第百二十話 招かれざる客たち
滅入る思いで、東屋から出れば、さらなる頭痛の種が星影を襲った。
「「林山様~!」」
「え?」
猫撫で声の、甘ったるく手気味の悪い声がした。
廊下に戻れば、そこに座り込んでいる2つの塊。
「あ?楊律明と呂文京?」
「覚えていてくださいましたか~!?」
「文京嬉しい~ありがたき幸せですー!」
「俺、幸せじゃないので行きます。」
(空飛をいじめて、私をいびって、金せびったアホ宦官かよ・・・!)
真顔で無視して、立ち去ろうとしたが
「「お待ちください!」」
背後から、左右の腕を・・・・袖をつかまれて引き止められる。
「なにするんですか!?離してください!」
「そうおっしゃらず!」
「お渡したいものがありますの!」
「うん、いらない。じゃあね。」
「「きゃあー!?」」
無視して歩く。
「ええ!?ちょっと!?待ってください!」
「困りますわ!受け取って頂かないと!だってこれ~!」
すたすた歩く私に、必死でしがみ付き、廊下を引きずられる馬鹿宦官2人。
「お待ちになって、安林山様!」
「お聞きください、安林山様!」
「悪いが俺は、君達に関わりたくないから―――――!」
(いい加減離せ!!)
そいつらの体重で、両袖が破けるんじゃないかと思った時、奴らは声をそろえて言った。
「「安林山様にお渡すように、頼まれたんですから!!」」
「はあ?頼まれただぁ~?」
それで思わず足を止める。
そんな私に、気持ち悪い顔でニヤッとする楊律明と呂文京。
「そうなんです!さる、尊いお方からです!」
「直接は、立場上問題になるのでぇ~私達を間にいれたんです!」
「ですから、内緒にして下さいね?」
「うん、わかった。ますますいらない。返しておいでよ。」
「って、安林山様ぁぁぁ!!?」
「ここまで聞いて受け取らないんですかっ!!?」
「受け取らない。」
(当たり前でしょう!?これ以上、面倒はごめんなんだから!!)
「じゃあな。ちゃんと返して来いよ。」
「い、いやあああ!行かないで!行かないでください!」
「返しに行ったら、私達が殺されます!」
「殺されるだと??」
その言葉のおかげで、動こうとした足が止まる。
目に映るのは、青い顔でガタガタ震えている元先輩宦官2人。
(殺されるって・・・・)
「・・・なんでそんなぶっそうな相手からの使いを引き受けた?」
「だって、ここは宮中ですよ!?宦官に拒否権がございますか!?」
「機嫌を損ねるのは命取りなのですよ!?安林山様、私達を見捨てたりしませんよね・・・!?」
「そうだな・・・・。」
(本心は見捨てたいんだけど・・・・)
大きく息を吐き、両手をふるう。
それで、両袖にくっついていたバカ2人が取れる。
「あん!」
「やん!」
元男とは思えないキモイ声で転がる2匹。
「安様!!?」
すぐさま、素早く起き上がると、必死の顔で私を見上げてくる。
(まだ、私が見捨てるとでも思っているのかしら?)
「よこせ。」
「「え!?」」
「死ぬ理由がお使いが出来なかったでは、馬鹿らしいにもほどがない。」
「あ、安様ぁ~~~!!」
利き手を差し出しながら言えば、頬を染めながら両足に飛びついてきた。
「「安林山様ぁ~!!」」
「うわ!?」
「やっぱり、素敵!」
「見直しましたわ~!!!」
「って、どういう意味だ!?わかったから、離れなさい!歩きにくい!立ちにくいっ!」
「「はぁ~い、すみませーん!」」
私の言葉に、また素早く動いて離れる。
そして文京が、懐から何か取り出して私に差し出した。
「どうぞ、安林山様!」
「・・・これが、お前達の言う『預かり物』か?」
「いやですわ~お渡しするように言われた物です。」
そう言って渡されたのは、布に包まれた何か。
(使われている布が上等だわ・・・。)
「で?何者だ?その尊いお方というのは?」嘘じゃないかもね・・・・)
受け取りながら聞けば、2人は困った顔で互いを見てから言った。
「申し訳ございませんが・・・私達の身分が、口にしていいお方じゃないのです。」
「では俺は、名前のわからない奴の贈り物を見ないといけないのか?」
「あ、それはご安心を!中を見ればわかるとのことですわ!」
「中を見ろって・・・ただの手紙だよな?」
「ほほほ!申し訳ございませんが、さすがの私達もそこまで聞かされておりませんの~」
「ただ~尊いお方からは、読んだ後は、焼いて捨てるようにも、言付かってます。」
「面倒くさいな。このまま、たき火に投げてもいいか?台所はどっちだっけ?」
「ちょ、だめですってば!」
「必ず読んでから、ですってば!」
「わかったよ。」
(どうあっても、私に中を確認させたいということね・・・)
渋々納得すれば、ほぉ~と息を吐いて安心する馬鹿宦官2人。
「よかったぁ~安林山様に受け取って頂けて!」
「これで私達の首もつながりました!出世・・・いいえ、道も開けますわ~」
「「では、失礼しま~す!!」」
「おい・・・」
気になる単語を口にしつつも、笑顔で、2人同時に立ち上がって頭を下げると、嬉しそうに立ち去って行く楊律明と呂文京。
「なんなんだ、あれ?気持ち悪・・・・・。」
2人が見えなくなったところでつぶやき、もう一度、大きくため息をつく。
渡された物を見る。
鑑定する。
(布は・・・・やはり良い生地を使ってるじゃない?中身は何?手触りからして・・・竹?竹簡か?)
まさか、呪いの道具でもよこしたんじゃないだろうなー?
呆れつつも、その場で中身を確認しようとしたのだが――――――――
「あ、あの!」
「っ?」
考え込んでいたので、気づくのが遅れた。
(人がいたのか!?)
慌てて、押し付けられたものを懐に入れて振り返る。
「安、林山様ですよね・・・・」
「・・・・そうだが、君は・・・・・?」
いたのは、見たことない女の子。
赤い顔で、こちらを見ていた。
(なんだろう?誰かの使い??)
「どこの女官さん?」
「わ、私!ここの宮殿に使えるもので~あの!これ、よかったら・・・」
そう言いながら、布を差し出される。
(今渡された分と似てる・・・?)
布の質は一気に下がったけど、なんとなく見覚えがある。
(あれ?これってもしかして―――――――・・・・!?)
「受け取ってください!」
緊張しきった声が、女の子が言う。
「お、お願いします・・・!」
泣きそうな顔で言われ、ちょっとびっくりした。
無視してもよかったが―――――――
「受け取れって・・・中身は何だい?」
「ええ!?それは・・・・恥ずかしくて・・・あの・・・・」
「手紙じゃないか?」
「なぜそれを!?」
「いや、普通に手紙だよね?」
しょっちゅう、星蓮が本物の林山とやり取りしている手紙と同じだった。
「あ、あ、あ!バレてしまっては、隠せません!あの~」
「誰かから、渡すように頼まれたの?」
(今日は多いな、そういうの。)
そうでなければ、見知らずの子が私に手紙をくれるはずない。
ところが―――――――
「違います!」
「え?」
私の相手に女の子は、真っ赤な顔で否定する。
「違う?」
「わ、私の意志で書いたもので~・・・・!ど、どうか、受け取って・・・!」
「え?君が書いたの?私に?」
「お願いします!」
そう言ってくる必死さが、玲春と重なる。
「あ・・・・あなた様を思って、詩を書いて・・・」
「私のために詩を?」
それで反射的に受け取ってしまった。
「見ていいの?」
「はい!」
相手の同意もあったので、彼女の目の前で中身を見る。
これに女の子は、え!?と叫んで、口元を隠す。
そんな相手を変な子だと思いながら、布に書かれた文字を目で追った。
(これは・・・)
目を通して思う。
(・・・・・・・・まるで、恋文みたいなんだけど・・・・?)
「きれいな字だね。」
「そ、そうですか!?嬉しい・・・」
「うん。プルプル震えてるから、字もプルプルしてるかと思ったよ?」
からかいながら頭をなでれば、真っ赤になる。
「あ、あの!お返事は~」
「返事?」
「お、恐れ多いとは存じっていますが、お言葉で結構ですので、一言お返事を・・・・!」
「え?」
いやいやいや。
待ってよ、返事って。
(私がもらったのは恋文で、それに返事?この子私をからかってるの?)
思わずじっと見つめれば、一瞬目を見開いてから、下を向いてしまった。
(・・・・・冗談では、ない?)
なんか、星蓮が林山にするようなしぐさをしたよ、この子?
え?嘘?
まさか、元男で宦官の安林山が好きなの・・・・!?
「うっ・・・・覚悟は出来ておりますが、出来れば、きついお言葉はお許しを・・・!二度としないし、諦めますゆえ・・・!」
(・・・・・・・・・好かれちゃったのか・・・・・・)
宦官を好きになる女官ってどうなんだろう・・・
いや、だましてる分、私の方がたちが悪いかしらね・・・
とはいえ、きつい言い方をするのもかわいそうだ。
「そんな悲しそうな声を出さないでください。君の気持ちは嬉しいよ。でもね、私は宦官という立場だから、誰にでもいい顔をする奴なんだよ。」
「は、はっきり申し上げて下さい。身分違いであることは~」
「そう思ったのに、くれたんだね?」
パッと上げた顔が泣きそうだった。
なので、すっと目元へと手を移動させてから言った。
「きっと、迷っただろうに・・・ありがとう。優しい君の気持ちに答えることはできないけど、君と言う可愛い花は私を救ってくれた。痛む体への薬となった。」
「・・・・安林山様・・・・!」
「ここにかかれている時よりも、内容が綺麗だったよ。卑しい私を、こんなきれいに書いてくれてありがとう。可愛いお花の香蛾さん?」
顔を近づけ、最高の外面の笑顔で微笑む。
それで相手の涙は止まる。
耳まで赤くしながら、震えながら私に言ってきた。
「感激です・・・・!今を時めく貴方様に、花の香蛾なんて・・・・!」
「誤解だよ。僕は誰にでもいい顔をする。ただし・・・今日最初に良い顔をしたのは君だけだよ、小桂?」
手紙にあった名前を呼ぶ。
それで彼女の震えと顔の赤みが最高潮になる。
「きゃあああああああ~・・・・!」
黄色い声を上げると、その場に座り込んでしまった。
(道の真ん中だと、迷惑でしょう。)
そう思い、ひょいっと横抱きに持ち上げる。
「なっ!?」
「お行儀が悪いよ、香蛾さん。いや・・・・香蛾ちゃん、かな?」
「あ、あ、あ、安林山様・・・・!!」
「まだまだ子供で可愛いね?成長が楽しみだよ?」
茶化しながら言って、邪魔にならない端へと座らせる。
「じゃあ、私は行くね。可愛い詩をありがとう、小桂。」
「は、はい・・・!」
あくまで、優しい男・・・この場合は宦官だけど。
良い人を演じながら彼女から離れる。
笑顔で帰ろうとしたんだけど―――――――――
「「「ま、待ってください、安林山様!」」」
「は?」
私を引き留めるたくさんの声。
「私も、恋の歌がございます!」
「あたしも!」
「わたくしもですわぁ~!!」
「えっ!!?」
みれば、柱の陰から我も我もと女の子が出てくる。
「林山様!」
「高級宦官の安林山様ぁ~!!」
「皇帝陛下の『宝』とは存じておりますが!」
「お許しください、好きです!」
「安様!」
「虎退治拝見してました!」
「陛下ばかりか、皇太子さまをお守りした武道派宦官様ぁ~!」
「うるわしくて、かっこよくて、お優しいお方!」
「「「「安林山様~」」」」
「うわああああ!ちょっとー!?」
その後、なかなか帰ってこない星影を心配し、探しに来た琥珀と空飛によって星影は回収された。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!
・・・・・更新が遅くてすみません。
今回のお話は、星影に近づく佞臣2人と、若い女の子達です。
どちらも星影にとっては嬉しくない相手です。
特に、女性の扱いが中途半端な星影は、琥珀&空飛が来るまで苦戦したのでした(笑)