第十二話 激突(後編)
「・・・どう反撃するつもりなのだ・・・?」
柱の影で、寝巻き姿の男が尋ねる。問われた本人、安林山こと劉星影は、不敵な笑みを浮かべる。
「倍返し。」
星影は短く答えると、自分の両手の拳に息を吹きかける。そして、木で出来た廊下に拳を叩きつけた。
「なにぃ!?」
大きな音と共に床に亀裂が入る。そのまま一直線に、柱の影に沿って拳を入れていく星影。
「な、なにを―――!?」
「いいから見てな!」
困惑する寝巻き姿の男に笑いかけると、近くに転がる刀を手に取る。そして弓が降り注ぐ中を、隣の柱へと、剣の切っ先を下に向け、切込みを入れながら移動する星影。ここでもまた同じように、柱の陰に沿って床に穴を開けていく。
「なんの真似だ?恐怖のあまり、頭がおかしくなったか!?」
下品な声で笑う賊の頭。その声に誘われるように、柱の陰から星影が姿を覗かせる。
「誰がおかしくなったって!?まだわからないのか?」
「なんだと!?」
「俺のやりたいことは――――――」
剣の切っ先を下に向け、切込みを入れながら、男が待つ柱の陰へと戻る星影。
「こういうことさ!!」
言ったと同時に、足の踵で切込みを入れた床を叩く星影。すると床が長方形の形で割れてはずれる。
「なっ!?」
「盾さえあれば、弓なんか怖くないんだよ!!」
くりぬいた廊下の板を盾にすると、寝巻き姿の男と共にその後ろに隠れる。そのまま庭に下りると、庭へと舞い降りる。
「か、構うな!射掛けろ!!」
「そうはさせるか!!」
庭に転がる大き目の石や破片を持つと、狙いを屋根の上に定める。
「おい!そんなもので大丈夫か!?」
「平気、平気!射程内に入れば―――!」
数歩進むと、勢いよく屋根の上で弓を射掛ける男達目掛けて石を投げる。
「ぎゃ!?」
「ぐわぁ!?」
鈍い音と低い叫びを上げながら、男達は次々に屋根から落ちていく。
「おお、見事じゃ!!」
「ほらね?言ったとおりでしょ?」
「な・・・冗談だろう!?」
驚く賊の頭を尻目に、大はしゃぎする星影と寝巻き姿の男。ある程度弓手を落としたところで、盾にしていた木の板を、力の限り放り投げる。それはくるくると回りながら、屋根にいる残りの者たちに命中した。その様子を満足そうに見る星影。一方の賊の頭は、ただ固まることしか出来なかった。
「お、お前一体・・・!?」
「さあ、残りは貴様だけだ・・・!覚悟してもらおうか!?」
不敵に笑って剣を構える星影。それにあわせるように剣を構える賊の男。そこには、先ほどまで、余裕で刀剣を構える男の姿はなかった。
「貴様一体何者だ、小僧!?ただの宦官ではあるまい!?」
「さてね・・・。名乗るほどのものではない。」
顔に汗をにじませながら尋ねる相手に、星影は涼しい顔で言い放った。
「言わせてもらえば、貴様らみたいな不届き者を見過ごせない者・・・と、だけ名乗っておくか!!」
そう言って賊の男の刀剣を弾き飛ばす星影。刀剣はくるくる回りながら、後ろの方に飛んでいく。それを目で追いながら、賊の男が小さく声を上げる。その隙にしゃがみこむと、素早く、相手を足払いする星影。前かがみに倒れこんでくる相手の腹に、拳を思いっきり叩き込む。
「がはぁ!?」
それによって、相手の体が一瞬こわばる。そこを今度は、剣の柄を垂直に構え、一直線に賊の頭の背中に叩き込む。
「―――っ!!」
低い唸り声を立てて、その場に倒れこむ賊の頭。そしてそのまま動かなくなるのを確認すると、静かに言った。
「なかなかの腕だが、暗殺をするのには十年ほど早かったみたいだな?」
クスクスと笑うと、賊の頭を無視して踵を返す星影。
「大丈夫ですか?」
そう言って、寝巻き姿の男のもとに駆け寄る星影。
「あ、ああ・・・大事無いが・・・。」
そう言った男の視線は、自分ではなくよそに向けられていた。なにかあるのかと思い、星影もその視線の先を追うと―――
「・・・この賊がどうかしましたか・・・?」
地面に倒れている、賊達を見つめる寝巻き姿の男。
「あまり近づかない方がいいですよ。気絶したフリをしてるだけかもしれませんから。」
「・・・・心配するな、賊は皆死んでいる。毒を煽ったようだからのう。」
「毒!?」
男の言葉に、思わず駆け寄る星影。見ると、全員すでに事切れていた。
「嘘だろう!?死んでる・・・!」
「矢に塗ってあった毒、鴆で自害したのであろう・・・暗殺者の掟に従ったのだ。」
「暗殺者の掟?」
「そうだ。自分達が捕まったり、負けた場合には、雇い主の情報を漏らさないためにも、こうやって自害するのじゃ。」
「そんな・・・!」
では彼らは、雇い主を守るために死んだというのか!?
「まあ・・・どの道、これだけのことをしておいて、無事ではすまないからのぅ・・・。」
「しかし誰がこんなことを!?」
そう言いかけて、ふいに彼女の中で先ほどの出来事がよみがえる。
“・・・計画は、抜かりないだろうな?”
“はい。・・奴を殺すには十分です。”
琥珀と黒ずくめの男の会話。
(まさか・・・犯人は琥珀・・・・!?)
いや、あの琥珀に限ってまさか・・・。
仮にも自分の友達である。自分の友達がこんな悪いことをしたなどと、とても星影には思えなかった。正確には信じたくなかった。しかし現実は、琥珀が密談していた黒服の男と同じ、黒服の集団が殺そうと襲ってきたのである。すでに宮廷兵の数十人は殺されてしまっている。琥珀の目的がなんであるかは知らないが、自分の隣にいるこの男が狙われていたのは事実である。そして、琥珀の名が、偽名で本名が伯燕であるということ。
「あの、なにか教われるような心当りでも―――」
「心当りは、ありすぎてわからんな!」
そう言うと、さっきまで自分を襲っていた賊達の死体を物色しだす寝巻き姿の男。死体の首に手を当てると、時折唸るような声を出しながら眺めていた。どうやら死んでいるか確認しているようだが・・・。
(なにしてんだ。このおっさんは・・・。)
自分で死んでると言っておきながら。
「あの・・・死体相手になにしてるんですか・・・。」
「おお、ちょっと確かめたいことがあってな。」
星影の答えに、あっけらかんと答える男。
「危ないですよ!そんなうかつに触って・・・もし賊が生きていて、襲い掛かってきたらどうすんですか!?」
「その時はまた、お主に助けてもらおう。」
そう言って、子供のように笑う男。あまりにも無邪気な返事に星影は言葉を失う。そして改めて男の姿を見る。年は自分より上であるのは確かだった。年のころは四十ぐらいだろうか。寝巻きは絹が使われており、その体からは上品の香りが漂う。香の匂いからして、身分が高い事は間違いなかった。加えてなかなか渋めの好漢だ。
そう言えばこの人、賊達に襲われていたけど・・・・。なんのためにこの男を狙ったんだろう? 宮中にいるという事は、それ相応の身分がある人物だろうが・・・・。仮に皇族だとしても、宮中で寝巻き姿というのも、おかしな話である。
(・・・本当になんなんだろう?)
「まぁ・・・無事ならいいですけど。しかし、結構汚したなぁ〜」
そう言って、土や埃をかぶった自分の服を払う星影。そして、ついでだから、と言いながら相手の衣服の汚れも払ってやる。
「お、おいおい。」
「動かないで!埃を払ってるだけですから。参ったな・・・袖口は泥がついてて落ちないな・・・。」
洗濯しないとだめですね、と呟く星影。そして、持っていた布で、相手の手を拭いた。そんな星影の姿に男は愉快そうに笑った。
「気にせずともよい!着物の一枚や二枚、どうということもない!」
「いや、でも、これは絹ですよ?絹の服なんてこんな高価なもの―――――」
「それもそうか。まぁ気にするな!」
豪快に笑い声をあげる男と返事に困る星影。
(本当になんなんだ・・・この男は?)
星影がそう考えている時だった。遠くの方で複数の人の声と足音が響く。どうやらこの異変に気づいた他の宮廷兵達が来たらしい。
来るのが少々遅すぎはしないだろうか。
そんなことを考えながらも、安堵する星影。これで、この寝巻き姿の男は大丈夫だろう。自分の役目は終わりである。
「私はこれで失礼します。」
そう言って、寝巻き姿の男の前で軽く手を合わせる星影。このままここにいれば、勝手に部屋を抜け出したのがばれてしまう。これ以上目立つような行動をすれば、星蓮を探すのがますます難しくなる。背を向けて、立ち去ろうとした星影だったが、
「待て!」
助けた男によって、行く手を遮られる。
「お主の活躍、見事であった!礼を言うぞ!!」
「いや・・・いいですよ。人として、当然のことをしたまでですから・・・。」
「お主のおかげで助かったのだ!是非、褒美をやりたい!!」
「え、いや・・・いりませんよ。」
「いらぬだと!?おお・・・口は悪いが、なんと謙虚な!気に入ったぞ!!」
そう言って、嬉しそうに星影の腕を強引に引っ張る寝巻き姿の男。
「ちょ、ちょっと!」
「見かけぬ顔だが新入りか!?なりは宦官じゃが・・・見たところなかなか腕の立つ武人と見る!!いや・・・仮に宦官だとしても、宦官にしておくのは惜しいぞ!」
驚く星影の目に映ったのは、目を輝かせながら自分に詰め寄る男の姿。
「名はなんと言うのだ!?年はいくつじゃ!?」
「ちょ、やめてください!放してくれません!?」
なれなれしく肩を抱いてくる相手に顔をしかめる星影。すると男はいきなり、彼女を抱き寄せながら囁いた。
「おお!よく見れば可愛い顔をしているな!?褒美にお前を愛でてやるのも良かろうのぉ〜」
「はぁあ〜!?めでる!?」
思わず聞き返す星影。相手は上機嫌に話を続ける。
「そうじゃ!湯にでも一緒につかりながら、たっぷりと可愛がってやるぞ〜!」
めでる?
芽出る?
目出る?
愛でる?
え・・・?
男の言葉に対して彼女の頭の中で恐ろしい答えが導きだされつつあった。
(まさか・・・!?)
「あ、あの・・・『めでる』って、もしかして・・・・。」
恐る恐る尋ねる星影に男は満面の笑みで答えた。
「決まっておろう!愛でるといえば、『愛する』という意味しかないだろう!?」
そう言うと、星影の顎を掴むと顔を寄せてくる男。
「ぎゃ!?な、なにするの!!?」
慌てて男の顔を引き剥がす星影。
(めでるって、【愛する】と書く愛でるのことかぁ〜!!)
「これ、何を照れている?」
「照れるとかそういう問題じゃないだろう!?」
冗談じゃない!!私は劉星影という女だけど、今は男・安林山!この人、私が男(!?)と知っていて声をかけているわけ!?なんなのよ!?これ以上わけのわからないのは御免よ!!
身の危険を感じた星影。この状況を打開するため、さっそく行動にでる。
「ウフフ〜・・・」
相手に向かって、にっこりと笑いかける星影。
「おお!なかなか可愛い顔をするではないかぁ〜?」
相手も星影の美しい笑みに気を良くしたのか、笑い返してくる。そして星影を掴む男の力が緩んだ時だった。
「やぁ!!」
威勢良く叫ぶと、こんしんの力を込めて男の手を払いのける星影。
「痛っ!?」
そして相手には目もくれず、一目散に逃げだした。
「ま、待たぬか!恥ずかしがらなくても良い!!」
馬鹿野朗!!誰が恥ずかしがるだ!?気持ち悪いっての!!
喉まででかかった言葉を飲み込むとひたすら星影はその場を後にする。
結局この夜、星蓮を見つけることはできなかった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!
基本的に、主人公はお人よしな面があります(苦笑)
※小説を読んでいて、誤字・脱字・文章のつなげ方がおかしいよ、という箇所を見つけられた方!
こっそり教えてください(苦笑)
ヘタレで、すみません。。。