!と叫んで、奥様が立ち上がる。




「お、奥様!?平陽公主様、いかがなさいました!?」




それで、奥に下がっていた女官頭がやってくる。



「あなたという人は!!安林山が来てから、態度が大きくなってるんじゃないの!?」

「そんなつもりはありませんが、気をつけます・・・すみません・・・」

「なにがすまぬじゃ!どうせ、うわべだけじゃろう!?」

「お、奥様!落ち着いてくださいませ!」

「わらわは冷静じゃ!もうよい!」



吐き捨てるようにおっしゃると、私へと視線を移す奥様。




「玲春。」

「あ・・・」

「そなた・・・反省しておるのか・・・!?」

「し、しております!申し訳ございませんでした・・・・!」




再度、頭を下げながらお詫びする。



「平陽公主様に恥をかかせたこと、心から悔いております・・・!なんでもします・・・!本当に申し訳ございません・・・!」

「こんなに謝っているのです。私からもお願いします。許して下さい。」



そこへ、旦那様の声も重なる。

私のために旦那様が、奥様に頭を下げているのがわかった。

見なくてもわかる。



私、旦那様にまで迷惑をかけて・・・申し訳ない・・・!


女官が自分の宮殿から出てはいけないのは常識。

それを破ったからには、どんな罰で儲ける覚悟はあった。



―玲春殿―



安様・・・・




不思議な方だった。

初対面の私を助けようとしてくれた優しいお方。

あの方のためなら、お叱りを受けてもいいと思った。

その気持ちは変わらない。

申し訳なく思っても、後悔はない。



(例え、お会いしたのがあの夜で最後になったとしても―――――)



後悔はないけど――――――――



(ただちょっと、切ないだけ・・・・)



謎の胸の痛みが走る。

それに耐えながら、女主からの返事を待つ玲春。

そんな彼女に、平は言った。




「よかろう・・・今回ばかりは、皇太子殿下の命に免じて許そう。」

「あ、ありがとうございます!」

「よかったね、玲春。」

「お、奥様、よろしいのですか?」

「フン!夫までわらわの敵なら仕方あるまい。」

「私はあなたの敵などではー」

「安林山に肩入れするなら、同じじゃ!」



その言葉に合わせ、布がすれる音がする。

見つめていた絨毯がかげる。




「玲春。」

「はい・・・・」



私の目の前まで来た奥様が私の名を呼ぶ。




「以後は、わらわに従う良い娘になるのだな?」

「はい・・・!良い侍女になります・・・・!」

「ほほほ!娘で十分じゃ・・・・瞭華!」

「はい・・・」



奥様が馬瞭華殿を呼ぶ。

それに合わせて布がこすれる音がする。




「持ってきておるな?」

「はい・・・・今日あたり、申しつけると思いまして・・・」




私の近くで馬瞭華殿の声がした。

声の響き方からして、奥様の隣に移動したようだった。




「それはなんだね?」

「面を上げよ、玲春。」





旦那様の問いと、奥様の声が重なる。

旦那様の言葉が気になったけど、奥様の命に従って顔を上げた。




「受け取れ、玲春。」

「・・・え・・・?」



そう言って差し出されたのは、すずりほどの大きさのキレイな箱。





「お、奥様これは・・・・!?」

「早く受け取らぬか。」

「は、はい!」




言われるがまま、差し出された箱を受け取る。




「・・・・なんですか、それは?」




玲春の動作に合わせて、衛青も3人へと近づく。

険しい表情の夫に、年上の妻がニヤリと笑う。




「せっかくじゃ、玲春。旦那様の前で開けてごらん。」

「・・・・はい・・・・」




(怖い・・・・)


奥様の笑い方。



何か企んでる時の笑顔だわ。

でも、逆らうわけにはいかない。

震える手で、赤いひもで縛られたキレイな箱を開ける。

中から出てきたのは―――――




「きれい・・・・!」

「髪飾りだね・・・・・」




大きな真珠と金の鼻がついた豪華な髪飾り。




「奥様これは・・・・!?」

「どうじゃ、気に入ったか?」

「え?」

「そなたのものじゃ、玲春。」

「え!?わ、私にこんな高価なものを!?」

「そうじゃ。」




ふーとため息をつきながら奥様が言った。



「そなたは、わらわが幼い時から目をかけてやった侍女。今回の件も反省しておるようじゃし、これぐらいはしてやらねばな。よく、皇太子と我が夫を守る手だすをしてくれた。」

「お、奥様!」




思わぬ褒章に体が強張る。

自分がしでかした不始末が頭によぎる。

恥ずかしくなった。




「わ、私、本当にとんでもないことをして・・・・!」

「これこれ、泣くでない。」

「もったいないです・・・私、頂けません・・・!」

「いいからつけておくれ。わらわからそなたへの餞別なのだから。」

「・・・・・・・・・え?」



せんべつ?



「・・・・・・奥様?」

「どういうことだ?」




固まる玲春と、問いただす夫に答えることなく、妖艶な笑みで平陽公主は言った。




「喜べ、玲春。そなたの嫁ぎ先が決まった。」

「え!?」

「嫁ぎ先?」



と、とつぎ先って・・・・


まさか、私は――――――――




「そうじゃ。」




玲春の心を読んだかのように、平陽公主はうなずく。




「以前から進めていたそなたの縁談がまとまったのじゃ。側室や妾でなく、正室としてそなたは嫁げるのじゃ、玲春。」





結婚させられる。




―玲春殿―




「奥様!!」

「なんじゃ、大声で呼ばなくて聞こえるぞ。」

「お、お許しください!私、結婚なんて!」

「何を言うの、徐玲春!!お前の縁談は、奥様自ら探してくださったんぞ!?」

「さん・・・・!」

「だとしても、急すぎないか?」



動揺する私を、旦那様が助けてくれる。




「玲春を嫁がせるのは早くないか?あれほど気に入っていた侍女を、あなたはこんなに簡単に手放すのか?」

「あら?可愛いからこそ、涙を呑んで手放すのですよ?宮中の警備が信用できない以上、しっかりとした個人の元へ嫁に出すのが主の務めですわ!」

「玲春の気持ちはどうでもいいのか?」

「気持ち?はっ!気持ちですって~!?」



旦那様の言葉に、奥様が笑う。

肩を震わせ、我慢することなく、声高らかに笑いながら言った。




「ほっほっほっ!玲春は主人想いの良い子!その子がわらわがすることに、反対するわけないじゃありませんの~!これだから、下僕上がりは!ほほほほほ!」

「「・・・・!!」」



旦那様も私も黙る。

元は奥様の召使だった旦那様と、奥様の召使である私が、逆らえるはずなんてない。




「平陽公主よ・・・私のことはどういってくれても構わないが、玲春のことは―――――――!!」

「奥様、感謝します。」

「玲春・・・!?」



頂いたかんざしを両手で持ち、掲げるようにして頭を下げながら言った。




「市場で売られていた私を宮中というこの国で最高の場所にお連れ下さったばかりか、今上様の実姉である平陽公主様自ら選んでくださった縁談、この上なく幸せでございます。」

「おや、そうか。では、婚礼の話を受けるのじゃな?」

「恐れ多くも、謹んでお受けいたします・・・・!」

「・・・玲春・・・・」

「ほほほほ!言ったでしょう、あなた?玲春は本当に賢いいい娘なんだから!今にきっと、あなたみたいに幸せに慣れますわ、衛青第将軍?」




ご機嫌な奥様に、旦那様は何も言わなかった。

否、言わないのではなく、言えない。

繊細で、気配りのできる旦那様。

きっと、私の『心』をわかって、何も言わないでいてくれているのだろう。




―玲春殿!―


(安様・・・・・!)




私、お嫁に行きます。


陛下の姉君が決めて下さった方の元へ、嫁ぐことになりました。






(願わくばお相手が、あなた様のような方であらせますように・・・・!)






気丈に、従順にふるまい、礼を述べる少女。

彼女の心情を知ってか知らずか、女主は機嫌よく、決まってよかったと笑う。

その腹心である女官頭も、同じように笑みを浮かべる。

ただ一人、奴隷出身の大将軍だけが、険しい顔で玲春を見つめていた。

下げられたままの頭。

読み取れない表情。

しかし、彼の目には、幼い少女が泣いているように映っていた。

実際、衛青を含む3人には見えなかったが、うつむいたままの少女の頬から、一筋の涙がこぼれていた。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・!!


いつもサブタイトルを悩んでしまい、アップが遅れる不甲斐なさです(汗)


今回、玲春が中心の内容となっています。

断ることなどできない縁談に、玲春はどうなってしまうのか?

ご興味ある方、よろしければ、次回も見てやってください。


それでは良いお年を!!



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