第百二十二話 再会
東方朔の薬は、とても効果があった。
(体が軽い・・・!?)
目が覚めて一番に感じたのは、体調の回復の速さ。
「あれ!?林山、起きて平気なんですか!?」
「ああ、下賜された薬のおかげでね。」
「確かに・・・顔色がよくなっているね。」
様子を見に来た空飛と琥珀がそう言って驚くほど、見た目も回復していたらしい。
それもあって、上に連絡をして、予定より早く職場へ戻ることとなった。
「林山、無理しちゃダメですよ!?調子が悪くなったら言って下さいね!?」
「当分の間は、私達で君を支える。いいね?」
「ありがとう、空飛、琥珀・・・」
そんな言葉を交わしながら、仕事場に入れば――――――
「太中大夫様!それは我々がしますので~」
「あなた様がすることでは~」
「いいの、いいの!気にしないで!あははははは!」
「・・・・・・・・は?」
見慣れない光景が目に移る。
光景と言うか――――――――
「なにしいてんですか?」
見慣れない人物。
それも、この数日の間に知り合った人。
「あ!やっときたね~林山君!おはようー!」
「ここでなにしてんですか、東方朔殿―!?」
いたのは太中大夫の東方朔。
この場にいるだけでも驚きなのに、なぜか宦官姿で働いている。
「あ、あなた!宦官だったんですか!?」
「いいや、太中大夫だよ?」
「ではなぜ、宦官の服を・・・??」
「あははははは!仮装するのが趣味なんだ。今日は宦官。」
「仕事舐めてんのか、テメー!?」
「それはあなたでしょう、安林山・・・・!?」
思わず言い返せば、ポンと肩を叩かれる。
見なくても、声でわかっていた。
誰が私に声をかけたのかが・・・・・
「こ・・・・黄藩どの・・・・!?」
「おかえりなさい、問題児殿・・・早速ですが、お仕事です。」
予想通り、顔をひきつらせた元上司の同僚がいた。
「お、お仕事でございますか・・・?」
「そうですとも・・・・!」
気難しい顔がニッコリ笑ったと思えば、次の瞬間、修羅に変わった。
「大至急、東方朔殿を元の職場にお返ししてきなさ――――――――――いっ!!」
「ひっ!?」
復帰早々怒られる。
「な、なんで私が!?」
よせばいいのに、聞き返す星影。
これに黄藩は、星影の両肩をガシッとわしづかみしながら言った。
「オメーを訪ねてきたんだぞ・・・?文句あっか・・・!?」
「い、いたたた!ありません、ありません!わかりました!」
男の顔で脅・・・命じる相手に逆らうほど、星影も馬鹿ではない。
「すみません!早急に、お送りしてきまーす!!」
「え?いいの~悪いなぁ~」
「そう思ってるんなら、来ないでください!」
「落ち着いて、林山!あまり怒ると体に良くないですよ!」
「だが、空飛!」
「そういうわけで太中大夫様、安林山をよろしくお願いします。」
「ちょ、琥珀っ!?」
「あはははは!もちろんだよ!任せておくれ。」
「って!?私が頼まれる立場じゃいのか!?」
「あなたのどこに、頼んで安心という要素があるんですか、安林山!?」
「こ、黄は・・・!?」
「いいからさっさと行けぇぇぇぇ―――――――――――――!!」
男らしい黄藩は、動きも男らしくなっていた。
星影の首根っこを掴み上げると、反対の手で戸を開けて外へと頬りだした。
「わぁ~~~~!?」
「二度と帰ってくるなと言いたいが、夕方までには戻れボケ!!」
ドスンと尻もちをついたのと、入口がぴしゃりと閉まるのは同時だった。
中から、「林山!」という空飛の不安げな声がしたが、出てくることはなかった。
「いっ、たたたた・・・!手加減ないなー」
(油断した私も悪いけど。)
「あははははははは!意外とよく飛んだね~」
「誰のせいですか!?」
お尻をなでる星影の隣で、ニコニコしながら言う男。
そんな相手に、星影はズボンを払いながら立ち上がる。
文句を言う。
「まったく!あなた様のせいで、猫のように追い出されましたよ!?」
「宮中なら、待男が叩きだされるみたいだね~」
「宮中に男はいないでしょう?」
「ふふふ・・・まぁ、相違しておこうか。」
意味深に笑うと、くるっと後ろを向く東方朔。
「行こうか。」
「え?」
「私の見送りをしてくれるんだろう?」
首だけで振り返り、笑顔で尋ねてくる相手。
それで、本来の役目を思い出す星影。
「わ、わかっております!お供します・・・・」
「あはははは~そう嫌な顔をしないでおくれよ。君とは、いろいろ話をしたいんだ。」
そう言うと、男にしては、ゆっくりとした歩幅で歩きだす男。
「いろいろと申さ江れましても・・・・私と話しても、良いことはないと思いますが?」
「いやいや、外の世界を知ってるじゃないか?私も、うちばかりこもっているので窮屈なんだよ?」
「東方朔さまは、宮中に遣えて長いのですか?」
「ほどほどにね。林山くん、君は去病が嫌いかい?」
「は!?な、なんて恐れ多いこと言われるのですか!?」
あまり好きではないのは本当だけど~
「そんなこと、冗談でも言ってはいけませんよ!?陛下が知れば、怒りますよ!?」
「あははは!じゃあ、陛下に知られなければいいね~まぁ、私は去病が大好きだからいいんだけどね~」
「それだとまるで、私が霍去病大将軍が嫌いみたいな言い方じゃないですか!?」
実際、嫌いだけど。
「おや、違うのかい?去病と例えられて、すいぶん嫌そうにしていたじゃないか?」
「っ!き、嫌いではなくて、恐れ多いと申しているのです!」
東方朔の隣にならびながら星影は言う。
「あの大将軍と、一介の宦官が似ているなど、泣き大将軍に対して、侮辱以外の何物でもないでしょう!?」
「それは、君の中の武人の心が言わせているのかね?」
「っ!?」
こいつ!
やけに私のことをいろいろ聞いてくる
「宦官になっても、部の本能は残っているんじゃないのかい?だから、陛下と皇太子殿下の目の前で、見事な武術の腕を披露した・・・」
「それは・・・・!」
のらりくらりとしているが、油断できない。
ここでそうだと答えてみようものなら、どんな疑いを持たれるか・・・・!
「それは、人の命が、皇帝陛下と皇太子殿下の命がかかっていたからです!」
「おや、皇族だから頑張ったのかい?」
「そうじゃないですよ!あの場にいたのが、陛下や皇太子殿下でなくとも・・・・誰かが死ぬのを見ているだけなんて、出来るわけがないでしょう?」
「武器がなければ、見てるしかないじゃないか?」
「奪えばいいでしょう。」
(あ。)
言った後で、しまったと思う。
そう思うだけの顔を、相手がしていたから。
「奪う・・・・」
「い、いや!私も人間なんで、まだ死にたくないですから!だから、黙って殺されるぐらいならと言う意味で~」
「じゃあ、隠れていればいいんじゃないかい?少なくとも、君は死なないじゃないか?」
「だから!!そういう意気地のないことが出来ないと~~~!あ・・・・。」
しまった・・・
また、余計なことを言っちゃった。
目を点にしながら自分を見る東方朔に、本日二度目の失言を痛感する星影。
「・・・。」
「・・・!」
そのまま足を止め、見つめ合う2人。
先に沈黙を破ったのは、宦官の服を着た男だった。
「あ~~~~はっはっはっはっ!!」
「え!?」
「はっはっはっ!ウバウに、意気地なしか~!?それはいい!あはははははは!」
両手を叩き、お腹を抱えて笑う男。
それで星影の顔も真っ赤になる。
「な、何がおかしいんですか!?ど、どうせ私は変わり者ですが~」
「あはは!いや、ごめんごめん!やっぱり、今上親子が気に入るはずだと思ってねぇ~」
「はあ!?」
目に浮かんだ涙をぬぐい、笑いを抑えながら東方朔は言う。
「陛下から君の話を聞いた時、『美少年』だから話が盛られていると思っていた。」
「な!?陛下が、あなたに私のことを申したんですか!?」
「皇太子からも利いてるよ。」
「拠様まで!?」
「正直、安心したよ。」
「あ、安心?」
戸惑う星影に、東方朔はニコニコしながらうなずく。
「そうだよ。権力者の周りは、似たようなものばかりなんだけど・・・安林山、君は良いね。」
「い、良いって・・・」
「良い意味で、良いだよ。これなら、衛交互様にも大丈夫だとご報告できるね~」
「え!?なにを言う気ですか!?」
「薬が効いて、安林山の調子もよくなったということだ。」
「っ!?」
ほ、本当の本当にこの野郎!
はぐらかすようにニヤッと笑うと、再び歩き始める東方朔。
そんな相手に、一杯喰わされた気持ちになる星影。
(陛下と皇太子の例え話を出しておいて、私の体調で話を締めくくるだと!?)
やっぱりこいつ、只者じゃないかもしれない・・・!
開会を強めながら、星影も歩き出す。
しかし、数歩もあるかないうちに声をかけられた。
「安林山様!」
「え?」
背後から響いた声。
「あなたは・・・・!?」
首だけで振り返る。
そこにいたのは――――――――
「魏忠殿じゃないか!?」
「先日は、ありがとうございました!」
腕に包帯を巻いた虎使いだった。
「お姿が見えたもので、一言お礼を申し上げたくて・・・!」
「そんな、お礼なんて!体は、怪我は大丈夫ですか?」
「ええ、おかげ様で。本日からお勤めに戻れます。」
「それは良かった!」
「林山くん、林山くん。お知り合いかな?」
ホッとする星影の肩を指でつつきながら聞いてくる東方朔。
「あ・・・ご存じなかったですか?」
「うん!紹介しておくれ。」
それに星影は、警戒しつつも教えた。
「彼は紅嘉の育ての親で虎使いの魏忠殿です。」
「魏忠でございます。平陽公主様の下で働いております。」
「あ。平陽公主様のところの~よろしくね!」
軽いな、こいつ・・・
あいさつの仕方に眉をひそめる。
何でこんな奴が、衛皇后や皇太子様と気軽に付き合うことを許されてるんだろう・・・
「よろしくお願いいたします。あの・・・あなた様も、安林山様と同じ・・・・?」
「そうそう!今日は宦官だけどね~」
「は?今日は??」
「魏忠殿、気にしないでください。彼の正式な役職は、太中大夫です。」
「え!?太中大夫様でしたか!?」
「あ、だめじゃないか林山くん!ばらしたら~」
「わかりました。ならば、一切しゃべりません。」
「えー?それもそれで傷つくな~」
えー?えー?と言いながら、肩に腕を回してくる東方朔。
それをうっとうしいと思いながら、星影は話題を変えた。
「ところで魏忠殿。みんな元気ですか?」
「へ!?え、ええ・・・・」
真顔で聞いてくる星影に、太中大夫様を気にしつつも彼は言った。
「いろいろありましたが、みんな元気です。」
「それはよかった。」
「ですが・・・」
「どうかしたんですか?」
「あー・・・その・・・」
流ちょうだった魏忠の口調が変わる。
星影の隣の東方朔をチラチラと目だけで見る。
言いにくそうにしている。
「太中大夫様・・・」
「太中大夫殿でいいよ?一番いいのは、東―」
「太中大夫殿!少しだけ、あっちに行ってもらえませんか?」
「え~?仲間はずれかい?」
「お願いします。すぐに終わりますから、待っててください。」
「はいはい、仲間はずれは否定しないんだね~?じゃあ待ってるよ。」
ジロッと星影がにらみながら言えば、渋々彼女から離れる男。
宣言通り、2人から離れて行った。
「すまないね。悪い人ではないんだけど・・・・」
「とんでもない!太中大夫様ともあろうお方を、私ごときのために、安林山様が追い払うようなことをさせてしまって~」
「私が責任を負うから気にしないでください。・・・・それで?なにがあったんです?」
笑顔を見せた後で、真面目な顔と声で聞く星影。
「実は・・・・」
それに魏忠は、離れた場所の東方朔を気にしながらも言った。
「玲春のことなんですが・・・」
「あ!?彼女、大丈夫ですか!?衛青将軍が、上手くとりなしてくれるといってはいましたが・・・?」
気になる娘の安否。
それに虎使いは、視線を下げながらつぶやいた。
「玲春・・・・・・宮中から出て行くことになったんです。」
「なんだと!!?」
予想もしなかった言葉に叫ぶ星影。
「どういうことだ!?まさか・・・・!?夫である衛青将軍をもってしても、平陽公主様の機嫌を直せなかったんですか!?」
「そうなんですが、少し違うんです。」
「違う!?どういうことだ!?」
「あ・・・・あっしがしゃべったと、おっしゃらないでくださいね・・・?」
キョロキョロと周囲を見渡しながら念を押す魏忠。
「言わない!言わないから・・・・話してはくれまいか・・・!?」
「絶対でございますよ・・・!?」
それに星影が強くうなずけば、こわばった表情で魏忠は話し始めた。