第百十九話 皇太子となんちゃって宦官(後編)
確信はなかったが、あり得る可能性を口にした。
「もしや・・・・・・・支出と収入の均衡がとれていないのですか・・・?」
「林山そなた!?意外と詳しそうだな・・・?」
「あ!いえいえ!ここは出入りの商人の方も多いでしょう!?閉鎖的な宮中では、そう言う話でも盛り上げれるのです!」
「ふむ、そうであった?・・・・まぁ、そいうことにしておくが・・・・」
含みを持たせるように、フッと笑いながら言う皇太子。
そして腕を組みながら言った。
「今はまだ、蓄えがあるからいい。しかし、この状態で派手な出費を続ければ、入ってくる分と出ていく分の均衡が保てなくなる。何年かすれば、国庫の金がなくなってしまうのだ。」
「どんな使い方してるんですか?」
「詳しくはわからぬ。ただ・・・・私の代では、あまり金遣いが激しい者は登用したくない。」
「でしたら、出世欲のあるものもやめた方がいいです。裁判とかも、公平じゃない奴や金に弱い奴を使えば、良い奴ばかりがあの世に行ってしまいます。」
「無論、そこは心得ている。父も・・・若いうちから、腹心を側においていたと言うが・・・育つかどうかは一緒に過ごしてみなければわからぬ。」
「あー・・・・そうですね。親御様の怒りを買うと大変ですしね。あ、間違えました。ご兄弟ですか?」
「ははは!そなた、本当に肝が強いな、林山!そこまでわかっているなら、話が早いではないか?」
「え?」
「林山、私の直属の高級宦官になってくれ。」
「え・・・・!?」
その言葉に合わせ、腕を掴まれた。
(しまっ!?油断した!)
後悔した時には遅く、強く握られた手は皇太子へとつながっていた。
「今すぐとは言わぬ。父も、そなたと過ごしたいみたいだから・・・正式に父から許可が下りればー」
「お待ちください!」
手繰り寄せるように、机を挟んで引っ張られる。
それに踏ん張って耐えながらも、星影は自分の意見を主張した。
「劉拠様、それは本当にいけません!」
「林山、そなたは『いけない』ばかり言うのだな?これだけ私を理解してくれてるなら、なぜ、力を貸してくれないのだ?・・・・助けてぬと言う?」
何かを訴える目をする少年を、気の毒だとは思う。
思うけど――――――――
(オメーじゃねぇよ!)
助ける対象が違う。
(私が助けたいのは、可愛い妹の星蓮!私は、星蓮を助けに来たわけであって、お前ら親子の家来になりに来たんじゃないんだよ!)
とは、言えないので、平静をよそいながら言った。
「劉拠様・・・落ち着いてお考えください。あなた様は誤解してます。」
「どんな誤解だ?」
「この閉鎖的な世界にいるので、勘違いしているのです!変わっている私を見て、珍しく感じてらっしゃるだけですよ。」
「・・・林山。」
「見たことない者を見れば、誰だって気になります。ですが、見慣れてしまえば、珍しくなんてないんです。」
諦めさせるため、必死で常識を説く。
普段、常識を無視した行動をしている自分が何を言ってるのかと・・・おかしく感じたが、それどころじゃない。
(星蓮奪回の邪魔になるものは、排除しなくては・・・)
どんなに彼が良い子だとわかっていても、助けられない。
いや、関わってはいけないのだ。
(私の正体を知ればなおさら・・・・この子のためにはならないのだから・・・!)
「拠様からのお言葉、恐れ多くもありがたく思っております。ですが、あなた様の将来と国の存亡にかかわる人事は・・・叔父君である衛青将軍をはじめとした信用のおける方々の意見を取り入れるべきだと存じます。どうか、私を気にされませんように・・・!」
だから、心を鬼にして断った。
これに皇太子は―――――――――
「閉鎖的なのだな。」
「え?」
星影を見てから、視線を上へと向ける。
「林山の考えも、私のいる場所も・・・・・閉鎖的なのだな・・・・」
「・・・拠様?」
少年は、空を眺めながらつぶやく。
「ここは・・・・・・恵まれた場所だと皆は言っていたが、やはり違ったのだな。」
「え?それは、どういう・・・?」
「今、言ったではないか?いや、その前にも言っていたな?宮中は閉鎖的な場所。閉ざされた不自由な場所であると・・・」
「え!?い、いえいえ!私はー」
(不自由だとは言ってない!)
言ってはないけど・・・
(・・・不自由といえば、不自由よね・・・?)
否定すればよかったのに、黙ってしまった。
これに皇太子は、空から星影へと視線を戻しながら笑う。
「はは!正直だな、林山?」
「ち、違います!私は!ここは、皇族の方がいらっしゃる特別な場所なので~」
「いいんだよ。外から来た林山からは窮屈だろう。」
「拠様!」
「やはり、私には必要だよ、林山。」
そう言いながら、星影の手を握る力を強める劉拠。
「私は宮中のことしか知らぬ。そなたは、外の世界を知っている。」
「い、いえ!それはこれから知って行かれると思うので~」
「それはない。きっとこれから先も・・・・私は宮中にいる時間の方が長くなる。皇太子だからではなく、皇族として、そうあることが正しい姿だからだ。」
「れ、拠様・・・」
「教えてくれ、林山。私は、そなたから見た世の中を知りたい。」
「だ、だめですよ!私、宦官ですから、最新情報はもう、数か月前であって!これ以上更新はされることは~」
「では、私と一緒に更新していこう!それでよいではないか!」
「だめですよっ!劉拠様!霍光様もそうしろとおっしゃいましたか!?彼の方が、将来を担う人材であって~」
「うん、霍光はもういいや。私は林山のやんちゃっぷりに興味がある。」
「ちょっと皇太子様!?」
「あやつとも親しくしていくが・・・霍一族である以上、政治・軍事面で登用されるのは決まっている。昔の皇帝達にならぬように、新しい風も入れねばならぬのだ。」
「決まってる・・・?」
「そうだ。」
引っかかったことを聞けば、あっさりと彼は答えてくれた。
「あれは霍去病の兄弟だ。霍一族が優遇されるのは当然ではないか?」
「え?あ!?それで!?」
「そうだ。私の母と霍去病の母姉妹で、叔父上とも・・・。霍光は実力があるので重心でいてもおかしくないが・・・霍の姓だからという理由で、重臣の位にしかつけぬものも出てくるだろう。」
(皮肉ってる・・・・)
薄らと笑う顔は、皮肉っていた。
馬鹿にするというわけではないが、この子もこんな顔が出来るのかと驚かされた。
(だからと言って、私か関係者になるのはごめんよ!)
「だ、大丈夫ですよ!そこは、拠様の心眼で防げばいいじゃないですか!?霍光様だって、あの性格からして、無能を紹介したりしませんよ!霍去病代将軍のご兄弟なんですから!」
「兄弟というか、正確には従兄弟だ。」
「そうなんですか!?いや、でも、いいじゃないですか!水月さんだって、あんなに自慢されていて~今は亡き霍去病将軍もご存じならば、存分に好きな者同士として語り合えばいいじゃないですか、劉拠様!?」
「ごめん林山。私、そこまで去病叔父上は好きじゃない。」
「え!?好きじゃないの!?」
「どちらかというと、仲卿叔父上の方がいい。」
スッキリした顔で言う少年に、自然と星影の好感度も上がる。
「意外ですね・・・」
「あ、勘違いするなよ!?去病叔父上を・・・本当に嫌いというわけではない!あこがれるし、男としてカッコいいと思っている。ただ・・・どこか欠けているから・・・。」
「欠けて・・・いるのですか?」
「そうだ。去病叔父上は好きだが、兵を飢えさせる去病叔父上は好きじゃない。」
「は?飢える?」
「林山、君は叔母上が虎を放った時、周りの者を助けようとした。自分をさげすんでいる者達をだ。」
「え?」
「嫌いではないんだ・・・身内としては。でも、無知な浪費で人材を無駄にしたことは、皇族として許しがたいだけなんだ。」
浪費?人材?
「・・・・皇太子殿下、それはー」
「拠だ。やれやれ・・・・そなたはまだ、私を近しいと思ってくれてないみたいだな。」
「え!?いえ、そういうわけでは~」
「私のことをレンと呼べるようになったら、君の意見も聞こう。」
「え!?どういう意味です、拠様!?」
「変わってる場所だよ、宮廷は・・・。妻の数が権力の強さに反映され、一度も肌を合わせたことのない女達のために宮殿を作り替える。郭なんとかと言う武官が、自分の娘を含めた新妻のお披露目のうたげをすると言うし・・・母上も心労が絶えないだろう。」
「え・・・・・・・・!?」
蔡何とかという武官が
自分の娘を含めた新妻の
(新妻って、それ―――――――――――――――――!?)
「そ、それは!!郭勇武殿のことをおっしゃってー!?」
「林山は誰の味方だ?」
星影の問いかけが終わる前に、寂しそうな目がこちらを見る
「そなたは・・・弱者の味方か?」
「わ、私はー・・・・」
「力を貸してほしい。」
握られていた手が離れる。
立ち上がったと思えば、皇太子の手が肩に手を置かれていた。
真っ直ぐな瞳で、こちらを覗きこまれる。
同時に、顔の距離がどんどん近くなり、息がかかるぐらいまで迫った時だった。
「母上の命が、狙われている。」
「!?」
「声を出すな。今もどこかで、見ているやもしれん・・・・」
言われて、急いで気配を探る。
(視線は感じ取れない・・・・)
見られてはいなさそうだけど―――――――――
「・・・いつ頃から、そのように気づかれて?」
「・・・・ほんの最近だ。母にばかり気を取られ、危うく叔父上もろとも殺されかけたけどな?」
そう言って、年相応に笑った顔に胸が痛む。
(ダメよ・・・私はこの子にかかわっちゃダメ・・・星蓮を助け中ダメだから――――)
ダメだというのに。
「頼む・・・!」
「拠様?」
「叔父上には、『安林山を巻き込んではいけない』と止められたが・・・・・・・・・そなたしか頼れない・・・」
えっ!?
頼むって、頼れないって!?
「母を狙う族を倒したい・・・!私たち親子を助けてくれ・・・・!」
(――――――――――――――そうくるかっ!!!?)
「拠様・・・・・!」
必死な相手に、私も思わず必死になる。
「なぜ、私に・・・・」
(他に候補いるでしょう!?)
そこまで言う前に、皇太子は視線をそらす。
「わからない。」
「わ、わからないって!?」
「林山なら・・・・・・・助けてくれると思ったから・・・・。」
「れ・・・・拠様・・・・・」
その言葉を最後に、皇太子が星影から離れる。
「また、声をかける。今は体を休めてくれ、林山。」
そう言い残すと、東屋から出ていく皇太子。
少年の向かう先には、先ほどわかれたはずの彼の護衛達がいた。
(いつの間に・・・!?感じ取れなかったなんて、修行不足だ・・・・!)
そのことも含めてガックリしていれば、背を向けていた皇太子が振り返る。
そして、星影に向かって大きく手を振る。
「また目立つことをして・・・・」
口の中で小さく文句を言いつつも、笑顔で頭を下げる。
顔を上げた時、満足にしている皇太子が目に映る。
そのまま、星影へと手を振って歩き出す皇太子の後で、護衛兵達がこちらに向かって一礼する。
そして、皇太子を守りながら、彼の進む方へと一緒に歩き出した。
「・・・・・・うそでしょう。」
皇太子の護衛ともなれば、武術はもちろん、教養もある。
武人としても、かなり気位は高い。
(その武官が、私という宦官に頭を下げた・・・・!!?)
後宮と言う官位はあるけど、男の証を切り落としたとされる中間人間に。
男でも女でもない奴に、挨拶をした意味は深い。
(それだけ、信用されてるってこと・・・・?)
これにより、星蓮探しが迷走しそうだと思った。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
皇太子からの内緒(?)の申し出に、星影は戸惑い中です。
しかし、妹が一番大事なので「適度にかかわるぐらいにしておこう・・・」と考えてるようです。
実際の漢王室もドロドロしていたと思われますので・・・いつの時代も、後付きが大変なようですね。
よろしかったら、感想を聞かせていただけると嬉しいです(苦笑)
※誤字・脱字を見つけられた方、こっそりでいいのでお知らせください・・・!
よろしくお願いします・・・(平伏)