第百二十一話 つかの間の・・・
『女が群がる』という言葉がある。
昔はへぇーと思いながら聞いていたが、それを何度も体験した今、へぇーとは聞き流せないものだと知った。
「林山の馬鹿!宦官ともあろうものが、女の方を相手に浮かれて~」
「いたた!?怒るな、空飛!?なんで今日はそんなに、怒りっぽいんだー!?」
「心配した分だけど、怒っているんだよ、林山・・・」
ポカポカと背中を叩く空飛をなだめ、それを止めようとしない琥珀と共に寝床へと戻った安林山こと劉星影。
「ほら林山!服がしわだらけじゃないですか!?」
「あ、すまない。空飛。」
「袖が折れてるじゃないですか~あとで直しておきますからね。」
「いや、悪いよ、空飛。」
「いいから、私に甘えて下さい、林山!嫌なんですか?」
「嫌ではないが・・・」
「じゃあ、言う通りにして下さいね?」
「はーい。」
『至れり尽くせり』という言葉もある。
聞いたことはあったが、体験するとは思ってなかった。
星影が皇帝を助けて以来、いくら断っても空飛は安林山の世話を焼きたがった。
これじゃあ、召使にしてるみたいだから嫌だと断れば、好きだからこそ尽くしたいのだと言いきられ、空飛の純真さを知っているだけに・・・・最近は、彼の好きなようにさせていた。
(私がダメだといえば、それ以上はしないし、着替える時も素直に出て行ってくれるからな・・・)
「ははは。まるで、空飛が林山の妻みたいだね?」
そんな星影と空飛のやり取りに、琥珀がからかいながら言う。
途端に、空飛が赤い顔で焦りだす。
「なっ!?なにを言うんですか!?私はただ、林山に少しでも恩返しがしたいので~」
「いいんだよ、琥珀。私と空飛は仲良しなんだ。今度は私が空飛の服を直す。」
「り、林山!?」
「なるほど。それで貸し借りなしだね。」
「そういうことだ。なぁ、空飛?」
「は、はい・・・・!」
同意を求めれば、赤い顔の空飛がうなずいてくれた。
(ちょっとセリフが臭かったかしら?)
「ところで林山、その手紙はどうするんだい?」
「え?ああ、これ?」
そう言って琥珀が聞いてきたのは、机の上に置かれた布と竹簡の山。
「そうだな・・・一応、貰ったものは全部そこに置いてみたけど・・・」
「どこが全部ですか、林山?まだ懐に、入ってるじゃないですか?」
「え?」
空飛の言葉で視線を下げれば、小さな布が引っ掛かっていた。
「あれ?まだあったのか?気づかなかったよ。ありがとう、空飛。」
琥珀と空飛のおかげで助かったとはいえ・・・
(これどうしようかな・・・・)
最後の方は、私の服にねじ込みながら去って行った女の子の集団。
そんな星影に、空飛は目を細めながらそっけなく言う。
「へぇー気づかなかったんですか?本当に?実は、気になる子だけ、別によけていたんじゃないんですか・・・!?」
「はあ!?そんなことするわけないよ!馬鹿馬鹿しい・・・。」
そう告げて、懐から出した布を、恋文の山に投げる星影。
「林山、下品な動きをするものじゃない。贈った娘たちが見れば傷つくぞ?」
「もう手遅れだよ、琥珀。みんなにお断りを入れていたのは、君達2人も見ていただろう?」
「どーでしょーねぇー。」
「空飛・・・なんか怒ってない?」
「別に!じゃあ、この竹簡も布も、まとめてこちらの行李の中に入れておきますからね!?」
「え?ああ、じゃあ、頼むよ・・・・」
「フン!」
こうして、頼んでもないのに、自主的に片づけてくれる空飛。
さすがに、簡単に捨てるのも気が進まないけど・・・・
(なんで空飛は、怒ってるんだろう・・・??)
意味がわからず琥珀を見れば、相手は肩をすくめてニコニコするばかり。
それどころか、とんでもないことを言ってきた。
「宦官でありながら、それだけ女官から恋文をもらうとは・・・人気者はつらいな、林山?」
「はあ?」
「そうじゃないかい?どの子もみんな、君の話を聞いて、心ときめかせて書をしたためたんじゃないか?1人ぐらい、相手にしても怒られないと思うが?」
「馬鹿言わないでくれ!なんで女官と付き合わなきゃダメなんだ!?」
「慕われているのにもったいないぞ?」
「馬鹿馬鹿しい!!こんなもの、一時的なことだ。」
琥珀のからかいを否定しつつも、内心複雑だった。
(故郷にいた頃は、同性には見向きもされなかったのに・・・・)
どちらかといえば、さけられていた。
触らぬ神に祟りなし、というが、私は腫れ物扱いだった。
(とはいえ・・・・これって、私が男だったら、少しは好かれる方だったと・・・・思っていいってことなのかな?)
いやでも、今の私は宦官という立場・・・
そもそもこうなったきっかけは~
“昨夜はお主のおかげで助かったぞ!”
・・・・アイツがきっかけだ。
(やっぱり、陛下に関係があるから、みんな勘違いしてるのかもしれない・・・)
うぬぼれちゃダメよ、星影。
厳師匠だっておっしゃっていた。
(慢心は身を亡ぼすってね・・・)
「謙虚だね林山?素直に、したわれてると思えばいいじゃないか?」
「陛下が関わっていなければ、手に負えない悪ガキあつかいさ。みんな私がすごいと勘違いしているが、『霍去病大将軍の生まれ変わり』だと言っている時点で、バカげている。数年そこらで生まれ変われるか!」
「そんなことないです!!」
最後の方を、心底呆れながら言えば、隣にいた友が声を荒げる。
「勘違いというのは、違いますよ!?」
「空飛?」
「林山!林山は本当にすごいんですよ!?霍将軍の再来とたたえられることを、あなたが嫌がっているのはわかりますが・・・・それでも私は、今までいろんな宦官に会ってきましたが、貴方ほど立派な宦官はいませんよ!?」
「立派って・・・あ、ありがとう。友達だから、そんな風に~」
「友達でもないのに、私を助けてくれたじゃないですか!?そこが、すごいんです!」
「空飛。」
「みんな・・・・・・自分のことばかりなのに・・・!だから私、あなたと友達になれてうれしいんです。誇りなんです・・・!」
「空飛・・・・」
(私を誇りなんて・・・・)
「で、ですから!恋文と言いますか、好意的な応援の書簡と言いますか、それだけ、林山は人に好かれているんです!みんながみんな、下心を持ってる者ばかりじゃないですよ、きっと!」
「空飛みたいに?」
「っ!?り、林山っ!!」
「わかってるじゃないか、林山。空飛は君を純粋に慕ってるそうだ。」
「こっ、琥珀も!!怒りますよ!?」
「ははは!すまなかった。怒らないでくれ、空飛。なぁ、林山?」
「・・・・・ああ。」
(誇り、か・・・・)
空飛の言葉に嘘はない。
きっと、本心からそう思ってくれているのだろう。
(本当の私を知らないで、可哀想なことをしているな・・・・・)
私達の入れ替わりは、悪いことではないと思っている。
親しい人や身内には迷惑をかけると思っていた。
本物の林山はともかく、罪悪感やうしろめたさなんて、私は感じないと思っていた。
思っていたけど・・・・・
「り、林山!頂いた竹簡などは・・・・この恋文は、どうするんです・・・?」
「どうといわれても・・・宦官だからね。気持ちだけ頂いて、何もしないさ。」
「・・・・宦官の中にも、妻を持つ者もいます。許されてはいますが・・・?」
「空飛は、私に妻を娶れと言うのか?」
「な!?とんでもありません!いけませんよ!絶対ダメ・・・あ!?」
そこまで言って、空飛が黙る。
真っ赤な顔を青くし、うつむいてしまう。
「す、すみません!林山のことなのに、私なんかが口出しを~・・・・」
「うん、そうだね。妻はもちろん、結婚はしないよ。」
「え!?」
それで下がった空飛の顔が上がる。
琥珀も、真っ直ぐ私を見つめてくる。
そんな2人に宣言するように星影は言った。
「結婚などするものか。」
そう。
婚礼をあげるのは、私じゃない。
「『宦官である安林山』は、誰かとつがいになんてならない。」
夫婦になるのは、ただの男である安林山と我が愛しの妹である劉星蓮なんだから。
「なによりも、空飛に嫌われたくないから、結婚なんてしないよ。」
「林山・・・!?」
(そうよ・・・これ以上、この子をだますのは・・・・気分が悪い。)
林山の奴め・・・
なにが、宦官は物欲の塊よ?
(空飛みたいな良い子だっているじゃない。)
そうだとわかっていれば、少しはこっちだってねぇ~!
「へぇ~嫌われたくないのは、空飛だけかい?」
「あ・・・いや、もちろん、琥珀にも嫌われたくないよ?」
「ははは!まるで、私が言わせているみたいだ。」
「やだなぁ~琥珀!林山がそんなわけないでしょう?ねぇ、林山?」
「ソウダヨー」
(本当は、その通りだけど・・・・)
純真な友の言葉に、笑顔でうなずく星影。
しかしその心は、また空飛に嘘をついたという罪悪感を増やしていた。
(まぁ、星蓮を奪い返せば、この気持ちだって消えるはずよ・・・・・)
今だけは、だますことへ懺悔しつつも、気を取り直すために話題を変えた。
「ところで、そっちはどうなんだい、2人共?」
「ど、どうというのは~?」
「あいにく、君ほど好かれていないが?」
「女の子の話じゃないよっ!職場の方、変わったことはなかったか?」
「「ああ、そっち・・・・」」
私の質問に、空飛は苦笑いし、琥珀は涼しげに笑う。
「なにも変わってませんよ!林山がいないから寂しかったですけど・・・業務はいつもと変わりません。」
「そうだね。黄藩殿も、少し物足りなさそうにしていたよ。」
「怒る相手がいなくてか?」
「心配なさってるんですよ!あれでもあの方は・・・気難しいだけで、お優しいですから!」
「その優しい人に、私は男言葉で罵声をあびせられるんだが?」
「それは、君と空飛の仁徳の差だよ。」
「ちょ、琥珀!」
「悪かったな、琥珀。」
「ははは!そんなに気を悪くしないでくれ。みんな・・・口や態度はともかく、林山の帰りを待っているよ。君が戻ることで、日常に戻る。」
(日常に戻る・・・・)
―星影姉さん!―
―星影!―
琥珀の言葉で、可愛い妹と大事な親友と過ごした日々が頭に浮かぶ。
思えば、ずいぶんと、非日常的な場所に来てしまったことだ。
(藍田にいた頃が、まるで遠い昔のことみたい・・・・)
今は昔の記憶だけど、いずれ新しい記憶を更新する。
(そのためにも、妹を取り戻さなきゃ・・・・・・!!)
「ところで林山、皇太子殿下はどういった御用件だったの・・・?」
「え?あ、ああ・・・」
空飛の言葉で回想が止まる。
少し、惜しい気はしたけど、気持ちを切り替えながら答えた。
「その・・・手を貸した礼だと申されて、毒消しのお薬を下さったんだよ。ほら、これ。」
「ええ!?すごいじゃないですか、林山!」
「ほぉ・・・この薬は、かなり高価じゃないか?」
「そ、そうなのか?」
「そうですよ!林山もですが、さすが皇太子殿下!劉拠皇太子殿下は素晴らしいお方ですね~!すごいです!」
「そうだね・・・」
(私みたいな宦官に目をつけて、家臣にしようと言うところがすごかったわ。)
おのれの力を過信するわけではないが、兵士以上には使えると思う。
集団相手でも、遅れはとらない。
(だからと言って、衛皇后さまが狙われてらっしゃるお話までするとは・・・!)
「わぁ~この薬、処方の仕方まで書いてありますね~林山、さっそくお薬飲みましょうか?」
「それがいい。皇太子様のご紹介とならば、私の応急処置よりは確実だからね。」
「え~?琥珀の医術はすごかったですよ!宦官は、お医者を呼んで頂けませんから、今後、とても心強・・・」
「琥珀、空飛。」
「はい?」
「なんだい?」
しゃべる2人に話しかける。
「衛皇太后さまとは、宦官から見てどんなお方だ?」
「林山?」
「宦官からって・・・・」
「どんなお方だ?」
「ど、どんなもなにも林山・・・あなたも宦官じゃないですか?」
「言い方を間違えた。私達宦官によって、良い方か?」
「林山!?」
「君らしくない、無礼な物言いだな、林山?」
驚く空飛とあきれる琥珀。
「衛大将軍を慕ってる君が、その姉君を良い方かどうか疑うのかい?」
「そ、そうですよ!あんなお優しい穏やかな方、悪くいうものはいません!悪く言う者がいるとしても―――」
「悪く言う奴はいるのか?」
「あ!?いえ、その・・・・」
「空飛。」
「・・・・・・・そんな目で見なくても、林山になら教えますよ。」
真顔で見つめれば、頬を染めながら空飛が言った。
「衛皇后さまは、人として、国の母として、ご立派なお方です。ただ・・・元の身分が低いため、心無い無礼者が、陰で恥知らずな発言をしているのです・・・・」
「・・・つまり、衛皇后さま自身に落ち度は一切ないんだね?」
「ありませんよ!」
「あるはずがない。」
空飛だけでなく、琥珀も強く否定する。
「林山、衛皇后様にお会いしたのか?」
「・・・・ああ。」
「ええええええええ!!?り、り、り、林山!本当にあなたはすごい人ですね!?」
「おおげさだよ、空飛。単に私は、物珍しいだけの人種だったんだろう。」
「なにかあったのか?」
「毒蛇退治が起きただけだ。」
「「毒蛇!?」」
本当は、言うべきじゃなかったと思う。
空飛はともかく、琥珀の前で、言うべきではなかったかもしれない。
それをあえて言ったのは――――――――
「見舞いの品に、毒蛇が紛れていて片づけたんだ。」
「なっ!?ありえません、そんな!?」
「それがあったんだよ、空飛。私から見て、衛皇后さまが平陽公主さまのようには見えなかった。」
「例えがどうかと思うよ、林山?」
「それしか知らないから仕方ないだろう、琥珀?」
「それって、無礼な言い方ですよ、林山!」
「ごめんごめん空飛。とにかくね・・・命を狙われるようなお人柄に思えなかったんだ。それで君達に聞いたんだ。ねぇ、琥珀?」
怪しいつながりを持っている琥珀の様子をうかがうため。
「宦官歴が長い空飛の意見も重要だけど、冷静な琥珀はどう判断する?」
「めずらしいね。君が私に意見を聞くとは?」
「聞いてみたいと思ったから聞いただけだよ。嫌なら聞かない。空飛、どう思う?」
「え!?私ですか?そう言われても・・・私も噂ぐらいしか存じないので・・・というか、衛皇后さまはご病気じゃなかったんですか?それなのに、お会いできたんですか??」
「皇太子様のご厚意でね。だからこそ、毒蛇を仕込んだ奴が許せないんだ。陛下に申し上げて、厳重にして頂こうかと―――」
「どどど、毒蛇!?皇后さまは狙われたのですか!?」
「そうだよ。だから―――――!」
「やめたほうがいい。」
「琥珀!?」
私の言葉を、黙って聞いていたはずの琥珀が遮った。
厳しい表情で、私を見ながら口を開く。
「林山、あまり首を突っ込み過ぎない方が良い。そうでなくても、李延年一派からは良く思われていない。」
「・・・心配してくれるのか?琥珀が?」
「真面目に聞きたまえ。それをすることで、陛下が君を気に入ったらどうするんだ?君は、陛下にあまり好かれたくないみたいじゃないか?体の関係になっても構わないのかね?」
「それは困るね。」
「そうですよ!林山、琥珀は林山を心配してくれてるんですよ!?」
「そうみたいだね・・・・」
何も知らない空飛からすれば、そう聞こえたのだろう。
(でも私は・・・琥珀の裏の顔を知っている。)
聞きようによっては、護衛にもなる私を遠ざけるような発言だといえた。
「ですが、衛皇后さまが狙われたこと、ご報告しなくていいのですか?林山ならば―――」
「皇太子様がされるだろう。」
今度は空飛の言葉を遮って琥珀は言う。
「我ら下々に伝わらなくても、皇太子様が陛下にお伝えしているはず。林山、立場をわきまえて動かねば、やっかいなことになるぞ。」
「そんな言い方ないですよ、琥珀。林山は、心配していっただけでー」
「いや、琥珀の言う通りだよ。宮中では親切も悪意として伝わる変な場所だ。それは一番先輩である空飛がよくわかっているだろう?」
「そ、それはそうですが・・・」
「私の言葉を親切だとわかってくれる者が1人でもいるのだからそれでいいよ。」
「林山・・・」
「ならば、私も親切を理解していると言われるように、君の薬の用意でもしようか。」
「琥珀。」
そう告げた琥珀の表情は、いつも通り涼やかなものだった。
「あ、いいですよ、琥珀!私がします!なによりも、琥珀が私と同じで、林山が親切でしたということをわかっている仲間だと思っていますから!ねっ、林山!?」
「ふふふ・・・聞いたか、林山?空飛は優しいな?」
「・・・・ああ、空飛も琥珀も、どちらも優しいさ。」
気遣ってくれる友に、心が温かくなる
琥珀が衛皇后のもとにいた毒蛇と無関係かはわからない。
どちらにせよ、油断できない男であることは、今日のやり取りで改めて思うのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・!!
小説の内容ですが、星影&空飛&琥珀の3人をメインにしたほのぼの話(?)にしてみました。
女難にあっている星影を心配する空飛と、微笑ましく見守る(?)琥珀に、いつも通りの星影です。
衛皇后への毒蛇について、琥珀にカマをかけてみる星影でありました。
興味のある方は、よかったら次回も読んでやってください。